第15話
秀輝が振り下ろした警棒を男が軽々と片手で受けた。
「ゲッゲッゲッ、人間が我らに敵うと思っているのか」
男の横腹へ英二の警棒がぶち当たる。
「ゲェーッ 」
男が腹を押さえて蹲る。
「ゲゲッ、ぶち殺せーっ 」
他の男たちが一斉に英二と秀輝に襲いかかる。
「ゲヒィ、グヒィ、ガヘェ~ 」
左右から襲わんとした男たちが吹っ飛んだ。
「貴方たちの相手は私たちデース、カモン」
サーシャが両手の拳を構えてステップを踏んでいる。
ララミがパンパンと手を叩く、
「次に投げ飛ばされたいのはどなたですか」
要人警護用メイロイドであるサーシャにはボクシングのプログラムが組み込まれている。
ララミには柔道と空手だ。
皮膚はシリコンを使って柔らかだがチタンやセラミックの骨格に空気圧と油圧の筋肉、それを包む炭素繊維でできた肉、人間とは比較にならないパワーと強靱さだ。
「ゲゲッ、貴様らなんだ!? 」
「付喪神か? 」
「違う、こいつら人形だ。機械とか言うヤツだ」
口々に言う男たちは明らかに怯んでいる。
「こっちも忘れてもらっちゃ困るぜ」
秀輝が男の頭に警棒を振り落とす。
「ヒゲェ~~ 」
男が仰向きに引っ繰り返った。
「人間だったら死んでるよな」
「躊躇なく殴ったわね」
後ろで見ていた小乃子と委員長が引き気味だ。
秀輝がバッと振り返る。
「相手は妖怪だぞ、手加減なんかできるかよ」
「俺たちを殺すって言ってるし、仕方ないだろ」
英二も迷惑顔だ。
引っ繰り返っていた男がクルッと起き上がる。
「手加減無しか、ゲッゲッゲッゲッ、いいだろう我らも本気で相手してやる」
男の体が大きく膨らんでいく、周りの男たちも同様に膨らんでいた。
「奴ら本性を現わすっす。オレっちも本気で行くっすよ」
何処から出したのか豆腐小僧が編み笠を被る。
笠から白い煙が出てきて体を包み込む、煙は直ぐに消えると着物姿の妖怪豆腐小僧が居た。
風船のように膨れた男の体がポンッと弾ける。
「ゲッゲッゲッゲッゲ、貴様ら全員食ってやるわ」
男たちがいた場所に大きなカエルがいた。
イボの付いたのやトノサマガエルに似たものなど何種類かいるが全て人間より一回り大きな化けガエルである。
後ろで見ていた委員長が思わず呟く、
「キモ! 」
「ゲヒヒヒッ、女、お前は俺が食ってやるからな」
英二の前にいたイボガエルが長い舌で口の周りを嘗め回す。
「やってみろよ、丸焼きにしてやんぞ」
カエルなどは平気なタイプらしい、小乃子がスタンガンを構えて楽しそうに口を歪める。
横から委員長がしがみついた。
「小乃子頼んだわよ、私、ヘビとかカエルとか虫とかキモいのは苦手なのよ」
「菜子は全部だろ、触れるのは料理する魚くらいだろ」
「だっ、だから頼んだわよ」
しがみつく委員長に小乃子が弱り顔だ。
英二が振り返る。
「大丈夫か? 」
「心配無い、あたしらより自分のことを考えろ、それとカエルをあたしらに近付けるな」
「了解だ。行くよ秀輝」
前に向き直ると英二が化けカエルに向かって走り出す。
「4匹はオレっちがどうにかするっす。残りの4匹を任せるっす」
豆腐小僧が懐から皿を出す。
「オレっちが只の豆腐妖怪じゃないところを見せてやるっす」
サッと皿を投げた。
「ガヘェ~ 」
1番前にいたイボガエルの首筋に皿が突き刺さる。
倒れたイボガエルが泡に包まれて小さくなっていくのを見て英二が振り向いた。
「倒したのか? 」
「そうっす。妖力を失えば只のカエルに戻るっす。オレっちの皿なら当たれば一撃っすけど何度か殴り倒せば英二でもできるっすよ」
化けガエルを倒した皿が豆腐小僧の手に戻ってきた。
「皿を操れるのか? やるじゃん」
後ろで見ていた小乃子が思わす声を掛けた。
「只の皿じゃないっすからね、オレっちの妖力を込めてあるっす。半端な化けガエルなんか敵じゃないっすよ」
得意気な豆腐小僧の隣で秀輝が警棒を構えてトノサマガエルに向かって行く、
「要するにボコればいいんだろ」
殴りかかった秀輝をトノサマガエルが飛び跳ねて避けた。
「こいつら動きは遅いっすけど目はいいっすよ、大振りするより突くように攻撃したほうがいいっす」
「成る程ね、妖怪って言っても基本はデカいだけのカエルって事だな」
英二が後ろにいる宗哉に振り返る。
「俺と秀輝で倒すから宗哉はスタンガンで止めを頼む」
「それはいいアイデアっす。1匹ずつ倒していけばいいっすよ、メイロイドって言ったすね、あのロボットは一対一で戦えるみたいっすから2匹は英二たちに任すっす。残りの3匹はオレっちに任せるっす」
豆腐小僧が指す先でララミとサーシャが互角以上に戦っていた。
「ヘイカモーン、そんな攻撃当たりまセ~ン」
サーシャがイボガエルを挑発する。
相変わらず変なイントネーションだ。
ボクシングをプログラムされているサーシャが華麗なステップでイボガエルが伸ばす舌を避け舌を収納する隙を逃さずパンチを食らわす。
反対側ではララミが伸びた舌を掴んでトノサマガエルを何度も地面に叩き付けていた。
「ぶよぶよのぬるぬるで私の服を汚さないでください、早くくたばってくださいな」
ララミは丁寧な口調だが毒舌だ。
「俺たちもやるぜ」
「ああ負けてられないな」
秀輝と英二がアオガエルの前に並んで立つ、
「調子に乗るな! 」
横から跳んできたトノサマガエルを豆腐小僧が蹴り倒す。
「オレっちを忘れてるっす。バカガエル1匹じゃ相手にならないっすから纏めて掛かってこいっすよ」
「ゲッゲッゲッ、嘗めるなよ、たかが豆腐妖怪のくせに」
「ゲヘヘヘヘッ、丸呑みして妖力を奪い取ってやる」
倒れたトノサマガエルがバッと起き上がりイボガエル2匹と一緒に豆腐小僧を囲んだ。
「バカガエルにやられる程オレっちは間抜けじゃないっすよ」
豆腐小僧が走って行くのを3匹のカエルが追いかけていった。
英二たちの前にはアオガエルとイボガエルの2匹が残っている。
豆腐小僧が挑発して3匹を引き離してくれたのだ。
「ララミとサーシャは大丈夫そうだし俺たちで残りの2匹をやるぞ」
構える秀輝に英二が耳打ちだ。
「俺が囮になるから秀輝が殴り倒してくれ」
秀輝がニヤッと笑って頷くのを見て英二がアオガエルに突っ込んでいく、
「うぉおぉぉ~~ 」
叫んで振り下ろした英二の警棒をアオガエルが横に跳ねて軽々と避ける。
「こなくそ!! 」
着地したアオガエルの頭に秀輝が警棒を叩き込んだ。
「ゲヒィーッ 」
アオガエルが引っ繰り返る。
「今だ宗哉」
「わかった」
駆けてきた宗哉が倒れたアオガエルにスタンガンを突き立てた。
「ギゲゲゲェ~~~ 」
アオガエルがビクビクと手足を痙攣させる。
後ろで見ていた小乃子が手に持つスタンガンを見つめる。
「痛そうだな」
「ちょっとね…… 」
隣で委員長も厭そうな顔だ。
「ゲヒッゲゲヒィ~~ 」
ビクビク震えていたアオガエルが泡に包まれて小さくなっていく、
「よしっ、1匹倒した」
「危ない! 」
小さくガッツポーズをする英二を秀輝が突き飛ばす。
「ぐはっ…… 」
秀輝がその場に蹲る。
イボガエルが伸ばした舌が秀輝の脇腹に直撃していた。
他のイボガエルが土色だったのに目の前にいるイボガエルは土色に赤い斑点が付いた毒々しい色合いをしている。
「嘗めるなよ人間ども」
イボガエルが大きく口を開いた。
次の瞬間、イボガエルの口から何かが飛んできた。
「うわっ」
秀輝に駆け寄ろうとした英二の足に何かがべったりと絡みつく、
「何だ!? 」
足を取られて英二が転んだ。
「英二くん、うわぁ~~ 」
駆け付けた宗哉の腕にも飛んできたものがべっとりと引っ付いた。
足に絡まるものを外そうと英二が手を伸ばす。
「何だ? 固くなって外れない」
「こっちもだ。固まって右手が動かせない」
宗哉は服ごと右腕が脇に引っ付いて固まっていた。
「ゲッゲッゲッゲッ、オレの粘液だ」
イボガエルが愉しげに笑いながら続ける。
「オレは他のヤツとは違うぞ、この粘液は空気に触れると固まって相手の動きを止める。貴様ら全員食ってやるからな、ゲヒヒヒヒッ」
転がる英二にイボガエルが近付いていく、
「先ずはお前だ」
「英二くん!! 」
隣りにいた宗哉が英二を庇うように前に立つ、
「邪魔だ」
イボガエルが宗哉を殴り飛ばした。
「お前らはイチョウ様の贄にするがこいつはオレが食う」
転がる宗哉を一瞥してイボガエルが英二を見下ろす。
「他の人間と違ってお前には力を感じる。霊力か妖力か分からんが丸呑みして力をオレのものにする。ゲヘヘヘヘッ」
「英二ぃーっ 」
スタンガンを握り締めた小乃子がイボガエルに突っ込んでいく、
「邪魔だと言っている」
ぎょろっと睨むとイボガエルが長い舌を伸ばした。
「あうっ! 」
小乃子が英二を挟んで秀輝の向こう側に倒れた。
「小乃子!! 」
英二が叫ぶが粘液によって足が地面にくっついて動けない。
「小乃子~っ 」
委員長は完全にビビってその場に固まっている。
「ゲヒヒヒヒッ、丸呑みすれば直ぐにドロドロに溶けて死ぬから痛みはない、イチョウ様の贄になるより楽だぞ」
英二の正面でイボガエルが大きな口を更に大きく開けた。
「うわぁっ、止めろ、やめて…… 」
白濁した涎が垂れる口を見て英二が恐怖に顔を引き攣らす。
余程痛かったのか一言も発さず蹲っていた秀輝がバッと起き上がる。
イボガエルの直ぐ左だ。
「こなくそっ!! 」
秀輝が渾身の力を込めて警棒でイボガエルの足下を攫った。
「ゲゲッ 」
よろけたイボガエルが尻餅をつく、
「今だ小乃子」
反対側にいた小乃子が上半身を起こしてイボガエルにスタンガンを押し当てた。
「ゲヒィ~、ゲゲヒヒィ~~ 」
イボガエルが手足をビクビクさせて体を震わせる。
「ゲヒィィ~~ 」
倒れて呻きながらも小乃子に舌を伸ばそうとしたイボガエルの後頭部に秀輝が警棒を振り落とす。
「ゲヘッ! 」
断末魔の叫びを上げてイボガエルが泡に包まれていく、
「やったぜ」
「ざまみろ」
ハァハァと息をつく秀輝の向かいで小乃子の震える手からスタンガンがポロッと落ちた。
「やったな秀輝」
「英二大丈夫か」
上半身を起こす英二に小乃子が駆け寄る。
「大丈夫だよ、それより小乃子こそ大丈夫か? 」
英二と小乃子が見つめ合う、2人とも優しい目だ。
「痛かったろ、俺の為にごめんな…… 」
「平気だよ、英二が無事でよかった…… 」
「ありがとう、小乃子の御陰で助かったよ」
「へへへっ、あたしだってやるときゃやるんだよ」
「うん、見直したよ」
「へへへっ」
30センチも離れてない距離で互いの目を見て微笑んだ。
2人を見て秀輝がにやけ顔で口を開く、
「俺の心配は無しか? 」
バッと英二と小乃子が離れる。
「そんなんじゃないからな、英二は食われそうになったから助けただけだ」
「秀輝は2~3発殴られたくらいじゃ平気だろ」
真っ赤になってばつが悪そうな小乃子の向かいで英二が照れを隠すようにとぼけ顔だ。
「まっ、そういう事にしといてやるよ」
申し訳なさそうに委員長がやって来た。
「小乃子大丈夫? みんな御免ね、私動けなくなって………… 」
英二と小乃子が振り返る。
「仕方ないよ、化けガエルと戦うなんて思ってもないし」
「あたしは大丈夫だからそんな顔すんなって、菜子はカエル苦手なんだからしょうがないよ、みんな無事だったんだしさ」
「委員長が普通の反応だな、小乃子みたいに飛び出すのが特別だぜ」
秀輝はまだにやけ顔だ。
「僕の心配もして欲しいな」
少し離れた所で宗哉が上半身を起こした。
「お前の心配よりララミとサーシャの心配するぜ、もっとも2人ともカエルを倒したみたいだけどな」
意地悪顔の秀輝が見る先からサーシャとララミが歩いてきた。
「大丈夫デスか御主人様」
「何処かお怪我はありませんか御主人様」
サーシャとララミが宗哉を抱きかかえて起き上がらせる。
「心配無い転んだだけだ」
大丈夫だと言うように宗哉が手を振る。
殴られた頬が物凄く痛かったがみんなの手前平静を装った。
豆腐小娘を引き摺って豆腐小僧がやって来た。
「何やってんのよ、兄さんはともかく人間に負けるなんて所詮バカガエルね」
「バカはお前っすよ、色々聞きたいことがあるっす」
化けガエルを3匹倒して妹まで捕まえて来たのは流石本物の妖怪である。
「話す事なんてないから離しなさいよ」
「逃がすわけにはいかないっす。英二たちを本当に殺そうとしたっす」
「人間なんてどうでもいいでしょ」
ピシャッ!
豆腐小僧が小娘の頬を叩いた。
「何言ってんすか、英二たちはオレっちたちを心配して力を貸してくれたんすよ、それに只の人間じゃないっす。サンレイ様が選んだ人間っすよ」
「サンレイ様が…… 」
豆腐小娘もサンレイのことを知っているらしい、その顔に驚きが浮かんでいる。
「そうっす。サンレイ様はまた眠りについているっす。それで英二に手を貸して貰ったんすよ、わかったら全部話すっす」
しゅんとなった豆腐小娘に豆腐小僧が言い聞かせるように言った。
話を聞こうと豆腐小娘を囲む、
「豆腐小娘さんは豆腐じゃなくてプリンを作りたいのは分かったけど化けガエルは何の目的で妖怪豆腐を売り歩いていたんだ」
「隠さず全部話せ、それ聞いてから許すかどうか決めてやる」
優しい声で訊く英二の隣で小乃子が怖い顔だ。
英二が食われそうになったのをまだ怒っている。
「そうね、謝るだけで済むことと済まないことがあるわね」
滅多に怒らない委員長までマジ顔だ。
「そんなんじゃ話もできないぜ」
「何言ってんだ。あたしたちを殺そうとしたんだぞ」
険しい表情の小乃子たちを手で制して秀輝が優しい声を出す。
「豆腐食った人たちが行方不明になってるって聞いたぜ、何処にいるんだ? 怒らないから話してくれよ」
「そうだよ、僕らが力になるからさ、僕なら人間世界のことならそれなりに力になれるよ、プリン工場くらい作ってやってもいいからさ」
宗哉がいつもの爽やかスマイルだ。
どんな時でも女性に優しいのが宗哉である。
「そんなものはいらないっす。オレっちたちは豆腐があればいいっすよ」
豆腐小僧が迷惑顔で言った後で豆腐小娘の正面に立つ、
「小乃子の言う通りっすよ、いくら妹でも擁護できないっす。場合によってはオレっちが処罰するっすよ」
「処罰って怖いこと言うなよ、俺たちは無事なんだし、英二たちも本心から怒ってるわけじゃないぜ」
「妹を庇ってくれる秀輝には感謝するっすよ、でも秘伝書を持ち出して悪いことをしたっすよ、一族に知れたら放逐どころか消滅させられるっす。その前にオレっちが100年程封印すれば一族に言い訳できるっす。妹を助ける為っす」
「100年封印するって……マジかよ、そこまでしなくてもいいぞ」
怒っていた小乃子が慌てて言った。
「そうね、全て話してくれれば私たちは納得するわ、何でこんな事をしたの? 」
「怒らないから全部話してよ」
委員長と英二も普段の顔に戻っている。
豆腐小僧も表情を緩めた。
「銀杏豆腐ってのはお前が作ったんすよね、操られて山へ行こうとする人間をオレっち見たっすよ、あれは銀杏豆腐じゃなくて夢豆腐っす。人間を夢遊病にして操る豆腐っす」
確認するように豆腐小娘の顔を見てから続ける。
「この山に何があるっすか? 豆腐で操った人間たちは何処にいるんすか? 秘伝書は何処っす? 全部話して秘伝書を返すっすよ」
「何をするかなんて知らないわよ、化けガエルが妖力の籠もったプリンの作り方を教えてくれるって言うから………… 」
豆腐小娘は観念したように話し出したが途中で口籠もる。
「化けガエルが言ってたイチョウ様って何だ? カエルの他にも妖怪がいるのか? 」
小乃子の質問に豆腐小娘がビクッと反応した。
「イチョウ様は…… 」
豆腐小僧がガバッと小娘の両肩を掴む、
「知ってるんすね、何者なんすか? 全部言うっす。この山に来て強い妖気を感じるっす。化けガエルとは違う本物の妖怪の気配がするっすよ」
その時、藪がガサガサと揺れて声が聞こえてきた。
「儂の山で何を騒いでいる」
「イチョウ様!! 」
豆腐小娘がパッと顔を上げた。
釣られるように英二たちが振り向くと少女が藪から出てきた。
癖毛なのかカールの掛かった短い髪に丸い顔に大きな目をした12歳くらいの少女だ。
冬だというのにシャツにショートパンツ、靴も履かずに素足である。
英二は何となくサンレイに似ていると感じた。
「何だ豆腐小娘か、その人間どもは贄か? 」
少女は幼い見掛けに似合わない嗄れ声だ。
「違います。私の兄とその知り合いの人間です」
豆腐小娘が畏まってこたえた。
「お前がボスっすね」
「兄さんダメ、イチョウ様には逆らわないで」
怒る豆腐小僧の腕を小娘が引っ張る。
「こいつがイチョウ様っすね、化けガエルどもを操っていた張本人っすね」
「兄さんダメよ」
「煩いっす。お前は黙ってろ」
縋り付く豆腐小娘を豆腐小僧が邪険に振り払う、
「豆腐一族の秘伝書を返すっす。それと連れ去った人間たちも返すっすよ」
豆腐小僧が懐から皿を取り出して構えた。
戦う気満々の豆腐小僧を英二が腕を伸ばして制する。
「ちょっと待ってよ、話し合おうよ」
目の前の少女は悪い子には見えない、サンレイのようにあどけなさの残る可愛い少女だ。
ただ気になることが一つある。
少女の大きな目が寝惚けているかのように虚ろだ。
「俺も英二に賛成だ。こんな可愛い子が人を攫ってるなんて信じられないぜ」
「そうね、何の為に人間を集めたのか話を聞かないとね、贄って生け贄のことでしょ? 人間を生け贄にして何をしているの? 」
秀輝と委員長にも言われて豆腐小僧が皿を持つ手を下げた。
「話しは聞くっす。でもその前に秘伝書を返すっすよ」
「秘伝書? ああ妖怪豆腐の作り方か、あんなものはもう必要ない、返して欲しければ取りに来い、山奥に置いてある」
「本当っすね? 直ぐに取りに行くっすよ」
話の分かるヤツだと思ったのか豆腐小僧の顔から険が消えた。
英二たちにも安堵が広がる。
「どんな化け物かと思ってたらサンレイよりチビじゃんか」
いつもの減らず口を叩く小乃子の隣で秀輝も頷く、
「そうだな、サンレイちゃんに似てるな」
「俺もそう思ったけどひょっとして山神様か何かか? 」
英二が豆腐小僧に振り返る。
「違うっす。こいつからは山神様程の力は感じないっす。でも相当力を持ってる妖怪に間違いないっすよ」
「ガフフフッ、山神? 儂は神を越える力を手に入れる妖怪だ」
イチョウ様と呼ばれた少女がニヤッと笑った。
不審なものを感じて英二たちが顔を顰める中で豆腐小僧は安心したままだ。
「妖怪でも何でもいいっす。オレっちは秘伝書を返して貰えばそれでいいっすからね、じゃあ取りに行くっす。話しはその後っすね」
「無事に辿り着けば渡してやる。お前たちの命を懸けて山奥まで行け」
「なん!? 」
豆腐小僧が怪訝な顔でイチョウを見つめる。
「やっぱり罠か何かしてるんだな」
「人間攫うヤツがまともなわけないよな」
英二と秀輝が警棒を握り締める。
「御主人様お下がりください」
「英二くんたちも後ろへ下がるデス」
ララミとサーシャがバッと前に出た。