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第75話

 ホレ女騒動も終わって2月に入る。


「さぶっ!! 今日は一段と寒いな」


 玄関を出た英二がブルッと震えて呟いた。


「がふふん、これくらいガルは平気がお」

「なっ……ガルちゃん犬になってるからね」


 英二が振り向くとガルルンの顔や手足に毛が生えていた。


「がふふふふっ、寒いから変化したがお、いつもは獣20%がお、今は獣40%がう、毛皮で寒くないがお」

「他の人に見られたらヤバいからさ」


 焦る英二を見てガルルンがニッと笑う、


「大丈夫がお、サンレイの術で普通の女の子に見えるがう、英二たち以外はガルの本当の姿は見えないがお」

「そだぞ、おらの術の御陰だぞ、感謝してチーカマ半分よこすんだぞ」


 ガルルンの隣でサンレイがペッタンコの胸を偉そうに張った。


「そうなんだ……便利だね」


 苦笑いでガルルンを見た後で英二がサンレイを睨み付ける。


「サンレイはガルちゃんのチーカマ取らないようにな、事ある毎にガルちゃんを騙して巻き上げるんだから…… 」

「何言ってんだ。おらの術の御陰でガルルンは妖怪ってバレないで英二と一緒に住めるんだぞ、チーカマくらい安いもんだぞ」


 プクッと頬を膨らますサンレイを見て英二が溜息をつく、


「わかったから、帰りにアイス買ってやるから、ガルちゃんのチーカマ取ったりするな、いいな、約束しろ」

「ほんとだな、アイス買ってくれるならチーカマは我慢してやるぞ」


 一瞬で機嫌を直したサンレイが嬉しそうにニパッと笑った。

 その時、ガルルンのスマホが鳴った。


「晴美からメールがお」

「晴美ちゃんから? どしたんだ。風邪でもひいたんか? 」


 心配するように覗き込むサンレイの前でガルルンがメールを開く、


「き……き……サンレイこの漢字なんて読むがお? 」

「なんだそんなのも知らないのか? ダメだなぁガルルンは」


 バカにされたガルルンがムスッとして続ける。


「きは合ってるがお、き……なんたらがお」

「そだぞ、きは合ってるぞ、その漢字は巨乳って読むんだぞ」


 サンレイがニヤッと悪い顔をして教えるとガルルンが声を出してメールを読み始める。


「き……巨乳お父さんが………… 」


 二人のやりとりを微笑ましく見ていた英二が慌ててスマホを覗き込む、


「わあぁぁ~~、違うから巨乳じゃなくて昨日だからね、昨日お父さんがって書いてるでしょ」


 横からメールを見た英二が教えるとガルルンが大きく口を開いて悔しがる。


「がわわぁ~~ん、またサンレイに騙されたがお」

「にゃひひひっ、昨日って漢字くらい知らない方がおかしいぞ」


 悪い顔で笑うサンレイの隣でガルルンがムスッとしながら口を開く、


「昨日がお? この漢字は昨日って読むがう、覚えたがお」


 ガルルンは漢字を読めないのでひらがなのメールを送ってくるようにしてくれているが少しずつでも覚えたほうがいいという委員長の意見を利いて近頃は簡単な漢字を使うようになっていた。

 英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張った。


「また嘘を教える。サンレイは悪戯ばかりして」

「にゅふふふふっ、やめろよぉ~、ほっぺ伸びるだろ~ 」


 サンレイが嬉しそうに体を捩る。

 叱った事にならないが叩くと拗ねるので英二は仕方無く頬を引っ張る事にしていた。


 ふと何かに気付いたように英二がサンレイの頬から手を離す。


「そういやサンレイは漢字よく知ってるな」

「漢字くらい簡単だぞ、おらはパソコンの神だからな、おらの御神体であるPC―9801VMには第一水準だけじゃなくて第二水準の漢字ロムも入ってるぞ、だから日常会話文どころか難しい漢字も全部読み書きできるぞ」

「そうなんだ凄いな、漢字のテストやったら俺も負けそうだな」

「にゃははははっ、何たってパソコンの神だからな」


 ペッタンコの胸を張って自慢するサンレイをガルルンがじっと見つめる。


「サンレイ凄いがお、ガルも賢くなりたいがう、漫画読んでても漢字分からなくて晴美やいいんちゅによく訊いてるがお」


 憧れるように見つめられてサンレイが益々自慢気に胸を張る。


「にゃへへへっ、おらは神だからな、ガルルンはバカ犬だからな、脳味噌の出来が違うんだぞ、おらのCPUはV30だからな、ガルルンの駄犬脳とは出来が違うぞ」


 また調子に乗ってる……、英二が叱るよりも前にガルルンが話を続けた。


「どうしたら賢くなれるがお? 」

「そだな……ガルルンは火を使うのが得意だろ、だから脳味噌が頭の中で干からびてるんだぞ、火で乾燥してんだぞ」


 とぼけ顔でこたえるサンレイの横でガルルンがマジ顔で大声を出す。


「マジがお! ガルの脳味噌は乾いてるがお」

「そだぞ、インスタント味噌汁みたいに乾ききってんぞ」

「がわわ~ん、近頃物覚えが悪くなったと思ってたがお、どうしたらいいがお」


 縋るように訊くガルルンにサンレイがにやけ顔で口を開く、


「乾いてんだから水を加えるといいぞ、濃縮還元だぞ、ガルルンは脳が縮んでるから脳縮還元だぞ、水を加えると元に戻るぞ、100%ジュースと一緒だぞ」

「水で治るがお? 飲めばいいがう? 」


 子犬のように首を傾げるガルルンにサンレイがニヤつきながら続ける。


「飲んでもオシッコになるだけだぞ、脳味噌に水を掛けないとダメだからな、ガルルンの犬耳に水を入れるといいぞ、頭の上の耳穴から水を入れると脳がふやけて元のボケ犬に戻るぞ、今のバカ犬から元のボケ犬に戻って安心だぞ」

「おおぅ、流石サンレイがお、コンビニで水買って学校で耳から入れるがお」


 ニカッと笑顔になったガルルンを見て英二が頭を抱える。

 サンレイが悪い顔をして付け加える。


「そだな、水よりコーラがいいぞ、炭酸がシュワシュワしてガルルンの脳味噌を刺激してくれるぞ、血行が良くなって賢くなるぞ」

「賢くなるがお? じゃあコーラにするがう、コーラを耳から入れるがお」


 嬉しそうに言うガルルンを見て溜息をつくと英二が後ろからサンレイの頬を抓りながら引っ張った。


「この口だな嘘ばかりつく口は! 」

「でひゅひゅひゅひゅ、止めろよ、ほっぺ伸びるぞ」


 嬉しそうに体を捩るサンレイから視線をガルルンに向ける。


「ガルちゃん、耳に水なんか入れたらダメだからね、全部サンレイの嘘だから、脳味噌が乾いたりしないから、乾いてたら死んでるからね」


 子犬のように首を傾げながらガルルンが聞き返す。


「嘘がお? コーラも入れたらダメがお」

「コーラなんて耳に入れたらそれこそ病気になるからね、全部サンレイの嘘だからね、賢くなりたいなら委員長や篠崎さんに漢字を習えばいいから、サンレイの言う事は全部嘘だからね、ガルちゃんをからかって遊んでるだけだからね」


 サンレイの頬を引っ張りながら英二が弱り顔でこたえた。


「がわわ~~ん、また騙されたがお」

「でゅひひひひっ、ガルルンは簡単に騙されるぞ」


 楽しそうに笑うサンレイの頬をこれでもかと引っ張った。


「でゅひゅひゅひゅひゅ、止めろよ、ほんとにほっぺ伸びるだろ」


 益々喜ぶサンレイを見て呆れた英二が手を離した。


「それで篠崎さんのメールは何で書いてあるの? 」


 英二に訊かれてガルルンがメールを読み始めた。


「昨日お父さんが会社の飲み会のビンゴで当たってゲーム機を貰ってきました。私はゲームしないのでガルちゃんとサンレイちゃんにあげるよ、今日持っていくから楽しみにしといてね」


 ガルルンが声を出してたどたどしくメールを読み終わる。

 殆どひらがなで書いてあるメールだ。

 ガルルンが読みやすいように小学生が作った作文のような文体である。


 サンレイが頬を摘まんでいた英二の手をサッと払う、


「ゲームだぞ、晴美ちゃんがゲームくれるぞ、やったぞガルルン」


 自分の読んだメールを頭の中で反復しているのかガルルンが上を向いて考える。

 暫くしてガルルンがパッと笑みに変わる。


「ゲームがお、晴美がゲームくれるがう……やったがお」

「そだぞ、晴美や小乃子誘って今日ゲームするぞ、ゲーム大会だぞ」

「ゲーム大会がお、楽しみがお」


 勝手に盛り上がる2人を見て英二が弱り顔だ。


「俺の部屋でするつもりじゃないだろうな、俺はバイトで居ないからサンレイの部屋を使えよな、この前も俺の部屋を勝手に使って遊んでただろ」


 サンレイがニヤッと笑いながら英二の腕を引っ張った。


「もちろん英二の部屋だぞ、女子会は英二の部屋に決まってるぞ、そいう事だからな、ケーキを頼むぞ英二、女子会でみんなで食うぞ」

「わふふ~ん、ガルはモンブランがいいがお」

「なんで俺が……俺の部屋で……ゲーム貰うしケーキくらい奢ってやるよ」


 サンレイはともかくガルルンにも期待顔で見つめられては英二は断れない。


「その代わり一つ約束してくれ」


 英二がジロッとサンレイを睨む、


「約束? なんだ」

「授業中はゲームするな、約束しただろ、約束破るならスマホ取り上げるぞ」


 宗哉に貰ったスマホをサンレイはもちろんガルルンも使いこなしている。

 それが悪い方に働いた。サンレイは英二にバレないように授業中にゲームをしていたのだ。

 数日は約束を守っていたが使い方を覚えると音を出ないようにして落書き帳で隠してゲームをするようになっていた。


「なっ……何言ってんだ。おら授業中にゲームなんてしてないぞ」


 焦ってこたえるサンレイの目が泳いでいる。

 怖い顔をした英二が大きな溜息をした後で話し始める。


「昨日の3時間目、数学の授業中にゲームしてただろ、その前の日も2時間目の社会でもゲームしてたよね、俺が何も知らないと思ってるのか? 」

「なっ……何で知ってんだ? 違うぞ、おらはゲームなんてしてないぞ、あれだぞ、動画見てただけだぞ」

「嘘ついても無駄だからな」

「ちっ、違うぞ、嘘なんかついてないぞ……完璧にバレないようにしたはずだぞ」


 狼狽えるサンレイの前で英二がまた大きな溜息をつく、


「サンレイはゲームすると直ぐに分かるんだ。体が一緒に動くし、勝っても負けても騒ぐからな、自分ではバレてないつもりだろうけどクラスのみんなはゲームしてるって分かってるからな」

「マジか……バレてたぞ」


 サンレイの焦り顔を見て英二は怒る気も無くした。

 隣りにいたガルルンが英二を見つめる。


「ガルはゲームしてないがお、動画見たり図鑑で調べて絵を描いてるがお」

「うん知ってるよ、ガルちゃんは偉いよ、約束守ってるからね」


 優しく言いながら英二がガルルンの頭を撫でた。


「がふふん、ガルはできる女がお、約束は守るがう」


 英二に撫でられてガルルンが尻尾を振って嬉しそうに鼻を鳴らした。


「ズルいぞ、英二はガルルンばっかり贔屓するぞ、おらが嫌いだからスマホ取り上げようとするぞ」


 サンレイが頬をパンパンに膨らませて睨む、英二が顔の前で手を振った。


「いやいやいや、贔屓とかじゃないからな、授業中にゲームしてるサンレイが悪いんだろ、まあ、今は授業の邪魔になってないから大目に見るけど騒いだりしたら本当にスマホを取り上げるからな」


 パンパンに膨れたサンレイの頬が萎んでいく、


「わかったぞ、約束するぞ、授業中は出来るだけゲームしないようにするぞ、だからスマホは勘弁だぞ、おらはもうスマホがないと生きていけない体になったぞ」

「生きていけないって……スマホ依存症かよ」


 厭そうな顔をする英二の腕にサンレイが抱き付いた。


「責任とって英二はおらと結婚するんだぞ」

「いや、なんで俺が結婚するんだ? スマホをくれたのは宗哉だろ」


 手を払おうとする英二にサンレイがしがみつく、


「スマホと英二が居ないと生きていけない体になったぞ、おらをこんなに熱くするなんて英二は罪な男だぞ」

「何もしてないからな、誤解されるような事言うな」


 周りを歩く生徒たちの目が気になって英二が慌てて否定する。

 反対側からガルルンも抱き付いてきた。


「ガルもがお、心は嫌がっても体は正直がお、スマホなんかに負けない、でもビクンビクンってスマホと英二に負けたがお」

「ガルちゃんまた変な漫画読んだな、秀輝か? どうせ秀輝が持ってきた漫画だろ」


 英二の弱り切った顔を見てサンレイが悪い顔で口を開く、


「おおぅ、おらも知ってるぞ、気の強い女はアナルとスマホに弱いんだぞ」

「わあぁ~、女の子がそんな事言うな! もういいから学校行くよ」


 ニヤッと悪い顔で笑うサンレイを振り放すと英二が慌てて歩き出す。


「そだぞ、晴美ちゃんにゲーム貰いにいくぞ」

「今日は宗哉のお弁当と晴美のゲームで楽しさ2倍がお」


 サンレイとガルルンが英二を追い抜いていく、


「学校は勉強するところだからな」


 笑顔で歩き出す2人の後ろから弱り顔の英二がついていった。



 サンレイとガルルンがいつものように元気いっぱいで教室へと入っていく、


「おっはぁ~、みんな、おっはぁ~~だぞ」

「みんなおはようがお」


『サンレイちゃんおはよう、ガルちゃんおはよう』


 級友たちが笑顔で口々に挨拶を返してくれる。

 そんな中を委員長が浮かない顔をしてやってきた。


「サンレイちゃん、おはよう、ガルちゃんも高野くんもね」

「おはよう委員長」


 軽く挨拶を返すと英二は自分の席へと歩いて行く、その後ろでサンレイが委員長を見上げて手を上げて挨拶だ。


「委員長おっはぁ~、どした? 機嫌悪そうだぞ」

「いいんちゅ、おはようがお、寝坊して朝ご飯食べれなかったがう? 」


 元気に返すサンレイの横でガルルンが心配そうに顔を覗き込む、


「それがね…… 」


 委員長がガルルンに抱き付いた。


「ああ……ガルちゃんはやっぱ可愛いわ」


 ガルルンがわかったと言うように委員長の背をポンポン叩く、


「いいんちゅ、お腹減っておかしくなってるがお」

「そだぞ、ガルルン食われちゃうぞ、犬鍋にされるぞ」


 ガルルンに抱き付きながら委員長がキッとサンレイを睨む、


「食べません、サンレイちゃんは意地悪ばっかり……最近小乃子に似てきたわよ」


 ガルルンから離れながら言う委員長を見てサンレイが顔を顰める。


「マジか? 小乃子に似てるなんて余程の悪党だぞ、小乃子は意地悪大王だからな」


 サンレイの頭が後ろから掴まれる。


「誰が意地悪大王だってぇ~~ 」


 サンレイが振り返ると怖い顔をした小乃子が口元を引き攣らせて笑っていた。


「にゃへへっ、冗談だぞ、小乃子おっは~だぞ」


 卑屈に作り笑いするサンレイの隣でガルルンが登校中に先輩たちから貰ったお菓子を鞄から取り出す。


「いいんちゅ食べるがお、お腹減ってたら勉強も出来ないがう」

「ありがとうガルちゃん、やっぱ可愛いわぁ~~ 」


 委員長がまた抱き付く、吃驚したのかガルルンは持っていたお菓子を落としてしまう、


「おっ、柿ピーとチョコ拾った。ラッキ~ 」


 落としたお菓子を小乃子が拾う、それを見てサンレイが口を開く、


「流石意地悪大王だぞ、横からお菓子を掠め取ったぞ」

「サァ~ン~レ~イ~~、何か言ったか? 」


 怖い顔で睨む小乃子の向かいでサンレイが慌てて話を変える。


「それどころじゃないぞ、委員長が変な顔してたぞ、何か悩みがあるんだぞ」


 小乃子の顔から怒りが消える。

 本気で怒っていたのでは無いのだ。


「悩み? 菜子が? どんな悩みだ。お姉さんに言ってみ」


 拾ったチョコを1つ開けて口に放り込むと小乃子が委員長に向き直る。


「何がお姉さんよ、同い年でしょが! 」


 小乃子に怒鳴った後で委員長がマジ顔で話を始めた。


「それがね、変な噂を聞いたのよ、それでまた妖怪じゃないかなって…… 」

「どんな噂だ? あたしに教えろ」


 興味津々で訊く小乃子の横でサンレイがスッと目を閉じた。


「妖気は感じないぞ、ホレ女の時みたいに薄い妖気も無いぞ」

「匂いもしないがお、近くには居ないがう」


 ガルルンが鼻をヒクヒクさせて言った。


「それなら心配無いわね、只の噂かな」


 安堵する委員長の手をサンレイが引っ張る。


「どんな話しだ。おらに聞かせるぞ」


 少し前に教室に入ってきた秀輝が話しに加わる。


「噂話ってアレか? 電話のヤツ」


 秀輝も噂話を知っている様子だ。


「おっはぁ~秀輝、今日は早いな、電話の噂って何だ? 」

「秀輝おはようがお、秀輝も噂知ってるがう? 」

「おぅ、サンレイちゃん、ガルちゃん、おはよう」


 元気な2人に挨拶を返すと秀輝が続ける。


「おぅ、その噂だぜ、その話しをしようとして早く来たんだ。俺も妖怪かと思ったんだがサンレイちゃんとガルちゃんが感じないんじゃ違うな」


 そこへ英二もやって来る。


「電話の噂ってどんな話しだ? 」

「委員長が知ってるならそっちの方が分かり易いから頼むぜ」


 秀輝が任せると委員長が頷いてから話を始めた。


「変な電話が掛かってくるらしいのよ、着信拒否にしても電源を切っていても掛かってくるらしいのよ、こんな事普通じゃ出来ないでしょ、だから妖怪だと思ったんだけど、実際に掛かってきたって人に会った事もないし、単なる噂話らしいわね」

「どんな電話が掛かってくるんだ? 」


 興味津々なサンレイを見て秀輝が怖がらせようと声色を代えて話し出す。


「知らない番号から掛かってきて電話に出ると『私、呼子、近くの公園にいるの、今からあなたを迎えに行くわ』って言って切れるんだ。また暫くして掛かってくる。『私、呼子、今貴方の家の前にいるわ』って、それで…… 」


 近くで聞いていた英二が話に割り込む、


「なんだ。よくある話しじゃないか」

「マジで聞いて損した。昔からある怪談だな」


 小乃子も期待外れでがっかりした顔だ。

 2人を見て秀輝が声色を元に戻して続ける。


「俺もそう思ったんだが最後の『私、呼子、今貴方の後ろに居るの』って聞いて振り返ると誰も居なくて安心して前に向き直るとスマホから腕が伸びてきて中に引き込まれるって話しだぜ、それで何人か行方不明になったって他の学校に行ってるヤツに聞いたぜ」

「へぇ、俺の知ってる話とはオチが違うんだな、スマホの中に引き込まれるってのは現代的だな」


 感心する英二の横で小乃子が笑い出す。


「あははははっ、典型的な怪談に小学生が付け足したんだろ、スマホの中に引き込まれるってのが子供らしくていいな」

「そうね、怪談って言うより都市伝説って感じね、何でもかんでも妖怪だと思っちゃうのは気を付けないとね」


 自身に言い聞かせるように言う委員長を見て英二が笑う、


「仕方ないよ、立て続けに妖怪に襲われてたからな」

「だな、俺も只の噂だと思ったんだが用心に越した事はないからな」


 照れるようにスポーツ刈りの頭を掻く秀輝をサンレイが見上げる。


「妖怪が近くに来たら英二たちより先におらとガルルンが分かるぞ」

「そうがお、ガルが居るから安心がお、英二はガルが守るがお」

「うん、ガルちゃんがいるから安心だよ」


 英二が頭を撫でるとガルルンが嬉しそうに尻尾を振る。

 2人を見ていたサンレイがニヘッと悪い顔をしてススッと英二の後ろに移動した。


「おら、サンレイ、今英二の後ろに居るの…… 」


 サンレイの冗談に英二が振り返る。

 その瞬間、バチッと雷光をあげてサンレイが消えた。得意の瞬間移動だ。


「え? 」


 驚く英二の後ろに消えたサンレイが現われた。


「アイスくれ~~、アイス食わせないとお前を食っちゃうぞ~~ 」


 後ろからサンレイが抱き付いて耳元で恨めしそうな声を出した。

 横で見ていた小乃子がからかう、


「うわっ、恐、妖怪アイス小娘だ」

「だな、怖くて俺ならアイス買っちゃうぜ」


 秀輝が乗るのを見てサンレイがスッと姿を消した。


「アイス食いたいぞ、アイスくれぇ~~ 」


 サンレイが秀輝の背中に抱き付いて恨めしそうな声を出す。


「おおぅ、怖い怖い、怖いから昼休みにアイス奢るぜ」

「やったぁ~~、アイス食えるぞ、秀輝は乗りがいいから好きだぞ」


 大喜びするサンレイに抱き付かれて顔をニヤつかせる秀輝を見て英二が溜息をつく、


「余りサンレイを甘やかすなよ、これ以上我儘になったら困るからな」

「もう充分我儘だろ、我儘妖怪サンレイだな」


 英二と並んでからかう小乃子を見てサンレイがプクッと頬を膨らませる。


「んだと! おらは神だぞ、そこらの妖怪と一緒にするな」

「アイスねだって授業中にゲームする神様なんて聞いた事ないぞ」


 煽る小乃子の頭を委員長がポカッと叩く、


「いい加減にしなさい、あんたは何時も一言多いのよ、もう授業始まるわよ」

「もうそんな時間か、1時間目は小岩井先生の国語だから楽勝だな」


 後ろの席に座る小乃子をちらっと睨むとサンレイも席に座った。


「まったく小乃子はまったく…… 」


 頬を膨らませたままブツブツ言っているサンレイの腕をガルルンが引っ張る。


「晴美来てないがお? 来るって言ってたがお」


 ガルルンに言われてサンレイが前の席を見つめる。

 いつもなら座ってサンレイたちの話しを楽しそうに聞いている晴美の姿が無かった。


「ほんとだぞ、晴美ちゃんが休むのはおかしいぞ、ゲーム持ってくるって言ってたぞ、ゲーム大会する予定が狂ったぞ」


 晴美が来ていないかとサンレイが辺りをキョロキョロ探す。


「ゲームじゃなくて篠崎さんの心配をしろ」


 サンレイを叱りつけた後で英二が振り返る。


「宗哉も来てないな…… 」


 サンレイの後ろの席の小乃子が英二と目を合わす。


「宗哉は風邪じゃないのか? 元々体強い方じゃないからな」

「そうかもな、後でメールでも送るよ」


 前に向き直った英二の左でガルルンがスマホをじっと見つめていた。


「ガルも晴美に電話するがお、風邪引いてたらお見舞いに行くがお」

「そうだね、でも電話は休み時間だよ」

「わかってるがお、授業中に電話したりしないがう」


 寂しそうにこたえるガルルンを見て英二が優しく声を掛ける。


「風邪引いてたらプリンでも買ってお見舞いに持っていこう、プリンくらいなら寝込んでても食べられるからね」

「わかったがお、ガルの小遣いで買うがう、晴美はガルの大事な友達がお」


 寂しそうに微笑むガルルンを見て本当に優しい子だと英二は思った。


「おおぅ、おらも晴美ちゃんとプリン食べるぞ、プリンはガルルンでアイスは英二が奢るんだぞ」


 右の席からサンレイの元気な声が聞こえてきた。

 くるっと振り返った英二が手を伸ばしてサンレイの頭をポカッと叩いた。


「サンレイに奢るんじゃないからな、篠崎さんの心配をしろ! 」

「痛てて……なにすん…………えへへっ、冗談だぞ」


 頭を摩りながら怒鳴ろうとしたサンレイが英二の本気の怒り顔を見て卑屈におべっかを使って誤魔化した。


「まったくサンレイはまったく…… 」


 2人を見て小乃子が吹き出す。


「あははっ、同じような事言ってるな、ちびっ子神様と爆発魔かお前ら良いコンビだ」


 サンレイと英二が同時に振り返る。


「ちびっ子じゃないぞ、ほんとはナイスバディだぞ」

「爆発魔ってなんだよ、人を犯罪者みたいに言うな」


 ハモるように怒る2人を見て小乃子が笑い転げる。


「あははははっ、息ピッタリだ。本当に良いコンビだな」

「あのなぁ~ 」


 英二が言い返そうとした時にチャイムが鳴って授業が始まった。



 昼休み、机をくっつけてサンレイたちが弁当を食べている。


「今日は宗哉が休みだから食べ足りないぞ」


 サンレイが箸を伸ばして隣のガルルンの弁当からウインナーを摘まんで口に放り込む、


「晴美に何かあったがお、休み時間に電話しても繋がらないがお」


 普段なら怒るガルルンがしょんぼりと呟いた。

 サンレイ以上にガツガツと食べる弁当が今日は箸も付けていない。


「電源切ってるだけだぞ、帰りにお見舞いに行くぞ」


 サンレイがまた箸を伸ばしてガルルンの弁当箱から玉子焼きを摘まんで殆ど空になっている自分の弁当箱に入れた。


「電源切ってるがお…… 」


 力なく呟くガルルンの弁当にサンレイがまた箸を伸ばす。


「いい加減にしなさい」


 横に座っていた委員長がサンレイの手をペシッと叩いた。


「そんなに腹減ってるならこれやるよ」


 向かいに座っていた小乃子がサンレイの弁当箱にミニトマトを入れる。


「うげぇ~、トマトはダメだぞ、見るのも厭だからな」


 顔を顰めるとサンレイがミニトマトをガルルンの弁当箱に放り込んだ。

 もう1つトマトを持ってニヤッと笑う小乃子を見てサンレイが止めろと手を伸ばす。


「ガルルンのおかず取らないからトマトだけは勘弁だぞ」

「トマトは体にいいんだぞ、トマト食べないからペッタンコなんだよ」


 笑いながら小乃子がトマトを口に放り込んだ。

 2人のやりとりを見て溜息をつくと委員長がガルルンに優しく声を掛ける。


「篠崎さん、風邪でも引いて寝込んでるのよ、帰りにみんなでお見舞いに行きましょう、だからガルちゃんは弁当食べて元気な姿を見せなきゃね」

「そうだといいがお…… 」


 ガルルンが箸を持って弁当を突いた。


「でも厭な感じがするがう、ガルの勘がヤバいって言ってるがお」


 不安そうに言うガルルンの背をサンレイがドンッと叩く、


「大丈夫だぞ、風邪でも引いてるだけだぞ」


 残りをガツガツと食べ終わるとサンレイが弁当箱を閉じる。


「秀輝にアイス奢って貰う約束だぞ、ガルルンの分も頼んでやるから元気出してさっさと弁当食うんだぞ」


 猫の絵のついた鞄に空の弁当箱を仕舞うとサンレイが英二たちの元へと歩いて行く、


「秀輝ぃ~、アイス食いたいぞ、今日は宗哉居ないからガルルンと小乃子と委員長も腹ペコだぞ」

「おう、直ぐに買ってきてやるぜ、サンレイちゃんがアイスでガルちゃんがチーカマだろ、小乃子と委員長にはシュークリームでも奢ってやるぜ」


 既に食べ終えていた秀輝がペットボトルのお茶をグイッと飲むと走って教室を出て行く、


「秀輝ぃ~、チョコモナカアイスだぞ」


 廊下に顔を出すサンレイに秀輝が走りながら了解というように手を振った。


「にひひひひっ、アイス得したぞ」


 戻ってきたサンレイを英二がじとーっと見つめる。


「何でもしてくれるからって秀輝をいいように使うなよ」

「にゅひひっ、英二と違って秀輝は怒らないぞ、英二が居なかったら秀輝を好きになってるぞ、秀輝には神の御加護が付いてるぞ」

「疫病神だ…… 」


 嬉しそうに笑うサンレイの前で英二がボソッと呟いた。


「何か言ったか? 」


 サンレイの嬉しそうな笑みがニタリと悪い笑みに変わったのを見て英二がブンブンと首を振る。


「何にも言ってないから……それよりも篠崎さんは何で休んでるんだ? 」


 誤魔化すように話題を変えた英二の向かいでサンレイが顔を顰める。


「電話繋がらないってガルルン言ってたぞ、そんで宗哉は何で休んでるんだ? 」

「うん……寝込んでると迷惑だから電話とかしたくないんだけどな」


 英二がスマホを取りだして宗哉に電話を掛ける。


「ダメだ。繋がらない、電源を切っているか電波が届かないところにいるってアナウンスが流れるだけだ」


 3度掛けたが電話は繋がらなかった。


「そっか宗哉もか……今日、晴美ちゃんの家に行ってみるぞ」

「俺はバイトだからな、委員長と小乃子に家まで送って貰えるなら篠崎さんのお見舞いに行ってもいいけど…… 」


 英二が立ち上がる。サンレイの考えるような顔を見て何かあるのかとピンときた様子だ。

 弁当を食べている小乃子に英二が声を掛ける。


「篠崎さんの家に見舞いに行くんだろ、俺バイトだからさ、サンレイとガルちゃんを家まで送ってくれよ」


 小乃子が箸を止めて口の中のものをお茶で流し込む、


「カラオケな、またカラオケ奢れ」

「ちょっ、小乃子…… 」


 慌てて止める委員長を英二が制する。


「わかった。サンレイとガルちゃんも行きたがってるから奢ってやるよ、その代わりお見舞いしたら寄り道せずに送り届けてくれよ」

「オッケ~、時間あったら妖怪テレビ見せて貰うよ」


 元気にこたえる小乃子ではなく英二は委員長を見つめていた。


「まったく……任せて頂戴、2人が変な事しないようにしっかり送って帰るからね」


 小乃子に呆れながら引き受けてくれた委員長を見て英二も安心顔だ。

 そこへ秀輝が帰ってくる。


「おおぅ、アイスが帰ってきたぞ」


 喜ぶサンレイの頬を英二が摘まんで引っ張った。


「アイスじゃなくて秀輝だろ、秀輝が帰ってきただろ」

「でひゅひゅひゅひゅ、引っ張るなよ、ほっぺ伸びるぞ」


 嬉しそうに体を捩るサンレイに秀輝がアイスを差し出す。


「はいよ、チョコモナカ、ガルちゃんにはチーカマだ」


 ガルルンの前にチーカマを置くとシュークリームを1つ英二に渡す。


「俺たちはシュークリームだ」


 自分の分も取ると残りの入ったコンビニの袋を小乃子の前に置いた。


「サンキュ~、今日は宗哉の弁当が無かったからな」


 小乃子がシュークリームを取り出して1つを委員長に渡した。


「ごめんな俺の分まで」

「悪いわね、勉強で分からないところあったら何時でも聞いてね」


 英二と委員長が申し訳なさそうにする中、サンレイと小乃子が遠慮なく食べ始める。


「御馳走様がお…… 」


 ガルルンが力無く弁当箱を鞄に仕舞う、


「元気出せよガルちゃん、篠崎の見舞いに行くんだろ? ガルちゃんが沈んでたら篠崎も心配するぜ、ほらっ、シュークリームでも食べて元気出してくれ」


 秀輝が自分の分のシュークリームをガルルンに差し出した。

 モナカアイスに齧り付いていたサンレイがバッと口を開く、


「ズルいぞ、チーカマと2つだぞ」


 英二がサンレイの頭をポカッと叩く、


「ズルいとかじゃないからな……ほれ俺のやるから篠崎さんのお見舞いしっかり頼むぞ」

「任せろ、シュークリームで引き受けた分はしっかりやるぞ」


 英二からシュークリームを貰うとサンレイが満面の笑みでニカッと笑った。


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