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第55話

 時は少し遡って和歌山県、高野山に連なる山々の一つ、人も入らぬ山奥の更に奥、バチッと青い雷光をあげてサンレイが降り立った。


「積もってるぞ、雪のせいで出るとこ間違えたぞ、アイスは好きだけど寒いのは嫌いだぞ」


 辺りを見回してからバチッと雷光を残して消える。


「この山だぞ」


 小さな山の中腹にサンレイが現われた。


「雪で道も消えてるぞ、滑ると大変だから浮んでいくぞ、まったく、かき氷だったらみんな食ってやるのにな」


 一面銀世界の山道を愚痴りながらサンレイが歩き出す。

 歩くと行っても足は地面に着いていない、積もった雪から15センチ程浮いて歩いていた。

 体を電気で包んで浮いているのだ。

 空を飛ぶことも出来るサンレイにとっては簡単なことである。


「湯豆腐だろ、揚げ豆腐だろ、熱い豆乳もいいぞ」


 温かい食べ物を思い浮かべながら歩くが全て豆腐に関係あるものだ。

 5分ほど歩いて笹藪の前で止まる。


「ちゃんと手入れしてるな、結界は旨く動いてるぞ」


 サンレイが笹藪に右手を伸ばす。

 笹藪がザワザワと音を立てて左右に分かれて道が出来る。

 サンレイが道を歩いて行く、


「村の中は積もってないな、流石ハチマルの作った結界だぞ」


 道の先には雪の無い村があった。

 外の凍えるような寒さと違い春のように暖かい、豆腐小僧の隠れ里だ。


 侵入者に気付いたのか村人が2人やってくる。


「あっ、あれは……サンレイ様か? 」


 訝しんでいた村人の顔がパッと明るく変わった。


「よぉ、来たぞ」


 手を上げて挨拶するサンレイに2人の村人が駆け寄る。


「サンレイ様、御久し振りです」

「ようこそいらっしゃいました」


 男の村人2人が笑顔で迎える。

 豆腐一族は外見からでは人間と区別がつかない、時代劇に出てくるような着物姿に違和感を感じるだけだ。


「雪の中を態々いらして……今は一番寒い時ですのに何用ですか? 」

「凄い雪積もってるぞ、そんで豆腐小僧に用事だぞ」

「豆腐小僧ですか、急ぎの用みたいですね、分かりました此方へ」


 にぱっと可愛い笑みでこたえるサンレイを村人の1人が手招いた。


「サンレイ様、温かい豆腐料理を直ぐに用意致しますから」

「おぅ、頼むぞ、お前らの作る豆腐は旨いからな」


 もう1人が駆けていく、サンレイに自慢の豆腐料理を振る舞うつもりだ。



 村の外れに豆腐小僧と豆腐小娘の住んでいる家がある。

 昔話に出てくるような藁葺き屋根の小さな家だ。


「豆腐小僧、お客様だぞ」


 引き戸を開けて呼ぶと村人の男がサンレイに振り返る。


「では私は長老にサンレイ様がいらっしゃったと報告して参ります」

「話しは飯食いながらするぞ、おら用事済まして飯食ったら直ぐに帰るからな、爺さんたちに言っといてくれ」

「分かりました。食事しながらお話しするように伝えておきます。では」


 慇懃に礼をすると男は早足で立ち去った。

 家の奥から豆腐小僧がやって来る。


「誰っすか…… 」


 間延びした声を出した豆腐小僧がサンレイを見てピンと背筋を伸ばす。


「サンレイ様!! 」

「おぅ、来たぞ」


 片手を上げて挨拶するサンレイを豆腐小僧が慌てて手招く、


「なんかあったっすか? 此処じゃなんすから奥へどうぞ」


 豆腐小僧に招かれるままにサンレイは奥の部屋にある囲炉裏の前に座った。


「こんな雪の中を態々来るなんて何があったっす? 」


 向かいに座ると豆腐小僧がお茶と茶菓子を差し出しながら訊いた。

 熱い茶を一口飲むとサンレイが口を開く、


「英二の霊力を狙ってる妖怪がいるんだぞ」

「英二の力っすか? 狙うヤツがいてもおかしくないっすよ、人間の域を超えた霊力っすからね」


 サンレイが茶菓子の最中を一つ摘まんで口に放り込む、


「そだぞ、雑魚妖怪でも英二を食うだけで大妖怪レベルになれるんだからな、パワーアップアイテムみたいなもんだぞ」


 モシャモシャ食べながら言うサンレイの向かいで豆腐小僧がマジ顔になる。


「腹に一物ある連中が英二の存在を知ったら狙って当然っす」

「そだぞ、そんでこの前も一つ目小僧が襲ってきたぞ」


 険しい顔をしたサンレイが正月に戦った初物小僧の事を話した。


「一つ目小僧っすか、オレっちたち豆腐一族と同じで悪戯好きっすけど余程のことがない限り人間を殺したりしないおとなしい妖怪っすよ」


 話しを聞いていたのか奥から豆腐小娘が出てくる。


「サンレイ様に盾突く一つ目小僧なんて滅してやればよかったのよ」


 怖い顔で言い放った後でサンレイを見てニコッと微笑む、


「私が作ったプリンがあるよ、サンレイ様食べていってよ」

「おぅフー子、まだプリン作ってたのか? 御馳走になるぞ」


 険しい顔から一転してサンレイもニッコリ笑顔でこたえる。


「話の途中っすよ」


 叱る豆腐小僧をサンレイが止める。


「別にいいぞ、時間はあるからな、村の連中が豆腐料理作ってくれてるからな」


 サンレイが味方に付くと豆腐小娘がパーッと顔を明るくして口を開く、


「じゃあ先にプリン食べてよ、昨日作った最新作で自信あるんだから」

「本当にプリン小娘になるつもりだぞ」


 楽しそうに笑うサンレイの向かいで豆腐小僧が苦虫を噛み潰したような顔だ。


「サンレイ様、甘やかすのはダメっすよ、豆腐作りの修業もしてるから目を瞑ってるっす」


 豆腐小娘が笑いながら反論する。


「何言ってんのよ、村の人たちも喜んで食べてるわよ」

「村の奴らもプリン食ってんのか? 300年後にはプリン小僧の村になってんじゃないだろうな、まぁおらはどっちでもいいけどな」


 驚くサンレイに豆腐小娘が楽しそうに話し始める。


「サンレイ様の御陰で週に一度は町へ出てもいいって決まりが出来たの、それで私以外も町へ行って色々経験してるわ、でも心配無いわよ、改めて豆腐の素晴らしさに気付いたの、私も村の人たちも、だから豆腐作りは止めないわ、その代わり、豆腐以外にも作っていいって決まったの、それで私は女の子たちでプリンサークル作ったのよ」


 サンレイがニカッと満面の笑みになる。


「そっか、それでいいんだぞ、変わっていくところと変わらないところ、それぞれが旨くバランスをとって進んでいくんだぞ」

「そっすね、オレっちも賛成っす。人間と妖怪も同じっす。旨くバランスをとって生きて行くっす。だから英二の力を使って悪さをするヤツはオレっちも許さないっす」


 大きく頷いた後で豆腐小僧がマジ顔で続ける。


「それでオレっちに何の用っすか? 英二を守るのに力がいるならオレっち何でもするっすよ、サンレイ様はもちろん英二たちにも世話になったっすからね」

「助かるぞ、そんで頼みなんだがおらを起こすのに使った秘伝の豆腐が欲しいぞ」


 笑顔のまま言ったサンレイの向かいで豆腐小僧の顔が曇る。


「三百年高野豆腐っすか? 」


 囲炉裏を囲んでサンレイの右に座った豆腐小娘が驚いて大きな声を出す。


「秘伝中の秘伝豆腐じゃない、サンレイ様で1つ使ったからあと5つしかないわよ、今作ってる10と2つも後50年程は掛かるし…… 」

「そこを何とか頼むぞ、ハチマルを起こしたいんだぞ、おらと違って秘伝豆腐を使っても起きないと思うぞ、でも少しでも早く出てこれるようにしたいんだぞ、雑魚妖怪じゃなくて大妖怪が裏で何かしてるんだぞ」


 サンレイが旧鼠や初物小僧を唆していたハマグリ女房の事などを全て話した。


「ハマグリ女房っすか? 料理の旨い妖怪っすね、オレっちたちも豆腐料理は得意っすから名前は知ってるっすよ、ハマグリ女房の後ろに大妖怪がいるっすね」

「そだぞ、おらとガルルンが居れば大妖怪の4~5匹くらい返り討ちにしてやるぞ、でもズルい方法で英二を狙ってきたら……だからハチマルを少しでも早く起こしたいんだぞ」


 サンレイが頭を下げた。


「サンレイ様…… 」


 豆腐小僧が立ち上がる。


「行くっす。長老たちが許可しなかったらオレっちが宝物殿を開けるっす。宝物殿を開けられるのは長老とオレっちたち頭衆だけっすから」


 右に座る豆腐小娘が心配そうに豆腐小僧を見上げる。


「お兄ちゃん、そんな事したら…… 」

「勝手に宝物殿を開けてあまつさえ秘伝中の秘伝である三百年高野豆腐を持ち出したとあれば次こそ頭衆から外されるっすね、でもその程度の処分で済むっすよ」


 豆腐小僧の覚悟を決めたマジ顔に豆腐小娘は何も言えなくなる。


「お兄ちゃん…… 」


 心配そうに見上げる豆腐小娘を見つめて豆腐小僧が続ける。


「英二の力が悪用されたら多くの人が苦しむかも知れないっす。人間だけでなく妖怪たちも……現に一つ目小僧が騙されて大変な目にあってるっす。人間だけの問題じゃないっすよ、妖怪にも悪影響を及ぼす問題っす。オレっち今の人間と妖怪の関係は結構気に入ってるっす。それを乱すヤツは許せないっすよ」


 豆腐小僧がサンレイに向き直る。


「豆腐一族の恩人であるサンレイ様がオレっちを頼ってくれて嬉しいっすよ、幼い頃から遊んで貰ったオレっちを一人前扱いしてくれて、本当に嬉しいっす」


 優しい目をしてサンレイが豆腐小僧を見つめる。


「豆腐小僧はおらの友達だからな、おらはこんな姿だから全力が出せないからな、頼りになる友達が居ておらは幸せだぞ」


 悪戯好きのサンレイからは考えられないくらいに優しい笑みだ。


「友達……オレっちを友達……オレっちを頼りに………… 」


 感極まったのか豆腐小僧がぐいっと涙を拭った。


「豆腐一族はそれなりに力を持った妖怪っす。何かあれば何時でも声を掛けてくださいっす。サンレイ様の為ならどんな事でもするっすよ」

「助かるぞ、これからも世話になるぞ」


 サンレイがニカッと嬉しそうに笑う、右に座っていた豆腐小娘が慌てて口を開く、


「私だって協力するからね、人間は嫌いだけど……宗哉っていうの? あいつ律儀にお金送ってくるのよ、プリンサークルもそのお金で町へ行ったりプリン作ったり出来るのよ、だから英二たちのためなら力を貸すわよ」

「宗哉らしいぞ、おらから礼を言っといてやるぞ、んじゃ、フー子の作ったプリン食べるぞ、おらグルメだからな覚悟しろよ」

「美味しいって言わせてみせるわよ、自信あるんだからね」


 ニッと笑うサンレイに豆腐小娘が自信ありげに微笑んだ。



 サンレイの話しを聞いた長老たちが三百年高野豆腐の持ち出しを許可してくれた。

 もちろん豆腐小僧の必死の訴えがあったればこそだ。


 豆腐料理の並ぶテーブルを囲んで最長老が口を開く、


「儂ら豆腐一族はサンレイ様とハチマル様に救われた。この隠れ里があるのも御二方の御陰じゃ、じゃからと言って豆腐一族の秘伝中の秘伝である三百年高野豆腐は簡単に持ち出していいものではない、しかも先に続けて2つめじゃ、ハチマル様の為に使うと言うので特別に許可した。新たな三百年高野豆腐が出来るまで後48年掛かる。それまでは残りの4つを宝として大事に扱わねばならん」


 テーブルを囲む全員に聞かせるように言っていた最長老がサンレイを見つめた。


「じゃからこれで最後じゃ、いくらサンレイ様とてこれ以上は差し出すわけにはいきません、新たな三百年高野豆腐が出来るまでは一切の持ち出しを禁ずる」


 最長老が豆腐小僧をジロッと睨み付けた。


「よいな豆腐小僧、破ればお主でも只では済まんぞ」

「わかりましたっす」


 豆腐小僧が平伏するように頭を下げた。


「おらもわかったぞ、今回は助かったぞ、礼を言うぞ」


 ペコッと頭を下げるサンレイを見て最長老が強面を崩して好々爺のようにニッと笑う、


「では話しは終わりじゃ、色々問題もありますがサンレイ様とハチマル様は儂らの恩人じゃ、三百年高野豆腐はダメじゃが他のことなら何でも協力しますぞ、ささ、遠慮なく食べてくだされ、村で作った最高級の豆腐を使った料理ですじゃ」


 サンレイは勧められるままに豆腐料理を堪能した。



 三百年高野豆腐を手に入れたサンレイが直ぐにハチマルの元へと行くというので豆腐小僧と豆腐小娘が村の外まで見送る。


「うわっ、寒! 雪で真っ白だ」

「昨日よりも積もってるっす。一番の寒さっすね」


 ブルッと震える2人と違いサンレイはケロッとしている。


「寒いけど心は温かいぞ、三百年高野豆腐も貰ったしな、お前たちの御陰だぞ、本当にありがとな」


 頭を下げようとするサンレイの手を豆腐小僧が握り締めた。


「頭など下げないでくださいっす。オレっちたちは個人的にもサンレイ様には恩があるっすよ、それに英二たちにも……いつでもオレっちを頼ってくださいっす。最長老がダメって言ってたっすけど三百年高野豆腐はあと4つあるっす。サンレイ様のためならあと2つくらいは掟を破ってもオレっちが何とかするっすよ、だから困ったら何時でも頼ってきてくださいっす」


 豆腐小娘が豆腐小僧の肩をポンポンと叩く、


「何格好つけてんのよ、お兄ちゃんだけじゃなくて私も何でもするからね、また遊びに来てね、宗哉たちも一緒に、私のプリン御馳走するからね」

「フー子のプリン旨かったぞ、んじゃ、世話になったぞ、ありがとな」

「英二たちによろしくっす」


 ニッと笑うサンレイの向かいで豆腐小僧と小娘も笑顔だ。


「おぅ、いつか英二たちもつれて遊びに行くぞ」


 雪の積もった山道でサンレイがバチッと雷光をあげて消えるのを豆腐小僧と豆腐小娘が見送ると暖かな村へと帰っていった。


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