第60話
英二と秀輝が笑いながら顔を見合わせる。
「これだけ脅せばもうしないよな」
「だな、もしまたしたら次はマジでボコってやるぜ」
秀輝の腕をサンレイが引っ張る。
「次は無いぞ、もし約束破ったら今度はおらが罰を与えるぞ、神との約束を破るんだぞ、只で済まないぞ」
秀輝だけでなく英二も見るとサンレイが見たこともないような悪い顔でニタリと笑っていた。
「神罰って事だな、流石に小便漏らすくらいビビらせたら大丈夫だぜ」
苦笑いする秀輝の隣で英二が話題を逸らすように口を開く、
「他の妖怪は適当なのに人面瘡の事はよく知ってたな」
感心する英二をサンレイが笑顔で見上げる。
「だってだって面白いぞ、イボが話すんだぞ、こんな変な妖怪一度見たら忘れないぞ」
小乃子がサンレイの頭をポンポン叩いた。
「サンレイはこういうキモいのは好きだよな、寄生虫も大好きだからな」
「おおぅ、そうだぞ、寄生虫と同じだぞ、格好良いから好きだぞ」
声を大きくするサンレイを見て英二が弱り切った顔で続ける。
「寄生虫は格好良くないからな、気持悪いからな、サンレイは感覚が少しズレてるよね」
元の少女姿に戻ったガルルンがニカッと笑いながら英二の手を引っ張る。
「変なのはガルも好きがお、面白いがう」
「ガルちゃんまで面白がって…… 」
弱り顔の英二の後ろから委員長と晴美がやって来てガルルンを囲んだ。
委員長が確かめるようにガルルンの頭や手足を触る。
「でも凄かったわね、ガルちゃん変身も出来るのね」
「マジで凄かったよな、戦闘モードって感じだったよな」
感心する小乃子の横で晴美がうんうん頷いた。
「本当だよ、ガルちゃん凄いよ」
晴美が後ろからガルルンの犬耳を両手で摘まむ、
「犬みたいになれるんだね、さっきのガルちゃん格好良かったよ」
耳を揉み揉み触られて気持ち良さそうにしたガルルンが鼻を鳴らす。
「がふふん、ガルはできる女がお、さっきのは山犬モードがお、他に狼モードも出来るがお、狼モードなら今のちびっ子サンレイになら負けないがお」
サンレイがバッと振り返る。
「んだと、狼だろうがライオンだろうがガルルンがおらに勝てるわけないぞ」
怒るサンレイを見て晴美がガルルンの耳から手を離した。
ガルルンがサンレイの前でニヘッとバカにするように笑い出す。
「がふふふふっ、ガルを昔のガルだと思ったら大間違いがお、全国のカブト虫を食べながらガルは修業をしてたがう、今のガルは昔の何倍も強くなってるがお」
「にゃひひひひっ、いくら強くなっても所詮はバカ犬だぞ」
悪い顔で笑い返すサンレイの正面にガルルンが近付いていく、
「がふふっ、サンレイは昔より弱くなってるがお」
「んだと! そんなに言うならやってやんぞ」
睨み合う2人の間に英二が割って入る。
「喧嘩はダメだ。2人が強いのはここにいるみんなが知ってるからさ」
「それよりカラオケどうするんだ? 」
サンレイとガルルンを止めようとしている英二に秀輝が訊いた。
いがみ合っていたサンレイとガルルンが同時に振り向く、
「もちろん行くぞ、おら5曲は歌うぞ」
「ガルも晴美とカラオケしたいがお」
一瞬で喧嘩を止めた2人を見て小乃子が伸びをするようにしながら口を開く、
「そうだな、ムカついたから思いっ切り歌おうぜ」
「だな、パ~っと騒ごうぜ」
賛成する秀輝の横で晴美が浮かない表情だ。
「でもちょっと遅くなったね…… 」
サンレイが晴美の手を引っ張る。
「心配無いぞ、晴美ちゃんはおらが電光石火で送ってやるぞ、晴美ちゃんの家までならこの辺りからなら3分掛からないぞ」
初詣が終わった後に各家に宗哉が車で送ってくれたので晴美の家の場所は知っている。
サンレイの瞬間移動は英二の気配を感じたり行ったことのある場所なら遠くでも行くことが出来るのだ。
スマホで時間を確認してから晴美が微笑んだ。
「うん、サンレイちゃんが送ってくれるなら6時半までオッケーだよ」
「今4時40分がお、カラオケに5時について……1時間半晴美ちゃんと遊べるがお」
ガルルンが指を折って計算すると晴美を見てニッコリ笑った。
「うん、ガルちゃん、一緒に歌おうね」
「デュエットがお、晴美と歌うがお」
ガルルンが晴美と手を繋いで歩き出す。
小乃子と委員長が顔を見合わせる。
「仲良いよな、あの2人」
「篠崎さん優しいからね」
サンレイが振り返ると英二に猫の絵の付いた鞄を渡す。
「鞄持ってろ、おらは委員長と小乃子と行くからな」
サンレイが小乃子と委員長の間に入って手を結ぶ、
「晴美ちゃん犬飼ってるからな、だから駄犬のガルルンも好きなんだぞ、おらは委員長と小乃子と手を結ぶぞ、2人だからおらの勝ちだぞ」
晴美とガルルンの仲の良いのを見て焼き餅を焼いていると分かった委員長と小乃子は優しく微笑むと並んで歩き出す。
サンレイがくるっと頭だけ回して振り向いた。
「英二は直ぐに歌えるように先に行って部屋確保すんだぞ、秀輝は女子の護衛だぞ」
「なんで俺が……わかったよ」
サンレイの鞄を秀輝に持たせると英二が全力で走っていった。
「んじゃ、カラオケだぞ」
元気に歩き出すサンレイたちの後ろを護衛を任された秀輝が満面の笑みで付いていった。
翌日、昼休みに人面瘡の話しを宗哉に聞かせた。
宗哉が拗ねるとダメなので人面瘡の話しはしないことに決めたのだがカラオケのことを訊かれたサンレイとガルルンが口を滑らせて話してしまったのだ。
「人面瘡か……僕も見たかったな、呼んでくれればよかったのに…… 」
弁当を食べ終わった宗哉が英二をじっと見つめる。
「用事あるからってカラオケも断ってただろ、だからさ、俺が狙われたわけでもないし直ぐに終わったからさ」
弱り顔の英二に秀輝が助け船を出す。
「お前を呼ぶほどの事じゃないってことだぜ、人面瘡を見たかったってのはわかるけどな」
そこへガルルンが食べ終わった弁当箱を宗哉に返しに来た。
宗哉がサンレイの分まで豪華な弁当を毎日作って持ってきてくれるのだ。
「宗哉、美味しかったがお、ご馳走様がお」
ガルルンが傍にいるサーシャに空の弁当箱を手渡した。
「残さず綺麗に食べてるデス」
持っただけで分かるらしくサーシャがニコッと微笑んだ。
「サンレイ様の嫌いなトマトは小娘どもが食べたのですね」
サーシャの隣でララミが訊くとガルルンがムッとした顔でこたえる。
「サンレイは絶対食べないがお、ミニトマトはガルと晴美といいんちゅで食べたがう、トマト食べないからいつまでも小さいがお」
「ガルちゃんやサンレイちゃんに食べて貰って僕も嬉しいよ」
爽やかに返す宗哉を見てガルルンがニッと笑う、
「美味しかったがお、人面瘡がまた来たらガルが絶対に教えてやるがお」
可愛い笑みで言うとガルルンがサンレイたちの元へと戻っていった。
耳の良いガルルンに宗哉の嘆きが聞こえたのだろう。
「ガルちゃん……仕方ないなぁ」
宗哉が英二たちに向き直る。
「今回は運が悪かったと諦めるよ、でも見たかったなぁ~ 」
「あはははっ、ごめん、次何かあったら一応連絡だけはするようにするからさ」
誤魔化すように笑うと英二が謝った。
「うん、そうしてくれ、次から誘ってくれるなら今回は納得するよ」
機嫌を直した宗哉を見て英二は一安心だ。
授業が終わり帰路につく、校門で送迎の車に乗った宗哉と別れて歩き出そうとした英二たちをガルルンが止める。
「人面瘡の匂いがお」
鼻をヒクヒクさせてガルルンが指差した。
「向こうがお、ふらついて歩いてくる茶色のジャンパーがお」
100メートル以上先から歩いてくる人影が見えた。
サンレイがガルルンの横に立つ、
「ガルルン、昨日の人面瘡か? ここからじゃ妖気小さくておら分からないぞ」
「そうがお、この匂い間違いないがお、ムカつくおっさんの匂いがお」
ガルルンが何か思い出したように振り返る。
「宗哉に教えるがお、ガルが呼んでくるがお」
言うか早いかガルルンが走り出す。
電光石火のサンレイほどではないが物凄く速い、バイクや車並みのスピードだ。
英二が止める暇も無くガルルンの姿は見えなくなった。
学校から300メートル程離れた信号で宗哉を乗せた高級外車が止まっていた。
信号が青に変わって走り出そうとしたその時、
「うわぁっ!! 」
運転手が驚いて車を止める。
ボンネットの上に何かが落ちてきたのだ。
幸いなことに後続車も無く、信号も変わったばかりなのでスピードも出てなく事故などは起きなかった。
「ガルルンさんです」
何事かと顔を顰める宗哉にララミが教える。
「ガルちゃんが? 」
宗哉が言うと同時に窓ガラスがコンコン鳴った。
「ガルちゃん…… 」
何かあったのかと窓を開けるとガルルンが車内に首を突っ込んできた。
「人面瘡がお、宗哉、人面瘡がまた来たがお」
「人面瘡が、本当かい? 」
「本当がお、また来たら宗哉に教えるって約束がお」
「ガルちゃん……ありがとう」
宗哉の顔に笑みが広がる。
「悪いが先に帰ってくれ、僕は用事が出来た。後で電話するからまた迎えに来てくれ」
運転手に告げると宗哉が慌てて車から降りて行く、もちろんメイロイドのサーシャとララミも一緒だ。
宗哉とガルルンが追い付くと英二たちは人面瘡が操る中年男と何やら話している最中だった。
「その人が人面瘡かい? 」
「そだぞ、このバカ男に取り憑いてるんだぞ、先祖の恨みで出来た人面瘡だぞ、先祖も先祖なら子孫も子孫だぞ、大バカの家系だぞ」
怪訝な顔で訊く宗哉にこたえるサンレイの顔が怒っていた。
「それで今日は何しに来たんだい? 」
「男がまた殴ったってさ…… 」
宗哉に英二が説明する。
あれだけ約束したにも拘わらず中年男は約束を破って人面瘡の女に厭らしいことを強要して断ると暴力を振るったのである。
それだけではない、また助けを求めても絶対に止めない、次に何かあれば警察に行って英二たちを訴えるとまで言ったらしい。
「話は分かった。それでどうするんだい? 人面瘡は足に付いているんだろう」
宗哉が好奇心旺盛な目で中年男を見つめた。
サンレイが宗哉を見上げる。
「んじゃ、場所代えるぞ、宗哉見たがってたからな、ここでズボン脱いだら通報されるぞ」
「場所代えるって何処行くんだ」
英二が訊くとサンレイがニッと笑う、
「教室だぞ、誰か残ってたら追い出してそこで人面瘡を助けてやるぞ」
人面瘡が操っている中年男の腕を掴んでサンレイがバチッと雷光をあげて消えた。
「電光石火で運んだがお、ガルたちも行くがお」
ガルルンに言われるまでもなく英二たちは教室へと急いだ。