第58話
いつものように授業を終えて放課後、今日は英二の奢りでカラオケに行く約束だ。
ガルルンにゲームで負けたからだけではない、小岩井先生の悪い気を祓った後でバイトがあるのでサンレイとガルルンを家に送って貰った礼に小乃子たちにカラオケを奢る約束をしていたのだ。
カラオケまでの道すがら並んで歩く秀輝に英二が話し掛ける。
「悪いな、サンレイにゲーム買う約束したからな」
「昨日アーケードコントローラーも買ってただろ、サンレイちゃんとガルちゃんに奢ると思えば安いもんだぜ、2人の可愛い歌が聴けるなら数千円くらい任せろ」
カラオケの話を出すと秀輝が半分出してくれる事になった。
宗哉は居ない、誘ったのだが用事があると言って車で帰っていった。
英二と秀輝にサンレイとガルルンと小乃子と委員長と晴美の7人だ。
小乃子たちと先を歩いているサンレイが振り返る。
「歌うだけじゃないぞ、ジュースと食い物も頼むぞ」
「わかってるよ、予算内で収まるようにしてくれよ」
苦笑いしながら英二がこたえるとサンレイの横を歩いていた小乃子が思い付いた様子で口を開く、
「ポテチとかお菓子少し買っていこうよ、後は向こうでジュースと何か2つくらい頼めばいいよ」
「だな、持ち込み禁止の店でもジュースと食い物2つくらい頼めば少しくらいは見なかったことにしてくれるからな」
秀輝が相槌を打つと委員長と晴美と一緒に先頭を歩いていたガルルンが振り返る。
「ガルはチーカマ持ってるがお、10個入ってるお得なヤツがう、みんなに1つずつあげる…… 」
話の途中でガルルンがさっと前に向き直る。
「ガルちゃん、どうしたの? 」
並んで右を歩いていた晴美が覗くように顔を見るとガルルンがマジ顔で指差した。
左を歩いていた委員長が指差す先を見ると中年の男が此方に向かって歩いてくるのが見えた。
「あの男が何かあるの? 」
「たぶん妖怪がお、妖気は殆ど無いがう、でもガルの鼻は誤魔化せないがお」
直ぐ後ろを歩いていたサンレイが前に出てきた。
「流石ガルルンだぞ、おらでも集中しないと感じないくらいに弱い妖気だぞ」
小乃子が心配そうに英二を見つめる。
「妖怪って、また英二を狙ってるのか? 」
「わかんないぞ、妖怪に操られてるだけの人間かも知れないぞ、ここからじゃ妖気が小さくておらでもわからないぞ」
男を見ながらこたえるサンレイの横でガルルンが口を開く、
「殺気は無いがお、変がう……あの男寝てるがお」
「寝てるって、夢遊病ってこと? 」
委員長がガルルンに訊いた。
「無乳病? つるぺたのサンレイの事がお? 」
子犬のように首を傾げるガルルンの頭をサンレイがペシッと叩く、
「誰が病気か!! 夢遊病だぞ、寝ながら歩き回る物凄く寝相の悪いヤツのことだぞ」
「寝相が悪いどころじゃないからな」
サンレイの直ぐ後ろについて英二が男を見据える。
話す間にも男は歩いてやって来る。
50メートルほど近付いてきた時に男の様子が変な事に英二たちも気付いた。
男はフラフラと体を左右に揺すって酔っ払いのように思えるがガルルンが言ったように眠りながら歩いているようにも見える。
「委員長たちは後ろにいろ」
「秀輝が横にいると安心するよ」
横に並んだ秀輝を見て英二がニッと笑った。
「お前みたいに爆発なんて出来ないがそれなりに役に立つぜ」
秀輝もニッと笑い返す。
前にいたサンレイが振り返る。
「殆ど妖気感じないから秀輝でも殴り倒せるぞ、雑魚妖怪でも最下位クラスの人間でも簡単に倒せる雑魚妖怪だぞ」
ガルルンも振り返るがサンレイと違いマジ顔だ。
「ガルとサンレイを騙すくらいに術が旨いヤツかも知れないがお」
「術に長けたヤツか……ハチマルみたいに旨かったらおらも騙されるぞ、気を付けるに越したことないぞ」
サンレイがバチッと雷光を走らせる。
「サンレイは何かあったらみんなを守るがお、秀輝、ガルの鞄持ってるがお」
ガルルンが秀輝に鞄を預けた。
「カラオケの邪魔するヤツなんて一撃で倒してやるがお」
前に向き直るとガルルンは構えた手から爪を伸ばす。
「ガルルンがやるんか? 」
「面倒だから問答無用で倒すがお」
呑気に声を掛けるサンレイの隣でガルルンが八重歯のような牙を見せてニヤッと悪い顔で笑う、
「ちょっ、ダメだよガルちゃん、話しくらいは聞かないと…… 」
後ろから英二が慌てて止める。
「カラオケの邪魔だぞ、やったれガルルン」
サンレイが嗾けるとガルルンが突っ込んでいった。
「何やってんだサンレイ! 」
叱りつけると英二が慌ててガルルンを追う、
「行き成りはダメだってガルちゃん…… 」
大声で話しながら走る英二の後を秀輝たちも追う、サンレイはバチッと青い雷光をあげて姿を消した。
サンレイ十八番の瞬間移動、電光石火だ。
ガルルンが男の正面で立ち止まる。
「クソ妖怪がう、覚悟するがお」
「ひぃぃ……まっ、待って…… 」
男が顔を引き攣らせて両手を前に突き出す。
「カラオケの邪魔がお」
問答無用で殴り掛かろうとしたガルルンの爪を伸ばした手をバチッと現われたサンレイが掴んで止める。
「たんまだぞ、英二怒ってるぞ」
「たんまがお? 敵じゃないがう? 」
首を傾げるガルルンの両肩を後ろから英二が掴む、
「ダメだよガルちゃん、話しくらい聞こうよ」
「そだぞ、ガルルン、行き成りはダメだぞ」
嗾けたくせに……、サンレイを睨み付ける英二の後ろで秀輝が苦笑いしながら口を開く、
「そんなの後だぜ、今はあいつだろ」
前にいる中年男を秀輝が指差す。
少し遅れて委員長と晴美が追い付いた。
「ガルちゃん足速いから…… 」
息を整える委員長の横で晴美はゼイゼイと肩で息をついて話すこともままならない。
英二と秀輝は50メートルを全力で走っても息一つ切らしていない、1時間ほどだが毎日体を鍛えている成果だ。
「それが妖怪か? 人間じゃないのか? 」
1人歩いてやって来た小乃子が怪訝な目付きで男を見る。
両手を前に突き出したまま恐怖を顔に浮かべた男が話し始める。
「待ってください、私は敵ではありません、今朝、貴方たちを見掛けて……凄い霊力を感じたので力になってくれるかもと……お願いです助けてください」
中年太りをした如何にもおっさんといった風体の男が女のような仕草と言葉使いだ。
サンレイの顔がパァ~っと明るくなる。
「うぉぅ、妖怪と思ったらオカマだったぞ、オカマの妖怪だぞ」
ガルルンが鼻をヒクヒクさせて口を開く、
「男の匂いに少し女の匂いが混じってるがお…… 」
ガルルンがビシッと男を指差す。
「わかったがお、お前ヘンタイがお、人間の男と女と妖怪の匂いが混じったヘンタイがお」
「またヘンタイかよ…… 」
英二がうんざりした顔で男を見据える。
小乃子が意地悪顔で英二の背を叩く、
「ヘンタイなら英二の出番だな」
「そだぞ、英二はヘンタイ専門だからな」
「誰が専門だ! 人をヘンタイ扱いするな」
怒った英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張る。
「でひゅひゅひゅひゅ、引っ張るなよ、擽ったいぞ、ほっぺ伸びるぞ」
嬉しそうに体を捩るサンレイの横でガルルンが男に話し掛ける。
「お前何者がお? 英二を狙ってるがう? 英二に何かしたらガルがぶっ殺すがお」
ギロッと睨むガルルンに男が慌てて口を開く、
「違うんです。誰も狙ってなんかいません、助けて欲しいんです」
「助ける? あなた妖怪なの? 」
後ろから委員長が訊いた。
「はい、妖怪です。お願いです助けてください」
まともに話しを聞いてくれそうな委員長を男が訴えるように見つめた。
「妖怪なんだ…… 」
晴美が逃げるようにガルルンの後ろについた。
サンレイが嬉しそうに英二を見上げる。
「やっぱオカマの妖怪だぞ、ヘンタイ妖怪だぞ」
「何で喜ぶ? 俺は厭だからな、戦うならサンレイに任せるからな」
弱り顔の英二に男がさっと振り向く、
「戦いなんてしません、助けて欲しいんです」
「さっきから助けて助けてって何を助けるんだ? 」
マジ顔で訴える男を見て秀輝が訊いた。
「その前にあなた何者なの? 正体を見せなさい、その上で話しを聞いてあげるわ」
後ろにいた委員長が前に出てきた。
「そだぞ、お前何者なんだ」
「ガルの知らない匂いがお、山の妖怪は大抵ガル知ってるがう、でもこいつの匂いは知らないがお」
じろっと睨むサンレイの横でガルルンが不思議そうに男を見つめた。
「私ですか……分かりました。ここでは何ですので向こうで話します」
男が恥ずかしそうに路地裏を指差した。
「わかったぞ、向こうだな」
「変な真似したらガルがぶち殺すがお」
男を先頭にサンレイとガルルンが歩いて行く後を英二たちが続いた。
「おっさんなのに女の仕草はキモいな」
「思っててもそういう事言うな」
後ろから背を突いてくる小乃子を英二が叱りつけた。