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第31話

 学校へ戻ると西校舎のトイレを1階から順に見て回る。


 西校舎は1階が職員室と机や椅子やロッカーなどが置いてある倉庫として使っている空き教室で2階が調理実習室と会議室があり3階が理科室と図書室となっている。

 トイレは各階に1つずつあり1階には職員用の専用トイレもある。


「先生のトイレは後回しだぞ、んじゃ行くぞ」


 サンレイに背を押されて1階のトイレから調べて行く、


「女子トイレは何も無いがお、温水洗浄便座も無いからつまんないがう」

「温水洗浄便座があるか調べに来たんじゃないぞ」


 トイレから出てきたガルルンの頭をサンレイがポカッと殴りつけた。


「んじゃ調べてこい英二」

「俺が? 妖怪がいたらどうするんだよ」


 ビビる英二を見てサンレイがムッとする。


「男子トイレだぞ、おらが入ってるの見られたらヘンタイ扱いされるだろ」

「がははははっ、そりゃそうだ。俺もついて行ってやるから見に行こうぜ」


 秀輝が英二の背をバンッと叩いた。


「呼んだら直ぐに来てくれよ」


 及び腰の英二を連れて秀輝が男子トイレに入っていった。

 トイレ内をぐるっと見回すが別段変わったところはない。


「本当に水が出ないんだな、手洗い場の水は出るのにな」


 個室に入って調べていた秀輝が出てきた。


「不思議だよね、小便のほうはちゃんと水が出るのにね」


 何も起きないので英二も拍子抜けして普段の顔に戻っている。

 2人揃って男子トイレから出てきた。


「何もなかったよ」

「んじゃ2階に行くぞ」


 2階のトイレも異常はない、残るは3階と1階にある職員用トイレだけだ。



 3階のトイレの前でサンレイが止まった。

 今までサッと入っていっていたのが何か考えるような顔をして様子を伺っている。


「何かいるのか? 」

「ここがお、このトイレから妖気が出てるがう、匂いも他のトイレと違うがお」


 サンレイの代わりにガルルンがこたえてくれた。


「ここに妖怪か悪霊がいるってことか」

「そだぞ、何かいるのは確かだぞ、悪い奴かどうかは会ってみないと分からないぞ」

「トイレ壊してんだから悪い奴だぜ」


 英二と秀輝に緊張が走る。

 ガルルンが英二の腕を引っ張った。


「臭いがお、このトイレ他よりずっと臭いがう、何か違う匂いがお」


 英二が振り向くとガルルンが鼻を押さえて厭な顔をしていた。


「違う匂いって? 」

「トイレの匂いなのは確かがう、でも学校の他のトイレと違うがお、英二の家のトイレとも違うがう、説明難しいがお…… 」


 暫く考えていたガルルンがバッと顔を上げる。


「田舎のぽっとん便所みたいな匂いがお、ウンチ臭いだけじゃなくて腐敗してガスが出てるような感じのする匂いがお」

「ぽっとん便所か……そういや少し臭いな」


 他のトイレと違い廊下まで少し匂いが漂っていた。

 英二が分かるくらいだ。鼻のいいガルルンが顔を顰めるのも無理はない。


「んじゃ行ってこいガルルン」


 サンレイが意地悪顔をしてガルルンの背を押した。


「ガルは臭いの厭がお、サンレイが行けばいいがう」


 ガルルンが足を踏ん張って動かない。


「ガルちゃん嫌がってるだろ、サンレイ行ってやれよ」

「仕方ないなぁ、そん代わりアイス奢って貰うぞ」

「わかったぜ、俺が奢ってやるよ、ガルちゃんにもチーカマ買ってやるからな」

「わふ~ん、チーカマまた食べるがお、秀輝はいいやつがう」


 臭いのも忘れてガルルンが両手を上げて大喜びだ。


「さっき食べただろ、秀輝甘やかすなよ」


 気前のいい秀輝に英二が迷惑顔だ。


「約束だぞ、んじゃ調べてくるぞ」


 ニパッと笑うとサンレイがトイレに入っていく、初めからアイスを奢って貰うつもりでガルルンを利用したのだろう。



 直ぐ隣の理科室から部活をする生徒たちの声が聞こえてくる。

 残っているのは生物部や科学部の生徒が合わせて20人ほどだろう、こんな所に悪霊がいるとはとても思えない。


「女子トイレにはいなかったぞ」


 サンレイが出てきた。


「じゃあこっちがお、絶対に何かいるがう、妖気だけじゃなくてガルの勘がビンビン反応してるがお」


 全身の毛を逆立てたガルルンが男子トイレを指差した。

 つられるように英二と秀輝がトイレを見つめる。


「んじゃ行ってこい英二、秀輝はここに残ってろ」

「なっ、なっ、なんで俺だけ」


 ビビった英二が声を震わせる。


「おらの依り代ならこれくらいできないと困るぞ」


 マジ顔のサンレイが英二の背を押した。


「サンレイちゃん意地悪するなよ、俺もついていくぜ」

「ガルも行ってやるがお、絶対何かいるがう」


 秀輝だけでなくガルルンも一緒に男子トイレに入ろうとするのをサンレイが止める。


「ガルルン、英二に任せろ、秀輝はここに残ってろって言っただろ」

「でも英二だけじゃ…… 」


 腕を掴んで止めるサンレイに向かって秀輝が不服そうな顔だ。

 サンレイの頼みは今まで断ったことがない、だが英二だけを危険にさらすわけにはいかない。


「心配すんな秀輝、英二は大丈夫だぞ、日頃の訓練の成果を見せてやれ」


 ニコッと笑うサンレイから秀輝が視線を英二に向けた。


「日頃の訓練って? 俺と体を鍛えるほかにも何かやってるのか? 」

「うん、霊能力を使いこなせるようにサンレイとガルちゃんに教えて貰ってるんだ」

「霊能力? マジかよ」


 照れながら言う英二の向かいで秀輝が驚き顔だ。


「見せてやれ英二、バーンってやってやれ」

「わかった。秀輝少し離れてくれ」


 英二が右の人差し指を前に突き出した。


「1寸玉! 」


 英二が叫ぶと指先がパンッと軽い音を立てて爆発した。

 爆竹と同じような音だけ派手な爆発だが炎や煙は上がらない、爆風を頬に感じるくらいである。

 火気の爆発ではなく空気による爆発だ。

 つまり風船を割った時のような破裂と同じような感じである。


「凄ぇ、爆発したぜ」

「これが英二の力だぞ、気を爆発させることができるんだ。空気を圧縮して一気に解放する感じだぞ、たぶん水の中だと水を圧縮できるぞ」


 驚く秀輝にサンレイが自慢気に教えた。


「でもよ、1寸玉ってのは技の名前か? ちょっと格好悪いぜ」

「煩いな、一番小さい爆発だから1寸玉って付けたんだ。打ち上げ花火の玉の名前にしたんだよ、2寸玉とか3寸玉とかさ」


 怪訝な顔の秀輝に英二が恥ずかしそうに言った。


 技の名前はサンレイが勝手に付けた。

 電気使いであるサンレイは技の名前に閃光花火や枝垂れ柳など花火から付けた名が多い、それで英二にも打ち上げ花火の玉を技の名前に付けさせたのだ。

 一応師匠なので英二も渋々従った。

 1寸玉と叫んだのは銃の引き金を引いたのと同じである。

 気を溜めて技の名を叫ぶことによって力を使うのだ。

 慣れないうちは術が出しやすいとのサンレイのアドバイスに従っている。実際この方が出しやすいので英二も素直に従った。

 戦い慣れているサンレイやガルルンが技の名を叫ぶのは単に格好いいと思っているからである。


「英二は爆弾魔がお、人間くらい簡単に吹っ飛ばせるがう」

「ガルちゃん、嫌な言い方しないでね、爆弾魔じゃなくて爆破使いって呼んでくれ」


 訓練は順調に進み人を吹っ飛ばすくらいの爆発なら自由にコントロールできるまでになっていた。


「英二の素質もあるけどおらの教え方がいいからな、次からはもっと大きな爆発をコントロールする訓練に入るぞ」


 偉そうに言うがサンレイは大まかに指示するだけで細かなところは殆どガルルンが教えてくれたのだ。

 ガルルンがいなければ今のように自由に使えるようになってはいない。


「というわけだから秀輝はここに残ってろ、んじゃ、英二行ってこい、何かあったら爆発させてやればいいぞ」

「わかったよ、一人で行けばいいんだろ、何かあったら直ぐに来てくれよ」


 早く行けというように指差すサンレイに言い残すと英二がトイレに入っていった。



 ビビりながら入り口付近からトイレ内を見回す。

 別段変わった様子はない、奥に入って天井や壁、足下などを色々見て回る。


「 ………… 」


 英二の足が一番奥の個室の前で止まる。


 トイレのドアノブが使用中の赤色表示だ。

 あり得ない、個室は全て壊れていて運動場と体育館と学食のトイレ以外は使えないはずである。

 職員室のトイレは調べに来た業者が応急修理していったがそれ以外の修理は明日から始まるのだ。

 目の前のトイレが使用中なのはあり得ない、だとしたら……。


 英二が恐る恐るドアをノックする。


「入ってます」


 嗄れたおっさんのような声が返ってきた。

 確認するようにもう一度ノックした。


「入ってるって言ってるだろ、お前この学校の生徒か? 」

「はい、そうですけど……あなたは誰なんですか? 」

「ウンチの凄さを知っているか? 」

「へっ!? いきなり何を言い出すんだ」


 おっさんのボケたような声に英二が語気を荒げる。


 個室のドアが開いておっさんが出てきた。

 顔は普通のおっさんに見えるが腰が極端に曲がっていて昔話に出てくるお爺さんのように前屈みだ。

 だが一番のおかしな所は服を着ていない、毛皮のような腰布を巻いているだけだ。

 肌の色も赤土のような赤茶色をしていて一目で人間でないのが分かった。


「ひぃ! 」


 気持ち悪さに英二が身を固くする。


「最高級のコーヒーであるコビ・ルアック、蚕砂と呼ばれて化粧品にも使われる蚕の糞、全てウンチから出来ている。全て高級品だ。つまりウンチは高級という事だ」


 目の前で話す化け物を見て英二の顔が引き攣っていく、


「一部の事を言われても…… 」

「黙れ!! ウンチは凄いんだ。それなのに人間は汚いと軽蔑する。小便は飲むくせにウンチは触ろうともしない、そこでオレはウンチの地位向上をさせるために力が必要なのだ。それで強い霊力が必要なのだ。この学校に強い霊力を持つ人間がいるときいた」

「そっ、その人間を見つけてどうするつもりだ? 」


 震える声で英二が訊くと化け物がニヤリと不気味に笑った。


「食らうのよ、霊力を持つ人間を食ってオレの力とするのよ」


 英二の顔に怒りが浮かぶ、


「そんな事のために殺されてたまるか! 普通の人は小便飲んだりしないからな、極一部の人が健康になると言って飲尿してるだけだ」

「なるほどな、ふんばり入道だぞ」

「ウンチ妖怪がお、ウンチのくせに英二を食うなんて千年早いがう」


 いつの間に来たのかサンレイとガルルンが後ろに立っていた。


「あのおっさんみたいなのが妖怪かよ」


 二人の後ろに秀輝もいる。

 安心した英二が秀輝の隣りに逃げていく、


「ふんばり入道って? 」

「トイレが好きな妖怪だぞ、厠神と言って昔はトイレの神様として祀ってたりしてたこともあんぞ、仲間にがんばり入道っていうのもいるぞ、がんばり入道はトイレを覗くだけのヘンタイだけどふんばり入道はトイレで踏ん張ってる人間を応援するドヘンタイだぞ」

「ガルも知ってるがお、ウンチを応援するヘンタイ妖怪がう」


 2人の話に英二は言葉も無くふんばり入道を見つめる。


「誰がヘンタイだ。オレは人々が安心してウンチができるように応援している善良な妖怪だ。トイレで踏ん張る人々を見守っているんだ」

「トイレ覗いてるってことだろ、充分ヘンタイだぜ」

「犯罪者だよね」


 サンレイとガルルンの後ろで秀輝と英二が呟くように言った。

 耳はいいらしい、ふんばり入道がキッと怖い目で二人を睨み付けた。


「誰が犯罪者だ!! 俺はトイレを守るトイレの神様だぞ、老若男女関係なく踏ん張る姿を応援する傍らトイレを汚す愚か者を便秘にして苦しめてやったり、逆に下痢や便秘に苦しんでいる人を助けたりしているんだ。トイレの平和を守っているのがオレたちトイレ妖怪なんだ。それなのに近頃の人間やトイレは……だから力が必要なんだ」

「わかったぞ、男も女も子供も大人も関係なくトイレを覗くどヘンタイってことだぞ」

「踏ん張る人間が好きなのかウンチが好きなのかそれが問題がう、どっちにしてもヘンタイなのは変わらないがお」

「あんまり怒らせるなよ二人とも…… 」


 いつもの元気な声で言うサンレイとガルルンを英二が後ろから止めた。


「バカにしおって、オレの力を見せてやる」


 真っ赤な顔をして怒鳴るふんばり入道をサンレイが更にからかう、


「お前の力? ウンチの応援だけだろ? 」

「黙れ!! こっちへ来い、お便器予報を見せてやる。オレはウンチの状態を見分けることができるのだ」


 トイレから出て行くふんばり入道をサンレイとガルルンがさっと避けて通す。

 ウンチ妖怪に触れたくないのは英二と秀輝も同じで慌てて先にトイレから出た。

 廊下に出た英二と秀輝と目が合うとふんばり入道がニヤッと不気味に笑った。


「快便時々下痢、ところによって便秘……便に秘密ってどんなお宝が詰まっているのかワクワクするよな」

「ヘンタイか!! 」


 英二と秀輝が同時に怒鳴った。


「ヘンタイではない、お便器予報だ」


 サンレイとガルルンもじとーっと軽蔑した目で見ている。


「何する気だウンチ妖怪? 」


 首を傾げるサンレイの前でふんばり入道が廊下の窓を開いた。


「あの背の高い女の子と向こうの小さい女の子は便秘だ。あっちでバスケしてる女の子は下痢だな」


 部活をしている生徒たちを指差して言った。


「凄いがう、他人のお腹の調子がわかるがお」


 尊敬するような声を出すガルルンの前に英二が止めろというように腕を伸ばした。


「わかってどうするんだ? 」

「ふふふふふっ、お腹の調子がわかればいつトイレに入るのかが予測できる。狙った人間の踏ん張る姿を応援できるのだ」

「やっぱり只のヘンタイだろが!! 」


 ピキッと切れた英二が怒鳴りつけた。


「ガルのお腹もわかるがお? 」


 お腹を摩るガルルンを見てふんばり入道がニヤリと笑う、


「良い尻をしておる。安産形じゃ、毎日快便じゃな」

「当たってるがお、英二の家に来てからガルは調子いいがお、毎日2回はたっぷり出るがお、それを当てるなんて凄いがう、恐ろしい能力がお」


 驚くガルルンの手を英二が引っ張る。


「たっぷり出るとか女の子が言っちゃダメだよ、ガルちゃんは羞恥心が少し欠けてるよね」


 弱り顔の英二をサンレイが見上げる。


「バカ犬だからな、年中丸出しだから恥ずかしくないんだぞ、今まで山で拾い食いしてたんだぞ、それが英二のところに来てから腐った物や虫食わなくなったんだぞ、お腹の調子よくなって当然だぞ」


 ふんばり入道がサンレイをじっと見つめる。


「この小さいのは今日は下痢…… 」


 ドガッ!! サンレイに殴られてふんばり入道がトイレの中に吹っ飛んでいく、


「黙れウンチ妖怪、人のウンチ当ててどうすんだ。どヘンタイだぞ、それ以上言ったらサンポールケツに突っ込んで便器に閉じ込めんぞ」


 サンレイ今日は下痢なのか……、赤い顔をして怒るサンレイを見て英二と秀輝が何とも言えない表情だ。


「おらをバカにしやがって、さっさと始末してやんぞ」


 怒ってトイレに入っていこうとするサンレイを英二が止める。


「始末とか物騒なこと言わずに何で学校にいるのか聞いたほうがいいんじゃ…… 」

「ガルルンがトイレの話しばかりするからウンチ妖怪が寄ってきたんだぞ」


 怒りを収めたサンレイが溜息をつく、


「まあ英二の頼みだから話しくらい聞いてやんぞ」

「雑魚妖怪がう、今の英二なら倒せるがお、話聞いてからどうするか決めるがう」


 二人を先頭に英二と秀輝もトイレへと入っていった。


「そんで何で英二を狙ってんだ? 」


 トイレの床に転がっていたふんばり入道が起き上がる。


「英二? 誰のことだ」

「始めに言ってただろ強い霊力を持つ人間を食べるって、その人間がこの英二だぞ、学校どころかこの町で英二より霊力の強い人間いないぞ」


 サンレイが英二を指差す。


「こいつが……こいつを食えばオレも最強の妖怪になれるんだな」


 ドガッ!! ガルルンが問答無用でふんばり入道を殴り飛ばす。


「ぎへぇ~~ 」


 ふんばり入道がトイレ奥の壁にぶつかって叫びを上げた。


「英二に何かしたらその場で殺すがお」

「殴る前に言おうね」


 更に殴りかかりそうなガルルンを英二が必死で止めた。


「おらたちの強さはわかっただろ、ウンチ妖怪が敵う相手じゃないぞ、わかったら何で力がいるのか話せよ、話しによっては協力してやらんこともないぞ」


 ふんばり入道がトイレの床に座り込んでサンレイを見上げる。


「わかった。全て話そう…… 」


 観念した様子で話を始めた。


「日本の伝統文化である和式便器が減ってきてるんじゃ、しゃがんで踏ん張る昔の便器はよかった。それが今では全て洋式だ。ど田舎でさえ洋式に替わってきている」

「トレイなんてどれも同じだぞ」

「違う、座ってする洋式では気張る姿が美しくない、プルプル震える足を踏ん張り額に汗流してしゃがんでする和式こそ日本トイレの美がある。だいたい洋式ではウンチが出ているところが見れんのだ」

「アホか!! マジでヘンタイだぜ」

「理由がどうあれ、こんな奴にだけは殺されたくない」


 怒鳴る秀輝の隣で英二も嫌そうに顔を顰める。


「オレは踏ん張る姿を応援する妖怪だ。踏ん張りが大きい便器を望むのは当たり前だ」


 負けじとふんばり入道も声を大きくして言い返す。


「百歩譲って洋式便器は許そう、歴史の流れじゃ仕方あるまい、だがあの機械だけは許せん、折角応援しているのに水を差しやがるんだ」

「水を差す機械って何だ? 」


 秀輝に訊かれて英二がわからないと首を振る。


「只でさえ洋式便器は和式便器より匂いが少ないのにあの機械がお尻を洗うから更に匂いが残らん、俺の大好きなウンチの芳しい香りを楽しめないのだ。許すまじ洋式便器」

「やっぱヘンタイだぜ」

「踏ん張る姿を応援するって言いながら匂いとか気張ってるの見て楽しんでるよな」


 どん引きする英二と秀輝を見てふんばり入道が拳を振り上げて怒り出す。


「黙れ! お前ら人間に妖怪の気持ちがわかってたまるか」


 ガルルンが英二に振り返る。


「ウンチ妖怪の気持ちも少しわかるがお、ガルも和式は好きがう、座る便器は尻尾が邪魔になるがお」


 同情的なガルルンを見てサンレイがニヤッと悪い笑みをした。


「和式便所だと温水洗浄便座が使えなくなるぞ、こいつの言ってる水を差す機械って温水洗浄便座のことだぞ」

「温水洗浄便座が使えなくなるがう…… 」


 子犬のように首を傾げて考えるガルルンにサンレイが畳み掛ける。


「そだぞ、座るタイプの洋式だから便座に温水洗浄便座が付けられるんだぞ」

「がわわ~~ん、そうがう、和式じゃ温水洗浄便座出来なくなるがお」


 ガルルンがバッと前に向き直った。


「お前は敵がお、洋式便器が許してもガルが許さないがお」


 先程までふんばり入道に同情的だったガルルンが一瞬で手の平を返す。


 どんだけ好きなんだ……、英二と秀輝がガルルンを見て何とも言えない表情だ。

 サンレイが大きな溜息をついた。


「時代の流れだぞ、もう和式便器に戻る事なんて無いぞ、ふんばり入道は悪さする妖怪じゃないってハチマルから聞いたことあんぞ、英二の霊力を狙うなんてバカなこと止めろ、おらとガルルン相手に万に勝ち目もないぞ、今なら見逃してやるからおとなしく帰れ、田舎なら和式便器使ってるとこまだあんだろ」

「帰らん、どうしても力が必要だ。俺は力を手に入れるんだ」

「言っても無駄か……お前死ぬぞ」


 じろっと睨むサンレイにふんばり入道が飛び掛かる。


「オレには瞬発力が必要なんだ」

「がおがおパ~ンチ! 」


 サンレイに辿り着く前に横からガルルンが殴り倒す。


「しゅんぱつ力って何がお? 」


 パンチした腕を伸ばしたままガルルンが英二に訊いた。


「一瞬の間に出す力だよ」


 不思議そうな顔のガルルンに英二が教える。

 ふんばり入道が起き上がる。


「そうだ。肛門の瞬発力を高めるのだ。その為に霊力が必要なのだ」

「肛門の……そんな事のために俺の命を狙うな! 食らえ3寸玉! 」


 切れた英二が爆発する気を飛ばす。


「ゲボッ! 」


 目の前で爆発が起りふんばり入道が引っ繰り返る。


「貴様、只の人間では無いな、それなら此方も遠慮無しで行くぞ」


 ふんばり入道が曲がった体をクルッと回して起き上がる。


「うん、うん、うんち、ウンチは瞬発力♪ うん、うん、うんち、ウンチは瞬発力♪ 」


 変な振り付けで踊り出す。

 30秒ほど踊った後でお尻をクイッと向けると何かを発射してきた。


 ドオォ~~ン、英二の足下で爆発が起きる。


「どうだオレの爆糞は! 」

「爆糞って……ウンコか」


 強烈な匂いに口元を押さえる。


「そうだ。オレのウンチはメタンガスをたっぷり含んでいて爆発するのだ。貴様も爆発を使うようだがオレのエレガントな匂い付き爆発には敵うまい」

「どこがエレガントだ! 毒ガスの間違いだろ! 」


 口元を押さえながら怒鳴る英二の後ろからサンレイが声をかける。


「ふんばり入道くらいなら勝てるぞ、訓練の成果を見せてやるんだぞ」

「えっ? 俺が戦うのか? ウンコ投げてくるヘンタイだぞ」

「女の子にウンコ妖怪と戦えって言うんだな」

「いや……そんなつもりは……本物の妖怪と戦うなんて初めてだから…… 」


 訓練によって爆発能力は使いこなせるようになっている。

 正直言って目の前のふんばり入道には勝てる気がした。

 だがキモい姿とウンコ攻撃に戦う気力は湧いてこない。


「心配すんな、この前化けガエルと戦ってただろ、同じようなもんだぞ、危なくなったらおらが助けてやるからな、ウンコ妖怪なんてバァ~ンってやっつけてやれ」

「ガルもついてるがお、直ぐに助けてやるから心配無いがう」


 助けると言いながらサンレイとガルルンはトイレから出て入り口から顔を出している。

 ふんばり入道が爆糞攻撃をした時に逸速く逃げたのだ。

 サンレイが連れて逃げたので秀輝も二人の後ろにいる。


「誰がウンコ妖怪だ! オレは踏ん張る人々を応援するふんばり入道だ」

「そんな事応援して何になる? ウンコ投げるヘンタイだろ! 」


 怒鳴るふんばり入道に険しい顔をして英二も言い返す。


「下剤や浣腸は甘えだ。踏ん張って出せ、肛門を鍛えろ、ウンチは瞬発力だ」

「無茶苦茶言うな! いくら踏ん張っても出ないものは出るか! 」


 怒鳴る英二の前でふんばり入道がまた踊り出す。


「うん、うん、うんち、ウンチは瞬発力♪ うん、うん、うんち、ウンチは瞬発力♪ 」


 30秒ほど踊った後でお尻をクイッと向けると爆糞を発射する。

 二度目なので英二は軽々と避ける事が出来た。


「一々踊らないと出せないのか? 」

「当たり前だ。お前は踏ん張らないでウンチを出せるのか? 踏ん張る時間を短縮するためにも瞬発力が必要なのだ。おとなしくオレに食われろ」

「そんな事のために…… 」

「うん、うん、うんち、ウンチは瞬発力♪ うん、うん、うんち、ウンチは瞬発力♪ 」


 ふんばり入道がまた踊り出す。

 怒り顔の英二が黙って右腕を向ける。


「3寸玉! 連爆! 」


 右腕から爆発する気が幾つも飛び出す。

 プロボクサーのストレートパンチ程度の威力がある爆発の3寸玉と連続で技を出す連爆れんばくだ。

 変な振り付けで踊っているふんばり入道に爆発する気が連続でぶち当たる。


「ギヘッ、ゲボッ、ゲゲボゥ、ゲヒハァ~~ 」


 ふんばり入道が仰向けに引っ繰り返って動かなくなった。


「その辺でいいぞ、消滅させるほどの悪さしてないしな」

「わかったよ、俺も殺す気なんて無いからさ」


 トイレに入ってきたサンレイに英二が振り向いた。


「助けてくれるのか? 命を狙ったオレを…………力が欲しかったんだ。どうしても力が…… 」


 倒れていたふんばり入道が上半身を起こして話し始める。


「オレが力を望む本当の理由は人工肛門に対抗するためだ」

「人工肛門? なんだそれ? エログッズか? 」

「違うから!! そんな事何処で覚えた」


 興味津々な顔でとんでもないことを言い出すサンレイを慌てて押さえた。


「エログッズって何がお? 」

「エロいことに使う玩具だぞ」

「何でもないからガルちゃんは知らなくてもいいからね」


 不思議そうに首を傾げるガルルンに教えようとするサンレイを引き離すと英二がふんばり入道に向き直る。


「それで人工肛門がどうしたんだ? 」

「聞いた話によると人間は人工肛門とかいうものを作ったらしい、デカい飛行機を作るほどの人間が作った肛門だ。物凄い力があるに違いない…… 」

「エログッズじゃなくて本当に動くように作った肛門か? 今ある肛門と作った肛門を交換するのか? 」


 更に興味津々な顔で訊くサンレイにふんばり入道が頷いた。


「そうだ。本物の肛門は明らかにパワー不足、それを補うために人間は機械の肛門を作ったのだ。もうトイレで踏ん張る必要も無いのだ。スイッチ1つで物凄いウンチが出るに違いない、そうなれば踏ん張る事を応援するオレの存在意義が無くなる」

「なるほどな、それで人工肛門ってヤツに対抗しようと考えたんだぞ」

「そうだ。英二の霊力を食らってウンチを出す瞬発力を高めて人工肛門に負けない力を得るのだ。人間が作ったダイ○ンのような凄い技術を使った人工肛門に負けないように……いつまでも変わらないダイ○ンの吸引力に対抗していつまでも変わらない瞬発力を身につけようと思ったんだ」

「ダイ○ンって英二の家で使ってるクルクル回る掃除機がお、あれは格好いいがう、あれの肛門型が欲しかったがお」


 お手伝いをしているガルルンは掃除機のことも詳しい。


「アホか~~!! 」


 英二の怒鳴り声が狭いトイレに響き渡る。


「そもそも間違ってるからな、人工肛門っていうのはそんなものじゃない、何らかの理由で肛門を失って排便できなくなった人が付ける肛門だ。病人が使うものでパワーなんて無いからな」

「マジ? ダイ○ンみたいに凄いメカじゃないの? 」


 ふんばり入道の驚き顔を見て英二の怒りが冷めていく、


「技術的には凄いと思うけどお前が思っているようなメカじゃない、物凄い速さでウンコを出したり出来ないからな」

「マジか……それじゃオレの肛門瞬発力増強計画は………… 」


 ふんばり入道がその場に腕をついて項垂れる。


「必要無いぞ、お前は今まで通り踏ん張る人間を応援してればいいんだぞ、勘違いしてたから今回は見逃してやるぞ」

「ありがとうございます。田舎の和式トイレを見つけて今まで通り踏ん張る姿を応援することにします」


 ふんばり入道が腕をついたまま土下座するように謝った。


「ガルは瞬発力のついた肛門見たかったがお、きっと凄いウンチが出るがう」

「凄いウンコなんて見なくていいからね」


 残念そうなガルルンの頭を英二がポンポン叩いた。

 ふんばり入道が立ち上がる。


「迷惑をおかけしたお詫びに英二さんが気持ちよく踏ん張れるように1ヶ月ほどトイレで見守りましょうか? 」

「おおぅ、ウンコの恩返しだぞ、それじゃ今日から…… 」

「止めてくれ! 妖怪に見られてたら出るものも出なくなるから、気持ちだけ貰っとくから、お礼とかいいからな」


 喜ぶサンレイを慌てて後ろから押さえた。


「英二はガルが見守ってるがお、お前は和式トレイだけ見守ってればいいがう」

「そうですか……では今度ジャコウネコがウンチとして出した豆で出来たコーヒー、コビ・ルアックでも持ってきます」

「いくら高級品でも要らないからな」


 頭を下げて消えていくふんばり入道に英二が怒鳴る。

 ふんばり入道が消えると同時にトイレの大便器が一斉に動き出して水が流れていく、


「おおぅ、トイレが直ったぜ」

「ふんばり入道が妖術で故障させてたんだぞ、これで明日から並ばなくてもすむぞ」


 驚く秀輝にサンレイが説明した。


「はあぁ~~、怖かった……と言うかキモかった」


 緊張が解けたのか英二が何とも言えない笑みをする。


「よくやったぞ英二、ヘンタイ妖怪とはいえ一人で倒したんだからな」

「今回は相手が弱かっただけだよ」

「そんなことないがお、この前の化けガエルよりも強かったがう、それを一人で倒したがお、英二の霊力は本物がう」

「そだぞ、もっと訓練して更に強くなるぞ、おらの依り代だからな」


 二人に褒められて照れる英二を秀輝が腕を巻いてガバッと捕まえる。


「まったく、霊力なんてズルいぜ、いつの間にか俺より強くなってるじゃないか」

「秀輝の御陰だよ、体鍛えてたから霊力も使いこなせるってサンレイが言ってたからさ」

「そだぞ、文武両方だぞ、基礎体力できてたから霊力使う訓練もスムーズに行ったぞ、おらからも礼を言うぞ秀輝」

「文武両道だからね」


 呆れる英二の隣でサンレイに礼を言われた秀輝が嬉しそうに笑う、


「お安い御用だぜ、サンレイちゃんのためなら何でもするからな」


 ガルルンがハッと秀輝を見上げる。


「何でもで思い出したがお、チーカマ奢ってくれるって言ってたがう」

「そだぞ、アイスもだぞ、トイレ騒動ですっかり忘れてたぞ」

「おう、アイスでもチーカマでも何でも奢ってやるぜ」

「んじゃ、アイス食いに行くぞ」


 サンレイを先頭にガルルンと秀輝が続いて歩いて行く、


「あんまり甘やかすなよ」


 溜息をついて英二が最後に続いた。

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