第16話
イチョウ様と呼ばれた少女の周りにカエルたちが集まっていく、倒されて元のカエルとなった化けガエルたちだ。
「ガマどもを倒したくらいで調子に乗るなよ、奴らはそこらのカエルに儂の妖力を注いだだけだ。幾らでも作れる儂の手足に過ぎん」
イチョウがサッと手を振る。
集まっていたカエルたちが泡に包まれて大きくなっていく、
「ゲッゲッゲッゲッ、ありがとうございますイチョウ様」
泡が消えると大きな化けガエルに戻っていた。
「貴様らよくもやってくれたな、次こそは丸呑みにしてやるぞ」
イボガエルがぎょろっと英二たちを睨み付ける。
「ゲッゲッゲッ、イチョウ様がいる限り我らは何度でも蘇る」
トノサマガエルが長い舌を出しながら笑った。
「どういうつもりっす。秘伝書を返すって言った言葉は嘘っすか」
豆腐小僧が持っていた皿を構えた。
「嘘ではない返してやるぞ、だが只というわけにはいかん」
「何が欲しいっすか? 」
「お前たちの命だ!! 」
イチョウが豆腐小僧に飛び掛かる。
「何て馬鹿力っすか…… 」
一回り小さなイチョウに豆腐小僧が押されている。
「儂の力はこんなものではないぞ」
「これならどうっすか! 」
豆腐小僧が手に持った皿で斬りかかる。
イチョウがその場でクルッと体を捻らせて避けた。
「そんなもの儂には効かんぞ」
イチョウが体を捻った隙を狙って豆腐小僧が力を込めて押し返す。
「くそっ!! 」
バランスを崩した所を狙ったのだがイチョウはびくともしない、それどころか逆に豆腐小僧を押していた。
「くそったれ! 」
秀輝が後ろからイチョウに殴りかかる。
警棒がイチョウの背中にぶち当たった。
「がふふん、そんなものが効くか」
豆腐小僧を片手で押さえながらイチョウが振り返る。
「残念だったな人間」
イチョウが秀輝にデコピンだ。
「ぐわぁーっ」
秀輝が吹っ飛んだ。
デコピンだけで2メートル程飛ばされた。
「秀輝大丈夫か」
英二が慌てて駆け付ける。
「少しくらくらするけど大丈夫だ」
真っ赤になった額を摩りながら秀輝が起き上がる。
「何て力だ。デコピンだけで秀輝が吹っ飛んだぞ」
後ろで見ていた小乃子が驚き顔だ。
「カエルと違って本当の妖怪ってことね」
委員長もマジ顔だ。
「ヤバいな、ここは出直したほうがいい」
宗哉の意見に賛成なのか英二と秀輝が頷いてこたえる。
「車は100メートル程後ろで待機している。ララミとサーシャに時間稼ぎをさせるからその間に逃げるぞ」
小声で話す宗哉の声が聞こえたのかイチョウがピクッと耳を動かした。
豆腐小僧と戦いながらイチョウが大声を出す。
「何をしている! お前たちは人間どもを始末しろ」
「イチョウ様の仰せの通りに」
8匹の化けガエルが英二たちに襲いかかる。
「くそっ、こいつら」
がたいのいい秀輝が前から襲ってきた2匹のカエルを両手で食い止める。
「御主人様大丈夫ですか」
「ここは我らに任せてお下がりくださいデス」
ララミとサーシャが左右からくるカエルを2匹ずつ防いでくれた。
残りの2匹が秀輝の脇を通って英二と小乃子と委員長と宗哉の前にやって来る。
豆腐小僧はイチョウの相手で手一杯だ。
「させるか」
小乃子に襲いかからんとしたイボガエルに英二が警棒を振り下ろす。
「ゲッゲッゲッゲッ、そんな棒切れ何度も当たるか」
イボガエルが軽々と警棒を手で掴む、同時にトノサマガエルが英二を殴り倒す。
「ぐはぁっ 」
呻きながら英二が倒れた。
「英二! うわぁ~~ 」
小乃子がスタンガンを振り回す。
「英二くん」
スタンガンで威嚇しながら宗哉が英二に駆け寄る。
「ゲゲッ、電気は敵わん」
「体が痺れて動けんようになる。ゲッゲッゲ」
イボガエルとトノサマガエルがバッと後方へ飛んで距離を置いた。
「英二大丈夫か」
駆け付けた小乃子が泣き出しそうな顔だ。
「心配無い大丈夫だよ」
宗哉に支えられて英二が起き上がる。
小乃子が英二に抱き付いた。
「あたしの為に……英二…… 」
「さっき助けてくれただろお相子だ」
しっかりと小乃子を抱きながら英二が照れたように微笑んだ。
「こいつめ! 」
秀輝が押さえていたイボガエルに委員長がスタンガンを押し当てた。
「おおっと」
慌てて秀輝が離れる。
「ゲゲヒィーッ 」
「グヘヒィ~~ 」
イボガエルだけでなく隣りにいたトノサマガエルも痺れて呻きを上げる。
「この野郎!! 」
秀輝が2匹の頭に警棒を振り下ろした。
「グヒィ、ゲヒィ」
断末魔の声を上げてイボガエルとトノサマガエルが泡に包まれて小さくなっていく、
「委員長やるじゃないか」
「必死だったから……私だってやるときはやるのよ」
ニヤッと意地悪顔の秀輝に委員長が引き攣った笑いでこたえた。
左右で戦っていたララミとサーシャがやってくる。
「御主人様大丈夫ですか」
「横のカエルは始末しましたデス、残りは前の2匹だけデスね」
1人で2匹ずつ倒したララミとサーシャを見て英二が目を丸くする。
「凄いな2人とも」
「カエルなんて敵じゃありませんデスから」
「先に戦ったのでパターンは記録済みですから当然です」
驚き顔が分かったのかサーシャとララミが自慢気だ。
抱き付いたままの英二と小乃子を見て秀輝がニヤついた顔で口を開く、
「それでいつまで引っ付いてんだ」
小乃子が押すようにして英二から離れる。
「バカそんなんじゃないからな、英二が殴られて痛そうだったからな」
「そうだよ、ふらついたから支えて貰ってただけだ」
真っ赤な2人を見て秀輝だけでなく委員長や宗哉もにやけ顔だ。
「それより残りのカエルと豆腐小僧…………何だあれ!? 」
話を逸らせようと豆腐小僧を見た英二が裏返る声を出す。
「なん? イチョウって女の子か? 」
「全身毛だらけだぜ」
「イチョウって妖怪の正体らしいわね」
「あの姿は狐か狸かな」
豆腐小僧と戦っていたイチョウの姿が毛むくじゃらの獣のように変わっていた。
長い毛に覆われて顔ははっきり見えないが長く伸びた口とその先につく鼻から犬や狐のような顔だと思われる。
2本足で立つ大きな犬といった姿だ。
「乱れ皿!! 」
毛むくじゃらの妖怪に皿を連続で投げつけると豆腐小僧が英二たちの元へとやって来る。
「あいつは山犬っすよ、強い妖怪っす。オレっちじゃ敵わないっす」
「犬の妖怪か」
成る程と頷く英二の向かいでララミとサーシャと共に化けガエルを警戒していた秀輝が後ろ向きのまま口を開く、
「そんなに強いのか? 」
「元の犬や人の姿に化けるくらいしか術は使えないっす。けど身体能力が凄いっすよ、術に長けた狐や狸の妖怪と対等以上に戦える強い妖怪っす」
マジ顔の豆腐小僧を見てその場の全員の顔が強張っていく、
「狼男もスピードとパワーが凄くて銀の弾じゃないと倒せないって言うからね、やはりここは引いたほうがいいな」
「不死身に近いって事か……宗哉の言った通り逃げたほうがいいね」
英二の顔を見て豆腐小僧が頷いた。
「オレっちもそう思うっす。一旦引いて援軍を呼ぶっすよ」
「援軍? 」
「詳しく話している暇はないっす」
秀輝が振り返る。
「そうと決まれば逃げるぞ」
「早くしたほうがいいわよ」
委員長が指差した。
豆腐小僧の投げた皿を全て叩き割って妖怪山犬が不敵に笑う、
「皿祭りはもう終わりか? こんな皿など掠りもせん、掠った所で儂を傷付けることなどできないがな」
「オレっちの技が皿だけだと思うと怪我するっすよ」
言いながら豆腐小僧が後ろにいる英二たちに逃げろというように手を振った。
妖怪山犬が英二たちの後ろにいる豆腐小娘に視線を送る。
「豆腐小娘こっちへ来い、お前にはまだ妖怪豆腐を作って貰わんといかんからな」
「はいイチョウ様」
駆けていこうとした豆腐小娘の腕を豆腐小僧が掴む、
「ダメっす!! 」
「ゲッゲッゲッ、邪魔をするな」
イボガエルとトノサマガエルが跳びかかる。
「編み笠一刀切り! 」
豆腐小僧が被っていた笠を手に持ちサッと振ると2匹の化けガエルが上下に分かれて地面に転がった。
その隙に豆腐小僧の手を振り切って豆腐小娘が妖怪山犬の元へと駆けていった。
妖怪山犬と並んで立つ豆腐小娘を一瞥すると豆腐小僧が懐へ手を伸ばす。
「朧豆腐! 」
豆腐小僧の両手から崩れた豆腐が飛び出し妖怪山犬の周りをクルクル回る。
「今のうちに逃げるっすよ」
「でも豆腐小娘さんが…… 」
「妹のことはいいっす。後でどうにかするっすよ」
「わかった」
妖怪山犬がクルクル回る豆腐の壁に阻まれているうちに英二たちは車の所まで下がってそのまま山を下りていった。
「これで全部だ」
妖怪山犬は宙を舞う豆腐の欠片を全て叩き落とすと辺りを見回す。
「逃げおったか……まあよい、行くぞ豆腐小娘」
「追わないのですか? 残ったカエルは? 」
「奴らなど何度来ても同じだ放って置け、山にはカエルなど幾らでもいる。役に立たんバカは要らん」
「はいイチョウ様」
妖怪山犬の隣で豆腐小娘がほっと安堵の息をついた。