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第76話

 放課後、英二と秀輝がバイトに向かう、帰り道とは逆方向にあるコンビニがバイト先だ。

 晴美の家の方角と同じなのでコンビニの前までサンレイたちと一緒に歩く、


「ダメだ。やっぱり宗哉と繋がらない」


 英二がスマホを仕舞う、道すがら3回掛けたが電話は繋がらなかった。


「こっちもがお、電源入ってないか電波届かないって言ってるがお」


 前を歩いていたガルルンも大事そうにスマホを鞄に入れた。

 不安顔のガルルンに英二が優しく声を掛ける。


「大丈夫だよ、もし何かあればガルちゃんとサンレイが守ってやればいいんだよ」

「ガルが守るがお? 」


 子犬のように首を傾げるガルルンに英二が続ける。


「そうだよ、俺を守ってくれているように篠崎さんを守ってやればいいよ、ガルちゃんとサンレイなら出来るだろ」

「そだぞ、何かあったらおらとガルルンでやっつけてやるぞ」


 並んで歩くサンレイをガルルンが見つめる。


「そうがお、ガルが守ってやるがお、晴美は大事な友達がう」


 元気になったガルルンを見て英二はほっと安堵した。

 バイト先のコンビニの前でサンレイたちと別れる。


「じゃあ、俺たちはバイト行くからさ」

「帰りに寄ってくれ、何か奢るぜ」


 手を振ってコンビニに向かう英二と秀輝に元気な声が聞こえてくる。


「おお、今日はアイスいっぱい食えるぞ」

「わふふ~ん、チーカマは昼のがあるからガルはサラミがいいがお」


 サンレイたちが信号を渡って歩いて行った。


「ガルちゃん、一寸は元気になったみたいだな」

「ああ、助かったよ秀輝」


 英二と秀輝が顔を見合わせて笑った。



 バイトを始めて30分もせずにサンレイたちがやって来た。


「どうしたんだ? 」


 レジで手が離せない秀輝を置いて英二が訊いた。


「晴美ちゃんが消えたぞ」

「消えたって? 何があった」


 サンレイとガルルンだけでなく小乃子と委員長も険しい表情をしているのを見て英二がマジ顔になる。


「それがね…… 」


 委員長が話してくれた。

 晴美は今朝までは居たらしい、玄関を出てから行方不明になったのだ。

 母親はてっきり登校しているものだと思っていたので見舞いに来たサンレイたちを見て慌てて警察に通報したほどだ。


「宗哉もだぞ、晴美ちゃん消えたからもしやと思ってさっき電光石火でサービスセンターに行ってきたぞ、そしたら居なくなってて騒ぎになってたぞ」


 続けて話したサンレイの顔が苦痛に歪む、


「妖怪の仕業だぞ、晴美ちゃんや宗哉を狙ってくるなんて油断してたぞ」

「妖怪の仕業って……何で分かるんだ」


 英二の大声にレジを終えた秀輝がやって来た。


「落ち着けよ、お前がそんなんでどうするんだ」

「ああ……悪かった。何で妖怪って分かったのか説明してくれ」


 秀輝に肩を掴まれて落ち着いたのか英二が訊くとサンレイが続ける。


「サーシャの記録に残ってたぞ、宗哉がスマホに引き込まれてたのが映ってたぞ」

「スマホにって……噂話のか? 」


 今度は秀輝が大声で訊いた。


「そだぞ、噂は本当だったんだぞ、昨日の夜から変な電話が掛かってきたってララミが言ってたぞ、そんで今朝電話に出た宗哉がスマホから出てきた大きな手に引っ張られてスマホの中に消えていくのがサーシャの記録に映ってたぞ」

「スマホの中に入ったのか? それでそのスマホは、スマホがあればサンレイならどうにか出来るんじゃないのか」


 マジ顔の英二を見上げてサンレイが首を振った。


「おらもそう思って宗哉のスマホを探したんだが無かったぞ、妖気も感じなかったし打つ手無しだぞ」

「そんな……じゃあどうするんだ」

「英二が狙いだぞ、英二に手を出してくるのを待って逆にやっつけるしかないぞ」


 サンレイが秀輝に向き直る。


「秀輝、スマホを一寸貸すんだぞ、秀輝が引き込まれないようにおらが結界を張ってやるぞ、小乃子と委員長はさっきやったからな、後は秀輝だけだぞ」

「俺は? 俺のスマホにも結界を張ってくれ」


 慌ててスマホを取りに行こうとする英二をサンレイが止める。


「英二のスマホは囮だからな、おらが預かっとくぞ、今日バイト終わったらおらが電光石火で迎えに来るからスマホは必要無いぞ、何かあれば秀輝に連絡取って貰えばいいぞ」

「そんな…… 」


 厭そうな顔をする英二を押し退けて秀輝がスマホをサンレイに渡す。


「心配するな何かあれば俺がスマホかしてやるからさ」


 秀輝が話している間にサンレイが結界を張り終える。


「これでいいぞ、おらより強い大妖怪でもない限りスマホに引っ張られる事はないぞ」

「ありがとうサンレイちゃん、アイス奢るから選んでくれ、ガルちゃんも悲しそうな顔しないでサラミでも魚肉ソーセージでもチーカマでも何でも奢るからさ、小乃子と委員長もシュークリームかプリンでも選んで持ってきてくれ」


 秀輝が言うとサンレイは大喜びしてアイスボックスに向かって行くがガルルンは俯いたままだ。

 英二がガルルンの背に手を当てる。


「大丈夫だよ……俺たちで、サンレイとガルちゃんで篠崎さんを助けようよ、スマホの妖怪なんてガルちゃんならやっつけられるだろ」


 優しく言う英二をガルルンがじっと見つめる。


「そうがお、晴美を助けるがう、落ち込んでる場合じゃないがお、ガルが晴美を助けるがお、晴美に酷い事した妖怪はガルがぶっ殺してやるがお」

「ガルちゃんサラミはこっちにあるぜ」


 元気になったガルルンを秀輝が連れて行く、


「小乃子、委員長、ガルちゃんを頼むな、真っ直ぐ家に連れて帰ってくれよ」

「わかってるよ、あたしに任せろ」


 珍しくマジ顔でこたえる小乃子を見て英二が頷いた。


「2人には俺が奢るよ、ケーキでも持っていってくれ」

「何か悪いわね」


 ケーキと聞いて悪いと言いながら委員長が嬉しそうだ。


「んじゃ、しっかり仕事するんだぞ」


 秀輝と英二に奢って貰ったサンレイたちがコンビニを出て行った。



 その日はそれ以上何も起らなかった。

 サンレイがスマホに結界を張ったのが効いたのか秀輝も小乃子も委員長も無事だ。


 だが、翌日に事件が起る。

 英二たちが登校すると級友の何人かが行方不明になっていた。英二たちのクラスだけでなく他のクラスでも何人も消えて大騒ぎになっている。


 急遽授業は取り止めになり担任である小岩井恭子先生が教壇に立った。


「みなさぁ~ん、静かにしてくださぁ~~い」


 静まり返ったのを見て小岩井先生が続ける。


「聞いたと思いますがこの学校の生徒が何人も行方不明になっています。皆さんの中に何か知っている人はいませんか? 佐伯くんや篠崎さんに早川さんや前田くん、飯田くんたちがどこへ行ったのか知っている人がいたら、見掛けた人がいたら何でもいいので教えてください」


 級友が行方不明と聞いて生徒たちがザワザワとまた騒ぎ始める。


「恭子ちゃん心配無いぞ、おらがみんなを助けてやるぞ」


 大声で言うサンレイにクラス中が注目する。


「サンレイちゃん何か知っているの? 」


 小岩井先生が聞くとサンレイが他の生徒たちにも聞こえるような大声で話し始める。


「妖怪の仕業だぞ」

「本当なのサンレイちゃん」


 教室中が静まり返る。サンレイの力を知っているので誰も疑わない。


「ほんとだぞ、見当も付いてるぞ、たぶん呼子って妖怪だぞ」

「呼子って妖怪の名前かよ、噂の電話も呼子から掛かってくるんだぜ、『私、呼子、いま貴方の後ろに居るの』ってな」


 秀輝だけでなく噂話を知っている生徒たちが騒ぎ出す。


「呼子か……妖怪図鑑に載っていたわよ」


 呟く委員長を見てサンレイが続ける。

 話しを聞こうと騒いでいた生徒が静かになる。


「おら山の妖怪は大抵知ってるからな、呼子で間違いないと思うぞ、どんな妖怪か説明は面倒だから委員長頼むぞ」


 サンレイに頼まれて委員長が呼子の説明を始める。


「わかったわ、妖怪図鑑に載っていた呼子の話しはこうよ、山に棲む妖怪で大きな声を出して脅かすの、時には山々に声を反響させて登山者を道に迷わせる事もあるって書いてあったわよ、四国の高知では深山で突然恐ろしい声が聞こえる怪異の事を山彦ヤマヒコと呼んで恐れていたらしいわ、これも呼子の仲間って書いてあったわよ」


 説明を聞き終わると英二が怪訝な顔でサンレイを見つめる。


「犯人が呼子だとして山で大きな声を出して驚かす妖怪が何でスマホに人間を引き込むんだ? そもそも山の妖怪が何でスマホなんて使えるんだ」

「妖音波だぞ、呼子は単に大声を出す妖怪じゃないぞ、音波を使えるんだぞ、そんで電波も少し使えるぞ、おらほどじゃないけど電気も使える妖怪だぞ、でもスマホの中に入れるなんて聞いた事もないぞ、呼子1匹じゃなくて他の妖怪が手を貸してるかも知れないぞ」


 話しを聞いて委員長が険しい顔で口を開く、


「他の妖怪……もしかしてまたハマグリ女房が何か企んでいるんじゃないかしら」

「そうだぜ、水胆とか言う妖力を絞り出す薬みたいなの使えば呼子の力がアップしてサンレイちゃんみたいに電気を自由に使えるようになってもおかしくないぜ」


 同意する秀輝を見つめて委員長が頷く、


「そうだとしたら厄介ね、どうするのサンレイちゃん? 」


 サンレイがこたえる前に英二がバンッと机を叩く、


「どうもこうもない! 倒すだけだ。俺一人を狙えばいいのに宗哉や篠崎さんたちを巻き込むなんて……絶対許さない」


 基本的に優しくて滅多な事では本気で怒らない英二がマジ顔で怒っていた。

 右の席に座るサンレイが英二の頭をポンポン叩く、


「英二もやる気になってるし、おらたちが倒してやるぞ、だからみんな安心するといいぞ」

「がふふん、呼子はガルも知ってるがお、雑魚妖怪がう、ガルがぶち殺してやるがお、晴美に酷い事した妖怪は謝っても許さないがお」


 左の席でガルルンが怒りに目を光らせた。

 サンレイの後ろで小乃子が呑気な声を出す。


「サンレイとガルちゃんがやる気になってんだ。みんな安心していいよ」

「だな、この件は俺たちに任せてくれ」


 大声で言う秀輝に続けて委員長が話を始める。


「そうね、これ以上被害者が出ないようにみんなのスマホに結界を張って貰いましょう、頼めるサンレイちゃん」


 サンレイが任せろと言うように頷いた。


「流石委員長だぞ、みんな机の上にスマホとガラケーを出すんだぞ、恭子ちゃんもだぞ、おらが結界を張れば呼子如き何も出来なくなるぞ」


 生徒たちが机の上に出したスマホにサンレイが纏めて結界を張る。


「これでいいぞ、呼子から変な電話は掛かってこないぞ」


 小岩井先生が生徒たちを見回す。


「それじゃあ、サンレイちゃんたちに任せましょう、今日は学校は休みになります。臨時休校です。休みだからと言って外出は禁止ですよ、お巡りさんたちが捜査しているので見つかったら怒られますよ」


 小岩井先生がプリントの束を教壇の上にドンッと置いた。


「プリントを配りますので授業が無い代わりに家で勉強してください、後で小テストをしますので自分でやらなかった人はテストの点で直ぐに分かりますからね、点数の低い人は放課後残って補習ですからね」


 各教科のプリントを配ると小岩井先生は職員室へと戻っていった。

 英二たちのクラスだけでなく和泉高校全学年が1時間目に行方不明になった生徒たちの情報集めや外出を控えるというような注意を聞いた後で授業が休みになる。

 集団行方不明事件だ。警察も動いていると言う事で取り敢えず3日間を休みとする緊急処置がとられた。土日を入れて5日間の休みとなる。



 ガルルンが体育館のトイレに入っていく、


「トイレは温水洗浄便座に限るがお、お尻が綺麗だと心も綺麗になるがお」


 4つ並んだ個室の右端がガルルンの指定便座だ。

 体育館と学食と運動場にあるトイレは生徒たちだけでなく来賓者も使うので温水洗浄便座が付いている新しい便器に替えてあった。

 温水洗浄便座が大好きなガルルンは時間が無い時以外は必ず使うようにしているのだ。


「世界中のトイレが温水洗浄便座になればお尻が綺麗になって心も綺麗になって争いが起らなくなるがお、便器が世界を救うがう、ガルのお尻はピカピカがお」


 訳の分からない事を言いながら用を足したガルルンが個室から出てくる。

 その時、肩に掛けていた鞄の中でスマホが鳴った。


「どうせサンレイがう、早くしろって催促がお、トイレ行くって言ってるがう、ガルのトイレタイムは誰にも邪魔されないがお」


 面倒臭そうに鞄からスマホを取り出す。


「晴美がお! 」


 ガルルンが慌てて電話に出る。


「ガルちゃん、私よ、晴美よ」


 晴美の声を聞いてガルルンから警戒心が瞬時に消えた。


「晴美、心配したがお、無事だったがう、よかったがお」

「うん、心配掛けて御免ね、私は大丈夫だから……私は元気だから……今、ガルちゃん一人でしょ? 他には誰も居ないわよね」

「今トイレがお、サンレイたちは教室で待ってるがお」

「そう……よかった。この時を待ってたのよ」


 電話の向こうから不穏な気配がするが浮かれているのかガルルンは気付かない。


「それで今どこにいるがお、直ぐに迎えに行くがう」


 相手が晴美だと疑いもしないでガルルンが訊いた。


「ふふふっ、私、晴美よ、今ガルちゃんの後ろに居るわ」

「後ろがお? 」


 スマホを耳に当てたままガルルンが振り返る。


「居ないがお? 晴美どこがお~ 」


 どこかに隠れていると思ったのかガルルンが晴美を探す。

 次の瞬間、手に持っていたスマホから大きな手が出てきてガルルンの頭を掴んだ。


「がう!? お前……お前なんかにやられないがお」


 爪に炎を灯して頭を掴む大きな手を払おうとした時、スマホから声が聞こえた。


「ガルちゃん、私は此処よ」

「晴美…… 」


 晴美の声に一瞬気を緩めたガルルンが大きな手と共にスマホの中に消えていった。



 教室では英二たちが帰り支度をしていた。


「休みはいいけどプリントは御免だぜ」


 自習のプリントの束を鞄に仕舞いながら秀輝が愚痴った。


「写させてやってもいいけど小テストするって言ってただろ、出来なきゃ放課後補習だからな、自分でやった方がいいぞ」


 それなりに勉強の出来る英二は普段と変わらない。


「にゃははははっ、秀輝は大変だなぁ~、おらなんか余裕だぞ」


 楽しそうに大笑いするサンレイを見て秀輝が溜息をつく、


「いいよなぁ、サンレイちゃんとガルちゃんは初めからプリント貰わないからな、テストも無いって事だよな」

「二人と比べるなよ、おまけで学校に来てるだけなんだからな」


 本気で羨む秀輝の前で英二が弱り顔で言った。

 猫の絵の付いた鞄を肩に掛けるとサンレイが英二の腕を引っ張った。


「連休だぞ、みんなでカラオケ行くぞ」

「行きません! 外出は控えろって言われただろ、警察も捜査してるんだから遊んでるところ見つかったら大事になるぞ」


 叱る英二の隣で秀輝も渋い顔だ。


「そういう事だな、バイト以外は家に居たほうがいいぜ」


 サンレイ贔屓の秀輝も流石にバカな事はしない様子だ。

 鞄を持った委員長と小乃子がやってくる。


「遊ぶ事より早く妖怪退治しないとダメでしょ」

「そうだな、それでガルちゃんはどこいった? トイレか? 」


 キョロキョロ探す小乃子に秀輝が教える。


「温水洗浄便座のある体育館のトイレに行ったぜ」


 話しを聞いてサンレイがニヤッと悪い顔で口を開く、


「ガルルンは自動ケツ洗い機好きだからな」

「女の子がケツとか言うな! 」

「なん!? ガルルンがヤバいぞ! 」


 叱る英二の前からバチッと雷光をあげてサンレイが姿を消した。


「ガルちゃんが危ないって…… 」

「行くぞ! 」


 戸惑う英二の腕を引っ張って秀輝が走り出す。


「妖怪が出たのね」

「マジかよ」


 委員長と小乃子も後に続いた。



 体育館のトイレに英二たちが駆け付けるとサンレイが厳しい顔をして立っていた。


「遅かったぞ」


 ガルルンの姿はどこにも見えない。


「遅かったって…… 」

「ガルルンの妖気が消えてるぞ、呼子にやられたんだぞ」


 マジ顔のサンレイを見て英二たちは本当だと分かった。


「でも呼子なんてガルちゃんからすれば雑魚妖怪なんでしょ」


 サンレイが委員長を見上げる。


「雑魚だぞ、ガルルンが本気を出せば瞬殺できるぞ、でもバカだからな、罠にでも掛かったんだぞ」

「罠か……それでどうするんだ? 」


 険しい顔で訊く英二にサンレイが向き直る。


「呼子の妖気は感じないぞ、ガルルンの残留妖気だけだぞ、向こうから出てこないと打つ手は無いぞ」

「サンレイちゃんでもダメなのか……くそっ、俺にできる事があったら何でも言ってくれ」


 悔しげな秀輝の腕をサンレイがポンッと叩いた。


「心配無いぞ、ガルルンも晴美ちゃんも宗哉も無事だぞ、どんな状況なのかは分からないけど少なくとも死んでないぞ、これでも神だからな、どんなに離れてても、どこにいようとも、友達の生き死にくらいはわかるぞ」


 話しを聞いて秀輝だけでなく小乃子と委員長に英二も安心顔になる。


「んじゃ帰るぞ」


 サンレイを先頭にトイレを出る。


「あのバカ犬が…… 」


 サンレイの心配そうな呟きが英二の耳に残った。



 小乃子や委員長と一緒に帰りにつく、家の近くの大きな道路で小乃子と委員長と別れる。

 2人の家は大きな道路を渡った向こうで英二と秀輝の家は反対側だ。


 秀輝の家の直ぐ近く、小さな公園に面した道路で英二のスマホが着信音を鳴らす。


「篠崎さんからだ」

「呼子だぞ、おらに貸せ」


 英二のスマホをサンレイが奪うように取る。



『サンレイちゃん、私よ、晴美よ、今どこにいるの? 私は暗い場所に居るわ』


 サンレイが耳に当てたスマホから晴美らしき声が漏れ聞こえてくる。


「篠崎さん無事だったんだな、良かった」

「無事だったのか、どこにいるんだ? 」


 心配そうに訊く英二と秀輝にサンレイが待てと言うように手を伸ばす。


「お前呼子だな」


『何を言っているの? 晴美よ、そんな事より助けてサンレイちゃん』


「晴美の声を使っても無駄だぞ、バカ犬と一緒にするなよ、おらを騙そうなんて千年早いぞ、出てこい呼子、ボコボコにしてやんぞ」


 呼子と聞いて英二と秀輝が身を固くする。

 その時、サンレイのスマホが鳴った。


「何だ? 委員長からだぞ、おらの代わりに出ろ」


 自分のスマホを出すとサンレイが英二に渡す。


「委員長か? 高野です。サンレイが手を離せないから…… 」



『ぐひひっ、掛かったな』


 委員長では無くくぐもった男の声が聞こえた。


「ヤバい! 嵌められたぞ」


 サンレイが慌てて英二が耳に当てているスマホに手を伸ばす。

 その一瞬の隙を付いてサンレイが持っていた英二のスマホから大きな手が出てきてサンレイの頭を掴む、


「なん!? お前なんかに…… 」



『ぐひひひひっ、暴れるな、晴美と宗哉に山犬を殺すぞ』


「なっ…… 」


 抵抗しようとしたサンレイが晴美と宗哉の名を聞いて躊躇した。

 その瞬間、サンレイの体がスマホへと吸い込まれていった。


「サンレイ! 」

「サンレイちゃん!! 」


 英二と秀輝が止める暇などない一瞬の出来事だ。


「サンレイが…… 」


 地面に転がったスマホに手を伸ばす英二を秀輝が止める。


「ダメだ。お前まで吸い込まれたらどうする」

「離せ! サンレイが…… 」


 手を伸ばす英二の目の前でサンレイを吸い込んだ英二のスマホがスッと消えていった。



 焦る英二の手を引いて秀輝が小さな公園へと入っていく、


「離せ秀輝、サンレイが…… 」

「落ち着け! 俺も落ち着く!! 」


 怒鳴りながら秀輝が自分の頬を両手で挟んで思いっ切り叩く、


「落ち着こうぜ……サンレイちゃんが簡単にやられて堪るかよ」


 自身を落ち着かせるために頬を叩いた秀輝を見て英二の焦りが引いていく、


「俺たちが焦ってどうする。呼子の思うままだぜ」

「そうだな、ごめん秀輝」


 謝る英二の向かいで秀輝が赤くなった頬を摩る。


「叩き過ぎた。痛くて話し辛い」


 叩いて赤くなっているのは確かだが半分は照れて赤くなっている。


「サンレイがあれくらいでやられるわけないよな」

「そうだぜ、何たって神様だからな、だから俺たちがしっかりしないとな」


 互いの顔を見合わせてマジ顔で頷いた。


「かといって、どうする? 委員長に相談するか? 」

「ダメだ。委員長や小乃子を巻き込みたくない…… 」


 暫く考えていた英二が持っていたサンレイのスマホを見つめる。


「こいつに呼子から電話が掛かってくるのを待つか……此方から掛けるか…… 」

「掛けるってどこに? 」


 怪訝な顔をする秀輝の前で英二がアドレス帳を開く、


「篠崎さんの番号で掛かってきた。だから此方も篠崎さんや宗哉に掛ければ、掛かって繋がれば呼子だと思う」

「成る程な……こっちから呼び出して戦うって事だな」

「戦うって言うより話がしたい、なんで俺を狙っているのか、サンレイたちをどこへやったのか、それが聞きたい」


 秀輝が何か思い付いたのかアドレス帳に載っている英二の番号を指で突いた。


「サンレイちゃんは英二のスマホに引き込まれただろ、だから今なら英二のスマホに呼子が居るんじゃないのか? 」

「そうか、やってみるか」


 英二がサンレイのスマホを使って自分のスマホに電話を掛ける。


「もしも~し、サンレイだぞ」


 直ぐに繋がって陽気なサンレイの声が聞こえてきた。


「呼子だな、話がしたい出てきてくれ」


 緊張気味に英二が言うとスマホから呑気な声が返事を返す。


「その声は英二だな、おらはサンレイだぞ」

「何がサンレイだ! 呼子だろが! 話がしたいから出てきてくれ」

「何言ってんだ。おらだぞ、本物だぞ、本物のサンレイだぞ」

「俺を騙そうとしてもダメだからな、サンレイとガルちゃんを……みんなを返せ」


 英二が怒鳴った。

 呼子がサンレイの真似をしていると思うと腹が立って仕方がない。

 電話の向こうで相手が溜息をついたのがわかった。


「まったくバカだなぁ~、おら本物だぞ、バカ英二は本物と偽物の区別も付かないのか? んじゃ……そうだな……英二のお尻の右側に黒子が2つ並んでるぞ、そんで押し入れのプラモの箱にエッチな本を隠してるぞ、どうだ? 英二の秘密を知ってるからおらが本物のサンレイだって分かっただろ」


 秘密をバラされて横にいる秀輝に慌てて違うと手を振ると英二が続ける。


「そんなの誰かに聞けばわかるだろが、俺の部屋で女子会してるサンレイが小乃子たちに話してるから捕まった篠崎さんにでも聞けばわかる事だろが」

「疑り深いなぁ~、んじゃ、どうしたら信じるんだ? 」


 呆れ声のサンレイに英二が少し考えてから話を続ける。


「家の冷蔵庫にアイスは何個入ってるか言ってみろ」

「アイス言えば信じるんだな? 仕方ないなぁ~、アイスはいっぱい入ってるぞ」


 英二がスマホを正面に持ってきて怒鳴る。


「いっぱいって何だよ、答えになってないだろが、やっぱりお前呼子だな」


 電話の向こうでまた溜息が聞こえてきた。


「だからいっぱいはいっぱいだぞ、箱入りのアイスが3つだろ、カップのバニラが1つにおらの好きなバリチョコが2つ、カリカリのマンゴー味と梨味が3つずつだぞ、そんでガルルンの好きな雪見大福が半分だぞ、昨日1つおらが食ったからな、箱入りのはどれだけ残ってるのか一々数えてないからわかんないぞ、そんでいっぱいって言ったぞ」


 アイス好きのサンレイは買い置きしてあるアイスは全て把握している。

 結界を張ってあるので呼子が家に入って確かめる事など出来ない、ましてやガルルンの雪見大福を半分だけサンレイが食べていた事など英二も知らなかった事だ。

 間違いない、サンレイ本人だ。


 怒っていた英二の顔が緩んでいく、


「サンレイ……よかった無事だったんだね」

「さっきから本物だって言ってるぞ」


 涙声の英二に呆れ声でサンレイがこたえた。


「それで今どこにいるんだ? どうすれば助けられる? 」


 英二の横から秀輝がスマホに顔を近付けて割り込む、


「サンレイちゃん、俺にできる事は何でも言ってくれ、俺たちはどうしたらいい? 」

「おぅ、秀輝も無事だな、おらは大丈夫だぞ」


 サンレイの呑気な声を聞いて英二が苛ついて声を荒げる。


「それでどこにいるんだ? 直ぐに助けに行くから教えてくれ」

「なに怒ってんだ? 落ち着けよ、おらは真っ暗な場所に居るぞ、上も下も右も左も分からないぞ、浮いてるような沈んでるような、感覚の掴めない暗い場所だぞ」


 漏れ聞こえる話しを聞いて秀輝が顔を顰める。


「暗い場所ってスマホの中の事かな」

「違うぞ、スマホの中じゃなくて異空間だぞ、呼子が作った異空間に閉じ込められてんだぞ、たぶんガルルンや晴美ちゃんたちも同じような異空間にいるはずだぞ」


 秀輝の話が聞こえたのかサンレイがこたえてくれた。


「異空間……それでどうすれば助けられるんだ」


 英二が険しい顔をしてスマホを握り締める。

 異空間など英二には手出し出来ない、サンレイに訊くしかない。


「何もしなくていいぞ、英二や秀輝にどうこうできるものじゃないからな」


 相変わらす呑気な声に英二の顔も自然と緩んでいく、


「じゃあどうすればいいんだ? 」

「おら一人で出れるから少し待ってろ、おら術が苦手だからな30分くらい掛かるぞ、だから英二と秀輝は呼子に捕まらないように気を付けるんだぞ」

「サンレイ一人で出てこられるのか? 」

「流石サンレイちゃんだぜ」


 安堵する英二の横で秀輝も安心顔で煽てる。


「まぁな、これでも神だからな、今電話できてるのもおらの力だぞ、電気や電波を使うのは呼子なんかよりおらの方が数段上だからな、呼子の作った異空間など余裕で出てこれるぞ、そんでも少し時間掛かるから暫く呼子には気を付けるんだぞ」

「気を付けるって……わかった」

「サンレイちゃんが無事で安心したぜ」


 何も出来ない以上2人は従うしかない。


「にゃひひひひっ、呼子のヤツ、喧嘩を売る相手を間違ってるぞ、ガルルンを捕まえて何も出来ないからおらも同じだと思ったんだぞ、おらをそこらの妖怪とでも思ってんだぞ、ふん捕まえてぶちのめしてやるぞ」


 スマホから聞こえてくる笑い声に英二と秀輝の頭の中にニタリと悪い顔で笑うサンレイが浮かび上がった。


「そんでな……おっと、呼子が来てるぞ、感付かれると面倒だから電話を切るぞ、スマホに引き込まれそうになったら爆破してスマホを壊すといいぞ、呼子の力じゃスマホが無ければ異空間に引き込めないぞ」

「サンレイ…… 」


 一方的に話すと通話が切れた。


「スマホを壊すか……一寸勿体無いけど仕方ないな」


 サンレイのスマホを英二がじっと見つめる。

 英二の背を秀輝がドンッと叩く、


「どうにかなりそうで良かったぜ、サンレイちゃんのスマホなら宗哉が新しいの買ってくれるぜ」

「そうだな、新品になったって喜ぶかもな」


 サンレイのスマホを鞄に仕舞うと小さな公園にあるベンチに座った。


「秀輝は帰っていいよ、お前にまで何かあったら…… 」

「何言ってやがる! 二度と言うな! 怒るぞ」


 怒鳴った後で秀輝が英二の横に座る。


「囮くらいにはなってやる。お前の爆発能力で呼子を倒そうぜ、倒せなくても30分程でサンレイちゃんが出てくるんだろ? それまで持ち堪えたら俺たちの勝ちだぜ」

「秀輝……わかった。俺たちでやろう」


 大きく頷く英二を見て秀輝がニッと屈託無く笑った。

 サンレイが呼子が来ていると言っていたのでこのまま家に帰るわけにはいかない、サンレイはともかくガルルンや晴美や宗哉を危ない目に遭わせた呼子を許すわけにはいかないと英二は戦う覚悟を決めている。


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