第80話
気を失っていた英二が目を覚ます。
「うぅ……サンレイ! 」
バッと上半身を起こして辺りを見回す英二の頭をサンレイがポンポン叩く、
「おらは此処だぞ」
「サンレイ! 良かったサンレイ」
抱き付く英二の頭をサンレイが撫でる。
「呼子を倒すなんて大したもんだぞ、でも力の使い方はまだまだだぞ、キレて暴走するなんて未熟だぞ」
「うん、ごめん、でもみんなを喰うって、サンレイやガルちゃんを殺すって言ったから……だから………… 」
サンレイの胸の中でしゃくり上げるように泣き付く英二を見て秀輝が苦笑いしながら話に割り込む、
「でも凄かったぜ、英二の新しい力だぜ、箒に霊力を込めて俺でも戦えるようになったんだ。この力があれば俺も役に立てるぜ」
サンレイは優しく撫でていた手で英二の頭をむんずと掴んだ。
「そだぞ、おらも見てたぞ、ズルいぞ英二」
怒ったような顔で睨むサンレイを見て英二が訳が分からないと言った様子で慌てて口を開く、
「なっ、何怒ってんだよ? 暴走したのは謝っただろ、今度から気を付けるからさ」
「暴走なんてどうでもいいぞ、おらが止めてやるからな、それじゃなくて、新しい力のことだぞ、なんで英二が出来るんだ? ズルいぞ英二」
ぷんぷん怒るサンレイを見て英二が益々混乱する。
「だから何怒ってるんだよ、新しい力がダメなのか? 」
「サンレイちゃん何怒ってるんだ? 俺何か悪いこと言ったか? 」
向かいで秀輝も不安気な顔でオロオロしている。
「英二が箒に霊力を込めたのは『魂宿り』って技だぞ、難しい術だぞ、ハチマルは出来るけど今のおらは出来ないぞ、なんで英二が出来るんだ? ズルいぞ英二」
話しを聞いて英二の顔が緩んでいく、
「なんだ。そんな事で怒ってたのか」
安堵する英二の頭をサンレイがポカッと叩いた。
「英二の癖におらが使えないような高等術を使えるなんてズルいぞ、何で使えるんだ?」
「何でって言われても…… 」
英二が弱った顔で助けを求めるように秀輝を見る。
「魂宿りって何なんだ? 」
話を逸らそうと秀輝が訊くとサンレイが説明を始めた。
「魂宿りってのは文字通り物に魂を宿らせるんだぞ、霊力を送って一時的に付喪神的な状態にするんだぞ、まぁ本物の付喪神と違って意思を持って勝手に動いたりはしないんだけどな、付喪神の前段階みたいなもので霊力の籠もった道具や武器として使うことが出来るんだぞ、そんで物自体が霊力を持ってるから力の無い秀輝や宗哉でも使えるぞ」
「そういう事か、それで俺でも使えたんだな」
納得する秀輝の向かいで英二も頷く、
「一時的なものか、だから5回で霊力が切れて只の箒に戻ったんだな」
「でもこの力があれば俺や宗哉も戦えるって事だぜ、英二に霊力の籠もった武器を作って貰えれば雑魚妖怪なら俺が倒してやるぜ」
嬉しそうに言うと秀輝が落ちていた箒を拾った。
「もう一度やってくれ、旨く行ったら木刀か何か買ってきて剣道でも習うぜ、お前だけに戦わせないからな」
「そうだな、忘れないうちに練習しとくか」
箒を受け取ると英二が霊力を込める。
「よしっ、試してくれ」
暫くして英二から箒を受け取った秀輝が団地の壁に向けて箒を振り下ろした。
「何も起きないぜ、さっきみたいに光って穴が空かないぜ」
「おかしいな、霊力は込めたはずなんだけどな」
首を傾げる英二を見てサンレイがニヤッと嬉しそうに口元を歪める。
「にゃひひひひっ、まぐれだぞ、やっぱ英二に難しい術なんて出来るわけないぞ」
「何で喜んでるんだよ、俺が強くなるのが厭なのか? 」
顔を顰める英二の向かいでサンレイがとぼけ顔で口を開く、
「そんな事ないぞ、英二が強くなるとおらも嬉しいぞ、でも今の英二には爆弾魔レベルが丁度いいぞ、難しい術使って暴走したら困るからな」
「人を犯罪者みたいに言うな」
怒る英二にサンレイが抱き付いた。
「にゅひひひひっ、団地壊しといてよく言うぞ、不法侵入に器物損壊だぞ」
「それを言われると……建物は器物損壊じゃなくて建造物等損壊罪だからな」
弱り顔の英二がサンレイに言いくるめられないように言い返した。
「建造物等損壊罪の方が罪が重いんじゃないか? 」
ニヤッと笑いながら秀輝がサンレイの味方をする。
「そだぞ、どっちにしろ犯罪者だぞ」
弱り顔の英二が慌てて話題を変える。
「そんな事よりガルちゃんや宗哉を助けないと」
「だな、呼子のヤツ起こせばいいのか? まだ死んじゃいないだろ」
英二と秀輝が地面に転がる呼子を見つめる。
「バカ犬のガルルンはともかく晴美ちゃんと宗哉は助けないとな、んじゃ呼子ぶん殴って助け出すぞ」
サンレイを先頭に呼子の近くまで歩いて行った。
倒れている呼子は酷い有様だ。
両腕が肩からもげて大きな頭の額が割れている。その他にも全身傷だらけだ。
「凄ぇぞ、妖力尽きかけてるぞ、もう一寸でマジで死んでるぞ」
驚くサンレイの後ろ、英二の横で秀輝がニヤッと悪い顔で口を開く、
「英二がマジギレしてボコったんだぜ、俺は止めろって言ったんだぜ」
「おらでもここまで酷く出来ないぞ、英二は凄いぞ、情け容赦の無い鬼畜の所業だぞ」
サンレイが秀輝に合わせて英二をからかう、
「違うからな、マジギレしたのは確かだけど殺す気なんて無いからな、それに秀輝は止めてないだろ」
弱り顔で言う英二の横で秀輝がとぼける。
「そうだっけか? それでどうするんだサンレイちゃん」
「そだな、英二に酷い事されてもギリギリ生きてるからおらが妖力をやって起こしてやるぞ、そんでスマホ返して貰って晴美ちゃんたちを助けるぞ」
悪い顔のサンレイの向かいで英二が苦虫を噛み潰したような顔をする。
下手に言うと倍になって帰ってくるので英二は何も言わない。
サンレイが倒れている呼子の頭に手を置いた。
「んじゃ起こすぞ」
何かあった時のために英二と秀輝が構えるのを見てサンレイが笑う、
「にゃははははっ、心配無いぞ、攻撃できるほどの妖力なんて残って無いぞ」
呼子の頭に置いた手がバチッと雷光をあげた。
「ググゥ…… 」
直ぐに呼子が目を覚ます。
「貴様ら……お前どうやって出てきた」
サンレイに気付いた呼子がガバッと上半身を起こした。
「お前の作った異空間なんか30分もあれば出てこられるぞ、おら神だからな」
サンレイがペッタンコの胸を張って自慢した。
「神だと…… 」
怪訝な顔をする呼子にサンレイの後ろにいた秀輝が話を始める。
「サンレイちゃんは神様だぜ、元は山神で今はパソコンの神様だ。俺たちに勝てなかったお前が勝てる相手じゃないぜ」
「山神……俺の術なんて効かないはずだ」
神様と聞いて呼子の顔色が変わった。
「申し訳ございません、山神様とは知らずに失礼を致しました」
平伏する呼子の頭をサンレイがポンポン叩いた。
「話しは後だぞ、お前が異空間に捕まえた人間を全部返せ、それとバカ犬もな」
「ははぁ~、山犬も人間も直ぐに返します。ですから命だけはどうかお許し下さい」
「そだな、話しくらいは聞いてやるぞ、だから直ぐに攫った人間とバカ犬を返すんだぞ」
平伏していた呼子が頭を上げると口を大きく開いた。
「てめぇ! 」
「心配無いぞ、言っただろ技を使う妖力なんて残ってないぞ」
攻撃すると思って怒鳴った秀輝をサンレイが止めた。
呼子の大きな口の中からスマホや携帯電話が出てきた。
「全員電話の中にいます。全員無事です。ですから命だけはお許し下さい」
サンレイが神様と聞いて完全にビビっている。
呼子に構わずサンレイが沢山あるスマホの中から晴美と宗哉とガルルンのスマホを拾い上げた。
「他の奴らは此処で出したら面倒だぞ、捕まえた場所に戻せるか? 」
「はっハイ、出来ます捕らえた場所にスマホを送ってそこから出すことが出来ます」
呼子がサンレイの顔色を窺うように続ける。
「ですが……ですが今の私の妖力では…… 」
「わかったぞ、おらの力を少し分けてやるぞ」
サンレイが呼子の頭にまた手を置いた。
「一寸待ってくれ、妖力を渡したらまた暴れるんじゃないだろうな」
英二が疑いの目で睨むと呼子がブンブンと頭を振った。
「しません、もう戦えません、俺の異空間から簡単に抜け出せる神様を相手に勝てるわけがない、喰おうとした人間にも負けた。これ以上戦うなど死ぬようなものだ」
「にゃはははっ、戦えるほどの力はやらないから安心しろ、みんなを出す分だけの力しか渡さないぞ、バカな事したらマジで殺すからな」
楽しそうに笑うサンレイの目がマジなのに気が付いて呼子が縮み上がる。
「しません、約束します」
「んじゃ、力をやるからさっさとみんなを帰してやれ」
サンレイの手がバチッと光る。
先程よりも長い間光って呼子の体を青い雷光が覆った。
「おお、力が湧いてくる」
元気になった呼子が落ちているスマホや携帯電話をまた口の中に放り込んだ。
「ヤッホォ~~、ヤッホォ~、ヤァッホホォ~~ 」
空に向かって叫ぶと小さな光が四方へと飛んでいく、
「スマホを元の場所へと返してんだぞ、そんでその場所で異空間から出すんだぞ」
サンレイが教えてくれて英二と秀輝が納得する。
暫く叫んでいた呼子が口を閉じた。
「終わりました。全員無事に帰しました。後は山神様が持っている3つだけです」
「この3つは此処で出すんだぞ」
サンレイがスマホを地面に並べると呼子が口を開く、
「ヤッホォ~、ヤッホォ~、ヤッホホォ~~ 」
呼子の叫びに呼応するようにスマホが光り出す。
大きくなった光から晴美と宗哉とガルルンが出てきた。
呆然と立ち尽くす晴美と宗哉の間でガルルンが構える。
「やっと出れたがお、ガルがやっつけてやるがお」
両手の爪を伸ばして戦闘態勢を取るガルルンの向かいでサンレイがバカにするように口を開く、
「何やってんだ? もう終わったぞ、英二と秀輝が倒したぞ」
「終わったがお? 」
子犬のように首を傾げるガルルンにサンレイが意地悪顔で続ける。
「そだぞ、ガルルンが捕まってる間に呼子は英二と秀輝が倒したぞ、ガルルンは何の役にも立ってない駄犬だぞ」
「終わった……ガルは何の役にも立ってないがう」
辺りを見回すガルルンと全身酷い有様の呼子と目が合った。
「山犬様、申し訳ありませんでした」
頭を下げる呼子を見てガルルンが大きく口を開けて驚く、
「がわわ~~ん、ガルの居ない間に終わってたがお、ガルは役立たずがお」
「そだぞ、ガルルンは役立たずの駄犬だぞ」
ここぞとばかりにからかうサンレイの頭を英二がポカッと叩く、
「そんな事ないからね、ガルちゃんは役立たずじゃないからね、サンレイだってさっき出てきたばかりだからな、俺の暴走は止めてもらったけど呼子を倒したのは俺と秀輝の二人だからな、だからガルちゃんは悪くないからね」
英二に優しく言われてガルルンの顔に笑みが広がっていく、
「わかったがお、今度は油断しないがう、英二と秀輝が無事で良かったがお」
サンレイがプクッと頬を膨らませて英二を見上げる。
「んだよ、英二はガルルンばっかり贔屓するんだぞ」
「サンレイが意地悪するからだろ」
溜息をつくと英二がガバッとサンレイを抱きかかえた。
「感謝してるよ、サンレイが居なかったら死んでたよ、俺だけじゃなくて秀輝まで巻き込んでたかも知れない、ありがとうサンレイ」
「にゃへへへへっ、わかればいいぞ、まったく英二はまったく、おらが居ないとダメだからな、おらは英二の守り神だからな」
抱きかかえられたサンレイが照れながら英二の頭をポコポコ叩いた。
呆然と見ていた宗哉が我を取り戻したように口を開く、
「状況を説明してくれるかな、僕がスマホに引き込まれて真っ黒な空間に閉じ込められたのは分かる。それが妖怪の仕業として何が起きたのか説明してくれ、向こうでサーシャとララミが倒れている事も……何があったんだい? 」
「私も知りたい、今朝、ガルちゃんにメールしてその後に電話が掛かってきて気が付いたら暗い所に居たの、上も下も分からなくて怖くて……気が付いたら此処に立ってたわ、何があったのサンレイちゃん、ガルちゃん、教えて」
宗哉の話しを聞いて妖怪の仕業だと理解したのか晴美もマジ顔で訊いた。
英二から離れるとサンレイが呼子の頭をペシペシ叩く、
「全部こいつの仕業だぞ、英二の霊力を狙ってきたんだぞ、そんで邪魔なおらやガルルンを異空間に閉じ込めたんだぞ」
「その妖怪が? それでサンレイちゃんが倒して助けてくれたのかい」
呼子を一瞥すると宗哉が訊いた。
全身傷だらけで両腕を失っている呼子の酷い有様を見て自分たちを閉じ込めたことに対する怒りは無くなっている。
「サンレイちゃんじゃなくて俺と英二の二人で倒したんだぜ」
秀輝が自慢気に話に割り込んできた。
「そだな、面倒だから説明してやれ秀輝」
サンレイに脇をポンッと叩かれて秀輝がドヤ顔で経緯を説明をした。
英二が申し訳なさそうに頭を下げる。
「宗哉ごめんな、サーシャとララミが来てくれなかったら俺も秀輝も喰われてたよ」
「だな、マジでいいタイミングで来てくれたぜ、呼んでくれたサンレイちゃんにも感謝だけどサーシャとララミにも感謝だぜ」
2人の前で宗哉が頷く、
「成る程ね、話は分かった。英二くんが無事で良かったよ、サーシャとララミも機能停止しただけなら直ぐに治るし、役に立ってくれて僕も嬉しいよ」
自分は閉じ込められていたがサーシャとララミが代わりに役立ってくれたので宗哉は満更でも無い様子だ。
話しを聞いた晴美の顔に笑みが広がっていく、
「良かった。みんな無事なのね」
安堵する晴美に英二が頭を下げる。
「篠崎さんごめんね、俺が巻き込んだんだ。俺に関わってなかったら怖い目に遭わなくても済んだんだ。本当にごめんね」
晴美が慌てて両手を前に出す。
「謝らなくていいよ、高野くんは悪くないから、悪い妖怪が悪いんだよ、私はガルちゃんやサンレイちゃんと仲良くなれて本当に嬉しいんだからね、だから高野くんは悪くないよ、正直言って今のは怖かったけど、でも無事だったし、サンレイちゃんやガルちゃんが助けてくれるって信じてるから、だから私は平気だよ、怖くても大丈夫だよ」
隣から宗哉が晴美の肩に手を置いた。
「篠崎さんの言う通りだよ、危険は承知さ、僕たちは仲間だ。強制されたんじゃない、自分から首を突っ込んだんだ。今回のような目に遭うことは覚悟しているよ、でも篠崎さんは女の子だから助けるのは僕よりも優先してやってくれ」
「宗哉くん…… 」
宗哉に優しくされて晴美が嬉しそうに微笑んだ。
どんな時でも女子に優しいのが宗哉のいいところだ。
サンレイが2人を見ニッと笑う、
「そだぞ、心配無いぞ、晴美ちゃんや宗哉はおらが守ってやるぞ、何たって神だからな」
「ガルが付いてるから安心がお、晴美に悪さする妖怪はガルが退治してやるがお」
ガルルンが任せろと胸を叩いた。
宗哉が呼子に向き直る。
「英二くんを食べて霊力を得て大妖怪になって人間を支配したいってのはわかった。英二くんを襲う理由はわかった。それで何処で英二くんのことを聞いたんだ? 四国の山の中にいたんだろ? 英二くんが霊力を持っていることを誰に聞いたんだい」
「そだぞ、肝心なこと訊くの忘れてたぞ」
サンレイたちが呼子を囲んだ。
「それは……話しますから命だけは助けて下さい」
サンレイを見上げて懇願する呼子にガルルンが爪を伸ばした手を見せる。
「ガルにあんな事をして只で済むと思ってるがお? 微塵切りにしてから灰も残らないように燃やしてやるがお」
「ヒィィ~~ 」
ガルルンにジロッと睨まれて呼子が恐怖に顔を引き攣らせる。
英二が待ってと言うようにガルルンの前に腕を伸ばす。
「二度と人間を襲うな、約束しろ、約束するなら助けてやる」
呼子が英二に向き直る。
「やっ、約束する。二度と襲わない、俺の棲む山に来ても人間を殺したりはしない、約束するから助けてくれ」
縋るように頼む呼子の頭をサンレイがポンポン叩く、
「わかったぞ、命は助けてやるぞ、けど約束を破ったらおらとガルルンが殺しに行くからな、四国だろ? おらも四国の山神だからな、お前が何処に逃げても直ぐに分かるぞ」
「山神様も四国の……わかりました約束は守ります」
引き攣った表情をして呼子がガクッと項垂れた。
この場限りの約束で逃れようと考えていたのかも知れない、それが出来ないとわかって観念したのだろう。
「んじゃ話せ、誰に英二のことを聞いたんだ? 」
「全て話します…… 」
呼子がハマグリ女房から聞いた話しを全て話した。
話しを聞いたサンレイが大声を出す。
「仇討ち? 何言ってんだ。ハマグリ女の妹など知らないぞ」
「ガルも知らないがお、ハマグリの妹など殺してないがお」
2人を見上げていた呼子が顔を強張らせる。
「本当ですか? 」
信じていない様子の呼子に宗哉が話し掛ける。
「サンレイちゃんとガルちゃんがハマグリ女房の妹を殺す必要なんてあると思うかい? そもそもサンレイちゃんが神様だって言うことを知らせずに呼子を嗾けたんだよ、そんな奴の話とサンレイちゃんとどちらを信じる? 呼子は利用されたんだよ、呼子だけじゃないハマグリ女房はこれまでにも一つ目小僧や旧鼠を唆して英二くんを襲っているんだ」
「そうだ。山神様が相手だとわかっていたら……ハマグリ女房め嘘をついたんだな」
呼子が悔しそうに大きな口を噛み締める。
「話は分かったぞ、約束通り命は助けてやるぞ、もう人間を襲うなよ約束だぞ」
サンレイが呼子の頭に手を当ててバチッと雷光を走らせる。
青い雷光が呼子の体を包み込む、暫くして千切れた両腕が生えてきた。
サンレイが妖力を注いで回復させてやったのだ。
「これでいいぞ、帰って山の中でおとなしくしてろ、今まで通り人間を驚かすくらいなら大目に見てやんぞ、でも殺したり喰ったりしたら許さないからな」
「ハイ、約束します。本日は済みませんでした」
土下座をして謝ると呼子はスゥーッと消えていった。
「一件落着だぞ」
振り返ってニッと笑うサンレイの前で英二が浮かない表情だ。
「やっぱりハマグリ女房か…… 」
何とも言えない表情の英二の隣で秀輝が頷く、
「どうにかしないとな」
「自分から出てきたら捕まえてやるんだけど、あいつズルいからな、自分で戦わずに呼子とか使って襲わせるんだぞ」
サンレイの顔から笑みが消えた。
少し離れた団地の屋上からハマグリ女房が見ていた。
「呼子でもダメでしたか……まさか英二くんがあれ程出来るとは思いませんでしたから仕方ありませんね」
ハマグリ女房の体を黒い靄のような陰が覆っている。
近くなのにサンレイやガルルンが気付かないのは何かの術を使っているからだろう。
「HQ様が作った呪術札の効果も先ず先ずです。今回は御札を試せただけで由としましょうか、水胆にしろ御札にしろ使い方を誤らないようにしないといけませんね、暴走させて英二くんを失うわけにはいけませんから……愛しい人の力となる大切な贄ですからね」
晴美や宗哉の無事を喜び合う英二たちを見下ろしてハマグリ女房が企むように口元を歪ませる。
「バカな妖怪どもの選定は慎重にしなくてはなりませんね」
ハマグリ女房がキラッと目を光らせた。
「雷獣も手に入ったことですし仕掛けてみても良いかも知れませんね」
妖艶に微笑むとハマグリ女房がスッと姿を消した。