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第19話 「パソコンの神様と山犬と」


「さっさっサッ、サンレイ!! 」


 バッと走って英二が抱き付く、


「おおぅ、元気だったか英二」


 サンレイがよろけながら英二を抱きかかえた。


「サンレイちゃん、マジでサンレイちゃんだ…… 」


 秀輝が抱き合う英二ごとサンレイを抱き締める。

 山犬に投げ飛ばされて地面に叩き付けられた痛みなど吹っ飛んでいた。


「本当にサンレイなんだな……よかった……よかったサンレイ…… 」

「サンレイちゃんだ。本物のサンレイちゃんだぜ」


 嬉し涙を流して抱き付く二人にサンレイが迷惑顔だ。


「喜び過ぎだぞ、秀輝は鼻水出てるぞ、おらの着物に付けんなよ」


 サンレイは初めて会った時と同じお気に入りの水色の着物姿だ。


「だって……サンレイにまた会えるなんて………… 」


 サンレイを挟んで抱き合う英二の向かいで秀輝が鼻を啜る。


「着物でも服でも靴でも何でも買ってやるぜ、このためにバイトの金使わずに貯めてんだからな」

「そうだよ、俺もバイト始めたからさ、前にはあまり服とか買えなかったけど今はバイト代貯まったからいっぱい買ってやるからな」


 英二の泣き笑いの顔を見てサンレイがニヤッと悪戯っ子のような笑みをした。


「服もいいけどアイスが食いたいぞ」

「もちろんだ。毎日奢ってやるよ」

「俺も奢るぜ、アイスくらい安いもんだぜ」


 サンレイがニパッと顔を上げる。


「ほんとか? 英二と秀輝で毎日2つアイス食えるんだな」

「俺たちだけじゃないぜ宗哉も入れたら3人だぜ」

「おぅ、宗哉もか、アイス3つだな」


 喜ぶサンレイの耳にか細い声が聞こえてくる。


「サンレイちゃん…… 」


 少し離れた所で宗哉が言葉を震わせる。


「ああぁ……サンレイちゃん……サンレイちゃん………… 」

「おう、宗哉も元気だったか? 」


 英二と秀輝の腕の間からサンレイが顔を覗かせた。


「ごめんよ、ごめんよぉ~~ 」


 宗哉がその場に土下座する。

 ずっと気に病んでいたのだろう人前で弱いところを見せない宗哉が顔をくしゃくしゃにして泣いている。


 英二と秀輝の腕を押し退けてサンレイが宗哉の前に立つ、


「何泣いてんだ? 謝んなよ、おらちっとも怒ってないぞ、あの場合仕方なかったぞ、宗哉が祟り神の動きを止めてくれたから旨くいったんだぞ、おらもハチマルも眠りにつくくらいの力で済んだんだぞ、だからもう謝んな」

「だって……全部僕が…… 」

「もういいって言ってるぞ」

「サンレイちゃん」


 宗哉がサンレイの胸元に顔を埋めるように抱き付いた。


「英二や秀輝と約束通り仲良くしてんだろ、ならおらとも友達だ。友達同士で卑屈になったりすんのは無しだぞ、前みたいにみんなで遊ぼうな」


 サンレイが頭をポンポン叩くと宗哉がうんうん頷いた。

 宗哉を離すと妖怪山犬が吹っ飛んでいった藪を見つめる。


「その為にもあいつを倒さないとな」


 サンレイが藪の前に転がる豆腐小僧に視線を移した。


「何か知らんが鼻垂れ豆腐が困ってるのはわかったぞ、お前が持ってきた妖怪豆腐の妖力は貰ったぞ、御陰で早く起きることができたぞ、その礼におらが力を貸してやんぞ」


 流れる血で額を赤く染めた豆腐小僧は動かない、気絶している様子だ。

 バチッと消えるとサンレイが豆腐小僧の正面に現れた。


「仇は取ってやるからな」


 サンレイが額を撫でると豆腐小僧が目を覚ました。


「サンレイ様…… 」

「まだ休んでろ、傷は治したがダメージは残ったままだぞ」


 優しく微笑むサンレイを見て豆腐小僧の顔に安堵が広がっていく。

 藪がガサガサ揺れて妖怪山犬が出てきた。


「儂の毛を焦がすとは貴様何者だ? 」


 サンレイが英二に振り返る。


「話しは後だぞ、鼻垂れ豆腐を連れて下がってろ英二」

「サンレイ気を付けて妖怪山犬は強いって豆腐小僧も言ってたよ」


 駆け寄ると秀輝と一緒に豆腐小僧を後ろへ運んでいく。


「山犬? ああ、それなら心配無いぞ、おら山犬とは戦ったことがあんぞ」

「戦ったことがあるって……勝ったのか? 」

「当たり前だぞ、おらこれでも神様だぞ、妖怪に負けたりしないぞ……山犬には一寸てこずったけどな」


 ケロッとした顔のサンレイを見て英二と秀輝も安心顔だ。


「流石サンレイちゃんだぜ、俺たちはここで見てていいのか? 」

「見てていいけど近付くなよ、寝起きだから力の制御が旨くいかないからな、ビリッとどころじゃなくて死んじゃうぞ」

「電気使うんだったなサンレイは……近付かないから、ここで見てるからな」


 厭そうに顔を歪める英二を見てサンレイがニヘッと悪い笑みをした。


「にへへへっ、寝てる間に充電完了だぞ、バチバチッと倒してくるからな」


 本気でやっつけるつもりだな……、山犬の前に駆けていくサンレイを複雑な表情をした英二が見つめる。


「よかったな英二、俺もサンレイちゃんみたいなの欲しいぜ」


 横に立つ秀輝が肘で英二を突っついた。



 毛についた汚れを手で払うと妖怪山犬がジロッとサンレイを睨み付けた。


「只の妖怪ではなさそうだな、貴様何者だ? 」

「汚い犬コロに貴様なんて言われる筋はないぞ」


 サンレイが余裕に口元をニヤッと歪ませる。


「犬コロだと……がふふん、死にたいらしいな」


 山犬も牙を見せて笑い返す。


「にひひひひっ、犬コロがおらを殺すってか、冗談は顔だけにしとけよ」


 大きく口を横に広げて歯を見せてニタリと笑っていたサンレイがふとマジ顔に変わる。


「お前どっかで見たぞ……誰だったかな」

焔爪ほむらつめ! 」


 思案顔のサンレイに山犬が手刀で切り付ける。

 只の手刀ではない爪先が青白く光っている。

 バーナーの炎のような光だ。


「うわっ、ちちっ、熱い、熱い」


 寸前で避けたサンレイだが長い黒髪が少し焦げていた。


「火を使うんか、火を使う犬コロか………… 」


 まだ考えているサンレイに山犬が突っ込んでいく、


針毛団子しんもうだんご! 」


 身を丸めた山犬の毛が針のように立っている。


「電光石火! 」


 サンレイが得意の瞬間移動でパッと消えた。


「痛てて…… 」


 英二には避けたように見えたがサンレイの腕に針のような毛が数本刺さっていた。


「お前速いな、おらの電光石火に追い付いたぞ」

「サンレイ大丈夫か」


 不安気な英二にサンレイがニッと笑みを見せた。


「心配すんな、バチバチバリアーだぞ」


 腕に刺さった針のような毛を難無く抜く、刺さったように見えていたが毛は雷光に包まれていた。

 電気のバリアーで体を覆うサンレイの防護術だ。


「がふふん、儂の攻撃をかわすとはな、そこらの妖怪ではないと言うことか、だが儂もそこらの妖怪とは違うぞ、神を越える力を手に入れる妖怪だからな」

「神の力? そんなもん大した事ないぞ」

「大した事ないだと、儂の攻撃をかわすだけで何もできん貴様が何を言うか、直ぐに殺してやるわ」

「そう力入れんな、弱く見えんぞ」


 吠えるように牙を見せる山犬の前でサンレイは余裕だ。


「弱いだと……殺す。絶対に殺してやる」

「その声も聞いたことあんぞ……誰だっけな………… 」


 腕を組んで考えるサンレイに山犬が飛び掛かる。


「焔爪! 」

「針毛団子! 」


 山犬が連続攻撃だ。


「誰だっけなぁ~~ 」


 サンレイは何度も攻撃をかわしながら首を傾げる。

 余裕があるのかバカにしているのかサンレイは一度も反撃していない。


「全部かわしてるけどいつもなら怒ってやり返してるのに変だな」


 後ろで見ていた英二が呟くと秀輝もうんうん頷いて口を開く、


「だよな、相手より先に電撃喰らわせて意地悪顔で笑ってるよな、勝つためならどんなことでもするタイプだよな」

「サンレイが聞いたら怒るよ」

「言うなよ、わかってるって、サンレイちゃんに嫌われるような事するわけないだろ」


 秀輝が口に指を当てて黙っていろとポーズだ。


「ちょこまかとかわしよって」


 連続攻撃していた山犬が立ち止まった。


「これでも食らえ、旋風針毛せんぷうしんもう! 」


 その場でクルクル回ると針のような毛を周りに飛ばす。

 サンレイだけでなく英二や秀輝や宗哉の所にも毛が飛んでいく、


「英二! 秀輝! 」


 考え事をしてサンレイが出遅れた。


「危ないっす」


 豆腐小僧が編み笠を2人の前に投げると後ろにいた宗哉の元へと駆けつける。


「2枚皿、受け皿! 」


 宗哉の前に立つと飛んでくる針のような毛を両手に持った皿で弾いていく。

 英二と秀輝は大きくなった編み笠で守られていた。


「ぐっ!! 」


 豆腐小僧の太股に針毛が刺さる。


「大丈夫か豆腐小僧」

「心配無いっす。オレっちは妖怪っすよ、これくらい何ともないっすよ」


 後ろで声を掛ける宗哉に振り返りもせずに豆腐小僧がこたえた。

 サンレイが慌てて駆け付けると豆腐小僧の足に刺さる毛を抜いて治療する。


「鼻垂れ豆腐、お前そんな体で…… 」

「サンレイ様、またお会いできて嬉しいっす。サンレイ様の選んだ人間ならオレっちは命を懸けて守るっすよ」

「そっか、強くなったな見直したぞ、豆腐小僧、英二たちの守りは任せたぞ」


 サンレイの優しい目を見て豆腐小僧の顔がパッと明るく変わった。


「鼻垂れじゃなく初めて名前を呼んでくれたっす」

「当たり前だぞ、一人前の男に失礼な事は言わないぞ」

「サンレイ様……任せて下さいっす。英二たちはオレっちが守るっす」


 頼むぞと言うように頷くとサンレイが山犬の元へと駆けていった。


「もう考えるのは止めだぞ」


 サンレイの目付きが変わった。


「犬コロ、おらの大事なものに手を出してどうなるかわかってるだろうな」


 怒りを灯した目をしてサンレイの体が雷光に包まれていく、


「電光石火! 」


 サンレイの姿が消えた。


「閃光キ~~ック! 」


 パッと前に現われたサンレイのバチバチと雷光をあげるキックが山犬の顔面に直撃だ。


「がっがはぁあぁ~~ 」


 毛が燃えたのか頭が炎に包まれた山犬が吹っ飛んで転がる。


「にひひひひっ、直ぐに止め刺してやんぞ」


 ニタリと悪い顔をしたサンレイの姿がまた消えた。


「雷パァ~ン…… 」


 慌てて上半身を起こす山犬を殴ろうとしたサンレイがパンチを止める。

 山犬の顔を隠すように長かった毛が焼け落ちてはっきりと顔が見えていた。


「ああぁ~~、思い出した。ガルルンだぞ」


 サンレイの大声に隠れるように編み笠から顔を出して様子を伺っていた英二と秀輝が飛び出した。


「がるるん!? 何だそれ」

「がるるんってなに? その山犬の名前か、知り合いなのか? 」

「そだぞ、ガルルンは友達だぞ、人間が丁髷してた頃によく2人で町へ出て饅頭食ったり飯食ったりお宝奪ったりしてたぞ、お気に入りのこの着物もその頃に奪って来たんだぞ、店にあった水色の反物を全部奪って着物いっぱい作ったんだぞ、ハチマルのピンクのもそだぞ、あの頃はやりたい放題できて楽しかったぞ」


 得意気に話すサンレイの後ろで英二が何とも言えない表情だ。


「奪ったって……神様がそんな事していいのか」

「全然問題ないぞ、あれだぞ、貢ぎ物だぞ、人間たちが持ってこないから取りに行ってやったんだぞ」

「それで人間たちにはお礼に何かしたんだよね、飢饉で困ってる時に雨を降らせたり、病気が流行した時に治してあげたりさ」


 引き気味で訊く英二にサンレイがニパッと顔を明るくした。


「色々したぞ、飢饉のときに雨はよく降らせてやったぞ、そんで洪水起きたんだ。そんで僅かに残ってた畑の作物が全部流されたんだぞ、黒死病が流行った時には鼠退治に狐や鼬を山から連れてきてやった事もあんぞ、その後で狂犬病が流行って大変だったぞ、山でも狐や鼬の間で流行ってたからな狂犬病」

「疫病神か!! 全部悪化させてるから、止め刺しに行ってるからね」

「神の力を使って好き放題やってたって事だな」


 怒鳴る英二の隣で秀輝も顔を顰める。


「何も聞かなかった事にするからね」

「昔の事だしな、今の俺には関係ない事だぜ、泥棒の話はともかくそのガルルンってのは昔からの友人って事だな」


 弱り顔の英二と違い秀輝は普段の顔に戻っている。


「そだぞ、ガルルンは親友だぞ」


 サンレイは嬉しそうに言うと直ぐ前にいる山犬に向き直る。


「なっガルルン、おらたち親友だよな」

「ガルルンではない、儂はこの山の主だ。神をも越える力を手にするイチョウ様だ」


 毛に付いた汚れを払いながら山犬が立ち上がる。

 サンレイが山犬の頭をポンポン叩く、


「頭打ったんか? 胃腸だか部長だか知らんがお前はガルルンだぞ、毛むくじゃらのバカ犬のガルルンだぞ、あんぽんたんで直ぐに騙されるガルルンだぞ、意地汚くて何でも食べるバカの大食いのガルルンだぞ」

「儂はこの山の主、妖怪イチョウだ」


 サンレイの手を鬱陶しそうに払うと山犬がバッと後ろに跳んで間合いを取った。


「忘れたんか? お前はガルルンだぞ、山の主じゃなくて峠の茶屋の主だぞ、おらとハチマルと3人で峠の茶屋の団子を全部食いまくっただろ、そんで茶屋が潰れそうになって町へ出て大店おおだなの蔵荒らしてお宝盗んで茶屋にあげたんだぞ、そんで、そのあと饅頭食い放題になったんだぞ」

「知るか! 儂は大妖怪イチョウだ」


 山犬が全身の毛を立てる。


「旋風針毛! 」


 その場でクルクル回ると針のような毛を周りに飛ばす。


「危ないっすよ」


 宗哉を連れた豆腐小僧が大きな編み笠を持って英二と秀輝の前に出る。

 飛んできた針のような毛が編み笠に幾つも突き刺さる。

 編み笠に隠れながら英二と秀輝が顔を見合わせる。


「何か知らんが滅茶苦茶言ってるよ」

「直ぐに騙されるのと食いしん坊なのはサンレイちゃんも同じだよな」

「ガルルンって初めて見た時に何となくサンレイと似てるって思ったのは間違いじゃなさそうだね」

「でもどうすんだ? 知り合いだろ」

「ガルルンは戦う気満々だよね」


 針毛の攻撃が終わって英二と秀輝が編み笠から顔を出す。


「焔爪! 」

「電光石火! 」


 爪に炎を灯した山犬のパンチをサンレイが得意の瞬間移動で避ける。


「針毛団子! 」


 針のように毛を立たせた山犬が体を丸めて突っ込んでいく、


「閃光キ~ック! 」


 雷光をあげるキックを受けて山犬が丸まったまま吹っ飛んだ。

 何度かやりとりをした後でサンレイが攻撃の手を止めた。


「お前操られてるだろ、技に切れがないぞ」

「操るだと? 何を言っている。儂は妖怪イチョウだ」


 かぶりを振る山犬の前でサンレイの姿がフッと消える。


「またか、ちょこまかと…… 」


 構える山犬の右にサンレイが現われた。


「雷パァ~~ンチ! 」


 吹っ飛んでいく山犬を見てサンレイが呆れた様子で息を吐く、


「ほらなっ! 本気のガルルンなら避けた後で更に攻撃してくんぞ、おらも只じゃ済まないくらいに強い相手だぞ」

「がふふん、だとしたらどうする? 」


 立ち上がった山犬がニヤリと口元を歪めた。


「その通りだ。山に入ってきたバカな山犬を儂が操った。食い物に釣られて油断したところを術に掛けたら簡単に入り込む事ができたわ、がははははっ」

「マジでサンレイちゃんの友達かよ、どうするんだよ」

「かわいそうに操られてたのか」


 秀輝の隣で英二は山犬姿になる前の少女姿のガルルンを思い浮かべる。


 サンレイが大きな溜息をつく、


「バカだからな操られても仕方ないな…… 」

「それでどうする? 儂を攻撃するという事は山犬も怪我では済まんぞ、友達なのだろう? 先程から本気で攻撃していない事は分かっている」

「どうするって? 何をだ? 」


 勝ったつもりなのか上から目線のガルルンの前でサンレイが首を傾げる。


「この犬を助けたくば儂に従え」

「従う? おらがお前なんかの家来になると思ってんのか? 」


 傾げたまま頭を横にしてサンレイが厭そうに顔を顰める。


「手下になれとは言わん、豆腐小娘を渡して儂のすることに手出しをするな、後一月もすれば全て終わる。そうしたらこの犬も豆腐小娘も無事に返してやる」

「1ヶ月? 何するんだ? 」


 操られているガルルンが楽しそうに声を出して笑い出す。


「がふふふっ、人間どもを食らって神を越える力を手に入れるのだ」

「神を越える力か……お前バカだろ」


 サンレイが横にしていた首を戻した。


「バカだと、下手に出ていればいい気になるなよ、この犬を傷付けまいと何もできないお前に何ができる」


 楽しそうな笑みから一転、ガルルンが牙を剥いて吠えるように言った。


「手出しできないってか? 試してみるか? 」


 サンレイが今までで一番の悪い笑みだ。


「電光石火! 」


 悪い笑みのままサンレイが消えた。


「雷パァ~~ンチ! 」


 右に現われてパンチを食らわせると今度は左に現われる。


「閃光キィ~~ック! 」

「がふっ 」


 吐き出すように呻くとガルルンが吹っ飛んで転がった。

 ヨロヨロと起き上がろうとしたガルルンの前にサンレイが現われる。


「雷パンチ、雷パンチ、雷パンチ、雷パァ~~ンチ! 」


 正面からタコ殴りだ。


「がっがふっ、ぐはぁーっ、ぐっぐぅ……やめ、止めて…… 」


 止めろというように両手を前に出すガルルンにサンレイの足が飛んでくる。


「閃光キィ~~ック! 」

「がっがひぃいぃぃ~~ 」


 悲鳴を上げてガルルンが地面に転がった。

 サンレイが右手を空に向かって伸ばす。


「止めだぞ、雷ド~~ン! 」


 晴天だというのに雷が落ちてきて倒れたガルルンに直撃した。

 ガルルンは悲鳴も上げずに体をビクッと震わせると動きを止めた。


 サンレイがパンパンと手を叩きながら毛の焦げたガルルンの脇に立つ、


「焼き犬一丁上がりだぞ、おらを脅しても無駄だってわかっただろ」


 ぴくりとも動かないガルルンに言うとサンレイが振り返る。


「秀輝、このバカ犬を背負って連れて行ってくれ、取り敢えず山を降りるぞ」

「おっおぅ、わかった」


 秀輝だけでなく英二と豆腐小僧と宗哉も駆け寄っていく、

 所々毛の焦げたガルルンを抱き上げようとした秀輝を豆腐小僧が止める。


「待つっすよ、心肺が止まってるっす」

「マジかよ!! 」


 大声を上げながら秀輝が手を止める。


「心肺って……死んでるのか? 」


 焦りを浮かべながら英二が訊いた。


「まだ間に合うっす。早く気付け豆腐を食わせるっすよ」


 豆腐小僧は懐から出した妖怪豆腐を慌てて山犬の口元に当てた。

 妖怪豆腐が解けるように山犬の口の中へと入っていくとその顔に赤みが浮かんできた。


「動き出したっす。これで安心っすよ」

「よかったぁ~~、操られてただけでこの子には何の罪もないからな」


 英二だけでなく秀輝も宗哉も安心顔だ。


「にへへへへっ、さっきの雷ドンが本当の止めになるところだったぞ」


 ケロッとした顔で言うサンレイをその場の全員が見つめる。


「止めろって言ってたのになんで雷落としたの? 完璧に負けを認めてたよね」


 何とも言えない顔で非難する英二の前でサンレイがニヤッと口元を歪める。


「コンボ技が決まると気持ちいいんだぞ」

「格ゲーか! ガルルンは友達なんでしょ」

「友達なんて軽い言葉じゃ表わせないぞ、しいて言うなら心の友ってヤツだぞ」


 胸を張って言うサンレイを英二がじとーっとした目で見つめる。


「心の友を殺すところだったよね」

「にへへへへっ、気にすんな、倒しても第二第三の心の友が…… 」

「友達は敵キャラじゃないからね」


 弱り切った顔の英二の肩に秀輝が手を置く、


「パソコンの神様だからゲーム思考になってるんだぜ」

「ゲーム思考っていうか遊んでるだけだと思うけど…… 」


 英二は弱り顔のまま息をつくとサンレイに向き直る。


「それで操られてるのはどうにかなるのか? 」

「ショック療法で治ってるだろ」

「治ってなかったらどうするんだ! ショック療法って下手したら死んでるからな」


 ケロッとした顔で言うサンレイに英二が声を荒げる。


「だってだって、おら術とか苦手だぞ、それにガルルンが悪いんだぞ、治ってなかったらもう一度ショック療法やってやんぞ」


 サンレイがプクッと頬を膨らませて拗ねる。


「あんなのもう一回したらガルルン本当に死んじゃうよ」


 困り切った様子の英二の手を豆腐小僧が引っ張った。


「オレっちに任せるっすよ、里には色々な薬効豆腐があるっすよ、大妖怪が掛けた術でも妖力の籠もった薬効豆腐なら治せるっす」

「よかった。豆腐小僧に任せるよ」


 安堵する英二の腕にサンレイが縋り付く、


「なぁなぁ英二ぃ~、ダメだったらおらがさっきよりも強い電気ショックで治してやるから安心だぞ」

「絶対ダメだからな」


 じゃれる2人を見てずっと黙っていた宗哉が笑い出す。


「ふっふふっ、あはははっ、よかったサンレイちゃんも英二くんも……本当に良かった……本当にごめんよ………… 」


 笑いながら目の端に涙を溜める宗哉の胸を英二がポンッと叩く、


「もう止めろよ、謝るのは無しだ。サンレイはここに居る。それでいいだろ」

「英二くん……そうだね、ありがとう」

「そだぞ、前みたいに宜しく頼むぞ、また学校行くからな」

「うん、弁当にアイスクリームも付けるよ」

「ほんとかアイスもか、やったぁ~~ 」


 涙を拭う宗哉の前でサンレイが両手を上げて大喜びだ。


 気を失っているガルルンを秀輝が背負う、


「それじゃあ豆腐小僧の里とやらに行こうぜ」

「そうだな、豆腐小娘さんにも話を聞かないとな…… 」


 思い出したように英二が豆腐小僧に振り返る。


「でもいいのか? 人間が行っても、それに豆腐小娘さんや秘伝書のこともあるし」


 豆腐小僧がマジ顔に変わる。


「本来なら人間など絶対に入れないっす。でも英二たちならサンレイ様もいるし大丈夫っすよ、秘伝書のことは内緒にして欲しいっす。サンレイ様の力を借りて取り返してそっと蔵に戻しとくっすよ」

「秘伝書のことはわかった。俺も秀輝も宗哉も言わないから安心してくれ」


 英二はこたえてからサンレイに視線を移す。


「サンレイってそんなに力持ってるのか? 」

「色々世話になってるっす。今の隠れ里を作るのも手を貸してくれたっすよ、高野山に連なる山々は神様のいる山が多いっす。神様のいない山でも勝手に里を作るなんて人間はともかく妖力を持っている妖怪にはできないっす。力の小さい妖怪でも集まると霊場に影響が出るっす。サンレイ様とハチマル様が周辺の神々に話を付けてくれたっす。豆腐一族にとっては恩人っすよ」

「へぇ、サンレイがねぇ~、流石神様だね」


 大袈裟に驚く英二の腕をサンレイが照れるようにバンバン叩く、


「にへへへへっ、たまたま各地を遊び回ってた時に知り合ったんだぞ、んで困ってるから話を付けてやったんだぞ」

「やっぱサンレイちゃんは凄いぜ、あんなに強かった山犬も簡単に倒すし他の神様とも話を付けるし、可愛いだけじゃないんだな」


 背負ったガルルンをチラッと見た後で秀輝も大袈裟に褒める。


「そうっすよ、オレっちたち豆腐一族が一番信頼している神様っす」


 豆腐小僧も持ち上げる。

 サンレイの扱いには慣れている様子だ。


「何か知らんけどおらに任せろ、秘伝書を取り返した後でガルルンを操ったヤツにお仕置きしてやんぞ」


 サンレイがペッタンコの胸を叩いた。


「じゃあ行こうか、秀輝、車まで結構あるから足下気を付けて行けよ、お前は転んでもいいけどガルルンちゃんに怪我させるなよ」

「気絶して動かないし軽いから問題ない、お前こそ浮かれて足滑らすなよ」


 意地悪く言う英二に秀輝もニヤッと笑いながら返す。


「早く行くっす。妹が心配っす」

「ララミとサーシャが押さえてるから心配無いよ」


 不安気に言う豆腐小僧に宗哉がいつも以上の爽やかスマイルだ。

 表面は取り繕っていたがあの日以来何となくぎくしゃくしていた関係がサンレイが姿を見せたことで以前のように戻っていた。


「ララミとサーシャも来てんのか? 無事だったんだな、よかったぞ」

「サービスセンターに残っていたバックアップで再生したよ、あの日の記憶は無いけどね、あの日から2日前の記録だけどサンレイちゃんの事は覚えているよ」


 ニパッと可愛い笑みを見せるサンレイに宗哉も心から嬉しそうな笑みでこたえる。


「そうなんか、全部忘れてなくて良かったぞ、そんじゃ行くか」


 歩き出そうとしたサンレイが秀輝の背で気を失っているガルルンを見てニヘッと企むように笑う、


「英二ぃ~、おらもおんぶだぞ、おんぶしてくりぃ~~ 」


 サンレイが英二の背中にしがみついて上っていく、


「仕方ないなぁ、サンレイ頑張ってくれたからな」


 サンレイを背負った英二が歩き出す。


「なぁなぁ英二、これからまた一緒に遊ぼうな」

「うん、ずっと一緒だ。小乃子も委員長も心配してるよ」


 抱き付くサンレイの温かさが気持ちよかった。

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