第47話 「一つめ」
参道から少し離れた脇道で若いカップルと子供が何やら揉めていた。
「不純極まりない、人間の性の乱れがこれ程とは………… 」
ボロを纏った少年がイチャついていたカップルに難癖を付けたらしい。
「なっ……何すんだよ…… 」
地面に転がる若い男が震える声を出しながら少年を見上げる。
初めは話して追い払おうとしたがボロを纏った少年は去らないどころか益々難癖を付けてくるので彼女に良いところを見せようと殴り掛かった男が逆に倒されたらしい。
「尊い初物を遊び感覚で散らす人間どもに仕置きをしただけだ」
じろっと睨む少年に立ち上がった男がまた殴り掛かる。
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ! 」
「一つ目回し」
少年が手を回すと殴り掛かった男がくるっと回って自分から地面に転がった。
「あがっ! いってぇ~~ 」
脇の岩に頭をぶつけて血を流す男に彼女が抱き付いた。
「止めてぇ~、誰か助けてぇ~~ 」
ボロを纏った少年が2人の前に立つ、
「どけ、俺様は初物以外なら女だろうと容赦はせん、一つめ以外に尊いものはないのだ」
「きゃぁあぁ~~ 」
殴られた女が悲鳴を上げて転がった。
野次馬の中からガタイのいい男が出てきた。
「おい、何してんだ? 」
「女を殴ることないだろが! 」
ボロを纏った少年が振り返る。
「俺様に意見するとはいい度胸だな」
見るからに柄の悪い男が声を荒げる。
「何だとこのガキ! 」
「汚いガキだな、やっちまおうぜ」
周りを囲んでいた野次馬から仲間らしい男が数人出てきてボロを纏った少年を取り押さえようと近付く、
「ぐははははっ、死にたいらしいな……俺様は初物以外には情けはかけん」
少年がバッと両手を振ると男たちが吹き飛んで転がった。
「きゃぁ~~ 」
男たちの知り合いだろうか、派手な化粧をした女が悲鳴を上げる。
少し離れた木の上でサンレイとガルルンが見ていた。
「何だあの妖怪? ガルルン知ってるか? 」
大きな木の枝に立ってサンレイが訊くと反対側の枝に立つガルルンが首を傾げる。
「匂いは嗅いだことがあるがお…… 」
ガルルンは走り易いように着物の裾を捲っている。
サンレイはバチバチと青い雷光を纏っていた。
得意の瞬間移動、電光石火で木の上に登ったのだ。
ガルルンがパッと顔を上げる。
「思い出したがお、この匂いはたぶん一つ目小僧がう、でも化けてるから正体はわからないがお」
「一つ目か……ガルルンが言うなら間違いないぞ」
観察するように見ているサンレイとガルルンに英二たちが追い付いた。
「サンレイのやつ何処に居るんだ? 」
キョロキョロ探す英二たちの後ろ、追い掛けてきたメイロイドのサーシャが木の上を指差した。
「サンレイ様はあそこデス」
「あんな所に……よかった。まだ戦ってないようだな」
木の上に居る2人を見て安堵する英二の隣で宗哉がサーシャを褒める。
「よく見つけてくれた。ありがとうサーシャ」
「どう致しましてデス、サンレイ様なら近くに居れば直ぐにわかりますデス」
嬉しそうに微笑むサーシャの隣でララミが続ける。
「サンレイ様にはまた術をかけて貰いましたからセンサーを使わなくともわかります。ちびっ子がバカをしないように見張りは任せてください」
相変わらず口は悪い、ララミとサーシャが悪霊や妖怪たちに乗っ取られないようにサンレイが術をかけている。その影響か、近くならサンレイを感知できるのだろう。
サンレイとガルルンが木の上から飛び降りた。
「おぅ英二、やっと来たか、一つ目だぞ」
「一つめ? 」
首を傾げる英二の隣で秀輝が聞き返す。
「一つ目って一つ目小僧か? 」
「化けてるからわからないがう、でもたぶん一つ目小僧で間違いないがお」
サンレイの代わりにガルルンがこたえてくれた。
英二たちがボロを纏った少年に向き直る。
「あれが一つ目小僧か……でも目が2つあるな」
「化けてるってガルちゃんが言ってたよ」
不思議そうな英二の左で宗哉が言った。
「そだぞ、化けてんだ。一殴りしたら正体見せるぞ」
今にも飛び出しそうなサンレイを英二が慌てて押さえる。
「慌てるな! 状況がわからん、一つ目小僧が悪くなかったらどうする? 」
少年の周りに倒れているのは柄の悪そうな男たちだ。
初めから見ていない英二たちにはどちらが悪いのか判断できない。
暫く様子を見ていた所へ小乃子たちがやって来た。
「何があったんだ? 」
興味津々な小乃子にサンレイがニヤつきながら話し出す。
「一つ目小僧だぞ、一つ目がイチャついてたカップルに喧嘩売ってんだ」
「一つ目小僧ってあの子供が? 」
少年を凝視する委員長の横にガルルンがやって来る。
「まだはっきりとはわからないがう、でも昔遭った一つ目小僧と同じ匂いがするがお」
晴美がガルルンと手を繋ぐ、
「でも普通の子供じゃないよね、ボロボロの着物着てるし…… 」
怖がる晴美の手をガルルンがしっかりと握り返す。
「心配無いがお、一つ目小僧なんて怖くないがお、ガルの方がずっと強いがう」
「うん、ガルちゃんとサンレイちゃんがいれば安心だよ」
手を繋いで安心したのか晴美が微笑んだ。
「そだな、おらたちの敵じゃないぞ、でも英二なら結構強敵になるぞ」
英二がバッと振り向いてサンレイを見つめる。
「また俺が戦うのか? 」
自身を指差す英二を見てサンレイがニタリと企むように笑った。
「敵なら英二が戦うんだぞ、一つ目くらい倒せるぞ、修業の成果を見せてやれ」
英二は霊力を使いこなす修業を続けていた。
爆発する能力の基本は習得して今は応用の鍛錬をしている。
「なんで俺が妖怪と戦わなくちゃいけないんだよぉ…… 」
厭そうに呟く英二の背をサンレイがバンバン叩く、
「にひひひひっ、英二の力を狙ってんだぞ、霊力を取り込めば苦労しないでパワーアップできるからな、んだから、自分の身は自分で守るんだ。一つ目くらい倒せないとダメだぞ」
「なんで俺にそんな力が……今まで何もなかったのに………… 」
サンレイやハチマルと出会ってから力が発現したのは英二もわかっている。サンレイと出会えたことは感謝している。だから愚痴の一つも言いたいが言葉を濁して最後まで言わない。
晴美と手を繋いだままガルルンが振り返る。
「心配無いがお、英二が危なくなったらガルが助けてやるがお」
「ガルちゃん頼んだよ」
力無く頼む英二の横に宗哉がやってくる。
「取り敢えず様子を見よう、一つ目小僧が悪いのか彼奴らが悪いのかわからないからね」
宗哉が倒れている柄の悪そうな男たちを指差した。
倒れていた男たちが背中や腰を摩りながら立ち上がる。
「痛てて……何しやがった? 」
「合気道か何かか? 」
「油断しただけだ! 今度はそうはいかねぇからな」
野次馬が見ているので男たちが粋がって引かない。
「初めが肝心、一つめだから手加減してやった」
ボロを纏った少年が男たちをじろっと睨み付けた。
「だが次は手加減せん、死にたいヤツから掛かってこい」
「何言ってやがる。お前がそこの2人にいちゃもんつけたんだろが、てめぇから喧嘩売ったんだろがよ」
少年の後ろに倒れているカップルを男が指差す。
「不純なものへ罰を与えただけだ。近頃の人間は性を大切にせん、一つめが肝心なのだ。初物が尊いのだ。スポーツ感覚でエッチをするなど神が許しても俺様が許さん」
ボロを纏った少年が両手を構える。
「何が許さんだ。バカにしやがって」
「ボコボコにしてやるぜ」
野次馬が見ている手前、男たちも引くに引けないのか怒りに顔を赤くして身構える。
英二の隣でサンレイが顔を顰める。
「ヤバい、彼奴ら殺されるぞ」
「なっ、サンレイ…… 」
英二が助けてやれと頼む前にサンレイの姿がバチッと雷光を残して消えた。
「お前から死にたいのか? 」
正面にいた男に向けてボロを纏った少年が手をくるっと回す。
次の瞬間、青い雷光に包まれて男が吹っ飛んで転がった。
「邪魔だぞ、お前らみたいなクズ人間でも英二の頼みだからな」
ボロを纏った少年の前に現われたサンレイが両手を広げるように左右に振る。
「うぉう! ぐわぁ! びひぃ! 」
周りにいた柄の悪い男たちが青く光る雷光に包まれて吹っ飛んで転がっていく、最初の男もボロを纏った少年ではなく電光石火で現われたサンレイが吹き飛ばしたのだ。
「俺様の邪魔をする気か? 何者だ貴様」
ボロを纏った少年がじろっとサンレイを睨み付けた。
後ろで始めに吹き飛ばされた男がよろよろと立ち上がる。
「痛てて……身体が痺れる……そこのチビ、何をしやがった? 」
助けて貰ったとも知らない男がサンレイに罵声を浴びせた。
サンレイがくるっと振り返る。
「誰がチビだ! バカは引っ込んでろ、一つ目じゃなくておらがぶち殺すぞ」
野次馬を掻き分けて英二が前に出てくる。
「サンレイ、相手が違うからな」
「まったく……英二は煩いぞ、わかったぞ」
サンレイがバチッと姿を消した。
「閃光キィ~ック! 」
ボロを纏った少年の右にパッと姿を現わしたサンレイが青い閃光をあげるキックをぶちかます。
「グババァ~~ 」
少年が吹っ飛んで石灯籠にぶつかって倒れた。
「なっ、何が……あのチビ消えなかったか? 」
「消えたぞ、それに火花出てたぞ」
周りで見ていた柄の悪い男たちだけでなく野次馬たちも騒ぎ出す。
「グガァガァ…… 」
苦しげに唸りながら少年が立ち上がる。
「何だ貴様は! 何者だ」
少年がサンレイを指差した。
「何だ貴様って言ったな」
サンレイがニヘッと悪い笑みをする。
「そうです。おらが変なおじさん……じゃなかったサンレイちゃんです」
サンレイがバカにするように踊り出す。
「サンレイちゃん、ったらサンレイちゃん、サンレイちゃんったらサンレイちゃん」
「また変なテレビの真似してるし…… 」
「よっ、待ってましたサンレイちゃん」
弱り顔の英二の後ろで小乃子が楽しそうに声を掛けた。
ボロを纏った少年がくるっと振り返って英二たちを睨み付ける。
「貴様らか……ぐははははっ、此処に集まった人間たちの気を吸って力を溜めてから戦おうと思っていたが見つかっては仕方がない」
少年が両手でささっと顔を撫でた。
「キモっ! 」
「マジで一つ目だ」
顔を顰める委員長の前で小乃子が驚きの表情だ。
手を離した少年の顔の中央に大きな目が一つあった。
先程までの普通の人間の顔は無い、鼻も無く大きな目と口が付いているだけだ。
ガルルンと繋いでいた手に晴美が力を入れる。
「ほんとに一つ目……怖い…… 」
手をギュッと握り締める晴美をガルルンが見上げる。
「ガルが居るから安心するがお、晴美には手出しさせないがう」
「ガルちゃんありがとう……ガルちゃんみたいに可愛いなら怖くないんだけど、一つ目は怖いよ」
ガルルンとしっかりと手を繋いだ晴美が苦笑いだ。
「怖いと言うよりキモいわね、カエルよりはマシだけど」
委員長が嫌いな蛇や蛙と比べてブルッと震える。
「目があたしの拳くらいあるな、頭の中どうなってるんだろうな? どんな風に見えるのかな? あれで睨まれたら怖いよな」
一人楽しそうな小乃子の前、英二と並んで見ていた秀輝が振り返る。
「お前よく平気だな、あの顔は俺でもビビるぜ」
英二を挟んで秀輝と並んでいた宗哉が前を向いたまま口を開く、
「確かにインパクトあるよね、あの大きな目からビームとか出しそうだよ」
「勘弁してくれ、俺が戦うかも知れないんだからな」
秀輝と宗哉の間で見ていた英二が情けない声を上げた。
後ろで小乃子たちと並んで見ていたガルルンが晴美と繋いでいる手とは反対側の手で英二の背を突く、
「知れないじゃ無いがお、英二が戦うがう、サンレイが本気なら初めの一撃で殺してるがお、英二の相手をさせるから手加減してるがお」
英二がサッと振り返る。
「危なくなったら直ぐに助けてくれよ、サンレイは楽しんでるし、ガルちゃんだけが頼りなんだからな」
「がふふん、ガルに任せるがお、危ないって思ったら直ぐに助けてやるがう、ガルはできる女がお」
「頼んだよ…… 」
得意満面で鼻を鳴らすガルルンに念を押すと英二が前に向き直る。
後ろから小乃子が英二の肩をギュッと掴む、
「頑張れよ英二」
英二が小乃子の手を叩いて払う、
「煩い! 他人事だと思いやがって」
「あははははっ、怒るなよ、いや、怒れ、怒りを一つ目小僧にぶつけて爆発させてやれ、爆弾魔英二の得意技だ」
サンレイとガルルンの態度から一つ目小僧がそれ程強い相手ではないとわかったので余裕で英二をからかったのだ。
「爆弾魔じゃねぇ! 爆発使いだ。犯罪者みたいに言うな」
振り返って怒鳴る英二の肩を秀輝が掴む、
「サンレイちゃんが動くぜ」
慌てて向き直る英二の前でサンレイが雷光を纏う、
「目玉焼きにしてやるぞ」
バチバチと青い火花を上げてサンレイが突っ込んでいく、英二たちには目で追えないくらいに速い。
「雷パァ~ンチ! 」
サンレイの基本技の一つ、電撃パンチを一つ目小僧が体を捻って紙一重で避ける。
「マジかよ、サンレイちゃんのパンチを避けたぜ」
驚く秀輝の後ろでガルルンが口を開いた。
「あれくらいの速さは避けられるがお、一つ目小僧は目が良いがお、目だけならサンレイやガルよりずっと良いがお、でも、目に頼りすぎがう、耳や鼻は悪いがお、ガルは五感を使って戦うから目だけの一つ目なんかに負けないがお、サンレイも遊んでるがう、電光石火の瞬間移動なら目で追うのは出来ないがお、電光石火なら一瞬で片が付くがお」
隣で聞いていた委員長が溜息をつく、
「サンレイちゃん笑ってるもんね、高野くんをからかってる時の顔してるわよ」
「やっぱり俺に戦わせる気か…… 」
厭そうに呟く英二の後ろで小乃子がひょいっと首を伸ばしてガルルンを見る。
「目と口しか無いけど鼻付いてるのか? 」
妖怪には慣れたのか小乃子は初めから少しもビビっていない。
「ちっちゃい穴が空いてるがお、近付いて見ないとわからないがう」
ガルルンが自分の鼻を指差しながら教えてくれた。
英二たちが話している間にもサンレイと一つ目小僧の戦いは続いている。
「閃光キィ~ック! 」
サンレイの目にも留まらぬ速さのキックを一つ目小僧が軽々と避けた。
「ぐははははっ、そんなものが俺様に利くか、お前の技など全て見切っている」
大笑いすると一つ目小僧が両手を構える。
「一つ目回し」
手をクルクル回すとサンレイの体がくるっと回って吹っ飛んだ。
「サンレイ! サンレイちゃん」
倒れて転がるサンレイを見て英二たちが叫ぶ、
「にへへへへっ、面白い技だな」
楽しそうに笑いながらサンレイが起き上がる。
「バカな……骨を砕いたはずだぞ」
驚く一つ目を見てサンレイがニヤッと悪い顔で笑う、
「お前の妖力がおらに利くと思ってるのか? ブンブンバリアーで着物も汚れてないぞ」
「バリアーだと…… 」
顔を顰める一つ目小僧の正面にサンレイが歩いてやって来る。
「勘違いすんな、バリアーは着物が汚れないように使っただけだぞ、お前の技は妖気でおらの体を掴んで投げ飛ばしたんだろ? 結構凄い技だぞ、格下の妖怪なら骨を砕かれてるぞ、でもおらには利かないぞ、お前如きが敵う妖力じゃ無いからな」
「俺様より強い妖力だと…… 」
先程まで余裕だった一つ目小僧の顔に焦りが浮んだ。