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第4話

 1時間目が終わって休み時間に秀輝と小乃子と委員長がサンレイの事を聞きにきた。

 近くでは宗哉とメイロイドたちが聞き耳を立てている。

 サンレイは右隣の席で小乃子に貰った飴玉を嬉しそうに食べていた。


 1人で隠し通すのは無理だし、この際3人には全部話して協力してもらったほうがいいとサンレイの事を説明した。


「このちびっ子が神様ねぇ~、電撃とかは見たけどちょっと信じられないな」


 説明を聞き終わると小乃子がバカにするように英二の頭をペンペン叩く。

 隣で委員長も疑うようにサンレイを見ている。


「流石に神様は無理があるんじゃない? 狐か狸か座敷童子ならわかるんだけど…… 」 

「おお座敷童子ならピッタリだな」


 小乃子も振り返ってサンレイを見つめる。

 口の中で飴玉を転がしながらサンレイが2人を睨む、


「誰が座敷童子か! 英二の言った通りパソコンの神様だぞ、もとは山の神だったんだが寝てる間にパソコンと半分混じったんだぞ」

「じゃあ証拠見せてみろ、神様だって言うなら電撃の他にも何かできるだろ」

「うんいいぞ、何してやろうかな」


 小乃子にからかわれたサンレイが辺りを見回す。

 そこへ宗哉がやってきた。今までの話しを聞いていた様子だ。


「神様? このチンチクリンがデスか? 」


 金髪巨乳のメイロイド、サーシャがサンレイを指差してバカにする。


「はははっ英二くんは冗談も上手いな、こんなちんちくりんが神様だって悪い冗談だよ」


 メイロイド2人に挟まれて真中で宗哉が笑う。


「神様って言うのは想像上のものです。威厳のある姿をしているものです、こんな呆けた顔したちっこいのが神様なわけがないですから」


 反対側で赤毛で幼顔のメイロイド、ララミがですます口調で言った。

 ララミは丁寧な口調だが毒舌だ。

 メイロイドの2人は宗哉に命令されてサンレイをバカにしているのだろう、メイロイドは自身で考えて自主的に動く事はできない、命令された事を実行するだけのロボットである。


「んだと! エロ人形のくせにおらをバカにすんのか」


 サンレイが立ち上がって怒鳴る。


「エロ人形? エロい、スケベ、Hという意味デスね、人形? なにがデスか? 」

「エロ人形? 私達のこと言ってるです。もちろんそういう機能はありますがエロ人形なんて酷いです。ご主人様酷いです、ちんちくりんに言われたくないです」


 首をかしげて考えているポーズをするサーシャの反対側でララミが宗哉に身を寄せて泣き真似をする。

 人工知能はララミの方が優れているらしい。


「謝れちんちくりん、何が神様だ。僕のメイロイドをバカにするなんて100年早いよ、いくら英二くんの知り合いでも許せないよ」


 宗哉が声を荒げる。お坊ちゃま育ちの宗哉は我侭で切れやすい。


 サンレイがピョンと机の上に飛び乗った。

 丁度宗哉の真ん前だ。


「何がメイロイドだ。こんなもんこうだぞ」


 言うが早いかサンレイが2人のメイロイドの頭を掴む、


「ピギッギーッ、ヒグゥグィ~ 」


 サーシャとララミが奇妙な悲鳴を上げてガクッとその場で停止した。


「わぁ!! サーシャ、ララミ、どうしたんだ。なにをやったちんちくりん」


 宗哉が慌てふためいて叫ぶ、サーシャとララミを揺するが2人とも無反応だ。


「無駄だぞ、オーバーフローさせたからな暫く動かん、いくら進歩しても基本は同じだな、おらはこれでもコンピュータはそれなりに詳しいからな、だが流石だなちゃんとオーバーフローの対策もしてるぞ、昔ならそのままシステムダウンするんだがこいつらは自動的に再起動するようになってるぞ」


 感心するサンレイの前でサーシャとララミが目を覚ます。


「私なにしてたデスか? ご主人様もサンレイ様も大丈夫デスか」

「再起動かかったみたいです、ご主人様とサンレイ様が無事でよかったです」


 サーシャとララミが心配そうな表情で宗哉とサンレイを見つめた。

 主である宗哉を心配するのは当然として先程までバカにしていたサンレイに様付けだ。


 宗哉の顔に驚きが浮かぶ、


「なにをした。2人に何をしたんだ」

「にっひっひっひ、おらにも服従するようにプログラムを書き換えてやったんだぞ」

「バカな書き換えられるわけない、暗号化されていてパスがないと絶対に無理だ」

「暗号? そんなもん関係ないぞ、おらの思念をそのままデーターにすれば暗号でも圧縮でも関係なく入り込めるぞ、パソコンの神であるおらに弄れないデーターはないぞ」


 ニタッと悪い笑みをしたサンレイが腕をサーシャに突き刺す。

 サーシャの背中からサンレイの指先が出ている。

 体を貫かれてもサーシャはなんともない様子だ。

 普通の人間にできる芸当ではない、宗哉の顔付きが変わる。


「そっそんな……本当に神様なのか…… 」


 宗哉だけではない、秀輝も小乃子も委員長も驚きに声が出ない様子だ。

 悪い笑みのままサンレイが宗哉に顔を近付ける。


「今度チンチクリンなどと言ったら祟り殺してやるからな」

「ひぃーっ、言いませんごめんなさい」


 悲鳴を上げて宗哉が逃げて行く、その後をサーシャとララミが慌てて追っていった。


「ダメだよサンレイ、あんまり宗哉を怒らせるなよ、あいつ根に持つタイプだからな」


 楽しげなサンレイの隣で英二が困り顔だ。


「神様かどうかは分からないけどサンレイが凄い事できるってのは分かったよ」

「うん、消えたりできるってのは本当らしいわね」


 目をクリクリさせ興味深げな小乃子の隣で委員長も宝物を見つけたような目でサンレイを見つめている。


「神様って事は小さいのに何百年も生きてるんだな、ロリババアってヤツだな凄いぜ」


 改めてサンレイを見回しながら秀輝が感心するように言った。


「どうだ凄いだろ、おらは神様だからな偉いんだぞ、小乃子と委員長は気にいったからな、おらの友達になってくれ、人間の女子の友達は初めてだぞ、秀輝は英二の親友だから既におらとも友達だぞ」


 サンレイがペッタンコの胸を張って偉そうだ。

 小乃子がサンレイの手を取って握手する。


「おうこっちこそよろしくな、サンレイと一緒だとこれから面白くなりそうだな」

「よろしくねサンレイちゃん、私は学級委員だから何でも聞いてね」


 隣で委員長の菜子が優しく微笑む、サンレイの言動から神様といっても知能は幼児レベルだと判断して害はないと思ったのだろう。


「サンレイちゃんは電気を操れるんだよね、それじゃあコレに充電とか出来る? 」


 ニコニコ笑顔のサンレイの前で委員長がスマホを取り出した。


「できるぞ、その小さいのに電気流せばいいのか? 」


 委員長のスマホを取ろうとしたサンレイの手を小乃子が止める。


「英二お前のスマホをよこせ、英二ので旨く行ったらあたいと菜子のも充電して貰うことにする。秀輝のでもいいぞ」

「何で俺が…… 」

「俺のは満タンだから充電しなくていいぜ」


 英二の隣で秀輝が予防線を張る。


「お前はサンレイの兄代わりなんだから当たり前だろ、さっさとスマホ出せ」


 楽しそうな小乃子の隣でサンレイが手を伸ばす。


「スマホかスモモか知らんが何でもいいから出せ英二、心配無いぞ、おらはパソコンの神様だ。メカには強いから安心して全て任せろ」

「頼むから壊すなよ、機種変して4ヶ月しか使ってないんだからな」


 英二が渋々スマホを差し出す。


「ふんふん、こうなってんか、ここの小さいので充電するんだな」


 奪うように受け取ったスマホをサンレイが弄り回す。


「よしっ! わかったぞ、んじゃ充電してやるぞ」


 1分ほどしてサンレイが英二にスマホを差し出す。


「出来たぞ、こんなの朝飯前だぞ」

「マジだ……半分だったバッテリーが満タンになってる。1分ほどで充電できるのか? 凄いなサンレイ」


 英二は初めてサンレイの事を凄いと思った。


「にへへへへっ、褒めても何も出ないぞ、おらは神様だからな、これくらい簡単だぞ」


 サンレイが体をクネクネさせて照れまくって英二の腕をバンバン叩く、


「本当だ。充電できてる。壊れてないみたいだし」


 英二のスマホを覗いていた委員長がサンレイにスマホを差し出す。


「サンレイちゃんこれもお願い、充電するの忘れてて殆ど空なのよ」

「いいぞ、委員長と小乃子と秀輝のならいつでも充電してやるぞ、英二は充電1回につきアイス一個だからな」

「なんで俺だけ…… 」


 理不尽に呟く英二を小乃子が押し退ける。


「ラッキー、学校では充電禁止だからな、サンレイがいれば気にせずに使えるよ」

「時間掛らないしモバイルバッテリーより便利だな、充電幼女ってところか」


 秀輝が感心したようにサンレイを見る。


「んだと、変な呼び方すんな、おらは神様なんだぞ」


 怒るサンレイに構わず小乃子が何か思い付いた様子で近くの椅子に座った。


「サンレイ、肩揉みながら少しだけ電気流してみてくれ、ほんの少しだぞ、ピリッとするくらいでいいからな」


 制服を少しずらして肌を出した小乃子の肩をサンレイが揉み始める。


「おおぅ、低周波治療器みたいだぞ、気持ちいいぞこれ、低周波マッサージ幼女として大々的に売りだそう、運動部の連中や先生に大受けするぞ」


 はしゃぐ小乃子の後ろでサンレイがニヤッと悪意ある笑みに変わる。


「お客さん凝ってますね、もっと出力をあげましょうね」

「いってぇ~~、痛い痛い、ごめん、ごめん、謝るから…… 」


 足をバタバタさせて悶える小乃子を見てサンレイが手を離す。


「小さい電気のほうが調整するの大変なんだぞ、スマホの充電くらいしてやるけど人をマッサージ器代わりにするな」

「スタンガン幼女だ。怒らすのは止めたほうがいいな」


 サンレイがジロッと秀輝を睨む。


「何でもない、サンレイちゃんが凄い神様だってのは分かった。それで消えたり物をすり抜けたり電気以外には何が出来るんだ? 」


 秀輝が誤魔化すように言うとサンレイが少し考えてから口を開く、


「ゲームは得意だし、早起きも出来るぞ、あとアイスならいくらでも食べられるぞ」

「食っちゃ寝妖怪、もとい食っちゃ寝神様ってところね」


 委員長が呆れ口調だ。

 3人の様子に英二が安心顔で口を開く、


「俺からもよろしく頼むよ、委員長が友達になってくれれば安心だよ、秀輝と小乃子はサンレイに変な事教えるなよ、頼んだぞ」


 こうしてサンレイは和泉高校へと通うことになった。



 1週間も経つとサンレイはすっかり学校に馴染んでいた。

 和泉高校ではちっこい女子高生として2年や3年の先輩からも声をかけられて可愛がられている。


 朝の教室にサンレイが元気に入ってきた。


「おは~小乃子、委員長おは~ 」

「おいっすサンレイ」

「おはようサンレイ」


 サンレイの元気な大声に小乃子と委員長も明るく挨拶を返す。


「おうサンレイちゃんおはよう、英二もな」

「うんおはよう秀輝」


 病み上がりのように声が小さい英二の背中を秀輝がバンバン叩く、


「どうした元気ないぞ、寝不足か? 」

「うん寝不足もあるけどサンレイが元気すぎて疲れるんだよ」

「なに言ってやがる、こんなに可愛い彼女ができて贅沢言うな」

「彼女じゃないからな、歳の離れた妹みたいな感じで振り回されてるよ」


 疲れたように溜息をつく英二を気にした様子もなくサンレイが自分の机に座る。


「今日も御菓子いっぱい貰ったぞ、飴だろチョコだろ柿ピーもあんぞ」


 サンレイが机の上にお菓子を並べた。


 毎朝登校途中で先輩たちが朝の挨拶代わりにお菓子をくれるのだ。

 そんな先輩たちにペコッと頭を下げて礼を言うのが英二の日課となっていた。

 サンレイが失礼な事をしないか気を使っていれば疲れるのは当然である。


「おういいなサンレイは、可愛いのは得だな」

「でも授業中は食べちゃダメだよ」


 小乃子と委員長が笑顔で近付いてきた。


「わかってるぞ、お菓子は授業中食べちゃダメなんだろ、でも弁当はいいんだよな、よしっ、お菓子いっぱいあるし弁当先に食うか」


 笑顔でこたえたサンレイが猫の絵が付いてある小さい鞄から弁当を取り出す。

 英二の母に貰った猫の鞄がサンレイのお気に入りだ。

 鞄の中には弁当とお茶に落書き用のノートと色鉛筆が入っている。

 教科書などは入っていない、つまり勉強する気は全く無いという事だ。


「べんと~、べんと~、ランランラン、今日のおかずはなんだろな♪~ 」


 楽しそうに歌いながら弁当の包みを広げていく、

 顰めっ面をした英二がサンレイの手を掴んで止める。


「おい何をするつもりだ」

「パソコンの神様であるおらの中に組み込まれた早弁回路が早く食べろと疼くんだぞ」


 キリッと真面目な顔でサンレイがこたえた。


「早弁回路か、じゃあ仕方ないな」


 小乃子が腕組をしながらうんうん頷いて同意する。

 隣で委員長が何か言おうとする前にサンレイが続けて口を開く、


「そだぞ、早弁回路だからな、勉強して頭使うとお腹減るんだぞ」

「まだ授業も始まってないわ!! どこでなんに頭使ったんだ。さっき朝飯食ったばかりだろが学校へ来たばかりで早弁するヤツなんかいるか」


 本気で怒鳴る英二の前に委員長が『まあまあ』と手を出した。


「今弁当食べるとお昼に私たちと一緒に食べれないわよ」

「おおそれもそうだな、じゃあ今はチョコと柿ピーで我慢しとくぞ」


 サッと弁当を仕舞う、サンレイの扱いは委員長や小乃子や秀輝のほうが上手い、英二は振り回されているだけである。


「サンレイは委員長や小乃子の言う事はきくんだね」

「当たり前だ。委員長は偉いんだぞ、小乃子も友達だしな」


 即答するサンレイを見て英二はガックリと肩を落としてもう何も言わなかった。



 宗哉とメイロイドたちが教室に入ってくる。


「サンレイちゃんおはよう、英二くんもみんなもおはよう」


 宗哉が爽やかに挨拶だ。


「ハーイ、サンレイ様おはよございますデス」

「サンレイ様おはようです、今日もお弁当持ってきましたです」


 金髪巨乳のサーシャが手を上げて挨拶する隣で幼顔のララミがペコリと頭を下げる。


 2人ともサンレイのことを宗哉と同じくご主人様と認識したままである。

 宗哉の父が経営している佐伯重工で調べてもらったが2人は治らなかった。

 システムの再構成までしたのだがサンレイが主人であるとの認識を消去できないのだ。

 他のメイロイドと交換するという案も出たのだが宗哉が許可しなかった。

 自分勝手で我侭だがサーシャとララミのことは大事に思っているようである。


 ララミの弁当という言葉でサンレイが目を輝かせた。


「おお宗哉の弁当は豪華だからな、委員長と小乃子と分けて食べるぞ」

「ははははっ、サンレイちゃんに喜ばれると僕も嬉しいよ、サーシャやララミは食べないからね、僕1人の弁当作るのもサンレイちゃんの分も作るのも同じだからね、なんたってサンレイちゃんと僕は友達だからね」

「そうだぞ、宗哉は友達だぞ、困った事あればおらが力を貸してやるからな」


 友達だと強調する宗哉にサンレイも笑顔でこたえる。


 サーシャやララミに細工された日の昼休みに宗哉が弁当を食べているとサンレイが涎を垂らして欲しそうに見ていた。

 宗哉がおかずを分けてやるとサンレイが大喜びしてそれ以降サンレイの分まで弁当を持ってくるようになったのである。

 只者ではないと分かって仲良くする作戦に出たようだ。

 強いものは敵に回すより味方にした方がいいというのが宗哉の考えらしい、食べ物に弱いのかサンレイもすっかり仲良しである。


 気に入らないという態度で秀輝が英二に耳打ちする。


「ったく、宗哉のヤツ何か企んでるぜ、サンレイちゃん食べ物で釣ってさ」

「考えすぎだよ何かあってもサンレイなら大丈夫だ。仲良くしてくれた方が安心だよ」


 苦笑いする英二の前で秀輝が顔を顰める。


「そりゃそうだけどよ、食い物に弱いからなサンレイちゃんは……ちょっかい出したらただじゃおかないからな、そんときゃ止めるなよ」

「大丈夫だよ宗哉は女の子には何もしないよ」

「そうだな、金持ちで我侭で嫌なヤツだけど女にだけは紳士だからな、宗哉はいいとしてもあいつのオヤジがな、佐伯重工は軍事ロボットも作ってるからよ」

「親は関係ないだろ、宗哉は宗哉だよ、結構いいヤツだよ」

「女子とお前の頼みだけはきくからな、何か弱みでも握ってるのか英二? 」

「弱みなんか握ってないよ、宗哉のほうから親しくしてくるんだよ」

「なんだよそれ、ゲイじゃないのか? 」

「お前なぁ、冗談でも言うなよ、特にサンレイには絶対にそんな事言うなよ、何にでも興味もって大変なんだからな」


 迷惑顔の英二の向かいで秀輝が意地悪に笑う、


「サンレイちゃん悪戯好きそうだからな」

「好きなんてものじゃないぞ、悪戯するために出てきたようなものだぞ」


 宗哉や小乃子や委員長と楽しげなサンレイを英二が疲れた顔で見つめた。



 数日経ったある朝、宗哉が咳をしながら教室に入ってきた。


 宗哉は教室の前のドアから入ってきて英二の席の近くを通って自分の席へと向かう、宗哉の席は廊下側から3列目の一番後ろである。

 後ろのドアから入れば直ぐなのに態々前から入ってきたのは英二の気を引くためだ。

 宗哉は風邪をひいて2日間学校を休んでいた。


「宗哉おはよう、風邪大丈夫なのか? 」


 英二が心配そうに声を掛けると宗哉がパッと顔を上げた。


「英二くん心配してくれたの? ありがとう、昨日までは酷かったけどもう大丈夫だよ」


 嬉しそうに微笑む宗哉の顔にはまだ疲れが残っている。


「大丈夫じゃないデスから、英二くんからも休むように言ってくださいデス」


 宗哉の直ぐ後ろについていた金髪巨乳のメイロイド、サーシャが大きな声で言った。

 隣で赤毛で幼顔のメイロイド、ララミが英二を見つめる。


「昨日まで40度近い熱があったんです。それなのにテストも近いから休めないって無理してるんです。私の頼みなど聞いてくれないから英二さんから休めって言ってください」


 メイロイドは指示に従って行動する事しかできない、人間のように自ら考えて自発的に行動するような人工知能はまだ完成していない、サーシャとララミが宗哉の事を心配しているなど自分から言うはずがないのである。

 英二に心配してもらいたくて宗哉が言うように命令したのだ。

 2人の言葉に合わせるように宗哉がわざとらしく咳き込む。


「大丈夫か? もう1日休めばよかったのに」

「3日も休めないよ、勉強遅れるの嫌だし……誰かにノート借りないと………… 」

「俺のでよかったら貸すけど、字が汚いから女子に借りたほうがいいかな」

「貸してくれるの? ありがとう、英二くんのノートのほうが判りやすくていいよ」


 宗哉は先ほど咳き込んでいたのが嘘のように嬉しそうな元気な顔つきだ。

 お坊ちゃま育ちだからか昔から病気がちな宗哉は中学生のころから度々学校を休んでは英二にノートを借りたり勉強を教えてもらっていた。

 宗哉は我侭な性格からか友達が少ない、親の力目当てで寄ってくる奴らが多い中で英二は損得勘定抜きで付き合ってくれる本当の友達の1人だ。

 それだけではない、英二は忘れているが幼稚園に通っていたころ苛められていた宗哉を助けたことがある。

 自分を救ってくれた英二に対して特別な感情を持ってもおかしくはない、恋愛感情ではないが英二にだけは嫌われたくないという気持ちがあるのだ。


「ノート貸してくれたお礼は何か考えとくね」

「礼なんていいよ、それよりも風邪治せよ、サーシャとララミに心配掛けるなよ」


 英二との話が思い通りに運び、嬉しそうな顔で自分の席に行こうとした宗哉の前にいつの間に来たのかサンレイが立っていた。


「サンレイちゃん、おはよう」


 機嫌良く挨拶する宗哉をサンレイが険しい表情で見つめる。


「モノノケ憑いてるぞ、どっか変な所でも行ったか? 」


 険しい表情のままサンレイが宗哉の周りをぐるっと回る。


「違うな――結構前から憑いてたんだな力が弱くておらにも分からなかっただけだ。んで、なんか知らんけど今は力が強くなってて見つけられたんだな」

「憑いてるって? 」


 宗哉の代わりに英二が聞いた。

 『モノノケ』という言葉に覚えがあるのか宗哉は顔を強張らせている。


 英二の右隣、自分の机の上にぽんっと座るとサンレイが口を開く、


「モノノケが取り憑いてるんだぞ、モノノケって言うのは人間が妖怪とか妖精とかお化けとか言ってるヤツのことだぞ、それが宗哉に取り憑いてんぞ」

「幽霊って事か? 悪霊が宗哉に取り憑いてるって事か? 」


 秀輝がおはようと手で挨拶をしながら話に割り込んだ。

 いつの間にか小乃子や委員長もサンレイと宗哉を囲んでいる。


「幽霊とは違うぞ、幽霊ってのは生き物が死んだ後の意識の塊だ。たまに生きてるうちから意識の塊を分離させるヤツもいるけどな、モノノケってのは実態の無い意識の塊そのものが自然発生したようなものだぞ、肉体は持たないが生き物といってもいいかもしれないな、力のあるヤツは擬似的に肉体を作ることもできるけどな、肉体が無いから他の生物のような老いや死というものが無い、そんで肉体を持つ生き物に取り憑くことができる。その生き物から力を吸い取ったり操って遠くへ移動したりな」

「そのモノノケが宗哉に取り憑いて悪さしてるんだな」


 英二が視線を宗哉に移す。

 体調が悪いのはモノノケの仕業だとピンときた様子だ。


「バカらしい幽霊なんかいるわけないだろ、サンレイちゃんが神様だっていうのも冗談だろ、この前サーシャやララミにした事も何か仕掛けがある手品みたいなものさ」


 何かを誤魔化すように宗哉が作り笑いを浮かべた。

 バカにされたサンレイが頬をプクッと膨らませて怒る。


「信じないのは勝手だが熱出したのもモノノケが憑いてるからだぞ」


 英二がまたサンレイに向き直る。


「モノノケがいなくなれば体調も良くなるんだよね、どうにかならないのかサンレイ? 」

「おらなら払うことはできるけど……宗哉に憑いてるのは恨みを持ってるみたいだぞ、お前何かしたんか? 」

「知らない、僕はモノノケなんか知らないよ、恨みを持たれる事なんか知らないからな」


 宗哉が即答で否定する。

 やはり何かを隠しているらしくその顔が引きつっていた。


 サンレイがじとーっと疑うような目だ。


「中学の時に肝試しで山にあった祠に悪戯をしたことがある。思いつくのはそれだけだ。それくらいの事はみんなやってるだろ」


 慌てて言い訳をするように宗哉が付け足した。

 疑いの目つきのままサンレイが口を開く、


「じゃあそれだな、その祠にモノノケが居たんだぞ、そいつが怒って取り憑いたんだな、ちょっとした悪戯なら1回高熱を出すくらいのお仕置きなんだが中学のころから憑いてるって事は余程執念深いヤツか、宗哉が嘘ついてて悪戯程度じゃなくて祠を壊したかどっちかだぞ」

「こっ、壊してなんかいないよ、本当だ」


 どもりながらこたえる宗哉がサンレイから目を逸らす。

 嘘をついている事は親しい英二だけで無く秀輝や小乃子や委員長にも一目瞭然だ。

 目を逸らして黙り込む宗哉を見かねて英二が助け舟を出す。


「宗哉も反省してると思うからさ、どうにか出来るならしてやってよサンレイ」

「おらは神様だからモノノケくらい払えるけど、偶然波長が合って取り憑いた霊やモノノケならともかく恨みを持ってるヤツは払うのに力を使うんだぞ、疲れるから嫌なんだけどな英二の頼みだから特別だぞ、その代わりアイス奢れよ」


 あからさまに嫌そうな顔をしながらもサンレイが頼みをきいてくれた。



 その日の放課後、宗哉に憑いたモノノケを払うことになった。

 他には誰もいない放課後の教室で英二たちの前に胡散臭そうに疑う顔をして宗哉が立っている。

 左右でメイロイドのサーシャとララミも同じ様な疑う表情を作っていた。


 3人の前でサンレイが机の上に座ってアイスクリームを食べている。

 英二が学校近くのコンビニで買ってきたものだ。

 英二の他には秀輝とモノノケを見たがっていた小乃子と委員長が残っていた。


「英会話の家庭教師を断って残ってるんだ。何かするなら早くしてくれないかな」

「ご主人様に変な事をすればいくらサンレイ様でも許しませんデスから」

「サンレイ様も大切ですがご主人様が第一です」


 苛立つように声を出す宗哉の左右でサーシャとララミが拳法のような構えをとる。


「そう慌てんな、今アイス食べながら気を溜めてんだぞ、お前昨日の夜11時ごろ頭が痛かっただろ毎晩頭痛あるだろ、それはモノノケが原因だぞ」


 サンレイが2個目のカップアイスを食べながら言った。


「 ……なんで、なんで頭痛があったの知ってるんだ。時間もあってるし薬飲んでも治らなくて1時間くらい苦しかったんだ。時間はバラバラだけど毎晩頭痛がある、何で知ってるんだ? 本当にモノノケが僕に憑いているのか」


 宗哉が驚きながら英二に振り向く、今この場に居る者の中で宗哉が一番信用しているのが英二である。


「正直言って俺も半信半疑だけどサンレイに任せるしかないよ」


 英二の言葉にその場の全員がサンレイに注目する。


「んじゃ始めっか! 」


 2個目のアイスを食べ終わったサンレイが元気よく机の上に立ち上がった。


「宗哉こっち来い、今から頭とか肩触るからいちいちビビんなよ」

「ご主人様」

「お前たちはここで見ていろ」


 サーシャとララミを手で制すると宗哉がサンレイの前に立つ、


「心配すんな、害を加えるつもりなんか無いぞ」


 宗哉の頭の上に右手を置きながらサーシャとララミに言った。


「始めるからな、何が起こっても大声出すなよ、いいな小乃子黙ってろよ」


 サンレイが英二たちを見回す。

 一番騒ぎそうな小乃子には名指しで念を押している。



 サンレイのお祓いが始った。

 口の中でなにやら呟くと宗哉の頭の上に置いたサンレイの手が白く光り出す。


「うわっ!! 」


 思わず声を出す小乃子の口を委員長が手で塞ぐ。

 委員長が怖い顔で睨むと小乃子が分かったと言うようにうんうん頷いた。

 その委員長も驚きが隠せない、秀輝は驚きのあまり目を見開いて口が半開きだ。


 壁を通り抜けたり姿を消すことが出来るのを知っている英二もサンレイの一挙手一投足を見逃すまいと真剣な表情で見ている。

 宗哉は当然驚いて身を堅くしてじっとしていた。

 メイロイドのサーシャとララミはいつもと変わらない無表情で見ている。状況が判らない時は無表情で感情を作らないのがメイロイドだ。


「おらの雷光でモノノケが映しだされて小乃子たちにも見えてくるぞ、おらが居る限りみんなには何も悪さ出来ないからいちいち驚くなよ」


 小乃子の態度に呆れたようにサンレイが再度注意した。

 その間にもサンレイの手から白い光が出たままである。

 光が徐々に宗哉の体を包んでいく、宗哉がピクッと体を動かした。


「男のくせに逃げるんか、痛くも何とも無いから心配すんな」


 目だけを動かして宗哉がサンレイを睨みつける。

 逃げようとした直前に心を読まれたように言われたので悔しげに睨んだのだ。


「その調子だ。モノノケなんか睨み付けてやればいいんだぞ、そら出てくるぞ」


 体全体を包んだ白い光に炙り出されるように黒い影のようなものが現れた。

 黒い影は宗哉の体を3周り回って蛇のように巻きついている。

 左肩にその蛇の顔があった。姿は蛇のようだが顔はサルのようである。


 小乃子が自分で口を押さえる。


「ひぅっ!! 」


 どちらの悲鳴かは分からない、後ろで委員長も口を押さえて目を見開いていた。

 英二と秀輝は怖いというよりも気持ち悪いという表情で影を見ている。



 蛇のような黒い影が宗哉からスルりと離れてサンレイに飛び掛かった。

 サンレイの小さな体が黒い影に巻きつかれて見えなくなる。


「サンレイ!! 」


 英二が飛び出す。

 サンレイに巻きつく黒い影を払おうと手を伸ばした。

 その手が影に触れた瞬間、電気にでも触れたようにビクッと体を硬直させてそのまま床に倒れこんだ。


「なにやってんだ英二、動くなって言っただろ」

「英二!! 」


 巻きつく黒い影からヒョイッと顔を出したサンレイの言葉を小乃子の叫びが遮った。

 小乃子が慌てて床に倒れる英二を抱きかかえる。


「英二しっかりして英二、死んじゃ嫌だよ英二、サンレイ……英二が………… 」


 小乃子が取り乱して泣きながらサンレイを見つめる。


「小乃子お前……英二の事が……、心配すんな、モノノケの毒気にあてられただけだぞ、気絶してるだけだ死んだりしないぞ」


 驚いた顔をした後でサンレイが歯を見せてニィ~ッと笑った。

 英二は鼻血を出して気絶していた。

 のぼせたように体が火照っていて顔も真っ赤だ。


「なんだ気絶か……心配掛けやがって」


 涙を拭うと小乃子は抱きかかえた英二の頭をペシッと叩いた。

 サンレイだけでなく委員長や秀輝がニヤついた顔で見ているのに気がついて慌てて小乃子が続ける。


「ちっ違うからな、そんなんじゃないからな、その……なんだ。英二は小学校のころからの友達だからな、それだけだからな」

「うっ……うぅ……なん? なにが………… 」


 小乃子の腕の中で英二が目を覚ました。


「寝惚けてんなよ、本当にバカだなお前は」


 抱いていた腕を離して小乃子が乱暴に英二を床に落とす。


「痛っ、なにすんだよ……サンレイは? 」


 小乃子を睨んだ後で英二がガバッと身を起こして振り向く、そこに巻きついた黒い影から顔だけを出したサンレイがいた。


「バカ! 動くなって言ったぞ、今のお前がどうこう出来る相手じゃないだろ」

「大丈夫なんだね良かった……ごめんよ、でもサンレイが心配だったから…… 」

「これくらいおらは平気だぞ、でも心配してくれてありがとな、始めに説明しとけばよかったな、何で宗哉に恨みを持ってるのか調べようとしたんだぞ」


 英二にティッシュを差し出しながら小乃子が話しに割り込む、


「それで原因は分かったのか? 」

「ダメだぞ、怒りすぎて話を聞かない、助けてやりたいがこれじゃ始末するしかないぞ」


 困った顔でこたえるサンレイの前で鼻血を拭きながら英二が口を開く、


「始末って? 憑いてるモノノケを離すだけじゃないのか」

「そうするつもりだったんだがこのままじゃまた直ぐに取り憑くぞ、だから消滅させるしかないぞ、無闇に消したりしたくないんだけどな」


 サンレイの困り顔が悲しそうに変わる。


「サンレイ…… 」


 英二は何か声を掛けようとしたが出てこない。


「続けるからもう邪魔をすんなよ」


 サンレイがニコッと微笑んだ。

 優しい目だが寂しい笑みに見えた。


「よしっ、捕まえたぞ」

「ギィィーッ、ギヒギィ~ 」


 サンレイが黒い影を掴んで捕まえるとモノノケが奇妙な声を上げた。


「捕まえたからもう喋っていいぞ」


 ケロっとした顔で言っているがサンレイの身体にはモノノケが巻きついたままだ。


「サンレイちゃん平気なのか? 」


 秀輝が心配そうに訊いた。


「巻きついてるぜ大丈夫なのかサンレイ」

「そんなキモイのが憑いてたんだ…… 」


 驚きながらも楽しげな小乃子の隣で委員長が宗哉を見つめた。


「 ……なんだ? そんなのが僕に憑いてたのか……くそっ」


 宗哉が険しい表情で忌々しげに吐き捨てた。

 バケモノを見てもそれほど驚いてはいない様子である。


「おらが捕まえてんだ。こいつはもう何もできないぞ、身体に巻きついてもなんとも無いぞ、蛇の姿をしているが蛇のモノノケじゃない、こいつは悪い気が集まって身体に巻きつきやすいようにこんな姿になってるだけだぞ」


 自慢気にこたえるサンレイに宗哉が険しい表情のまま続けた。


「さっさと消滅させてくれ、二度と僕に憑かないようにしてくれ」

「消滅させるのも力使うんだぞ、今度アイス奢れよな宗哉」


 サンレイが頬をプクッと膨らませて怒る。


絞雷こうらい閃光花火せんこうはなび! 」


 サンレイが口の中でなにやら呪文のようなものを呟くと蛇のモノノケを掴んだ手がまた白く輝きだす。

 先程の光とは違いバチバチと火花を散らす光だ。


 光がモノノケを包み込む、しばらくして激しく輝くとモノノケの首がボタッと落ちた。

 赤く光っていた首は床に落ちると黒くなってから直ぐに消えた。

 まるで線香花火のようである。電気を操ることが得意なサンレイの技の1つだ。


「ハイ終了、楽しかったか? 」

「凄いな、さすがサンレイちゃんだぜ」


 得意気に満面の笑みを見せるサンレイを秀輝が持ち上げる。

 向かいで宗哉がいつもの爽やかスマイルで口を開く、


「ありがとうって言っておくよ、アイスクリームでよければいくらでも奢るよ」

「そだな、アイスもいいけど夏休みにプールにでも連れて行け、ここに居るみんなだぞ、全部宗哉の奢りだぞ、そんで……あっ」


 話すサンレイの身体が陽炎のようにフッと揺らいだ。

 体が半透明になり向こう側が透けて見えている。


「サンレイ! 」

「サンレイちゃん大丈夫か! 」


 英二と秀輝が同時に叫ぶ、


「心配無いぞ、ちょっと疲れただけだ。言っただろ力を使うって、力使ったから一時的に体が維持できなくなってんだぞ、おらは神だからな、この身体は仮のものなんだ。みんなと一緒に居られるように気を固めて作った体だぞ、だから力を使うと不安定になって一時的に体が維持できなくなるだけだ。できるだけ力を使わなくするように幼い身体にしてるんだぞ、本当はナイスバディのイケてる女なんだからな」


 サンレイがニッコリと笑った。

 英二には無理をして笑っているように見えた。


「消えたら嫌だよサンレイ、俺に出来ることはないか? 何でも言ってくれ」

「心配無いぞ、一時的なものだ……そうだな、また力を少し貰うかな」


 英二の心配顔を見て半透明のサンレイが優しい顔で笑う、


「力でも何でもあげるから、どうすればいい? またキスをすればいいのか? 」


 サンレイの身長に合わせるように英二がしゃがんだ。


「チュウが一番簡単に力吸い取れるんだが…… 」


 小乃子をチラッと見てサンレイが続ける。


「手を繋ぐだけでいいぞ、これくらいなら手からでも時間は掛からないからな」


 サンレイが英二の手を握る。


「じゃあ、少し貰うぞ」


 半透明のサンレイの体が白く光る。

 繋いだ手から光が伝わり英二の体を包み込む、秀輝と小乃子と委員長と宗哉が見守る前でサンレイの体が元に戻っていった。


「もう充分だぞ、ほら、元通りだぞ」


 2人を包む光が消えるとサンレイがにっこりと微笑んだ。


「体光ってたよな、俺の力ってなんなんだ? 」


 英二は立ち上がると自分の体を不思議そうに見回した。


「前に言ったぞ、英二の先祖が力のある神主だったんだ。おらたちが田舎の山の神社に住みついたのも英二の先祖が居たからだぞ、神社は無くなったけど、その後も祠を立てて祀ってくれたんだ。その先祖の力を英二が受け継いでるんだぞ、修行してないから使えないけどおらの想像以上に大きな力だったぞ、この前教室が爆発したのも力が強すぎた所為だぞ、本当はあそこまでするつもりはなかったんだ。力が大きすぎて暴走したんだぞ」

「だから俺の所為だって言ったのか、そうか……俺って凄いんだ」


 嬉しそうな笑顔を見せる英二の腕をサンレイがバンバン叩く。


「残念なお知らせです。今の英二は自分では一切力を使えません」

「 ……なんで? 」


 ニタリと意地悪顔のサンレイを見て英二の顔から笑みが消えた。


「当たり前だぞ、修行もしてないのに使えるわけないだろ、おらが引き出すか、何かの切っ掛けがないと力は出てこない、普段は眠ったままだぞ」

「なんだ。自由に使えるんじゃないのか……修行って何をすればいいんだ? 」

「止めとけ、下手に力を使おうとしたら暴走するぞ、物心ついた時から修行しないと無理だ。それくらい大きな力だぞ、おらがビビったくらいだからな」

「そうなのか、残念だけどサンレイが使えるのならそれでいいかな」

「おらも少し貰うだけだぞ、下手をしたら暴走しかねないからな」

「暴走したらどうなるんだ? 」


 ニタァ~っとサンレイが嫌な笑みをする。


「死ぬぞ、周りの奴らを巻き込んで霊体が爆発するんだ。そうなったらおらにも止められないぞ、だから気をつけろよ」

「気をつけろって――俺に分かるかよ…… 」


 英二が引き攣った顔でサンレイを見つめた。


「にひひひひっ、大丈夫だって、おらが傍にいる間は守ってやるからな、だからおらを大事にしろよ、大事にしてアイス奢れよ」


 腕に抱きついてアイスのおねだりだ。


「まったく、力があるのに使えないなんて英二らしいな」

「力云々は置いておいて、これで終わったのね」


 バカにする小乃子の隣で委員長が確認する。


「そだ。終わりだぞ」


 サンレイがにぱっと可愛い笑みを見せた。


「ありがとう、プールの件は了解した。夏休み楽しみにしていてくれアイスクリームも食べ放題で用意するよ」


 宗哉がサンレイに頭を下げた。

 後ろでサーシャとララミも頭を下げている。


「おおさすが宗哉だな、んじゃ今日は疲れたからもう帰るぞ」


 机からピョンと飛び降りたサンレイがふらついて英二にもたれかかる。


「大丈夫かサンレイ」

「長いこと寝てたからな、力使うのも久しぶりだからな、本当はこれくらい平気なんだぞ、でもちょっと疲れたぞ」

「サンレイ……背負ってやるから早く帰ってゆっくり休もう」


 英二がサンレイを背負って立ち上がる。


「おんぶか、おんぶなんて久しぶりだぞ、早く帰ってお母様のご飯食べるぞ」


 サンレイが嬉しそうに英二の背中にしがみついた。



 みんなと別れた帰り道、英二に背負われたサンレイが甘えた声を出す。


「なあなあ英二、なあなあ、疲れたからアイスが食べたいぞ」

「さっき2つ食べただろ……買ってやるけどご飯食べたあとだぞ」

「やったぁ~、今日はアイスいっぱい食べれて幸せだぞ」

「わあぁ、暴れるなよ」


 両手を上げて喜ぶサンレイ、よろけながら英二も楽しげだ。

 上げた手を下ろしてそのまま英二にギュッと抱きつく、


「もうあんな事するなよ、弱いヤツだったからいいけど力の強いヤツだったら死ぬこともあるんだぞ、でも嬉しかったぞ、おらを助けようとしてくれて」

「うん……ごめん、サンレイが危ないって思ったら体が勝手に動いたんだ。今度から気をつけるよ、まさか触っただけで気絶するなんて知らなかったからさ」


 しんみりとした口調で英二が謝った。

 サンレイが抱きつく背中が温かで気持ちいい。


 背中にブルブルと振動が伝わる。

 サンレイが声を殺して笑っているらしい、


「ビクッて気絶しただろ、あれは本当はモノノケの毒気じゃなくておらの電気だ。おらは電気を使うのが得意だからな、強いヤツには大きな電気使うから下手すると感電死するぞ」

「じゃあ俺が気絶したのってモノノケの所為じゃなくてサンレイの所為だったのか」

「そだぞ、電気でモノノケを捕まえているのに触ったからだぞ」


 背中で見えないがサンレイが意地悪顔でニタりと笑っているのが分かった。


「 ……今度から本当に気をつけるよ」

「にへへへへっ、でもおらのために無茶してくれて本当に嬉しかったぞ、なあなあ英二これからもずっと、ずぅーっと一緒だぞ」

「うん、ずっと一緒だ」


 2人顔を見合わせて心から楽しそうに笑った。



 家の近くのコンビニでアイスクリームを4つ買った。

 自分たちと両親の分である。


「よかった。もう体は大丈夫みたいだな」


 コンビニのアイスケースの中に頭を入れるようにしてガサゴソとアイスを選ぶサンレイを見て英二は一安心だ。

 買い物を済ませて並んで歩いていたサンレイが英二を見上げる。


「おらは用事あるから先に帰るぞ」


 アイスクリームの入った袋を持ってサンレイが元気よく駆け出した。

 英二が首をかしげる。

 急いで走らなくとも家はもう見えている距離だ。


 家に着いて玄関のドアを開けた英二がその場で固まる。


「お帰りなさいあなた。お仕事お疲れ様、お食事になさいます? それともお風呂? 」


 跪いて出迎えるサンレイを前に怪訝な表情で英二が口を開く、


「なんのつもりだ? さっきまで一緒に帰ってただろうが」

「おらは若奥様だぞ、英二が旦那様だぞ」

「また変な遊び始めて……なに企んでるんだ? 」


 英二に構わずサンレイは芝居を続ける。


「汗をいっぱいかいたのね、じゃあ先にお風呂入ってくださいな、さあさあ、お風呂の用意はできてますよ」

「ああ疲れた。そうだねお風呂にしよう」


 溜息をついたあと芝居に付き合ってやることにした。


「じゃあ着替えを持ってくるのでお風呂に入ってくださいな」


 サンレイに腕を引かれて英二は風呂へと入っていった。


「あ~気持ちいい、6月なのに今日は暑かったからな、ふぅーっ」


 湯船に浸かりながら英二が気持ち良さげに呟いた。

 6月の第1週目だ。梅雨の晴れ間だからか今日はじめっとして蒸し暑かった。

 脱衣場のドアを開ける音がして続いてサンレイの声が聞こえた。


「あなた、お着替え置いておきますね」

「ありがとうサンレイ」


 風呂場の半透明のドアに写って見えるサンレイに礼を言う。


「若奥様ごっこか……風呂は気持ち良いし、サンレイはお淑やかぶってるし、こういう遊びなら楽でいいよな」


 英二が湯船の中で気持ち良さそうに伸びをした。

 完全に油断していたその時、風呂場のドアがガラッと開いた。


「お背中お流ししますわ」

「わあぁーっ」


 驚き叫ぶ英二に構わず素っ裸のサンレイがタオルを手に持って入ってきた。

 ぺったんこの胸も可愛いお尻も大事な所も全部丸見えである。

 幼児体型だが腰までの黒髪をタオルで頭の上にまとめたうなじが妙に色っぽい。


「なっなっ、何しにきた」

「お背中を流しにきたんだぞ、さあ早く出てきてここに座れ、おらが背中を洗ってあげるからな、妻のつとめだぞ」

「いいから自分で洗うから、だいたいなんで裸なんだ。背中流すだけなら裸じゃなくてもいいだろ、いいから早く出ていけよ」


 怒りながらもしっかりサンレイの裸を見ている。

 神様の裸に興味があるだけではない、幼児体型だがサンレイは可愛い女の子なのだ。

 英二はロリコンではないが可愛い女の子が裸で目の前に居れば誰でも見てしまうだろう。


「にっへっへっへ、若奥様と一緒にお風呂入るんだぞ、ほれピチピチのツルツルでペタンペタンだぞ、おらと一緒に入れるなんて英二は幸せだぞ」


 英二の視線に気付いてサンレイがニヤッと悪い笑みだ。


「なあなあ英二、おら綺麗だろセクシーだろ」

「わかったから、セクシーだから綺麗だから、だから出ていってくれ」


 英二は言いながら後ろを向いてサンレイを見ないようにした。

 幼児体型といっても女だ。

 これ以上見ていると変な気持ちになりそうだから視線を逸らしたのである。


「にっへっへっへ、昨日お母様と見たドラマでやってたんだ。金持ちの若奥様がお風呂の中で夫を殺して財産を自分のものにしようとしたんだぞ、殴って気絶させて浴槽に沈めて殺したんだ。警察に調べられたけど滑って頭を打ってそのまま溺れ死んだって事になったんだぞ、でも次の日に家政婦が事件に気付いたんだ。家政婦に見られたシリーズは最高のドラマだぞ」


 後ろからサンレイが英二の頭をポンポンと叩く、


「風呂場で殺すって、俺も殺すつもりか」


 バッと英二が振り返る。

 そのすぐ目の前にサンレイのペッタンコの胸があった。


「にへへへへっ、捕まえたぞ」

「わああぁ、なにすんだよ」


 サンレイが頭を抱くようにして英二を捕まえた。

 驚いて暴れていた英二の動きが止まる。

 サンレイの胸がじかに頬にあたっていた。

 ペッタンコだが気持ち良かった。


「ドラマ通り夫はここで死んだ事な、英二は死んだ事だからな、そんで財産はおらのものだからな冷蔵庫のアイスはおらのだからな」


 腕を離すとサンレイがニヤッと笑った。


「死んだ事って? 財産ってアイスクリームがか? わかったよ俺の分のアイスあげるから出てくれ、体洗うんだからな」


 頬を赤く染めた英二が誤魔化すように言った。


「やった~、アイス2つだ~ 」


 喜び叫んでサンレイが風呂場から出て行く、湯船の中で英二は自分の頬に手を当てた。


「アイスが欲しかったのか……でもちょっと気持ち良かったな」


 サンレイのペッタンコの胸の感触がまだ残っている。

 若奥様ごっこも初めからアイスクリーム目当てだったのだろう、そう考えるとおかしくて自然と顔が綻んだ。


 風呂から上がって少し勉強をしたあとサンレイとテレビを見たり遊んだりしてからいつものようにベッドで一緒に眠った。

 昨日までは寝相の悪いサンレイを邪魔だと思っていたが今日からは可愛く思えるようになった。

 英二の中でサンレイが大切なものになってきている事を本人はまだ気がついていない。


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