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第17話

 大型バンが高野山に連なる山の麓で停まった。


「5日後に英二の町へ行くっす。今日は本当に世話になったっす。オレっち本当言うと人間の事はよく思ってなかったっすよ、でも見直したっす」


 ペコッと頭を下げる豆腐小僧の向かいで英二が照れ臭そうに頭を掻いた。


「その通りだよ、戦争とか自然破壊とか言われたら良く思われなくて当然だ。少しでも役に立ててよかったよ」

「英二はお人好しだからな、殆どの人間は悪い奴だって認識でいいぞ」


 小乃子がいつもの意地悪顔だ。


「分かったっす。でも小乃子や秀輝や宗哉に委員長みたいな良い人間も居るって分かっただけでも町へ出た甲斐があったっすよ」


 溜息をついた後で委員長が自身を指差す。


「私は委員長って名前じゃないからね、芽次間菜子よ、クラス委員をしてるから委員長って渾名なの」

「そうだったんすか? みんな委員長って呼んでるから名前だと思ってたっす。今度から気を付けるっすよ芽次間さん」

「学校の外でも友人はみんな呼んでるから委員長でいいわよ、それよりも援軍とか言ってたけど仲間の豆腐小僧でも呼ぶの? 」

「そういや言ってたね、援軍って」


 思い出したのか英二だけでなくその場の全員が注目だ。


「オレっちたち豆腐一族が数人いても山犬には敵わないっす。それに妹が秘伝書を持ち出したことは秘密っす。仲間に知られるわけにはいかないっすよ」

「じゃあ援軍って何なんだ? 」

「代々伝わる妖力の籠もった豆腐を持ってくるっす。その豆腐を使って援軍を呼ぶっすよ、旨く行くかどうかは分からないっすから詳細は話さないっす」


 勿体つけていると言うよりあまり話せない様子だ。

 委員長が腕を組んで考える。


「5日後って随分空くわね、その間にまた行方不明が出るんじゃないの? 」


 小乃子が同意するように頷く、


「妹のことも心配だろ、土日にどうにかしたほうがいいんじゃないのか、あたしらもそのほうがいいよな」

「そうだね、土日に山狩りをしたらどうかな? 化けガエルは銃でどうにかなりそうだし僕がハンターを雇うよ」


 宗哉のアイデアに小乃子が乗る。


「それいいね、山犬には銀の弾丸を用意してさ」

「無駄っす。銀の弾丸なんて利かないっすよ、狼男の伝説は所詮人間が作った話っす」


 顔を顰める豆腐小僧に小乃子が不服そうに口を開く、


「じゃあ5日間手をこまねいて見てろっていうのか? 」

「5日で済まないっす。豆腐を使って援軍を呼ぶのに1日程掛かるっすよ、合わせて6日~7日は掛かるっす。その間に被害者が出るのは心配っすけど妖力の籠もった豆腐は月曜にしか蔵から出さないっす。それまで操られた人が来ないように山犬のいる山をオレっちが監視するっすよ」


 秀輝がニヤッと悪い顔になる。


「その豆腐ってのは黙って持ち出すんだろ、旨く持ち出せるかどうか分からないって事だから詳細も話せないって事だ」

「そうっす。流石秀輝っす。悪いことは直ぐに分かるっすね」

「まあな、豆腐小僧の凄く悪い顔見たらピンときたぜ」


 悪ガキのような笑みをして返す豆腐小僧を見て秀輝が楽しそうに笑った。


「無断で持ち出すって怒られないのか? 」


 2人と違い英二が心配顔で訊いた。


「秘伝書と同じっす。バレたら放逐ものっすよ、でも事が旨く運んだらどうにか執り成して貰うっすよ、それができるものを援軍として呼ぶっすからね」

「何だか分からんが5日後だな了解した」


 自信満々の豆腐小僧を見て英二はそれ以上聞くのを止めた。


「5日後って今日が金曜日だから火曜日だな、丁度バイト休みだぜ」

「僕は英語の家庭教師を断って空けておくよ」

「あたしらは別に用事はないからいつでもOKだぞ」


 秀輝たちを見回して豆腐小僧がペコッと頭を下げた。


「サンレイ様が英二たちを選んだわけが分かったっす。優しいだけじゃなくて強い心を持ってるっす。山犬と戦うなんてオレっちたち豆腐一族でも逃げ出すヤツがいるっすよ」

「サンレイちゃんの名前を出されたら断れないぜ、なんたって俺たちにとってサンレイちゃんとハチマルちゃんは特別なんだ」

「そうだな、神様ってだけじゃない、大事な友達なんだ。消滅したんじゃなくて眠っているだけって聞いて本当に安心したよ」


 感慨深く言う秀輝と英二を豆腐小僧が見上げる。


「会いたいっすか? 」


 小乃子がバッと前に出る。


「当たり前だ。あたしと菜子はお別れもしてないんだぞ」

「突然だったからね」


 目に涙を浮かべる小乃子としんみりと言う委員長を見て豆腐小僧が優しい顔になる。


「そうっすか……禁を犯す目的がもう1つできたっすよ、じゃあオレっちは帰るっす」

「目的って…… 」


 英二に何もこたえず豆腐小僧はまたペコッと頭を下げると車を降りて薄暗くなった山道を歩いて消えていった。



 5日後、学校帰りの英二の前に豆腐小僧が現われた。


「秘伝の豆腐を旨く持ち出せたっすよ」


 豆腐小僧が悪戯っ子のような笑みを見せた。


「バレたら放逐だろ? お前見掛けによらず結構やるな」

「本当だよ、妹には町へ出るなって言ってた癖にね」


 ニヤッと悪い笑みをする秀輝の隣で英二が苦笑いだ。


「緊急事態っすから仕方ないっす。それに旨く行けばお咎め無しにできるっすよ」

「で、どうするんだ? その秘伝の豆腐を使って援軍を呼ぶって言ってたよね」


 興味深げに聞く英二を秀輝が押し退ける。


「その前に秘伝の豆腐ってどんなのだ? 持ってるんだろ? 見せろよ」

「今は見せないっす。不浄な外の空気に触れさせるわけにはいかないっす」

「そんじゃあ援軍ってのは誰なんだ? 」

「自信満々みたいだから山犬よりも強い妖怪なのは分かるけどさ」

「そうっす。誰よりも頼りになる援軍っすよ」


 2人を見る豆腐小僧がドヤ顔だ。


「豆腐は持ち出せたんだろ? 勿体振らずに教えろよ」

「英二や秀輝がよく知っている相手っすよ」

「俺たちがよく知ってる? 」


 首を傾げる秀輝の隣で英二がハッとしてマジ顔になる。


「サンレイ……サンレイのことか! 」

「当たりっすよ、サンレイ様を起こしに行くっすよ」


 秀輝がガバッと豆腐小僧の両肩を掴む、


「マジか!! マジでサンレイちゃんを起こせるのか」

「保証はないっす。どの程度力を失って眠りについたのかオレっち知らないっすから、でも聞いた話しだったらサンレイ様はハチマル様ほど力を使ってないはずっすよ、それならたぶん起こせると思うっす」

「マジか……マジかよぉ~~ 」


 秀輝が涙を流しながら大声だ。


「サンレイが…… 」


 英二が呆けたように呟いた。


「と言うわけっすからサンレイ様の眠っている祠に案内するっすよ」


 2人のテンションが一気に上がった。


「マジなんだな、マジでサンレイちゃんを起こせるんだな」


 秀輝が豆腐小僧の両肩を持って前後にブンブン揺する。


「サンレイにまた会えるんだね、本当に起こせるんだね」


 英二が豆腐小僧の手を包むように握り締めた。


「揺れてるっす。頭がフラフラっす。止めるっす。マジっすから止めるっす」


 豆腐小僧が2人を振り解く、


「2人とも落ち着くっす。マジっすから祠に案内するっす」

「うん、案内でも何でもするよ、サンレイは祠じゃなくて俺の田舎の蔵にあるパソコンで眠ってるんだ」

「俺も何でもするぜ、サンレイちゃんに会えるなら全財産使ってもいい」

「直ぐに行こうバイトしてるから金はあるし……今からだと電車より車の方が早いかな? 明日は学校休まないとな」


 はしゃぐ英二の隣で秀輝がスマホを取り出す。


「宗哉に車を出して貰うぞ」

「あっ、宗哉か、それが一番だな、小乃子と委員長にも教えないと」


 英二もスマホを出して小乃子に電話を掛ける。



 30分後、英二の家に秀輝と小乃子と委員長が集まる。

 もちろん豆腐小僧もだ。

 宗哉は遅れてくるとの連絡があった。


「英二の部屋に入るの小学生の時以来だな」

「あんまし見るなよ急だったんで掃除とかしてないからな」


 ジロジロ見回す小乃子に英二が嫌そうな顔だ。

 秀輝は勝手にベッドに寝転がっている。


「俺は今でもちょくちょく来るけどな、ガキの頃はゲームしによく集まったよな」

「そうそう、仁史さんが最新ゲーム持っててみんなでやったよな」


 小乃子がニコニコしながら相槌を打つ、仁史とは英二の兄のことだ。


「秀輝はともかく小乃子もよく来てたよな、結構ゲーム旨かったし……でも何で来るようになったんだっけ? 」

「あれじゃね、英二が風邪引いて休んだときに俺がプリント持ってきて小乃子も一緒だったんだ。それでゲームやって…… 」


 秀輝の話を英二が遮った。


「違う、思い出した。俺が休んで秀輝がプリント持ってくるはずが自分のプリントごと学校に置き忘れてそれで小乃子に電話して2人分のコピーを頼んだんだ」


 一息ついた英二の代わりに小乃子が続ける。


「そうそう、それでコンビニでコピーして英二の家に持ってきたらおばさんがシュークリームあるから食べて行けって、それで英二の部屋に上がってゲームしたんだよ」


 また思い出した顔をして英二が続ける。


「その時に秀輝がゲーム負けたんだよ、決着つけるって次の日も小乃子を呼んでゲームしてるうちにちょくちょく来るようになったんだ」

「えーっと、細かいことはいいだろ、ゲームは大勢でやった方が楽しんだからな」


 ばつが悪そうに言う秀輝を見て委員長が口を挟む、


「小乃子に誘われて私も3回ほど来たことあるわよ」

「女1人じゃつまらんから誘ったけど菜子はゲームしないもんな」

「うん、見てるだけだったわよ、でも英二くんのお兄さん格好良かったからね」

「仁史さんは格好良かったよな、あたしも仁史さん目当てに来てたんだ」


 顔を見合わせて笑う小乃子と委員長を見て英二が愚痴る。


「まったく女どもは…… 」

「そういや仁史さんまだ帰ってこないのか? 」


 小乃子に聞かれて英二が不機嫌になる。


「馬鹿兄貴なら知らん、年に2度ほどふらっと帰ってくるけどまたすぐに出て行くからな、この前なんか俺の金勝手に持っていきやがった」

「へぇ意外だね、仁史さんって真面目なタイプじゃなかったっけ」


 笑う委員長を見て英二が益々不機嫌だ。


「逆だよ逆! 委員長や小乃子がいるときだけ良い子ぶってるんだ。俺がどんな目に遭っていたか居なくなって清々してるよ」


 秀輝がニヤッと口元を歪ませて口を挟む、


「確か修業の旅に出てるんだって? 坊主にでもなるつもりなのか」

「知らん、遊び回ってるだけだろ、兄貴の話より今はサンレイだ」


 余程嫌なのか英二が話題を変えた。

 秀輝に奢って貰ったプリンを美味しそうに食べていた豆腐小僧が口を開く、


「成る程っすね、英二に兄さんが居るなんて初めて聞いたっすけどサンレイ様が認めただけあるっすよ」

「何のことだ? 」


 英二だけでなく全員が注目する。


「向かいがハチマル様とサンレイ様が居た部屋でその隣が兄さんの部屋っすよね」

「よく分かったな……何で分かったんだ」


 豆腐小僧がドアの向こう、兄の部屋を指差す。


「力を感じるっすよ、サンレイ様が認めただけあって英二には霊力があるっすよ、その英二よりも強い力を兄さんの部屋で感じるっす。力の残り香というか残留思念というか、年に数回しか帰ってこないのにこれほど強い力を感じるのは凄いっすよ」

「力のことはサンレイとハチマルも言ってたけど只の馬鹿兄貴だよ、俺だってさ……霊力あるって言われても何もできない、サンレイを助けてやることもできなかった」


 寂しそうにぼそっと言った。

 自身に霊力があると言われても今一ピンとこない、何も出来ない力など無いのと同じだと考えている。


「それは違うっすよ、英二に力があるからサンレイ様は目覚めたっす。その御陰でオレっちも出会うことができたっすよ」

「でも俺は何もできなかったんだ……サンレイには助けて貰ってばかりで………… 」

「サンレイ様もハチマル様も気難しい神様っす。その御二人が認めたんすよ」


 ベッドに寝転がっていた秀輝が上半身を起こした。


「霊力とかどうでもいいぜ、行き成り悪霊とか言われても何もできなくて当たり前だろ、だから今度は何かできるようにって鍛えてんだろ、あんな気持ちは二度と味わいたくないからな、そうだろ英二」

「うん、腕立て伏せも走るのも前の3倍はできるようになった。サンレイに見せてやりたい、早くサンレイに会いたい…… 」


 思い詰めた顔の英二の背を秀輝がバシッと叩いた。

 湿っぽいのが嫌いなのか小乃子が明るい声を出す。


「サンレイを起こす豆腐ってどんなのだ? 」

「俺も聞いたんだが見せるどころか教えてもくれないぜ」


 秀輝をチラッと見てから豆腐小僧が口を開いた。


「高野豆腐っすよ、豆腐一族が三百年間妖力を注いできた秘伝の三百年高野豆腐っす」

「なっ俺には教えなかったくせにこの野郎」

「小乃子は秀輝と違って優しいっすからね」


 睨む秀輝を見て豆腐小僧が意地悪顔で笑った。



 車が止まる音がして英二が窓の外を見る。


「宗哉だ」

「バンだけどこの前の10人乗りじゃなくて一回り小さいぜ」


 秀輝の言う通り宗哉が乗ってきたのは普通の6人乗りのバンだ。

 ドアホンが鳴る前に英二が玄関から出る。


「みんな待ってるよ」


 英二に招かれて宗哉が2階へと上がる。


「あの車じゃ全員乗れないぜ」


 顔を顰める秀輝に宗哉がいつもの爽やかスマイルだ。


「その事なんだけど車じゃなく自家用機で行くことにした。英二くんの田舎は四国の高知だよね、飛行機なら2時間掛からない、空港に車を待たせておけば片道3時間で行けるだろ、そのほうがいいと思ってね」

「飛行機か流石だな……でもよう、空港まで行くんだろ? あの車6人乗りだろ」


 秀輝が一瞬緩めた顔をまた顰める。


「心配無い、ララミは先に空港へ行かせてある。僕と英二くんと秀輝と豆腐小僧とサーシャと運転手の6人だ」

「何! あたしと菜子はどうすんだよ」


 小乃子が一段高い声を出して宗哉を睨む、


「自家用機といっても小さい飛行機だからパイロットの他には6人しか乗れない、済まないが委員長と久地木さんには留守番を頼む」

「なんだよ、6人乗れんだろ、だったらサーシャとララミが留守番すれば英二と秀輝と宗哉と豆腐小僧とあたしと菜子で丁度6人だろ」

「そうよね、丁度6人乗れるじゃない」


 不服そうにいう小乃子の隣で委員長が怪訝な顔だ。


「サーシャとララミは僕のボディガードだ。2人がいるから僕はこうして自由に歩き回れる。2人がいなくても代わりの誰かが付くだけだよ、だから委員長と久地木さんの席は無い、悪いとは思うが留守番していてくれ」

「 ……わかったわよ、私と小乃子は留守番でいいわ」


 普段は女性を優先する宗哉の態度に委員長が何かピンときた様子だ。


「何言ってんだよ、あたしは嫌だからな、この前だって除け者にして…… 」


 小乃子の腕を委員長が引っ張る。


「止めなさい小乃子」

「だって………… 」


 委員長のマジ顔に小乃子が黙り込む、


「小乃子、留守番しててくれ、サンレイが起きたらまたみんなで遊びに行こうよ、小乃子の好きな場所でいいからさ」

「そうだね、みんなで行こう、僕が奢るよ、だから今日は我慢してくれ」


 英二と宗哉が優しい声を掛けた。


「約束だからな……だからサンレイ連れて絶対帰って来いよ」


 拗ねるように言う小乃子の手を英二が握る。


「わかった。約束だ」

「なっ!? 何すんだ? ハズいことすんな」


 真っ赤な顔をした小乃子が英二の手を払い除けた。


「じゃあ行ってくるよ」

「気を付けてね」


 立ち上がった英二たちに委員長が声を掛ける。

 車に乗って空港まで行く英二たちを小乃子と委員長が家の前で見送る。


「 ………… 」

「サンレイちゃんがいれば大丈夫よ」


 不安気な小乃子の背に委員長がそっと手を当てた。



 午後6時過ぎ、小型ジェット機が飛び立った。

 英二と宗哉が並んで座り、前にララミとサーシャが後ろに豆腐小僧と秀輝が座っている。


「6人乗りって言ってたよな」


 後ろの席から顔を出して秀輝が宗哉を睨み付ける。

 セスナのような飛行機と思っていたが実際は違った。

 確かに小型の自家用ジェット機だが座席は12席ほどあり小さなラウンジまで付いていた。


「なんで小乃子と委員長を置いてきたんだ」


 宗哉と並んで座る英二も怪訝な表情だ。


「僕が自家用機にしたのは速いだけじゃない、もう1つ理由がある。委員長と久地木さんを危険な目に遭わせたくない、サンレイちゃんを起こしたらそのまま高野山へと向かう、ハチマルさんも起きるのなら大勢で行っても大丈夫だろうけどサンレイちゃん1人なら足手纏いは少ない方がいい、僕も足手纏いだと自覚している。でも僕はサンレイちゃんに大きな借りがある。だから僕が付いていくのは許して欲しい」


 隣で頭を下げる宗哉の肩に英二が手を置いた。


「宗哉……もちろんだよ、今も宗哉が居るからこうして飛行機に乗ってるんだ。この前だって宗哉が車を出してくれたからみんなで行くことができたんだ。それにサンレイもハチマルも怒ってなんかないよ、貸しだなんて思ってないよ」


 秀輝が後ろから出していた頭を引っ込める。


「そうだな、サンレイちゃんならアイスで許してくれるぜ、それから俺たちも足手纏いさ、でもな男だからな、だから行こうぜ、宗哉も男だって事だ」

「英二くん、秀輝……ありがとう」

「それにララミとサーシャは役に立つからな」

「そうだね、俺たちよりよっぽど役に立つよね」


 嬉しそうに顔を上げた宗哉を見て英二と秀輝が笑った。

 秀輝の隣で豆腐小僧がパッと顔を明るくする。


「何かいいっすね、オレっちもその中に入りたいっすよ」

「もう入ってるぜ、妖怪も人間も関係ない俺たちは友達だ」

「秀輝の言う通りだよ、サンレイが縁で繋がった友達だよ」

「サンレイちゃんは神様だから凄い縁だね」


 宗哉の隣で英二が顔を歪める。


「神様って言ってもサンレイは悪戯の神様みたいなもんだからな」

「英二の田舎でずっと祀ってきたんだろ? 神様の縁って言うよりも腐れ縁ってやつじゃないのか? 」

「あ~酷いっす。サンレイ様に言ってやるっすよ」

「ちょっ、ちょっ、冗談だからな、サンレイちゃんに嫌われるようなこと言うなよ」


 意地悪顔で言う豆腐小僧の隣で秀輝が焦ってどもる。


「心配無いよ、アイスやれば大丈夫だ。アイスクリームくれる人は全部いい人ってのがサンレイだからさ」

「そんな犬みたいな……本当っすか? 」

「サンレイちゃんアイス大好きだからな」


 焦っていた秀輝が笑うのを見て豆腐小僧の怪訝な顔が驚きに変わる。

 何か思い付いたのか宗哉が爽やかスマイルだ。


「そうだね、途中でダッツでも買って持っていこうよ」

「普通のコンビニアイスでいいよ、起きて直ぐにダッツなんか食べさせたら次の日からダッツ食わせろって大変だよ」

「オレっちが知ってるサンレイ様のイメージと全然違うっす」

「豆腐小僧の知ってるサンレイってどんなの? 」


 驚き顔のまま豆腐小僧が話し始める。


「サンレイ様は山の神様で美しくて優しくて自然を愛する立派な神様っすよ、まさに女神様って感じっす」

「美しいって言ってもちびっ子だからな」

「何言ってんすか? サンレイ様は大人の女性っすよ、女神様っすよ」


 豆腐小僧の言葉で英二と秀輝と宗哉が互いの顔を見合わせる。


「大人って……豆腐小僧よりも小さいぜ」

「何言ってんす。オレっちどころか妹よりも背が高くて美人で胸も大きくてスタイルいいっすよ」

「そう言えば消える前に大きくなってたよ」

「ああ……マジ可愛かったな、どことなくハチマルに似た感じの美人だったぜ」

「確かに綺麗だったけど大人の姿になるには力を使うから術の苦手なサンレイは幼女の姿が一番維持しやすいってハチマルが言ってたよ」


 思い出してニヤつく秀輝を見て英二が困り顔だ。


「大人の姿とちびっ子とどっちが本当なんだ? 」


 悩むような秀輝の隣で豆腐小僧が付け加える。


「大人の姿が本当っすよ、女神様っすから、基本的に優しいっすけど悪戯は好きみたいっす。オレっちもよく騙されたっすよ」

「ちびっ子でも美人でも中身は変わらないって事だね」


 溜息をつく英二を見て秀輝と宗哉と豆腐小僧が楽しそうに笑った。



 午後9時前に四国の高知の山奥にある英二の田舎へと着いた。


 祖父たちへの挨拶もそこそこに直ぐに蔵へ行ってサンレイの眠っているPC―9801VMを持って部屋へと運んだ。


「サンレイ様の気を感じるっす。吃驚したっすよ、祠じゃなくてこの箱の中に眠ってるっすね」


 PC―9801を前に豆腐小僧が神妙な顔だ。


「豆腐小僧は知らなかったのか、元の祠が道路工事で撤去されて怒ったサンレイが工事した人を祟ってその後新しい祠を作って祀ったんだけどサンレイとハチマルは気に入らなかったみたいで家の蔵にあったパソコンの中で眠ったんだよ」

「知らなかったっす。サンレイ様とは100年くらい前に会ったのが最後っすから」

「100年前って……それじゃあ知らなくて当然だね、道路工事は25年程前の話しだからさ」


 英二がパソコンとディスプレイを繋げながら苦笑いだ。


「そんな事よりサンレイちゃん早く起こそうぜ」

「そのパソコンの中に本当に眠っているのか」


 わくわく顔の秀輝の隣で宗哉が驚いている。


「よしっ繋げたよ、後は任せる」


 英二が豆腐小僧の背をポンと叩く、


「了解っす」


 豆腐小僧が懐から包みを取り出した。


「これが秘伝の妖怪豆腐、三百年高野豆腐っすよ」


 包みの中には茶色く固まった小さな高野豆腐らしきものが入っていた。


「そんなのでサンレイちゃん起きるのか? 」

「失礼っすね、豆腐一族が三百年間毎日妖力を注いで作った最高級の妖怪豆腐っすよ、言わば妖力の塊っす。サンレイ様は力を使い過ぎて眠りについたっすから力を与えれば起きるはずっすよ」


 自信ありげな豆腐小僧を英二が見つめる。


「はずって……確実じゃないのか? 」

「保証はできないっす。サンレイ様が失った霊力が三百年高野豆腐より遙かに大きいなら無理っすよ」

「話が違うぜ」


 秀輝が険しく眉を顰める。


「サンレイ様1人で祟り神を鎮めたのなら無理っすね、でもハチマル様と2人で鎮めたっす。話を聞くとハチマル様が祟り神の力を全て消し去ったとか、ならサンレイ様はそれ程力を使ってないはずっす。だからオレっちも禁を破って秘伝の豆腐を持ち出したっすよ」

「勝算はあるんだな、それじゃあ任せるぜ」

「ダメでも妖力はサンレイ様の力になるっす。起きるのが早くなるっすから無駄にはならないっすよ」

「どちらにせよサンレイのためになるなら任せるよ」


 英二を見て頷くと豆腐小僧がPC―9801の前に三百年高野豆腐を置いた。


「じゃあ始めるっす」


 何処から出したのか豆腐小僧が編み笠を出してサッと被る。

 妖怪姿に戻った豆腐小僧が何やら呪文を唱えると高野豆腐が光を放つ、


「負の力、否、高き野に到る富すなわち高野到富、我が一族の力を持ってそれを成す。三百年の時を経て縛れた力を今解き放たん」


 高野豆腐から溢れ出た光がPC―9801を包み込む、10分ほどして光が消えると高野豆腐は無くなっていた。


「終わったっす」

「サンレイは? 」

「出てこないぞ、どうなってるんだ」


 英二と秀輝の前で豆腐小僧が首を振る。


「妖力を注ぎ込むのは成功したっす。暫く様子を見るっすよ」

「起きない場合もあるって言ってたしね…… 」


 気落ちする英二の背を秀輝が叩く、


「もう10時前だし今日は泊まってサンレイちゃんが出てくるの待とうぜ」

「そうだね、高野山へは明日行けるように手配しておくよ」


 宗哉がスマホで電話を掛ける。


「うん……布団運ぶから手伝ってくれ」


 秀輝を連れて英二が部屋を出て行った。


「妖力が足りなかったっすか? サンレイ様……英二が待ってるっすよ」


 電話をかける宗哉の向かいで豆腐小僧が呟くように言った。


 十八畳はある田舎の広い客間に布団を敷いて4人で眠る。

 サンレイが眠っているPC―9801の前に豆腐小僧がその横に英二と秀輝と宗哉が並んで枕を並べた。

 ララミとサーシャは外に止めてある大型バンの中で待機している。


 深夜、寝ている英二の耳に何かが聞こえてくる。


「 ……サンレイ様………… 」


 そっと目を開けると豆腐小僧がパソコンの前に座っていた。


「やれることはやったっす……何で起きないんすかサンレイ様、英二や秀輝や宗哉が待ってるっすよ、小乃子と委員長だって………… 」


 起き上がろうとした英二の腕を隣で寝ていた秀輝が握って止める。

 振り返ると秀輝が黙って首を振った。

 秀輝だけじゃない、向こうで寝ていた宗哉もうっすらと目を開けていた。


「でも安心するっすよ、英二たちはこれ以上巻き込まないっすから、山へはオレっち1人で行くっす。英二を……サンレイ様の大切な友達を怪我させるわけにはいかないっす。妹と秘伝書はオレっちの命に懸けて奪い返すっす。オレっちこれでも強いっすよ、だから安心していいっす。だからできるだけ早く起きてください、英二が待ってますよ」


 言い終わると豆腐小僧は布団に潜るようにして横になった。


 英二もいつの間にか眠りについていた。

 鬱蒼とした山道を歩く英二の耳にか細い声が聞こえてくる。


「助けて…… 」


 道の奥に巨木が立っている。

 大人が3人横に並んでも隠れられるくらいに太い木だ。


「助けて…… 」


 か細い声と共に何とも言えない酸味のある臭い匂いが漂ってくる。


「臭い、何の匂いだ。あの木か? 助けてって…… 」


 歩き出そうとした時、左右の藪から首の無い武士が刀を振り上げて襲ってきた。


「ひぃっ、うわあぁあぁ~~ 」


 英二が悲鳴を上げて飛び起きた。

 大きな窓から日が差している。朝になっていた。


「 ……あぁ……夢か……よかった」


 呟く英二を秀輝と宗哉が横になったまま見上げていた。


「変な夢でも見たのか? 」


 目を擦りながら訊く秀輝に青い顔をした英二が頷く、


「うん、頭の無い落ち武者に襲われる夢だ。首を切られそうになって目が覚めるんだ」


 言った後で英二がハッと思い出す。


「同じ夢だ。前も見た…… 」

「気にすんなよ、色々あって神経が参ってるんだろ」


 秀輝は起きると伸びをしながらPC98に振り向いた。


「そんな事よりサンレイちゃんだ」


 英二と宗哉もPC98を見つめる。



 昼まで待ったがサンレイは起きてこない、PC―9801の前に英二たちが集まる。


「ダメか…… 」

「豆腐一族秘伝の三百年高野豆腐を使ってもサンレイ様は起きなかったっす。オレっちの力がまだまだ足りなかったっすね、期待させて済まなかったっす。でもあれだけの妖力を注いだっす。少なくとも眠っている時間は縮まったはずっすよ、遅くとも10年の間には目覚めるはずっす」


 豆腐小僧がバッと頭を下げた。


「世話になったっす。後はオレっちで何とかするっすから………… 」


 秀輝が豆腐小僧の背をドンッと叩く、


「じゃあ行こうか」

「車も自家用機も準備はできてるよ」


 宗哉がいつもの爽やかスマイルだ。

 英二がPC―9801をポンポン叩く、


「その前にサンレイのPC―9801を蔵に運ばないとな、祖父ちゃんたちには神様が眠ってるから触るなって言ってあるしここに置いとくと邪魔だからね」

「邪魔ってサンレイちゃんが聞いたら怒るぜ」


 笑い合う英二たちを見て豆腐小僧が顔色を変える。


「何言ってるっすか、相手は山犬っすよ、オレっちなんかよりずっと強い妖怪っすよ」

「だから行くんじゃないか、豆腐小僧1人で行かせられないよ」

「そうだぜ、そんな事したらサンレイちゃんに怒られるぜ」


 笑いながら話す英二と秀輝の後ろで宗哉が優しい声で続ける。


「サンレイちゃんとハチマルさんには大きな借りがある。こんな事の10回くらいじゃ返せないくらいの恩がある。英二くんや秀輝にもね……それに友達だからさ」

「貸しなんてサンレイは思ってないって」

「サンレイちゃんは細かいこと言わないぜ、アイス以外な」

「あはははっ、そうだね」


 英二と秀輝を見て宗哉が照れるように笑った。


「何言ってんすか、ダメっすよ、相手は妖怪山犬っすよ、英二たちに何かあったらそれこそサンレイ様に…… 」


 照れ笑いから一転、宗哉がマジ顔に変わる。


「作戦は考えてある。大型の警棒タイプのスタンガンと熊撃退用のスプレーを用意してある。化けガエルなら僕たちだけで相手ができるはずだよ、ララミとサーシャだけでなく要人警護メイロイドを5人用意させた。メイロイドに山犬の相手をさせる。もちろん倒せるなんて思っていない、囮だよ、メイロイドが山犬の気を引いている間に豆腐小僧は豆腐小娘を連れて山を下りる。その後僕たちも逃げる。一旦引いて豆腐小娘に攫われた人間たちの居場所を聞いてから救出作戦を練って日を改めて実行ってわけだよ」

「流石宗哉だ。作戦なんて考えてなかったよ」

「ララミやサーシャのように強いメイロイドが5人かよ、囮なら充分だな、カエルはこの前も倒したからな、警棒タイプのスタンガンがあれば勝つ自信あるぜ、見直したぜ宗哉」


 英二だけでなく秀輝にも褒められて宗哉がまた照れる。


「昨日寝ながら考えたんだ。本社に連絡してどうにか自由になるメイロイドを集めて貰った。3日ほど時間があれば12人は集められるんだけどね、猟師を雇うって事も考えたんだけど妖怪たちのことが知られると豆腐小僧たちが住みにくくなるんじゃないかと思ってね、人を雇うのは最後の手段だ。僕たちだけでやれる所までやって無理なら人を雇って山狩りでもするさ」

「そうだね、騒ぎになって豆腐小娘さんが秘伝書を持ち出したのも知られるとダメだからね、正面切って戦わないならどうにかなりそうだし」

「やってやろうぜ、俺たちだけで出来るっていう自信ができるぜ、このために鍛えてんだ。昨日は起きなかったけどサンレイちゃんの眠る時間が短くなったのは確かなんだろ? だったらこれくらいできなきゃダメだ。サンレイちゃんに武勇伝を聞かせてやるぜ」


 英二の隣で秀輝がやる気満々でバシッと拳を叩いた。


「みんな……オレっち……オレっち…… 」

「言っただろ友達だって」


 豆腐小僧が涙を拭う、


「ありがとうっす。英二たちの力を借りるっすよ」

「じゃあ行こうか」


 英二を見てその場の全員が力強く頷いた。


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