第22話
10分程歩いた所でガルルンが顔を顰める。
「だんだん匂いがきつくなってきたがう、マスク付けてても物凄く臭いがお」
後ろから豆腐小僧がひょいっと顔を見せる。
「オレっち何にも匂わないっすよ」
先頭を歩くサンレイが振り返った。
「宗哉に貰ったマスクの御陰だぞ、おらもほとんど匂わないぞ、ガルルンは鼻が利くからな、マスク越しでも匂いが分かるんだぞ、おらの結界があるから妖術には掛からないから安心だぞ」
「人間は凄いものを作るっすね、このマスクもそうっすけど豆腐も人間が作り出したっすよ、それでオレっちたち豆腐一族が生まれた。今の世の支配者になるのも納得っす」
改めて感心する豆腐小僧を見てサンレイが話を始める。
「モノノケもそうだぞ、人間がいなくともモノノケたちは元からいたけどそれは気配みたいなものだったんだぞ、それを人間が見つけて恐れを抱いたり不思議と感じたりして一つ一つに名前が付いた。名前が付くことによって人間たちは更にモノノケを感じるようになってその思いがモノノケに力を付けた。そんで今のような妖怪たちが生まれたんだぞ、神だって同じだぞ、信仰する人がいなければ存在できないんだぞ、人々の信じる力が神の力になっていくんだぞ、おらやハチマルも昔はもっと力が強かったぞ、山に祀られてたからな、でも今じゃ祀る人も無く、小さな社があるだけだ。人の信仰心じゃなく山の霊気を集めて山神としてどうにか存在してるんだぞ」
少し寂しそうなサンレイをガルルンが見つめる。
「ガルもそうなのか? 」
「ガルルンは山神の末裔だぞ、山を自由に闊歩してた大神だぞ、大神ってのはオオカミのことだぞ、おらと同じ土着の神だったのがいつの間にか妖怪山犬と呼ばれるようになったんだぞ、人々の信仰や固定の霊場を持たないから力が弱くなっていったんだぞ」
「そうがうか……神だったがう、でもいいがお、ガルは自由がお、面倒くさい神様なんて御免がう」
「元神様だからな、だから神がいる山に入っても余程の悪さをしない限り何も言われないんだぞ、自由なガルルンを羨ましく思ってる神も沢山いるんだぞ」
「がふふん、ガルは自由でイケてる女がお」
得意気なガルルンの横で豆腐小僧が複雑な顔をする。
「やっぱり人間は凄いっす。でもその凄い人間が何で争いを止められ無いんすかね」
「欲だぞ、人間は知能があるから何でも作り出せる。その根底には欲があるんだぞ、もっと便利なものが欲しい、もっと贅沢がしたい、他の人より良くなりたい、それが他人がどうなってもいいと思うようになる。そんで他人から奪うようになる。争いが起きて当然だぞ、全ての人間を満足させるか、全て我慢させるか、どちらかしないと争いは無くならないぞ、それができないのが人間なんだぞ、だから争いは無くならないぞ」
「優れているのに愚かなんすね人間は…… 」
悩むように言う豆腐小僧を見上げてサンレイがニッと笑う、
「そだぞ、でもおら人間が大好きだぞ、英二や秀輝や宗哉や小乃子や委員長みたいに優しい人間が大好きだぞ」
「そうっすね、オレっちも英二は好きっすよ」
「ガルも英二は気に入ったがお」
「それでいいんだぞ、だからおらもハチマルも英二を守る神になったんだぞ」
サンレイの満面の笑みを見てガルルンと豆腐小僧も嬉しそうに頷いた。
「じゃあ行くがう、敵を倒して人間たちを助けてやるがお」
「秘伝書を取り戻すっす。ついでに人間も助けてやるっすよ」
ガルルンを先頭に豆腐小僧が続く、元気よく歩き出した2人を見てサンレイが楽しそうな顔で後に続いた。
暫く歩くと周りの藪がガサガサと揺れて化けガエルが現われた。
「囲まれてるっすよ」
「ガルに任せるがお」
飛び出そうとしたガルルンをサンレイが止める。
「20は居るな、面倒だぞ」
サンレイが地面に左手をつく、
「放電地走り! 」
バチバチと雷光が地面を走り化けガエルどもが青い炎に包まれた。
「ゲヒィ~、グワバァ~、ゲフヒィィ~~ 」
周りを囲んでいたカエルたちが悲鳴を上げて倒れていく、
「黒焦げがう、サンレイがマジになってるがお」
「流石サンレイ様っす。元のカエルに戻る間もなく全滅っす」
楽しそうなガルルンの横で豆腐小僧が感心した驚き顔だ。
「助けてもまた妖力を貰えば直ぐに化けガエルになるからな、かわいそうだがこうするしかないぞ、カエル如きに構ってられないからな」
サンレイが倒したカエルたちは干からびて黒焦げになって死んでいた。
これでは二度と化けガエルにはなれない。
「んじゃ行くぞ」
サンレイを先頭にまた歩き出す。
敵が近いのか直ぐに化けガエルどもが現われる。
「今度はオレっちに任せて欲しいっす」
豆腐小僧がサッと前に出てきた。
「手加減すんなよ」
「わかってるっす。二度と化けガエルにならないようにすればいいっすね」
自信有りの顔で言うと豆腐小僧が懐から豆腐を取り出した。
「凍り豆腐! 」
前を塞ぐ化けガエルに豆腐を投げつける。
「ゲヘッ、グヒッ、グゲゲェ~~ 」
低い悲鳴を上げると化けガエルどもが足下から凍っていく、
「3時間は溶けないっすよ」
「凍らせて動きを止める術か、凄いぞ豆腐小僧」
「里から持ってきた秘伝豆腐の1つっすよ、足手纏いにはならないっす」
サンレイに褒められて豆腐小僧が嬉しそうにペコッと頭を下げた。
凍り豆腐、高野豆腐の別名だが妖怪豆腐の凍り豆腐はその名の通り相手を凍らせる豆腐である。
「次はガルがやるがう、サンレイや豆腐にばかり良い格好させないがお」
ガルルンが先頭に立ってまた歩き出す。
暫くして立ち止まったガルルンの後ろでサンレイが呑気な声を出す。
「ん!? 敵か? 化けガエルの気配は感じないぞ」
「あの木がう…… 」
ガルルンが指差す先に大木という呼び方が小さく感じるほどの巨木が立っていた。
「あれがう、あの木の下まで行ったのは覚えてるがお、そこから記憶が無いがお」
「イチョウの木っすよ、冬なのにギンナンがなってるっす」
銀杏は落葉樹だ。秋が終われば葉を落とす。
それなのに目の前に立つ巨木は葉を青々と茂らせておまけに黄色い実まで付けている。
有り得ない、銀杏は雌雄異株だ。
雄の木と雌の木があり受粉しないと実はつかない、一本の木だけでは実など付けられないのである。
サンレイが顔を顰める。
「あいつで間違いないぞ、化けイチョウってヤツだな、ビンビン悪い気を感じるぞ」
「気を付けるがお、ガルは臭い匂いで頭クラクラして気が付いたら豆腐の村で寝てたがう、起きたらサンレイがちんちくりんになってたがお」
ハッとしてガルルンがサンレイを見つめる。
「ちんちくりんになったのもあいつの所為がう? 」
サンレイがガルルンの頭をポカッと殴る。
「ちんちくりんって言うな! 社があって祀られてた昔と違って力が弱まってんだ。そんでおらはハチマルと違って術が苦手だからこんな姿になってるだけだぞ、この姿が一番安定してるんだぞ」
「サンレイ弱くなったがお? 」
「基本的には変わってないぞ、でも力を使いすぎると姿を維持できなくなるんだぞ、だから力をセーブしてんだ。相対的に弱くなったのと同じだぞ、また消えて英二を悲しませたくないからな、前の時は何の用意もしてなかったから姿を維持できなくて眠りについたけど今は準備してきたからそれなりに力を使えんぞ」
「なんだ残念がお、弱くなったならガルが勝てると思ったがう」
「今の半分の力でもバカ犬なんかに負けないぞ、おら本物の神様だからな」
またポカッとガルルンの頭を叩いた。
豆腐小僧が警戒しながら前に出てくる。
「それでどうするっすか? 秘伝書は何処にあるっす? 」
「ぶっ倒すに決まってんぞ、秘伝書のありかは痛めつけて聞き出すぞ、今回のことは全部あいつの所為だぞ、冬にカエルがいるのも冬眠してんのを起こして手下にしてんだぞ」
「木の妖怪なんかガルの爪で切り倒してやるがお、それで………… 」
「どしたガルルン? 」
「臭いがう、さっきよりももっと臭くなったがお、絶対にマスク外すながう、外したら鼻もげるくらいに臭いがお」
ガルルンがマスク越しでも分かるくらいに険しい顔だ。
その時、巨大なイチョウの木が大きく揺れた。
「なぜだ。なぜ儂の術が効かん、何故お前たちは平気なのだ。儂のギンナンから出る臭気を吸えば体が痺れて動けなくなるはずだ」
巨木の幹に空いた大きなうろから声が響いてきた。
「喋ったがお、木のくせに話せるなんて生意気がう」
「儂は神を越える大妖怪だ。今は話すだけだが人間どもの生気を吸って自由に動き回れるように進化するのだ。貴様らこそ何者だ? 」
バカにするように小指で耳をほじくりながらサンレイがこたえる。
「おらは山神でこっちは豆腐小僧だ。そんで毛むくじゃらがバカ犬だぞ」
ガルルンがサンレイに食ってかかる。
「ガルは神狼の直系、火山犬のガルルンがお、できる女がお」
「そうとも言う、ガルルンは妖怪山犬だぞ、そんで臭い女だぞ」
「できる女がう、臭くないがお」
突っ掛かってくるガルルンを手で制止ながらサンレイが続ける。
「そんでお前を倒しに来たんだぞ、豆腐小娘から奪った秘伝書と攫った人間を帰すなら助けてやんぞ、何考えて人間を攫ったのか知らんが全部返せ、そんでこの山でおとなしくカエルと暮らしてろ」
「儂の邪魔をするというのか? これでも食らえ! 」
化けイチョウがギンナンの実を飛ばす。
バッと避けたガルルンの足下でギンナンの実が弾けた。
「爆発したがお、物凄く臭いがお」
サンレイと豆腐小僧が避けたギンナンの実も地面に落ちると爆発した。
「発酵っす。発酵して爆発してるっすよ、飲みかけの野菜ジュースに蓋をして温かい所に置いておくと発酵して蓋がぶっ飛ぶのと同じっすよ、炭酸ガスやアルコールなどが発生して爆発するっす」
流石豆腐小僧だ。食べ物のことには詳しい。
イチョウの木がざわざわと揺れる。
「儂の術が効かん、何故だ。何故お前たちは動ける。何故痺れん」
サンレイがニターッと悪い笑みになる。
「妖力の入った匂いで麻痺させるんだろ、そんで操るんだ。それがお前の術だぞ、でもおらは臭いのは平気だぞ、ガルルンの匂いで慣れてるからな」
ガルルンが大慌てで口を開く、
「何言ってるがお、ガルは臭くないがお、できる女が臭いわけないがう、そこらのドブ池や水溜まりで体洗ってるがお」
「ドブ池や水溜まりは止めたほうがいいっすよ」
豆腐小僧が嫌なものを見る目付きでガルルンを見る。
サンレイがニカッと意地悪顔で笑う、
「心配すんな、ガルルンは凄く犬臭いぞ、数年洗ってない野良犬って感じだぞ」
「野良犬……マジかぁ~~、本当か豆腐? 」
必死の顔で見つめるガルルンの前で豆腐小僧が言葉を選ぶように口を開いた。
「えーっと、何ていうか……ちょっと犬臭いのは確かっす」
「がわわ~ん、ガル臭かったのか………… 」
「大丈夫っす。英二たちも何も言ってなかったっすよ、普通の犬の匂いっすよ」
泣き出しそうなガルルンを豆腐小僧が必死でフォローする。
「ドブとカブト虫と犬が混じった匂いだぞ、はっきり言って臭いぞ」
サンレイがニタニタしながら付け足した。
「がわわわ~~ん、カブト虫はともかくドブの匂いは嫌がう、今度からドブ池では体洗わないがお、お風呂は全部水溜まりでするがお」
「水溜まりも止めたほうがいいっすよ、それでカブト虫の匂いはいいっすか? 」
「カブト虫は美味しそうな匂いだからいいがお」
「 ……そうっすか」
満面の笑みでこたえるガルルンを見て豆腐小僧が引き攣った笑みで返す。
「ガルはどうしたらいいがう、英二に臭い女と思われたくないがお」
「気にすんな、犬だからな犬臭いのは当たり前だぞ、犬や猫飼ってる人はそれがいいって言うからな、英二も昔犬飼ってたって言ってたぞ、犬派だから大丈夫だぞ」
「わふ~ん、英二が犬派ならガルが一緒でも安心がお」
一瞬で機嫌が直ったガルルンの向かいでサンレイが眉を顰める。
「一緒ってどういう意味だ? 」
「がふふん、サンレイには関係ないがお」
「このバカ犬が、何を企んでんだ」
意地悪顔で鼻を鳴らすガルルンにサンレイが掴み掛かる。
「貴様ら儂を無視しおって、嘗めるなよ!! 」
化けイチョウがざわざわと枝を揺らした。
「危ないっす」
編み笠を盾にするようにして豆腐小僧が2人の前に出る。
化けイチョウが飛ばしたギンナンが編み笠に当たって爆発した。
「サンレイ様もガルルンさんもふざけてる場合じゃないっすよ」
「バカ犬のせいで怒られたぞ」
「誰がバカがう、サンレイこそちんちくりんがお」
「また言ったな、今度言ったら承知しないって言ったぞ」
「承知しないのはこっちがう、できる女をバカにして只で済むと思うながお」
言い争う2人目掛けて化けイチョウが爆発するギンナンを飛ばす。
「バカって言った方がバカがお」
「毛むくじゃらよりちんちくりんの方がマシだぞ」
言い争いながら2人がギンナンを避けていく、
「サンレイ様もガルルンさんも止めるっすよ」
爆発するギンナンを避けながら豆腐小僧が困った顔だ。
3人がバラバラになったのを見て化けイチョウが大声を出す。
「貴様ら全員捕らえて儂の肥料にしてやるわ、者どもかかれ」
化けイチョウに呼応するように土が盛り上がり化けガエルが出てきた。
「またカエルがお、カエル以外に人望がないがう」
呆れ顔だがガルルンたちを囲む化けガエルは30匹以上はいる。
「化けガエルはオレっちが何とかするっすよ、だからサンレイ様はふざけるの止めて化けイチョウを倒して欲しいっす。秘伝書と人間を助けるのを忘れたらダメっすよ」
豆腐小僧が懐から皿を2枚出すと両手に構えた。
「また怒られたぞ、わかったぞ、カエルは任せたからな」
サンレイが拗ねるようにプクッと頬を膨らませてこたえた。
「豆腐小僧に怒られるし、ガルルンは何か企んでるし、それもこれも全部あのバカイチョウのせいだぞ」
「そうがう、全部ボケイチョウが悪いがお」
2人が同時に振り向いた。
「電光石火! 」
「やってやるがお」
サンレイがスッと消えてガルルンが化けイチョウへと突っ込んでいく。
「山犬が、もう一度術に掛けて操ってやる」
化けイチョウがギンナンと葉を幾つも飛ばしてくる。
「おおっと、そんなのに当たらないがう」
爆発するギンナンを避けたガルルンの頬をイチョウの葉が掠めた。
「痛てて……葉っぱがカッターになってるがお」
ガルルンの頬に赤い筋が浮かぶとガスマスクの縁に沿って血が流れていく、
「ガルの毛でも防げないのは褒めてやるがお、もう少しでマスク壊れる所だったがう」
流れる血を手で拭うとニヤッと笑った。
「焔爪! 」
ギラッと目を光らせるガルルンの爪に青い炎が灯っている。
化けイチョウがざわざわと枝を揺らす。
「旨く避けたようだが、次は切り刻んでやるわ」
避ける隙が無いほどの密度で刃物のようになった葉を飛ばす。
「がふふん、葉っぱなんて避ける必要無いがお」
飛んでくる葉をガルルンが叩き落としていく、爪に灯った炎に触れるとイチョウの葉は燃えて炭になって消えた。
「がふふん、ガルは只の山犬じゃないがお、妖術が使える火山犬がお、スピードとパワーだけじゃないがう、炎を操るのが得意がお」
全ての葉を叩き落とすと爪に灯った青い炎を見せ付けるように構える。
化けイチョウが枝を揺らして大声を出す。
「火を使うか……ギヒヒッ、使ってみろ儂のギンナンは発酵してガスが発生してよく燃えるぞ、根元に埋まっている人間どもも蒸し焼きになる。それでよければ火を使え」
「攫ってきた人間が埋まってるがう? 火を付けたら燃えるがお? 人間死んだら英二に嫌われるがう、どうしたらいいがお? 」
「ギヒヒヒヒッ、人間を助けたくば儂の手下になれ」
子犬のように首を傾げて考えるガルルンを見て化けイチョウが高笑いだ。
その時、バチバチと雷光を纏ったサンレイが化けイチョウの右に現われた。
「雷パァ~~ンチ! 閃光キィ~~ック! 」
パンチとキックを連続で食らわせる。
只のパンチやキックではない電気使いのサンレイが霊力を込めた霊撃である。
大きな枝が4本地面に転がった。
枝一本が普通の木と同じくらいある。
「グギギギィ~~ 」
化けイチョウが悲鳴を上げる。
「きっ、貴様何処から…… 」
表情の見えない化けイチョウが怯えているのがわかる。
「言わなかったか? おら神だからな、お前如きが敵うわけないぞ」
とぼけ顔で言うとまたスッと消える。
「閃光キィ~ック! もう一丁だぞ」
今度は左に現われてキックを2発ぶち込んだ。
「グヒギィ~~ 」
大きな枝が2本折れて化けイチョウが呻きを上げる。
「化けガエルどもこいつらを…… 」
枝をざわざわと揺らす化けイチョウの言葉が止まった。
「カエルは全部冬眠してるっすよ」
豆腐小僧の周りで化けガエルが白くなって固まっている。
秘伝の妖怪豆腐、凍り豆腐で凍らせたのだ。
両手に持っていた皿を懐にしまうと豆腐小僧がやって来る。
「凄いっすね、ガルルンさんが敵の注意を引いてサンレイ様が攻撃する。喧嘩してると思ったっすけど見事な連係プレーっす」
サンレイとガルルンが互いの顔を見た。
「 ……にへへへへっ、当然だぞ、なんたっておら神様だからな」
「 ……がふふん、ガルはできる女がう、全部計算してたがお」
一瞬の間を置いて2人が声を出して笑った。
「もしかして偶然っすか? 」
怪訝な顔をする豆腐小僧を余所にガルルンが全身の毛をバッと立たせる。
「今度はガルの番がお、次はサンレイが囮になるがう」
「りょっ、了解だぞ、おらたちのコンビネーションを見せてやるぞ」
口の端をピクッとさせてこたえるとサンレイがガルルンの隣りに立った。
「真面目にやるっすよ、秘伝書と人間を助けるんすからね、英二に怒られるっすよ」
豆腐小僧がじとーっとした目で2人の背を見つめる。
「わかってんぞ、おらいつもマジだぞ」
「ちょっとふざけただけがう、できる女の余裕がお」
2人が飛び掛からんとした時、化けイチョウが吠えた。
「化けガエルを倒したくらいでいい気になるなよ」
地面が揺れて生えるようにして何かが出てきた。
「また化けガエルか? 」
「違うがう、カエルの匂いはしないがお」
サンレイとガルルンがバッと跳んで避ける。
「うわっ!! 」
逃げ遅れた豆腐小僧に土の中から出てきたものが絡みつく、
「はははははっ、どうだ。この辺り一帯には儂の根が張り巡らせてある。貴様らに逃げ場はない、人間たちと同じように生気を吸い取ってやるわ」
豆腐小僧に絡みついたのはイチョウの根っこだ。
化けイチョウは動くことはできないが枝や根を自由に動かすことができる。
「豆腐小僧、直ぐ助けてやるからな」
サンレイの姿がフッと消える。
「針毛団子! 」
ガルルンが毛を針のように立たせて丸まって突っ込んでいく、
「ギヒヒヒッ、儂にそんなものが効くか」
樹齢千年近くの巨木だ。
力自慢のガルルンの体当たりでもびくともしない。
「サンレイ今がう」
こたえるように化けイチョウの上に怒り顔のサンレイが現われる。
「雷鳴踵落とし! 」
ドゴォーン、落雷した音と共にサンレイの足が化けイチョウの枝を何本も折っていく。
「ギヘェェエェ~~ 」
化けイチョウが悲鳴を上げて巨木を揺らす。
「止めろ、それ以上枝を切るな、切れば人間を殺すぞ」
地面から出てきたのは根っこだけではなかった。
根っこに絡みつかれた人間たちも一緒に生えるように土から上半身を出している。
「なん!? まだ生きてんのか? 」
サンレイの顔から怒りが消えた。
「ギヘヘッ、殺しては生気を吸えんからな、人間どもの生気を吸って妖力に変えて神を越える力を手にするのだ」
「ふ~ん、まあいいや、豆腐小僧は返してもらうぞ、電光石火! 」
フッと消えると豆腐小僧を絡め捕らえている根っこの傍に現われた。
「閃光チョ~ップ! 」
バチバチと青く光る手刀で根っこを叩き切る。
「サンレイ様、助かった……ぐわっ、臭いっす。鼻が……息ができないくらい臭いっす」
喉を掻き毟るようにして豆腐小僧がその場に倒れる。
助けた豆腐小僧の被っていたガスマスクが無い、根ごと落ちた際に外れたらしい。
サンレイとガルルンが駆け寄る。
「豆腐小僧大丈夫か」
「マスクが無いがお、死んでもおかしくないくらいの匂いがう」
「マスクを探すんだぞ」
「あそこに落ちてるがお」
ガルルンがマスクを取りに走り出す後ろでサンレイが吹っ飛んだ。
「あうぅっ! 」
悲鳴を聞いてガルルンが振り返る。
「サンレイ……豆腐何したがお? 」
倒れるサンレイの脇に豆腐小僧が立っていた。
「ギヒヒヒッ、これはいい、山犬と違って妖力が低く操りやすい体だ」
「豆腐、何言ってるがお」
首を傾げるガルルンに豆腐小僧が編み笠を投げつける。
「電光石火! 」
編み笠が当たる直前、サンレイが現われてガルルンを抱えて消える。
倍の大きさになった編み笠が地面から生えたイチョウの根っこを切り倒していく、
「山犬と違って妖術も使える操りやすい体だ。ギヒヒヒッ、覚悟しろ貴様ら」
少し離れた所に現われたサンレイとガルルンを見て豆腐小僧がイチョウの声で笑った。
「化けイチョウに操られてんだぞ」
「マスク外したからがお、ギンナンの妖術がう」
「ギヒヒヒヒッ、こいつはもう儂のものだ。助けたくばお前たちも儂の手下になれ」
顔を顰める2人を見てイチョウが勝ち誇るように笑った。
サンレイがガルルンに耳打ちする。
「おらが木をやるからガルルンは豆腐小僧を頼むぞ、殺さない程度に相手してやるんだぞ、怪我くらいなら里に戻れば治せるからな」
「わかったがお、半殺しにするがう、豆腐だけど中身はイチョウがう、遠慮無しでやってやるがう、ガルはいたぶるのは得意がお」
「中身も豆腐小僧だからな、操られてるだけだぞ、ちゃんと手加減するんだぞ」
ニヤッと悪い笑みをするガルルンの頭をサンレイがポカッと叩いた。
「わかったがう、焼いたりしないがお、火を使わずに戦ってやるがう」
痛そうに頭を摩るガルルンを見てサンレイが頷く、
「んじゃ、行くぞ」
サンレイの姿がフッと消えた。
「何処へ消えた。こいつの体がどうなってもいいのか? 」
豆腐小僧がイチョウの声で喚きながら辺りを見回す。
「がうがうパンチ! 」
ガルルンのパンチが豆腐小僧の頬にクリーンヒットだ。
「ぐはっ」
豆腐小僧が呻いて倒れる。
「がるがるキック! 」
倒れたところへガルルンのキックが腹に入った。
豆腐小僧は呻きも上げずに転がるようにして1メートルほど吹っ飛んでいく、
「がっがふっ、貴様…… 」
ヨロヨロと起き上がった豆腐小僧の目にイチョウの木の上に浮かぶサンレイが映る。
「雷鳴踵落とし! 」
ドゴォーン、落雷した音と共にサンレイの足が化けイチョウの枝を何本も折っていく、先程折った方と反対側だ。
「ギゲェエェ~~ 」
枝を切られて化けイチョウが悲鳴を上げる。
もう数えるほどしか枝は残っていない。
「ぐがあぁあぁ~~ 」
操られていた豆腐小僧が苦しそうにその場に蹲る。
浮かんでいたサンレイがバッと豆腐小僧の傍に降りてきた。
「思った通りだぞ、本体をやっつければ乗り移ってるのも離れるぞ」
苦しそうに肩で息をつきながら豆腐小僧が顔を上げる。
「豆腐小僧だけでなく人間が人質だと言うことを忘れるなよ、これ以上やるなら人間どもを1人ずつ殺す。いいか一本でも枝を切れば人間を殺すぞ」
サンレイがマジ顔で豆腐小僧を見つめる。
「好きにしろよ、お前勘違いしてんぞ、ここに居る人間が死のうとおらには関係ないぞ、おらはここらの神じゃないぞ、英二たちの神だぞ、ここらの人間が何人死のうがおらには関係ないぞ」
「ガルもどうでもいいがお、人間が死のうが生きようが関係ないがう、今は戦ってないけど昔は人間とも戦ったがお、狼だ化け物だと言って退治しようと山に入ってきた人間を何人も殺したがう、ガルは人間に恐れられていた妖怪山犬がお」
いつの間に来たのかガルルンが目を光らせる。
先程までの子犬のような可愛げは一切無い、鋭い目をした妖怪山犬がそこにいた。
「豆腐はガルに任せてさっさと臭い木を切り倒すがお」
「そだな、一瞬で切り倒せば人間も何人かは助かるだろうしな」
無表情のままサンレイがスッと姿を消した。
消えたサンレイを探すように豆腐小僧が狼狽えて大声を出す。
「まっ、待て、本当に人間を殺すぞ、この豆腐小僧も……いいのか? 」
「好きにしろ、人間なんていっぱいいるがお、ここで10人や100人死んだって何も困らないがう」
ガルルンが豆腐小僧の頬を平手打ちした。
「ぐひっ」
豆腐小僧が呻いて倒れる。
軽く殴ったように見えるがガルルンのパワーでは人間なら即死してもおかしくない。
「おらを脅すなんて千年早いぞ」
化けイチョウの真上にサンレイが現われた。
得意の瞬間移動、電光石火だ。
「雷ド~~ン! 」
晴天だというのに雷が落ちてきて化けイチョウに直撃する。
僅かに残っていた枝がボロっと剥がれるように落ちていく、
「ヒギィ~、ヒゲゲギィェィ~~ 」
化けイチョウが絶叫を上げる。
下では豆腐小僧が頭を押さえて崩れていた。
「がう? 匂い消えたがお、臭くないがう」
ガルルンがバッとガスマスクを外す。
「バカイチョウを倒したからな、妖気が消えたんだぞ」
降りてきたサンレイの体が半透明だ。
「サンレイ薄くなってるがお」
「あいつの妖力を消すために力使ったからな、でもこのくらい平気だぞ」
言っている間に体が元に戻る。
「英二には言うなよ心配するからな、起きて間もないからまだ安定してないんだぞ、昔だったら消えてるぞ、今は対策してるから起きて直ぐでも戦えたんだぞ」
「何か知らんけどわかったがう」
首を傾げるガルルンの足下で豆腐小僧が目を覚ます。
「うん……サンレイ様…………ここは……オレっち………… 」
ガバッと上半身を起こした。
「臭い匂いがして……痛てて……オレっち何をしてたっすか? 」
豆腐小僧が痛そうに身を縮める。
ガルルンの殴る蹴るを何度も受けたのだから痛くて当然だ。
「お前操られてたがお、そんでガルと戦ったがお」
「オレっちが? 迷惑掛けたっす。申し訳ないっすサンレイ様」
豆腐小僧の下げる頭をサンレイがポンポン叩く、
「気にすんな、ガルルンが一方的に殴ってただけだからな、でも無事でよかったぞ」
「そうっすか、ありがとうっすサンレイ様、それで化けイチョウは死んだっすか? 」
もう痛みは引いたのか豆腐小僧が立ち上がる。
「死んでないぞ、でも妖力を抜いたからもう悪さはできないぞ」
「只の臭い木になったがう、化けガエルも普通のカエルに戻ってるがお」
ガルルンに言われて豆腐小僧が辺りを見回す。
妖怪豆腐で凍らせたはずの化けガエルが消えていた。