表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/139

第23話

 藪をガサガサ揺らして英二たちがやって来る。


「サンレイやったんだね」

「おう英二、バカイチョウなんて余裕だぞ」


 心配顔の英二にサンレイが笑顔で手を振る。

 秀輝が手を上げて返す。


「さっさと倒してサンレイちゃんに会いに行こうとしたんだが後から後から化けガエルが出てきて大変だったんだぜ」

「そうそう、豆腐小娘さんが居なかったら俺たちだけじゃやられてたよ」

「フー子が役に立ったっすね、よかったっす」

「フー子って呼ぶなバカ兄貴」


 豆腐小僧に怖い顔を向けた後で豆腐小娘が振り返る。


「べっ、別にあんたたちのためにやったんじゃないからね、サンレイ様に頼まれたから守ってやっただけだからね、勘違いしないでよね」


 頬を赤く染めて言い終わると照れるようにプイッとそっぽを向いた。


「うん、サンレイに言われたからでもいいよ、ありがとうね豆腐小娘さん」


 豆腐小娘に礼を言った後で英二が宗哉と後ろにいるララミとサーシャに向き直る。


「ララミとサーシャもありがとうな、サーシャの腕は大丈夫か? 」

「これくらい平気デスから心配しなくてもいいデスよ」


 サーシャの左腕の肘から先が無かった。

 化けガエルとの戦いで負傷したのだ。


「この程度ならサービスセンターで治せますから大丈夫です」


 ララミの服も所々破れて人工皮膚が剥がれている。

 それ程激しい戦いだったのだ。


「もっと褒めてやってくれ、ララミとサーシャはよくやったよ、サービスセンターでオーバーホールしないとね」


 普段なら当たり前のことをしただけだという宗哉が優しい笑みでララミとサーシャを労うと豆腐小娘に向き直る。


「ララミとサーシャだけじゃ防げなかったよ、豆腐小娘さんが居なければサーシャは腕だけじゃ済まなかった。改めて礼を言うありがとう」


 イケメンの宗哉に見つめられて豆腐小娘の顔が真っ赤だ。


「まあ……なんだ。あんたたちはサンレイ様が選んだ人間だし、私も世話になったし、まあ力を貸すくらいならいつでも貸してあげるわよ」

「甘いマスクのイケメンにプリンっすか、お前は本当に甘いのに弱いっすね」

「何言ってんのよ……まあそうね、白くて四角くて何の味もしない豆腐なんかよりはずっといいわよ」

「お前まだそんな事言うっすね」


 睨み合う豆腐小娘と豆腐小僧の間にサンレイが入る。


「そんくらいで止めとけよ、豆腐小僧は怪我してんだぞ」


 豆腐小娘がハッと見つめる。


「お兄ちゃん…… 」

「これくらいなんでもないっすよ、里で休めば直ぐによくなるっす」


 豆腐小僧が着物の胸元を隠す。

 胸だけじゃなく手足に傷ができていた。


 サンレイがとぼけ顔で口を開く、


「全部ガルルンがやったんだけどな」

「えっ!? 」

「違うっす。オレっち操られてガルルンさんが止めてくれたっすよ」


 ジロッとガルルンを見る豆腐小娘に豆腐小僧が慌てて説明した。


「そうがう、ガルは悪くないがお」


 口を尖らせるガルルンを見て英二がフッと笑う、


「ガルちゃんも無事でよかった」

「がる? 英二心配したがおか? 」

「当たり前だよ、いくら強くてもガルちゃんは女の子なんだからね、男の俺が守って貰うなんて正直恥ずかしいよ、怪我しないようにって祈るだけしかできないんだからさ」

「心配したがう……でも安心がお、これからは心配しないようにガルがついててやるがお、だから英二は安心がう、ガルはできる女だからな」


 ニパッと可愛い笑みを見せるガルルンの頭を英二が撫でる。


「ガルちゃんがいてくれれば安心だね」


 軽い気持ちで言う英二をサンレイがじとーっと見ていた。


「サンレイちゃんどうしたんだ? 」


 いつもサンレイのことを気に掛けている秀輝が訊くとニパッと笑みを見せた。


「何でもないぞ、みんな無事でよかったぞ」

「でもヤバかったよな、正直あと10分持たなかったぜ、倒しても次から次に湧いてきてスタンガンの電池も切れてよ、それが全部泡になって消えたからサンレイちゃんが勝ったと直ぐにわかったぜ」

「あれだけ臭かった匂いも無くなったしね、カエルが消えたから直ぐに来れたよ」

「化けイチョウなんてガルにかかれば一コロがう」


 英二の腕に抱き付きながら言うガルルンをサンレイがムッとした顔で睨む、


「臭い木をやったのはおらだぞ、おらを褒めろ英二、ガルルンはカエルと遊んでたぞ」


 反対側の腕にサンレイが抱き付いてきた。


「遊んでないがお、サンレイが言ったから敵の注意を引いてやってたがお、化けイチョウなんてガルだけでも倒せたがう」

「にひひひひっ、また操られるのがオチだぞ、化けイチョウはちょっと違うからな」

「がふふん、ガルはできる女がう、本気を出せばサンレイでも只で済まないがお」

「んだ! やんのか! 」

「ちんちくりんのサンレイなんて怖くないがお」

「んだとバカ犬が!! 毛皮剥いで雑巾にすんぞ」


 挟んでいがみ合うサンレイとガルルンの腕を解くと英二はそのまま2人をギュッと抱き締めた。


「2人とも無事でよかった。だから喧嘩しないでくれ、仲良しの友達なんだろ」

「英二はハチマルみたいなこと言うなぁ、喧嘩じゃないぞ、遊んでんだぞ」

「サンレイとはいつもこうがう、殴り合いになってもどっかで手加減するがお」

「心配無いぜ、英二、仲がいいほど喧嘩するってヤツだぜ」


 秀輝がニヤつきながら言った。

 みんなに見られてるのを知って英二がサンレイとガルルンをばっと離す。


「それならいいんだけどさ……攫われた人たちも無事だったみたいだし、化けイチョウは死んだのか? 」


 話を逸らすように英二が周りにいる人々を見回す。

 化けイチョウの根に絡みつかれるようにして土から上半身を出している人間が20人程周りにいた。


「弱ってるけど死んでないぞ、人間は生気を抜かれて気絶してるだけだぞ、そんで化けイチョウはおらが妖力を吸い取ったから悪さはできないぞ」

「よかった。化けイチョウは退治しないのか? 」

「退治する前に英二たちが来たんだぞ、それに…… 」

「じゃあガルが止めを刺してくるがお」


 駆けていこうとしたガルルンをサンレイが止める。


「気を付けろ、そいつちょっと違うぞ」

「違うって何ががお? 」


 不思議そうに首を傾げるガルルンの手を掴むサンレイも悩むような表情をしている。


「何て言うか少し違うんだぞ、普通の妖怪じゃないんだぞ、だから殺さなかったんだぞ」

「普通じゃない……確かに臭すぎて普通じゃないがう」

「普通の妖怪じゃないってどういう事だ? 」


 ガルルンの向かいで英二も聞こうとした時、反対側の藪がガサガサと揺れた。



 藪を掻き分けて化けガエルが3匹出てきた。


「イチョウ様……貴様らイチョウ様に何をした」

「化けガエルだ。みんな元のカエルに戻ったんじゃないのか? 」


 英二がサンレイを見つめる。


「こいつら町に行ってたカエルだよ、他のヤツより強いから気を付けてね」


 豆腐小娘が他人事のように言った。


「どうせ捕まえた人間の生気でも貰ったんだぞ、そんで化けイチョウをやっつけても化けていられるんだぞ」

「強いっていっても所詮カエルがう、普通に殴るだけで倒せるがお」

「ガルちゃんの普通って岩でも砕けるでしょ」

「岩なんか簡単に割れるがお、カエルなんて撫でるだけでぺしゃんこがう、のしガエルにできるがお」

「あはっ、あはははっ、俺たちを撫でる時は手加減してね」


 ニッコリ笑うガルルンを見て英二が頬を引き攣らせる。

 サンレイやガルルンはもちろん、秀輝や宗哉も全く驚いてはいない、3匹くらいの化けガエルなど敵ではないので余裕がある。


「俺たちはイチョウ様から離れても元のカエルに戻らないように特別に妖力を貰っている。そこらの化けガエルと同じと思うなよ」


 3匹の化けガエルが凄むが英二たちは余裕だ。

 化けイチョウが巨木をぐらっと揺らした。


「おお……お前たち、そいつらを殺せ、殺したヤツにはもう二度とカエルに戻らない程の妖力をやるぞ」


 苦しげな声で絞り出すように言った。


「ゲッゲッゲッ、本当ですかイチョウ様」

「ゲッゲッゲッゲッ、チビと人間など直ぐに片付けてやりましょう」

「ゲヘッゲヘッ、これで本当の妖怪になれる」


 嬉しそうに笑いながら3匹が英二たちの前に出てきた。


「聞こえたよな」

「おう、木が喋ったぜ」


 英二と秀輝が顔を見合わせる。


「ゲッゲッゲッ、死ねぇ人間! 」


 前にいたトノサマガエルが飛び掛かるが英二は化けイチョウをぼうっと見ている。


「あの木どっかで見たような感じが…… 」


 襲いかかるトノサマガエルを秀輝がぶん殴る。


「英二何やってんだ!! 」

「ああっうん、ありがとう秀輝」


 怒鳴る秀輝に英二が作り笑いで礼を言った。


「サンレイちゃんは見てるだけか、カエルくらい俺たちでやれって事だな」


 英二がやられそうになっても手を出さなかったサンレイを見て秀輝は直ぐに理解した。


「スタンガンの電池は切れてるけど警棒としてなら使える。俺たち3人で1匹片付けるぜ、残りは豆腐小僧とララミたちに任す。それでいいだろ」


 視線を送る秀輝にサンレイが頷く、


「そだな、やって見せろ、豆腐小僧1匹相手してやれ」

「わかったっす。オレっちが1匹倒せばいいっすね」

「怪我人は引っ込んでなさい、私がやるわ」


 まだ少しふらつく豆腐小僧を豆腐小娘が押し退けた。


「腕を損傷しているサーシャはララミの援護に当たれ、2人で1匹を相手にするんだ」

「了解しました御主人様」

「わかりましたデス、ララミをサポートしますデス」


 宗哉の命令でララミとサーシャが前に出る。

 秀輝が英二の背をドンッと叩く、


「やるぜ、サンレイちゃんに格好いいとこ見せるんだろ」

「あっうん、わかった」


 気の抜けた返事をする英二の背中をさっきより強く秀輝が叩いた。


「何ぼーっとしてんだ! しっかりしろ! 」

「ああ、わかってるって…… 」


 よろけながら英二が警棒を握り締める。

 3匹の化けガエルと英二たちの戦いが始まった。


「ガルルン手を出すなよ、英二たちに任せとけ、カエルくらい1人で倒せるようになってもらわないとこれから先困るぞ、それより化けイチョウを調べんぞ」

「わかったがう、ガルは埋まってる人間を抜いてくるがお」


 イチョウの根に絡みつかれたまま気絶している人間をガルルンが指差す。


「オレっちは秘伝書を探すっすよ」


 サンレイに続いてガルルンと豆腐小僧が化けイチョウに近付いていく。



 助けて……、英二の頭にか細い声が響いた。


「なん!? 助けて…… 」


 戦いの最中だというのに英二が足を止める。

 そこを襲いかかるイボガエルをララミが投げ飛ばした。


「英二さん大丈夫ですか」

「あの野郎また」


 注意しようと秀輝が近付いた時、英二がバッと走り出す。


「思い出した! 夢で見たんだ。枝が付いてないけど確かに夢で見た木だ」

「何しに来た。邪魔だから下がってろ英二」


 近寄ってくる英二を見てサンレイが大声だ。


「見たんだサンレイ、あの木を、イチョウを助けてやってくれ」

「イチョウを助ける? どゆことだ? 」


 サンレイが首を傾げる。


「ガルルン、豆腐小僧、少し任せるぞ」


 サンレイが電光石火で英二の傍にやって来た。


「夢で見たんだ。あのイチョウが助けてくれって言ってたんだ」

「そういや、昨日の夜怖い夢見たって言ってたな……そっか、わかったぞ」

「わかったって? 」

「お前が見たんなら間違いないぞ、おらやハチマルの依り代になって一緒に暮らしてたんだ。英二は霊媒体質になってんだぞ、英二の霊力は元々大きかったからな、だから予知夢を見たんだ。そんでそれに感じた化けイチョウがお前に接触したんだぞ」

「じゃああの夢は……助けてくれって言ってたのは………… 」

「あいつの本当の心だぞ、他の妖怪と少し違うんだ。何で違うのかおらにも分からなかったけど話し聞いて分かったぞ、あいつは妖怪というより神に近いんだ。おらやハチマルと同じ感じだぞ」

「じゃあ神様って事か」


 驚いて訊く英二の前でサンレイが難しい顔をする。


「少し違うぞ、神様になる手前って感じだぞ、モノノケと神が混じった感じだぞ」

「大妖怪になって神を越えるって言ってたけど神様に近いモノノケだったんだね」

「んーんっと……そこがわかんないぞ、あいつに聞いてみるぞ」

「聞くって? 」

「悪い気を払って話しをするしかないぞ、今のままじゃ無理だろうからな」

「助けてって言ってたよ」

「心配すんな、殺したりしないぞ、おらも興味出てきたからな、わかったからお前はカエルの相手してろ、話を聞く時は呼んでやるからな」

「わかった。これで集中してカエルと戦えるよ」


 悩みが解けたようなすっきりとした顔で秀輝たちの元へと走って行く英二をサンレイが嬉しそうな顔で見つめる。

 豆腐小娘が一番始めにアオガエルを倒した。


「1匹じゃ相手にもならないわ」


 少し離れた所でララミがトノサマガエルを投げ倒す。


「サーシャ止めを任せます」

「OKデスから」


 倒れたトノサマガエルにサーシャの右ストレートが連続でぶち当たる。


「ゲゲェ~~ 」


 断末魔を上げてトノサマガエルが泡に包まれて消えていった。


「この野郎!! 」


 イボガエルを抱き抱えるように秀輝が一緒に倒れる。


「今だ英二! 」


 倒れたイボガエルの頭目掛けて英二が警棒を振り下ろす。

 秀輝に抱き付くイボガエルの腕を宗哉が警棒で何度も叩き付けた。


「助かったぜ宗哉」


 腕が離れて秀輝が転がるようにイボガエルから離れる。

 倒れたイボガエルに3人が警棒を振り下ろした。


「ゲヒィ、ゲヒヒィィ~~ 」


 イボガエルが泡に包まれて消えていった。

 化けイチョウが巨木を震わせる。


「バカどもが時間稼ぎもできないのか………… 」


 サンレイが正面に立つ、


「バカって言うヤツがバカなんだぞ、おらの電気で邪気を消し去ってやんぞ」


 両腕を化けイチョウに当てると口の中で何やら唱える。


「止めろ……グギギィ、グヒギギィィ~~ 」


 バチバチと光る雷光に包まれて化けイチョウが悲鳴を上げると直ぐに静かになった。


「サンレイ! 」


 英二が大慌ててやって来る。

 揺らぐように半透明になっているサンレイを抱き締めた。


「サンレイ大丈夫か、消えないよな」


 泣き出しそうな英二の顔をサンレイが撫でる。


「心配無いぞ、ちょっと力使っただけだぞ、これくらいで消えないから心配すんな」

「だって、だってサンレイ…… 」


 サンレイの姿が元に戻っていく、


「なっ、大丈夫だろ、もう勝手に消えないから心配すんな」

「よかった」

「秀輝も心配すんなよ」


 涙を拭う英二の後ろで心配顔をする秀輝を見てサンレイがニコッと笑顔を見せた。

 抱き付く英二の腕をサンレイが解く、


「話を聞かないとな、助けてって何だろな」


 サンレイが化けイチョウの前に立つ、ガルルンや豆腐小僧たちも集まってきた。



 サンレイが化けイチョウに右手を当てる。


「おらの霊気を少しわけてやんぞ」


 化けイチョウの巨木がぼうっと淡い雷光に包まれていく、


「たすけて……助けて………… 」


 化けイチョウが先程までとは全く違うか細い声を出した。


「夢の中で聞いた声だよ、間違いないこの声だよ」


 見つめる英二にサンレイが頷く、


「んじゃ話を聞くぞ」


 化けイチョウから手を引くとサンレイが優しい声を出す。


「助けに来たんだぞ、おらはパソコンの……山神だぞ、おらが助けてやるから話を聞かせるんだぞ」

「山神様…………私は此の地に九百年は経つ銀杏です」


 化けイチョウが話を始めた。


 戦国時代までここには小さな神社があり化けイチョウはそこの御神体として崇められていた。

 土地神や山神などのいない形だけの神社だ。


 ある日、戦で落ち延びた武士たちが隠れているのを麓の村人が見つける。村人は褒美目当てに武士たちを皆殺しにして首を取ると体をイチョウの根元に埋めた。

 以降穢れた場所として人々は神社を放棄した。

 荒れたまま月日が経ち神社は跡形もなく朽ちてイチョウの巨木だけが残る。

 イチョウは人々に祀られることによって霊力を得ていた。神社を捨て祀るのを止めた人間は憎かったが動けないイチョウにはどうすることもできない。


 数百年が経ち妖力を得てイチョウは妖怪化けイチョウと化す。

 麓の村へ復讐をしたいが動くことができない化けイチョウは山にいるカエルに妖力を与えて手下の化けガエルとした。

 化けガエルを使って村人を攫いその生気を吸って力を得ようと考えた。何百何千の人間の生気を吸って神を越える力を得て山も村も全てを支配する大妖怪になろうと企んだ。

 だが化けガエルの力では思うように人を攫えない、そんな時にガルルンが山へと入ってきた。化けイチョウは自らの現し身としてガルルンを操り人々を攫い始める。


 1ヶ月前に町で豆腐小娘を見つけると言葉巧みに仲間に引き入れた。

 豆腐小娘の作る妖怪豆腐に妖力の入ったギンナンを混ぜて銀杏豆腐を作り人々を難無く攫うことに成功する。

 順調にいくかと思った矢先に英二たちが現われたのである。


「そういう事か、でもその恨みはお前のじゃないぞ」


 話を聞いたサンレイが溜息をついた。


「どういう事だ? 自分を捨てた村人が憎かったんだろ」


 すっかり同情的になっている英二にサンレイが振り返る。


「イチョウは静かに眠ってたんだぞ、神になれるほどの大木だぞ、たとえ切り倒されてもそれが定めだと受け止めるぞ、全てを受け入れて神へと昇華するんだ」

「って事はそのまま祀られていれば神様になれたって事か」


 英二の隣で秀輝が言うとサンレイが相槌を打つ、


「たぶんな、木という物質から離れて神へとなれたと思うぞ」

「だから村人を恨んでるんじゃないのか? それで化けイチョウになったんだろ」

「恨みがあるヤツが助けを求めるか? 」

「そうだけど……神社を捨てた村人が憎いって言ってただろ」


 英二が複雑な表情だ。


「だから恨みじゃなくて憎しみだろ、おらだってアイスを勝手に食われたら英二を憎むぞ、でもそんなのは恨みじゃないぞ、憎しみと恨みは似てるようで違うぞ、簡単に言えば軽いのが憎しみで重いのが恨みだぞ、憎しみが募って恨みになるんだ。恨みの前段階ってヤツかもな、憎しみは直ぐに晴れるんだ。勝手にアイス食われて憎んでも謝って直ぐに別のアイス出されたらおらはその場で許すぞ、でも何度もアイス勝手に食われて憎しみが恨みに変わったら倍のアイス驕って貰っても恨みは消えないぞ」


 英二の隣で秀輝が考えるように腕を組む、


「憎しみと恨みか、何となくわかるようなわからないような感じだぜ」

「イチョウの木は恨みじゃなくて憎しみだったって事だよね、村人は憎いけどどうすることもできないから仕方がないって感じかな、それがどうして化けイチョウに? 」


 英二を見てサンレイが大きく頷く、


「誑かしたヤツがいんぞ、恨みに固まった悪霊がイチョウの霊力を掠め取って忘れていた憎しみを恨みに変えたんだぞ」

「恨みに固まった悪霊? 」

「首を切られた武士だぞ」

「褒美目当てに村人に殺された落ち武者か…… 」


 話しを聞いて英二の顔が険しく歪む、


「そだぞ、手柄を立てようと戦に出て落ち武者になって殺された。欲のある武士が欲に目がくらんだ村人に殺された。欲の塊だぞ、欲っていうのは旨く行けばいいが失敗すると憎しみや恨みに変わる。つまり武士の霊は恨みの塊みたいなものだぞ、悪霊だ。それがイチョウの霊力を吸って力を付けたんだぞ、そんでイチョウを乗っ取って化けイチョウになったんだぞ」

「それじゃあ、俺に助けを求めてきたのは本当のイチョウってことか」

「そだぞ、悪霊の隙を見て英二の夢に現われたんだぞ、おらの依り代である英二を見つけて話し掛けてきたんだぞ」

「それが本当なら助けてやらないと……サンレイできるよね? 」

「当然だぞ、その為に殺さずに邪気だけ抜いたんだぞ」


 不安気に聞く英二にサンレイが優しい笑みでこたえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ