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第38話

 冬休みも間近に迫り、来週から始まる期末試験のために授業は午前中のみになる。


 今日は調理実習がある。

 3~4時間目に女子はあんまんと蒸しパンを作り男子は技術実習で手回し発電ラジオを作る。

 和泉高校の実習は学校側が幾つか用意したものから生徒が選ぶ形式だ。

 今回は女子は料理実習を選んで男子は技術実習を選んだのである。


 機械弄りが得意な英二は部品を組み立てるだけのラジオなどは直ぐに作り終えて秀輝や他の級友の手伝いをして4時間目もあっと言う間に終わった。

 試験前なので授業は午前までだ。

 殆どの級友たちが帰る中、仲のいい女子がいる少数の男子は残っていた。

 女子が作ってくるあんまんと蒸しパン目当てだ。


 もちろん英二と秀輝も残っている。

 英二はサンレイが楽しみに待っていろと言ったから残っているのではない、サンレイとガルルンと一緒でないと帰れないから渋々残っている。

 2人だけで自由に外を歩かせるなど考えただけで怖い。


「サンレイちゃんの手料理が食えるなんて感激だぜ」

「俺は不安しかない、ハチマルならともかくサンレイの料理だぞ」


 単純に喜ぶ秀輝の向かいで英二が複雑な表情だ。


「ははははっ、心配無いよ、材料は決められているし委員長と久地木さんと同じグループだ。失敗したとしても食べられない物ができるわけないよ」


 2人を見て宗哉が爽やかスマイルだ。


「サンレイの頼みだからって無理して残る必要無いからね宗哉」

「無理なんかしてないさ、サンレイちゃんの頼みならどんなことでもするよ、英二くんと一緒にいるのも楽しいしね」


 弱り顔の英二を見て宗哉が嬉しそうに微笑んだ。

 宗哉はサンレイに残れと言われて用事があるのに無理をして残っている。


 廊下ががやがや騒がしくなり女子たちが帰ってきた。


「ちゃんと残ってるな」

「英二、美味しいの作ったがお」


 サンレイとガルルンが元気よく教室に入ってくる。


「楽しみに待ってたんだぜ、今日は弁当ないからな」


 英二がこたえる前に秀輝が大きな声を弾ませる。


「俺はいいから秀輝に全部あげてくれ、腹ぺこで待ってたみたいだからさ」


 弱り顔で言う英二を見てサンレイがニヘッと悪い笑みだ。


「心配すんな、英二と秀輝の2人分作ってきてやったからな」

「ガルも2つ作ったがお、秀輝は普通ので英二にはスペシャルあんまんをあげるがお」

「へへへっ、そうなんだ。ガルちゃんありがとう…… 」


 英二が精一杯の作り笑いをした。

 スペシャルという言葉に嫌な想像しか浮かばない。


 ハッと思い出すように英二がサンレイに向き直る。


「宗哉の分はないのか? 残れって言ってただろ、俺はいいから宗哉にやってくれ」

「なに言ってんだ? 宗哉の分ならあるぞ」


 サンレイが後ろを振り返る。


「晴美こっち来いよ、宗哉にあんまんと蒸しパンあげてくれ、おらは英二と秀輝で手一杯だからな」

「サンレイちゃん……うん、私のでよかったら」


 篠崎晴美がタタタッと駆け寄る。


「ほれ宗哉受け取れ、晴美の気持ちが籠もってるんだぞ、よく味わって食えよ」


 サンレイは宗哉に好意を寄せている晴美の気持ちを知って残れと頼んだのだ。


「あの……これ……嫌なら無理しなくていいから………… 」


 頬を赤くした晴美が紙皿に乗せたあんまんと蒸しパンを差し出す。


「僕にくれるのかい? ありがとう、喜んで貰うよ」


 いつもの爽やかスマイルで宗哉が受け取る。

 サンレイに言われたからだけではない宗哉は女性に対しては紳士なので恥をかかせることなどしないのだ。

 教室の彼方此方でも女子が目当ての男子に手作りのあんまんと蒸しパンを渡している。

 数人の女子が宗哉の元へとやって来る。


「佐伯くんこれ…… 」

「私も、初めて作ったんだけど貰ってくれる? 」

「ありがとう喜んで受け取るよ、でも一度に食べられないからみんなの分は帰って勉強しながら食べるよ、何かお礼に返すから楽しみにしていてね」


 あんまんと蒸しパンを差し出す女子に囲まれて宗哉がいつも以上に爽やかスマイルで返すと傍にいたララミとサーシャを呼ぶ、


「後で食べるから持っていてくれ、押し潰さないように丁寧にな」

「了解しましたデス」

「小娘どもが作った饅頭と蒸しパンですね、お預かりします」


 他の女子から貰ったものを傍にいたララミとサーシャに渡した。


「篠崎さんに貰ったものはここで食べていくよ、今日の昼ご飯に丁度いいよ」


 爽やかスマイルで見つめられて晴美は真っ赤である。

 近くの机に着くと宗哉が手を合わせる。


「いただきます」


 ペコッと頭を下げてあんまんを口に運ぶ宗哉を晴美が不安気に見つめている。


「うん、美味しいよ、出来たてって事を引いても美味しいよ、ありがとう篠崎さん」

「よかった……佐伯くんが食べてくれて私嬉しい」


 さわやかに礼を言う宗哉の向かいで真っ赤になった晴美が安心顔で微笑んだ。


「みんなのも帰ったら食べるからね、一度に食べられないからさ、ゆっくり味わわせて貰うからね」


 周りにいる女子への配慮も忘れない、1人だけ先に食べて貰えたのを見てムッとして晴美を睨んでいた女子も宗哉の爽やかスマイルを向けられては作り笑いをするしかない。

 サンレイが晴美の腕を引っ張った。


「よかったな晴美」

「うん、サンレイちゃんありがとう」


 はにかむようにして晴美が礼を言った。


「んじゃ次はおらの番だぞ」


 サンレイが英二に向き直る。


「英二もお昼学校で食べるんだぞ、おらの手料理だぞ、嬉しいだろ」

「ガルもあげるがお、英二のはスペシャルがお」


 2人が紙皿に乗ったあんまんと蒸しパンを差し出した。


「あははっ、スペシャルって何が入ってるのかな…… 」


 誤魔化すように笑って英二は受け取ろうとしない。


「心配無いわよ、私が手伝ったから変なもの入ってないわよ」


 委員長の言葉を聞いて安心したのか英二が2人の皿を受け取った。


「ほれ英二、あたしも余分に作ったからやるよ、帰ってからでも食ってくれ、嫌なら別にいいけどさ」


 小乃子が皿に乗ったあんまんと蒸しパンを差し出す。

 平静を装っているが頬が赤く染まっていた。


「ありがとう小乃子、嫌なわけないだろ、試験勉強の夜食に食べるよ」

「味は保証しないよ、さっき食べたから不味くはないと思うけどさ」


 嬉しそうに受け取るのを見て照れたのか小乃子が英二の背をバンバン叩いた。

 その様子をサンレイがじとーっとした目で見ている。


「おらと全然態度が違うな、何か腹立つぞ」

「そんな事ないから、サンレイとガルちゃんの手料理楽しみだから」


 怒らせまいと英二が咄嗟に言った。


「がふふん、それじゃあ食べるがお、座って食べるがう」


 ガルルンに手を引かれて英二が自分の席に座る。


「秀輝も隣で食うんだぞ」


 サンレイは自分の席に秀輝を座らせると紙皿に乗ったあんまんと蒸しパンを机の上に置いた。

 その隣りにガルルンがあんまんと蒸しパンを並べて置く、


「ガルのも食べるがお、いつもチーカマ奢ってくれるお礼がう」

「くぅぅ……感動した。サンレイちゃんとガルちゃんの手料理が食えるなんて、今日は何て良い日なんだろう、チーカマくらい幾らでも奢ってやるぜ」


 大袈裟に言いながら包んであるラップを外すとサンレイのあんまんを手に取った。


「まったく秀輝は呑気だな…… 」


 隣で英二が恐る恐るあんまんを持ち上げる。

 触った感触は普通のあんまんだ。


「じゃあ食べるぜ、いただきます」


 声を弾ませると秀輝があんまんに齧り付いた。

 モシャモシャと食べる秀輝を見て英二も覚悟を決めてあんまんを一口食べる。


「うぅ………… 」


 英二が鞄を開けて中からペットボトルのお茶を取り出す。


「旨いだろ」


 ニコニコ顔で訊くサンレイの前で英二が慌ててお茶を飲んだ。


「ああぁ~~ 」


 息を吐くように言った英二を見て委員長が首を傾げる。


「どうしたの? 美味しくなかった? 」

「甘すぎる。砂糖の味しかしない、餡子じゃなくて砂糖の塊食ってるみたいだ」

「おかしいわね、砂糖の量は決まってるからそんなはずないんだけど…… 」


 不思議そうに言う委員長の隣でサンレイがニヘッと悪戯っ子のように笑った。


「英二のは特別だからな、餡子に砂糖たっぷり混ぜといたからな、おらの甘い愛が詰まってるんだぞ」

「甘すぎるわ!! 」


 怒鳴った後で秀輝に振り向いた。


「お前よく食えるな、甘すぎて舌痺れるだろ、こんなの食ったら病気になるぞ」


 むしゃむしゃ食べていた秀輝が口の中のものを飲み込む、


「全然、俺のは旨いぜ、作り置きのコンビニのあんまんと比べものにならないくらいに美味しいぜ、甘さも丁度良い、優しい美味しさだぜ」


 余程美味しいのかまたすぐに食べ始める秀輝から視線を逸らせてサンレイに向き直る。


「どういう事? なんで俺のだけ余計なことをした? 」

「ちょっといい? 」


 怪訝な顔の英二に断って委員長があんまんを千切って口に放り込む、


「うわっ、じゃりじゃり言ってる。いつの間に砂糖混ぜたのよサンレイちゃん」

「ガルルンがあんまんの皮に餡子包むの菜子が手伝ってる間にサンレイは砂糖いっぱい餡子に混ぜてたよ、餡子より砂糖の方が多かったよ」


 ケロッとした顔で小乃子が教えてくれた。

 英二が視線をサンレイから小乃子に移す。


「何で? 小乃子は何で止めなかった? 見てたんだろ? 何で止めない? 」

「止めてもよかったんだけどさ、サンレイが嬉しそうに作るの見てたら止められなかったよ、ニヤって物凄く意地悪な顔して餡子練ってたからさ」

「餡子と一緒におらの愛を練ってたんだぞ、砂糖の数だけ愛が入ってるんだぞ」


 ニヤつく小乃子の隣でサンレイが悪戯成功といった満足顔だ。


「にへへへへっ、怒るなよ、蒸しパンは普通のだから安心していいぞ」

「当たり前だ! これで蒸しパンにも悪戯してたら本気で怒るからな」


 弱り切った顔で言う英二の前にガルルンが皿を押し出す。


「ガルの番がお、ガルのスペシャルあんまんも食べるといいがお」

「スペシャルって何がスペシャルなの? サンレイみたいに変な事してない? 」


 英二はすっかり疑心暗鬼になっている。


「変なもの入ってないがお、安心して食べるがう」

「安心しろガルルンのは大丈夫だ。変なもの入ってないからさ」


 可愛い笑みのガルルンはいいとして小乃子の含み笑いは気になったが食べないわけにいかないので英二は思いきってあんまんに齧り付いた。


「うん、本当だ普通の味だ。美味しいよガルちゃん」


 安堵を浮かべた英二がもう一口食べた途端に動きを止める。


「う……これは…… 」


 齧り付いたあんまんを見つめる。


「この味は……チーカマだ……ガルちゃんあんまんにチーカマ入れたな」


 暫く考えてから英二が言った。


「当たりがお、チーカマ入りスペシャルあんまんがお」


 得意気なガルルンをじとーっと英二が見つめる。


「変なもの入ってないって言ってたよね」

「チーカマは変なものじゃないがお、ガルの好物がう、帰りに食おうと大事にとって置いた最後の1本がう、英二だから特別に入れたがお」


 委員長が思い出したように口を開く、


「私がサンレイちゃんに教えてる時にあんたたちコソコソやってたのはこれだったのね」

「小乃子も知ってたのかよ! 」


 睨む英二を見て小乃子が大笑いだ。


「知ってたって言うか手伝った。ガルルンが丸ごと1本入れようとしたから小さく切ってやったんだ。食べる前に見つかったら元も子もないからな」

「まったくお前らは………… 」


 英二が大きな溜息をつく、悪戯好きなサンレイと意地悪な小乃子はわざとだろうがガルルンは本当に良かれとやったことだろう。


「まあガルちゃんのチーカマ入りはどうにか食えるよ、チーズと餡子は結構相性良いな、でもサンレイの激甘はダメだ。甘すぎて頭痛くなるぞ」

「どゆ事だ? ガルルンの食っておらの食えないって言うのか? 頭痛よりビリビリがいいってんだな」

「じゃあ自分で食ってみろよ、二口食っただけでギブするぞ」


 食ってみろと言うように英二があんまんを差し出す。


「 ……あんまんは置いといて蒸しパン食うんだぞ、旨いぞ蒸しパン」


 誤魔化しやがった……、これ以上責めて拗ねられると厄介なので英二は黙って蒸しパンを食べ始める。


「うん、これは美味しいよ」


 サンレイがニパッと顔を明るくした。


「だろ、おらが本気出せばこんなもんだぞ、美味しいだろおらの愛が詰まってるからな」

「うん美味しいよ、ガルちゃんのはどうかな? 」


 続けてガルルンの蒸しパンに齧り付く、


「うん、こっちも美味しい、ガルちゃんありがとう、美味しいよ」

「がふふん、ガルはできる女がお」


 嬉しそうに鼻を鳴らすガルルンとニコニコ顔のサンレイの前で英二が蒸しパンをむしゃむしゃ食べる。

 英二より早く食べ終えた秀輝が口を開く、


「ご馳走様、サンレイちゃん、ガルちゃん、旨かったぜ」

「にへへへっ、秀輝には色々世話になってるからな」

「がふふん、また何か作ってやるがお」


 照れるサンレイと得意気に鼻を鳴らすガルルンを見て秀輝が嬉しそうに頷いた。


「三学期が楽しみだぜ、もう2回ほど実習あったよな、サンレイちゃんとガルちゃんの手料理が食えるなんて俺は幸せ者だぜ」

「まったく秀輝は気楽でいいな、ガルちゃんはともかくサンレイは料理作ってるんじゃなくて遊んでるだけだからな、悪戯しか考えてないからな」


 英二は呆れながら蒸しパンの最後の一切れを口に放り込んだ。

 サンレイが机の上にポンッと座ると英二の頭をポンポン叩く、


「なに言ってんだ? おらは英二の事を考えて一生懸命料理してんだぞ、あんまん甘くしたのも試験勉強で疲れた脳にエネルギーを与えるためだぞ」

「程度があるだろ! あんなもの食ったら頭痛くなって勉強どころか寝込むからな」

「にへへへへっ、あんまんだからな甘くて当たり前だぞ」


 怒鳴る英二にサンレイは一切反省していない。


「まったく……もう帰ろうか」


 いつの間にか教室には英二たちいつものメンバーと晴美だけになっていた。


「そだな、今日は晴美ちゃんと一緒に帰るぞ、宗哉と歩いて帰るのも久し振りだぞ」


 サンレイが机の上から飛び降りた。


「これ何がお? 」


 ガルルンが机の上に置いていた手回しラジオを持ち上げる。


「さっき作ったラジオだよ、このハンドルを回せば電気がなくても動くんだよ」

「ガルがあんまん作ってる間にこんなの作ってたがお」


 ハンドルをクルクル回すと雑音混じりにラジオが鳴った。


「おお音が鳴ったがう、クルクルラジオがお」


 驚くガルルンからサンレイがラジオを奪い取る。


「手で回さなくともパソコンの神であるおらが電気を起こせば幾らでもラジオ聴けるぞ」


 サンレイの手の上でラジオがポンッといって爆発した。


「わあぁーっ、俺のラジオがぁ~~ 」


 急激に電気を流したので小さなバッテリーが爆発したらしい。

 顔を引き攣らせる英二を見てサンレイがキリッとマジ顔になる。


「形あるものいつか壊れんだぞ、このラジオも今までよく頑張ったぞ」

「今までって1時間前に作ったばかりだからな、壊れるじゃなくて壊しただよね」

「ドンマイ、男が細かいこと気にすんな」


 ニパッと笑うとサンレイが鞄を持った。

 英二の母に貰った猫の絵の付いた鞄がサンレイのお気に入りだ。


「んじゃ帰るぞ、今日はアイス2つ奢れよ、秀輝もだぞ、あわせて4つだぞ」

「何でだよ、いつも1つって約束だろ? 」


 壊れたラジオを激甘あんまんと一緒に持つと英二も立ち上がる。


「あんまんと蒸しパン食っただろ、2つ食ったんだから2つお返しだぞ」

「そうだぜ、今日は2つ奢ってやるよ、ガルちゃんもな」


 2人の手料理を食べることができて秀輝は浮かれっぱなしだ。


「まったく……わかった。2つ奢ってやるけど帰りに食べるのは1つだけだからな、残りは冷蔵庫に入れて夜と明日に分けて食べろ、いいなサンレイ」

「わかったぞ、秀輝の分2つ食べて、夜は英二に奢って貰ったの2つ食べるぞ」


 わかってない……、もう英二には言い返す気力は残っていなかった。

 後ろのドアから教室を出る前に壊れたラジオと一口囓った激甘あんまんを英二がゴミ箱に放り込んだ。


「砂糖の塊だから腐んないぞ、捨てずに大事に持ってろよ、10年後でも食えるぞ」

「腐らなくても百年経とうが食いませんから、虫が湧いたら大変だから勿体無いけど捨てるから、次の料理実習はまともなものを作ってくれよ、まったく」


 激甘あんまんを捨てて教室を出た英二たちに後ろから声が掛かる。


「食べ物を粗末にするとは何事です!! これだから人間は…… 」


 英二たちが振り返ると着物姿の女が立っていた。


「だれ……どちらさんですか? 」


 誰かの知り合いかと英二が声を掛ける。

 サンレイとガルルンがバッと前に出てきた。


「こいつ妖怪だぞ」

「潮の匂いがするがお、海の妖怪がう」


 2人が構えようとして持っていた鞄が邪魔なことに気が付く、


「持ってろ英二」


 サンレイが猫の鞄を英二に渡すのを見てガルルンも肩に掛けていた鞄を慌てて外す。


「これも持ってるがお」


 英二がガルルンから鞄を受け取る。

 母に買って貰った犬の絵が付いた鞄だ。

 一緒に買いに行ってガルルンが選んだお気に入りの鞄である。


 自分の鞄と一緒に2人の鞄を抱えるように持ちながら女を見つめる。


「妖怪ってこの人が? 」


 英二を挟んで両隣で小乃子と秀輝が怪訝な顔で女を睨む、


「確かに怪しいと言えば怪しいけどな」

「可愛いけど今時あれはないぜ」


 女は二十歳前後の大人で時代劇に出てくる女中といった出で立ちだ。


「確かに変だけど何の妖怪かしら? 」

「みんなの言う通り変だけど行き成り襲ってこないのは何か訳があるんじゃないのかな」


 首を傾げる委員長の横で宗哉が冷静な判断だ。


「妖怪? この人が? サンレイちゃん何を言っているの? 」


 晴美一人が事態を把握していない。


「晴美ちゃんがいるの忘れてたぞ、後で説明してやるぞ、だから黙って見てろ、宗哉、晴美ちゃんの面倒頼むぞ」


 サンレイが振り返りもしないで言った。


「了解した。僕が守るから安心してくれ」


 サンレイにこたえると宗哉が晴美の手を握る。


「今から僕の指示に従ってくれ、サンレイちゃんが不思議な力を持っているのは知っているね、それに関係あることなんだ。後で説明するから今は僕に従ってくれ」

「 ……うん、サンレイちゃんと佐伯くんがそう言うなら」


 頬を赤く染めて晴美が頷いた。

 何が起こっているのか全くわかっていないが宗哉と手を繋げて喜んでいる。

 ララミとサーシャは宗哉の後ろで動かない、声を掛けてきただけなので怪しい女を敵とは認識していないのだ。

 サンレイがバチバチと雷光をあげる腕を構える。


「お前何者だ? おらアイス4つ食うのに忙しいんだぞ、大した用事じゃないなら今すぐ帰れ、場合によっちゃこの場で消滅させるぞ」

「がふふん、ガルの前にのこのこ顔を出すなんて良い度胸がお、死にたくなかったらとっとと消えるがう」


 ガルルンが八重歯のような牙を見せて威嚇した。


「ちょっ、ちょっ、喧嘩腰は止めろよ、何か事情があるかも知れないだろ」


 英二が今にも飛び掛かりそうな二人を慌てて止める。


「ああん、英二さん優しいぃ~~ 」


 女がぱぁ~っと顔を明るくした。


「英二さん? 」

「英二がお? 」


 サンレイとガルルンがバッと振り返る。

 隣りにいた小乃子が英二の頬を抓った。


「痛てっ! 行き成り何すんだ! 」


 鞄で両手が塞がっている英二が小乃子を睨み付ける。


「何すんだとはこっちの台詞だ。あの女とはどういう関係だ? 」

「そだ! 何だあの女は? 」

「がわわ~~ん、もしかして英二の恋人がお? 」


 小乃子とサンレイが怖い顔で睨み、ガルルンが不安そうに見つめている。


「ちっ違うから……あんな女知らないから…… 」


 慌てまくって英二がブンブン首を振った。


「酷いわ英二さん、あんなに愛し合ったのに…… 」


 女が潤んだ瞳で訴えかけるように言った。

 次の瞬間、サンレイと小乃子のパンチが英二の両頬にぶち当たる。


「ぐあぁっ!! 」


 英二は持っていた鞄を落としてその場に蹲る。


「ガルというものがありながらこんな女と……英二のこと信じてたのに…… 」


 蹲った英二の胸倉をガルルンが掴む、


「ガルのこと弄んだ償いはその命で…… 」

「違うから、俺は何もしてないからな、あの女なんて知らないから」


 頬が痛いのも忘れて英二が必死に弁解する。


「ほんとだな、愛し合ったとか言ってんぞ」

「本当だ。誰とも付き合った事なんてない、秀輝が知ってるよ、ずっと一緒だったんだからな、なっ秀輝、みんなに言ってくれ」


 怖い顔で睨むサンレイにビビりながら英二が振り返る。


「うん、俺もあの女は知らんぜ、あんな可愛い子が恋人なら自慢してるぜ」


 秀輝が知らないと頭を振る。


「妖怪なんでしょ? 妖怪の言うことに惑わされすぎよ」

「そうだよ、英二くんが隠れてそんな事するわけないよ」


 後ろで見ていた委員長と宗哉は冷静だ。

 しゃがんでいる英二にサンレイが抱き付く、


「おらは英二のこと信じてたぞ」

「ガルは初めからデタラメだってわかってたがお」


 胸倉を掴んでいた手をばっと離すとガルルンも抱き付いた。


「あははははっ、考えたら英二がモテるわけないよな」


 小乃子が英二の頭をポンポン叩いて大笑いだ。


 マジで疑ってた癖に……、英二はこれ以上事態が悪化するのを恐れて無実の罪だと叫びたいのを我慢した。

 サンレイとガルルンがバッと英二から離れる。


「お前何もんだ? 」

「ガルを騙したがお、この償いはさせるがう」


 マジ顔の2人が構える。


「あらっ、騙してなんかいないわよ、英二さんとはこれからたっぷり愛し合うんだから、ねぇ英二さん」


 女が妖艶な笑みを英二に向けた。


「あっ愛し合うって……俺と? 何で? 」


 戸惑いながらも英二が嬉しそうに頬を緩める。


「この浮気者!! 」

「何デレデレしてるがお! 」


 サンレイがバチバチと電気を流し、ガルルンが顔に爪を立てて引っ掻く、


「あたしの前でいい度胸してるな」


 最後に小乃子の肘鉄が英二の脇腹に直撃した。


「うぎゅぅ! 」


 英二が呻いて前屈みに蹲った。


「ちょっ、止めなさい、小乃子まで何やってんのよ」


 後ろから委員長が慌てて止める。


「止めんな、これは夫婦の問題だぞ、おらという妻がありながら浮気なんて許さないぞ」

「そうがお、突然出てきた女に英二を取られてたまるかがお」

「えへへっ、あたしは別に……サンレイとガルルンに釣られてさ…… 」


 サンレイとガルルンが怖い顔をする傍で小乃子がニヤッと悪い笑みだ。


「英二大丈夫か? サンレイちゃんやり過ぎだぜ」


 秀輝が更に詰め寄るサンレイの腕を後ろから掴んで止める。

 どんな時もサンレイの味方である秀輝も今回は流石に英二の肩を持った。

 宗哉が前に出てくる。

 その隣りにサーシャがスッと立つ、晴美はララミに任せてある。


「みんな落ち着いて、相手の口車に乗っちゃダメだよ、英二くんが変な事するわけないだろ、サンレイちゃんとガルちゃんが一番よく知ってるでしょ」


 サンレイとガルルンの顔から怒りが消えていく、


「にへへへへっ、大丈夫か英二? おらちょっとやり過ぎたぞ」

「がふふ、ガルもがお、英二のことが好きだからつい本気になるがお」


 左右からサンレイとガルルンが英二の脇に手を入れて抱え起こす。


「いっ、痛ててて…… 」


 脇腹に手を当てながら英二が起き上がる。


「ぷっ、ぷひひひっ、凄い顔になってんぞ」

「がふふふふっ、ガルが引っ掻いたがお」


 ガルルンに引っ掻かれて英二の額や頬に赤い筋ができている。


「あははははっ、前より男前になってるよ英二」


 大笑いする小乃子をじろっと睨む、


「笑い事じゃないからな、お前の肘が一番痛かったからな」


 まだ脇腹に手を当てながら英二が怒鳴った。


「ぷへへへへっ、顔にバッテンついてんぞ」

「がへへへへっ、丸にすればよかったがお、英二は出来る男がう」


 正面から英二の顔を見てサンレイとガルルンが更に声を上げて笑い出す。

 額や左右の頬に赤い筋を付けて怒っても全く迫力がない。


「お前らなぁ~~ 」

「そう怒るなって、3人ともそれだけ英二が好きって事だ。羨ましいぜ」


 声を裏返して怒鳴る英二の肩を秀輝がポンポン叩いた。

 3人を見回す英二の顔から怒りが引いていく、


「俺を……まあ……そうだな…… 」

「あっ、あたしはそんなんじゃないからな、サンレイとガルルンに付き合ってやっただけだからな」


 小乃子が頬を赤くして否定した。


「ぷふっ、英二くんこれ使って……スキンケアのクリームだけど傷にも効くから…… 」


 必死で笑いを堪えながら委員長がハンドクリームを差し出した。

 本来は手に塗るものだが消毒効果もあるので傷にも使える。


「まったく…… 」


 溜息をつくと英二がハンドクリームの蓋を開ける。


「自分じゃ塗れないだろ、あたしが塗ってやるよ」


 小乃子は照れを隠すようにハンドクリームを奪い取ると英二の顔に塗り始めた。

 落ち着いたのを見て宗哉が口を開く、


「君は何者だ? 英二くんとどういう関係がある? 」


 怪訝な顔で女を見つめる宗哉は初めから女に対して一切視線を外していない。

 宗哉の右にサンレイが出てくる。


「そだぞ、海の妖怪が何で英二のこと知ってんだ? 」

「サーシャちょっと向こう行くがお」


 宗哉とサーシャの間からガルルンも前に出る。


「馴れ馴れしく英二のこと呼んでたがお? ひょっとして一夏のアバンチュールがう」


 サンレイの顔がみるみる強張っていく、


「一夏のアバンチュール……行きずりの恋、男と女の夏花火、夏休みが終わるとがらりと変わるクラスメイト……女子は身体的に大人を匂わせ、男子は自信のある目に変わる……好きだったあの子の変化に気付いて落胆する男子……武勇伝を語るクラスメイトの話を聞き落胆する男子……親しい友人が自分と同じ負け組と知って安心する男子…… 」


 サンレイがガバッと英二に抱き付いた。


「英二は負け組男子だと思ってたのに……負け組男子じゃなきゃ嫌だぞ、今からでも遅くないぞ、負け組になるように特訓するぞ」


 ガルルンが泣き出しそうな顔で英二を見つめる。


「がわわ~~ん、ガルも英二は永遠の負け組のほうがいいがお、その方が安心がう」

「負け組、負け組言うな! まったく……心配しなくても負け組ですから、アバンチュールなんて生まれて一度もないですから、この女も知らない人だからな」


 顔をくしゃくしゃにして英二が着物姿の女を指差した。

 ガルルンがパッと顔を明るくする。


「自分で負け組を認めたがお」

「負けるが勝ちよってヤツだそ、英二は一個も勝ってないけどな」


 サンレイもニヤッといつもの悪い笑みだ。

 後ろで委員長と小乃子が顔を見合わせる。


「神様と山犬にモテてるから良い方よね」

「あの女もだけど英二はあっち方面じゃイケメンなんじゃね? 」

「聞こえてるからな、あっち方面って何だよ」


 じろっと睨む英二を見て2人が慌てて話題を変える。


「そんな事より、あの女よ、貴女何者なの? 何をしにきたの? 」

「お前何の妖怪なんだ? 海の妖怪って河童か海坊主か? 」


 小乃子も慌てて追従した。


「河童は川や沼の妖怪がお、海坊主は妖気が大きいから直ぐにわかるがお」

「雑魚妖怪だぞ、この程度じゃおらの敵じゃないぞ」


 説明した後で2人がバッと女を指差す。


「英二に酷い事しやがって、お前何もんだ? 言わないなら力尽くで言わせてやんぞ」

「ガルは怒ったがお、英二に酷い事したヤツは許さないがお」


 酷い事したのサンレイとガルちゃんだよね……、また話しがぶり返すのを恐れて英二は思った言葉を飲み込んだ。


「こたえる必要は無いわね、知りたければ私と勝負しなさい、貴女たちが勝てば全て教えて差し上げます」

「勝負だと……その程度の妖力でおらに勝てると思ってるのか? 」

「がふふん、面白いがお、返り討ちにしてやるがお」


 バチバチと雷光を纏うサンレイと爪に青い炎を灯らせるガルルンを後ろから英二が慌てて止める。


「ちょっ、こんな所で戦うつもりか? ガラス割ったりしたら大変だよ」


 宗哉も左右に手を広げてサンレイとガルルンを止める。


「僕も本当に悪い妖怪じゃないと思う、悪いやつなら不意打ちしてくるさ」


 2人に言った後で着物姿の女を見つめた。


「止めたほうがいいよ、サンレイちゃんもガルちゃんも強いからね、貴女じゃ敵わない、それとも何か他に策でもあるのかな? 」


 宗哉から視線を逸らすと女が妖艶な笑みを英二に向ける。


「そうね、力じゃ負けるわね、だから料理勝負をしましょう、英二さんを賭けて私と料理勝負しなさい」

「英二を賭ける? なに言ってんだ。アイスと英二はおらのものだぞ」

「そうがお、チーカマと英二はガルのものがお」


 アイスやチーカマと同じ扱いかよ……、弱り顔のまま英二が口を開く、


「何で料理なんだ? 」

「さっきあんまんを捨てたでしょ、私は食べ物を粗末に扱うものを許せないのよ」


 妖艶に微笑みながらこたえる女を見て英二の頬がまた赤く染まっていく、サンレイやガルルンは元より委員長や小乃子とも違う大人の色気を漂わせる美女だ。

 サンレイとガルルンのじとーっとした視線を感じて英二が頬をパンパン叩く、


「捨てたのは悪いと思ってるよ、でも甘すぎて食べれないんだから仕方ないだろ、あんなの食べたら絶対にお腹壊すからな、食べて寝込んだらそれこそ大変だよ、それと貴女とは関係ないだろ」

「おらの手料理を毒みたいに言うな」


 サンレイがポカッと英二を叩いた。

 話が進まないと宗哉が2人を止める。


「料理勝負はわかった。でもこちらは英二くんを賭けるとして君は何を賭けるんだい? 君が負けたら何を差し出すんだい? 何もない賭には乗れないよ」


 女が妖艶な笑みを湛えながら暫く考える。


「そうね……私を好きにしていいわよ、Hな事でも何でもしてあげるわよ」

「その勝負乗ったぜ」


 先程まで黙っていた秀輝が急に声を張り上げた。


「なにバカ言ってんのよ」


 小乃子が秀輝に蹴りを食らわす。

 女がバカにするようにフッと笑う、


「じゃあ情報でどうかしら? 」

「情報? 英二の体のことなら隅々まで知ってんぞ、ケツの黒子の数まで全部だぞ」

「わあぁ~、そんな情報はいいから、サンレイは変な事言わないの」


 大慌てでサンレイを止める英二を微笑みながら見ていた宗哉がマジ顔で向き直る。


「何の情報なんだい? 」

「英二さん妖怪に襲われたでしょ? 何で襲われているのか知りたくない? 」

「なん!? どゆことだ? 」


 先程までふざけていたサンレイが眉を顰めて大声で続ける。


「襲われてるって何だ? おらが復活して英二の霊力が高まってそこらの妖怪が集まって来てんじゃないって言うのか? 偶然英二を狙ったんじゃないって言うのか? 」


 女が愉しそうに笑い出す。


「うふふふふっ、さぁ、どうかしら? 知りたかったら私と勝負なさいな、ちんちくりんと山犬と私の3人で勝負よ」

「誰がちんちくりんだ!! 次言ったらその首へし折るぞ」


 冗談じゃないサンレイとガルルンなんて碌に料理作れないぞ……、飛び掛かりそうなサンレイを押さえると英二が慌てて話に割り込んだ。


「一寸待ってくれ、2人じゃなくてこっちは委員長を出すよ」


 女が髪を掻き上げて悪戯っぽい笑みをした。


「それはダメ、いくら愛する英二さんの頼みでも聞けないわ、妖怪同士の勝負よ、人間の出る幕じゃないわ」

「何が愛するだ! 委員長の手を借りなくてもお前なんかこてんぱんにしてやんぞ」

「ガルはできる女がお、料理くらい簡単がう」

「ダメだから、力の勝負じゃないだろ」


 慌てて2人を止める英二をチラッと見てから宗哉が提案する。


「勝負を挑むくらいだから君は料理が得意なんだろ? こっちは不利な勝負を受けるんだから委員長と久地木さんと篠崎さんに手伝って貰ってもいいんじゃないかな、でないと料理勝負は受けられないよ」


 後ろにいる女子たちを紹介しながら宗哉が続ける。


「それと此方はサンレイちゃんとガルちゃんの2人を出す。つまり2対1の勝負だ。サンレイちゃんとガルちゃんのどちらか一方が勝てば僕らの勝ちだ。其方から勝負を申し込んできたんだからこれくらいの条件は受けて貰うよ」


 流石宗哉だ。

 料理の得意な委員長や晴美を付けるだけでなく2対1にして少しでも此方に有利になるように策を弄した。


「わかったわ、但しアドバイスをするだけ、材料や調味料の分量など作り方を教えるのはいいわ、でも口だけよ、手を貸すのはダメ、手を貸したら人間が作った料理になっちゃうでしょ? 」


 自信があるのか女は余裕だ。

 宗哉が振り返る。


「これでいいかい? 勝負会場は僕が用意するよ、料理でも力勝負でもどちらでも」

「宗哉いいぞ、料理勝負受けてやるぞ、おらが電気だけじゃないところを英二に見せてやるぞ、愛妻料理で勝ちはおらのものだぞ」

「がふふん、ガルは料理もできる女がお、得意料理はカブト虫の丸焼きがお」

「どっから自信が湧いてくる? 委員長頼んだよ」


 2人は当てにできない、英二は委員長を見て拝むように頼みながらカブト虫のいる夏じゃなくて良かったと本心から思った。

 宗哉がまた女に向き直った。


「では勝負は明日行おう、急に挑まれて此方は何の料理を作るのかも決めていない、会場の準備もある。一日くらいは構わないよね? 」

「いいわよ、私料理得意だからね、精々練習でもしていなさい」


 余裕にこたえると女が艶のある視線を英二に向ける。


「明日になれば英二さんは私のものよ、いっぱい愛し合いましょうね旦那様」

「だっ、旦那様ってなんだよ…… 」


 英二は否定しているが顔は真っ赤になっている。

 ニッコリと満面の笑みをしたサンレイとガルルンが左右から英二の腕を取る。


「なぁなぁ英二ぃ~ あんな妖怪と浮気したらビリビリだけじゃ済まないからな」

「ガルは英二を信じてるがお、でも裏切られた時は死をもって償って貰うがお」

「笑顔が物凄く怖いから、殴られた方がマシだからな、浮気なんかしないから……だいたい付き合ってるわけじゃないでしょ」


 英二の赤い顔が一瞬で青くなっていく、


「妖力が大きいだけあって暴力的ね、英二さんかわいそう、それも明日までよ、私が勝負に勝って英二さんを救い出してあげるからね」


 可愛い女に潤んだ瞳で見つめられても英二はサンレイとガルルンに挟まれてデレるより恐怖でいっぱいだ。


「じゃあ楽しみに待っていてね」


 チュッと投げキッスをすると女は歩いて校舎を出て行った。



 女が見えなくなるとサンレイがマジ顔をガルルンに向ける。


「何かわかったか? あいつの正体知ってるか? 」

「潮の匂いがしたがお、それと何処かで嗅いだことのある食べ物の匂いがお、確かにどっかで……知ってる匂いがお…… 」


 ガルルンもマジ顔で首を傾げて考える。


「ダメか……正体がわかれば対処方法がわかるんだけどな」


 委員長がサンレイの顔を覗き込む、


「私も妖怪図鑑に載ってたのなら少しはわかるけど人間そっくりだったから正体なんてさっぱりだわ、サンレイちゃんってそんなに妖怪に詳しいの? 」

「それなりに詳しいぞ、でも一番詳しいのは山神をしてる姉さんでその次がハチマルだぞ、そんでおらの御神体であるパソコンを田舎の蔵に置いてるだろ、ハチマルの隣だぞ、だからハチマルに聞けば大抵の妖怪のことなら教えてくれるぞ」


 英二がバッと身を乗り出す。


「ハチマルって……話ができるのか? 」

「英二たちは無理だぞ、話しって言っても言葉じゃないからな、テレパシーって言うのか? そんな感じだぞ、でも少しだけだぞ、こんな事でも力使うからな、今のハチマルには負担になるぞ、だからおらもいざという時しか聞かないぞ」

「そうなのか、今度使ったらいつまでも待ってるってハチマルに言っといてくれ」

「わかったぞ、ハチマルもその内に起こしてやるから心配すんな」


 残念そうに言う英二にサンレイがにぱっと可愛い笑みを見せる。


「んじゃ帰るぞ」

「変な女のせいで遅くなったがお」

「そだぞ、早くアイス食いたいぞ、2つ奢る約束忘れてないだろうな」


 サンレイが秀輝の腕を掴んだ。


「おう、忘れてないぜ、ガルちゃんにもチーカマ2つ買ってやるからな」

「わふふ~ん、チーカマいっぱい食べれるがお」


 喜ぶ2人を見て英二が呆れ顔で口を開く、


「アイスの心配より明日の勝負の心配をしろ」


 サンレイとガルルンを先頭に歩き出そうとした時、後ろにいた晴美が声を掛けた。


「あの……妖怪とか……何のことなの? 」

「そだ。晴美ちゃんに言うの忘れてたぞ」


 サンレイだけでなく全員が振り返る。


「おらは神様だぞ、そんでガルルンがバカ犬だぞ」

「誰がバカがお、ガルは神狼の直系の大妖怪、火山犬のガルルンがお」


 サンレイの隣りに立つとガルルンが自慢気に胸を張った。


「そんでバカ犬とおらの影響で英二の霊力が高まって妖怪どもが集まってくるんだぞ、そんで英二も爆弾魔になって、そんで…… 」

「バカ犬じゃないがお、ガルはできる女がお、ガルの愛で英二が爆弾魔になったがう、その力を使って悪い妖怪と戦うがお」

「ちょっ、2人とも何を言ってるかわからないよ…… 」


 要領を得ないサンレイとガルルンの話を聞いて晴美がさっぱりわからないという様子で宗哉を見つめる。


「あははははっ、全部知ってるあたしも今の説明じゃさっぱりだ」


 小乃子が笑いながらガルルンの頭をポンポン叩く、


「サンレイ、幻視の術を解いてガルルンの本当の姿を晴美に見せてやれよ」

「うん、そうだね、僕が説明する前に見てもらった方が納得するだろうね」


 宗哉にも促されてサンレイが頷いた。


「そだな、わかったぞ、晴美ちょっとしゃがめ」


 しゃがんだ晴美の頭をサンレイが両手で挟むようにして口の中で呪文を唱えた。


「よしっ、ガルルンを見てみろ」

「ガルちゃんを…… 」


 振り向いてガルルンを見た晴美が息を呑んで言葉を止めた。


「ひっ……なん……なにが? 」


 助けを求めるように振り向く晴美に宗哉が説明を始めた。

 委員長も混じって2人から説明を受けていた晴美がガルルンに近付いていく、


「ガルちゃん触ってもいい? 」

「いいがお、晴美のことは好きがお、だからガルの頭撫でてもいいがお、尻尾も触っていいがう、好きなやつにしか触らせないがお」


 始めは怖々触っていたが尻尾まで触る頃には慣れた様子だ。


「ガルちゃん可愛い、私犬大好きだよ」


 犬派なのか晴美がバッとガルルンを抱き締めた。


「がふふん、ガルも晴美は大好きがお」


 ガルルンも尻尾をパタパタ振って嬉しそうだ。

 2人を見てサンレイがニッコリ笑顔で口を開く、


「今日から晴美ちゃんも仲間だぞ、よろしくな」

「うん、サンレイちゃん、私にできることなら何でもするからね」


 ガルルンを抱きながら晴美もニッコリ満面の笑みでこたえた。


「篠崎さんこの事は他の誰にも内緒だよ、危険な目に遭うといけないからね、僕たちだけの秘密だよ」

「うん、誰にも言わない、佐伯くんたちの仲間になれて本当に嬉しいよ」


 宗哉が念を押すと晴美が嬉しそうに頷いた。


「んじゃ、帰るぞ、英二はそのままおらたちの鞄持ちだぞ、おらたちはアイスとチーカマ持たないといけないからな、んじゃ行くぞ晴美ちゃん」

「ガルも一緒がお、晴美にチーカマ1本やるがお」


 左右から晴美と手を繋いでサンレイとガルルンが歩き出す。

 その後を秀輝と宗哉と小乃子と委員長とララミとサーシャが続く、


「なんで俺が…… 」


 自分の鞄と2人の鞄を抱えるように持って英二が最後に追っていく。

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