第40話 「料理勝負」
料理勝負会場である佐伯重工のサービスセンターへと着いた。
車から降りる時に秀輝が持つラーメンに英二が気付いた。
「なんでラーメン買ったんだ? 」
秀輝が手に持つ袋を隠しながらガルルンと視線を合わせる。
「ガルちゃんのか…… 」
2人の態度にピンときた様子だ。
「ダメって言っただろ、この間も買い置きの分、夜中に食べてたでしょ? 塩分濃いから時々しかダメって言ってるのに隠れてしょっちゅう食べてるよね」
「だって美味しいがお、思い出したら我慢できなくなるがう、カブト虫と違って年中食べられるのがダメなんだがお」
叱る英二の向かいでガルルンがプクッと頬を膨らませる。
「そこを理性で抑えて我慢しないとダメでしょ、ガルちゃんはチョコやネギ食べて後でお腹痛くなったり下痢したりしょっちゅうしてるだろ、何度言っても利かないんだから」
拗ねるガルルンは可愛かったが健康のためを考えて心を鬼にして叱る。
サンレイがガルルンの頭をポンポン叩く、
「ガルルンに我慢なんて無理だぞ、おらと違ってバカだからな」
「サンレイも一緒だからな、買い置きのアイスを夜中にこっそり食べる子に言われたくありません」
じろっと睨まれてサンレイが秀輝の後ろに隠れた。
「怒るのは後だぜ、勝負が先だろ」
「そうがお、今は勝負がう」
秀輝が持つラーメンが入った袋をガルルンは奪うように取ると建物へと駆けていく。
「そう怒るなよ、ガルちゃんだってわかってるって」
「まったく…… 」
秀輝の執り成しでその場を収めて英二たちも建物へと入っていった。
勝負が行われる部屋には奥にキッチンがあり手前に長机と椅子が並べてある。
サンレイとガルルンとハマグリ女房がそれぞれ自由に使えるように食堂並みのキッチンが3つ並べて置かれていた。
食事を行う机とキッチンの間は6メートルほど離れていて作る人の手元までは見えないが3人がどんな作り方をしているのかを見渡す事ができる。
「じゃあ、もう一度確認するよ」
宗哉の前に女子たちが並ぶ、英二と秀輝は後ろの机に着いている。
「審査員は英二くん、サンレイちゃんとガルちゃんとハマグリさんが料理を作ってそれを英二くんが食べる。全部完食して一番美味しかったものが勝ちだ。どんなに美味しくても少しでも残せば失格、逆も然り、不味くても完食すれば残さなかったものより勝ちになる。サンレイちゃんとガルちゃんには委員長と小乃子さんと篠崎さんがアドバイスに付く、但し手は貸さない、あくまで口頭によるアドバイスだけだ。僕と秀輝も食べるし意見を英二くんにも言うので審査に少しは影響するよ、ハマグリさんを負かすためにわざと残したりはしないが食べられない物は残してもいい、アレルギーとか大変だからね、以上だ。質問あれば今してくれ、後で文句を言っても聞かないからね」
ハマグリ女房がわかったと言うように頷く、
「それでいいわ、私は料理妖怪だからね、英二さんが嘘をついても直ぐにわかるわよ、わざと残しても直ぐにわかるし、ちんちくりんとワンちゃんが可愛くて美味しくも無いのに美味しいって贔屓なんてしても直ぐにわかるわ、そんな事をしたら愛する英二さんでも許さないからね」
英二が慌てて口を開いた。
「贔屓なんてしないよ……でも俺はサンレイとガルちゃんが好きだから2人が作ってくれたものは他より美味しいと思うかも知れないよ、それは贔屓じゃなくて無意識だからな」
ハマグリ女房がニッコリと屈託無い笑みを見せた。
「当然です。愛情に勝る調味料はありません、私も料理妖怪と呼ばれているからにはそんな事は百も承知です。隠さずに素直に言ってくれた英二さんのことを本気で好きになりそうですよ」
ハマグリ女房がサンレイとガルルンに向き直る。
「今の私には英二さんからの愛情という点では2人に大きく負けているでしょう、でもそれを補って余りある料理の実力で英二さんに美味しいと言わせて見せます。私は小さな貝が変化した妖怪です。力ではとても貴女たちには敵いません、ですから約束した以上は私が勝ったら英二さんを貰いますからね」
本気で好きになるってどういう事だろう? 何か他に目的があるんじゃないかと英二が聞こうとしたのをサンレイが遮った。
「わかったぞ、正々堂々と勝負を挑んできた相手に対して失礼はしないぞ、でも1つだけ言っとくぞ、英二を殺そうとしたらおらが実力で阻止するぞ」
「ガルもがお、勝負に勝ってお前が英二の嫁になるのはいいがお、でも英二に危害を加えたらガルが相手になるがお」
サンレイとガルルンがギラッと目を光らせた。
「怖い怖い、そんな事、私はしませんよ、私はね、うふふふふっ」
ハマグリ女房が意味ありげに笑うと英二に振り返る。
「英二さん、直ぐに私だけのものにしてあげますからね、では勝負を始めましょうか」
「そういうのは終わってからにしてくれ」
英二は虚勢を張るがサンレイとガルルンが勝てるとはとても思えないので声が小さい。
「それじゃあ始めようか、何かあればララミとサーシャに言ってくれ」
宗哉が英二の隣に座った。後は料理ができるのを待つだけだ。
ララミとサーシャはキッチンの両脇で待機している。
道具の使い方がわからない時などに聞けば教えてくれる。もちろん不正が無いように監視する役もあった。
用意されたエプロンを着けた2人が英二の前にやって来た。
「裸エプロンの方がよかったがおか? 」
「ならおらはエプロンも着ないぞ、素っ裸で作ってやんぞ」
サンレイとガルルンはエプロン姿でハマグリ女房は割烹着姿だ。
「止めろ!! ハマグリ女房をヘンタイ呼ばわりしてたくせにお前らが変な事してどうするんだ。まったく……ちゃんとエプロン付けないと服が汚れるからな」
「にへへへへっ、わかってんぞ、直ぐに美味しいの持ってくるからな」
「がふふん、ガルの肉ジャガー男爵で英二を虜にしてやるがお」
怒る英二を見てサンレイとガルルンがキャーキャー言いながら逃げるようにキッチンへと走って行った。
料理勝負が始まった。
部屋の右側にあるキッチンをサンレイが使い、左をガルルンが使う、2人に挟まれた中央がハマグリ女房だ。
敵であるハマグリ女房を監視するためと威嚇するために宗哉が決めた順番である。
サンレイに小乃子が付き、ガルルンに晴美が付いてアドバイスする。
委員長は随時2人の様子を見て回りアドバイスする役割だ。
サンレイが牛蒡を笹掻きにしながらガルルンのいる左のキッチンを見つめる。
「おらも晴美ちゃんに教えて貰いたかったぞ」
「あたしじゃ不足ってか? 生姜焼きと金平牛蒡くらいあたしで充分だ」
ムッとする小乃子を見てサンレイが頬を膨らます。
「不足どころか小乃子は何もしてないぞ、しょうがない豚焼きのタレもチンピラの牛蒡の味付けするのも委員長が全部書いてくれた容量守って作ったぞ、後は材料切って焼くだけだぞ、小乃子は牛蒡をもっと細くしろとか生姜はもっと大きくきれとか煩いだけだぞ」
「くそっ、言いたい放題だぜ…… 」
その通りなので小乃子が言い返せなくなって苦い顔をしていると委員長が助け船を出してくれた。
「仕方ないでしょ、篠崎さんは肉じゃが得意なんだからね、サンレイちゃんの作る生姜焼きと金平牛蒡は調味料だけ気を付けて調整すれば後は焼くのと炒めるだけだから小乃子でも大丈夫でしょ、私もサンレイちゃんを重点的にフォローしてあげるから膨れないの」
「そんなのわかってんぞ、おらも肉じゃがにすればよかったぞ、ガルルンはカブト虫の丸焼きでも作ってればいいんだぞ」
拗ねるように言うサンレイの後ろから小乃子が怒鳴る。
「カブト虫の丸焼きなんて英二食わないぞ、失格になってどうする? ほらっ、文句言ってないで手を動かす。牛蒡と人参は同じくらいに細くするんだよ、金平は味と同じように食感が大事だからな」
「はいはい、小乃子は小姑みたいだぞ」
ブツブツと文句を言いながらもサンレイが牛蒡と人参と生姜などを切り終えた。
「材料は揃ったわね、先に金平を作りましょう、冷めても美味しいからね、炒めて火が通ったところで用意していた調味料を混ぜて更に炒めるだけだからね、小乃子任せたわよ」
「オッケー、終わったら呼ぶよ」
気軽にこたえる小乃子を置いて委員長がガルルンの所へと歩いて行った。
「んじゃ焼くぞ」
サンレイがガスレンジにフライパンを置いて火を付ける。
「フライパン温まったら水にさらしてあく抜きした牛蒡と人参を炒めてしんなりしたら調味料入れて1分ほど絡めるように炒めたら完成だ」
小乃子の前でサンレイが牛蒡を炒め始める。
「チンピラは簡単だぞ、下っ端だからな、若頭になると凄く難しくなるんだぞ」
余裕で炒めるサンレイから小乃子が目を離す。
隣で作るハマグリ女房が気になるのだ。
暫くして咽せるような煙の匂いに小乃子が振り返る。
「うわっ、焦げてる焦げてる! 」
「中華の基本は火力だぞ」
濛々と立つ煙の中でサンレイがニッコリ笑った。
「中華じゃねぇ! 金平は和食だ」
「小乃子!! 手を出しちゃダメよ」
慌ててガス台へ向かおうとした小乃子を委員長が大声で止めた。
「おおぅ、そうだった。手を貸すと失格だったな」
振り向いて頷くと小乃子が前に向き直る。
「サンレイ、火を止めろ、フライパンを濡れたタオルの上に置いてそれ以上焦げないようにしろ」
ガルルンの所から委員長が慌ててやって来る。
「サンレイちゃん油引いた? フライパンにこびり付いてるわよ」
「油? 何だそれ、焼くだけだろ? 」
フライパンを下ろしながらサンレイが首を傾げる。
「小乃子! あんたちゃんと見てなかったわね」
珍しく委員長が大声で叱った。
「いや……その……なんだ……ごめん、ハマグリが気になって目を離してた」
罰が悪そうに小乃子が頭を下げた。
6メートルほど離れた机に着いていた英二が頭を抱える。
「何やってんだ…… 」
「煙噴いてたぜ、サンレイちゃんはダメそうだな…… 」
サンレイ贔屓の秀輝も顔を顰めて言葉が出てこない。
宗哉が英二に耳打ちする。
「最悪の場合は約束を反故にして力で戦うからね」
「おいそんな事して大丈夫かよ」
秀輝にも聞こえていたらしく血相を変えた。
「仕方ないだろ、それとも英二くんを引き渡すのかい? 」
「ハマグリは英二が好きなんだろ? だったら仲間に引き入れればいいんだぜ」
その方法があったかと英二が顔を上げる。
若干嬉しそうな英二を宗哉が覗き込む、
「サンレイちゃんとガルちゃんが許すのならね」
「無理だ……ハマグリさんとイチャイチャなんてしてたらサンレイに殺されちゃうよ」
英二はまた頭を抱えて机に突っ伏した。
「あの2人が許すはずないぜ、ハチマルさえいてくれればどうにかなったのにな……仕方ない、最悪戦う事も考えとくぜ」
宗哉と秀輝が顔を見合わせて険しい表情で頷くとまたキッチンへと向き直った。
部屋の左ではガルルンが肉じゃがを作っている。
「じゃが~、じゃが~、肉ジャガー、がお~♪、ピーマンじゃないよピューマだよ、チーズじゃないよチータだよ、じゃが~、じゃが~、肉ジャガー、がおぉ~~♪ 」
自作の変な歌を歌いながら野菜や肉を切っているガルルンの足下にあるスーパーの袋に委員長が気付いた。
「なに? 」
袋をひょいっと拾い上げて中を見た。
「インスタントラーメン? カップ麺もある」
「がわわ~~ん、見つかったがお、見ちゃダメがう、それはガルのおやつがお、英二に内緒で秀輝に買って貰ったがお」
「包丁を人に向けないの」
野菜を切る手を止めて振り返ったガルルンを叱りつける。
「わかったがお、良い子にしてるがう、だから英二には内緒がお」
「まったく……私は言わないけど、どうせ見つかるわよ」
「がっひっひっひ、サンレイの電光石火でガルの部屋まで運んで貰うがう、夜中にこっそり食べたら見つからないがお」
ニターッと悪い顔をするガルルンを見て委員長は大きな溜息をついた。
「私は知りませんから勝手にしなさい、それより料理続ける」
「そうだったがお、ラーメンに構ってる暇ないがお」
ガルルンがまた料理を作り始める。
「じゃが~、じゃが~、肉ジャガー、がお~♪ じゃが~いも、じゃが~いも、いもジャガー、がおおぅ~~♪ 」
待っている英二たちにも聞こえるくらいに大きな歌声だ。
「赤~い、赤~い、人参がお~♪ 赤~い、赤~い、イチゴがお~♪ 」
英二がバッと身を乗り出す。
「イチゴは入れるなよ、肉じゃがにイチゴ入ってたら食わないからな」
「イチゴは冷蔵庫に入ってるがお、食後のデザートがう」
英二の大声にガルルンが鼻歌交じりでこたえた。
「心配無いよ、委員長や篠崎さんが付いてるからね、篠崎さんは肉じゃが得意みたいだからさ、ガルちゃんのは期待できるよ」
不安そうに見つめる英二の隣で宗哉が安心させるように言った。
調子よく歌っていた変な歌が止まる。
「あっ!! 」
ガシャーンという音が英二の耳にも聞こえてきた。
「がわわ~~ん、ラーメンの袋踏んで転けたがお、ガルの肉ジャガーがぁ~~ 」
「ああ、ガルちゃん熱いから鍋を持っちゃダメよ、怪我しなかった? 」
続いて聞こえてきた晴美の言葉で鍋でもひっくり返したのだろうと推測できた。
「肉ジャガーが……晴美ぃ~、どうしようがお」
晴美に泣きつくガルルンの声を聞いて英二が頭を抱える。
「ガルちゃんもダメそうだぜ」
秀輝と顔を見合わせて英二も力無く頷いた。
「もうダメがお……得意のカブト虫料理にしとけば良かったがお………… 」
「ガルちゃん、本当にカブト虫食べるんだ…… 」
項垂れるガルルンを複雑な顔で見ていた篠崎晴美の横で委員長が何か閃いた様子だ。
「大丈夫、私に任せて」
「どうするがお? 」
「ガルちゃんラーメン買ってたでしょ? それを使いましょう、お肉はまだ残ってたわよね、篠崎さん、サンレイちゃんから牛蒡を少し貰ってきて、それから…… 」
何やら小声で話している様子で英二たちには聞こえない。
「わかったがお、流石いいんちゅがお」
「いいんちゅじゃなくて委員長だからね」
元気な声が聞こえてきて英二と秀輝が一安心だ。
サンレイとガルルンのごたごたを余所にハマグリ女房は余裕で作り終えた。
「できたわよ、私のを一番で食べたら貴女たちのじゃ満足できなくなるわよ」
できたと手を上げるハマグリ女房を妨害するようにサンレイが大声を出す。
「にひひひひっ、おらもできたぞ、おらのを一番に食べさせるからな、ハマグリは後だぞ、おらの愛情たっぷりの丼を食べたら英二なんていちころだぞ」
「何処で丼に替わった? 生姜焼きと金平牛蒡じゃなかったのかよ…… 」
頭を抱えながら英二が呟いた。
委員長がやって来る。
「こっちはちょっと時間掛かるから一番最後で頼むわ」
英二が見るとガルルンが晴美に教えて貰いながら何やら一生懸命に作っていた。
「じゃあサンレイちゃんのを一番に食べてその次がハマグリさんだ。最後にガルちゃんのを食べてからどれが一番美味しかったのかを決めよう」
宗哉が爽やかスマイルで言った。
審査員は英二だ。
英二が完食して尚且つ一番美味しいと言ったものが勝ちである。
一番美味しいと思っても少しでも残せば失格だ。
3人分を完食できるように量は普通の3分の1ほどである。
審査とは関係ないが秀輝や宗哉の分もある。また手料理が食べられると秀輝は感激だ。
サンレイが料理を運んできた。
「何だこれは…… 」
思わず英二が固まった。
所々真っ黒に焦げた物体が御飯の上に乗っている。
御飯の上に乗っている形式からして確かに丼である。
しかし料理と言うよりは残飯にしか見えない。
「しょうがないブタとチンピラの牛蒡が改心して豚丼になったんだぞ、おらの愛情たっぷりだからな、きっと美味しいぞ」
サンレイが得意気に胸を張った。
「これ豚丼なのか? 俺が知っている豚丼とは全く違うぜ、食えるのか? 」
思わず秀輝も本音が出た。
「んだ、秀輝はおらの作ったの食べないんだな、ふ~ん、そんならいいぞ、秀輝なんかもう絶交だぞ」
「いや、食うから、サンレイちゃんの作ってくれたものならたとえ毒でも食うからさ」
引き攣った笑みを湛えて秀輝が丼を手に持った。
「金平だけじゃなくて生姜焼きも焦がしたのか? 生姜焼きと金平牛蒡を失敗してそれを混ぜて御飯に乗せたんだな」
所々焦げている豚肉を箸でひっくり返しながら英二が言った。
元から黒い牛蒡などは半分炭のようになっている。
怖々と箸で突っつく英二の向かいでサンレイがニッコリと満面の笑みをする。
「遠慮せずに食え、お代わりもあんぞ、御飯の白とお焦げの黒のコントラストが食欲を誘うんだぞ」
「白黒って縁起悪いからな……食えるのかよ」
「真っ黒焦げはだいたい取ってるから安心しろ、小乃子のアイデアだぞ、失敗した金平と生姜焼きの焼け残った部分を使って丼にしたんだぞ、御陰で助かったぞ、小乃子がいなかったら英二は真っ黒焦げを完食するところだったんだぞ」
「いや、食べないからな、いくら勝負でも炭になった料理なんか食べないからな」
できるだけ焦げていない部分を探して箸で口に運ぶ、
「うぐぅ!! 」
口と鼻の中に焦げの匂いと味が広がり後から豚肉の脂が舌に絡みつく、物凄く不味い、というか食べられるレベルじゃない。
ゴトッと音を鳴らして秀輝が丼を置いた。
「うぷっ、ぐぐぅ」
呻くとコップの水をゴクゴクと飲み干し、更に水差しから注いで合計3杯も飲んだ。
「うぷっ、ご馳走様、サンレイちゃん美味しかったぜ」
普通の丼の3分の1とはいえ完食したらしい、引き攣った笑みをサンレイに向けた。
「そんなにサンレイに気に入られたいのか? 死ぬぞお前…… 」
英二は呆れて言葉が続かない。
「完食しなきゃそれだけで失格だぜ、今度はお前が戦う番だろ? 」
「くそっ、わかったよ、食えばいいんだろ」
ヤケになった英二が丼をかっ込んで水で流した。
「おお、完食だぞ、おらの愛情が籠もってるから当たり前だぞ、美味しかっただろ」
ニッコリと笑うサンレイに英二はウンウンと頷くだけだ。
味なんて覚えていない、焦げの塊を食ったとしか言いようがなかった。
2人の奮闘を余所に宗哉はそっと焦げ丼をララミに下げさせた。
次にハマグリ女房が料理を運んできた。
予想通り親子丼とハマグリのお吸い物だ。
「いい匂いだぜ、このお吸い物だな、親子丼も旨そうだぜ」
秀輝が唾を飲み込む音が聞こえてくるほど美味しそうな完璧な料理である。
「お吸い物は食べなくともわかるね、これで不味かったら詐欺だよ」
サンレイの丼には手さえ付けなかった宗哉が箸を手に持った。
「親子丼か………… 」
只一人英二が浮かない表情だ。
親子丼の上に彩りのために乗っているグリーンピースが英二は大嫌いなのだ。
「にへへへっ、この勝負勝ったぞ」
英二がグリーンピースを嫌いなのを知っているサンレイが小さな声で呟いた。
「美味しいね、こんなに美味しいお吸い物は初めてだよ」
宗哉が褒めるとハマグリ女房が嬉しそうに口を開く、
「ハマグリからは最高の出汁が出ますから、ハマグリの事を知り尽くした私が作るお吸い物は世界一ですわ」
「本当に旨いぜ、親子丼もマジで旨いぜ」
余程旨いのか秀輝はガツガツと丼から口も離さない。
「お代わりもありますよ、ワンちゃんの料理が終わった後で召し上がってくださいな、今食べすぎてワンちゃんの料理が食べられなくなったら不公平ですからね」
既に勝ったつもりなのかハマグリ女房は余裕の笑みだ。
二人を余所に英二が親子丼に乗っていたグリーンピースを1つずつ箸で摘まんでナプキンの上に置いていく、アレルギーではないがどんなに美味しくてもグリーンピースだけは食べられないのだ。
「美味しかったよ、ご馳走様、本当に美味しかった。正直サンレイやガルちゃんが勝てる味じゃないよ、これは嘘なんてつけないほどの差がある味だよ」
食べ終わった英二が負けを認めた。
ガルルンの料理を食べるまでもないそう思った。
それ程ハマグリ女房の料理は美味しかったのだ。
ガルルンが晴美と一緒に料理を持ってきた。
「がふふん、寝言はガルの炊き込み御飯を食べてから言うがお」
何処から自信が湧くのかガルルンが茶碗とカップ麺を並べた。
「カップ麺と炊き込み御飯って……肉じゃがはどうした? 」
「ジャガーは旅に出たがお、玉葱と反りが合わなかったんだがう、袋踏ん付けて転んで鍋をバシャーってしたんじゃないがお、ジャガーはゴミ箱の中で冒険を続けているがお」
「失敗したのか……それでカップ麺か」
「直ぐ美味しい~、凄く美味しい~がお」
一切悪びれることのないガルルンに英二が意地悪顔で口を開く、
「カップ麺はおやつじゃなかったのか? 」
「おやつから御飯へランクアップしたがお、頑張り屋さんのカップ麺がう」
「ランクアップか……俺の飯はランクダウンしたんだな」
「カップ麺はおまけよ、汁物が欲しかったからね、炊き込み御飯を食べてみてよ、本で読んだ事があって咄嗟に思い出したんだけど結構いい出来だと思うよ」
委員長の自信有りの顔を見て英二が炊き込み御飯に箸を付ける。
「これは……インスタントラーメンの炊き込み御飯か? 」
細かく砕いたインスタントラーメンと牛肉と牛蒡の入った炊き込み御飯だ。
チキンベースの醤油味スープの素が味に深みを与えている。
正直言ってジャンクな味だが英二や秀輝には美味しく感じた。
「美味しいでしょ? ガルちゃんが鍋引っ繰り返した時はどうしようかと思ったけどね」
「いいんちゅと晴美の御陰がお、こんなに美味しいものがガルにも作れたがお」
バッと顔を上げた英二を見て委員長とガルルンが自慢気だ。
「確かに旨いぜ、これが普通に出てきたらガルちゃん料理得意なんじゃないかと思うぜ、でもな…… 」
「牛蒡がいいアクセントになってるね、急場凌ぎで作ったとは思えないくらいに美味しいよ、うん美味しいよ………… 」
褒める秀輝と宗哉の言葉が続かない、英二には直ぐにわかった。
確かに美味しいが所詮素人の作ったアイデア料理だ。
本格的なハマグリ女房にはとてもじゃないが敵わない、はっきり言って比べるレベルに達していない。
「うん美味しかったよ…… 」
完食すると英二が箸を置いた。
突然ハマグリ女房が笑い出す。
「あははははっ、私の勝ちね、英二さんは私のものよ」
「なに言ってるがお、ガルの炊き込み御飯美味しいって言ってたがう」
ガルルンが八重歯のような牙を見せて反論だ。
「あははっ、あんなもの料理とは言えないわよ、インスタントラーメンと御飯を一緒に炊飯器に入れただけじゃない、そんなものの何処に愛情が籠もっているの? あんなもの食べさせられた英二さんがかわいそうよ」
「肉ジャガー失敗してラーメン使ったがお、ガルは一生懸命作ったがう、鍋引っ繰り返したけど……でも頑張って作ったがお、英二に食べて貰いたくて、美味しいって言って欲しくて心を込めて野菜も肉も切ったがう、愛情たっぷり込めたがお」
ガルルンが泣き出しそうな顔で悔しげに俯いた。
嗅覚の優れたガルルンにはハマグリ女房の作った親子丼とお吸い物の凄さは充分わかっている。
「同情を誘っても無駄よ、私の勝ちよ、英二さんそうよね? ちんちくりんとワンちゃんに言ってあげて、誰の料理が一番旨かったか、誰が勝ちか、その口ではっきりと言って頂戴、私の作った料理が一番美味しかったって」
ハマグリ女房が振り返って英二を見つめた。
泣き出しそうなガルルンもじっと見つめている。
「ガルちゃんの炊き込み御飯は本当に美味しかったよ、俺のために一生懸命作ってくれた気持ちは充分わかったよ、でも……でもこの勝負は………… 」
「待っただぞ、この勝負ガルルンの勝ちだぞ」
サンレイの大声が英二の言葉を遮った。
ハマグリ女房が怖い目でキッとサンレイを睨み付ける。
「何を言い出すの? 自分の黒焦げ料理では勝てないのがわかってワンちゃんの料理を持ち上げたいのはわかるけど相手が悪かったわね、私の料理の前では貴女たちは敵じゃないのよ、貴女神様なんでしょ? 素直に負けを認めなさい、みっともないわよ」
「何言ってるって? それはこっちの台詞だぞ」
これ以上はないと言った意地悪な笑みを浮かべたサンレイが机の上を指差した。
「何よ? 今更…… 」
英二の前に置いてある紙ナプキンを見てハマグリ女房が言葉を止める。
紙ナプキンの上にはグリーンピースが10粒ほど置いてある。
ハマグリ女房の作った親子丼に入っていたグリーンピースを英二が避けて置いたものだ。
「ああ、ごめん、俺グリーンピースだけは食べられないんだ。どんなに美味しいって言われてもこれだけは絶対にダメだ。アレルギーとかじゃないんだけどチャーハンとかシューマイとか丼物に入ってるのも全部避けて食うんだよ」
申し訳なさそうに言う英二の向かいで意地悪顔のサンレイが続ける。
「英二はグリーンピースが苦手なんだぞ、おらやガルルンは知ってんぞ、一緒に住んでるからな、残して母様にいっつも怒られてんだぞ、おらはトマトと人参が嫌いだぞ、そんで食べろって英二が怒った時にグリーンピースの事言うと英二も怒らなくなるぞ、それくらい嫌いなんだぞ、だからおらもガルルンも料理に使ったりしないぞ」
宗哉が確認するように身を乗り出して英二の前にある紙ナプキンを見た。
「彩りで入れたみたいだけど失敗したね、料理の腕は一流でも英二くんの嫌いなものまでは知らなかったみたいだね、今回のルールでは完食しないと失格だよ、グリーンピースを残しているから完食とは言えないね、ハマグリさんは失格だね」
「こんな事……こんな事で………… 」
ハマグリ女房は狼狽えて言葉が続かない。
「やったぜ、これでサンレイちゃんとガルちゃんの勝ちだぜ」
「嫌いなもので助かるなんてまさに奇跡ね」
無邪気に喜ぶ秀輝の向かいで委員長がほっと胸を撫で下ろす。
英二の後ろに行くと小乃子がその背をバンバン叩く、
「あっぶねぇ~~、グリーンピース入ってなかったら負けてたのかよ、あたしの考えた焦げ焦げ豚丼が負けるところだったよ」
「お前が余計な事したのかよ、あんなもの食わせやがって、って言うか、あの豚丼はどう考えても勝ち目なんかないからな」
振り返って怒る英二の向かいでサンレイがニヘッと悪い笑みをした。
「何か言ったか? おらの手料理の悪口言ってたような気がするぞ」
バチバチと雷光を走らせるサンレイの手を見て英二の顔が引き攣っていく、
「なっ、何でもありません、サンレイの手料理美味しかったです」
「そっか、そんなに言うならまた今度作ってやるぞ」
ニヤッと笑う笑顔が怖かった。
宗哉がスッと立ち上がる。
「じゃあ英二くん、今回の料理勝負の勝者は誰か決めてくれ」
英二が立ち上がるとガルルンの前に歩いて行く、
「ガルちゃんが一番だ。失敗したけど一生懸命作ってくれたのがわかったよ、ラーメン炊き込み御飯の勝ちだよ、本当に美味しかったよ」
泣き出しそうだったガルルンの顔がぱーっと明るく代わる。
「ガルの勝ちがお? 」
「そうだよ、ガルちゃんが一番美味しかったよ」
「わふふ~~ん、やったがお、ガルが一番がお」
英二に抱き付いて喜んでいたガルルンがバッと離れる。
「ガルの勝ちがお、英二を賭けた勝負に勝ったがお、これで英二はガルのものがお」
英二の前でガルルンが姿勢を正す。
「ふつつつか? ふつかか? ふつか……二日酔いの妻ですがどうかよろしくがお」
ニッコリと満面笑顔のガルルンが頭を下げた。
「ふつつかだ!! 二日酔いってアル中か! 」
怒鳴る英二の腕をサンレイが引っ張った。
「ガルルンが二日酔いの妻なら、おらは泥酔だぞ、泥酔の妻になるぞ」
「なるな! そんな面倒臭い嫁はいらんからな」
「でゅひひひひっ、そんなに遠慮するなよぉ~~ 」
「がふふん、今日から英二の事を旦那様って呼ぶがう、それともダーリンがいいがお?」
左右からサンレイとガルルンが抱き付いてくる。
「嫁を決める勝負じゃないだろ、俺はまだ結婚する気なんてないからな」
じゃれる英二たちの傍で狼狽えていたハマグリ女房が机をバンッと叩いた。
「バカな……こんなバカな事って……認めない、こんな事認められないわ」
ハマグリ女房は振り返ると平静を装って口を開いた。
「もう一度勝負よ、英二さんの嫌いなものなんて知らなかったんだから今回のは無効よ」
サンレイとガルルンが英二から離れて前に立つ、
「なに言ってんだ? そっちの得意な料理勝負受けてやったんだぞ、もう一度するなら今度はこっちの得意な戦いに決まってるぞ」
「そうがお、敗者は黙って勝者に従えばいいがう、お前はガルに負けたんだからガルの命令を何でも聞けばいいがお、ガルの奴隷になるがう」
ガルちゃん無茶苦茶言ってるな……、ここで止めてまた料理勝負を行えば次こそ絶対に勝てないとわかっているので英二は何も言わなかった。