第36話
放課後、旧鼠を捕まえるために英二たちは残っていた。
今回は小乃子や委員長や宗哉も一緒だ。もちろんララミとサーシャもいる。
「小乃子と委員長はともかく宗哉はいいのか? 習い事とか佐伯重工の仕事とかあるんじゃないのか? 」
「心配無い、こっちの方が重要だ。僕も仲間だからね」
気を利かせて訊いた英二に宗哉がいつもの爽やかスマイルでこたえた。
英二がサンレイに向き直る。
「それでどうするんだ? 」
「一寸待ってろ、いまアイス食いながら気を溜めてんだぞ、相手が分かれば簡単だぞ」
サンレイは机の上に座りながら秀輝が買ってくれたアイスを呑気に食べている。
隣の机に座っているガルルンがチーカマをパクパク食べながら口を開く、
「どうせ電探を使うがお、ガルが山で隠れても直ぐに見つけられたがう、隠れん坊や鬼ごっこで使うの禁止のチート技がお」
「豆腐小僧の秘伝書を探した時に使ったやつだね」
「そんな便利なものがあるなら何で初めから使わないんだ? 」
成る程と頷く英二の傍で小乃子が不思議そうにサンレイを見る。
「学校みたいに広い場所で使う電探は物凄く疲れるんだぞ、それに初めは誰かの悪戯だと思ってたからな、悪霊か妖怪の仕業ってわかった後も相手の正体がわからないのに迂闊に使えないぞ、こっちの手の内見せて逃げられたら困るからな、強い妖怪だったら電探使った後の疲れたところを襲われるなんて嫌だぞ」
サンレイの使う電探とは微弱な電気を流して対象物を探す技だ。
だが只のレーダーではない、原理は同じようなものかもしれないがおおよそのことしかわからないレーダーと違って対象物の姿形や種類に数など正確に知ることができる。
電気が流れる場所なら地中だろうが水中だろうが全て探ることができる。
只の電気ではない、霊気の電気だ。
水中で分散して効果が薄くなったりはしない、電気使いであるサンレイの十八番の一つだが広範囲に使えばかなりの霊力を消耗するので安易に使える技ではない。
「んじゃ始めっか」
サンレイがポンッと机から飛び降りた。
「電探使ってる間は無防備になるからガルルン頼んだぞ」
ガルルンが咥えていたチーカマを慌てて口の中に押し込む、
「わかったがお、向こうから仕掛けてきたらガルが返り討ちにしてやるがお」
「サンレイちゃん、俺たちは何か手伝うことはないのか? 」
そわそわして言う秀輝を見上げてサンレイがニッと可愛い笑みになる。
「秀輝はもう手伝ったぞ、アイス旨かったぞ、全部終わったら今度は宗哉にアイス奢って貰うぞ」
笑顔のままくるっと回って宗哉を見つめる。
「はははっ、お安い御用さ、アイスクリームくらい幾らでも奢るよ、みんなでファミレスにでも行って何か食べよう」
「みんなに奢ってくれるんだな、宗哉は太っ腹だぞ、やる気出てきたぞ」
「ダメだよ、秀輝も宗哉も甘やかしたらダメだからな、ねだり癖がついてるだろ」
弱り顔の英二の腕をサンレイがバンバン叩く、
「人の心配してる暇無いぞ、英二は戦う準備しとけよ、小乃子と委員長はガルルンの傍にいろ、おらの次に安心だからな」
「やっぱ俺が戦うのか…… 」
英二の弱り顔が不安顔に変わっていく、
「んじゃ始めるぞ」
サンレイがしゃがむと両手を床に付けた。
「霊気解放、電探! 」
サンレイの体からバチバチと青い雷光が出てきた。
雷光は両手に集まって床に吸い込まれるように消えていく。
「うわっ! おぅ! 」
英二と秀輝が声を出して飛び跳ねた。
「何してんだよ? 」
バカにするように訊く小乃子に2人がふるふると首を振る。
「電気がビリッときたぜ、サンレイちゃんのか? 」
秀輝の横で英二もうんうん頷いている。
2人を見てサンレイがにやっと悪い笑みだ。
「にへへへへっ、残ってる生徒が感電しないように調節するのに試したんだぞ」
「試すとか言ってるけどわざと電気流したんでしょ、まったくサンレイは」
「にへへへへっ、怒るなよ、おらの愛の電撃だぞ」
「おお、サンレイちゃんの愛か、ビリッとしたぜ、その愛確かに受け取ったぜ」
まったく秀輝はバカなんだから……、英二は呆れ果てて何も言う気が無くなった。
「んじゃ集中するから静かにするんだぞ」
意地悪顔から一転、マジ顔になると目を閉じた。
サンレイの頭の中に学校の彼方此方が映っては消えていく、両手から流れた電気が目や耳や鼻や手のように辺りを探っていくのだ。
本校舎の屋上へと続く階段が頭に浮かんで消えていく、
「んん!! 」
サンレイがピクッと反応した。
頭の中で映像が逆回転して屋上への階段で止まった。
スローで階段の踊場に映像が映っていく、階段を挟んで右の壁に何かいる。
「うわんだぞ」
ガルルンが描いた絵の通り、女物の服を着た髭面のおっさんが見えた。
先に会った時は黒い煙のようで見えなかったが今は電気の目で見ているのではっきりと姿が見えた。
「いたのか? 何処だ? 」
英二の声に反応するよう映像が乱れる。
「黙ってろ、集中できないぞ」
「ごめん」
目を閉じたまま、きつい口調で怒るサンレイに英二が小声で謝った。
「もう一寸待ってろ、うわんがいたぞ、近くに鼠もいるから今探すぞ」
きつく言い過ぎたと思ったのかサンレイの口調が優しい。
また集中してうわんのいた踊場付近を探す。
「いたぞ」
うわんより大きな妖気の反応が天井にあった。
大きな鼠だ。
サンレイと同じくらいの大きさで全身が灰色の毛に覆われている。
「デカい鼠だぞ、おら本物は見たことないけど、こいつが旧鼠だぞ」
サンレイが目を開けた。
「何処にいるんだ? 逃げられないうちに早く行こうぜ」
急く秀輝を見てサンレイがニヤッと企むように笑う、
「ゆっくりでいいぞ、小乃子と晴美ちゃんに悪さしたクソ鼠を逃がすわけないぞ、おらの電探で囲んでるから何処に逃げても無駄だぞ、校内全部に張ってあるから何処に隠れてもわかるぞ、ぶち殺してやんぞ」
「話しくらい聞こうよ、ふんばり入道みたいに事情があるかも知れないしさ」
いきり立つサンレイを英二が弱り顔で宥める。
「なに言ってんだ? 英二が戦うんだぞ、そんでぶち殺すんだぞ」
「戦うのはいいけど殺したりしないからな」
嫌そうな英二の向かいでガルルンがギラッと目を光らせて牙を見せる。
「じゃあガルが殺してやるがお、クソ鼠は山でも悪いことばかりしてたがお」
「ゴキブリやドブネズミと一緒で害獣扱いな訳ね」
「あたしを食おうとしたんだよ、どんな理由があっても許さないからな、仇を討ってくれるよな英二」
委員長の隣で小乃子が怖い目で英二を見つめる。
「うん……戦うのは戦うけど………… 」
「よしっ、戦う気になったぞ、んじゃ行くぞ」
歯切れ悪くこたえる英二の手を引っ張ってサンレイが歩き出す。
「クソ鼠は何処にいるがお? 」
反対側で英二と手を繋ぎながらガルルンが訊いた。
「屋上に行く階段の踊場だぞ、うわんもいるぞ」
後ろを歩く宗哉がサンレイの隣りに出てくる。
「屋上の踊場か……それなら旧鼠を捕まえたら屋上で戦おうよ、屋上なら英二くんの爆破能力を遠慮無く使えるだろ、他の生徒や先生が来ないようにララミとサーシャに階段を封鎖させることもできるし」
「そだな、廊下じゃ狭くて戦いにくいしな、その作戦乗ったぞ、屋上に電気の柵作ってクソ鼠逃げられないようにしてやんぞ」
「いい作戦がお、小乃子やいいんちゅは柵の外にいれば安心がう」
「了解、鼠と戦うなんて御免だからね、それとガルちゃん、いいんちゅじゃなくて委員長だからね、何度言っても間違えるんだから」
委員長が後ろからガルルンの頭をポンッと叩いた。
「あたしも了解したよ、また床に引き込まれるなんて考えただけでゾッとするからね」
思い出したのか強張った顔で言う小乃子の隣で秀輝がやる気満々の声を出す。
「俺は中でいいぜ、俺も戦うからな」
「ダメだぞ、英二とおらとガルルンだけだぞ、英二の訓練に丁度いい相手だぞ、これくらい1人で倒せるようになって貰わないと困るからな、今回は秀輝と宗哉も外で見てろ」
「サンレイちゃんがそう言うなら分かったぜ」
わかったと言いながら秀輝は少し不服そうだ。
「了解した。サンレイちゃんもガルちゃんもいるから安心して見てるよ」
提案した作戦が受け入れられて宗哉は文句は無い。
本校舎には屋上へと上る階段が2つある。
西校舎と繋がる部分とL字になっている長い方の端の2つだ。
英二たちは西校舎に繋がる部分にある階段へと向かった。
2階の踊場でサンレイがポンッと英二の背を叩く、
「英二と委員長が囮だぞ、姿を消したおらが付いてるから安心だぞ」
「えっ私も? 」
驚く委員長を見てサンレイがニヘッと悪い顔だ。
「小乃子だと警戒されるぞ、さっき助けたばかりだからな」
「 ……わかったわよ、何かあったら直ぐに助けてよ、私鼠も嫌いなんだからね」
渋々引き受ける委員長の後ろで秀輝が自身を指差した。
「俺たちはどうするんだ? 」
「3階で待ってろ、秀輝たちとガルルンは後からだぞ、おらは完全に霊気と姿を消してクソ鼠を捕まえるぞ」
「了解がお、3階で待ってるがう、ガルは気配は消せるがお、でも妖気は大きすぎて完全には消せないがう」
ガルルンの隣で宗哉も頷く、
「僕も了解だ。ララミとサーシャには3階の踊場で通行止めをさせておくよ」
「鼠妖怪捕まえたら行ってもいいんだよな」
普段の興味津々な顔で聞く小乃子を見てサンレイがニッと意地悪に笑う、
「そだぞ、捕まえたら呼んでやるからみんな屋上に来るんだぞ、みんなで英二の戦いを生暖かく見守るぞ」
自分が戦うことになって先程から緊張して何も話さない英二の背中をガルルンがドンッと叩く、
「心配無いがお、何かあったら助けるがう、泥船に乗ったつもりで戦えばいいがお」
「泥船でも筏でも何でもいいから危なくなったら直ぐに助けてくれよ」
英二は緊張して泥船と大船の間違いを指摘する余裕もない。
「んじゃ行ってこい、英二が先頭で委員長を守ってやるんだぞ」
言うとサンレイがフッと姿を消した。
委員長と顔を見合わせると英二が前に立って階段を上っていく、
「サンレイちゃん、傍に居てくれてるわよね? 」
「ここに居るから心配無いぞ」
不安気に訊く委員長の左からサンレイの声だけが聞こえてきた。
覚悟を決めた2人が上っていくのをガルルンが見上げる。
「英二、死んじゃ嫌がお」
「死にませんから、ガルちゃんが守ってくれるんでしょ」
ばっと振り返り引き攣った顔で言うと英二が階段を上っていった。
踊場の前まで上ると後ろから委員長が話し掛けてきた。
「もうすぐ2年だよね、また同じクラスになれたらいいわよね」
「そっそうだね、またみんな一緒だといいね」
自然を装っているが明らかに動揺しているのが丸分かりの会話をしながら問題の踊場へと着いた。
踊場の壁にもたれかけて会話を続ける。
もちろん妖怪あはんの居る右の壁とは反対の左の壁だ。
サンレイが見た時と同じなら旧鼠は天井の壁の中に隠れているはずである。
「おっ、俺は英語ダメで進級ぎりぎりだよ、そっ、それで2年になったら頑張るって約束させられたから3年進級できるか不安だよ」
「あははっ、そうなんだ。それでね…… 」
どもる英二と違って委員長は覚悟を決めたらしく普段の口調に戻っていた。
話を続けようとした時、後ろの壁から声が聞こえてきた。
「あん、あっ、あはん、あっはぁ~~ん」
英二がバッと委員長の前に出る。
会話をしながら両手に気を集めていたので爆発能力はいつでも使える状態だ。
「英二くん上!! 」
委員長の叫びで見上げると天井から灰色の腕が2本ぶら下がっていた。
咄嗟に腕を構える英二の前でバチバチと青い雷光が天井いっぱいに走った。
「ギヘッ、ギヘェ~~ 」
「捕まえたぞクソ鼠! 」
苦しそうな叫びに続いてサンレイの元気な大声が聞こえた。
「このまま屋上へ行くから委員長は秀輝たち呼ぶんだぞ、英二はおらと一緒に屋上だぞ」
サンレイが姿も見せずに言った。
「了解」
委員長が階段を駆け下りていく、英二は仕方なく屋上へと向かった。
「電柵、かごめ! 」
サンレイの声と共に屋上に丸い電気の籠ができる。
バチバチと雷光をあげる柱で包まれた直径7メートルほどの大きな鳥籠のようなものだ。
「ギヘェ」
旧鼠を床に叩き付けるようにしてサンレイが姿を現わす。
「入ってこい英二、ちょっとビリッとするけど大丈夫だぞ」
柵の外に立つ英二に手招きだ。
サンレイの隙を見て旧鼠が逃げ出すが柵に触れて悲鳴を上げる。
「ギヒィ! ヒギギィ~~ 」
「逃げられるわけないぞ、おらが許可したやつ以外は丸焼けになるぞ」
感電して倒れた旧鼠を一瞥するとサンレイが向き直る。
「早く入って来いよ、お前が戦うんだぞ」
「入れって言われても…… 」
ビクビクと痙攣している旧鼠を見ながら英二が怖々と柵に手を触れた。
「うわっ……痛……痛くない、ちょっとビリビリするけど低周波治療器みたいなものだ」
柵を触って確かめる英二を見てサンレイがニヘッと笑う、
「早く入ってこい、早くしないと感電させるぞ」
「わかったよ、入ればいいんだろ」
英二が慌てて柵の中へと入ってきた。
そこへ秀輝たちもやってくる。
「凄ぇ、これが電気の柵か」
バチバチと雷光をあげる大きな鳥籠を見て秀輝が感嘆の声を上げた。
「クソ鼠旨く捕まえたがお」
ガルルンがスッと柵の中へと入っていくのを見て小乃子がそっと柵に触れた。
「うわっ、ビリッとしたよ」
「気を付けろよ、おらが許可したやつ以外は感電するぞ」
慌てて手を引っ込める小乃子を見てサンレイが意地悪顔だ。
「それが旧鼠か、化け鼠だな」
「ドブネズミが大きくなったみたい、気持悪い」
感心する宗哉の隣で委員長が気持悪そうに眉を顰めた。
ガルルンが説明した通り旧鼠は幼児ほどもある大きな鼠だ。
太っているのではなくガリガリに痩せていてその灰色の毛と相俟って不気味な感じがする。
倒れている旧鼠にガルルンが近付いていく、
「汚いクソ鼠がお」
「ケヒヒ、お前も妖怪だな、狸か狐か? 人間どもを食いに来たのか? 」
旧鼠が上半身を起こして卑屈に笑った。
ガルルンが問答無用で旧鼠にビンタを食らわせる。
「ヘゲェ~~ 」
旧鼠が転がるように倒れて呻きを上げた。
軽く叩いたようにしか見えないがこれが山犬のパワーである。
「ガルは山犬がお、神狼の直系の火山犬がお、また狸とか言ったらその場で殺すがお」
「やっ山犬……ひぃーっ、すみません、二度と言いません」
牙を剥いて睨むガルルンの前で旧鼠が土下座して謝った。
様子を見ていた英二が近寄っていく、
「何か事情があるかも知れないな、戦う前に聞いてやろうよ」
「そっそうなんです。事情があるんです。だから殺さないでください」
旧鼠は顔を上げると媚びへつらうように英二とサンレイとガルルンを見回した。
「事情なんてどうでもいいぞ、早く戦え英二、クソ鼠をぶち殺すんだぞ」
「そうがお、クソ鼠の話しなど聞く耳持たないがう、見つけ次第処分がお」
険しい顔の2人の前に英二が『まあまあ』と手を振りながら出て行く、
「そんな事言わないでさ、話しくらい聞いてやろうよ」
味方になりそうだと思ったのか旧鼠が英二に縋り付いた。
「たっ助けてください、もう悪いことはしません、本当です」
「泣いて謝ってるんだからさ、もう人間を襲わないって約束させて許してやろうよ」
正直言って大きな痩せ鼠といった旧鼠は気持悪かったが基本的に優しい英二は邪険にできない。
「ああ……ありがとうございます」
泣きながら旧鼠が立ち上がる。
次の瞬間、英二の首筋に鋭い爪を立てた。
「ケヒヒヒッ、動くな! この人間を殺すぞ」
「なっ、お前……ぐぅ………… 」
何か言おうとした英二の首を締め上げる。
「黙ってろ、山犬と電気を使うガキ、動くなよ、こいつを殺すぞ」
「英二、直ぐに助けるがお」
「止めろガルルン! 英二が殺されるぞ」
飛び掛かろうとしたガルルンをサンレイが止めた。
「じゃあどうするがお」
「どうもこうもないぞ、英二が一番だぞ」
サンレイが旧鼠を睨み付ける。
「直ぐに英二を離せ、今離したらお前を見逃してやるぞ、人間を襲わないって約束してこの町から出て行け、そしたら勘弁してやんぞ、でも英二を殺したらお前をぶっ殺すぞ」
「ケケッ、ケヒヒヒヒッ、俺をぶっ殺すだと、ケヒヒヒヒッ」
大笑いする旧鼠の前でガルルンが爪の先に青い炎を灯した。
「切り刻まれたいかクソ鼠が! 」
マジ顔で怒るガルルンは怒りのためか普段の『がお』や『がる』が語尾に付いた幼い口調ではない。
旧鼠が目を赤く光らせる。
「知ってるぞ、知ってるぞ、この人間が巨大な霊力を持っていることを知ってるぞ、こいつを食らえば俺の妖力も一気に上がる。貴様らに負けんくらいの力が手に入る。殺せるものなら殺してみろ、俺がこの町にきた目的はこの人間だ。こいつを食らい一段上の妖怪へと生まれ変わるのだ。ケヒヒヒヒッ」
「やっぱ英二が目的だぞ」
サンレイが顔を顰めた。
「ガルがやるからサンレイは英二を助けろ」
「ダメだぞ、クソ鼠がおらの電光石火より早く英二の首を掻き切るぞ」
「じゃあどうする? クソ鼠にいいようにされるのか? 」
牙を出した怖い顔でガルルンがサンレイを見つめた。
その時、大きな声と共に黒い影が旧鼠に覆い被さった。
「あっはぁ~~ん」
「電光石火! 」
サンレイの体がフッと消えた。
「ゲヒィ~~ 」
旧鼠の叫びが聞こえて同時に英二を連れたサンレイが飛び出してくる。
「あはんが助けてくれたぞ、ガルルン英二を頼んだぞ」
サンレイがガルルンの足下に英二を転がす。
「かっ、かはっ、くぅ、苦しかった…… 」
首を絞められていた英二が呻きながら息を整える。
「英二よかったがお、心配したがう」
安堵したのかガルルンが元の口調に戻っていた。
「このバカ烏が! 何度も俺の邪魔をしやがって」
旧鼠が妖怪あはんを引き剥がす。
「ああーっ、かあぁーっ、カアァーッ」
傷付いた羽をバサバサとさせて妖怪あはんが英二たちの前に転がった。
「烏だ……あはんは烏の妖怪だったのか」
英二が思わず口に出す。
妖怪あはんは胴体は人間だがおっさんの顔に嘴が付いている。
腕の代わりに黒い大きな羽が付いていた。人間と烏が混じったような姿だ。
趣味なのかそれしか無かったからなのか女物の服を着ている。
「折角のチャンスをバカ烏が! 死ね二度と邪魔をするな! 」
倒れたあはんの背に旧鼠が腕を突き刺した。
「がっ、かぁ、ああぁ、カアァーーッ 」
ビクッと体を仰け反らせてあはんが首を落として動かなくなる。
「なっ……なにを……なんで…… 」
英二の目から自然と涙が流れてきた。
「俺を助けてくれたんだ……俺を……お前、お前ぇえぇ~~ 」
英二の体が白い光に包まれる。
光は湯気が立つように英二の体から出ていた。
「英二落ち着け、力を暴走させるな、落ち着いて力を制御しろ」
「気を静めるがお、怒りに持っていかれるがお、ガルとサンレイの事を考えるがお」
左右からサンレイとガルルンが抱き付いた。
「あはんは大丈夫だぞ、妖怪があれくらいで死なないぞ、おらの電気の柵を通ってこれるくらいの妖怪だぞ、だから大丈夫だぞ、もう居なくなってるぞ」
「さっき床に潜って消えたがお、怪我をしたけどあれくらいなら少し休めば治るがう、あいつは人を守る良い妖怪がお、ガルも好きになったがお」
「ぐっ、ぐぐぅ…… 」
2人の声が聞こえたのか英二が何かに耐えるように歯を食いしばる。
「サンレイ……ガルちゃん……ありがとう、もう大丈夫だから………… 」
英二の体に光が吸い込まれて消えていく、
「ふぅーーっ 」
英二が大きく息を吸って呼吸を整える。
「俺に任せてくれ、あんな卑怯なやつは絶対に許せない、あはんの仇は俺が取る」
「落ち着いたみたいだな、んじゃ任せるぞ」
「遠慮無くぶち殺してやるがお、クソ鼠から人間の血の匂いがするがお、あいつ最近何処かで人間を食ってるがう、このまま逃がしたらまた人間を襲うがお」
サンレイとガルルンがそっと離れた。
「ガルちゃんわかったよ、人間を食う妖怪か……遠慮無くぶん殴れるよ」
マジ顔をした英二が旧鼠を睨み付けた。
「ケヒヒッ、人間が俺を殺すだと、ケヒヒヒヒッ、面白い、お前を食って妖力を上げて山犬や電気のガキから逃げるとしよう」
白濁した涎を垂らしながら旧鼠が笑った。