第61話
英二たちが教室へと戻ると中年男を連れたサンレイが待っていた。
教室には女子が数人残っていて駄弁っていたがサンレイが連れてきた中年男を見て怪訝な顔をしている。
「みんな心配しないでこの人はサンレイちゃんの知り合いなのよ」
委員長が言うと女子たちの顔から不安が消えた。
「みんな悪いけど今日は帰ってくれないかい? 教室を使いたいんだ。お詫びに明日ファミレスで使える食事券でも持ってくるよ」
イケメンの宗哉の頼みとファミレスの食事券に釣られた女子たちが快く教室を出て行ってくれた。
「流石宗哉だな」
「だな、俺たちじゃ文句言われてお仕舞いだぜ」
「あははははっ、お前らと宗哉じゃ比べものになるかよ」
ぼやく英二と秀輝を見て小乃子が大笑いだ。
ガルルンが英二と秀輝を見つめる。
「ガル知ってるがお、カメとスッポンって言うがお」
後ろにいた晴美が笑いながらガルルンの肩に手を置いた。
「間違ってるよガルちゃん、カメとスッポンじゃ似たもの同士になっちゃうよ、カメじゃなくて月とスッポンって言うんだよ、高野くんと宗哉くんじゃ比べものにならないくらいに違うって意味だよ」
言った後にしまったと言う顔をした。
晴美は宗哉のことが好きなので思わず言ってしまったのだろう、
「ごっ……ごめんなさい」
晴美が慌てて下げた頭をサンレイがポンポン叩く、
「謝らなくていいぞ、晴美ちゃんの言う通りだぞ、秀輝はともかく英二はダメダメだからな、スッポンどころか害獣の緑亀だぞ」
「へいへい、どうせ俺はダメダメですよ」
サンレイに言うと英二が晴美に向き直る。
「篠崎さん、謝らなくていいよ、宗哉に敵わないのは自覚してるからな」
笑いながら言う英二を見て晴美が安心顔で微笑み返した。
サンレイに『ともかく』扱いされた秀輝はもちろん怒っていない。
爽やかに微笑みながら宗哉が口を開く、
「それでどうするんだい? その前に人面瘡が見たいな」
「そだな、おっさんにもう一回だけチャンスをやるぞ」
人面瘡が操っている中年男にサンレイが向き直る。
「ズボン脱ぐんだぞ、おっさんが言うこと利かなかったら人面瘡を分離するからな」
「ぶっ分離ですか……そんな事をしたら私は死んでしまいます」
人面瘡が操る中年男が顔を顰める。
「心配無いぞ、神であるおらに任せろ、一番良い方法で解決してやるぞ」
悪い顔で笑うサンレイを見て英二たちが引く中、中年男がズボンを脱いだ。
「おお……凄い、人面瘡だ……本で読んだのと同じだね」
正面で観察するように見ている宗哉の後ろで委員長と晴美が顔を顰める。
人面瘡が悪い妖怪ではなく同じ女として同情しているので口には出さないがキモいと思っている顔だ。
「んじゃ、始めるか、男を起こすから人面瘡は元に戻れ」
中年男が目を閉じると直ぐに右の太股に付いている人面瘡の目が開いた。
サンレイが中年男の額に手を当てる。
バチッと雷光が走って中年男が目を覚ます。
「なっ……ここは……またお前らか? 」
中年男が英二たちを見て状況を理解した様子だ。
「人面瘡のやつめ…… 」
顰めっ面でぼやく中年男の前に秀輝が立つ、
「おい、おっさん、お前約束破って人面瘡に酷い事したらしいな」
凄む秀輝に臆しながらも中年男が言い返す。
「それがどうした? お前らに脅されてした約束なんて無効だろが! だいたい俺が自分の体に何をしようと勝手だろうが、文句あるなら警察を呼べよ」
「ガルが代るがお」
秀輝の後ろから現われたガルルンを見て中年男がスマホを取り出す。
「俺に近寄るな! 警察を呼ぶぞ」
中年男がスマホを操作する前にガルルンの手が飛んできた。
「うわぁっ! 」
「これでお巡りさん呼べないがう」
一瞬の早業でスマホを奪い取るとバキッと握り潰した。
「なっ……俺のスマホを……何しやがる! 」
キレた男がガルルンに殴り掛かろうとするが逆に殴り返されて床に転がった。
「ガルに喧嘩売って只で済むと思うながお」
「一寸待てガルルン、お預けだぞ」
凄むガルルンをサンレイが止めた。
「ガルを犬扱いするながお」
文句を言うガルルンを退けてサンレイが中年男の前に出る。
「反省が一切無いな、お前処置無しだぞ、謝ってまた約束したら許してやろうと思ってたけど処分することに決めたぞ」
「なっ……何をする気だ? 処分だと、俺に何かしてみろ直ぐに警察に駆け込んでお前ら全員逮捕だからな」
臆しながらも警察と言う名を持ち出せばサンレイたちが何も出来ないだろうと中年男が強気に出た。
中年男の前にサンレイが右手を突き出す。
「好きにしろよ、警察でも何でも行くといいぞ、行けたらいいな」
サンレイの手からバチッと火花を散らして雷光が男の頭に走った。
「がっ…… 」
中年男が白目を剥いて倒れ込む、
「殺したのか? 」
思わず訊いた英二にサンレイがニヤッと笑いながら口を開く、
「殺してないぞ、気絶してんだぞ、バカ男を楽に死なせないぞ、じっくり反省させてやるからな」
サンレイがガルルンに振り向く、
「ガルルン、人面瘡を切り離してくれ、血が出ないように焼き切るんだぞ、そんで妖力を込めて人面瘡が死なないように持ってるんだぞ」
「わかったがお、教室が汚れないように血が出ないように焼き切るがお」
ガルルンが右手の爪を伸ばした。
「焔爪! 」
伸ばした爪に青い炎を灯らせると中年男の右太股から人面瘡をスッとスライスするように切り取った。
切り口が黒く焼けているので血は殆ど出ていない。
「うわぁ~、痛そう」
後ろで見ていた小乃子が思わず呟いた。
「人面瘡は大丈夫なの? 」
委員長が訊くとガルルンが手に乗せている人面瘡を見せた。
「はい、私は大丈夫です。何か力が湧いてくるようです」
ガルルンの手の上で人面瘡が笑みを浮かべている。
「がふふん、心配無いがお、ガルの妖力をあげてるがう、何の力も無いおっさんより気持ち良いに決まってるがお」
自慢気に鼻を鳴らすガルルンを見て委員長だけでなく英二たちもなるほどと言った顔だ。
「んじゃ始めるぞ」
サンレイが鞄から小石を数個取り出した。
「サンレイちゃん何するの? それ受験の御守りの石でしょ」
小石を見て晴美が不思議そうに訊いた。
「そだぞ、いつもお菓子をくれる3年の先輩に配った残りだぞ」
サンレイが気絶している男の周りに小石を並べていく、
「受験の御守りで何をするんだ? 」
怪訝な顔の英二を見てサンレイがニヤッと悪い顔で笑う、
「この小石には集中力を増す霊力を込めてるんだぞ、だから勉強に使うと効果出るぞ、そんでこれを逆に使えば集中力を無くすことが出来る。それにおらの術を加えると集中力だけでなく気そのものを抜くことが出来るぞ、簡単に言えば魂を抜くことが出来るんだぞ」
「魂って……何をするつもりだ? 」
険しい顔で訊く英二を悪い顔で見つめたままサンレイが続ける。
「入れ替えてやるぞ、おっさんと人面瘡を入れ替えるんだぞ、おっさんが人面瘡になって人面瘡が人間になるんだぞ」
「ちょっ、入れ替えるって…… 」
止めようと伸ばす英二の手をサンレイが叩き落とす。
「この男の先祖によって人面瘡になるくらいに恨んだんだぞ、この男もクズだぞ、だから神罰を与えるぞ、せっかくチャンスを与えてやったのにおらとの約束を破ったんだぞ」
「だからって…… 」
「他に方法は無いぞ、人面瘡もガルルンの妖力で生きてるだけだぞ、ガルルンが手を離したら直ぐに死ぬぞ、それにこの男に罰を与えないとおらの気が済まないぞ、それとも英二は人面瘡よりもおっさんの味方をするのか? 」
サンレイに睨まれて英二が黙り込む、その後ろから小乃子がヒョイッと顔を出す。
「自業自得だよ、こういうタイプは絶対に反省なんてしないよ、やっちゃえサンレイ」
「小乃子に言われなくてもやるぞ、止めても無駄だぞ英二」
「おっさんは死ぬんじゃないよな、なら止めないよ」
何とも言えない顔をして英二がこたえた。
秀輝や宗哉に委員長と晴美も異存は無い様子だ。それどころか興味津々な顔をしている。
「んじゃ始めるぞ」
サンレイが両手を伸ばす。
「絞雷、玉縛り」
バチッと両手から電気が走って中年男の周りに置いてある小石が青く光り出す。
青い光が中年男の体を包み込むとサンレイがガルルンに振り向いた。
「ガルルン今だぞ、人面瘡をおっさんの顔に被せろ」
「わかったがお」
ガルルンが手に持った人面瘡を中年男の顔に貼り付けるように置いた。
「英二、お前の霊力を貰うぞ、おらの肩に両手を置くんだぞ」
「わかった。これでいいか? 」
英二が後ろからサンレイの肩を両手で掴んだ。
「気を集中しろ、爆発させる時みたいに手に集中するんだぞ、最大爆破の要領で両手に力を溜めるんだぞ」
「わかった」
英二が目を閉じた。
全ての気を両手に込める。
「んじゃ、おらの術と英二の霊力で魂を入れ替えるぞ」
サンレイの体がバチバチと雷光をあげて光り輝く、眩しい光が中年男を包み込む、
「なんだ。眩しすぎるぜ」
秀輝たちが思わず顔を逸らす。
暫くして光が収まる。
「なっ!? マジかよ…… 」
秀輝が絶句する。秀輝だけじゃない、宗哉も委員長も小乃子も晴美も驚きを通り越した驚愕した表情だ。
只1人英二は気が抜けたようにぼーっとしていた。
驚くのも無理はない、中年男ではなくて若い女が横たわっていた。
「入れ替えるって身体ごとなの? 」
困惑顔の委員長がサンレイを見つめた。
「そだぞ、英二の霊力を使って身体ごと作り替えたぞ、人面瘡は女だろ、魂だけ入れ替えて汚いおっさんの姿だったらかわいそうだぞ、だから英二には悪いが霊力たっぷり貰ったぞ、なぁ英二ぃ~~ 」
ニッコリ笑顔のサンレイの後ろで英二が疲れた顔をして口を開く、
「あははは……それでか、立ってるのも疲れるくらいに怠いよ」
近くの椅子に座り込む英二を一瞥すると小乃子が倒れている女に向き直る。
「それでおっさんはどうなったんだ? この女の人が人面瘡なんだろ」
英二も心配だが今は人面瘡が気になって仕方が無い様子だ。
「おっさんなら左の足首にいるがお」
ガルルンが指差す先、女の左足首に小さな顔が付いていた。
人面瘡であった妖怪の女と入れ替わりに人間だった男が人面瘡になって左足首に付いているのだ。
「うわっキモ! 」
大きな声で言う小乃子の後ろから委員長が覗き込む、
「うわぁ~、マジでキモいね、おっさんの顔が小さくなって引っ付いてるよ」
「女の人面瘡さんも怖かったけどおっさんのはカエルと人間が混じったような感じで本当にキモいね」
中年男の余りの仕打ちに怒っているのか晴美も遠慮が無い。
秀輝が人面瘡だった女に見惚れて口を開く、
「それに引き換え……美人だぜ」
「あたしも吃驚だ。人面瘡ってのが信じられないくらいに綺麗だな」
相槌を打つ小乃子の後ろで委員長が改めて横たわる若い女を見つめた。
「目鼻は整っていたからね、でもこれほど綺麗になるとは思ってなかったわよ」
人面瘡だった女は小乃子や委員長が認めるほどの美女になっていた。
「んじゃ起こすぞ」
横たわっている女の額にサンレイが手を当てる。
バチッと雷光が走って女が目を覚ました。
「ここは……私……私の体が! 」
人面瘡だった女が自身を見回してバッとサンレイを見つめる。
「私が人間になってる? 男じゃなくて女の体で……私が………… 」
混乱している人面瘡を見てサンレイがニッと笑った。
「そだぞ、お前はもう人面瘡じゃないぞ、人間だぞ、男とお前を入れ替えたぞ」
サンレイが女の左足首に付いている小さな人面瘡を指差した。
「約束を破ったから罰を与えたぞ、お前は男と入れ替わって人間として生きるといいぞ、お前の恨みを晴らしてやったぞ」
「私が人間に……この体を貰ってもいいのですか? 」
「いいぞ、男には神であるおらが神罰を与えたんだぞ、その体はもうお前のものだぞ」
「私の……人間としてやり直せるのね、ありがとうございます神様」
嬉しそうに涙を流しながら人面瘡だった女が頭を下げた。
ガルルンが女の左足首を指差す。
「おっさんが目を覚ましたがお」
後ろの椅子に座って休んでいる英二以外の全員が注目する。
「なっ、なんだ……俺はどうなってんだ? お前ら何でそんなに大きいんだ? 」
女の足首に付いた小さな顔が必死に辺りを見回している。
「お前は人面瘡になったんだぞ、おらとの約束を破ったからな、人面瘡を苛めたからお前を人面瘡にしてやったぞ」
ニヤッと悪い笑みをするサンレイの前で人面瘡になった男が焦りまくっている。
「俺が人面瘡に? どういう事だ? 何で自由に動けない、俺はどうなってんだ? 」
小乃子が鞄から手鏡を出して男を映して見せた。
「おっさんが人面瘡になってお前の太股に付いていた人面瘡さんが人間になったんだ。入れ替わったんだよ、せっかく忠告してやったのに約束破ったおっさんが悪いんだぜ」
小乃子の言葉でようやく理解した男が喚き出す。
「入れ替わった? 俺が人面瘡に……助けてくれ、もう二度と人面瘡を殴ったりしない、もちろんエロいこともしない、だから助けてくれ、お願いだ約束する」
サンレイがじろっと人面瘡になった男を睨む、
「ダメだぞ、お前にはチャンスをやったぞ」
「心の腐ったヤツの言葉など聞けないがお、それに二度も入れ替える霊力は今の英二には無いがう、そのまま人面瘡として生きるがお」
基本的に優しいガルルンも容赦無しだ。
「そっ、そんなぁ~、助けてくれ……何でもするから頼む…… 」
泣きわめく人面瘡にサンレイが電撃を喰らわす。
「黙ってろ、おらは二度もチャンスをやったぞ、おらやガルルンが人間じゃないのを知ってて約束破ったぞ、そんな奴にかける情けはないぞ」
電撃を受けて男の人面瘡が気を失った。
「わっ、私は……私はどうすれば…… 」
不安気に見つめる人面瘡だった女にサンレイがニッと優しい笑みを向ける。
「お前は人間として生きろ、そだな、おっさんの人面瘡は切り取ってやるぞ、こんな人面瘡が付いてたら普通に生活できないからな」
「ガルに任せるがお、火傷痕が少し残るかも知れないがう、出来るだけ綺麗に切り取ってやるがお」
ガルルンが爪に青い炎を灯した。
「焔爪! 」
さっと撫でるように足首から男の人面瘡を切り取った。
火傷しているがレーザーメスを使ったような綺麗な切り口だ。
男の時と違いガルルンが慎重に切り取ってくれたのだ。
「流石ガルちゃん綺麗なもんだぜ」
秀輝が感心するように言うとガルルンが鼻を鳴らす。
「がふふん、綺麗に切れたがお、ガルはできる女がお」
切り取った男人面瘡を右手の上に乗せながらガルルンが自慢気だ。
手の上の人面瘡を小乃子が指差す。
「おっさんの人面瘡はどうするんだ? 」
「ガルちゃんの妖力がないと生きられないんでしょ? 」
委員長にも訊かれてガルルンが首を傾げる。
「そうがお、おっさんはどうするがう? 」
悪い顔をしたサンレイが口を開く、
「そだな、ガルルンのペットにしたらいいぞ、ちゃんと面倒見るんだぞ」
「がわわ~~ん、こんなキモいのガルいらないがお、ゴミ箱に捨てるがお」
厭そうな顔で言うガルルンを見て後ろで休んでいた英二が立ち上がる。
「ちょっ、いくらクズ男でも殺すのは止めようよ」
サンレイが振り返って英二を見つめる。
「そだな、英二に免じて命だけは勘弁してやるぞ」
「それでどうするんだ? 」
興味津々で訊く小乃子の前でサンレイが少し考えてから続ける。
「校庭にある木にでも引っ付けるぞ」
窓の外を指差すサンレイに委員長が顔を顰める。
「あの木に付けるの? 木に人面瘡が付くの? キモくて騒ぎになるわよ」
「大丈夫だぞ、このおっさんは霊力の欠片も持ってないぞ、だから2週間もしない間に木に吸収されるぞ、意識も無くなって木と同化するんだぞ」
委員長が納得したように頷く、
「木と同化か……木になるって事ね」
「そだぞ、先祖が楠の恨みを買って人面瘡に憑かれたんだ。おっさんが木になれば木の気持ちが分かるぞ、これで楠の恨みも晴れるぞ」
にぱっと笑いながらサンレイが人面瘡だった女を見つめた。
「ありがとうございます……私の中の恨みが消えました。この恩は忘れません」
ガルルンが女の手を引っ張る。
「これからどうするがお? 人間に生まれ変わったっていっても世間知らずな女が生きていけるほど甘くないがお」
「それは…… 」
悩む女の胸をサンレイが正面から両手で持ち上げる。
「おおぅ、巨乳だぞ、委員長くらいあるぞ」
恩あるサンレイに対して何も出来ないのか女は真っ赤な顔で俯くだけだ。
「そんなもの比べないの」
委員長がポンッとサンレイの頭を叩く、もちろん本気で怒ってはいない。
「大丈夫だぞ、ナイスバディの美人だからな、金持ちを捕まえて玉の輿に乗ればいいぞ、それがダメなら霊能者にでもなって男騙して稼げばいいぞ、元が妖怪だからそこらの霊能者より霊力あるぞ、美女霊能者だぞ」
悪い顔で言うサンレイを見て英二が弱り顔で口を開く、
「サンレイって考え方がゲスだよね」
同意するように頷くと委員長が続ける。
「でも本当にどうするの? 戸籍が無いとまともな仕事も出来ないわよ」
今まで黙って様子を伺っていた宗哉が入ってくる。
「僕に任せてくれないか? 」
「何か考えがあるみたいだな」
英二が振り向くと宗哉がいつもの爽やかスマイルで話を始める。
「戸籍は何とかなるよ、佐伯重工は各方面に融通が利くからね、少し非合法になるけど戸籍くらい用意できるよ、それと仕事も用意するよ」
サンレイが宗哉の手を引っ張る。
「仕事? 何すんだ? 美人だからって妾にでもすんのか? 」
「宗哉がそんな事するわけないだろ、サンレイって本当にゲス思考だよね」
英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張った。
「でひゅひゅひゅひゅっ、止めろよ、ほっぺ伸びるだろ」
嬉しそうに体を捩るサンレイを横目に秀輝が宗哉に向き直る。
「それで人面瘡さんに何させるんだ? 」
「超心理学研究所に勤めてもらう、佐伯重工ではまだ心の研究は続けてるんだよ」
「何だと!! お前まだ懲りてないのかよ! 」
秀輝が宗哉を怒鳴りつけた。
「違うんだ!! もう霊たちを苦しめるような事はしていないよ、父も懲りて人工知能に霊を使うのは止めたよ、研究が悪用されないように知識が余所へ漏れないように規模を十分の一ほどに縮小して人の役に立ちそうな心の研究を続けているんだ」
マジ顔で言い返す宗哉を見て英二と委員長が秀輝を宥める。
「止めろよ秀輝、今の宗哉がそんな事するヤツじゃないのはお前も分かってるだろ」
「そうよね、サンレイちゃんを人工知能に使おうとしたことも悪いことをするためじゃないからね、結果的に残念なことになったけど、態とじゃないから……今の佐伯くんは信じられる仲間でしょ」
「そんな事分かってる……研究を続けてるって聞いたから怒っただけだ」
そっぽを向く秀輝をちらっと見た後で宗哉が英二と委員長に頭を下げる。
「英二くん、委員長も、信じてくれてありがとう」
直ぐに頭を上げると秀輝に向き直って続ける。
「あの研究に関わった中心人物たちを外へ出すわけにはいかないからね、手の届かない所で霊たちを使う研究を続けられたらそれこそ大変なことになる。だから研究自体は僕の管轄に入れている。それを人面瘡さんにも手伝って欲しいんだ。そこで人間の生活を学ぶといい、その先は自由にすればいいよ」
サンレイが人面瘡から転生した若い女を見つめる。
「流石宗哉だぞ、人面瘡いいな、宗哉に任せれば安心だぞ」
「はい、サンレイ様には何から何までお世話になって御礼の言いようもありません」
女の安心した顔を見てサンレイが頷く、
「困ったことがあれば何時でも相談に乗るぞ、宗哉のとこなら何時でも会えるぞ」
ガルルンが女の背をポンポン叩く、
「悪さはするながお、お前を倒すなんて嫌がお」
「そのようなことは致しません、過去の恨みは一切忘れて人間として生きていきます。本当にありがとうございました」
女が深く頭を下げた。
サンレイが猫の絵の付いた鞄を持つ、
「んじゃ、帰るぞ」
「帰る前にどうにかするがお、ガルはいつまで汚いおっさんを持ってればいいがお」
ガルルンが右手に乗せている男の人面瘡を厭そうにサンレイに見せる。
「おぅ、忘れてたぞ、んじゃ校庭の木に引っ付けに行くぞ」
サンレイを先頭に教室を出て行った。
校舎裏の空き地に3本並んで生えている真ん中の木にガルルンが男の人面瘡を付けた。
「手を洗ってくるがお」
余程厭だったのだろうガルルンが凄い速さで走って消えた。
「このままじゃ同化しないで死ぬからな、おらの霊力を少しだけ入れてやるぞ」
サンレイが手を伸ばしてバチッと雷光を走らせた。
英二たちが見守る中、木に張り付いた男人面瘡が木と同化していく、軟らかい肉の出来物が木の瘤みたいになっている。
木の瘤となった男が目を開いた。
「あぁ……何だ? 俺は生きているのか? ここは何処だ? 」
「学校に生えてる木だぞ、お前は木になったんだぞ、これから木として生きていけ、5日もすれば意識も無くなるぞ、何も考えなくてもいいからバカのお前にピッタリだぞ」
もう怒りは無いのかサンレイの声が優しい。
「俺が木に……厭だ。助けてくれ、俺を元に戻してくれ、木なんて厭だ」
「もう無理だぞ、英二の霊力は使い切ったからな、3日間は何も出来ないぞ、その頃にはお前は喋る事も出来なくなってるぞ」
耳を近付けないと聞こえないようなか細い声で懇願する木の瘤になった男をサンレイがペシッと叩いた。
手を洗いに行ったガルルンが戻ってきた。
「妖怪の恐ろしさがわかったがお、ガルが山犬姿を見せた時に心から反省したら人面瘡を離してお前が普通の男に戻る事も出来たがう、けどお前は自分の事しか考えなかったがお、人面瘡は恨みから生じる妖怪がう、相手の事を少しでも考えてやればこんな事にならなかったがお」
人面瘡から転生した女が木の正面に立つ、
「貴男の先祖がした事も貴男が私にした事もこれで全部忘れてあげます。私を恨むなら恨んでもいいですよ、私の苦しみが分かるでしょうから……この体は大切に使わせてもらいますから安心してください」
「助けてくれぇ~~、もうしない、約束する……俺の体を返してくれぇ~~ 」
樹液のような涙を流す瘤になった男に英二が言い放つ、
「自業自得だな、あんたを反面教師にして忘れないようにするよ」
「んじゃ、帰るぞ」
サンレイを先頭に歩き出す。
6メートルも離れたら男の声は聞こえなくなった。
休み時間でも滅多に人が来ない校舎裏だ。たとえ見つかったとしてもお化け騒ぎが少し起るくらいで直ぐに噂も消えるだろう。