第135話
向かいの壁際にいた朧車が体勢を整える。
「じししししっ、何が起きたか知らんが人間如きが私に勝てると思うなよ」
奇妙な声で笑いながら朧車が突っ込んでくる。
「喰らえ! 牛火」
迫り来る朧車が英二と秀輝に向かって口から火の玉を吐き出す。
「6寸玉! 」
英二が前方の床に爆発する気を投げてその爆風で飛んできた火の玉を相殺した。
「じしししっ、死ねぇ~~ 」
轢き殺そうと体当たりしてくる朧車に秀輝が鉄パイプを叩き付けた。
バンッという音と共に白い光が朧車を包み込む、
「じじじへぇぇ~~ 」
朧車が吹っ飛んで転がった。
「じひぃ~、じひひぃ~~ 」
横向きに倒れた朧車が呻きながらゴロッと体を元に戻す。
「何だ? 何だそれは? 霊力を持っているのは英二だけじゃ無かったのか」
「今の秀輝は俺より強いよ、反射神経も体力も全て俺なんかよりずっと上だからな」
秀輝を見て顔を引き攣らせる朧車の向かいで英二が嘯いた。
「そう褒めるなよ、でもまぁ後4回くらいは俺が強いのは事実だぜ」
霊力の籠もった鉄パイプを握り締めて秀輝がニヤッと不敵に笑った。
「じじじじ……人間の癖に……牛火を喰らえ! 」
朧車が大きな顔の大きな口をガチガチ悔しそうに鳴らすと火の玉を連続で飛ばす。
「爆練、4寸玉! 」
英二が両手から爆発する気を連続で放つ、飛んできた火の玉に爆発する気を正確に当てて相殺していく、
「じしししっ、牛輪潰し」
朧車が続けて左右の大きな車輪を転がしてくる。
「2つ同時かよ! 」
叫ぶ秀輝の前に英二が出る。
「任せろ! 」
大きな車輪が2つ転がってくる後ろから車輪も無いのに朧車が突進してくる。
「じしししっ、轢き殺してやる」
英二が両手を車輪に向ける。
「爆突、6寸玉! 」
爆発方向を制御する一点集中型の貫く技である爆突を2つ放つと足下を爆発させて宙に浮いた。
「よっしゃぁあ~ 」
飛び上がった英二の後ろから秀輝が朧車に向かって行った。
大きな爆発がして2つの車輪が飛んでいく、爆発が巻き上げた粉塵で視界が消えた。
「じし! みっ、見えん! 」
粉塵に突入した朧車がスピードを緩めた。
その顔面に秀輝の鉄パイプがぶち当たる。
バンッと一際大きな音が辺りに響く、同時に朧車の悲鳴が聞こえた。
「じへぇ~、ぎへへぇ~~ 」
悲鳴を上げながら朧車が下がっていく、粉塵が消えて視界が広がる。
「じひぃ~、じじひぃぃ~~ 」
苦しげに呻く朧車が見えた。
「やったぜ」
「決まりだな」
秀輝と英二がハイタッチで喜んだ。
朧車は酷い有様だ。
大きな顔の左半分が牛車の車体と共に抉れている。
「じひぃ~、じひひぃ~~ 」
呻く朧車に車輪が戻っていくが左の車輪は車体が壊れているのでくっつかない。
「じへぇ~~、じひひぃ~~ 」
苦しげに呻く朧車の前に英二と秀輝が立つ、
「降参しろ、今なら許してやる」
「次で右を潰すからお前死ぬぜ」
両手に気を溜めた英二と鉄パイプを握り締めた秀輝が凄んだ。
息ピッタリの2人の戦いを見て美鈴が感嘆の声を上げる。
「凄いわね、あれだけ戦える人間が現代にいるなんて知らなかったわ」
「現代どころか呪術者どもがいっぱいいた大昔でも英二ほどの人間なんて片手で数えるくらいしか居ないぞ」
積んである資材に座ってサンレイが呑気にこたえた。
「あぁん、英二先輩の子が欲しいわ、強い子が産みたいのよ」
身を捩って艶めかしい声を上げる美鈴の腕をサンレイが引っ張る。
「残念だけど美鈴は無理だぞ、チンコしか付いてないぞ」
戦いの最中にも拘わらず英二がバッと振り返る。
「女の子がチンコとか言うな! 」
「おお、聞こえてたぞ、言うなっていわれてもなぁ、チンコの事はチンコとしか言いようがないぞ、変な言い方したら却ってエロくなるぞ」
サンレイが嬉しそうに言った。戦闘中に余計な話しを聞いて理解してこたえられる程余裕があるという事だ。
左半分を失った朧車が恐怖に顔を引き攣らせて口を開く、
「助けてくれ、私の負けだ。妖力は半分も残ってない……降参する。殺さないでくれ」
必死で頼む朧車を見て英二が表情を緩ませる。基本的に優しい英二はキモい妖怪であっても殺すまではしたくないのだ。
「わかった。その代わりに知っている事を全部話して貰うぞ」
「知っている事? はて? 私は何も…… 」
この期に及んでとぼけようとする朧車の目の前に秀輝が鉄パイプを振り下ろす。
「妖怪なまざらしとクソ坊主HQの事だ。お前がそいつらの手下って事は知ってんだぜ」
「わ……わかった。話す。知っている事は全部話す」
朧車が震える声でこたえた。
同時に後ろで呑気に見ていたサンレイがバシッと消える。
「英二、秀輝、気を付けろ! 」
2人の間にサンレイが瞬間移動で現われた。
「何かあったのか? 」
英二が向き直るとサンレイがマジ顔で頷いた。
「おらの結界を破って2人入ってきたぞ」
「サンレイちゃんの結界が破られたのか? 」
驚く秀輝の反対側で英二が厳しい表情でサンレイを見つめる。
「HQって坊主だな、もう1人は妖怪なまざらしか」
「多分そうだぞ、気配も妖気も感じないけど結界破って2人入ってきたのはわかんぞ」
マジ顔でこたえるサンレイの元へ美鈴が飛んでくる。
「どうしたの? 朧車に止めを刺さないの? 」
「それどころじゃないぞ、なまちゃんとHQが来たぞ」
「なま様が…… 」
マジ顔のサンレイの前で美鈴が絶句した。
サンレイがバチバチと雷光をあげる腕を朧車に向ける。
「ボロ車はさっさと片付けて逃げるぞ」
「逃げるって…… 」
サンレイらしくないと言う言葉を英二が飲み込んだ。
ハチマルとガルルンが居ない状態で戦うには不利な相手だ。
「待て……殺さないでくれ、全部話す。私の知っている事は全部話すから…… 」
朧車が必死で命乞いをする。その時、薄暗いホールに声が響き渡る。
「余計な事は話すな朧車! 」
「まったく、さっさと英二を捕まえないからこうなるのだ」
HQの叱責する声に続いて何処か間の抜けた声が聞こえてきた。
「くそっ! さっさと…… 」
雷光をあげる拳を振り下ろそうとしたサンレイが吹っ飛んで転がった。
「サンレイ! 」
「サンレイちゃん!! 」
英二と秀輝が振り返って叫ぶ傍で美鈴が震えた声を出す。
「なっ、なま様…… 」
英二と秀輝が慌てて前に向き直ると黒い妖怪が立っていた。
「これが妖怪なまざらしか」
「こいつが黒幕かよ」
英二が両手に霊気を溜め、秀輝が霊気の籠もった鉄パイプを握り直す。
妖怪なまざらしは以前ハチマルに聞いた通りの姿をしていた。
青黒い肌、大きな丸い目に小さな鼻と横に大きな口、小太りで短い手足が付いている。喩えるならナマズとアザラシが混じったような姿だ。
背は150センチメートル程で大きな妖怪ではないが太っているので実際の身長よりは大きく感じる。
水棲妖怪で水を使った術が使えるが余り旨くない、妖力は有り余っていて力押しで戦いを進めるタイプのパワー系妖怪だ。
昔は人や獣を襲って生皮を剥いで日干しにして食べていた。
日干すことを晒すと言う、生皮を晒す妖怪で生皮晒し、それが訛って『なまざらし』と呼ばれるようになった。
サンレイとは古くからの知り合いで時に戦い、時に一緒に町を荒らしたり悪さをする悪友といった関係だ。
パワーはサンレイよりも強いが術はサンレイよりも下手である。其の上スケベで間の抜けた所があってそこを突かれてサンレイとの戦いでは決着が付かずに引き分けで終わる事が多い、といった感じなのでハチマルには到底敵わない、だがハチマルも認める大妖怪である事は間違いない。
なまざらしが丸い目でジロッと英二たちを見つめた。
「お前が英二だな、成る程……良い霊力を持ってるのだ」
ナマズとアザラシが混じったような顔に小太り、ゆるキャラそのものといった姿に語尾に『のだ』を付ける抜けた話し方に英二の気が緩んでいく、
「のだって…… 」
話し掛けようとした英二の横で秀輝が鉄パイプで殴り掛かる。
「この野郎! 」
白い光と共にボンッと大きな音が鳴る。
諸に当たった感触が秀輝の手に伝わってくる。
「やったぜ! 」
嬉しそうに大声を上げる秀輝の前で妖怪なまざらしが短い手で額を擦る。
「行き成り何をするのだ? 礼儀も知らないのだ」
「なっ……なん!? 」
秀輝が絶句する。
軽自動車ほどもある朧車を半壊させる攻撃を受けても妖怪なまざらしは平然としていた。
「効いてない? 効果が切れたのか? でも爆発したよな」
確認するように訊く英二に秀輝がうんうん頷いて続ける。
「ああ、しっかり叩き込んだぜ、間違いなく効果はあった。この手に感触が残ってるぜ、3回程残ってて今使ったからあと2回は使えるはずだぜ」
信じられないといった表情でこたえる秀輝から英二がなまざらしに視線を戻す。
「魂宿りの霊刀が平気かよ」
驚く英二を見てなまざらしがムッとして口を開く、
「平気じゃないのだ。おでこが一寸痛いのだ」
摩っていた手をどけるとなまざらしの額が少し赤みを帯びていた。
「痛いって……くそっ! 」
再度切り付けようとした秀輝を美鈴が止める。
「無駄よ秀輝先輩、今のなま様にそんなものは効かないわ」
「効かないって? 」
秀輝の代わりに英二が訊くと美鈴が続ける。
「妖気が体を覆っているのよ、だから英二先輩の霊気を弾き返したの、妖気の鎧を纏っているって言った方が分かり易いかしら」
「妖気の鎧かよ」
秀輝が鉄パイプを下げた。
あと2回程しか攻撃できないのだ。無駄に使うような事はしない。
なまざらしがジロッと美鈴を見る。
「久し振りなのだ」
短い右手を上げるなまざらしに美鈴がサッと頭を下げる。
「御久し振りです。なま様」
「お前は倒されたと朧車から連絡があったのだ。生きてたのだな、元気で良かったのだ」
嬉しそうに笑顔を見せるなまざらしは悪い妖怪には見えない。
「済みません、英二を狙う作戦は失敗しました…… 」
美鈴がバッと英二と秀輝の前に出る。
「私が時間を稼ぐ、英二先輩は逃げてください」
振り向かずに言うと美鈴がなまざらしに向かって構えた。
「何のつもりなのだ? おいらと戦う? おかしくなったのか? 」
なまざらしが美鈴を見て首を傾げる。
「済みませんなま様、私を妖怪にしてくれたなま様には返しきれない恩があります。でも英二先輩にも命を助けて貰いました。私は……私にはこうするしかないのです」
蜂姿なので表情はわからないが覚悟を決めた言葉になまざらしが頷いた。
「そうなのか……わかったのだ」
美鈴が大声を出す。
「早く逃げろ! 私なんか5分も持たないわよ」
なまざらしを警戒して振り返らない美鈴の背に英二と秀輝が声を掛ける。
「美鈴ちゃんを残して行けるわけないだろ」
「だぜ、友達を犠牲にして逃げるなんて出来るかよ」
美鈴がバッと振り返る。
「何言ってるの? 英二先輩を取られたら負けなのよ、私は負けたくないの、だから逃げて……先輩たちの仲間に入れてもらえて嬉しかったのよ」
「美鈴ちゃん…… 」
身を挺して守ろうとしてくれる美鈴に英二も秀輝も言葉が出てこない。
なまざらしが呑気な声を出す。
「何勘違いしてるのだ? おいら妖蜂と戦う気なんて無いのだ」
驚いた様子で美鈴が前に向き直る。
「戦わないって英二を諦めたのですか? 」
「お前如きの相手などあいつで充分なのだ」
なまざらしがくるっと振り返る。
後ろで朧車が目に怒りを灯して待ち構えていた。
「HQか…… 」
「あのクソ坊主だぜ」
英二と秀輝が顔を顰める。
朧車の脇に狐面を被り煤けた法衣を纏ったHQが立っていた。なまざらしの妖力の詰まった水晶玉で朧車を治したのだ。
「どうです? 戦えますか? 」
優しい声を掛けるHQに朧車が相好を崩す。
「じししししっ、大丈夫だ。なま様の水晶玉は完璧だ」
奇妙な声を出して笑う朧車にHQが水胆を差し出す。
「それは良かった。でも今の貴女では力不足ですね、私となまさんに任せて引き下がるか、それともこれを使って戦うか、どうします? 」
「水胆か……ここで引き下がって堪るか、使わせてもらうぞ」
朧車が長い舌を出してHQの掌から水胆を絡め捕る。
それを見ていた英二が大声を上げる。
「止めろ! 水胆は妖力を大きくする薬じゃない、妖力を前借りして使い果たす薬だ。一度使ったら最後、数百年分の妖力を使い切って下手をしたら死ぬぞ」
「じししししっ、そんな事知っている。だがここで引けるか、貴様らを倒してHQやなま様に私を認めさせればこの先大妖怪として京都で大暴れできる。その為なら数百年分の妖力など失っても構わん、私はそこらの雑魚妖怪と違ってその程度では死なないからな」
大笑いすると朧車が水胆を飲み込んだ。
「覚悟の上かよ」
吐き捨てる秀輝に美鈴が振り向く、
「朧車は人間の醜い争う心から生まれた妖怪よ、自分の事も勝ち負けでしか決められないの、だから勝つためならどんな事でもするわよ」
「サンレイと美鈴ちゃんを操って諍いを起こそうとしたヤツだからな」
英二がぐっと両手に霊気を溜める。
「じししししっ、来た。来た来た。力が漲ってくる。じししししっ」
大笑いする朧車の体がムクムクと膨らんでいく、軽自動車程だった体が中型トラック程に大きくなり、左右に1つずつだった車輪が3つずつ、合計6つに増えている。それだけではない、牛車に大きな老婆の顔が付いただけで腕が無かった元の体と違い、左からショベルカーのような大きなショベルが生え、右にはボーリングマシンのドリルが生えている。
水胆の力で変化した車の妖怪と言った形状だ。
「力が漲る。これなら勝てるぞ、英二はもちろんチビの神など怖くはないわ」
朧車が力を試すように近くに置いてあった積んである資材を左のショベルで叩き壊す。
「じししししっ、凄いぞ、勝てるぞ……さっきはよくもやってくれたな! 轢き殺してミンチにしてやる」
血走った目でギロッと英二たちを睨み付けた。
英二が両手を前に構えながら口を開く、
「俺の爆発であいつの力がどれくらいか試してみる。美鈴ちゃんは秀輝を連れて飛んでくれ、俺は自分でジャンプできるから」
「わかったわ英二先輩」
「俺の鉄パイプはあと2回だからな、了解したぜ」
美鈴が秀輝の後ろに回って腰の辺りに腕を回す。
「じしししっ、叩き殺してやる! 」
怒り猛った朧車が突っ込んでくる。
「爆突、8寸玉! 」
英二が左右の手を使い爆発する気を少し間を開けて二つ飛ばした。
室内という事もあるが変化した朧車の力を試すという事もあって尺玉では無く8寸玉だ。これでも今の英二の能力なら中型トラックをぶっ飛ばす程の威力がある。
1発目が朧車にぶち当たる。
「やったぜ、諸に喰らったぜ」
喜ぶ秀輝の後ろで美鈴が羽を広げる。
「ダメよ、妖気が消えてない」
言葉が終わらぬ内に2発目がぶち当たる。
「ダメ! 英二先輩逃げて!! 」
秀輝を抱きかかえて美鈴が飛び上がる。
「爆跳! 」
2人に続くように足下を爆発させて英二が跳んだ。
「じしししっ、貴様らの術など今の私には効かんぞ」
正面から2発喰らっても朧車は平然としていた。
ジャンプした英二が朧車を越えて向こうの壁際に着地する。
「マジかよ…… 」
「水胆ってこれ程の力があるのね」
絶句する秀輝を抱えながら美鈴が英二の傍に降り立った。
「爆突で傷1つ付かないなんてヤバいぞ、どうする? 」
朧車を警戒しながら英二が考える。
その時、右でバチッと青い光が薄暗いホールを照らした。
「ほげぇ~~ 」
大きな悲鳴を上げてなまざらしがぶっ飛んでいく、
「なまさん!! 」
「閃光チョ~ップ! 」
驚くHQにサンレイの手刀が迫る。
「うぉぅ!! 」
叫ぶHQの狐面をサンレイの手刀が掠めた。
「ちっ! 外れたぞ」
舌を鳴らすサンレイからHQが飛び跳ねるように距離を取った。
資材の山にぶつかって転がったなまざらしがムクッと起き上がる。
「痛てて……行き成り何をするのだ? サンレイ卑怯なのだ」
「卑怯も何も無いぞ! なまちゃんこそ英二を狙うなんて卑怯だぞ」
サンレイが目を吊り上げて怒鳴った。
英二がほっと息をつく、
「サンレイ良かった」
「あれくらいでやられるわけないとわかってたけどな」
秀輝の隣で美鈴が頷く、
「隙を狙っていたみたいね、サンレイちゃんらしいわ」
サンレイがバチッと消えた。
「じしっ、死ねぇ~~ 」
余所見をしていた英二たちに朧車が迫る。
「閃光キィ~ック! 」
バチッと現われたサンレイが朧車を蹴り飛ばした。
「じへへぇ~~ 」
英二の爆突でも無傷だった朧車が5メートル程飛んで転がる。
「ボロ車が好き勝手やんな! ぶっ殺すぞ!! 」
サンレイの口調が荒い、マジで怒っている。
朧車がぐるんと起き上がる。
「じししっ、チビの神か」
奇妙な声で笑うと六つある車輪の前二つがガコンと外れた。
「牛輪潰し」
大きな車輪を二つ転がすとその後ろから朧車が突っ込んできた。
「じしししっ、貴様から殺してやる! 」
サンレイが片手を床に付けた。
「放電地走り! 」
雷が床を走って大きな車輪を吹っ飛ばす。雷は朧車にも当たるが平然としている。
「じししっ、電気など今の私には効かないよ、ミンチにしてやる」
突っ込んできた朧車にサンレイが床に付けた手とは反対側の手を向けた。
「雷砲、石礫! 」
サンレイの手から雷光を纏った小石が飛び出した。見えないくらいに速い、朧車は避ける事も出来なかった。
「じがっ! 」
悲鳴を上げる朧車の大きな顔の額に穴が空いている。
「電気が効かないなら違う方法を使えばいいぞ、おらの電気を使えば小石も砲弾になるぞ」
ニヤッと笑うサンレイの後ろで見ていた英二が呟く、
「レールガンってところか」
「小石って見えなかったぜ、凄ぇな」
驚く秀輝の後ろで美鈴が朧車を指差す。
「まだよ、朧車の妖気に変化は無いわ」
美鈴の言う通りだ。
朧車が奇妙な声を上げて笑い始めた。
「じししししっ、チビでも神だな、流石だ。だがこの程度で私を倒せると思うなよ」
大きな顔の額に開いた穴が塞がっていく、転がった二つの車輪も体に戻っていった。
「にひひひひっ、デカいだけのノロマだぞ、おらをチビって言った事、死んでから後悔しても遅いぞ」
バチバチと雷光を纏ってサンレイが笑い返す。
ヤバい、サンレイのやつマジで怒ってる。英二が振り返る。
「秀輝、美鈴ちゃん、少し離れよう、サンレイがマジだ」
「その方が良さそうだな」
サンレイが怒っているのが秀輝にもわかったらしい、英二たちは少しずつ後ろへ下がっていった。
「じしししっ、これでも喰らえ、牛火」
朧車が火の玉を吐き出す。先程までの火の玉では無い、倍近く大きくて速い。
「火なんか平気だぞ」
火の玉を弾き落とすサンレイに朧車が突っ込む、
「じししっ、もらった」
「雷ド~ン! 」
正面から突っ込んできた朧車にサンレイは両手を向けると雷を叩き付けた。
「じひぃぃ~~ 」
悲鳴を上げて朧車が吹っ飛んでいく、
「ひじぃ~、じひひぃ~ 」
ヨロヨロと起き上がる朧車の顎から下が抉れている。前の車輪も二つ無くなっていた。
「にひひひっ、お前なんて水胆を使っても雑魚だぞ」
バチバチと雷光をあげるサンレイの体が半透明になって揺らぐ、
「サンレイ…… 」
心配する英二の声が聞こえたのかサンレイが振り返る。
「大丈夫だぞ、ちょっと本気出したから体が揺らいだだけだぞ」
話す間にサンレイの体が元に戻っていった。
「よかった。無理はしないでくれよ」
「にゃはははっ、大丈夫だぞ、力減ったら英二に貰うからな」
安堵する英二にサンレイが嬉しそうな笑みを見せた。
サンレイが前に向き直る。
「覚悟しろボロ車、ぶっ殺してやるぞ」
「じひぃ~、じじひぃ~~、私の負けだ。助けて…… 」
腕を向けるサンレイを見て朧車が命乞いをする。
「まったく、役に立たないのだ」
朧車の前に妖怪なまざらしが立った。
「なま様ぁ~、お助けください」
「サンレイはおいらが相手をするのだ。お前は英二を捕まえるのだ。いいな、もう失敗は許さないのだ」
なまざらしが振り返りもしないで水晶玉を朧車の前に転がした。
「水晶玉、妖力の詰まった水晶玉だ」
長い舌を出して水晶玉を絡め捕ると朧車が飲み込んだ。
黒い妖気が朧車を包み込む、直ぐに消えると朧車の体が元に戻っていた。
「じししししっ、ありがとうございます。英二は必ず捕まえます」
慇懃に頭を下げる朧車に構わずなまざらしがサンレイを指差した。
「おいらが相手をしてやるのだ。今日こそ倒してやるのだ」
「にひひひっ、なまちゃんがおらに勝てると思ってるのか? 上等だぞ」
サンレイがバチッと消えると妖怪なまざらしもバシュッと足下に水を残して消えた。
英二から見て左の壁際にサンレイとなまざらしが現われた。
「雷パァ~ンチ! 」
「大潮パンチなのだ」
パンチが交差して2人とも吹っ飛んでいく、サンレイは空中でバチッと止まるがなまざらしは壁にぶつかってぐちゃっと止まった。
「にひひっ、ガマガエルが潰れたみたいになってんぞ」
「痛いのだ……でもこれくらい平気なのだ」
垂直の壁に足を着いてなまざらしが立ち上がる。英二たちから見て横向きになっている。
「横に立ってるぜ」
「妖怪だからな何か術を使ってるんだろ」
驚く秀輝と英二の見つめる先でサンレイとなまざらしの戦いが始まった。




