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第138話 「高野仁史」

 HQがハチマルを見てフッと笑う、


「一時休戦ですか……いいでしょう、私も英二と話をしたかったところです」

「よかろう、儂らの話が終わった後で英二と話すとよい」


 ハチマルがシュッと英二の横に立った。

 身構える英二の前にHQが歩いてくる。


「そう固くなるなよ、久し振りだな英二、一昨年に会って以来だが随分と逞しくなったな」


 にこやかに微笑むHQを睨み付けて英二が口を開く、


「何でだ? 何のためにこんな事をしてるんだ」

「何をするだと? 妙な事を聞く、私が修業をしているのは知っているな」


 笑みを崩さないHQにバカにされたと思ったのか英二がイラッとした様子で続ける。


「知ってるよ、中学を卒業すると直ぐに家を出て行った。俺が幼稚園のころから兄貴は毎日何やら修業みたいな事をしてたのは知ってる。それと俺の霊力を狙うのと何の関係がある? 妖怪を使って襲わせて……死にそうになった事もあるんだぞ」

「でも死んではいない、流石我が弟だ」

「茶化すな! 何のためにこんな事をしたのかこたえろ」

「何のためか……霊能力を持っている者たちは何で修業をする? 」


 禅問答を楽しむようなHQを英二が怒鳴りつける。


「そんな事知るか! バカ兄貴!! 好き好んで修業する奴らは霊能者にでもなりたいんだろ、バカ兄貴も坊主になってるだろが! 」

「フフフフフッ、確かに私はバカだがお前もバカだぞ英二、兄をそこらの坊主と一緒にするなよ霊能者なんてレベルはとっくに超えている」

「じゃあ何で俺を狙う、それ程の力があれば何でもできるだろが」


 HQの目がギロッと光る。


「力が欲しいからさ、私が修行しているのは力が欲しいからだ。そしてまだ修業の身だ。だから簡単に力が手に入る方法があれば使うのは当然だろ? 」

「力の探求という奴じゃな」


 黙って会話を聞いていたハチマルがぽつりと言った。

 にこやかな笑みに変わるとHQがハチマルに向き直る。


「流石はハチマルさんだ。その通りですよ、強くなったと言っても小細工を使わなければハチマルさんは元よりサンレイさんにも敵わない、所詮まだ人間です。だから英二の霊力を得て神をも越えるんですよ」


 ハチマルがいつになくマジ顔で続ける。


「神を越えるじゃと大きくでおったな、わきまえよ、不相応な力など領分を越えて自滅していくだけじゃぞ」

「やってみなくてはわからないでしょう? そうして成長していくのですよ、やる前に諦めるのは年を取った爺だけでいい、私はまだまだ前途のある若者ですからね」


 にこやかなHQをハチマルが見据える。


「力に魅入られたか? 挑戦と無謀を履き違えとるのぅ、お主自身はよいが巻き込まれるのは御免じゃぞ」


 HQの顔からまた笑みが消えた。


「無謀ですか……時として無謀だと思える事もしなければならない時もあります。その為なら……犠牲を厭わない」


 HQが英二に向き直る。


「という訳で力が必要なんだ。英二よ私に協力しろ、霊力を渡せ、安心しろ死んだりはしない、今まで通り普通に暮らしていけるさ」

「協力なんてするか! 霊力を無くしたらサンレイやハチマルに会えなくなるだろが、力が欲しいだけのバカ兄貴の為にサンレイとハチマルを失って堪るかよ」


 怒鳴る英二の前でHQから笑みが消えていく、


「まったく仕方無いですね、素直に渡せば苦しまなくてもいいものを…… 」


 ハチマルが庇うように英二の前に出る。


「霊力を持っておるから苦しむような物言いじゃな」

「そう聞こえますか? そうですね、神様が言うならそうなのでしょう、扱えもしない代物を持っていても意味が無い、私が有効活用してやろうというのですよ」


 HQが一歩後ろに下がる。


「抜け目が無いのぅ」

「貴女相手に用心をし過ぎるという事は無いですからね」


 HQはハチマルとは微妙に距離を取っていた。

 ハチマルの後ろから英二が顔を出す。


「兄貴、もうこんな真似は止めてくれ、兄貴にも他の妖怪にも霊力は渡す気は無い、だから俺の事は放って置いてくれ」


 HQが坊主頭を撫でながら口を開く、


「英二よ、私が何故頭を剃ったのか分かるか? 私は過去を捨てたのだ。優しかったお前の兄は死んだのだ」

「何言ってんだ! 何が優しいだ。ガキの頃から俺をいじめてただろうが! この前帰ってきたと思ったら机の中に入れておいた俺の7万円を盗んでいっただろが、挙げ句に俺の霊力を狙うなんて……バカにも程があるバカ兄貴だ」


 怒鳴る英二を制するようにハチマルが口を開く、


「英二その話しは後にせい、HQよ、お主も強力な霊力を持っておる。ならわかるはずじゃぞ、それ以上力を持っても制御できるわけなかろう、今のお主でも扱える代物ではない、暴走して自滅するのがわからんお主ではあるまい? 」


 マジ顔で諭すハチマルの前でHQが不敵に笑う、


「只の人間には無理だろうな、だが私は只じゃない、厳しい修行を積んでいるHQさんだからな」


 何かに気付いたようにハチマルがサンレイたちに振り向いた。

 サンレイとガルルンは妖怪なまざらしと戦っている。ガルルンという援軍を得てサンレイが押していた。


「なまざらしじゃな、彼奴の妖力を使って霊力を押さえ込んで使うつもりじゃな」

「流石ですね、その通りですよ、私が貸し与えた霊力をなまさんが妖力で押さえて使ったように英二の霊力を押さえて私が使う」


 不敵に微笑むHQの向かいでハチマルが顔を顰める。


「その為になまざらしと組んだのじゃな、あのバカを利用するつもりじゃな、バカじゃが妖力の大きいなまざらしに目を付けたのじゃな」

「フフフフッ、なまさんは同志ですよ」

「同志じゃと? 」


 怪訝に睨むハチマルの前でHQがとぼけるような声を出す。


「同じ目的を持つ者同士で手を組んだまでです。お互いの不足をカバーして英二を捕らえその霊力を有効に使うためのね」


 HQが煤けた法衣の懐に手を伸ばすのを見て美鈴が英二の右に出てくる。


「兄弟だろうと関係ないわ、英二先輩を狙うなら私の敵よ」

「俺も戦うぜ、仁史さんにはよく遊んで貰ったけど英二の嫌がる事をするなら俺も戦う、サンレイちゃんやハチマルちゃんに会えなくなるもの嫌だしな」


 左に立って秀輝が霊力の籠もった鉄パイプを握り締めた。

 前に居たハチマルがバッと振り返る。


「止せ! お主らの敵う相手ではない、下がっておれ」

「そうですよ、蜂は元より邪魔をすると秀輝くんでも容赦しません」


 懐に手を入れたままHQが反対の手で持つ錫杖をトンッと床に突いた。


「なっ!? 貴様…… 」


 前に向き直ったハチマルがその場で固まる。


「秀輝、美鈴ちゃん! 」


 英二の左右で秀輝と美鈴も目を開いたまま凍り付いたように立ったまま固まっていた。


「ハチマルも……何をした!! 」


 食ってかかる英二を見てHQがフッと笑う、


「金縛りの法術です。話しの邪魔をされると困りますから」


 ハチマルがブルブルと体を震わせて途切れ途切れに声を出す。


「え……英二……ヤツの話しを………… 」

「流石です。そこらの妖怪なら20分は動けませんよ」


 HQが錫杖でハチマルの頭をトンッと叩く、


「ですが少し黙っていてください、兄弟で大事な話をしますから」


 ハチマルがピタッと動かなくなった。

 HQが更に強力な術を掛けたのだろう。


「みんなを元に戻せ! 」


 両手を構える英二をHQが見据える。


「落ち着け、ハチマルさんなら10分、美鈴さんで20分、秀輝くんも30分すれば術は解ける。邪魔が入らないようにしただけだ。お前とゆっくり話したいからな」


 戦う意思があるというように霊気を両手に集めて白く光らせると英二が凄む、


「話しならハチマルたちを元に戻してからだ」

「それは出来ない、兄弟だけの話だ。余計な茶々を入れられたくないからな」

「兄弟の話? 何が言いたい」


 聞く気になった英二を見てHQが懐から手を出した。


「これを見なさい」


 HQの掌に直径15センチ程の水晶玉が乗っていた。


「これは……俺が戦った妖怪たちか? 」


 水晶玉に英二が妖怪と戦っている姿が映し出される。

 サンレイや秀輝たちの姿も映っていた。まるで録画映像を見ているようである。


「ハマグリ女房が嗾けた妖怪は全て記録してあります」


 英二がHQを睨み付けて怒鳴る。


「ハマグリ女房の所為にするな! 兄貴となまざらしが黒幕だろうが! 妖怪たちを唆して俺を襲わせたんだろうが!! 」


 自嘲するように笑うとHQが話し始める。


「酷い言われようですね、嗾けはしましたが無理強いはしていませんよ、霊力の話しをすると皆喜んで力を貸してくれました。それほど英二の持つ霊力は魅力なのです。この先も噂を聞いた妖怪たちが襲ってくるでしょう、これ以上友達を危険に遭わせたいのですか? 秀輝くんや小乃子さんが怪我をするのを見たいのですか」


 怒っていた英二の顔に不安が浮ぶ、


「秀輝や小乃子が…… 」

「そうです。お前が霊力を使いこなせるのなら放って置きますが今のお前では皆を守る事など出来ませんよ、だから私が助けてやろうというのです。霊力が無ければ妖怪たちもお前を襲ったりなどしません、よく考えてみなさい」


 畳み掛けるHQの前で英二が戸惑いを隠さない。


「それはそうだけど…… 」

「秀輝くんや小乃子ちゃん、他の友達を巻き込んだのはお前だ。このままでは怪我だけでは済みません、死ぬ事も有り得ます。覚悟をしていると言われたからハイそうですかと友を危険にさらすのですか? 」

「そっ……そんな事は思ってないけど………… 」


 狼狽える英二の肩をHQが掴んで抱き寄せる。


「全ての霊力を私に譲りなさい、そうすれば以前のように平和に暮らしていけます」

「霊力を兄貴に譲る? でもサンレイやハチマルが…… 」

「安心しなさい、サンレイさんやハチマルさんが存在できるように妖力の詰まった水晶玉をあげますよ、年に1つあれば2人は人の姿を保っていられるでしょう」


 何かの術にでも掛かったのか英二がぼーっとしてHQを見つめる。


「本当だな? 本当にサンレイとハチマルは消えないんだな」

「約束しますよ、水晶玉の妖力を使えば消える事は無いですよ」


 ニヤリと口元を歪めるHQにサンレイが殴り掛かる。


「騙されんな英二!! 」

「サンレイさんですか…… 」


 体を捻って避けたHQにハチマルの蹴りが飛んできた。


「おぅ! 」


 HQが吹っ飛んで転がる。

 術を破ったハチマルが英二の前に立つ、


「サンレイの言う通りじゃ、なまざらしの作った水晶玉では儂らは力が出せんようになる。人として姿を維持するだけで精一杯じゃ、それでは儂らの存在意義が無い、そのような姿で居るくらいなら山へ帰った方がマシじゃ」

「これくらいの術ならおらにも解けるぞ」


 サンレイが秀輝と美鈴の背をドンッと叩く、


「おお、動ける。サンキューサンレイちゃん」

「やっと話せるわよ」


 礼を言う秀輝の横で美鈴が英二を見つめた。


「勘違いしないでよね英二先輩! 」


 大声で言った後、美鈴が声のトーンを落として続ける。


「怪我をするのも嫌だし死ぬのなんて考えられない、だからって霊力を無くした英二先輩を見るのなんてもっと厭よ、サンレイちゃんとハチマル先輩と別れるのも厭、ガルルン先輩をモフモフできないのも厭、今のままが好きなのよ」


 美鈴が背中の羽を手で掴む、


「このまま飛べなくなっても英二先輩を恨んだりしないわ、私は英二先輩のために戦ったんじゃない、私自身のために戦ったのよ、今の生活を守りたいから」

「美鈴ちゃん…… 」


 掛ける言葉を考える英二の向かいで秀輝が口を開く、


「俺たちもそうだぜ、俺も宗哉も好きで首を突っ込んでるんだ。ハッキリ言って死ぬ覚悟なんて出来てないぜ、でもな、死んだって後悔なんてしない自信はあるぜ、だからHQの……仁史さんの言う事なんて気にするな、そんな事でサンレイちゃんとハチマルちゃんと別れるなんて絶対に厭だぜ」

「秀輝……俺も厭だよ……でも…… 」


 サンレイが英二の頭をペシッと叩く、


「でももクソも無いぞ、おらとハチマルは英二の守り神だぞ、神がダメって言ってんだ。英二は黙って従えばいいぞ」

「痛てて……うん、わかったよ」


 頭を叩かれて我に返ったように英二が頷いた。

 秀輝や宗哉が危険な目に遭うのは嫌だがサンレイやハチマルと別れる事など考えられない。


 ハチマルが英二の背をポンポン叩いた。


「秀輝や宗哉、小乃子たちを傷付けたくなければお主が頑張ればよいんじゃ、お主にはそれが出来る力があるんじゃぞ、儂とサンレイとガルルンで鍛えてやる。それがお主の取る道じゃ、HQに霊力を渡すなど愚かな事じゃぞ」

「うん、強くなるよ、なってみせるよ」


 力強くこたえる英二を見てサンレイはもちろんハチマルや秀輝に美鈴も嬉しそうに微笑んだ。

 サンレイがなまざらしと戦っていた方を向きながら英二が訊く、


「ところでガルちゃんはどうした? 」

「なまちゃんをボコってるぞ、なまちゃん強いけど2人なら余裕だぞ、そんで疲れたから交代で様子見に来たぞ」


 悪い笑みでこたえるサンレイを見て美鈴が顔を引き攣らせる。


「なま様をボコるって……サンレイちゃんとガルルン先輩とは喧嘩しないように気を付けよう」


 吹っ飛ばされたHQが汚れを払いながら立ち上がる。


「まったく……休戦協定違反ですよ」


 やれやれと言うように歩いてくるHQをハチマルが睨み付けた。


「先に術を仕掛けてきおった癖に何を言っとる」

「英二の兄ちゃんでも容赦しないぞ」


 いつも以上にバチバチと激しい雷光を纏ったサンレイがハチマルと並んだ。



 そこへなまざらしが逃げてくる。


「HQダメなのだ。サンレイとガルルン相手じゃ分が悪すぎるのだ」

「火山咆哮! 」


 追い掛けてきたガルルンが口から炎を吐き出す。


「びえぇぇ~~、水っ鼻」


 なまざらしが鼻から水を吹き出して纏わり付く炎を消していく、


「あのエロ饅頭、ガルのおっぱい触ってきたがお、吃驚してたら逃げたがお」


 ガルルンがハチマルの隣り、サンレイとは反対側に立った。


「なまちゃんスケベだからな」

「犯罪者がお、死刑にするがお」


 とぼけ顔のサンレイと違いガルルンはマジで怒っている。

 なまざらしがHQの後ろに逃げていった。


「ハチマルも居るのだ。分が悪すぎるのだ」


 HQが温かな目でなまざらしを見つめる。


「分が悪いですか……なまさんは女性に優しいですからね」


 HQの正面でハチマルがマジ顔で口を開く、


「一時休戦は終わりじゃな」

「そうなりますね、話し合いで済めば楽でしたのに…… 」


 マジ顔でこたえるHQを見つめながらハチマルが続ける。


「最後に一つ訊きたい」

「なんでしょう? 」


 マジ顔の2人が見つめ合う、


「力の探求だけではあるまい、お主言っておったじゃろ、時として無謀だと思える事もしなければならないと……その言葉に何を隠しておる」


 HQが目を閉じて話を始める。


「闇に棲まうもののけは闇そのものだと思っていた。人に闇があるようにもののけにも闇があった。闇に棲まうものの大きな闇が……それを成すために力を欲する。私は……私も同じだ。力に魅了されたのですよ、その為なら実弟でも手に掛ける。それだけです」


 HQが目を閉じる寸前、寂しい色が浮んだのをハチマルは見逃さない。


「それだけで実の弟の命を狙うというのか? 」


 ハチマルの声に先程までとは違う優しいものが乗っている。


「充分な理由になりませんか? 」


 問いに問いで返すHQの口調も柔らかい。


「今は話せんか…… 」


 呟くように言ったハチマルをじっと見つめるHQは何も言わない。


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