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第77話

 鞄に仕舞ったサンレイのスマホが鳴った。


「宗哉からだ」

「呼子だぜ、気を付けろよ」


 わかっていると言うように頷くと英二が握り拳を見せた。

 靄が掛かったように白い光が揺れている。霊力を溜めているのが秀輝にも分かった。


「俺は少し離れとくぜ、思いっ切り爆発させてやれ」

「ああ、手が出てきたら直ぐに爆破させてやるよ」


 距離を置く秀輝を見て英二がニヤッと悪い顔で笑った。


「もしもし? 」


 英二が出るとスマホから宗哉の声が聞こえてきた。


「英二くんかい? 僕だよ、宗哉だ」

「無事だったのか、良かった。今どこにいるんだ? 」


 大袈裟に喜ぶ振りをして英二がこたえた。


「僕かい? 僕は英二くんの直ぐ傍に居るよ」

「俺の傍? どこだ? どこにいるんだ宗哉」


 言いながら英二がスマホをそっとベンチに置いた。

 音量を最大にしたスマホから宗哉の声が聞こえてくる。


「僕は宗哉、今英二くんの後ろに居るよ」

「どこだ? 宗哉ぁ~、隠れてないで出てこいよ」


 スマホに拳を向けながら英二が白々しく言うと次の瞬間、スマホから大きな手が出てきて英二を捕らえようと空を舞う、


「4寸玉! 」


 爆発する霊気がスマホにぶち当たる。

 大きな腕を出したままスマホが爆発した。


「ビゲェ~~ 」


 ベンチから吹っ飛んで転がったスマホから奇妙な叫びが聞こえてきた。


「この野郎! 」


 公園に転がっていたコンクリート製のブロックを秀輝がスマホに叩き付けた。


「ギヘェ~~ 」


 苦しげに呻きながら大きな腕がスマホの上にあるブロックを放り投げる。


「出てこい呼子! 話がある」

「人間相手に姿も見せないほど弱いのかよ」


 霊気を込めた拳を構える英二の横で秀輝がブロックを何時でも叩き付けられるように両手で持ち上げる。


「ギヘッ、ギヘヘヘヘッ……弱いだと、人間風情が偉そうにほざくな」


 壊れたスマホから伸びた腕が地面に手をついて体を持ち上げるようにして妖怪が出てきた。

 額から顎まで90センチはあるかという大きな頭に笠を被り幼稚園児ほどの体に蓑を被った奇妙な姿をした妖怪だ。


「お前が呼子か? 」


 構えながら訊く英二を見て呼子が奇妙な声で笑う、


「ギヘヘヘッ、そうだ。俺が呼子だ。電話妖怪呼子だ」

「電話妖怪? それでスマホを使ったのか、でも呼子は山でこだまするだけの妖怪だって聞いたぜ」


 呼子がブロックを抱えた秀輝をジロッと睨む、


「ギヘヘヘヘッ、確かに昔の俺は山で叫ぶだけの妖怪だった。だが呪術札の力で通話に入り込む事の出来る妖力を得て電話妖怪呼子へと生まれ変わったのだ」

「通話に入り込む? それでスマホの中に人間を引き込んだんだな」


 負けじと睨み返す秀輝の横で英二が拳を構えながら話し掛ける。


「狙いは俺だろ? なんで他の人を巻き込む、関係ない人を元に戻せ」

「そうだ。何で英二を狙う? 」


 何時でもブロックで殴りつける事が出来るように持ったまま秀輝も訊いた。


「ギヘヘヘヘッ、英二とか言ったな、お前を喰らって霊力を得るためだ。これ程の霊力を持つ人間は滅多にいない、お前を喰らえば間違いなく大妖怪になれる」


 大きな顔の大きな口を開けて奇妙な声で笑う呼子の向かいで英二が顔を顰める。


「お前も大妖怪か……大妖怪になって何をするつもりだ」

「何をするかだと、決まっている。人間どもを殺すのよ、俺の棲む山に近付く人間どもは全て殺す。近くの町も全てだ。俺の棲む山を中心に俺の国を作るのだ。妖怪の国をな」


 楽しそうに話す呼子を見て秀輝が首を振る。


「ダメだぜこいつは、戦おうぜ英二」

「そうだな、だがここじゃ場所が悪い」


 頷く英二に秀輝が少し離れた所に立つ古びた団地を指差した。


「向こうに団地がある。古くて立ち入り禁止になってる。そこなら戦えるぜ」

「あの団地か……立ち入り禁止の柵で囲ってあったな」


 遊ぶ場所も無いので余り行かない方角だが英二も知っている様子だ。


「ああ、上に有刺鉄線張ってあるから厄介だが英二なら爆発で柵壊せるだろ」

「了解だ。そこで戦おう」


 相談する2人を見て呼子が笑い出す。


「ゲヘヘッ、俺と戦うだと? 人間が? 笑わせるな、莫大な霊力を持っているが使いこなせないのは知っているぞ、そんな人間に俺が倒せると思っているのか、ゲヘヘヘヘッ」


 バカにするように笑う呼子に英二が右手を向けた。


「4寸玉! 」


 爆発する気が当たって呼子が吹っ飛んで転がった。


「これでも戦えないかよ? 」


 倒れた呼子に秀輝が持っていたブロックを投げ付ける。


「呼子なんて雑魚妖怪だろが、そんなもんに負けるかよ」


 呼子がゴロンと転がってブロックを避ける。


「ゲヒヒッ…… 」


 奇妙な声で笑いながら呼子が立ち上がる。


「バカにするなよ人間が! お前ら2人とも手足もいで生きたまま喰らってやる」


 激高する呼子を見て英二と秀輝が走り出す。



 築50年近くも経つ古い団地だ。

 耐震構造の基準も満たしておらず補強するより建て替えた方がいいと判断されて住民たちは立ち退かされた。

 建て替え計画も財政難で頓挫して放ったらかしになっている。地方の町によくある廃墟団地だ。


 団地の敷地を囲むように金網の柵があり、登って入れないように上部には有刺鉄線がグルグル巻かれていた。

 周りは普通の住宅街なので騒ぎがあれば直ぐに通報されるので入る者は居るが騒ぎは余り起きていない、こんな場所で戦えば当然通報されるだろうが他に場所は無い、町中で戦えばそれこそ関係ない人を巻き込んでしまう、かといって呼子が此方の要求に応じて人のいない場所まで来てくれるとは思えない、ここで戦うしかないのだ。


 金網で出来た柵の前まで全力で走ってきた2人が止まる。


「呼子は? 」

「ついてきてるぜ、マジで怒ってるぜ」


 呼子は走る速度は人間と同じくらいらしく途中で追い付かれる事は無かった。


「もう少し向こうだ。抜け穴がある筈だぜ」


 呼子が追い付いてこないのを確認して2人がまた走り出す。

 暫く走って秀輝が止まった。


「くそっ! 塞がれてるぜ、半年くらい前まで金網に穴開いてたんだぜ」


 金網の一部が針金とベニヤ板で塞がれていた。

 人がしゃがんで通れるくらいの穴が開いていた事は見ればわかる。


「ギヒヒヒッ、どこまで逃げるつもりだ。戦うんじゃなかったのか」


 後ろから呼子の笑いが聞こえてくる。


「どけ秀輝」


 英二が右手をベニヤ板に向けた。


「爆突、2寸玉! 」


 爆音と共にベニヤ板だけが吹っ飛んでいく、指向性の爆発である爆突を使って穴を開けたのだ。

 薄いベニヤ板なので小さな爆発で済み爆音も絞ってあるので騒ぎにはならないだろう、


「何とか入れそうだぜ」


 残ったベニヤ板の破片と縛ってある針金を秀輝が手で曲げて入り口を作った。


「ギヒヒヒヒッ、手足をもいで生きたまま喰らってやる」


 呼子が走ってくる。英二と秀輝が慌てて柵の中へと入っていった。



 広い敷地に7階建ての団地が6棟並んでいる。

 1棟の左右と真ん中に階段が付いていた。

 50年近く前の団地なのでエレベーターは無い、防火設備なども殆どついていないと言っていい、立て替え計画が出るのも当然の古い団地だ。


 入って2棟目の団地の端にある階段の陰に英二と秀輝は隠れた。


「俺が囮になる。英二は此処に隠れて爆突で呼子をぶっ飛ばせ」

「囮って秀輝…… 」


 心配そうに見つめる英二の胸を秀輝がポンッと叩く、


「大丈夫だ。あいつの走り見ただろ、英二より遅い、俺なら絶対に追い付かれないぜ、旨くここまで連れてくるからお前は爆突の用意しとけ」

「わかった。初めから全力で行くよ、一発で片を付けてやる」


 マジ顔で頷く英二を見て秀輝がニッと笑う、


「その調子だ。サンレイちゃんが出てくる前に俺たちでやっつけようぜ」


 呼子の叫びが聞こえてくる。


「どこだ人間~、戦うんじゃなかったのか~~、怖じ気づいて逃げても無駄だぞ」


 どうやら1棟目の向こう側にいるらしい、


「じゃあ行くぜ」

「気を付けてな」


 秀輝がそっと階段の陰から出て行った。

 声のする方へと秀輝が近付いていく、途中で落ちていた手頃な石を数個拾う、この辺りで武器になりそうなものは石くらいしか落ちていない。


「どこだ人間~~、さっさと俺に食われろ~~ 」


 団地の1階の部屋々を覗くように歩いている呼子が見えた。

 秀輝が石を握り締めて息を整える。


「人間~~、どこにいる~、でぇ~~てこぉ~~い」


 余程自信があるのか人間など敵ではないと思っているのか呼子は警戒などしていない様子だ。英二と秀輝を探すのに夢中になっている。

 秀輝は音を立てないように歩くと石を投げるベストポジションについた。


「此処だ」


 秀輝の声に反応して呼子が立ち止まる。

 その時を狙って秀輝が石を投げ付けた。


「がっ!! 」


 振り向いた呼子の大きな顔に石が直撃した。


「はははっ、デケぇから当てやすいぜ」


 顔を押さえる呼子に秀輝が続けて石を投げ付ける。


「ごがっ! 」


 前屈みになって顔を押さえていた呼子の頭に石が当たって痛そうに呻いた。


「ほらよ、もう1丁」


 秀輝がまた石を投げる。


「嘗めるなよ人間が!! 」


 顔を上げて叫んだ呼子の前で石が粉砕して地面にパラパラと落ちていく、


「やべぇ」


 秀輝が走って逃げ出す。

 初めから石でどうにかなる相手とは思っていない、英二の待つ階段の陰まで誘い込むのが目的だ。


「クソ人間がぁ~~ 」


 怒り猛った呼子が全力で追い掛けてくる。


「俺がクソ人間ならお前はクソ妖怪だろが」


 走りながら秀輝が言い返す。


「ゲヘヘヘッ、英二を喰らったら貴様などどうでもいいと思ったが、捕まえた人間どもと同じように用が済めば返してやろうと思ったが……死にたいらしいな、ゲヘヘヘヘッ、英二の前に貴様を喰らってやるわ」


 大きな口から口角泡を飛ばし喚きながら呼子が追い掛けてくる。


「おお、怒ってる怒ってる。バカ妖怪が怒ってるぜ」


 英二よりも走るのが遅い呼子など秀輝なら余裕で逃げ切れる。


「遅い遅い、余裕だぜ」


 余裕が慢心へと繋がっていく、


「てめぇなんかに捕まるかよ、バカ妖怪が」


 もう少しで英二の待つ団地の端の階段だ。

 走っていた呼子が立ち止まる。


「ゲヘヘヘヘッ、俺がバカ妖怪ならお前は大バカ人間だ」


 ニヘッと笑うと大きな口を顎が外れるくらいに開いた。


「ヤッホォォ~~ 」


 大きな声が聞こえた瞬間、秀輝がよろけて転がった。


「なっ……なにが…… 」


 耳の奥がぐるっと回ってそれが頭の中まで達して目眩がして体がいう事を利かなくなった。

 その場でグルグルと回って平衡感覚がおかしくなったような感じだ。


「なにが……なんで……くそっ」


 立ち上がろうとするが体が右に左に回って転がってしまう、


「くそっ、ヤバいぜ」


 体がふらつき吐きそうなくらいに気持ちが悪いが頭はハッキリしている。

 逆にそれが怖かった。状況判断が出来るのに体が動かないのだ。


「ゲヘヘヘヘッ、バカ人間が調子に乗ったな」


 呼子がゆっくりと近付いてくるのがわかった。


「くそっ……どうにか……もう少し………… 」


 四つん這いになって這うように秀輝が逃げる。


「ゲヘヘッ、逃げろ逃げろ、さっさと逃げんと食っちまうぞ」


 下品な笑い声が直ぐ近くで聞こえた。

 呼子は5メートルと離れていない、倒れた秀輝など余裕だと思ったのか饒舌に話し始める。


「ゲヘヘヘッ、俺の武器は音だ。さっきお前が投げた石も妖音波攻撃で破壊した。お前ら人間も音で細切れに出来る。だが俺をバカにしたお前ともう1人、英二と言ったな、お前らは楽には殺さん、手足をもぎって苦しめた後で生きたまま喰らってやる。それに英二の霊力は生きたまま喰らわんと俺の力にならんからな」


 呼子の話しなど聞こえていないのか秀輝は這いつくばって逃げていく、一歩ずつゆっくりと追いながら呼子が続ける。


「ゲヘヘヘッ、逃げろ逃げろ、さっきまでの威勢はどうした? さっきのは俺が妖音波を使ってお前の三半規管を狂わせたのだ。10分はまともに歩く事もできんぞ」


 必死で逃げる秀輝を見て呼子が大きな目をギロッと光らせる。


「英二を喰らう前にお前を食ってやろう、人間を食うなど270年振りだ。山で俺に弓を向けてきた猟師を食って以来だ。ゲヘヘヘヘッ」

「もう直ぐ……英二、もう直ぐだ………… 」


 秀輝……、這いながらやって来る秀輝を見て英二が唇を噛み締める。


 ベストなポジションで確実に当てる。英二は持てる力を全て右手に込めた。

 這いずってきた秀輝が英二の前を横切る。その後から呼子がゆっくりと歩いてきた。


「爆突、8寸玉! 」


 英二の放った爆発する気が直ぐ前を通った呼子にぶち当たる。


「ギヒヒィ~~ 」


 聞いた事もないような大きな悲鳴を上げて呼子が吹っ飛んでいく、


 ドゴォォ~~ン、呼子がぶつかった向かいの団地の壁が大きな音を立てて崩れていく、8寸玉の威力は中型トラックでもぶっ飛ばすほどのパワーがある。

 しかも爆突は爆発方向を制御して一点に集中させる技だ。

 8寸玉なら戦車の装甲に穴を開ける事も出来るだろう、それをまともに食らったのだ。妖怪でも只では済まない。


「大丈夫か秀輝」


 英二が秀輝に肩を貸して抱き立たせる。


「一寸ふらつくが大分マシになった」


 引き攣った顔で笑う秀輝を見て英二が心配そうに続ける。


「呼子が技を使ってくるのを考えてなかった。秀輝が囮になるんじゃなくて俺が近付いて倒すべきだったんだ」


 秀輝がペシッと英二の頭を叩く、


「お前が爆発能力を使えるのは知られてるんだぜ、避けられたら元も子もないだろが、だからこれで良かったんだ。旨く倒せただろ、アレを喰らったら妖怪でも無事じゃないぜ」


 英二から離れて秀輝が1人で立った。

 呼子の攻撃を受けてから7分ほどしか経っていない、タフで運動神経の良い秀輝だから回復も早い、英二なら10分以上は這い回る事も出来なくなっているだろう、


「もっとデカいのも撃てたんだが外した時に反撃できなくなるからな、8寸玉ならまだ余裕があるから続けて爆発させて逃げる事も出来るからな、それに騒ぎになるとヤバいしな」


 右手を見つめる英二を見て秀輝がニッと笑う、


「何言ってやがる充分騒ぎになるぜ、団地に穴開いてるぜ」

「俺の爆突と団地の壁に挟まれたんだ呼子も只じゃ済まないはずだよ」


 2人が見つめる先、団地の1階部分に大きな穴が空いていて壁にヒビが走って大変な事になっている。

 爆発によって濛々と埃が立ちこめる中、呼子の叫びが聞こえた。


「ギヘヘェ~~、俺の腕がぁ~~ 」

「くそっ、まだ生きてやがる」


 まだ本調子でない様子の秀輝の前に英二が出る。


「秀輝は少し休んでろ、次は俺が戦う」

「了解した。今の俺じゃ足手纏いだな、10分もすれば回復する。それまで任せたぜ」


 秀輝が素直に従った。

 爆発能力を得た英二は自分よりも強いのは分かっている。


「任せろ、秀輝はどこかに隠れていてくれ」


 英二が向かいの団地の前に走っていった。


「強くなったな英二…… 」


 少し寂しげに秀輝が呟いた。



 団地に開いた穴の中で呼子が立ち上がった。


「貴様らよくもやってくれたな、お前ら2人とも直ぐに喰らってやる」


 怒鳴る呼子の左腕が無かった。

 肩から千切れて無くなっている。英二の爆突が直撃して千切れたのだろう、


「くそっ、頭を狙ったのにな」


 英二が愚痴る。

 腕を吹き飛ばす事が出来たのなら狙い通り頭に当たっていたら呼子を倒せたはずだ。


「ゲヘヘッ、残念だったな、もう当たると思うなよ」


 下品に笑う呼子に英二が腕を向けた。


「爆練、4寸玉! 」


 爆発する気が連続で飛んでいく、


「グヘェ~ 」


 避ける呼子に二発ほどが当たって仰け反るように転がった。


「当たったよ、旧鼠より遅いから爆練なら余裕で当てられるな」

「ゲヘヘヘヘッ……クソ人間が」


 バッと起き上がった呼子が口を大きく開く、


「ヤッホォォ~~ 」

「爆跳! 」


 足下を爆発させて英二が跳んだ。


「爆練、2寸玉! 」


 5メートルほどの高さから爆発する気を放つ、


「当たって堪るか」


 呼子が左に走って避けていく、


「おおっとっと…… 」


 その隙に英二が着地した。

 よろけながら足を踏ん張ってどうにか無事に降りる事が出来た。

 着地は苦手なので狙われないように小さい爆発を囮で放ったのだ。


「ゲヘヘッ、俺の妖音波を飛んで避けたか、中々やるな人間、食いでがあるというものだ」


 呼子がまた大きく口を開く、


「ヤッホォォ~~ 」


  英二が右に走って逃げる。

 呼子がぐるんと首を右に回す。


「ヤッホホォォ~~ 」

「くそっ、爆跳! 」


 足下を爆発させて英二がまた跳んだ。

 大きな口を開けたまま呼子が上を向いた。


「やらせるか! 爆練、2寸玉! 」


 爆発する気を放つが呼子は逃げない。


「ヤッホォォ~~、ヤッホホォ~~ 」


 初めの妖音波で爆発する気を防いで次の音波が英二を襲った。


「なん!? 」


 三半規管をやられて英二が地面に叩き付けられるように転がった。


「なっ……くそっ、体が…… 」


 立とうとするが上半身すら起こせない、頭がグルグル回って左右どころか上下の感覚も分からない、


「ゲヒヒヒヒッ、さっきのヤツと違って這う事も出来ないようだな」


 下品に笑いながら呼子が近付いてくる。


「ぐぅ……くそっ…… 」


 英二が悔しげに呼子を睨む、意識まで朦朧としてきて逃げるに逃げられない。


「ゲヘヘヘッ、生きたまま喰らってやる」


 呼子が残った右手で英二の首根っこを掴んで持ち上げる。


「ゲヘヘヘッ、これで俺は大妖怪だ。人間どもを殺して山を俺だけのものにしてやる」


 嬉しそうに笑いながら呼子が大きな口を目一杯開いた。

 頭から英二を丸呑みしようとしたその時、


「この野郎! 」


 放置されていた子供用の自転車で秀輝が後ろから殴り掛かった。


「ガヘッ 」


 呼子が大きな口を閉じて呻きを上げると同時に英二を離す。


「くそったれが! 」


 秀輝が自転車を振り回すようにして呼子の脇腹に当てる。


「グヘェ~ 」


 転がった呼子に自転車を叩き付けると英二を抱きかかえて秀輝が逃げていく、


「ガヘッ……ゲヘヘヘヘッ、クソ人間どもが……俺を本気で怒らせたな! 」


 怒り猛った呼子が吠えた。



 英二を抱えて必死に走る秀輝に向かって呼子が大きな口を開く、


「ヤッホォォ~~ 」

「やべぇ! 」


 慌てて曲がると秀輝が団地の階段の陰に隠れる。


「ゲヘヘヘッ、隠れたつもりか? 」


 呼子が振り向くと大きく口を開いた。


「ヤッホホォォ~~ゥ 」


 大きな声が聞こえた瞬間、隠れていた階段の壁にミシッと亀裂が走る。


「なに!? 」

「ヤッホォォ~ゥ 」


 続けて聞こえた大声の直後、亀裂の入った壁がバッと粉砕した。


「うぉう! 」


 叫びながら英二を抱えた秀輝が階段から出てくる。

 そこへ呼子が待ち構えていた。


「ゲヘヘヘヘッ、コンクリートなど俺の妖音波で破壊できる。何処に隠れようと無駄だ」


 大きな口を曲げて笑う呼子の前で秀輝が足を止めた。


「くそっ…… 」


 英二を抱えていては呼子から逃げるのは無理だ。

 どこかに隠れようにも先程のように壁を崩される。団地の中に入るのはそれこそ危険だろう。


 抱えられていた英二が秀輝の背をポンポン叩いた。


「ひっ、秀輝……俺を置いて逃げろ……お前まで殺されるぞ」

「何言ってやがる! お前を置いて行けるかよ」


 秀輝が大声で言うと痺れる腕で英二を抱え直す。

 2人を見て呼子が楽しそうに笑い出す。


「ゲヘヘヘヘッ、良いアイデアだ。英二を置いていけばお前は助けてやる。力さえ手に入れば人間など幾らでも食えるからな」


 呼子がジロッと秀輝を睨み付けた。


「英二を置いてさっさと消えろ、大妖怪になる祝いにお前は見逃してやる。有難く思え、ゲヘヘヘヘッ 」


 秀輝の腕から英二が離れてよろける足で立つ、


「巻き込んで御免な……逃げてくれ秀輝」


 ふらつく英二に秀輝が支えるように腕を伸ばす。


「バカ言ってんじゃねぇ、巻き込まれたんじゃない、好きでやってんだ。サンレイちゃんやハチマルちゃんにガルちゃん、みんなが好きだからやってんだ。お前のためもあるけどそれだけじゃねぇ、俺のためでもあるんだぜ」


 英二が秀輝の腕をギュッと握った。


「秀輝…… 」


 呼子が一歩前に出る。


「ゲヘヘッ、さっさと英二を渡せ、生きたまま喰らわんと力にならんからな、お前はどこへなりと逃げるといい、俺をバカにした事は忘れてやる。有難く思え、ゲヘヘヘッ」


 渡せというように右手を伸ばす呼子を秀輝が睨み付ける。


「誰が逃げるかよ、てめぇみたいな雑魚妖怪にやられるか! 」


 呼子の顔から笑みが消えた。


「 ……雑魚妖怪だと…… 」


 大きな顔を横切る大きな口をニタリと曲げて呟いた。

 秀輝がチラッと腕時計を見る。もう直ぐ30分が経つ、サンレイが出てくるはずだ。


「雑魚妖怪だろが、サンレイちゃんやガルちゃんが怖いからスマホの中に閉じ込めたんだろが、まともに戦ったら負けるから2人を閉じ込めたんだろが」


 少しでも時間を稼ごうと秀輝が言い争いに持っていこうとした。


「ギヘヘヘヘッ、山犬か……山犬如きが怖くて異空間に閉じ込めたんじゃない、英二を喰らうのに邪魔だから消しただけだ。英二を喰らって力を手に入れたら山犬など捻り殺してやる。大妖怪になれば怖いものなどあるものか」


 旨く乗ってきた呼子を見て秀輝が調子に乗って続ける。


「今は勝てないって自分からゲロってるぜ、雑魚妖怪だって自分で分かってるんだな」

「ギヘヘヘッ、せっかく見逃してやろうと思ったのに……バカ人間が」


 呼子の目が吊り上がる。


「ぶっ殺して食ってやる! 」


 怒鳴るとそのまま口を大きく開いた。

 ふらつく英二の腕を引っ張って秀輝が逃げ出す。


「ヤッホ……グヘッ! 」


 口を大きく開いたまま呼子がつんのめるようにして前に倒れた。

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