第8話 「佐伯重工」
2日目は動物園へと行った。
日本一パンダの沢山いる動物園である。
「おおぅ、いたぞ、白黒クマだぞ」
「慌てるな、迷子になるよ」
パンダの檻を見つけて走り出すサンレイを英二が追う、
「本当に白黒だぞ……でもちょっと黄色も混じってるぞ、お尻の辺り黄色くなってるぞ、パンダはケツ拭かないからな、可愛い顔してクソまみれだぞ」
一番よく見える場所でガン見するサンレイの隣りに英二がやってくる。
「女の子がクソとか言わない、あれはそう言うのじゃないからな、汚れとかで少し黄色くなってるだけだ。シロクマも黄色くなってるだろ、あれと一緒だ」
「ほぅ、あれがパンダというやつじゃな、笹を食べるんじゃな」
英二を挟んでハチマルが隣りに立つ、その横に小乃子と委員長が並んだ。
ララミはいるが宗哉とサーシャと秀輝はいない。
「そだぞ、竹とか笹やらないと暴れ出すんだぞ、あいつら竹の中毒になってんだぞ、野生の欠片も無くだらしない格好で転がったり、タイヤにぶら下がってふらふらしてるのはラリってるだけだぞ」
「マジか? ヤク中なんじゃな、笹竹中毒なんじゃな」
英二を挟んで身を乗り出すハチマルにサンレイが得意気に話し出す。
「可愛い顔してるけど油断するなよ、あいつらパンダは中国マフィアに入ってんだぞ、シャチと同じ白黒だろ、白黒はチームカラーなんだぞ、シャチは海のギャングだろパンダは森のマフィアなんだぞ」
ハチマルが大きく頷くと追従する。
「やはりな、儂も薄々感じとった。奴ら目が鋭いんじゃ、目の周りの黒い毛で分かり難くなっておるがよく見れば凶暴な熊そのものじゃ」
「そだぞ、甘い言葉で近寄ってくるヤクザと同じだぞ、可愛さに気を許すとケツの毛まで毟られるんだぞ、只の白黒クマが莫大な利権を生み出すんだぞ」
「わざとらしい可愛さも全てが計算尽くなんじゃな、日本人を油断させる罠なんじゃな」
「中国マフィア白黒パンダ団だぞ」
こいつら何を言ってんだ……、弱り切った顔で英二が話に割り込む、
「違いますから、マフィアに入ってるわけないだろ、肉や木の実じゃなく直ぐ近くで沢山手に入る竹とか笹を食べるのに特化したのがパンダだからね」
サンレイが英二を見上げる。
「やつらの通った後には1本の笹も生えないという……凶悪集団それがパンダだぞ」
後ろから小乃子がサンレイの頭をポンポン叩いた。
「何でパンダを悪者にしたがるんだ? 」
「サンレイちゃんはパンダが嫌いなの? 」
ポンポン叩く小乃子の手を委員長が払い除ける。
「だってだって、シャチが見たかったのにもういないんだぞ、同じ白黒のパンダは7匹もいるのに……おらはシャチが一番好きだぞ、シャチがいたら1匹貰って帰ろうと思って楽しみにしてたんだぞ」
持って帰る気だったのか……、英二はシャチがいなくてよかったと心から思った。
小乃子がニヤッと楽しそうにサンレイに抱き付く、
「シャチってデカいんだぞ、持って帰っても何処で飼うんだよ」
「学校のプールで飼うんだぞ」
「おおぅ、その手があったか流石サンレイだ」
2人の頭を委員長がゴツッゴツッと叩く、
「バカ言わないの! 飼えるわけないでしょ」
「そうじゃぞ、シャチは餌も大変じゃぞ」
サンレイが委員長とハチマルを見上げる。
「そっかぁ~、餌のオタリアも捕まえないとダメなんだぞ、シャチ飼いたかったけど諦めるぞ、じゃあ代わりにパンダでも貰って返るぞ」
「そうじゃな、竹なら近くの山で幾らでも手に入るからの、英二の家のガレージに繋げて飼えばいいの」
「番犬じゃなくて番パンダだぞ、んじゃ1匹貰ってくるぞ」
体を青く光らせるサンレイの肩を英二がむんずと掴んだ。
「待て!! 何をする気だ? 」
「柵を通り抜けてパンダを捕まえるんだぞ、おらのことは心配無いぞ、暴れる前に電気で気絶させてやるぞ」
「サンレイの心配なんてしてません、パンダの心配だけだ」
怒った英二がサンレイの頬を指で摘まんで引っ張った。
「でゅひひひひっ、止めろよ、くすぐったいだろ、ほっぺた伸びるだろ」
怒られているのにサンレイは体をくねらせて嬉しそうだ。
そこへソフトクリームを両手に持った秀輝と宗哉がやってくる。
「何やってんだ? 」
ハチマルにソフトクリームを渡しながら秀輝が聞いた。
「アイスか気が利くのぅ」
サンレイがバッと英二の手を振り払う、
「おらも、おらもアイス欲しいぞ」
「分かってるって、大盛りにして貰ったから落とさないように気を付けろよ」
秀輝から奪うように受け取るとサンレイが美味しそうに食べ始める。
「委員長と久地木さんもどうぞ、英二くんの分はサーシャが持ってるからね」
宗哉が小乃子と委員長にソフトクリームを渡し、3つ持っていたサーシャから英二と秀輝と宗哉が受け取った。
「アイス買いに行ってたのか、何処行ったのかと思ってたよ」
「途中の売店にデカい看板出てただろ、サンレイちゃん走って気付いてなかったからな、宗哉の奢りだぜ」
「宗哉ありがとな」
「お安い御用さ、もうすぐイルカのショーが始まるよ、パンダは後でも見れるからショーを見に行こうよ」
アイスを食べながらパンダを見ていたサンレイがくるっと振り返る。
「イルカ見に行くぞ、パンダはもういいぞ、転がってぐーたらしてるだけだぞ、竹を食うようになって野生を失ったダメクマだぞ」
「持って帰るんじゃなかったのかよ」
「余計なこと言うな」
からかう小乃子を英二が叱りつける。
「もう飽きたぞ、よく考えたらガレージにパンダ置いたら清ちゃんの車置けなくなるぞ」
ニパッと笑うサンレイの後ろで小乃子が英二を見つめる。
「清ちゃんって? 」
「父さんのことだ。ちゃん付けで呼ぶんだ」
弱り顔の英二の腕をハチマルが引っ張る。
「儂は清と呼び捨てじゃ」
「いや、そんな報告はいいから……って言うか世話になってる一家の大黒柱なんだからせめて『さん』付けて呼んでくれ」
「なに言ってんだ? 清ちゃんは清ちゃんだぞ」
「そうじゃな、田舎に居った小さい頃から見ておるからな、清も呼び捨てで構わんと言うとったぞ、サンレイは知らんじゃろうが儂は小さい頃に会ったことがあるからの」
英二が身を乗り出す。
「子供の頃の父さんに会った事があるのか? 」
「清が小学校へ入る前くらいじゃ、悪い風邪が流行って熱を出して寝込んでおった。医者に診て貰ったんじゃが薬が足りんでのぅ、祖父さんが祠へ参ってきたから儂が様子を見に行って清を治してやったんじゃ、その時に姿を見られての、清も覚えておったぞ」
温かなものが込み上げてきて英二の顔が自然と綻んでいく、
「小さい頃の父さんか……サンレイとハチマルには敵わないな」
「んじゃイルカ見に行くぞ」
英二の手を引っ張ってサンレイが歩き出す。
ソフトクリームを美味しそうに食べながらサンレイが英二を見上げる。
「カップのバニラも旨いけどソフトクリームはふわっとしてて更に美味しいぞ」
「ソフトと言うだけはあるの、儂も大好きじゃ」
後ろからやって来たハチマルがサンレイの隣りに並んだ。
「ソフトか……んじゃハードクリームはあずきバーだぞ、あの堅さは正にハードだぞ」
「最近は柔らかいあずきバーも売ってるよ、柔らか仕立てってやつ」
英二と繋いでいた手をサンレイがバッと離した。
「言うな! 柔らかなんてあずきバーじゃないぞ、柔らかいのが好きならぜんざいでも食ってればいいんだぞ」
アイスクリームコーンを一囓りしてハチマルがぽつりと呟く、
「井○屋は堕落したんじゃ……いや、策略の匂いがするのぅ」
「策略ってなんだ? 」
アイスを食べるのも忘れてサンレイが聞いた。
「他国があずきバーの有用性に気付いて工作員を送って破壊活動をしたんじゃ」
「工作員……中○国と北○鮮だな、あいつらが………… 」
溶けたソフトクリームがサンレイの手を伝わって地面に落ちていく、
「防衛装備移転三原則によって武器の輸出が可能になったからの、撲殺兵器のあずきバーを輸出されては困るんじゃ」
「カチカチに凍らせたあずきバーがあれば1本で1殺できるからな、あずきバーさえあれば誰でも超一流の兵士になれるからな」
「そうじゃ、あずきバーは核兵器に匹敵する威力があるからの、低コストで整備も簡単じゃ、冷凍庫さえあれば何処にでも配備できる夢のような兵器じゃからな」
ハチマルがガジガジとコーンを食べ終わる。
溶けたソフトクリームで手がべちゃべちゃになっているにも拘わらずサンレイが話しに夢中だ。
「それで工作員が井○屋に潜入してあずきバーを柔らかにしたんじゃ」
「食べやすく美味しくなったとか言ってたのは全部嘘だったんだな、兵器として使えないようにされたんだな、只のアイスになったんだな」
「じゃがこれで終わりではないぞ、むしろ始まりじゃ」
「始まりって……これ以上あずきバーに何かするのか? 」
「近い内にあずきバーはハーグ条約で使用禁止にされるのじゃ」
「マジか!! 毒ガスと同じ扱いにされるのか…… 」
驚くと同時にサンレイの持つソフトクリームの上半分がボタッと地面に落ちていく、
「じゃあ、もうあずきバーが食べられなくなるのか? そんなの嫌だぞ」
「大丈夫じゃ、その前に日本は国際連盟を脱退するからの、あずきバー禁止などクソ食らえじゃ、あずきバーのためなら日本人は命懸けで戦うんじゃ」
「よかったぞ、あずきバーを禁止する国連なんて入ってても無駄だぞ、敵が攻めてきたら全国民があずきバーで応戦して追っ払うから平気だぞ」
呆れ果てて何も言えない英二に代わって後ろから委員長と小乃子がやって来る。
「脱退なんかしません、柔らかいあずきバーはお年寄りや小さい子供でも食べられるように作られたんです。普通の固いのも続けて売ってるでしょ」
「どんだけあずきバーに心酔してんだ。あたしも固いほうが好きだけどさ」
いつもふざける小乃子も流石に呆れ顔だ。
秀輝がサンレイの手元を指差した。
「それよりサンレイちゃんアイス溶けてべちゃべちゃだぜ」
「ああぁ……おらのソフトクリームが……英二が柔らかいあずきバーの話しなんかするからだぞ、おらのアイスが………… 」
「俺が悪いのか? まったく、ほら手を拭いて」
恨めしげに睨むサンレイに英二がテッシュを差し出す。
「半分しか食べてないぞ…… 」
「イルカショーが終わったら新しいの買ってやるから拗ねるなよ」
「約束だぞ、チョコとバニラの混じったやつだぞ」
「チョコでもイチゴでも買ってやるから早くイルカショー見に行こう」
ハチマルが英二の腕を引っ張る。
「儂にはイチゴ味のソフトクリームを頼んだぞ」
「ズルいぞハチマル、んじゃ、おらはイチゴとチョコバニラと2つだぞ」
「はいはい、分かったから早く行くよ」
ニパッとサンレイの機嫌が一瞬で良くなったのを見て英二は一安心だ。
宗哉の取り計らいで真正面の一番いい席でイルカショーを見ることが出来た。
イルカたちが泳ぐプールを見ながらサンレイがブツブツと話し始める。
「イルカよりシャチ見たかったぞ、改心して飼い慣らされた海のギャングを見たかったぞ、オタリアを弄びながら食べるところ見たかったぞ、オタリアの血でプールが赤く染まってそれを見た客の頬も興奮で赤く染まるんだぞ」
「シャチがいたとしてもそんなショーはしないからな」
サンレイを挟んで向こうに座るハチマルが前屈みになって英二を見つめる。
「真っ赤な太陽の下、赤く染まったプール、頬を赤く染めたカップルたち……鮮血を見てドキドキした付き合い始めのカップルが恋のドキドキと勘違いして結ばれるんじゃ、吊り橋効果じゃ」
ニヤッと厭な笑みをしたサンレイが続けて話す。
「数日後、ヤンデレ彼女が男を刺すんだぞ、男の血で赤く染まった部屋の中で彼女も首を吊って鬱血で赤くなって死ぬんだぞ、騒ぎを聞いて見つけた大家がドキドキだぞ、首吊り効果ってやつだぞ」
「わあぁあぁ~~、サンレイは間違ってるから、首吊りじゃなくて吊り橋効果って言いたいんでしょ」
身を乗り出して騒ぐ英二をハチマルが押し戻す。
「男と女はオタリアとシャチと同じじゃな、恋の駆け引きは刺すか刺されるかじゃ」
「刺される前に刺すんだぞ、恋は弱肉強食だぞ」
「食うか食われるかのドキドキが恋なんじゃな」
「おらも英二と食うか食われるかの恋をしたいぞ、おらがシャチで英二がオタリアだぞ、夕日の浜辺で追い駆けっこするんだぞ、英二が捕まえてごらんって言って逃げて、おらが待て待て~食べちゃうぞって言って追いかけるんだぞ」
「いいのぅ、ロマンチックじゃの、儂も英二の血で浜辺を赤く染めたいのぅ」
うっとりと話す2人を見て英二が弱り顔で口を開く、
「食うのは勘弁してください、ちっともロマンチックじゃないからな、浜辺は夕日で赤く染めてくれ」
「始まるみたいだぜ、バカ話は後でしろよな」
隣に座る小乃子が英二に肘鉄を食らわした。
「なんで俺を殴る…… 」
横腹を押さえ前屈みになる英二の頭をサンレイがポンポン叩く、
「寝るなよ英二、海のチンピラ、イルカショーが始まるぞ」
「チンピラって何だ? 変な呼び方するな」
頭を叩く手を払い除けると英二が座り直す。
「シャチがギャングでイルカはチンピラなんだぞ、あいつら賢くて可愛いとか言われてるけど裏で結構エグいことやってんだぞ、外面がいいだけだぞ」
「始まったようじゃぞ、先ずは挨拶じゃ、よう訓練されとるのぅ」
散々文句をいいながらもイルカショーが始まるとサンレイもハチマルも夢中になって食い入るように見ていた。
そんな2人を見る英二も幸せそうな顔である。
イルカショーの後はサファリワールドへ行った。
色々な動物が放たれた区画を車で回るツアーが人気だ。
小型のバスに全員乗り込む、英二と宗哉が前に座って次にサンレイと委員長、その後ろにハチマルと小乃子が座って一番後ろに秀輝とララミとサーシャが並んで座っていた。
興味津々なサンレイとハチマルを窓際に座らせてあげようと委員長と小乃子が気を利かせて通路側に座ることにしたのだ。
委員長と並んで座るサンレイが窓に釘付けになって見ている。
「ライオンとチーターがいるぞ、向こうには鹿みたいのが沢山いるぞ」
「サンレイちゃんは肉食動物はよく知ってるわね、鹿みたいなのはオリックスって言って鹿じゃなくて牛の仲間よ」
「野良か? ここに居るヤツらは全部野良動物なのか? 野良ライオンと野良チーターに野良シマウマに野良キリンだぞ」
「野良じゃないから日本に野良ライオンとかいたら大変でしょ」
委員長が苦笑いでこたえる。
前で聞いていた英二は頭を抱え込んでいた。
ハチマルが後ろからサンレイの頭をポンッと叩いた。
「サンレイ何を言っておるんじゃ? 好きなのを選んで料理してくれるんじゃぞ、生簀に泳いでおる魚を選んで料理してくれるのをテレビでやっておったじゃろ、あれの動物版じゃ、ここにおるのは何でも食べられるんじゃぞ」
「おおぅ~、んじゃ、おらはライオンが食いたいぞ、百獣の王を食ってやるんだぞ」
サンレイがパァ~ッと顔を明るくする。
同時に英二がバッと振り返った。
「ここは動物園だ!! 料理屋と一緒にするな、自然と同じような環境にして動物を観察するために車で回るようにしてるだけだ」
「なんじゃ食えんのか? カバの丸焼きが食いたかったんじゃが…… 」
「食べれません! そんな事したら世界中から怒られるからな」
残念そうに言うハチマルを英二が睨み付けた。
「じゃあ英二がライオンの餌になればいいぞ、ライオンが襲うとこ見たいぞ」
「なりません!! 無茶苦茶言うな」
怒鳴る英二の肩に宗哉が手を置いた。
「あははははっ、カバは無理だけど夕食に美味しいステーキでも用意するよ」
「ステーキか……仕方ない牛で我慢してやるぞ」
「サンレイは遠慮って言葉知らないよね」
「あははははっ、いいよ、いいよ、サンレイちゃんとハチマルちゃんは特別だからね」
「まったく…… 」
呆れ果てる英二を余所にサンレイとハチマルは車の外にいる動物を見てキャッキャッとはしゃぎ回っていた。
その後、ラッコやペンギンにホッキョクグマなどを見て動物園を後にした。
夕食は別荘の食堂で一流シェフが腕を振るって見たこともない豪華な晩餐である。
「そろそろシェフ自慢の手作りアイスクリームができている頃だね、サーシャ、ララミ運んでくれるかい、サンレイちゃんとハチマルさんにも手伝ってもらおうかな、シェフが作っているところ見て来るといいよ」
メインディッシュを食べ終わると宗哉が優しく微笑みながら言った。
「おお手作りアイスだな、面白そうだぞ、ハチマル見に行くぞ」
「ほほう、これだけ美味いものを作るシェフのアイスクリームか面白そうじゃな、どうやって作るのか一見の価値ありじゃな」
サンレイとハチマルが楽しそうにサーシャとララミについて食堂を出ていった。
食堂の奥のキッチンへ入ると何人かの料理人が忙しく働いている。
「アイスはこちらデスから」
サーシャが食堂のさらに奥のドアを開いた。
サンレイとハチマルがサーシャについてドアを抜けて歩いていく、ドアを閉めてララミが一番後に続いた。
「なんか薄暗くて冷たい所だな」
「ここはアイスクリーム専用に作った部屋です、だから寒いですよ」
キョロキョロ辺りを見回すサンレイに後ろからララミがこたえる。
「アイス専用かそれは凄いな、ますます楽しみじゃて」
先頭を歩くサーシャが止まった。
前の壁に2つのドアがある。
「こっちがアイスクリームでむこうがフローズンヨーグルトと氷菓デスから」
ララミがサンレイの手を取って続ける。
「サンレイ様はアイスクリームを手伝ってくださいです、ハチマルさんはサーシャと氷菓を頼むです」
「なんじゃ、別々にせんと一緒に1つずつ入ればいいじゃろう」
ハチマルが不服そうに口を尖らせる、アイスクリームの方も見たいのだ。
「秘密デスから、全部見てしまうと楽しくありませんデス、見たければ後で見せますデスから、今は楽しみにしとくといいデス」
サーシャがハチマルの手を取ってにっこりと微笑む。
「そうだぞ全部見ると感動も半減すんぞ、あとで見に来たらいいんだ。おらはどんな氷菓なのか分からない、ハチマルはどんなアイスか分からない、戻ってからの楽しみだぞ」
「あとの楽しみじゃな、了解じゃ、それにしてもここまで凝った事して楽しませるとは宗哉も憎い事をしおるな」
サーシャの説明に納得したのかサンレイとハチマルは別々の部屋へと入っていく、
サンレイが部屋に入るとシェフだろうか、コックコートを来た目つきの鋭い男がいた。
「あなたがサンレイ様ですか、こんなに可愛いかたとは思いませんでした」
シェフが微笑みながら大袈裟に驚いて迎える。
「アイスもらいに来たぞ」
可愛いと言われてサンレイも笑顔だ。
「ハイできていますよ、どうぞごらんください」
シェフが大型冷蔵庫のドアを開けると中にアイスクリームが並んでいた。
四畳半ほどの広さで大人が中に入って歩けるくらいの大きな冷蔵庫である。
「おお凄いぞ、アイスがいっぱいだぞ」
サンレイが冷蔵庫の中へと駆けていく。
バタンと音を立てて冷蔵庫のドアが閉められた。
閉じ込められても冷蔵庫の中は暗くない上部でライトが光っている。
「なん!? 何の冗談だ。アイスは好きだけど寒いのは嫌だぞ、早く開けろよララミ」
くるっと振り返ってドア越しにサンレイが笑いかける。
ドアには大きな液晶ディスプレイが付いていた。
ディスプレイにシェフの姿が映る。
「申し訳ありません、部屋はすぐに暖かく致しますのでしばらくご辛抱願います」
ララミの代わりにシェフの格好をした男がこたえた。
「なに! お前なんのつもりだ。こんな部屋すぐに出られんぞ」
サンレイが冷蔵庫の壁に手をつける。
「これは……鉛か!? 全部鉛で囲ってるぞ、どういうつもりだララミ」
サンレイの動きが止まった。
「よかった。鉛を通り抜けられないというのは本当らしいな、旨く捕まえられてよかったよ、手荒な真似をしなくて済んで安心したよ、モノノケとはいえ可愛いお嬢さんを痛めつけるような事はしたくなかったのでね」
男の言葉でサンレイの顔が険しく変わる。
「捕まえる? おらを捕まえて何すんだ。ララミどういう事か説明しろ」
「申し訳ありませんサンレイ様、ご主人様の命令です、サンレイ様には危害は加えませんです。ですからしばらくおとなしくしてくださいです」
「宗哉の命令か? なんで……ハチマルも捕まえてんのか? 」
「ハチマルさんもサーシャが旨く捕まえたようです。協力して貰いたいとご主人様は言ってましたです。その部屋はすぐに暖かくします。アイスは自動で扉が閉まりますから、扉を閉めるとアイスは保冷されて溶けませんからいつでも食べる事ができます。詳しくはご主人様が説明しますからアイスを食べながらしばらく我慢してくださいです」
ララミの言う通りアイスの棚の扉が自動で閉まって部屋が暖かくなってきた。
「ハチマルも捕まえた……英二は、英二や小乃子になんかしたら承知しないからな」
「ご安心ください英二さんたちには絶対に危害は加えませんです、私も友達ですから」
「ララミ……わかったぞ、何するか知らんがしばらくおとなしくアイス食っててやるから早いとこ済ませろ」
サンレイが奥に置いてある椅子に座った。
メイロイドとはいえララミの『私も友達です』という言葉を信じる事にしたのだ。
サンレイと同じようにしてハチマルも鉛で囲まれた部屋に捕まっていた。
2人が捕まっているのも知らずに英二たちは食事をしながら談笑していた。
「2人とも遅いね、アイスクリームつまみ食いしてなきゃいいけど」
「はははっ、沢山の種類を作ってもらったからね、口直しに野菜ジュースでもどうだい? 少し苦いけどビタミンたっぷりの薬だと思って飲めばいいよ」
心配顔の英二を笑い飛ばすと宗哉がジュースを全員に勧めた。
給仕係りのメイロイドがグラスに入ったジュースを配る。
「うえっ、本当に苦いな、甘さの後に舌に苦さが残るぜ」
「うん、でも生野菜って感じもするなビタミンいっぱいって感じだな」
秀輝と小乃子が苦そうに顔を顰めながらもジュースを飲み干す。
「大袈裟だな、確かに苦いけど野菜の味だよ」
英二が不思議そうにみんなを見回した。
野菜ジュースはセロリかなにかの苦味が少しあるが果物を混ぜていてとても飲みやすい、秀輝や小乃子が顔を顰めているのが大袈裟に見えた。
「んん? あれ? 」
秀輝がテーブルに突っ伏して倒れた。
秀輝だけではない小乃子や委員長も倒れている。
「どうしたんだよ秀輝? 委員長も小乃子も……みんなふざけてるのか、なあ宗哉どうなってんだよ」
みんなの様子を見て英二が宗哉に振り返る。
「心配無い、薬が効いて眠っているだけさ」
「薬? なに言ってんだよ宗哉…… 」
英二が言葉を詰まらせる。
宗哉の顔が冗談ではなかった。
いつもの優しい顔ではなく厳しい表情で宗哉が話しを続ける。
「苦くて当然さ睡眠薬だよ、強力なヤツでね8時間はぐっすりさ、目が覚めても2時間はだるくて体が動かない、合計10時間は倒れたままだ」
英二の顔がみるみる変わっていく、
「 ……どうして、何やってんだよ冗談だろ…… 」
驚愕に顔を青くした英二がやっとの事で搾り出すような声で訊いた。
「英二くんが悪いんだよ、僕に協力してくれればこんな事しなくてもすんだのに」
「協力って……サンレイ! ハチマル! 」
サンレイとハチマルが歩いていった方を見るとすぐに宗哉に向き直った。
「サンレイとハチマルをどうした!! 」
「旨く捕まえたようだよ、今からいろいろ調べたいのでね」
楽しそうに笑う宗哉の見つめる先からサーシャとララミが歩いてきた。
「捕まえたって……鉛か何か使ったんだな」
サーシャとララミが2人の前に立つ、他のドアから医師らしき者や背広を着た佐伯重工の者たちが沢山入ってきた。
「みんなを部屋に連れて行って寝かしてやれ、ドクターに見てもらうことも忘れるな」
宗哉がテキパキと指示を出す。
初めから筋書きは出来ていたようである。
昨日英二に協力を断られた時から実行するように手配されていたのだ。
「宗哉、お前なんてことを……お前!! 」
英二が宗哉に掴み掛かる。
ララミがすぐに動く、
「がはっ 」
ララミに投げ飛ばされた英二が床に叩きつけられて苦しげに呻いた。
「英二くん! ララミ手荒な真似はするな!! 」
血相を変えて宗哉が怒鳴るように命じた。
「ですけど……申し訳ございません」
反論しようとしたララミがすぐに頭を下げた。
宗哉が本気で怒っていた。
宗哉を守るように前にいたサーシャも頭を下げている。
「ごめんよ英二くん、手荒な真似はするつもりはないんだ。英二くんはもちろんサンレイちゃんやハチマルさんにも手荒な事はしない、ただ調べさせてほしいだけだよ、神様の頭の中を少し調べるだけさ」
宗哉が英二の傍にしゃがんで頭を下げた。
「頭の中を調べるって? 何をする気だ。本当に害はないんだろうな」
英二は上半身を起こすと宗哉を睨み付ける。
「こうなったら全て話すよ、ここじゃなんだから車の中で移動しながらね」
宗哉に言われて英二が立ち上がる。
別荘の外には大きなトラックとバンタイプの車が数台停まっていた。
英二と宗哉がバンタイプの車に乗り込む、もちろんサーシャとララミも一緒だ。
トラックにはサンレイとハチマルを捕まえた特殊な檻が運び込まれていた。
車が動き出す、しばらくして宗哉が話しを始めた。
「うちの会社は人工知能の開発とロボットの生産でのし上がった。トップまで登りつめたが安穏とはしていられない、現に他の国の人工知能やロボットがシェアの半分を取るようになってきた。この業界は厳しくてね、常に新しいものを求められる。それにこたえるように開発したのがメイロイドさ、ララミやサーシャを見ての通り容姿は合格だが人工知能は今ひとつだ」
一息ついた宗哉にサーシャが飲み物を差し出す。
ララミが英二にも差し出すが英二はいらないと手を振った。
グイッと一気に飲んだあと宗哉が続ける。
「そこで我が佐伯重工は10年程前から精神の研究を始めたのさ、つまり心の研究だよ、今の人工知能に足りないもの、それは心だ。自分で考える魂さ、人間の脳を研究するために非合法な人体実験のようなこともした。詳しくは話さないが心を調べていて最終的に霊魂の存在へと辿り着いた。それと同時に幽霊やモノノケの存在にも注目した。そのうちの何体かは捕まえる事にも成功して各種実験をして大いに役に立ったが1つ問題があった」
「問題? 」
いつの間にか話に聞き入っていた英二の前で宗哉が大きく頷いた。
「そう問題だ。捕らえた幽霊やモノノケは全て知能が低いものだったんだよ、いや、知能の低いものしか捕らえることは出来なかったと言った方がいいね、言葉を話せるものもいたが幼児以下のイヌや猫レベルの知能しかない、それでも実験には大いに役に立ったけどね、そこへサンレイちゃんやハチマルさんが現れたんだよ、まさに神様だと僕は思ったね、これで人工知能の研究が遥かに進むとね、それで英二くんに頼んだんだけど、こういう結果になって残念だよ」
「サンレイとハチマルに何をするつもりだ。お前それでも友達か」
怒った英二が宗哉の胸倉を掴む、今度はサーシャもララミも動かない。
胸倉を掴む英二の腕に手をかけて宗哉が口を開く、
「危害は加えないよ、これじゃ話せないよ手を離してくれないか」
怒り顔で睨みつけながらも英二が手を離した。
いつもの表情で襟元を直しながら宗哉がまた話し出す。
「友達だよ、英二くんには感謝している。僕はたった1人の親友だと思っているよ、だからこそ全部話したんじゃないか、もう一度言うがサンレイちゃんやハチマルさんには危害は加えない、ただ知識をコピーさせてもらうだけさ」
「コピーってそんな事できるのか? 」
「できるんだよ、伊達に10年も研究していたんじゃない、始めは捕らえたモノノケを教育して知能を上げようとしたんだが旨くいかない、そこで他から知識をコピーするというコンピューター的な発想を思いついた。試行錯誤の結果、どうにかコピーする事ができるようになった。だが肝心のコピー元が旨く作れない、コンピューターに登録したデータではどうしても成功しなかった。試しにモノノケ同士でコピーすれば成功した。つまり知能が高いモノノケが手に入れば旨くいくんだよ、そうしてサンレイちゃんとハチマルさんが僕の前に現れた。捕らえたモノノケにサンレイちゃんの知識をコピーして持たせる。全てがコピーできるわけではないが基礎的な知識はコピーできるんだ。これで少なくとも幼児レベルの知能になるだろう、そうすれば使いものになる」
「それでサンレイには本当に何も害はないんだな」
「ない、僕が約束する。おとなしく協力してくれ、旨くいけば本当の人工知能が手に入る。メイロイドも一気に進化するんだ。新しい人類の始まりになるかもしれない」
怪訝な表情で確認する英二に宗哉がマジ顔でこたえた。
「わかった協力する。でもサンレイとハチマルが嫌だと言ったら俺も協力はしないよ、俺は頼んでみるけど無理強いはしないからな」
英二が仕方無しに了承した。
ここで断るとさらに状況が悪くなるかもしれないと考えたのである。
車は40分ほど走って止まった。
佐伯重工のメイロイド工場の敷地内だ。
和歌山の南紀にあるこの工場は佐伯重工が持っている日本で最大の工場である。
メイロイドの生産はもちろんその開発から人工知能の実験まであらゆる事が出来る設備が揃っている佐伯重工の拠点の1つだ。
大型トラックからサンレイとハチマルの入ったコンテナが運ばれていく、
「あれにサンレイちゃんとハチマルさんが入っている。2人とも無事だよ、アイスでも食べながらのんびりとしてるさ、僕たちも行こうか」
「あの中にサンレイとハチマルが……鉛で囲んで出れなくしたんだな」
いつもの爽やかな表情の宗哉に悔しげに唇を噛締めながら英二が続いた。
大きな部屋に通された。
何かの実験室らしい、表示スクリーンやコンピューター端末などが並んでいる。
忙しなく部屋を行き来する者など沢山の人がいた。
佐伯重工の作業服や背広を着た者たちだけでなく科学者や医者らしき者たちも混じっている。
正面の大きな表示パネルにサンレイとハチマルが映しだされた。
「あっ! サンレイ、ハチマル」
英二が大声を上げた。
「フフッ、大丈夫だと言っただろ、これで信じてくれたかい」
宗哉が笑いながら英二を見つめた。
表示パネルに映るサンレイとハチマルは呑気にアイスクリームを食べている。
「よかった2人とも……アイスなんて食べてる場合じゃないだろ………… 」
英二は安堵の溜息をつくと困ったように呟いた。
「ここに座って一緒に見よう、2人に危害を加えないことはここで見ていれば分かるよ」
部屋の真中にある1段高くなった席に座れと宗哉が招く、
メイロイドのサーシャとララミが宗哉の後ろの席に着く、宗哉の隣に英二が座るとしばらくして男が1人やってきた。
「準備完了致しました」
「ありがとう後藤、では始めましょう」
宗哉がこたえると後藤は一礼して英二とは反対側の宗哉の隣の席に着いた。
後藤は佐伯重工の重役らしい、作業服姿だがどうやら責任者のようである。
サンレイとハチマルが閉じ込められた部屋にある表示パネルに画像が映る。
椅子に座る英二とその隣に別荘で眠っている秀輝たちが映っていた。
「英二! よかった無事だったんか」
「小乃子たちは眠らされとるようじゃな、英二も無事じゃな」
映像を見たサンレイとハチマルが安心したように呟いた。
「2人とも無礼な事をしてすまない、どうしても協力してもらいたくてね」
表示パネル横のスピーカーから宗哉の声が聞こえた。
「サンレイもハチマルも大丈夫みたいだね、よかった……ごめんね、俺がもっと気をつけていれば……本当にごめんな、今から説明するから」
続けて聞こえてきた英二の悔やむような声にサンレイとハチマルが顔を顰める。
ディスプレイに映る2人の怪訝そうな表情に構わず英二が続ける。
「サンレイとハチマルの知識を調べたいんだってさ、頭を少し調べるだけだから……でもサンレイとハチマルが嫌ならいいんだよ、無理やり協力はさせないって約束なんだ。だから……だから嫌ならいいんだよ、こんなやりかた2人とも嫌だろ、俺も嫌だから2人が嫌って言ったらこれで終りだよ、だから帰ろう、ごめんねサンレイ、ハチマル」
表示ディスプレイに映る英二が泣きそうな顔になっていた。
サンレイとハチマルが何かこたえようとしたとき別の声が聞こえた。
「帰ってもらっては困るな、いや協力するまで帰さんよ」
英二が映るパネルの下に中年の男が映っていた。
男の声は英二には聞こえていない様子である。
その証拠に英二の話す声が小さく聞こえていた。
英二の声をフィードアウトして男の声が割り込んできたのだ。
「お前なにもんだ! 」
サンレイの声が聞こえているのだろう、ハチマルは何も言わずに男を睨んでいる。
「これは失礼した。自己紹介がまだだったな、私は佐伯敏重だ。佐伯重工のCEOを任されている。宗哉の父親といった方が分かり易いかな」
敏重が楽しそうに微笑みながら会釈をした。
佐伯敏重は白髪の混ざったグレーの髪を綺麗に整えていかにも紳士然としているがその彫りの深い顔つきは一癖も二癖もありそうだ。
佐伯重工は敏重と祖父の敏昭によって人工知能搭載コンピュータでは世界一にまでのし上がった企業である。
「宗哉の父親か、それで儂らに何をさせるつもりじゃ」
「お前たちの心を、知能をコピーさせてもらう、わが社の人工知能に応用するためにだ」
「なん? そんな事させるか! そんなもん誰が協力なんかするか」
「協力はしてもらう、でないと英二くんや小乃子さんの身の安全を保障できなくなる」
敏重の顔から笑みが消えた。
「んだと、英二になんかしてみろ、お前ら全員祟り殺してやるからな」
「やめいサンレイ! 儂らを脅す気か……よかろう協力はしてやる。じゃが1回きりじゃぞ、英二にはこの先も一切手を出すな、約束を破ればただではおかんぞ、儂らはこれでも神じゃということを忘れるなよ」
大声を出すサンレイを止めてハチマルが静かに言った。
「わかった約束しよう、今回協力してくれればそれでいい、話は決まった早速始めよう、君たちにも英二くんにもそれなりの謝礼は出すよ」
愉しげにニヤりと口元を歪めて敏重がこたえた。
ハチマルが険しい表情で口を開く、
「協力はする、じゃがお主の思っているように簡単なものではないぞ、心や魂というものは人が弄んではいかんものじゃ、儂は忠告したぞ」
「武器を売ってただけじゃなかったんだな、霊やモノノケに酷い事してたんだな、そんで宗哉にモノノケが憑いてたんだぞ、このままじゃ取り返しつかなくなんぞ」
サンレイも厳しい表情で敏重を睨む。
「サンレイ無駄じゃ、古くなると汚れる、全てのものがそうではないが大抵は古くなると汚れるものじゃ、鉄でできたものは錆びたり、土でできたものは割れる。人は心が汚れていくんじゃ、大人になっていくたびに心が汚れていくんじゃ」
ハチマルが寂しい声で諭すように言った。
「違うぞ、英二や秀輝や小乃子や委員長は違うぞ、大人になっても汚れたりしないぞ、だってだっておらの友達だからな、もし汚れたらおらが拭いてやるぞ、アイス食って汚れた口を優しく拭いてくれるようにおらが英二の心を拭いてやるぞ」
サンレイの声が泣いていた。
ハチマルの目に優しい光が灯る。
「サンレイ……そうじゃな、英二や小乃子なら大丈夫じゃな、愚かな者たちのためでなく英二や小乃子たちのために儂らは神としての役を果すだけじゃな」
ディスプレイに映る敏重を睨みながらハチマルが続ける。
「協力はする、じゃが覚悟は決めろよ、因果応報じゃ、今まで弄んできた霊やモノノケたちの無念の気がお主らに降りかかるぞ」
ハチマルは何か覚悟を決めたような目つきだ。
「ふんっ結構だ。私は協力さえしてもらえればそれでいい、弄んできたのではない科学の発展に尽くしてきたのだよ、まあお前たちに言っても分からんだろうがね、おとなしく協力してくれれば英二くんたちの身も保証するし君たちも無事に帰してやるよ」
バカにするように鼻で笑うと表示パネルから佐伯敏重の姿が消えた。
代わりに英二の声がまた聞こえてきた。
「サンレイ、ハチマル、帰ろう、無理に協力なんてしなくていいんだからね」
優しい英二の声にサンレイとハチマルがニッコリと笑った。
「協力してやることにしたぞ、面白そうだからな」
「儂もじゃ、心配無用じゃ、これでも儂らは神様じゃぞ」
「サンレイ………… 」
英二は黙るしかなかった。
英二はバカではない、2人が何か言われて無理やり協力させられているのがわかった。
それがたぶん自分の所為なのも分かっているから何も言えなくなったのである。
サンレイとハチマルの知識をコピーする作業は旨くいき、翌日の朝早くに全員無事に解放された。
睡眠薬で眠らされていた秀輝と小乃子と委員長も無事である。
秀輝たちは何も覚えていない、疲れや興奮で急に倒れたのだろうという医者の言葉を信じている様子だ。
秀輝たちは午前中はだるそうにしていたが昼からはまた海に行って遊びまくった。
サンレイとハチマルも何事も無かったかのようにはしゃいでいる。
ただ1人、英二だけがなんともいえない複雑な表情をしていた。
いつもの爽やかスマイルをした宗哉が英二の隣に立つ、
「どうしたんだい、1人だけ浮かない顔してるよ」
「お前よく平然としていられるな、サンレイとハチマルにあんな事しておいて…… 」
英二が嫌悪を顔に浮かべて宗哉を見つめた。
「悪いとは思っているさ、僕もあんなやり方したくてしたんじゃない、英二くんが初めから協力してくれればあんな事しなくて済んだんだ。サンレイちゃんとハチマルさんの安全は保障するって何度も言っただろ、それなのに英二くんが力を貸してくれないから」
言い訳をする宗哉の拗ねているような表情を見て英二が口を開く、
「安全を保障するって言われても頭の中を調べるなんて言われたら吃驚するし怖くて当然だろ、俺自身ならともかくサンレイやハチマルに何かするなんて言われても断るのが当たり前だ。宗哉に憑いたモノノケを祓ってサンレイが消えそうになっただろ、サンレイやハチマルが今の姿のままで居られるのは奇跡なんじゃないかと思ってるんだ。俺と出会ったのも偶然だし、いろいろな偶然が重なって存在しているんじゃないかと思うんだ。ちょっとした事でそのバランスが崩れたらサンレイは存在できなくなるかもしれない、今回はたまたま上手くいっただけだ。もう二度とごめんだよ、俺も宗哉の事を友達だと思っているよ、だからこんな事は二度としないでくれ」
英二がマジ顔でじっと宗哉を見つめた。
「英二くん……ごめんよ、もう二度としない約束する。僕は英二くんを失いたくない、僕にとって信頼できる友達は英二くんだけなんだ。幼稚園のこと覚えているかい? 僕が苛められていたのを英二くんだけが助けてくれた。中学で再会したときも英二くんだけは普通の人と同じように接してくれた。女子も男子も他の奴らは僕じゃなくて佐伯重工の金や権力しか見てなかった。英二くんだけだよ、僕の本当の友達は…… 」
目に涙をためて謝る宗哉を見て英二の顔から険が消えた。
「もういいよ、サンレイもハチマルも無事だったんだし……それに宗哉も本当のこと話してくれたしね、俺が宗哉の立場だったら同じ事をしたかもしれないし、俺だってメイロイドは欲しいし、人工知能がもっと発展してほしいって思ってるしな」
「英二くんありがとう、そうだ。新しいメイロイドが出来たらプレゼントするよ、2人でも3人でも英二くんの欲しいだけプレゼントするから、整備も全部無料だよ、佐伯重工が全て責任もってするからね、それに将来佐伯重工に入って欲しいんだ。英二くんには佐伯重工の幹部として僕を支えて欲しいんだよ」
パッと顔を明るくした宗哉が捲くし立てるように言った。
英二に許してもらえたのが本当に嬉しそうな様子である。
「新しいメイロイドか、それは正直欲しいな」
宗哉の言葉に心が揺らいだのか英二が考え込む。
海で遊んでいたサンレイが大声を出しながら走ってきた。
「なあなあ英二、一緒に遊ぶぞ、宗哉も一緒に来いよ、おらは昨日の事なんか根に持ってないからな、そんかわり毎日アイス奢れよ約束だぞ、ハチマルとおらの分だぞ」
「アイス奢れって根に持ってるよね、アイスでチャラにしろって事だよな」
英二が困った顔でサンレイを見つめた。
「根に持ってないぞ、アイス奢るのは当たり前だ。あれだぞ、ちょさっけんだぞ」
「著作権か、なら仕方ないね、アイスは毎日好きなだけ奢るよ、新しい人工知能の開発が旨くいったらアイス以外にもそれ相応の礼はするつもりだからね」
宗哉がいつもの爽やかスマイルを見せた。
宗哉は英二以外には弱い所を見せる事は滅多に無い。
「にへへへへっ、約束だぞ宗哉、アイスもうけたぞ、おっと今はそんな事どうでもいいぞ、なあなあ英二、海で泳ぐぞ」
サンレイが英二の腕を引っ張る。
「そうだね明日は帰るもんな、たっぷり泳いどくかな、宗哉も行こうよ」
「うん、英二くん」
サンレイに引っ張られた英二が宗哉の腕を引っ張る。
3人並んで海へと走っていった。
海では秀輝とハチマルと小乃子と委員長が3人を待っていた。
綺麗な海でたっぷりと遊んだ。
みんな満面の笑顔である。
「写真撮ろうぜ、デジカメ持ってきたんだオヤジのだけどな」
浜で休んでいると秀輝が鞄からデジタルカメラを出して構える。
「サンレイとハチマル目当てか」
「当たり前だろ男は撮ってもつまらんからな、小乃子と委員長もバシバシ撮ってやるぜ」
呆れ顔の英二を見て秀輝がニヤッと笑った。
「まったく…… 」
「先ずはサンレイちゃんと小乃子だな」
元気に浜を走り回るサンレイと小乃子に秀輝がカメラを向ける。
ハチマルは委員長と並んでビーチチェアで休んでいた。
「何撮ってんだよ、秀輝ぃ~ 」
「カメラか? おらのセクシーショットを撮るんだぞ」
小乃子とサンレイが駆けてきた。
「記念じゃな、儂も撮ってもらおうかのう」
ハチマルも起き上がる。
「いいねぇ、それじゃあサンレイちゃんとハチマルちゃん2人並んで写そう、後でプリントして渡すから、いっぱい捕りまくるぜ」
ハチマルにカメラを向けて秀輝のテンションが上がる。
「そうじゃの、では海をバックに撮ってもらおうかの」
「ハチマルと一緒じゃおらのセクシーが霞むぞ、後でおら一人のも撮るんだぞ」
「オッケー、オッケー、いっぱい捕るから心配無いぜ」
並んだサンレイとハチマルの写真をバシバシ撮りまくる。
「スマホじゃなくカメラときたか……変な事に使われるぞ」
小乃子が肘で英二を突っつく、
「変な事言うなよ……秀輝なら有り得るか、でもまあ記念になるのは確かだしな」
英二は一瞬顔を顰めたがビキニ姿のハチマルの写真が貰えるのなら文句など言わない。
「んじゃ次は英二と撮るぞ」
サンレイが英二の腕を引っ張っていく、
「そうじゃな、後で代わって秀輝も撮るのじゃ」
浜に立つ英二の右からハチマルが抱き付いた。
「ズルいぞ、それじゃ、おらはこっちだぞ」
左からサンレイも抱き付いてくる。
「いいなぁ英二は…… 」
呟きながら秀輝が写真を撮りまくる。
「次は秀輝の番だぞ、英二みたいに撮ってやるぞ」
「英二みたいに……マジかよ」
嬉しそうな顔をして秀輝が英二にカメラを渡す。
浜に立つ秀輝にサンレイとハチマルが抱き付いた。
「秀輝、凄くだらしない顔になってるよ、ちょっと顔を引き締めろよ」
「いいからそのまま撮っちゃえ、エロ秀輝に丁度いいぜ」
カメラ越しに注意する英二の隣で小乃子が意地悪に言った。
秀輝の写真を撮りおわるとハチマルが小乃子と英二の腕を引っ張る。
「次は小乃子と英二の番じゃ」
「なん!? あたいはいいよ、水着の写真なんて恥ずかしいよ」
「ダメだぞ、みんなで撮るんだぞ、おらみたいに抱き付いて撮ってもいいぞ」
照れる小乃子の反対側の腕をサンレイが引っ張った。
「なっ! 英二に抱き付いたりしないからな、わかったよ撮ればいいんだろ」
照れを隠すように小乃子が立ち上がる。
「小乃子と写真撮るなんて小学校の遠足とか卒業アルバム以来だな」
英二も照れながら小乃子の隣りに立つ、
「二人とも中々似合っておるぞ」
ハチマルの声かけで二人の頬が赤く染まっていく、
「今だぞ秀輝」
サンレイに言われるまでもなく照れる二人を秀輝が撮りまくる。
「次は委員長と一緒に撮るぞ、その後で宗哉と一緒に撮って、最後に全員で撮るぞ」
ニパッと笑顔のサンレイに言われては初めてのビキニで照れまくっていた委員長も断れない、女子を中心に秀輝が写真を撮りまくる。
最後にララミにカメラを渡して全員が並んで映った。
正面から英二に抱き付いてサンレイが見上げる。
「にへへへへっ、楽しかったぞ、また来ような英二」
「そうじゃの、来年も来れるといいのぅ」
ハチマルも満面の笑顔だ。
「任せてよ、来年はもっと長い期間来れるようにするからね」
宗哉がいつもの爽やかスマイルで言った。
「やったぁあぁ~~ 」
サンレイが両手を上げて大喜びした後、英二にギュッと抱き付いた。
「英二と会えて良かったぞ、毎日楽しいぞ、ずっとずっと一緒だぞ」
「サンレイ……俺も楽しいよ、ずっと一緒だよサンレイ」
優しい顔をした英二がサンレイを抱き締め返す。
別荘での楽しい時間も終り夏休みも終わった。
またいつもの生活が始まる。