第18話
宗哉の手配した車で空港まで行き自家用機で大阪まで飛んでそこからまた車で和歌山県にある高野山へと向かった。
大型バンの中で秀輝が暗くなった外を見つめる。
「つくづく和歌山に縁があるな」
「不思議だね、山が多くてモノノケが多いからかな」
反対側の窓の外を見ながら英二がこたえた。
「日本に幾つかある霊的に強い地域の一つだからね、モノノケを利用することを見越して工場を建てたんだ。それがあんな騒ぎになって本当に申し訳ないと思っている」
顔を曇らせる宗哉に英二と秀輝が振り返る。
「もういいって言ってるだろ」
「そうだぜ、その話しは言いっこなしだ」
宗哉と一緒に後ろで座っていた豆腐小僧が席の間から首を伸ばす。
「騒ぎって工場火災の事っすか? オレっちその騒ぎでサンレイ様とハチマル様が起きたのがわかったっすよ」
「そうなんだ。やっぱり何か縁があるんだな」
笑いかける英二を見て豆腐小僧が首を引っ込める。
「強い気を感じたっすけど、まさかサンレイ様が力を使い果たしてたのは知らなかったっすよ、知ってたら豆腐一族総出で助力に行ってたっすよ」
車内に何とも言えない空気が漂う、雰囲気を変えようと秀輝が明るく口を開いた。
「それにしても後ろのメイロイドは凄いよな、一寸見ただけだが完全装備してたぜ」
「みんな綺麗だったけど特殊部隊みたいだったよね」
後ろに続く車に乗っているメイロイドを思い出して英二も話に乗る。
「俺も思った。映画に出てくる女ソルジャーって感じだ」
「あの5人には対テロリスト用のプログラムを入れている。サーシャやララミと違って日常生活のプログラムは入っていない、要人警護だけを目的に作られたものだからね、駆動系や骨格も強化されている。皮膚も人工皮膚じゃない炭素繊維と強化ラバーなど特殊素材で柔軟性はあるけど筋肉の塊よりも固いよ、パワーはサーシャの3倍はある」
宗哉が少し自慢気だ。
「サーシャとララミは普通の大人の3倍のパワーだろ、更に3倍かよ」
「頼もしい援軍だね、妖怪山犬を倒しちゃうかも知れないね」
「試作中のものだからそこまで期待しないでくれ、でも今回のような囮に使うには丁度いいと思うよ、潰されても心は痛まない、サーシャやララミと違い只の機械という認識だからね、はっきり言って僕はあまり好きじゃない、疑似でも感情のあるララミやサーシャのほうが好きだ」
「メイロイドも武器に使うのか? あんまり言いたかないけど佐伯重工はやっぱ武器商人なんだな」
秀輝の言葉で宗哉の顔が曇る。
「僕じゃない父が作ったんだ。父はメイロイドも軍事利用するつもりさ」
「まだ懲りてないんだな、あの野郎…… 」
英二が慌てて秀輝の腕を引っ張る。
「止めろよ、宗哉は関係ないだろ、宗哉は宗哉さ」
「ありがとう英二くん」
礼を言うようにコクッと頷くと宗哉がマジ顔で話し出す。
「今は仕方ないよ、父の会社だからね、ロボットの軍事利用で大きくなったのも否定しない、でも僕が後を継いだらメイロイドの軍事利用は止めさせるよ、少なくとも今の姿のままでは戦争には利用させない、それだけは約束する」
「信じるぜ、昔と違って今のお前はな」
フッと笑う秀輝を見て宗哉も英二も笑顔になる。
車が宿の前に泊まる。
闇はモノノケの領分だ。山へ行くのは明日にした。
「じゃあ明日の朝に迎えに来るっす。オレっちも何か武器を持ってくるっすよ」
豆腐小僧が山へと歩いて行くのを見送って英二たちは旅館へと入った。
翌朝、豆腐小僧に案内されて英二たちは妖怪山犬の居る山へと向かった。
山の中腹まで車で行く、豆腐小僧がここからは歩いたほうがいいというので車一台がやっと通れる細い山道で降りた。
「ララミ、5人を出してくれ」
宗哉の命令でララミとサーシャが後ろの車へと歩いていく、
「お前たち出てくるデス」
「整列してここに居る方たちを味方識別に入れなさい」
サーシャとララミの命令で5人のメイロイドがずらっと横に並んだ。
「英二くんたちも並んでメイロイドに顔を見せてくれ、顔と背丈、声などで味方だと識別する。その為の登録作業だ。これで山の中でも瞬時で味方だと判別できる」
英二たちが向かい合わせに並ぶ、5人のメイロイドはモデルのようにすらっとしていて目鼻も整っていて美人だ。
ララミやサーシャと比べて何となく違和感を感じて英二が声を掛ける。
「みんな綺麗だね、今日はよろしくね」
「 ………… 」
5人のメイロイドは整列したまま無表情のままだ。
「宜しくデス英二くん」
「無駄ですよ英二さん、こいつら戦闘マシーンですから、日常会話もできないポンコツ野郎どもです」
代わりに頭を下げるサーシャの隣でララミが毒舌だ。
「工場で戦ったメイロイドみたいだな」
感情を浮かべない5人のメイロイドを見て秀輝が呟いた。
「試作機だからね戦闘プログラムしか入れていない、製品化したら日常会話くらいはできるようになるはずだよ」
爽やかスマイルでこたえる宗哉を豆腐小僧が羨望の眼差しで見る。
「凄いっすね、これ全部ロボットっすか? オレっちの命令も利くっすか? 」
「彼女たちは僕とララミとサーシャの命令で動く、英二くんたちが命じても動かないから注意してくれ」
「そうなんすか、オレっちの命令は利かないんすね、一寸残念っす」
「彼女たちが不正利用されたら大変だからね、他の者の命令で動かすためにはサービスセンターで登録を書き換える必要がある」
「そうだね、人間の10倍近いパワーを持ったロボットが暴れたら大変だからね」
「そりゃそうだな、ララミとサーシャだって宗哉の命令しか利かないからな、俺たちが頼み事しても宗哉に伺ってからだからな、でもこいつら見てるとサーシャとララミがいかによくできたメイロイドってのがわかるな」
英二の隣で秀輝が残念顔の豆腐小僧の背中をバシッと叩いた。
「そうっすね、秀輝よりも頼りになりそうで安心したっす」
「んだと!! 」
ムッとする秀輝に宗哉が笑いながらスタンガン内蔵の大型警棒を差し出した。
「あははははっ、確かに頼りないな、でもこれで少しは役に立てるようになるはずだよ」
「おおぅ、凄いな、ずっしりとしてこの前の折り畳み警棒より頼りになりそうだ」
大型警棒を受け取ると秀輝が楽しそうに振り回す。
「一寸重いけどこれなら一殴りで化けガエルを倒せそうだね」
色々弄り回る英二を見て宗哉が笑う、
「先の3分の1から放電する。自分に当たらないように気を付けてくれ、首筋に当たれば気絶するくらいに強力だからね」
「早く言え! 先っぽ握り締めてたぞ、スイッチ入れてたらヤバかったぜ」
「悪い悪い、でも安全装置が付いてるからさ、グリップの後ろを回さないとスイッチ入れても電流は流れない、敵が出てきたら安全装置を解除すればいい」
少しも悪いと思っていない笑顔で言うと宗哉が袋を差し出した。
「これも渡しておくよ、熊撃退用のスプレーだ。マスクを着用してくれ、吸い込んだら10分は動けないほど苦しいよ、目なんか洗うまで開けられなくなる。カエルに効くかはわからないけどね、犬なら効果はあるから妖怪山犬には効くんじゃないかな」
「唐辛子スプレーってヤツか? 」
「それよりもキツそうだよ、スタンガンより怖いな」
受け取ると秀輝と英二がマスクを装着する。
熊撃退用スプレーは500mlのペットボトルサイズでベルトに付けられるようにフックが付いている。
宗哉が豆腐小僧にもマスクを差し出す。
「オレっちは必要ないっすよ、吸わなきゃいいっすよね? 息は10分以上止められるっす。目も大丈夫っすよ、そんなの付けてたら周りが見えないっすからね」
「了解した。風下には気を付けてくれ」
マスクを被ると宗哉が言った。
「用意いいっすね? じゃあ行くっすよ」
豆腐小僧を先頭に山道を登っていく。
細い山道が途切れた場所で豆腐小僧が立ち止まった。
「用心するっす。この先から妖力が強くなってるっす」
「奴らのテリトリーってことか」
「警棒の安全装置を外したほうがいいね」
英二と秀輝が大型警棒のグリップに付いてある安全装置を回して外す。
後はスイッチを入れればスタンガンの準備はOKだ。
「105、106、前に出ろ、豆腐小僧の後ろに付け」
宗哉の命令で戦闘用メイロイドが2人前に行く、戦闘用メイロイドに名前は無い、105~109まで番号で呼んでいる。
英二たちは前に2人、後ろに3人の戦闘用メイロイドに挟まれた状態だ。
ララミとサーシャは宗哉の直ぐ後ろに付いている。
準備が完了したのを確認すると豆腐小僧を先頭に一列に並ばないと歩けない獣道を進んでいく。
「隠れてないで出てくるっすよ」
豆腐小僧が懐から皿を2枚取り出すと左右の藪に向かって投げる。
「ゲッゲッゲッゲッ 」
ざわっと藪が動いて化けガエルが飛び出してきた。
左右合わせて6匹だ。
藪を踏み倒して化けガエルが英二たちを囲む、
「ゲッゲッゲッゲッ、貴様らか」
土色に赤い斑が付いたイボガエルが嬉しそうに大きな口を歪めた。
「気を付けろ、こいつ口から粘液を吐き出したヤツだぜ」
「固まって動けなくするヤツだね」
警戒する英二と秀輝を見て赤斑のイボガエルが口を開く、
「ゲッゲッゲッゲッ、前のグループではリーダーを任されていた。それが貴様らの所為で下っ端に戻された。貴様ら全員殺して食ってやるわ」
イボガエルが白濁した粘液を吐き出した。
戦闘用メイロイド105がサッと前に出て粘液を手で叩く、同時に106がイボガエルに突撃して蹴り倒す。
「ゲヒィ~~ 」
後ろの藪を薙ぎ倒してイボガエルが引っ繰り返る。
「バカが! それだから降格されるんだ」
アオガエルが吐き捨てた。
他のアオガエルと違い白い斑が付いている。
こいつが6匹のリーダーらしい。
「人間だからと言って油断するな、仲間を呼んでくるまでここで押さえていろ」
白斑のアオガエルが跳ねて藪の中へと消えていく、それを追って105と106が藪へと入ろうとしたのを宗哉が止める。
「追わなくていい、周りのカエルを倒せ」
「丁度いい、この警棒が効くか試してやるぜ」
「残りは5匹、俺と秀輝で1匹ずつやるよ」
秀輝と英二が警棒に付いているスタンガンのスイッチを入れる。
「あの粘液を吐くヤツはオレっちに任せるっす」
藪の中で起き上がる赤斑のイボガエルを豆腐小僧が指差した。
「了解した。右にいる2匹のカエルをメイロイドにやらせる。僕は英二くんと秀輝の援護につくよ」
宗哉がメイロイドたちに振り返る。
「105、106、右にいる2匹のカエルを倒せ、残りは待機だ。サーシャとララミは僕たちが危なくなるまで手を出すな」
「了解しましたデス」
「危ないと判断したら直ぐにお助けします。御主人様」
ララミとサーシャが宗哉の後ろにつき戦闘用メイロイドの2体が右の藪にいた化けガエルに突っ込んでいく、
左の藪から赤斑のイボガエルが出て英二たちの前に立つ、
「ゲヒヒヒヒッ、オレが奴らの動きを止める。止まったところを捕まえて食え」
赤斑のイボガエルが命じる。
リーダーを下ろされたとはいえ他のカエルよりは上の立場らしい。
粘膜を飛ばそうと大きく開いたイボガエルの口に豆腐小僧が編み笠を投げた。
「ゲゲッ! 」
編み笠に口を塞がれてイボガエルが唸る。
「お前の相手はオレっちっすよ」
口を塞がれたイボガエルの首根っこを引っ張って豆腐小僧が藪の中へと消えた。
右では戦闘用メイロイドの105と106が戦っている。
「俺たちも行くよ」
「ああ、やってやるぜ」
スタンガン付きの大型警棒を構えると英二と秀輝が左に残るアオガエルとトノサマガエルに向かって行った。
「人間め、嘗めるなよ」
英二が振り下ろす警棒をアオガエルが手で受けた。
次の瞬間、警棒がバチッと火花を上げる。
「ゲヒィ、ゲゲヒィィ~~~ 」
「バカだな、体が湿ってるから電気は流れやすいよ」
目を見開いてビクビクと体を震わせるアオガエルを見て英二が余裕だ。
「グヒィ~ 」
近くで秀輝がトノサマガエルの脇腹に一撃入れていた。
「僕にもやらせてくれ」
横から宗哉がトノサマガエルの頭に警棒を振り下ろした。
「ゲヒィ、グハハァーーッ 」
断末魔を上げてトノサマガエルが泡に包まれて小さくなっていく、
「てめぇ俺の獲物を…… 」
文句を言おうとした秀輝の目にアオガエルに襲われる英二が映る。
「英二!! 」
「英二くん」
秀輝と宗哉が駆け付ける前にサーシャとララミが動いた。
サーシャの連続パンチがアオガエルの頬に直撃する。
「ガハァーッ 」
よろけたアオガエルをララミが掴んで投げる。
「グフゥッ、ゲヒハァ~~ 」
投げ飛ばされて引っ繰り返ったアオガエルが泡に包まれて小さくなって消えていった。
「助かったよ、スタンガンで痺れさせたまではよかったんだけど腕を掴まれて俺まで痺れてさ……参ったよ」
照れる英二の背中を秀輝がバンッと叩いた。
「だから気を付けろって宗哉が言ってただろ」
「そう言うなよ、次から気を付けるからさ、このスタンガンちょー痛かったぞ、お前らも気を付けろよ」
英二が苦笑いしながらララミとサーシャに向き直る。
「ありがとうサーシャ、ララミも助かったよ」
「英二さんのお役に立てて何よりです」
「英二くんは御主人様の友達デスから助けるのは当然デス」
ララミとサーシャの可愛い笑みを見て英二の頬が赤くなる。
「サーシャ、ララミ、ご苦労、これからもその調子で頼むよ」
宗哉に褒められてララミとサーシャが嬉しそうに頭を下げた。
「向こうも終わったようだぜ」
右で戦っていた105と106が無表情で歩いてくる。
「流石戦闘用メイロイドだ。一対一なら化けガエルは余裕みたいだね」
「サーシャとララミを入れて7匹なら余裕だな、俺たちも2~3匹ならどうにかなるし化けガエルは敵じゃないぜ、豆腐小娘ちゃんを連れ出すだけならどうにかなりそうだぜ」
浮かれる英二と秀輝と違い宗哉は冷静だ。
「でも粘液を吐き出してくるイボガエルみたいなのが居たら厄介だよ」
「そうでもないみたいだよ」
英二が指差す藪の中から豆腐小僧が出てきた。
他の化けガエルより妖力が高くて接着剤のような粘液を飛ばすという妖術の使える赤斑イボガエルを倒した様子だ。
「倒したのか? 」
英二に向かって豆腐小僧がニッと笑顔を見せた。
「あんなものオレっちには効かないっすよ、半端な化けガエルなど敵じゃないっす。藪の中じゃ粘液も自由に飛ばせ無いっすからね」
「流石本物の妖怪だな」
煽てる秀輝に豆腐小僧が笑顔で返す。
「この山にいる化けガエルはあの山犬が普通のカエルに力を与えて一時的に妖怪化した奴らっすからね、本当の妖怪ガマとはレベルが違うっすよ」
「妖怪山犬か……サンレイみたいに可愛い子なのに何で悪いことをするのかな」
「見掛けに騙されたらダメっすよ、英二は優しいから直ぐに騙されるタイプっす」
注意する豆腐小僧を見て秀輝がにやけ顔で口を開く、
「そうだよな、豆腐小僧がこんなに強いって思わなかったもんな」
「秀輝は人を見る目がないだけっすからね」
ムッとした顔で言うと豆腐小僧が先頭に立つ、
「話し込んでる場合じゃないっすよ、先を急ぐっす。ずっと先に妹の気配を感じるっすよ、山犬の気配はないから連れ出すなら今っすよ」
「妖怪山犬は居ないのか? 」
「今のところは感じないっす。でもこの前も突然現われたっすから油断は禁物っすよ」
豆腐小僧を先頭に戦闘メイロイドの2人が続きその後を英二たちが並んで歩き出す。
30メートルほど獣道を登った辺りで奇妙な感覚を感じて英二が立ち止まる。
ふらつく足を踏ん張って必死で体を支えた。
「なん!? 気持悪い」
その場でクルクル回る遊びをしたような平衡感覚が崩れたような感覚に英二が膝をついて後ろを振り返ると秀輝と宗哉もふらついていた。
「大丈夫ですか御主人様」
ララミが慌てて宗哉を支える。
その後ろではサーシャが秀輝を支えていた。
「秀輝くん、しっかりしてくださいデス」
「なにが…… 」
英二が前に向き直ると豆腐小僧もその場に崩れている。
「ヤバいっす。何かの妖術っすよ」
会話を聞いていたかのような笑い声が聞こえてきた。
「ゲッゲッゲッゲッ、どうだオレ様の痺れガスは効くだろう」
藪の中から白斑のアオガエルが部下の化けガエルを連れて出てきた。
「よくもオレの部下をやってくれたな、貴様ら生きて帰れると思うなよ」
「痺れガス……お前の仕業かよ」
睨む秀輝の隣で宗哉がララミに抱きかかえられながら口を開く、
「でもおかしいよ、熊撃退スプレー対策でガスマスクは付けている。特殊部隊でも使われているものだよ、痺れガスくらい防げるはずだ」
動けない英二たちを見て白斑のアオガエルが楽しそうに笑う、
「ゲッゲッゲッゲッ、オレ様のガスは吸うのはもちろん皮膚からも染みていく、只のガスじゃない妖気のガスだ」
「妖術の使える化けガエルだな」
「そうだ。オレ様はイチョウ様に選ばれた化けガエルのリーダーだからな」
悔しげな英二の前で白斑のアオガエルが勝ち誇るように言った。
白斑のアオガエルの後ろから豆腐小娘が現われた。
「お兄ちゃん降参しなさい、イチョウ様に助けて貰えるように頼んであげるわ、今なら間に合う、その人間たちも助けてあげるわ、だから降参しなさい」
「何言ってるっす。お前こそ目を覚ますっすよ」
「私は豆腐を作るだけの毎日が嫌になったのよ、自由に生きたいだけなの」
「豆腐一族が豆腐を作らなくてどうするっすか、町なんかへ行くからおかしくなったっす。オレっちが止めていればよかったっす」
痺れて動けない豆腐小僧を見下ろしていた豆腐小娘の目から光が消えた。
「バカなお兄ちゃん……お兄ちゃんは私がやるわ、貴方たちは人間をやりなさい」
「オレ様に命令するな、豆腐小僧を食って本物の妖怪になるんだ」
威嚇するように大きな口を開ける白斑のアオガエルを前に豆腐小娘は怯まない。
「命令よ、イチョウ様に言いつけるわよ、この件に関しては私が上だと了解は取ってあるはずよ、イチョウ様に逆らう気? 元のカエルに戻りたいの? 」
「グゲゲッ、わかった。豆腐小僧はお前が好きにしろ、だが人間は俺たちが食う」
「好きになさい、人間など興味は無いわ」
「何を言ってるんすか、止めるっすよ、オレっちたち豆腐一族は悪戯はするけど人間を殺したりはしないっすよ、豆腐を作った人間を尊敬して共存してるっす」
「そんな格好で言ってもちっとも怖くはないわよ」
睨み付ける豆腐小僧の髪を掴んで豆腐小娘がニヤッと不気味に笑った。
「全部で8匹だぜ」
痺れながら化けガエルを数えていた秀輝が言うと宗哉が頷いた。
「お前たち化けガエルどもを倒せ!! 」
苦しげに息をつきながら宗哉が大声で命じた。
それまで無表情で動かなかった戦闘用メイロイドたちが一斉に動き出す。
「ゲゲッ、何で動ける? 」
驚く化けガエルを戦闘用メイロイドが殴り倒していく、
「ララミとサーシャは僕たちを守れ」
「了解デス」
「わかりました。英二さんを連れてきます」
サーシャが宗哉の前に立ちララミが英二を連れて後ろに下がる。
豆腐小僧が豆腐小娘の手を振り解いてやってきた。
人間と違いそれほど痺れていない様子だ。
「これを食べるっす。薬効豆腐っす。毒が抜けて痺れがとれるっすよ」
豆腐小僧が懐から豆腐を取り出す。
「妖怪豆腐か…… 」
「カビ生えたりしないだろうな? 」
躊躇する宗哉と秀輝の前で英二が薬効豆腐に齧り付く、
「さっさと痺れを取ってカエルどもを片付けようよ」
「妖怪豆腐でも何でも食ったらぁ、豆腐小僧は仲間だしな」
秀輝も食べるのを見て宗哉も豆腐に口を付けた。
「本当だ。痺れ取れたよ」
先に食べた英二が立ち上がる。
「ゲゲゲッ、させるか」
白斑のアオガエルが大きく口を開いた。
「これでも食らえ!! 」
アオガエルが白濁した粘液を飛ばす。
豆腐小僧が被っていた編み笠をサッと下ろした。
「イボガエルと同じ粘液っす。そんなものは効かないっすよ」
編み笠で粘液を防ぐと豆腐小僧が振り返る。
「あいつはオレっちが倒すっす。英二たちは妹と残りのカエルを頼むっす」
「わかった。豆腐小娘さんはララミとサーシャに捕まえて貰うよ」
英二がこたえると豆腐小僧は安心顔で頷いて白斑のアオガエルに向かって行った。
「ララミ、サーシャ、豆腐小娘さんを捕まえるんだ」
宗哉の命令でララミとサーシャがサッと動く、
「残りの化けガエルは7匹だ。5匹は戦闘メイロイドで余裕だな、あとの2匹が俺たちの相手だぜ」
痺れも取れたのか秀輝が立ち上がると大型警棒をブンブンと振る。
「感電しないように気を付けろよ秀輝」
「それは英二に言ってくれ」
「めっちゃ痛いぞ」
「了解だ。行くぞ英二、宗哉」
悪戯っ子のような笑みをしながら3人が7対5で乱戦となっている戦闘用メイロイドたちの中へと入っていく。
「こなクソ!! 」
戦闘用メイロイドが投げて転がしたトノサマガエルに英二が警棒を振り下ろす。
「ゲヒッ、ゲゲゲゲーーッ 」
スタンガンで痺れたトノサマガエルが手足をビクビクと突っ張らせる。
「止めだ宗哉」
宗哉と一緒に警棒を押し付けるとトノサマガエルが泡を吹いた。
「ググッ、ギヘェエェ~~ 」
絶叫を上げながらトノサマガエルが泡に包まれて小さくなっていく。
近くで戦闘用メイロイドと掴み合っていたイボガエルを殴りつけようとした秀輝が手を止める。
「離れろ、お前まで痺れるぜ」
戦闘用メイロイドは無表情のまま戦いを止めない。
トノサマガエルに警棒を突き立てていた宗哉が振り返る。
「無駄だよ、僕とララミとサーシャの命令しか利かないよ」
「じゃあ離れるように言ってくれ、スタンガンが使えないぜ」
「心配無い、ララミもサーシャも他のメイロイドも絶縁ラバーで覆われている。スタンガンくらいの電気なら問題ない、戦闘用は更に強化されているのでサンレイちゃんの雷でも食らわない限り機能停止はしないよ」
「了解した。じゃあ遠慮無くやらせて貰うぜ」
戦闘用メイロイドと掴み合うイボガエルに秀輝が警棒を振り下ろした。
「ゲヘッ 」
電気ショックでイボガエルが引っ繰り返る。
「こいつは僕がやる。お前たちは他の5匹の相手だ」
掴み掛からんとした戦闘用メイロイドに宗哉が命じた。
戦闘用メイロイドは一礼すると他に戦っている化けガエルたちに向かって行った。
引っ繰り返ったイボガエルを英二と秀輝と宗哉の3人が囲む、
「ゲゲッ、待ってくれ、助けてくれ…… 」
「安心しろ普通のカエルに戻るだけだよ」
英二が警棒を押し付ける。
「ゲヒッ、厭だ……戻りたくない…… 」
ビクビクと痙攣するイボガエルに秀輝と宗哉が警棒を突き立てる。
「嫌も何もカエルだろ、山犬に力を貰っただけだろが」
「人を食おうとするカエルを許すわけ無いよ」
「ゲヒィ~~、ゲヒヒィ~~~ 」
断末魔の叫びを上げてイボガエルが泡に包まれて小さくなっていった。
英二がまだ戦っているメイロイドたちを見つめる。
「一対一じゃ余裕だね」
「データーを取りたいから手を出さないでくれ」
「化けガエルと戦うデーターが何の役に立つんだ? 」
警棒を握り締める秀輝に宗哉が爽やかスマイルを向ける。
「わからないけど滅多に取れるデーターじゃないだろ」
「まあな、勝ってんだから別にいいけどよ」
肩の力を抜く秀輝を見て英二と宗哉が楽しそうに笑う。
「そっちも終わりそうっすね」
藪を掻き分けて豆腐小僧が出てきた。
「ボスガエル倒したのか? 」
「余裕っす」
英二を見てニカッと笑ってこたえると豆腐小僧が辺りを見回す。
「それより妹は? 逃がしたっすか? 」
「ララミとサーシャが追ってるよ」
「そうっすか……あの2人なら任せても大丈夫っすね」
少し話している間に戦闘用メイロイドが化けガエルを全て倒した。
「終わったみたいだし豆腐小娘さんを探しに行こうか」
英二が歩き出そうとすると豆腐小娘がサーシャとララミに両腕を掴まれてやってくる。
「離しなさいよ、何てバカ力なの、痛いって言ってるでしょ」
「逃がしませんデスから」
「御主人様の命令です。たとえ破壊されても離しません」
「眠り豆腐も幻豆腐も効かないし、何なのよあんたたちは」
ララミとサーシャの頭や肩に崩れた豆腐が乗っている。
豆腐小娘が逃げるのに術を使ったのだがメイロイドである2人には効かなかった様子だ。
「旨く捕まえたみたいだね」
「まったく、簡単に捕まるなんて豆腐一族の恥っす。妹は町では不要だとか言って編み笠と皿を村に置いてきてるっすよ、妖怪豆腐以外に使える武器を持って無いっす。だから英二たちでも捕まえられるっすよ」
安堵する英二の隣で豆腐小僧が溜息をついた。
「お前が捕まえてくれって言ったんだぜ、何不服そうな顔してんだよ」
秀輝がニヤッと意地悪顔だ。
「そうっすけど人間に簡単に捕まえられると複雑っすよ」
「メイロイドだからね、サーシャとララミは人間の3倍の力があるから捕まえられたんだと思うよ、俺と秀輝だったら逃がしてたよ」
「いや俺なら捕まえるぜ、可愛い豆腐小娘さんに抱き付いて離さないぜ」
「凄く厭らしい顔してるっすよ、妹に変な事したら秀輝でも許さないっすからね」
緩みきった顔で豆腐小娘を見る秀輝に豆腐小僧が怖い顔だ。
「あはははっ、秀輝はいつもこんな感じだから許してやってよ」
英二の前に豆腐小娘が引き摺られるようにしてやって来た。
「何笑ってんのよ、このバカ力からさっさと離すように言いなさいよ」
「違うから、豆腐小娘さんを笑ったんじゃないからね」
豆腐小娘に睨まれて英二が必死で言い訳だ。
「離すわけないっすよ、そのまま捕まえとくっす。そのまま運んで車に乗せるっすよ」
「人間なんかの手を借りて恥ずかしくないのお兄ちゃん」
「卑しい化けガエルと組むような奴に言われたくないっすよ」
「あいつらは利用しているだけよ、美味しい妖怪プリンを作るためなんだから一緒にしないで欲しいわね」
「お前がくだらないことを考えるからオレっちは人間の手助けを頼んだっすよ」
「くだらないですって、古くさい豆腐なんかよりプリンの方が美味しいじゃない、豆腐作りすぎで頭腐ってんのよ」
「オレっちはともかく豆腐をバカにするなんて許せないっす」
今にも喧嘩を始めそうな2人の間に英二が割り込む、
「喧嘩はダメだよ、落ち着いて話し合おうよ」
「人間は引っ込んでろ」
ララミとサーシャに挟まれるように腕を掴まれたまま豆腐小娘が英二を蹴った。
「痛てっ! 」
英二がしゃがんで脛を摩る。
「いい加減にするっすよ」
豆腐小僧が豆腐小娘の頭を叩いた。
「逃げないように捕まえたままで運ぶっす。文句言ったら殴ってもいいっすからね」
「言う前に殴ってるじゃない!! 人間にまで殴っていいなんて何言ってんのよ!! 」
怒鳴る豆腐小娘に爽やかスマイルの宗哉がまあまあと手を振る。
「女の子を殴るようなことはしないよ、逃がさないようにはするけどね」
笑顔から一転、宗哉がマジ顔でララミとサーシャに命じる。
「ララミ、サーシャ、豆腐小娘さんを絶対に離すな、そのまま連れて車にも一緒に乗れ」
「了解デス、決して離しませんデスから」
「車の中でも捕まえていればいいのですね、命令あるまで何があっても離しませんので御安心下さい」
豆腐小娘を挟むように捕らえながらサーシャとララミが一礼した。
「可愛いけど一寸な…… 」
今まで黙って見ていた秀輝が呟いた。
キツい性格は苦手らしい。
山を降りようと獣道を歩き出して暫くして藪の向こうから声が聞こえてきた。
「何を騒いでいる」
「イチョウ様!! 」
豆腐小娘がパッと顔を上げた。
「ヤバいっす。さっさと逃げるっすよ」
豆腐小僧が藪に向かって構える。
「山犬か! 」
英二たちが藪を見つめる。
ゴソゴソと藪を揺らして少女が現われた。
短い癖毛に大きな目、歳は12歳くらい、シャツにショートパンツに素足、間違いないこの前現われた妖怪山犬である。
「この前の人間たちか……豆腐小娘を連れ戻しに来たのだな」
妖怪山犬がジロッと睨む、睨んでいるはずなのに何処か焦点が合っていないような感じもした。
「2枚皿! 」
豆腐小僧が先制攻撃だ。
2枚の皿が山犬を左右から挟むように突き刺さった。
「やった」
英二が声を上げる。
化けガエルを一撃で倒す皿攻撃だ。
「がふふん、何をやったんだ? 」
山犬が刺さった皿を難無く抜くと放り投げた。
「効いてないっすか、オレっちの妖力を最大限で込めたっすよ」
驚く豆腐小僧を見て山犬が鼻を鳴らす。
「がふふ、儂を誰だと思っている。この山を支配する神をも越える妖怪だ。こんなものが効くわけないだろう」
「これならどうっすか」
豆腐小僧が編み笠をサッと投げる。
「がふふん」
妖怪山犬がバッと後方へ飛んで藪の中へと入った。
「今のうちに妹を連れて逃げるっすよ」
「そうだね豆腐小娘さんも捕まえたし予定通りに退却だね、宗哉任せたよ」
英二を見て宗哉が頷く、
「お前たち行け!! そいつを倒せ」
宗哉の命令で5人の戦闘用メイロイドが藪の中へと入っていく、
「逃げるよ、ララミとサーシャは豆腐小娘さんを連れて先に行ってくれ」
「英二くん了解デス」
「何すんだ! 離せよ」
豆腐小娘を引き摺ってララミとサーシャが獣道を下っていく、
「俺たちも逃げるよ」
「わかった」
宗哉と逃げ出そうとした英二が振り返る。
「何やってんだ秀輝逃げるぞ、豆腐小僧も…… 」
「一寸待つっすよ」
英二の言葉を豆腐小僧が遮った。
「待てよ、戦闘用メイロイドが押してるぜ」
秀輝に言われて英二が藪を見る。
「本当だ。このまま山犬を倒せるんじゃないのか? 」
5人の戦闘用メイロイドが妖怪山犬を押していた。
「5対1だからね、それなりに戦えるとは思っていたけどね」
宗哉が自慢気だ。
メイロイドに殴り飛ばされた山犬が立ち上がる。
「がふふん、お前ら人間じゃないな……機械という奴か」
間髪入れずに他のメイロイドが山犬を蹴り飛ばす。
「がっがふ、がふっ、ががっ」
倒れて咳き込む山犬を見て秀輝がガッツポーズだ。
「よっしゃ~、マジでイケるぜ」
「ここで倒せるなら逃げる必要ないね、痛めつけて攫った人たちを助け出そうよ」
楽観する英二の手を豆腐小僧が引っ張った。
「逃げるっすよ、奴は本気じゃないっす」
「本気ってあの毛むくじゃらの姿か? でも大丈夫だぜ、戦闘用メイロイド2人にてこずってるんだぜ、5人居れば毛むくじゃらになっても勝てるだろ」
軽口を叩く秀輝に豆腐小僧がマジ顔で振り向く、
「今も本気じゃないっすよ、遊んでるだけっす。奴が本気を出せば…… 」
豆腐小僧の言葉が終わらぬ内に戦闘用メイロイドの1人が吹っ飛ばされた。
「よくできた機械だな、人間より強いぞ、だが儂の相手には不足だな」
少女の姿が変わっていく、全身に毛の生えた2本足で立つ犬のような姿に変わった。
長い毛に覆われて顔ははっきり見えないが長く伸びた口とその先につく鼻から犬や狐のような顔だと思われる。
「がふふん、先ずはお前たちだ」
山犬がバッと跳んで囲んでいた戦闘用メイロイドたちの前に出る。
周りをクルッと回ったと思うとメイロイドが3人その場に倒れた。
「なっ何が………… 」
言葉を失う英二の前で残りの2人のメイロイドに山犬が襲いかかる。
山犬がメイロイドの腹に腕を突き刺す。
ピッピヒィーー、電子音を上げてメイロイドが倒れる。
最後の一人が殴りかかっていくが山犬は跳んで避けると同時にその首を捻り落とした。
「逃げるっすよ」
「おお…… 」
豆腐小僧の声で走り出す英二の目に吹っ飛んでいく秀輝が映る。
「秀輝!! 」
叫んだ足下に何かがぶつかる。
「宗哉!! 」
ぐったりした宗哉が倒れていた。
「オレっちが時間稼ぎをするっすよ、秀輝と宗哉を連れて逃げるっす」
英二が振り向くと豆腐小僧が決死の顔をしていた。
「でも…… 」
「オレっちが巻き込んだっす。妹を頼むっすよ」
「 ……ごめん」
宗哉を抱きかかえて英二が走り出す。
後ろで豆腐小僧が山犬に突っ込んでいく、
「秀輝、大丈夫か秀輝、秀輝」
「うぅ……くそっ、痛てて…… 」
ヨロヨロと秀輝が立ち上がる。
「英二…… 」
名前を呼ぶがその目は英二を見ていない。
バッと英二が振り返る。
「逃がすと思うか」
「ひぃっ! 」
悲鳴を上げる英二の直ぐ前に山犬が立っていた。
上げた手に頭から血を流す豆腐小僧が吊されていた。
「ああ……豆腐小僧が………… 」
もうダメだと竦んで動けない英二の目が光で霞む、
ゴゴゴーーン!!
地面が揺れて鼓膜が破れるかというような雷鳴が轟いた。
「がわぁあぁ~~ 」
眩しさに思わず閉じた目を開くと悲鳴を上げて吹っ飛んでいく山犬が見えた。
「ああ…… 」
抱きかかえていた宗哉の声に英二が振り向く、
「V・V・V、ビクトリ~、サンレイちゃん登場だぞ」
満面の笑みで立つサンレイを見て英二だけでなく秀輝や宗哉がその場に固まった。