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第43話

 夜の10時過ぎに英二がバイトから帰ってきた。


「お帰りがお」


 足音と匂いでわかったのだろうガルルンが玄関で出迎える。


「ガルちゃんただいま、チーカマ買ってきたよ、それと期限切れ間近のプリン貰ってきたから…… 」


 英二の話が終わらぬ内にサンレイの大声が聞こえてきた。


「おらのアイス忘れてないだろうな」


 階段を降りてくるサンレイを見て英二が呆れ顔でこたえる。


「忘れてないよ、チョコモナカと新しい味のカリカリくん買ってきてるよ」


 ムスッとしたサンレイの顔にパッと笑みが広がる。


「愛してるぞ英二、それでこそおらの夫だぞ」

「誰が夫だ……それよりハチマルは元気にしてたか? まだ出てこれないのか? 」


 怒鳴ろうとしたがサンレイが四国の祖父の家に帰っていたのを思い出してハチマルの事が口から出た。


「アイスと愛してるを掛けたんだぞ、アイスを愛するように英二も愛してるからな」

「そんなダジャレはいいからハチマルの事だ」


 逸る英二の前でサンレイがニッと可愛い笑みを見せた。


「心配無いぞ、ハチマルは元気だぞ、山の霊気と社にいる姉さんと妹から力を貰って普通に話せるくらいに回復したぞ、人間の姿で出てくるのはまだ無理だけどな」

「そうか……良かった。本当に良かった……話せるのなら俺だけじゃなくて秀輝や小乃子たちも待ってるからなって言っておいてくれ」


 涙を溜めて喜ぶ英二の頭を階段の上からサンレイがポンポン叩く、


「自分で話すといいぞ、今の英二なら今度帰った時に話しくらいできるぞ」

「マジか!! 」


 英二が大声を出しながら頭を叩くサンレイの手を握り締めた。


「おらとガルルンの修業で英二の霊力が上がってるからな、短時間の話しなら英二1人でもできるぞ、傍におらが居れば一日中でも話せるぞ、それくらい英二は凄いんだぞ、自分の力に自信を持てよ」

「くそっ、バイトが無かったら直ぐにでも行きたいぜ、秀輝に話してどうにか休むか」


 そわそわする英二の頬をサンレイがペシペシと叩いた。


「止めといた方がいいぞ、バイトや学校をサボって行ってもハチマルは喜ばないぞ、おらやハチマルに服や靴を買うためにバイトしてるって話したらハチマル喜んでたぞ、休みの日にでもゆっくり行けばいいぞ」

「そうだなハチマルはそういうのは嫌いだったな」


 満面の笑みをしたガルルンが英二の背に手を当てた。


「英二良かったがお、ガルもハチマルに会いたくなったがお」

「うん、今度みんなで会いに行こう、秀輝や小乃子誘ってみんなで…… 」


 自身に言い聞かせるように言うと英二は手に提げていた袋をガルルンに渡す。


「忘れてた。ハイお土産、アイスは3つあるからガルちゃんも1つ食べるといいよ、プリンはガルちゃんとサンレイの2つだ。チーカマはサンレイに盗られないようにね」


 チーカマとプリンとアイスが入った袋を受け取りながらガルルンが口を開く、


「外は寒かったがう、お風呂追い炊きしておいたがお、温まるといいがう」


 英二が感極まったように上を向く、


「ありがとう……ガルちゃんは気が利くよね、優しいよね、誰かとは大違いだよね」


 ここぞとばかりにサンレイに当てつける英二の横でガルルンが鼻を鳴らす。


「がふふん、寒い夜に帰ってきた夫を温めるのは妻の役がお、ガルはできる女がう」


 英二がガルルンの頭を撫でる。

 本当は抱き締めたいのだがサンレイが見ているのでそこまではできない。


「うん、ガルちゃんなら良い嫁になれるよ、ガルちゃんだったら幸せだよ」

「どゆことだ? おらの時とは全然違うぞ」


 階段の上に立つサンレイがムスッと頬を膨らませて英二の頭をポンポン叩いた。

 英二が厭そうな顔をして頭を叩くサンレイの手を払い除ける。


「ガルちゃんが追い炊きしたり気を使ってるのにサンレイはゲームでもして遊んでたんだろ? 今だって俺を出迎えたんじゃなくてアイスが欲しくて出てきただけだろ」

「なっ、違うぞ、おらだって英二を出迎えに出てきたぞ、愛する夫が帰ってくるのを千秋の思いで待ってたんだぞ」


 慌てて言い訳するサンレイを英二がじとーっと見つめる。


「本当かな……俺よりアイスを待ってただけじゃないのか? 」


 横にいたガルルンが英二の腕を引っ張る。


「サンレイは妖怪テレビに夢中になってたがお、いつもは気配で気付くのに今日は英二が帰ってくるのも分からなかったがお」


 サンレイが大慌てでガルルンの口を塞ぐ、


「なっ、何言ってんだバカ犬! 違うからな、妖怪テレビに夢中で英二の事すっかり忘れてたんじゃないからな」


 俺の存在自体を忘れられてたのか……、何とも言えない表情でサンレイを見つめていた英二だが直ぐに気を取り直す。


「まぁ俺の事はいいや、それより妖怪テレビ見せてくれ、サンレイが夢中になるくらいだから面白いんだろう? 」

「面白いぞ、世の中の厭な事みんな忘れるくらいだぞ、そんで英二の事も忘れてたんだぞ」


 にぱっと笑顔で話すサンレイを見て英二が弱り顔だ。


「みんな忘れちゃダメだからな、俺の事は忘れないでくれ」


 ガルルンがまた英二の手を引っ張る。


「とにかく面白いがお、英二も一緒に見るがう」

「じゃあ風呂に入ってくるよ、体温めてからゆっくり見るよ」


 着替えを取りにサンレイに続いて英二が階段を上っていく、ガルルンはアイスが溶けないように冷蔵庫に入れにいった。



 寝間着にしているジャージに着替えた英二が風呂から出てきた。


「そいつら全部叩き切ってやればいいんだぞ」

「鬼平は格好良いがお」


 リビングからサンレイとガルルンのはしゃぐ声が聞こえてくる。

 この時間帯は両親とテレビを見ている事が多い、今日は再放送の時代劇を見ているらしい、2人がテレビに夢中になっている間に英二は宿題や勉強をするようにしているのだが冬休みでそれも無い。


「英二上がったがお」

「鬼平も終わったし丁度だぞ」


 台所でジュースを飲んでいた英二の元へガルルンとサンレイがやってくる。


「んじゃ妖怪テレビ見るぞ」


 にぱっと笑顔のサンレイの脇を通ってガルルンが冷蔵庫を開ける。


「妖怪テレビ見ながらプリン食べるがお」


 サンレイがくるっと回って冷蔵庫に手を掛けた。


「おらはアイスも食べるぞ」


 本当によく食うな……、英二が溜息をついた。

 何をされるのか分からないので口には出さない。


 階段を上る3人にリビングから母が声を掛ける。


「サンレイちゃんもガルちゃんも寝る前にちゃんと歯を磨くのよ、英二頼んだわよ」


 先を上っていたサンレイが振り返ってニヤッと笑う、


「そだぞ、おらが虫歯になったら英二の所為だからな」


 英二が顔の前でブンブン手を振る。


「いやいやいやいや、人の所為にするな、分かってるならちゃんと歯を磨け」

「磨くか磨かないか、あなた次第です」


 サンレイがビシッと英二を指差した。


「また変な番組の真似をする……あなた次第じゃなくて自分の事だからな磨かないとダメだからな」


 英二がサンレイの頬を摘まんで引っ張る。


「にゅひひひひっ、止めろよ、擽ったいだろ、ほっぺ伸びるぞ」


 叱られたサンレイが嬉しそうに体を捩らせる。この叱り方は逆効果だ。

 後ろからガルルンが英二の背を突く、


「ガルは虫歯にならないがお、虫歯菌がいないがお」


 振り返った英二が弱り顔で口を開く、


「虫歯関係無しに歯は磨こう、匂いとか嫌われないようにな」

「匂いがお? 臭くなるがお……英二に嫌われるのは厭がお、ちゃんと歯を磨くがお」


 素直なガルルンを見て英二の頬が緩んでいく、


「ガルちゃんは偉いなぁ~、後で一緒に歯磨きしような」

「がふふん、ガルはできる女がお、朝晩の歯磨きもするがお」


 得意気に鼻を鳴らすガルルンの頭を英二が撫でた。

 階段の上からサンレイが英二に抱き付く、


「英二と一緒に……歯を磨きながらあんな事やこんな事を……ズルいぞ、そんなHな事をするならおらも一緒に磨くぞ」


 よろけた英二が手摺りを持って体勢を整える。


「何を考えてる! Hな事なんてしないからな、歯を磨くだけだ」

「だって一緒に磨くんだろ、1つの歯ブラシを交代で……間接キスどころじゃないぞ」

「しないから、だいたいサンレイもガルちゃんも自分の歯ブラシがあるだろが」


 怒鳴る英二からサンレイがパッと離れる。


「何だしないのか……んじゃおらはアイスとプリン食ったらさっさと寝るぞ」


 英二がジロッと睨み付ける。


「歯磨きしないなら今度から土産にアイス買ってこないからな」

「にへへへへっ、冗談だぞ、ちゃんと歯磨きするぞ、んじゃさっさと英二の部屋に行って妖怪テレビ見るぞ」


 誤魔化すように笑うとサンレイはトトトッと階段を上がっていった。



 英二とガルルンが部屋に入るとサンレイがテレビをポンポン叩いていた。


「どうしたがお? 」

「妖怪テレビが映らなかったぞ」

「がわわ~~ん、壊れたがお」


 振り返ったサンレイの困り顔を見てガルルンが悲しそうに叫んだ。


「その機械が妖怪テレビの機械か? 俺のテレビに付けたのか…… 」


 風呂に入る前に着替えを取りに行った時には気が付かなかったが英二の部屋の32型テレビに丸い機械らしき物が繋がっていた。

 サンレイが叩いていたのはテレビそのものではなく丸い機械だ。


「普段ゲームしたりテレビ見るのは英二の部屋だからな」

「ガルの部屋はテレビ小さいがう、サンレイの部屋は英二と同じがお、でも二段ベッドとタンスが邪魔がお、英二の部屋が一番落ち着いて見れるがう」


 俺の部屋は遊び場じゃないんだが……、サンレイの部屋はともかくガルルンの部屋は兄貴の荷物もあって狭いので仕方ないと英二は文句を言うのを止めた。


「それで調子悪いのか? 故障か? 」


 英二も不安顔で訊いた。

 正直言って妖怪テレビに興味津々だったのだ。


「ノイズが入るんだぞ、おらが居るから妖力に不足はないはずだぞ、妖気がどこかで歪んでるのかな? 」


 テレビの横にある丸い機械をポンポン叩きながらサンレイが言った。


「機械は叩くな……その丸いので妖怪テレビが見れるのか? 」

「そうがお、丸いのが妖力チューナーがう、妖気を受信してテレビに映るように変換してくれるがお」


 サンレイの代わりにガルルンがこたえてくれた。


「あっ、映ったぞ」


 パッとテレビが点いた。


「妖気の調子が悪かっただけみたいだぞ」


 丸い機械から手を離してサンレイが英二の隣りにやって来る。


「おおぅ、マジで妖怪が映ってるな」


 テレビに映る毛むくじゃらの生き物を見て英二が思わず高い声を上げた。


 ニュース番組だろうか? 狸のような妖怪がどこかの山奥の事を話している。

 何度も妖怪と会っている英二には特殊メイクや着ぐるみなどでは無いのは見ただけでわかった。

 雰囲気が違うのだ。テレビを通して妖気のようなものを感じる事が出来る。


「う~ん、凄いけど何を言っているのか分からん」


 狸のような妖怪が話す言葉は訛りが酷く、おまけに聞いた事もないような単語ばかりで英二には解読不可能だ。

 食い入るように見ている英二の背中をサンレイが叩く、


「今年は雪が多くて氷系の妖怪が大喜びしてるってニュースだぞ」

「ニュースなんてどうでもいいがお、もう直ぐ妖怪みんなの歌が始まるがお」


 ガルルンがテレビの正面に小さなテーブルを持ってきた。

 普段はベッドの脇に置いてあるテーブルだ。


「妖怪みんなの歌って昼に言ってたヤツだよね、ガルちゃんとサンレイが大好きな番組だよな、もう直ぐ始まるのか? 楽しみだな」


 英二がファンヒーターを点けながら訊いた。

 風呂上がりの自分はもちろんだがサンレイやガルルンが風邪をひかないようにと思ってだ。


「そだぞ、妖怪みんなの歌はおらやガルルンだけじゃなくてハチマルも好きだぞ」

「今一番人気がある番組がお、これを見ないと妖怪たちの話しに入れないがお」


 アイスの袋を開けるサンレイの横でガルルンが付け足して教えてくれた。


「そんなに人気番組なのか…… 」


 英二は期待の中に不安もあると言った複雑な表情だ。

 サンレイが英二の顔を覗き込む、


「用意しないとな、英二は鼻毛があるから大丈夫だぞ」

「鼻毛って? 」


 意味が分からないという顔で訊く英二にガルルンが毛抜きを差し出す。


「毛抜きを使うといいがお、ガルは夕方から見てるからもう抜く鼻毛が無いがお」

「おらたちの代わりに英二が鼻毛を抜くんだぞ」


 2人に見つめられて英二が軽くパニクった。


「えっ!? 何? 妖怪テレビを見るためには鼻毛がいるのか? 何かの儀式か? 」

「テレビで言ってるがお、良い子は鼻毛を抜くがお」


 笑顔のガルルンが英二に毛抜きを握らせる。


「テレビで? どういう事? 」


 険しい顔の英二にサンレイが話し始める。


「妖怪テレビは出来てから7年しか経ってないからな、だから人間の放送の真似をしてるんだぞ、そんで番組が始まる前に鼻毛を抜いてって言うんだぞ」

「いやいや、意味が分からないから、何で鼻毛を抜く必要があるんだ? 」


 分からないと振る手をガルルンが引っ張る。


「見てればわかるがう、もう直ぐ妖怪みんなの歌が始まるがお」

「座って見るぞ、英二は真ん中だぞ」


 ガルルンとサンレイに腕を引かれて英二が小さなテーブルの前に座る。

 丁度テレビの正面だ。英二を挟むように右にサンレイが座って左にガルルンが座る。


 狸のような妖怪がやっていたニュース番組らしきものが終わった。

 コマーシャルのようなものが流れた後に次の番組が始まる。


「あっ、猫耳だ」


 テレビに猫耳を付けた女が映る。

 幼児番組に出てくるお姉さんといった感じだが頬や手足に毛が生えている妖怪だ。


 ニッコリと微笑んでいた猫耳お姉さんが大きな声を出す。



『良い子のみんなぁ~~ テレビを見る時はヘアーを明るくして鼻毛を抜いてね』



「ぶはっ!! 」


 思わず吹き出す英二の左右からサンレイとガルルンがしがみつく、


「今だぞ、鼻毛を抜け英二」

「早くしないと間に合わなくなるがお」

「なん!? なんで…… 」


 戸惑う英二からサンレイが毛抜きを奪い取る。


「ええぃ、おらが抜いてやるぞ、ガルルン押さえろ」

「わかったがお、鼻毛全部抜いてやるがお」


 押さえようとするガルルンと鼻に手を伸ばしてくるサンレイから必死に逃げる。


「待て!! 違うから、間違ってるから、絶対に違うから、鼻毛じゃなくて離れて見てくれって言いたいんだろ、さっき人間の放送の真似してるって言ってたよな、真似してるらしいけど間違ってるから」


 止めろと両手を前に突き出す英二を見つめてサンレイとガルルンが動きを止めた。


「間違い? どゆことだ? 」

「何が間違ってるがお? 」


 じろっと睨むサンレイと子犬のように首を傾げるガルルンを前に英二が息を整える。


「人間の番組の真似をしてるって事だよな、それじゃ『テレビを見る時はヘアーを明るくして鼻毛を抜いてね』って言うのは間違いだ。『テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね』って言いたいんだと思う、目が悪くなるとダメだから部屋を明るくしてテレビから離れろって事だ。サンレイとガルちゃんがよく見るアニメの前とかでも言ってるだろ」


 睨んでいたサンレイが少し考えてから大きく頷く、


「おおぅ、そだぞ、アニメの前によく言ってるぞ、何だ間違いだぞ、鼻毛抜くなんておかしいと思ってたぞ」


 ガルルンがバッとサンレイに振り向く、


「マジがお、抜きすぎてガルの鼻の中ツルツルになってるがお」

「おらもだぞ、でも鼻毛のケアは完璧だぞ」


 グリグリ鼻を触るガルルンの向かいでサンレイが自慢気だ。

 英二が何ともいえない哀れむような目で2人を見つめる。


「テレビで言われる度に抜いてたのか……もう抜いちゃダメだからな、鼻毛抜きすぎたらバイ菌入って喉痛くなったりするからな、鼻の外に出てきたりムズムズした時に毛を切るだけでいいからな、それとテレビは離れて見ろ、いいな」

「どれくらい離れるがお? 」


 首を傾げるガルルンにサンレイが向き直る。


「ガルルンは目が良いから1キロメートルくらい離れないとダメだぞ、近くだと目が悪くなるぞ」

「おおぅ、流石サンレイがう、じゃあ1キロ離れるがお」


 立ち上がろうとしたガルルンの手を英二が掴む、


「何処へ行くんだ? 1キロなんて部屋の外どころか秀輝の家まで行けるぞ」

「外がう……テレビ見れなくなるがお…… 」


 暫く考えていたガルルンがサンレイを睨み付ける。


「本気で行くつもりだったのか? ガルルンは目と鼻と耳は良いけど脳味噌腐ってるぞ」

「がわわ~~ん、またサンレイに騙されたがお」

「サンレイの言う事は信じちゃダメだよ、嘘ばかり言ってガルちゃんを困らせて遊んでるんだからな」


 悔しがるガルルンの頭を撫でながら英二がサンレイを睨み付ける。


「にへへへへっ、冗談だぞ」


 誤魔化すように笑いながらサンレイが座り直す。


「そんな事より妖怪みんなの歌始まるぞ」

「今度は誰が歌うがお? 英二も座って見るがお」


 ガルルンもバッと座ると英二の手を引っ張った。


「そんなに面白いのか…… 」


 手を引っ張られた英二が2人の間に座る。

 妖怪みんなの歌が始まった。


「始めに歌うのはこの方でぇ~~す」


 猫耳お姉さんがサッと紹介すると妖怪がステージに立つ、


「うん、うん、うん、ウンチは瞬発力♪ うん、うん、うん、ウンチは瞬発力♪ 」


 ノリノリで腰を振って踊るふんばり入道が画面いっぱいに映る。


「なん……何でふんばり入道がテレビに………… 」

「妖怪みんなの歌は視聴者参加番組だからな、ふんばり入道は応募で当選したんだぞ」


 驚いて言葉を失う英二にサンレイが教えてくれた。


「カラオケ番組みたいなものか……しかし、なんて歌を流すんだ」

「自分で作った歌だぞ、妖怪たちが精魂込めて作るんだぞ、歌声はもちろん歌詞や曲が審査の対象になるんだぞ」

「自作の歌か……うんこの歌が通るんだな」


 厭そうに顔を歪める英二の右でサンレイがボソッと呟く、


「おらも応募したけど中々当たらないぞ」


 英二がバッと振り向いた。


「応募したって何を歌うつもりだ」

「おらが作った『こんにちは』の歌だぞ」

「挨拶の歌か…… 」


 変な歌だと思っていた英二がほっと息をついた。


「そだぞ、元気よく挨拶する歌だぞ」


 んんっと喉を鳴らすとサンレイが歌い始める。


「ね~このお尻からにょ~ろにょろ♪ い~ぬのお尻からにょ~ろにょろ♪ 何だろな? 何だろな? 回虫さんでぇ~~す。こんにちは~~♪、い~ろんなおし~りからこ~んにちわ~、こんにちは~~♪ 」

「何の挨拶だ!! 」


 怒鳴りながら英二はどこかで聴いた歌だと記憶を探る。


「あっ! ハマグリ女房との料理対決で歌ってたな……応募してたのかよ」


 思い出した英二を見てサンレイがニヤッと悪い顔で笑った。


「そだぞ、12月になって直ぐにクリスマスプレゼントで妖怪テレビくれるって社にいる姉さんから連絡あったからガルルンと歌作って応募したけど外れだぞ、選ばれたら英二と一緒に歌うつもりだったのにな」

「俺を巻き込むな」


 外れて良かったと胸を撫で下ろす英二の左からガルルンが抱き付く、


「ガルも応募したけど外れがお、ガルも英二と歌いたかったがお」

「あはは……ガルちゃんも応募したのか」


 力無く笑って誤魔化す英二に抱き付きながらガルルンが歌い出す。


「がおがおゴーゴー、肉が好き~、がおがおゴーゴー、魚好き~、がおがおゴーゴー、カ~ブト好き~~♪ カブトムシ美味しいがお~~ 」

「一緒に歌うって……俺はカブト虫食べないからな」


 弱り顔の英二からガルルンがバッと離れる。


「がふふふふっ、ガルは今も応募してるがお、肉ジャガーの歌がお」


 不敵に笑うとガルルンが違う歌を歌い出す。


「じゃが~、じゃが~、肉ジャガー、がお~♪、ピーマンじゃないよピューマだよ、チーズじゃないよチータだよ、じゃが~、じゃが~、肉ジャガー、がおぉ~~♪ 」


 料理勝負の時に歌っていた歌だ。

 その場限りの歌だと思ったが最後まで完成させていたらしい。


「ズルいぞガルルン、んじゃおらも何か考えて送るぞ」


 英二の右でサンレイがいきり立つ、


「ズルいとかじゃないから……俺を巻き込むのだけは止めてくれ」


 弱り切っておろおろする英二の左右でサンレイとガルルンがサッと座り直す。

 何事かとテレビを見るとふんばり入道の歌が終わって次の妖怪が出てくるところだ。


「おおぅ、河童だぞ」

「あいつ知ってるがお、河童のくせに胡瓜が嫌いなダメ河童がお」


 サンレイとガルルンが食い入るようにテレビを見つめる。

 河童の歌が始まる。

 テンポの良い歌にサンレイとガルルンが体を揺すってノリノリだ。

 幼児番組に夢中になる幼女にしか見えない2人に英二の顔が自然と綻ぶ。



 時刻は夜の11時を回っていた。

 着物のようなぼろを纏った小僧が通りから英二の部屋を見上げている。


「確かに強い気を感じる……妖怪が2匹に1つは人間だな、喰らえば俺様は大妖怪だ。そうなれば女も選り取り見取り、脱DTも近い、ぐはははは…… 」


 山の廃寺でハマグリ女房と何やら話していた一つ目の小僧だ。

 サンレイとガルルンが歌詞を追ってノリノリで歌っていたその時、テレビ画面がグニョっと歪んだ。


「んだ! 妖気がブレたぞ」


 スッと立ち上がるとサンレイがバッと窓を開けた。


「何も居ないぞ…… 」


 開け放った窓からガルルンが顔を突き出して鼻をヒクヒクさせる。


「ガルも感じたがお、でも何の匂いも無いがお」

「感じたって……また妖怪か何かか? 」


 2人の後ろで英二が不安気に訊いた。


「妖怪か何かわかんないぞ、何か居たのは確かだぞ」


 こたえながらサンレイが振り返る。


「霊力の強い人間が通っただけかも知れないぞ、違法電波使ってるトラックと同じだぞ、少し霊力の強い人間が家の前通ったりしたら妖気に影響出て妖怪テレビにノイズが入るんだぞ、だから心配するな、おらとガルルンが居るからな、英二には手出しさせないぞ」

「違法無線のトラックみたいなものって事か」

「そだぞ、妖怪テレビの続き見るぞ」


 サンレイが英二の手を引っ張っていく、


「でも誰の匂いもしなかったがう…… 」


 窓を閉めながら呟くガルルンの声は英二には聞こえなかった。

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