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第59話

 路地を抜けて公園に入る。

 真冬の夕方4時過ぎなので人影はまばらだ。


 公園の隅、植樹されている木々の間で男が止まった。


「私の正体は見た方が早いでしょう」


 人気の無い場所で男が行き成りズボンを脱ぎ始める。


「なっ、何する気だ!! 」


 驚く英二の後ろで秀輝が男を睨み付ける。


「マジでヘンタイかよ」


 英二の右でサンレイが嬉しそうに声を出す。


「おおぅ、ストリップだぞ」

「おっさんの裸見ても嬉しくないがお」


 顔を顰めるガルルンの後ろに晴美が隠れる。


「きゃぁあぁ~~、ヘンタイだよ」


 英二の横で小乃子が楽しそうに呟く、


「露出狂ってヤツか? 」

「汚いもの見せないでよね」


 委員長が汚物を見るように顔を顰めた。


「ちっ、違うんです」


 男が女口調で慌てて続ける。


「見てもらいたいのは裸じゃなくて太股です」

「太股? 太股に何かあるのか? 」


 英二が訊くと男が頷いてズボンを下げて太股を見せた。


「うわぁ~~っ!! 」


 正面で見ていた英二が仰け反るように悲鳴を上げた。


 男の右の太股に人の顔が付いていた。

 一回り小さいが普通の人間と同じように目鼻に口がある。

 髪の毛は無いが顔の輪郭からどうやら女らしいのが分かる。


「なっ、何だそれ! 」


 直ぐ後ろで見ていた小乃子も大声だ。


「ひぃぃ……キモい……顔が……キモ…… 」


 委員長がサンレイの肩を掴んで隠れるように後ろから覗く、晴美は言葉も無くガルルンの背にしがみついている。


「ヤバいぜ、マジで妖怪かよ」


 英二の横で秀輝が顔を顰めた。


「成る程な」


 サンレイが頷いた。どうやら知っている様子だ。

 数歩引いていた英二がサンレイを見つめる。


「知ってるのか? 何の妖怪だ? 」


 ドン引きしている英二たちをサンレイが見回す。


「人面瘡だぞ、人に取り憑く妖怪だぞ」

「見るのは初めてがお、ガルも知ってるがう、出来物の妖怪がお、弱い妖力を持つ石とか植物が取り憑いたりして出来る妖怪がお」


 ガルルンも知っている様子だ。


「おらは3回見たことあるぞ、力の無い妖怪未満のヤツが恨みを重ねて取り憑いて妖怪になるんだぞ、かわいそうな妖怪だってハチマルも言ってたぞ」


 相手が変なヤツだと分かったサンレイは始終楽しそうだ。


「かわいそうな妖怪か…… 」


 英二が改めて男の右太股に出来た人面瘡を見つめる。

 立っていた男がその場に崩れる。


「おい、どうした? 大丈夫か? 」


 男の脇にしゃがむと英二が声を掛けながら手を伸ばす。


「うわぁっ! 」


 人面瘡の閉じていた目が開くのを見て英二が後退る。


「一々驚くなよ」


 迷惑顔で言うとサンレイが続ける。


「男を操ってるだけで人面瘡が本体なんだから目が開いたり話したりして当然だぞ」

「そうです。その方の言う通りです」


 男の太股に付いている人面瘡が女の声を出した。

 先程まで目を開いていた男は眠ったようにぐったりとして動かない。


「男を操ってここまで来たがお、今は元に戻ったから男は眠ってるがお」


 ガルルンが眠っている男の頭をポンポン叩きながら説明してくれた。

 人面瘡が続ける。


「そうです。男の体を操ってここまでやって来ました。昨晩男が眠った時に体を乗っ取ってその後は起きないように3~4時間ごとに睡眠薬を飲んでここまでやって来ました」


 サンレイの後ろで委員長がわかったと言うように頷いた。


「成る程ね、男が起きてたら体を使えないのね、それで眠っている間に体を乗っ取ってその後は男が起きないように定期的に睡眠薬を飲んでいるってわけね」

「はい、その通りです。こうでもしないと自由に動くことはできませんから…… 」


 こたえる人面瘡を見て小乃子が顔を顰める。


「自由に動けないからって睡眠薬を続けて飲むなんてヤバいんじゃないのか? 」

「だな、体調崩すどころじゃないぞ、下手したら死んでるぜ」


 怖い顔で睨み付ける秀輝を英二が止める。


「一寸待てよ、人面瘡にも訳があるんだよ、助けてくれって言ってただろ」


 人面瘡が英二を見つめる。


「はい、その通りです。助けてください」


 訴えかけるように見つめる人面瘡の前にサンレイがしゃがむ、


「何があったんだ? 話してみろ、話し次第では助けてやるぞ」


 悲痛な表情をして人面瘡が話を始めた。


「皆さんの仰る通り私は人面瘡です。この男には恨みはありませんが男の先祖に恨みがある楠から生じた妖怪です。恨みを晴らすために呪って子孫であるこの男に人面瘡として出てきたのが私です」

「楠の精霊がお、恨みで人面瘡になったがう」


 同情したのかガルルンが呟いた。


「お前が出来た訳は分かったぞ、そんで助けてってのは何だ? 恨みのある人間に取り憑いて驚かしたり周りに聞こえるようにとんでもない事を喋ったりして普通に生活できないようにして仕返しするのが人面瘡だぞ、取り憑かれた人間が助けてって言うのは分かるぞ、取り憑いたお前が何で助けを求めんだ? 」


 サンレイが優しい声で訊くと人面瘡が一瞬躊躇ってから訳を話し始めた。


「この男を驚かし困らせて恨みを晴らそうとしたのですが……怖がったのは初めだけで私が何の力も持たないと知ると私を使ってエッチな事を……私の口に男が性器を……断ると殴りつけてくるので私は仕方なく……男は怖がるどころが私を慰み者にしたのです」


 泣きながら人面瘡が続ける。


「夜だけでなく朝でも昼でも……男は何度も私を……そんな時です。去年の年末に男が立ち寄ったこの町で貴方たちを見つけたのです。強い妖気と霊力を持つ貴方たちなら私を救ってくれると男が昼寝をした間に体を乗っ取って男の付き合いのある柄の悪い連中から睡眠薬を買って、やっとの思いで会いに来ました」


 泣き腫らした目を人面瘡が閉じる。

 同時に眠っていた男の目が開いた。


「どうかお助けください、男が変な真似をしないようにどうか私を助けてください」


 男の体を乗っ取って人面瘡が土下座をした。

 ガルルンとサンレイが顔を見合わせる。


「DVがお、家庭内じゃなくて体内内暴力がお」

「レイプと同じだぞ、人面瘡は男の体の一部だぞ、けど男のものじゃないぞ、精神は全く別の人面瘡という妖怪だからな」


 2人の後ろで聞いていた英二が口を開く、


「助けてやろうよ、サンレイならどうにか出来るんだろ? 」

「まぁな、おらはこれでも神様だからな」


 振り返ったサンレイの目に英二だけでなく秀輝や小乃子たちの同情する顔が映った。


「それでどうやるの? 私に出来ることは何でも言って頂戴」


 キモいと言っていた委員長が積極的だ。

 同じ女として男が許せないのだろう。


「神様…… 」


 土下座していた男が顔を上げる。


「そうだぜ、ちびっ子だけどサンレイは神様なんだぜ、だから大船に乗った気でいろよ」


 サンレイの肩を抱き寄せて小乃子が自慢気に言った。


「ちびっ子は余計だぞ、おらは元は山神で今はパソコンの神様だぞ、そんでそれなりに力あるから助けてやるぞ」

「ありがとうございます。神様とは知らずに失礼をお許しください」


 ペッタンコの胸を張るサンレイに男に乗り移った人面瘡が平伏した。


「私も出来ることは何でもするよ」


 ガルルンの後ろに隠れるようにしていた晴美も恐怖は無くなった様子である。


「晴美ちゃんは何もしなくていいぞ、おらとガルルンでどうにかするからな」


 とぼけ顔でこたえるサンレイの後ろから英二が頭をポンッと叩いた。


「それで何をするんだ? 人面瘡さんを引き剥がしたり出来ないのか? 」


 英二の隣で秀輝も賛成する。


「だな、引き剥がせないんだったら移動とかすればいいんじゃないか? 背中とかに移動させれば人面瘡に変な事出来ないぜ」

「引き剥がすのは最後の手段だぞ、恨みを持って出来たんだ引き剥がしたら人面瘡が負けだぞ、このまま恨みを晴らさせてやるぞ」


 サンレイがニヤッと意地悪に笑って続ける。


「ガルルン、この男を脅かしてやれ、二度と人面瘡にエッチな事や殴ったり出来ないように脅かすんだぞ、妖怪を嘗めるとどうなるかこのおっさんに教えてやるんだぞ」

「がふふふふっ、わかったがお、妖怪をバカにしたらどうなるか思い知らせてやるがお」


 悪い顔で笑ってこたえるガルルンを見て英二たちが苦笑いだ。

 サンレイが男の頭に片手を置いた。


「人面瘡は元に戻れ、今から男を起こすぞ、そんでガルルンが二度と悪さしないように男を脅すんだぞ」

「わかりました。お任せします」


 男が目を閉じた。直ぐに男の太股に付いている人面瘡が目を開ける。


「そんじゃ、男を起こすぞ」


 サンレイがバチッと雷光を走らせると睡眠薬で眠っていた男が目を覚ます。



 怠そうに辺りを見回していた中年男が目の前にいる英二たちを睨み付ける。


「なんだ? 何でこんな所に居る? お前たちは何だ? 」


 怪訝な顔の中年男の前に秀輝が出てくる。


「話しは俺に任せてくれ、おっさんに説明してやるぜ」


 がたいのデカい秀輝にビビる中年男を見てサンレイが任せるというように秀輝の背を叩いて交代する。


「おいおっさん、お前何でここにいるのかわかるか? 人面瘡が連れてきたんだぜ」


 秀輝の言葉で中年男が右の太股にある人面瘡を見つめた。


「じっ、人面瘡……お前の仕業か…… 」


 横柄に言うと男が人面瘡を殴りつけた。


「あぅぅ! 」


 悲鳴を上げる人面瘡を更に殴りつけようとした中年男の襟首を秀輝が掴んだ。


「てめぇ!! いい加減にしろよおっさん、殴り殺すぞ」

「本当にクソだな、これで人面瘡さんの言ったことが全部事実だとわかったよ」


 秀輝の隣りに立って英二も怒り顔で睨み付ける。


「ちょっ、待てよ……化け物だぞ、被害者は俺だぞ、何で化け物の味方してんだよ」


 怯みながらも中年男が言い返す。


「何言ってやがる。てめぇが人面瘡に何をしてるか知ってんだぜ、何も出来ない事をいいことにスケベなことしやがってよ」


 怒りながら秀輝が人面祖から聞いた一部始終を中年男に話して聞かせた。


「なっ……全部聞いたのかよ……このクソ人面瘡が! 」


 忌々しげに吐き捨てる中年男の前にガルルンが出てくる。


「秀輝交代がお、妖怪をバカにされてガルは黙ってられないがお」


 座り込んでいた男がガルルンを見上げる。


「なんだお嬢ちゃん? 俺に何か用か? 」


 秀輝の時と態度が違う、ガルルンは何の力もない人間には普通の女子高生にしか見えない、猫耳や尻尾が生えて頬の辺りまで毛がある本当の姿は英二たちだけが見えるのだ。


「用じゃなくて命令がお」

「命令? バカ言ってんじゃねぇ、なんでお前の命令なんて利かなきゃならん」


 秀輝の時と違い暴言を吐く、弱者には強く出る典型的なバカ男だ。

 ガルルンの左右に委員長と小乃子が立った。


「人面瘡に厭らしい行為をするのを止めなさい、忠告は利いといた方がいいわよ」


 叱りつけるように言う委員長と違い小乃子が軽蔑の眼差しで睨みながら口を開く、


「おい、おっさん、いくらモテないからって人面瘡にスケベな事するなんてはっきり言ってキモいぜ、あたしらが優しくしてる間にもうしないって約束した方がいいぜ」


 2人とも横暴な男に我慢できなくなった様子だ。

 男がガルルンたちを睨み付けながら立ち上がる。


「俺の勝手だろが、何が人面瘡だ。俺の体だぞ、俺が俺に何をしようが俺の勝手だろうが、厭なら俺の体から出て行けよ、俺は被害者だぞ、こんな化け物に勝手に住み着かれてるんだ。俺が何をしようがお前らに関係ないだろうが、部外者は引っ込んでろ」


 中年男がズボンを穿いて立ち去ろうとする。


「ムカつくぜ! 」


 秀輝が中年男の肩を掴んで止める。


「一寸待てよ、人面瘡に殴ったり変な事するの止めるって約束しろ、それともこの場でボコられたいのかよ」


 肩を掴んだ手と反対の腕を振り上げる秀輝を見て中年男が怯む、


「なっ、何言ってやがる。お前らに関係ないだろが……殴るなら殴れよ、警察へ通報してやるからな、お前ら高校生だろが、俺を殴って警察沙汰になれば学校に行けなくなるぜ、暴力沙汰なんか起こしたら退学だ! 退学! それでもいいなら殴れよ」


 殴り掛かりそうな秀輝に臆しながらも男が言い返す。

 バカ男だがそれなりに要領よく生きてきたのだろう、言い争いなら秀輝たちより一枚上手だ。


「ムカつく野郎だぜ、もう我慢の限界だ。ボコボコにしてやる」

「秀輝止めとけ」


 秀輝を止めて英二が中年男に向き直る。


「あんた本当に腐ってるな」


 警察の話を持ち出して英二たちが何も出来なくなったと思うと中年男が強気に出る。


「へははっ、俺が俺の体に何しようが勝手だろ、関係ないお前らは引っ込んでろ」


 立ち去ろうとする中年男の前にガルルンが立つ、


「関係あるがお、ガルも妖怪がう、同じ妖怪に頼まれたがお」

「妖怪? お嬢ちゃんが? 」


 中年男が下卑た笑みを浮かべる。


「へっへへへっ、そんなに言うならよ、可愛いお嬢ちゃんが代わりをしてくれよ、それなら人面瘡には何もしないでもいいぜ」


 男の正面でガルルンがニヘッと悪い顔で笑い返す。


「ガルが代わりをしていいがお? それなら幾らでもやってやるがう」


 ガルルンがブルッと震えた。


「なっ、なにが…… 」


 男がその場で固まった。


 ガルルンの体が変化していく、手足に毛が生えて鼻と口元が突き出て犬の顔になっていく、小さかった犬耳が一回り大きくなってピンと立ち上がる。

 大妖怪山犬のガルルンが本気を出した時の姿だ。

 身長は殆ど変わらない、小柄で素早い動きを得意とする火山犬がガルルンである。


「たっぷり可愛がってやるがお」


 ガルルンが中年男を殴りつけた。問答無用だ。


「がっ!! 」


 低く呻いて中年男が地面に転がる。

 山犬姿のガルルンなら軽く撫でるように叩いただけで人間など殺せる程の力がある。


「もう寝るがお? じゃあ服を脱がないとダメがう、ついでに皮ごと全部剥いてやるがお」


 倒れた男の脇に立つとガルルンが鋭い爪を伸ばした手を見せる。


「ひぃぃ……ばっ、化け物…… 」


 這いずるようにして逃げ出す男を見てガルルンが犬歯を剥き出して笑う、


「何言ってるがう、さっきお前が言った可愛いお嬢ちゃんがお、人面瘡の代わりにたっぷり可愛がってくれるがお、たっぷり愛し合うがう、ガルはお前の血を全身に浴びたいがお」


 ガルルンが中年男の頬をさっと撫でた。


「痛てぇぇ~~ 」


 悲鳴を上げる中年男の頬に3本の赤い筋が浮ぶと同時に血が流れていく、


「ひぃぃ……たっ助けてくれ……殺さないでくれぇ~~ 」


 恐怖に顔を引き攣らせた男が止めてくれと手を前に突き出す。


「人面瘡を、妖怪をバカにしたがお、殺すがう、食い殺してやるがお」


 ガルルンが脅すようにギラッと目を光らせた。


「ひぃぃ……ばっ化け物……助けてくれ……頼む……助けてくれ」


 逃げるのも忘れて男が懇願する。


「そうがう、化け物がお、お前の足に付いてる人面瘡も妖怪がお、妖怪をバカにする人間は許さないがう、だからお前を食い殺してやるがお」


 ガルルンが口を大きく開いて牙を見せる。

 今にも飛び掛かってきそうなガルルンを見て恐怖の余り男が失禁した。


「たっ、助けてくれ……二度としない、約束する。人面瘡には二度と変な事はしない、だから助けてくれ、頼む……許してくれ」


 マジ顔で必死に頼む中年男を見て英二が手を伸ばしてガルルンを止める。


「ガルちゃんもういいよ」


 ガルルンが後ろに下がると入れ替わりに秀輝が出てくる。


「おっさん、約束だぜ、もう二度と人面瘡に悪さするなよ、約束を破ったらボコボコにするだけじゃないぜ、妖怪に殺されるぜ」


 凄む秀輝の横で英二が口を開く、


「今日は助けてやるよ、でも次は俺たちも止めないぜ、妖怪に食い殺されてもいいなら好きにしな」


 英二が嘯いた。


「わっ、わかった……約束する。もう人面瘡に変な事はしない、本当だ」


 震える声で言いながら中年男が逃げるように走って消えた。

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