第56話
四国は高知の山奥に英二の祖父の大きな家がある。
「寒いけど雪は積もってないな」
バチッと雷光をあげてサンレイが家に続く道の真ん中へ現われた。
時刻は明け方、太陽はまだ登っていない、空気の澄んだ空に星が輝いている。
「豆腐の村で遊びすぎたぞ」
サンレイが敷地内に入っていく、
「祖父ちゃんはまだ寝てるぞ、寒いからゴンも玄関に入ってるぞ」
明かりの点いていない家の前を歩いて行く、ゴンとは雑種の犬だ。
普段は玄関横の犬小屋に居るのだが冬は玄関の中で敷かれた毛布の上で寝ている。
「ガルルンはゴンと結婚すればいいんだぞ、ゴンは賢いからバカのガルルンにピッタリだぞ、そんで英二はおらと結婚するぞ」
無茶苦茶言いながら敷地の端に立つ蔵への前へとやって来た。
「御神体の近くだとおらもパワー満タンだぞ」
サンレイの体から青い雷光がバチバチと放電するように出てくる。
家の後ろの道を上がった所にサンレイの一番上の姉と妹を祀っている社があって山神である姉妹がサンレイとハチマルの御神体であるパソコンへ霊気を送ってくれているのだ。
「後で挨拶に行くぞ」
ここからは見えないが社の方を向いて呟くとサンレイは壁を抜けて蔵の中へと入っていった。
蔵の奥、棚の真ん中に置いてあるPC―8801mkⅡSRと書いてあるパソコンをサンレイがポンポン叩く、
「ハチマル来たぞぉ~、起きてるか? 」
コンセントも繋がっていないパソコンの電源ランプが光った。
「なんじゃ、サンレイ、何かあったのか? 」
パソコンからハチマルの声が聞こえてきた。
「相談に来たぞ」
相談と言いながらサンレイが近況をダラダラと話し出す。
「そんでなぁ、英二がなぁ、初物小僧にな……DTでな……ガルルンもなぁ~ 」
「ふふふっ、楽しくやっておるようじゃな」
ハチマルの優しい笑い声を聞いてサンレイがパソコンをポンポン叩く、
「まだ出てこないのか? 英二だけじゃなくて秀輝や小乃子も待ってんぞ」
「出るだけなら可能じゃが今暫く力を溜めておきたいからの、それで相談とは何じゃ」
「おおぅ、忘れてたぞ」
妖怪たちが英二の力を狙っていることをサンレイが簡単に話した。
「やはりそうなったか……英二の霊力は魅力的じゃからのぅ」
想定していた様子のハチマルの返事にサンレイがプクッと頬を膨らませる。
「面倒なことはおら苦手だぞ、そんでいつ出てくるんだ? 」
「まだ暫く掛かるのぅ」
「暫くって何日だ? 」
「そうじゃのぅ、無理して出ても以前のように英二を悲しませるのは厭じゃからの、数年は気を整えたいのぅ」
「数年なんて待てないぞ、英二はいいけど小乃子たちが高校卒業するぞ、おらは今のみんなと楽しく遊びたいんだぞ」
サンレイの体を青い雷光が覆う、
「豆腐小僧に三百年高野豆腐を貰ってきたぞ、これで数年を数日にするんだぞ、今持ってくぞ」
バチッと青い火花を放って吸い込まれるようにパソコンの中へと入っていった。
「なんじゃ、入ってこんでもよかろうに……お主が来ると気が乱れるからの」
基板やパーツが詰まったパソコンの中ではない、淡い光の中にハチマルが裸で浮んでいる。
実体の無い精神体なので服などは着ていないのだ。
もちろん中に入ったサンレイも裸だ。つるぺたの裸の幼女である。
「何言ってんだ……おおぅ、おらの体が元に戻っていくぞ」
頬をプクッと膨らませたサンレイの体が白い光に包まれて大きくなっていく、早送りで成長を見るようにあっと言う間に大人の姿に変わった。
「おおぅ、これだぞ、この姿で英二を悩殺したいんだぞ」
大人姿のサンレイはハチマルほどではないが胸も大きく巨乳だ。
背は153センチ程と低いがスラッとして括れた腰に巨乳という完璧なスタイルである。
「この姿ならおっぱい星人の英二も一コロだぞ」
大きな胸を抱きかかえるようにしながらサンレイがポーズを取る。
「なぁなぁハチマル、どうにかこの姿を維持できないか? 英二を悩殺したいぞ、最近英二はおらよりおっぱい大きいからってガルルンばっかり贔屓するんだぞ」
プクッと頬を膨らませるサンレイを見てハチマルが笑いながら口を開く、
「まぁ無理じゃな、お主は落ち着きがないからのぅ、それに贔屓ではなくお主がガルルンに悪戯ばかりしておるんじゃろ」
ハチマルは外で見せる実体よりも落ち着いた大人の女といった容姿だ。
身長は170センチ近くありベリーショートの赤茶髪や吊り目は変わらないが頬が少しほっそりとして少しキツい感じのするお姉さんといった顔だ。
もちろん爆乳である。
外の世界で見せる身長155センチでやんちゃな女子高生らしい姿は一番安定するから取っている仮の姿だ。
サンレイもハチマルも外で成す実体は一番動きやすく術も使いやすい姿ということである。
もっとも幼女姿でなければ外で実体を維持できないサンレイと違って術に長けたハチマルは自在に体を変化させることが出来るのは言うまでもない。
「そんな事ないぞ、おらはちゃんとやってるぞ、お手伝いは……してないな、ガルルンに悪戯はしてるぞ……そんで、そんで……英二は犬好きだからな、だから駄犬のガルルンが好きなんだぞ、そんで贔屓してるんだぞ」
サンレイがスッとハチマルから目を逸らした。
「フフフフフッ、仲良くやっとるようで安心じゃ」
「仲良くないぞ、ガルルンとはライバルだぞ」
話を逸らすようにサンレイが三百年高野豆腐を差し出す。
「そんな事はどうでもいいぞ、これ食って直ぐにでも出てくるんだぞ」
「ほう、これが豆腐一族の秘伝中の秘伝、三百年高野豆腐じゃな」
ハチマルが三百年高野豆腐を受け取る。
「流石に凄いのぅ、妖力の塊じゃ、豆腐小僧クラスの妖怪でも300年も妖気を溜めればこれ程のものを作れるのじゃな」
「感心してないでさっさと食うんだぞ、おらが一発で復活できたぞ、ハチマルも直ぐに出てこれるぞ」
急かすサンレイの向かいでハチマルが三百年高野豆腐に口を付けた。
「おお……力が漲ってくるようじゃ」
食べると言っても噛むのではなく吸い込むように口の中へと消えていく、
「プリンもあるぞ、フー子が作ったんだぞ、4つしかなかったからな、おらと豆腐小僧とフー子の3人で食べて残り1つはハチマルに持ってきたぞ、英二の土産は無しだぞ、1つだとガルルンにやって英二食べないからな、だからハチマルに持ってきたぞ」
豆腐小娘が作ったプリンを出しながらサンレイが様子を伺うようにハチマルを見つめた。
「そんでどうだ? 直ぐに出られそうか? 」
「流石秘伝中の秘伝じゃな、妖気はたっぷり吸収したのぅ、じゃが今すぐにとは行かん」
「じゃあ何日くらいで出てくるんだ? 」
がっかりした様子のサンレイの頭をハチマルが撫でる。
「数年が数ヶ月くらいまで縮まったのは確かじゃ、じゃからもう暫く待っておれ、お主とガルルンの2人ではどうしてもダメなら儂も少し無理をしてでも出て行ってやる。じゃから今暫く待っておれ」
頭を撫でられながらサンレイが嬉しそうにハチマルを見つめる。
「そっかぁ~、仕方ないな、初めからそこまで期待してなかったぞ、今一月だからな六月くらいまでは待ってやるぞ」
優しい眼差しでサンレイを見つめ返しながらハチマルが口を開く、
「そうじゃな、六月までには出られるじゃろう、その時は霊気も妖気も整ってそこらの大妖怪など敵ではなくなる。神の力をもって英二たちを守ってやるからのぅ」
「そだな、ハチマルなら外でも3分の1くらいの力使えるもんな、おらは2割も使えないからな、術が苦手だからな……そんじゃ帰るぞ」
サンレイの体が白い光に包まれる。
「プリンも後で食べろよ、結構旨いぞフー子のプリン」
そう言うとバチッと雷光をあげて姿を消した。
換気用の小さな窓一つしか無い暗い蔵の中、バチッと青い雷光をあげてサンレイがハチマルのパソコンから出てきた。
「ああ……縮んでいくぞ」
出てきた時は大人の姿だったのだが直ぐに縮んで普段の幼女姿になっていく、
「15秒くらいで戻るぞ、でも英二に大人姿を見せることは出来るぞ、おらの大人姿を見せて悩殺してやるぞ、ガルルンには負けないぞ」
真っ暗だった蔵の中がサンレイの放つ雷光で青く照らされる。
ハチマルが眠っているPC―8801mkⅡSRの隣にはサンレイの御神体であるPC―9801VMが並べて置いてある。
「ハチマルのパソコンもおらのも埃まみれだぞ、下に置いてるCRTモニターなんて埃で白くなってるぞ」
サンレイが自分のパソコンを指でつーっと触って埃の付いた指先を見つめた。
「今度のGWに蔵の中を掃除させるぞ、秀輝も居るしな、女子会やってる間に男は蔵の掃除だぞ、宗哉は掃除はいいぞ、その代わりに美味しいもの買って貰うぞ」
勝手なことを言いながら蔵の中を見回す。
「ふ~ん、結構使えそうな物あるぞ、まぁこの次でいいか、それよりも裏の社の姉さんたちに挨拶だぞ」
山神である一番上の姉と妹がこの辺りの山々から集めた霊気をサンレイの御神体であるPC―9801VMに分けてくれている。
その御陰で大きな力を使っても以前のようにサンレイは消えることはない。
「んじゃ、また来るぞ」
ハチマルの眠るパソコンをポンポン叩いて出て行こうとしたサンレイが立ち止まった。
「あっ、肝心なこと訊くの忘れてたぞ」
サンレイがハチマルの御神体であるPC―8801mkⅡSRをポンポン叩く、
「なぁなぁハチマル」
「なんじゃ? まだ何か用か? 」
パソコンがぼうっと光ってハチマルの声が聞こえてきた。
「なぁなぁ、水胆って知ってるか? 」
「水胆? 何の事じゃ」
ハチマルの怪訝な声にサンレイが説明する。
「水系の大妖怪が作った薬だぞ、ハマグリ女に貰った一つ目小僧が妖力使い切って大変だったぞ」
「どのような薬じゃ、一つ目にどのような変化が起ったか話すのじゃ」
サンレイが正月に戦った初物小僧の事を覚えている限り話した。
「危険な薬じゃな、水胆か…… 」
暫く考えてからハチマルが続ける。
「水胆……吸い妖胆なら知っておる。お主が今話した薬とほぼ同じ作用じゃ」
「吸い妖胆って何だ? 名前似てるぞ」
身を乗り出すサンレイにハチマルが説明を始める。
「読んだ字の如く、妖力を吸い取り大胆に使う薬じゃ、使うものの妖力を限界を超えて引き出す薬じゃ、お主が言った妖力の前借りじゃな、使うものに因るが100年から300年程の妖力を一気に使うことが出来る。じゃが反動は大きい、数百年妖力を失うだけならマシな方じゃ、死んでもおかしくは無い危険な薬じゃ、じゃが己の分を越えた力を欲するものは居るものじゃ、太古から使用者は後を絶たん、じゃから儂も知識として知っておるのじゃがな」
「水胆とそっくりだぞ、一つ目が死にかけてたぞ、おらが霊力を分けてやったぞ」
「吸い妖胆と水胆、呼び方が違うだけで同じものと考えてよいじゃろう、元は水神様が作り出した薬じゃ、じゃから水系の術に長けた大妖怪なら作ることも出来よう、其奴らが絡んでおるとなると厄介じゃぞ」
サンレイがPC―8801mkⅡSRをポンポン叩く、
「やっぱハチマルに相談してよかったぞ、ハマグリ女をどうにかして捕まえるぞ、あの貝女が何か知ってるはずだぞ」
「儂も近いうちに行く、それまで頑張るのじゃぞ」
パソコンを撫でながらサンレイがニッと笑う、
「心配無いぞ、ガルルンもいるからな、喧嘩もするけど頼りになるぞ、豆腐小僧も力を貸してくれるからな」
ハチマルの眠るパソコンが優しい光を放つ、
「ガルルンか……喧嘩ばかりしておったのが仲良くしておるようじゃの、豆腐小僧にも礼を言わんといかんの」
思い出したようにサンレイが続ける。
「そだぞ、5月のGWに秀輝や小乃子たちを連れて遊びに来るぞ、ハチマルと会いたがってるから話だけでもしてやるんだぞ」
「そうじゃな、少し話すくらいなら霊力を整える邪魔にもならんじゃろう、5月なら儂も仕上げの段階じゃからな、わかった。30分程度なら話せるように調整しておこう」
「宗哉が泣くから慰めてやるんだぞ、悪いと思ってるのか色々してくれるぞ、おらもハチマルも気にしてないって言っても心に棘が刺さったままだぞ、ハチマルが棘を抜いてやれ、あいつ優しくていいヤツだぞ」
「了解じゃ、宗哉は責任感が強いんじゃな、心が強いんじゃ、英二も秀輝も宗哉も心の強い良い人間じゃ、じゃからこそ、心が折れた時が大変じゃ、何かあればお主がそっと支えるんじゃぞ」
サンレイがにぱっと可愛い笑みを見せた。
「わかってんぞ、なんたっておらは英二の神様だからな、英二や秀輝や宗哉に小乃子たちを守るって決めたんだぞ」
「うむ、暫く頼むぞ、儂もじきに行くからの」
パソコンから光が消えていく、本調子でないハチマルとは会話するだけで力を消耗するのだ。従って必要無い話しはできるだけしない。
「待ってるぞハチマル」
ハチマルの眠っているパソコンをポンポン叩くとサンレイは蔵を出て行った。