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第134話

 薄暗いホールの壁、高い天井から3メートル程下に作業用の通路が作り付けられている。

 その通路に着物姿の女が立った。


牛火ぎゅうか


 女が口から火の玉を幾つも飛ばす。


「なん!? 」


 逸速く気付いたサンレイがサッと手を振る。


「ブンブンバリアー 」


 バチバチと雷光をあげる電気の壁が火の玉を防いでいく、


「何が…… 」

「敵か? 」


 慌てて涙を拭く英二の横で秀輝が辺りに目を凝らす。


「サンレイちゃん、あそこよ」


 英二の後ろで美鈴が壁の通路に立つ着物姿の女を指差した。

 こたえる代わりにサンレイがバチッと消えた。


「雷パァ~ンチ! 」


 バチッと女の正面に現われるとサンレイが拳を叩き込む、


「じししししっ」


 奇妙な声で笑うと女がササッと横に走って避けた。急に現われたサンレイのパンチを避けるくらいに素早い。

 サンレイのパンチが壁に当たって通路を崩す。


「お前の仕業だな」


 崩れた通路の上にサンレイが立つと女と向き合う、


「じししししっ、だったらどうする? 」


 掠れた声で女が笑った。若く見えるが声は年寄りのようである。

 サンレイが纏う雷光がバチバチと女を照らす。


「あの女は…… 」


 顔を顰める美鈴に英二が振り返る。


「美鈴ちゃん、知っているのか? 」

「知ってるわ、あれは朧車よ、あの声、間違いないわ」


 頷いてこたえる美鈴のおっぱいをガン見しながら秀輝が口を開く、


「朧車って前にサンレイちゃんとガルちゃんが話してたヤツだよな、只乗りして遊びまくったって言ってたヤツだぜ」

「ああ、だとしたらヤバい、サンレイとガルちゃんに恨みを持ってるからな」


 英二が大声を出す。


「サンレイ、そいつは朧車だ」


 崩れた通路の上でサンレイが首を傾げる。


「朧車? ああ、思い出した。この妖気は大ボロ車だぞ」


 サンレイの向かいで女が目を吊り上げて怒鳴り出す。


「誰が大ボロ車だ。私は朧車だ。貴族の乗る牛車の妖怪だ。格調高い妖怪だ。そこらの雑魚妖怪と一緒にするな」

「にひひひっ、何言ってんだ? おらから見ればお前も雑魚だぞ」


 バカにするように笑うサンレイの前で朧車が化けた女が大きく口を開く、


「牛火」


 ゲフッと言う大きなゲップと共に口から火の玉が飛び出した。


「さっきの火の玉だぞ、ゲップが燃えてるぞ」


 興味津々の顔でサンレイが火の玉を避けていく、下で見ていた英二が考えるように口を開く、


「ゲップか……朧車は牛車の妖怪だったな、メタンガスだ。牛のゲップにはメタンガスが混じってるからそれに火を点けてるんだ」

「英二先輩物知りだね、でも只のメタンガスじゃないよ、妖気を帯びて普通の炎じゃないからね」


 言いながら美鈴が姿を変えていく、大きなスズメバチといった妖蜂姿に変るとサンレイに大声を掛ける。


「サンレイちゃん手伝おうか? 」

「にひひっ、手伝いはいいぞ、ボロ車なんておらの相手にもならないぞ」


 余裕に手を振るサンレイを見て美鈴が続ける。


「それじゃあ英二先輩と秀輝先輩は私に任せて頂戴、この姿なら2人を抱えて飛べるからね、サンレイちゃんは安心してボロ車を片付けていいわよ」

「おう、任せたぞ」


 気軽にこたえるサンレイから目を離すと朧車が美鈴を睨み付けた。


「ボロ車だと……裏切り者の妖蜂が! 」


 朧車が英二たちに向かって口を大きく開く、


「牛火」

「雷パァ~ンチ! 」


 火の玉を飛ばそうとした朧車の頬にサンレイの拳がぶち当たる。


「はぐぅ……アチチ………… 」


 火の玉が口の中へと引っ込んで朧車がのたうち回る。


「余所見してんな、お前の相手はおらだぞ」


 サンレイが続けて蹴りを食らわす。


「閃光キィ~ック! 」

「じへへぇぇ~~ 」


 叫びを上げて朧車が落ちていく、


「毒でも喰らえ! 」


 英二の前に出ると美鈴が毒針を飛ばす。


「ぐじじ…… 」


 毒針が刺さって朧車が呻きを上げた。

 サンレイが美鈴の前に降りてくる。


「手出しするなって言ったぞ」

「あははっ、ごめんなさい、チャンスだったからつい手が出ちゃった。でも痺れさせただけだから止めはサンレイちゃんが刺してよ」

「仕方無いなぁ~、英二の彼女だから大目に見てやるぞ」

「あぁん、彼女じゃなくてフィアンセよ、高校卒業したら直ぐに結婚するのよ」

「おおぅ、おらが仲人してやるぞ」


 朧車の事を忘れたかのようにじゃれるサンレイと美鈴の後ろで英二が泣き出しそうな声を出す。


「違うから、そんな関係じゃないからな、結婚とかしないからな大学行くからな」

「結婚しても大学行けるぜ、美鈴ちゃんお菓子だけじゃなくて料理も旨いみたいだし良い嫁さんになるぜ」


 秀輝にもからかわれて英二は味方不在だ。

 仲の良い4人を見て朧車が化けた着物姿の女が上半身を起こす。


「なっ、仲違いさせる私の術をどうやって破った? よっ、妖怪だろうと簡単には破れないはずだ」


 毒が効いて痺れているのか声が震えている。


「仲違いさせる? 」


 英二が顔を顰める前でサンレイが思い出したように口を開く、


「ハチマルが言ってたぞ、大ボロ車は仲違いさせて争わせる術を使うって言ってたぞ」

「それでサンレイと美鈴ちゃんがおかしくなってたんだな」


 英二の隣で秀輝がわかったと言うように頷いた。

 朧車が英二と秀輝を指差す。


「それに男共は何故初めから仲違いしなかった? 私の術の掛かったソフトクリームを食べたはずだ。半分も食べれば充分効くように調整してあったはずだ」


 英二と秀輝が顔を見合わせる。


「俺たちにも術を掛けてたのかよ」

「でも効かなかったぜ……あのソフトクリームだ!! 」


 ハッと何かに気付いたように秀輝が声を大きくする。


「俺たち半分も食べてないぜ、食べ合いっこって言ってサンレイちゃんに殆ど食われたからな」

「そうか! 俺も秀輝もアイスは殆どサンレイに食われてコーンに残ったのしか食べてないからな、それであいつの術が余り効かなかったんだ」


 2人の話しを聞いてサンレイがペッタンコの胸を張る。


「にへへへっ、おらの御陰だぞ、感謝しろよ」


 自慢気なサンレイの前で英二が違うと手を振った。


「いやいや、たまたまだからな、俺が掛かる代わりにサンレイが思いっ切り術に掛かってたからな」

「サンレイちゃんのアイス好きに救われたって事か、全員術に掛かってたらヤバかったぜ、ハチマルちゃんに連絡も出来ないからな」


 秀輝がほっと胸を撫で下ろす。



 話しを聞いていた朧車が奇妙な声で笑い出す。


「なに……食べていないだと…………じししししっ、私のミスだ。じししししっ、仕方がない……じししししっ」


 着物姿の女が変化していく、厚化粧がバラバラと落ちて皺くちゃの顔が現われた。

 その顔がどんどん大きくなっていき畳一畳ほどの大きさになる。人の体は無い、牛が引く牛車が体だ。つまり牛車に老婆の大きな顔が付いているという姿だ。これが朧車の正体である。


「うわぁっ! 」


 英二が思わず声を出す。

 結構美人だったのが皺くちゃのババァになったのだから驚くのも無理はない、おまけに畳一畳ほどもあるババァ顔は迫力満点だ。


「キモ! あれが正体かよ」

「あれは無いよな、凄ぇ若作りだ」


 顔を引き攣らせる秀輝と英二の前でサンレイが大声で笑い出す。


「にゅははははっ、ボロの上にババァ車だぞ、ボロでババァってどうしようもないぞ」

「あはははっ、サンレイちゃん口悪いぃ~~ 」


 並んで笑う美鈴を朧車が睨み付ける。


「何がおかしい! 貴様も蜂の化け物だろうが」

「なっ……蜂だから…… 」


 化け物と言われて怯む美鈴の後ろで英二が大声を出す。


「美鈴ちゃんの悪口を言うな! お前みたいにキモいのと違って美鈴ちゃんは格好良いだろが、洗練された蜂型のロボットみたいな感じで格好良いんだ」


 隣で秀輝も大声で続ける。


「だな、蜂は格好良いフォルムしてるぜ、牛車にババァのデカい顔を付けただけのキモいのと一緒にするな」


 美鈴がバッと振り返る。


「英二先輩……秀輝先輩も…… 」


 蜂の姿なので表情はわからないが声から喜んでいるのがわかる。

 朧車が英二と秀輝をジロッと睨む、


「じししししっ、人間風情がバカにするな! 」


 怒鳴ると同時に口から火の玉を飛ばす。


「喰らえ、牛火」

「ブンブンバリアー 」


 サンレイが電気の壁を出して火の玉を防いだ。


「美鈴、英二たちを頼むぞ」


 振り向いたサンレイの目に何やらしている英二が映る。


「爆刀、鉈! 」


 バンッという音と共に金属製の柵を切って鉄パイプを取り出した。


「魂宿り! 」


 鉄パイプに霊力を込める。

 ボンッと音がして英二の手から鉄パイプが転がり落ちた。

 魂宿りは物に霊力を送って一時的に付喪神的な状態にする技だ。本物の付喪神と違って意思などは持たないが道具や武器として使う事が出来る。

 これを使う事によって霊力の無い秀輝や宗哉も戦えるようになる。だが今の英二では3度に1度くらいしか成功しない。


「にゃはははっ、何やってんだ失敗だぞ」


 楽しそうに笑うとサンレイが続ける。


「ボロ車なんておらが瞬殺してやるぞ、英二はそこで見てろよ」


 落ちた鉄パイプを拾って英二が口を開く、


「俺も戦うよ、サンレイと美鈴ちゃんを仲違いさせるような卑怯なヤツは許せないからな」


 美鈴がバッと飛んでくる。


「あぁ~ん、私のために戦ってくれるのね英二先輩」

「違うから……魂宿りが出来ないから離れててくれ」


 抱き付いてくる美鈴を英二が引き離す。

 蜂姿では少しも気持ち良くない事もあるが玉造は精神集中が肝なので邪心が混じると失敗するのだ。


 朧車の目がギラッと光る。


「牛輪潰し」


 牛車の車輪が外れて二回りも大きくなりゴロゴロ回って向かってくる。

 牛輪潰しは大きな車輪で相手を轢き潰す技だ。

 サンレイが前に向き直りながら右手を突き出す。


「雷ド~ン! 」


 大きな車輪をサンレイの雷が押し返す。

 その後ろで英二が鉄パイプに霊気を送る。


「魂宿り! 」

「凄い、英二先輩の霊力が鉄パイプに吸い込まれていったよ」


 美鈴の声でサンレイは振り返らなくても魂宿りが成功したのがわかった。

 英二が霊力の籠もった鉄パイプを秀輝に渡す。


「6回ってところだ。気を付けて使ってくれ」

「了解だぜ、6回あれば充分だぜ」


 受け取った鉄パイプを上下左右に振りながら秀輝が続ける。


「木刀よりちょっと重いな、握りも悪いけどどうにかなるぜ」

「俺が爆発で援護するよ、秀輝は隙を見てやってくれ」


 両手に気を溜めながら英二が言うと秀輝が無言で頷いた。



 英二と秀輝が戦う準備を整えている間にサンレイが朧車をぶっ飛ばす。


「閃光キィ~ック! 」

「じへぇぇ~~ 」


 青い雷光を放つサンレイの蹴りが諸に当たって朧車が向こうの壁際まで転がった。


「あんなにデカいのを一蹴りかよ」


 両手に気を溜めた英二の横で秀輝が鉄パイプを握り締める。


「凄いぜ、やっぱサンレイちゃんは凄いぜ」


 2人に褒められてサンレイが照れまくる。


「にゃははははっ、図体がデカいだけだぞ」

「拍子抜けね、妖力が結構大きいから強い妖怪だと思ってたわよ、仲違いさせる術が面倒なだけで私一人でも倒せるレベルじゃない」

「そだぞ、ボロ車は大したことないぞ、この辺り300メートルくらいの結界を張れるくらいに妖力はデカいけどそれだけだぞ、術の使い方とかなってないぞ、力押しだけじゃもっとデカい力持ってるおらに勝てるわけないぞ」


 呆れる美鈴の前でサンレイが床に両手を着いた。

 何をするのかと見ながら秀輝が口を開く、


「見かけ倒しってヤツだぜ、これなら俺と英二の2人で倒せるぜ」

「それは言い過ぎだよ秀輝、美鈴ちゃんみたいに飛べるならともかく火の玉と車輪を避けるのは結構大変だよ」


 敵を侮る秀輝を窘める英二に美鈴が抱き付く、


「あぁん、私が英二先輩の羽になってあげるわよ、そしたら朧車なんて一コロよ、朧車を倒してそのまま飛んでハネムーンに行きましょうよ」

「行かないから、結婚なんてしないからね」


 じゃれる英二と美鈴を余所にサンレイが術を唱える。


「雷網、閃光結び! 」


 薄暗いホール全体がバチバチと青い閃光に包まれていった。


「うぉっ! なんだ? 」

「サンレイか? 」


 秀輝が叫び英二がサッと顔を伏せる。


「眩しい! 」


 英二に抱き付いていた美鈴がよろける。


「目がちかちかするわよ」


 一瞬でも目にダメージを受けるくらいの眩しさだ。ましてや瞼の無い蜂姿の美鈴は光を諸に見たらしい。


「大丈夫か美鈴ちゃん」


 フラつく美鈴を支えながら英二がサンレイを見つめる。


「何やったサンレイ? 」

「結界だぞ、おらが電気の結界張ってやったぞ、この建物からボロ車は逃がさないぞ」


 肩で息をつくサンレイの顔を英二が覗き込む、


「大丈夫か? 無理するなよ」


 疲れた顔をしたサンレイがニッと笑う、


「大丈夫だぞ、ちょっと力使っただけだぞ、体も消えそうになってないだろ? でも暫く充電するからその間ボロ車を頼むぞ」

「無理だけはしないでくれよ」


 心配そうな英二の腰の辺りをポンポン叩いてサンレイが後ろに歩いて行く、


「おら術は苦手だから結界とか疲れるんだぞ、でも少し休めば平気だぞ、だから少しの間任せたぞ」

「任せてくれ、俺と英二で倒してやるぜ」


 秀輝が目を擦りながら鉄パイプを握り直す。



 向こうの壁際で朧車が動いた。


「じししししっ、喰らえ牛輪潰し! 」


 チャンスとばかりに朧車が大きな車輪を転がしてくる。


「今ので吃驚して俺は無理だ。秀輝任せる」


 英二が両手に溜めていた霊気は無くなっていた。


「任せろ! 」


 秀輝がサッと前に出ると霊力の籠もった鉄パイプを構える。


「じししっ、死にたいのか」


 愉しげに笑う朧車の前で秀輝がバットを振るように鉄パイプを大きな車輪に叩き付けた。

 ボンッと破裂するような音と共に大きな車輪が吹っ飛んでいく、


「ホームランだぞ」


 下がって見ていたサンレイが呑気な声で言った。

 車輪はホールの高い天井に当たると朧車の手前に落ちて転がった。


「じじ……何が…… 」


 皺くちゃの大きな顔を引き攣らせて朧車が秀輝を見つめる。何が起ったのかわかっていない顔だ。

 確かめるように鉄パイプを振りながら秀輝が振り向く、


「この前より凄くなってないか? これなら余裕だぜ」


 英二に支えられていた美鈴が1人で立って秀輝を見つめる。


「秀輝先輩凄い……って言うか英二先輩の霊力が凄いのね」


 英二が照れ臭そうに頭を掻いた。


「ハチマルとガルちゃんに鍛えてもらってるからな、でも3度に1度しか成功しないからまだまだだって怒られてるけどさ」

「おらの名前が入ってないぞ」


 後ろから聞こえてきたサンレイの声に英二が慌てて振り返る。

 そこへ美鈴が抱き付いた。


「ああぁん、英二先輩凄すぎです。もう絶対に離しません、私と結婚しましょうね」

「ちょっ、違うから……結婚とかは考えてないからね」


 慌てて美鈴を引き離すと英二がサンレイを見つめる。


「俺と秀輝に任せてくれ、朧車は雑魚妖怪より少し上なんだろ? 2人でやってみたいんだ。力を試してみたいんだ」


 マジ顔の英二をサンレイが見つめ返す。


「おらの名前が入ってなかったぞ」


 ムスッと怒り顔のサンレイを見て英二が慌てて口を開く、


「サンレイに鍛えてもらった成果を見せたいからさ、名前を入れなくてもわかりきってるくらいにサンレイの事は一番頼りにしてるからな」

「でひゅひゅひゅひゅ、しょうがないなぁ~、英二はおらがいないとダメだからな」


 嬉しそうに体を捻って喜びながらサンレイが続ける。


「んじゃ、任せるぞ、秀輝と2人でボロ車倒して見せろ」

「任せてくれ! あれくらい俺たちで倒せるって見せてやるぜ」


 英二がこたえる前に秀輝が大声で返事をした。


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