第53話
冬休みが終わって三学期が始まった。
高校1年最後の学校生活だ。昨日始業式を終えて今日から普通の授業が始まる。
英二とサンレイとガルルンが並んで登校していると仲良くなった先輩たちから声が掛かる。
「サンレイちゃんおはよう、うわっ、寒いのによく食べるな」
笑顔で声を掛けてきた三年生の女子がブルッと震えた。
「絢奈ちゃん、おっはぁ~~ 」
アイスを食べながらサンレイが元気よく挨拶を返す。
「絢奈ちゃん、おはようがお」
ガルルンが挨拶した後でサンレイを指差す。
「昨日サンレイが寝た後に父ちゃんが買ってきたがお、お土産がお、話聞いたサンレイは我慢できなくて家出る時に英二に隠れて持ってきたがお、それで食べてるがお」
「ガルちゃんおはよう、そうなんだお土産なんだ…… 」
今朝は特に寒い、平然とアイスを食べるサンレイを見て先輩が苦笑いだ。
「2人とも先輩って呼べ、済みません先輩」
サンレイとガルルンを叱ると英二が慌てて頭を下げる。
「あはははっ、いいよ、いいよ、サンレイちゃんとガルちゃんは友達だからな」
白い息を吐きながら先輩が楽しそうに笑うのを見て英二が何とも言えない表情でペコッと頭を下げた。
「サンレイちゃん、ガルちゃん、おはよう」
後ろから声と共に数人の女子が走ってきた。
「おいっす」
先にいた絢奈先輩が手を上げたところを見ると先輩の級友らしい。
「サンレイちゃんお菓子あげるよ」
「ガルちゃんチータラあげるね、おとんのつまみ持ってきてやった」
先輩たちがサンレイとガルルンにお菓子などを差し出す。
「おおぅ、サンキューだぞ」
「ありがとがお、チータラも好きがお」
嬉しそうに受け取る2人の横で英二がペコペコ頭を下げる。
他の先輩たちも集まってきてキャンデーやチョコに柿の種など挨拶代わりに手渡していく、その度に英二がペコッと頭を下げる。
毎朝日課のようになっていた。
サンレイが絢奈先輩の友人の1人を見て顔を顰める。
「変なの付いてるぞ、頭痛くないか? 今じゃなくて昨日とか痛くなかったか? 」
「うん、昨日の夜凄く痛かったよ、今朝も頭重くて薬飲んできたんだよ」
思い出したように顔を顰める先輩の背にサンレイが手を当てた。
「ちょっとピリッとするぞ」
サンレイの手から出た青い雷光が先輩を包み込んだ。
「ああ……あっ! 治った。重くない、頭スッキリする」
先輩がパッと振り返る。
「サンレイちゃんありがとう、頭治ったよ」
「にへへっ、礼はいいぞ、いつもお菓子貰ってるからな」
礼を言われたサンレイが照れまくる。
余所のクラスの先輩が前に出てきた。
この先輩も毎朝お菓子をくれるのだ。
「サンレイちゃん助けて、昨日変なの連れて来ちゃったみたいでどうにかならない? 」
「悪いの憑いてるぞ、怜那ちゃんは霊感あるからな」
顔を顰めるサンレイの横でガルルンが口を開く、
「悪霊になりかけてるがお、怜那先輩に助けを求めてるがう、先輩は霊力持ってるから寄ってくるがお」
匂いでもわかるのか鼻を擦りながら言うガルルンを見てサンレイが頷く、
「怜那ちゃん優しいからな、寄ってくる霊なんて殴り倒せばいいんだぞ」
「それはちょっと……サンレイちゃんと違ってそんな事出来ないよ、私は見えるくらいの力しか無いからさ、妹は私より力持ってるんだけどね」
苦笑いする怜那の前でサンレイが猫の絵の付いた小さな鞄から落書き帳を取り出した。
「妹も霊能力持ってるのか大変だな、一寸待ってろ、おらが御札描いてやるぞ」
何をするのかと英二が見ているとサンレイはクルクルと円を幾つか描いた紙を千切って怜那先輩に手渡した。
「これをトイレと風呂場と台所と居間と玄関に貼るといいぞ、そんでこの円が消えたら霊も消えてるぞ、天井付近なら何処に貼ってもいいぞ、2日くらいで居なくなるぞ」
「ありがとう、サンレイちゃん」
怜那先輩が受け取った紙を大事そうに鞄に仕舞った。
サンレイが小さな鞄に落書き帳を仕舞うと代わりに何かを取り出した。
「みんな手を出すんだぞ、いいものやるぞ、3年生の先輩だけだぞ」
「なになに、何くれるのサンレイちゃん? 」
3年生の先輩たちが集まってくる。
2年の先輩たちや1年生たちは遠巻きに見ている。
「直ぐに受験だろ? だから御守り持ってきてやったぞ」
絢奈先輩の手の上にサンレイが小石を置いた。
「サンレイちゃんの御守りか、効き目ありそうだね」
「そだぞ、只の小石に見えるけど違うぞ、おらの姉さんに頼んで霊力を入れて貰ったからな、試験の時に持っていくんだぞ、緊張しないで済むぞ、風邪も引かないし普段の力が出せるからな」
にぱっと笑って言いながら怜那先輩の手の上にも小石を置く、
「本当に只の小石に見えるけどサンレイちゃんの言うことなら信じるよ」
怜那先輩が手の上で小石を転がしながら言うとサンレイが笑顔で続ける。
「勉強する時も近くに置いとけば集中できるぞ、一番術の長けた姉さんが作った御守りだからな」
話しを聞いた3年の先輩たちが次々に手を伸ばす。
「慌てなくてもいいぞ、いつもお菓子くれる先輩の分は余裕であるからな」
笑顔のサンレイが小石を配っていく、
「2年の先輩は来年やるからな、1年生は再来年だぞ、受験の時にやるからな、いつもお菓子貰ってるからな、おらからのお返しだぞ」
周りで見ていた2年の先輩や1年生たちに笑みが浮ぶ、
「やっぱサンレイちゃんとガルちゃんは役に立つよな」
一人が言うと周りに居た先輩たちも褒めそやす。
「にゅへへへへっ、そんなに褒めるなよ、何かあったら直ぐに言うんだぞ、悪い気や霊が原因ならおらとガルルンで治してやるからな」
嬉しそうに照れまくるサンレイを囲みながら歩き出す。
「御守りか……俺には何もくれないくせに」
物欲しそうに呟く英二の手をガルルンが引っ張る。
「英二にはガルやサンレイが付いてるがお、神様が直接守ってくれてるがお、あの石の御守りは半年ほどしか効き目が無いがう、その代わり本当に効果があるがお、集中力がアップして緊張もしなくなるがお、受験にピッタリの霊気が込められてるがお」
「ふ~ん、そうなんだ。それであの落書きは何なんだ? サンレイが怜那さんだっけ? 怜那先輩に渡してた円がいっぱい描いてあった紙」
小石の御守りは何となくわかった。
妖怪テレビを取りに四国の田舎に戻った際に貰ってきたものだろう、だが落書きにしか見えない紙が何なのか気になって訊いた。
「御札がお、そこらの悪霊ならビビって二度と近付かないがお、サンレイは本物の神様がう、デカい神社の札なんかよりも比べものにならないくらい効き目があるがお」
「成る程な……まぁ毎朝お菓子貰ってるんだからこれくらいしないとな」
「ガルちゃんもおいでよ、一緒に学校行こう」
先輩たちに呼ばれてガルルンが駆けていった。
「いつの間にかサンレイの力の事を先輩たちも知ってるんだな、それにしても俺の知らない先輩たちの名前よく知ってるな……まぁ仲良くしてくれればいいけどさ」
溜息をつくと英二が歩き出す。
サンレイとガルルンが元気に教室へと入っていく、
「おっはぁ~~ 」
「みんなおはようがう」
先に来ていたクラスメイトたちが挨拶を返す。
サンレイが只者ではないと知っているので全員好意的だ。
「おいっす、英二は寝坊か? 」
自分の席に座って小乃子が挨拶する。
「小乃子、おっはぁ~~ 」
「おはようがお、英二は後から来るがお」
サンレイとガルルンが席に着きながら挨拶を返す。
「一緒じゃないなんて珍しいわね、喧嘩でもしたの? 」
挨拶するように手を上げながら委員長が訊いた。
普段なら3人一緒に入ってくるので英二が居ないのが気になったのだろう、
「喧嘩じゃないぞ、3年の先輩が離してくれなかったんだぞ、そんで英二は遅れてるぞ」
「サンレイが御守りあげるから先輩たち喜んで学校に入るまで離してくれなかったがお」
ガルルンの話しに小乃子が興味津々な目を向ける。
「御守りって何だ? あたしにもくれ」
「あんたねぇ、少しは遠慮しなさい……でもどんな御守りかは興味あるわね」
小乃子を叱る委員長の目も興味深げだ。
そこへ英二がやって来る。
「只の小石だぞ、霊力が入ってるだけだ。受験用だから貰っても無駄だぞ」
サンレイとガルルンに挟まれた席に鞄を置きながら英二が教えた。
「何だ受験用か……受験にしか効果ないならいらないな」
興味を失った小乃子と違い委員長の目が輝く、
「サンレイちゃん御守り余ってない? 従姉妹が高校受験なのよ」
「いつもお菓子をくれる先輩の分と少し余計に貰ってきたから余ってるぞ」
言いながらサンレイが鞄から小石を取り出す。
「何個いるんだ? 3つくらいならいいぞ」
「本当? 助かるわ、2つ頂戴」
委員長の手に置かれた2つの小石を小乃子が覗き込む、
「マジで只の小石だな、効き目あるのか? 」
失礼な物言いにサンレイがムッとする。
「只の小石だぞ、でも姉さんが霊力を入れたから効き目はバッチリだぞ、集中力が増して緊張しなくなるぞ、勉強にピッタリの御守りだぞ」
「ありがとうね、サンレイちゃんの御守りならそこらの神社より効き目あるわよ」
委員長が大事そうに小石の御守りを仕舞った。
少し前に来ていた晴美が見ているのにサンレイが気付く、
「晴美ちゃんにもあげるぞ、弟が高校受験だろ」
前の席に座る晴美にサンレイが小石を1つ差し出した。
「ありがとう、希望校ギリギリだって言ってたから肌身離さず持たせるよ」
嬉しそうに受け取る晴美を見てサンレイが満面の笑みだ。
「んじゃお菓子の順番決めるぞ」
サンレイが先輩たちに貰ったお菓子を机の上に並べる。
「おお、今日はいつもより多くないか? って言うか倍くらいあるぞ」
小乃子が嬉しそうな声を上げる。
休み時間の度に小乃子や委員長に晴美も一緒に食べるので喜んで当然だ。
「がふふん、今日は先輩たちがいっぱいくれたがお、お菓子朝礼始めるがお」
英二を挟んで左の席ではガルルンが同じように机の上に並べていた。
登校中に貰ったお菓子の食べる順番を決めるのがサンレイとガルルンの日課だ。
ガルルンはお菓子朝礼と呼んでいる。
「授業中は食べるなよ」
言いつけると英二は後ろの席の秀輝の元へと向かった。
「おはよう、今日も遅かったな」
「おう、毎日定時だぜ、遅刻しなきゃいいんだよ」
秀輝がニヤッと悪ガキのように笑いながら挨拶を返した。
メイロイドのララミとサーシャを連れた宗哉が教室へ入ってくる。
「サンレイちゃん、ガルちゃん、おはよう、委員長と久地木さんと篠崎さんもおはよう」
「サンレイ様おはようデス」
「サンレイ様、おはようございます」
爽やかに挨拶する宗哉にサンレイとガルルンが返す。
「宗哉おっはぁ~、今日は遅いな」
「おはようがお、何かあったがう? もう少しで遅刻がお」
「宗哉くんおはよう」
宗哉に名指しで挨拶されて晴美が嬉しそうに返す後ろで小乃子と委員長がおはようと言うように小さく手を上げた。
机にお菓子を広げたままサンレイが宗哉を見上げる。
「そんで何で遅かったんだ? 車故障でもしたのか」
「寝坊しちゃってさ、ララミとサーシャが起こしてくれたんだけど寝惚けてもう少し眠らせろって命令したみたいでね、それでギリギリだよ」
照れるように手櫛で髪をとかしながら宗哉がこたえた。
「佐伯くんも寝坊するのね」
「だらしない英二や秀輝と違って宗哉は完璧だと思ってたよ」
委員長だけでなく小乃子も驚いた様子だ。
「フフッ、毎日のように寝坊してるよ、ララミとサーシャが起こしてくれなければ毎日遅刻さ、今朝みたいにヤバい日も年数回あるよ」
照れるように笑う宗哉に晴美が見惚れている。
イケメンはどんな仕草でも格好良い。
「へぇ、佐伯くんが朝弱いなんて知らなかったわ」
「うん、パチッと目を覚ましてテキパキ支度するって思ってたよ」
からかうように言う委員長の横で晴美も楽しそうに自然と会話に入ってきた。
小乃子が教室の後ろにいる英二たちをちらっと見てから口を開く、
「ほんと、ほんと、宗哉は勉強は出来るし運動も普通に出来るからな、何でもできると思ってたよ、実際に遅刻する秀輝や英二と違ってさ」
そこへ英二と秀輝がやって来る。
「聞こえてるぞ小乃子」
「へいへい、俺らはどうせだらしないからな」
じろっと小乃子を睨む英二の隣で秀輝がふざけながら続ける。
「高校生は遅刻して一人前だぜ、なぁ英二」
「いや、俺はサンレイがきてから遅刻はしたことないからな」
「なっ、この裏切り者…… 」
秀輝が文句を言おうとした時、授業開始のチャイムが鳴った。
「1時間目は恭子ちゃんの国語だぞ」
「恭子ちゃん先生優しいから好きがお、ガルの描いた絵を褒めてくれるがお」
サンレイとガルルンが並べてあるお菓子を机の中に仕舞った。
直ぐに授業が始まる。
1時間目は担当でもある小岩井恭子先生の国語だ。
サンレイとガルルンが落書き帳を机の上に広げる。
授業で時間が余った時や終わった後で小岩井先生は2人が描いた絵に点数を付けてくれるのだ。
おっとりとしていて優しい小岩井先生がサンレイもガルルンも大好きである。
「がふふん、シャチとアザラシを描くがお」
左の席からガルルンの呟きが聞こえてきた。
昨晩見たドキュメント番組でシャチがアザラシを狩るのを2人がキャーキャーいいながら見ていたのを英二が思い出す。
シャチが大好きなのを知っている英二が当然サンレイもシャチの絵を描くんだろうなと右の席に座るサンレイに振り向く、
「どうした? 」
思わず小声で呟いた。
マジ顔をしたサンレイが黒板に向かう小岩井先生の背をじっと見つめていた。
釣られるように英二も小岩井先生を見つめるが別に普段と変わりはない。
「どうしたんだ? 小岩井先生に何かあるのか? 」
教科書で顔を隠すようにして小声で訊く英二の背をガルルンが突っついた。
「恭子ちゃん先生に悪い気が付いてるがお、サンレイは何が憑いてるか見極めようとしてるがう、ガルは憑いてるのを叩き切るのは出来るがお、でも見極めるとか苦手がう、だからサンレイに任せるがお、今はシャチを描いて恭子ちゃん先生に褒めてもらうがお」
「成る程な…… 」
左を向いてガルルンの話しを聞いていた英二の耳に後ろから小乃子の声が聞こえてきた。
「マジかよ、また除霊するのか? 」
「小岩井先生優しいから霊も寄ってくるのかな」
小乃子だけでなく晴美の声に英二が右に向き直る。
後ろの席の小乃子がシャーペンでサンレイの背を突き、前席の晴美が不安顔で振り返っている。
「そだな、除霊だぞ、恭子ちゃんに悪さするヤツはおらが許さないぞ」
「おっ、やる気満々だな」
険しい顔のままサンレイが言うと小乃子がやったというようにギュッと拳を握り締める。
「サンレイちゃんがいるから安心だね」
晴美の顔に安堵が広がる。
「あんまりサンレイを嗾けるなよ」
英二が迷惑顔で注意すると晴美がさっと前に向き直り、小乃子がすっと教科書で隠れる。
何事かと英二が前を見ると小岩井先生がじっと見ていた。
「授業中はお喋りはダメですよぉ~、じゃあ、高野くん98ページから読んでください」
「なっ……何で俺だけ…… 」
小乃子をキッと睨むと英二が教科書を読み始める。