第133話
追ってくると思って英二が振り返るとサンレイと美鈴が睨み合っていた。
逃げるのを止めて英二は積んである資材の陰に隠れる。
「英二が決めないならおらが決めてやるぞ、オカマ蜂をぶっ殺せばいいだけだぞ」
「そうね、英二先輩が決められないなら私たちで決めるしかないわね」
サンレイと美鈴がバッと後方に跳んで距離を置く、また戦いが始まった。
「マジで遣り合うつもりかよ、どうにかしないと……戦いじゃ美鈴ちゃんが不利だな、秀輝がハチマルを呼んでくるまで俺がどうにかするしかないな」
考える英二の目に積んである資材の脇に置いてある袋が映る。
「ゴミ袋? 」
大きな袋を覗き込むと木屑や大鋸屑、発泡スチロールの削りカスなどが入っていた。
アトラクションの大道具や小道具を作ったり設置した際に出たゴミを入れるガラ袋だ。その大きなガラ袋が8個ほど集めて置いてあった。
「使えるな、取り敢えず美鈴ちゃんをどうにかしないとな」
覚悟を決めた英二の目の前でサンレイにやられた美鈴が落ちてくる。
「美鈴ちゃん! 」
英二がガラ袋を破いて中身を出しながら引き摺って走り出す。
「美鈴ちゃん大丈夫か? 」
ぐったりしている美鈴に声を掛けながら残った袋の中身を辺りに撒き散らす。
「何やってんだ英二? 」
宙に浮んで不思議そうに見ているサンレイの下で英二が両腕を左右に広げる。
「爆練、2寸玉! 」
爆発する小さな気が両手から無数に飛び出す。
英二が体を回しながら次々と爆発を起こさせる。
威嚇用の小さな爆発だが床に撒いた粉状のゴミを舞い上げるのには充分だ。
「6寸玉! 」
仕上げだとばかりに積んであるガラ袋に向かって大きな爆発する気を放った。
ガラ袋が6つほど破裂して粉が辺りに飛び散っていく、
「なん? 煙幕だぞ」
サンレイが気付いたときには辺り一面に大鋸屑や発泡スチロールの粉が舞い英二や美鈴の姿は見えなくなっていた。
その隙に英二は美鈴を抱きかかえてホールの隅へと逃げていく、
「美鈴ちゃん、大丈夫か? 」
「うぅ……英二先輩……ここは? 」
目を覚ました美鈴の正面から英二がマジ顔で口を開く、
「美鈴ちゃん、好きだよ」
「え!? 」
驚く美鈴が蜂の複眼でじっと英二を見つめる。
「好きって……今好きって言ったの、英二先輩」
「うん、好きだよ美鈴ちゃん」
「本当? 本当に私の事が好きなの? 」
驚きながら美鈴が人の姿に変っていく、妖蜂に戻ったときに破けて服は着ていない素っ裸の美鈴が英二の目の前にいる。
美鈴の結構大きなおっぱいを見て英二の頬が緩むがその股間に見慣れた物体が勃起しているのを見て直ぐに気を取り直す。
「ほっ、本当だよ」
覚悟を決めた英二が美鈴を抱き締めてキスをした。
時間にして10秒ほどだ。
「あぁ~ん、英二先輩からキスをしてくるなんて……何だかんだ言って私を愛してくれているのね、英二せんぱぁ~い」
唇を離した英二に美鈴が抱き付いて喜びの声を上げる。
美鈴を抱き締めながら英二が続ける。
「愛しているよ、だから俺の頼みは利いてくれるよね」
「もちろんよ、何でも利くわ、何時でも抱いていいわよ」
英二に頬を擦り付けながら美鈴が快諾する。
美鈴の股間の物体が太股にビタビタ当たる感触は厭だが英二は顔色を変えずに口を開く、
「じゃあ、戦いを止めてくれ、サンレイと仲直りしてくれ」
「サンレイちゃんと……わかったわ、英二先輩が言うなら私は止めるわ」
美鈴の目に優しい光が浮んでいる。
先程見た狂気を帯びた感じは無い、正気に戻ったと英二にはわかった。
ほっと安堵する英二の耳にサンレイの怒鳴り声が聞こえてきた。
「英二の仕業だな、どこ行った? おらというものがありながらオカマ蜂を助けたぞ、もう英二でも許さないぞ」
最後に放った大きな爆発する気が舞い上げた大鋸屑や発泡スチロールの粉が英二の予想以上に舞ってサンレイの姿は見えない。
「英二出てこい! オカマ蜂を差し出せ、おらが止めを刺してやるぞ」
口調からサンレイが本気で怒っているのがわかる。
抱き付きながら美鈴が英二を見つめる。
「英二先輩、サンレイちゃん何であんなに怒っているの? 」
先程までならオカマ蜂と言われて怒っていた美鈴が平然としているのを確認して本当に元に戻っているとわかる。
「訳は後で話すよ、今はサンレイをどうにか落ち着かせないと…… 」
思案する英二にサンレイの不気味な笑いが聞こえてくる。
「にひひひひっ、出てこないって言うんだな……そっちがその気ならわかったぞ、にゅひひひひっ」
「バカ! 電気は止めろ! 」
思わず叫んだ英二に向かってサンレイが怒鳴る。
「そっちにいるんだな、オカマ蜂と一緒にぶっ飛ばしてやるぞ」
サンレイがバチバチと雷光をあげる腕を向けた。
「雷ド~ン! 」
サンレイの手から雷が吹き出す。
雷ド~ンは本来なら本物の雷を操って落とす技だが手から電気の塊を放つ事も出来るのだ。
「ヤバい! 」
英二が美鈴を庇うように覆い被さる。
次の瞬間、大きな爆発が起った。粉塵爆発だ。
「なん! うわぁあぁ~~ 」
サンレイの悲鳴が聞こえたが英二にはどうする事も出来ない、美鈴を抱き締めて耐えるだけだ。
積んであった資材が崩れて英二の上に落ちてくる。
「くうぅ……美鈴ちゃん! 」
「英二先輩……私を守って…… 」
呻く英二の胸に美鈴が嬉しそうに顔を押し当てた。
直ぐに爆発は収まった。大鋸屑や発泡スチロールの粉は電気を帯びたサンレイの周りに集中して漂っていた御陰で派手な光と音だけでそれ程威力は無かったのだ。
資材の陰に隠れていた事も有り英二と美鈴もどうにか無事だ。
「痛てて……美鈴ちゃん大丈夫か? 」
「英二先輩! ありがとう、命を助けて貰ったのは二度目よ」
抱き付いて礼を言う美鈴の肩を掴んで引き離す。
「後にしてくれ、それよりサンレイだ」
「そうだわ、サンレイちゃんが…… 」
慌ててサンレイを探す。
広いホールの向こう側に動く影が見えた。
「サンレイ」
駆け寄ろうとした英二を美鈴が止める。
「気を付けて先輩、まだ怒ってたら危ないよ」
「そうだな、ありがとう」
礼を言うと逸る気持ちを抑えて英二が近付いていく、
「んあぁ? なんだ? 何があった? 」
英二の目にきょとんと辺りを見回しているサンレイが映った。
「サンレイ! よかった無事だったんだな」
「サンレイちゃん、よかった。死んだかと思ったわよ」
少し離れた所から英二と美鈴が声を掛けた。
サンレイがくるっと振り向く、
「んだ? おらが死ぬわけないぞ…… 」
サンレイがじとーっと美鈴を見つめる。
まだ術が解けていないのかと構える英二の前でサンレイがニヘッと厭らしく口を歪めた。
「にゅへへへへ、エッチしたぞ、英二はあっちの世界に行ったんだぞ」
素っ裸の美鈴を見て勘違いしたらしい。
「違うから、何もしてないから、あっちの世界には行ってないからな」
「あぁ~ん、英二先輩のいけずぅ~~、愛してるって言ってくれたじゃない」
焦りまくる英二に美鈴が抱き付いておっぱいを擦り付けてくる。
「ちょっ、美鈴ちゃん、おっぱいが……チンコも当たってるから」
おっぱいだけならいいが腰の辺りに美鈴の勃起した一物が当たって英二が慌てて引き離そうと必死だ。
「うふふ、当ててるのよ、ねぇ英二先輩、このまま行くとこまで行きましょうよ」
「おおぅ、英二がオカマの階段を上っていくぞ、やったれ美鈴」
裸で抱き付く美鈴にサンレイがニヘッと悪い笑顔で声を掛けた。
「きゃ~、サンレイちゃんのお許しが出たわ」
両手を上げて喜ぶ美鈴から逃げ出そうとする英二をサンレイが捕まえる。
「そだぞ、ケツもチンコも許すぞ、前も後ろも全部やったれ」
しがみつくサンレイを英二が叱りつける。
「女の子がケツとかチンコとか言うな! サンレイはマジでゲスいよね…… 」
英二が言葉を止める。
からかうサンレイの目に先程までの狂気が浮んでいないのに気付いた。
「その目は正気に戻ったんだなサンレイ、良かった」
英二がガバッとサンレイを抱き締めた。
「んだ? おらともエッチしたいのか? 英二は見境のないヘンタイだぞ」
英二が直ぐにサンレイを離す。
「違うからな、サンレイが何かに操られたようになってて……美鈴ちゃんも操られたみたいになって喧嘩じゃなくてマジで戦ってたんだ」
必死に説明する英二をサンレイが唖然と見つめる。
「何言ってんだ? 大丈夫か英二、おらと美鈴が戦うわけないぞ」
「そうよ、喧嘩は少ししたけど戦いなんてするわけ無いでしょ」
美鈴も記憶は無い様子だ。
「覚えてないのか? 2人ともマジで戦ってたんだぞ」
驚く英二を見てサンレイと美鈴が大笑いする。
「にひひひっ、何言ってんだ。寝惚けてるのか? 」
「あははははっ、英二先輩冗談きついわよ、サンレイちゃんとマジで戦って私に何の得があるのよ、敵わない相手と戦うほどバカじゃないわよ」
2人の態度にムッとして英二が言い返す。
「美鈴ちゃんが服着てないのが証拠だ。妖蜂に変身して服が破けたんだ」
美鈴が改めて素っ裸の自身を見回す。
「英二先輩言ったらぁ~、恥ずかしがらなくてもいいわよ、そんな嘘ついて……英二先輩と愛し合うために服を脱いだのよ」
「そだぞ、同性愛は恥ずかしい事じゃないぞ、おらは応援するから愛を育むといいぞ」
美鈴もサンレイも記憶が抜けている事など考えもしない、自分の都合の良いように記憶を改竄したかのように前向きだ。
「うふふふっ、サンレイちゃんが応援してくれれば百人力よ」
妖艶に微笑みながら美鈴が英二の首筋に腕を回す。
「英二先輩がしてくれないなら私からやっちゃうんだからぁ~ 」
甘え声を出して美鈴が抱き付く、
「止めて、違うから…… 」
「そのまま大人……大人じゃなくてオカマの階段を一気に駆け上るといいぞ」
悪戯っぽく笑う美鈴、向かいで期待顔で見つめるサンレイ、2人とも正気に戻ったのはいいが英二はピンチだ。
「行かないから、上らないから、誰か助けてくれぇ~~ 」
薄暗いホールに英二の叫びがこだまする。
そこへ秀輝が戻ってきた。
「英二! 大丈夫か英二! 」
助けを呼ぶ英二の声が聞こえたのだろう、大声を出しながら走ってくる。
美鈴がサッと積んである資材の陰に隠れた。裸なので恥ずかしいのだ。
「秀輝か! こっちだ。連絡は付いたのか? 」
「電話したぜ、ハチマルちゃんに話したらガルちゃんと一緒に来てくれるってさ」
肩で息をつきながら秀輝が英二の前に現われた。
運動神経抜群でタフな秀輝が全身で息をついている。走り回ってくれたのが直ぐにわかった。
「ありがとう秀輝」
礼を言う英二の前で息を整えた秀輝が話し出す。
「建物の周り300メートルくらい電話ダメだぜ」
走りながら途中で何度も止まって電話を掛けたらしい、やっと繋がったのは建物から300メートル程離れた所だ。
事の詳細を話すとハチマルに調べて欲しい事があると言われて電話を掛けながら建物の周りを走ったのだ。
それで今いる建物の周り300メートル程で電話が通じない事がわかった。ハチマル曰く結界だ。何者かが結界を張ったというである。
只事ではないとハチマルが来てくれる事になって秀輝は戻ってきたのだ。
英二には長い時間だと感じたが実際にサンレイと美鈴が戦っていた時間は17分ほどだ。
「結界か……やっぱり妖怪か何かがいるんだな」
英二がサンレイを見つめる。
「結界? 一寸待ってろ、今調べるぞ」
サンレイが床に両手を着いた。
「雷探! 」
両手から床を伝わるように雷光が四方へと走る。
「マジだぞ……この感じはHQだぞ、HQの結界と同じ感じだぞ」
険しいサンレイの顔を見て英二と秀輝の顔がみるみる強張っていく、
「あの狐面の坊主かよ」
「HQがサンレイと美鈴ちゃんを戦わせようとしたのか……くそっ」
顔を顰める秀輝の向かいで英二が苦々しく吐き捨てた。
「HQのやりそうな事ね、姑息な事ばかりするヤツだからね」
資材の陰から頭だけ出して聞いていた美鈴が出てくる。
「あのクソ坊主……おらがぶっ倒してやるぞ」
バチバチと雷光を纏うサンレイを見て美鈴が頷く、
「私も手を貸すわよ、なま様には恩があるけどHQには無いからね、英二先輩を守るためなら私も戦うわよ」
「美鈴ちゃんありがとう…… 」
振り向いた英二と秀輝の目に素っ裸の美鈴が映った。
「美鈴ちゃん、服、服、隠して」
「うぉ! 美鈴ちゃんが…… 」
焦る英二を驚きの声を上げながら秀輝が睨み付ける。
「英二、俺のいない間に何してたんだ!! 」
「きゃぁ~~、秀輝先輩にも見られちゃったぁ~~ 」
嬉しそうに言うと英二の背に隠れるように抱き付いた。
「どうしよう英二先輩、先輩と深い仲になったのバレちゃったね」
おっぱいを押し付けながら美鈴が言うと英二が慌てて振り返る。
「なっ、なななっ、何言ってんだ。何もしてないだろ」
「きゃぁ~、見えちゃうでしょ、私を見ていいのは英二先輩だけなんだからね」
体を回した英二の背に美鈴が楽しげに抱き付いた。
「何もしてないから……見ないから…… 」
焦る英二の背に抱き付きながら美鈴が悪戯っぽく口を開く、
「照れなくてもいいじゃない、英二先輩、優しく抱いてくれたわ」
「まっ、マジかよ…… 」
秀輝が言葉を詰まらせる。
「ちっ、違うから……俺は何もしてないから……こうなったのは…… 」
説明しようとした英二の言葉を美鈴の艶めかしい声が遮る。
「ああぁん、英二先輩の逞しい感触がお尻に残ってるわ」
転がっている資材の上に立つとサンレイが秀輝の肩をギュッと掴んだ。
「秀輝、英二は遠くに行っちゃったぞ」
「俺が必死で電話してる間にお前は…… 」
遠い目をするサンレイから視線を移すと秀輝がマジ顔で英二を見つめる。
「行ってない、行ってないから、何もしてないから」
顔の前でブンブンと手を振る英二の後ろから美鈴が甘え声を出す。
「もうっ、英二先輩ったらぁ~、いってないなんて、私の中でいっぱいイったじゃない、英二先輩の愛を受け止めて私もイっちゃったわ」
サンレイがニヘッとゲス顔で話し出す。
「ケツでDTを捨てるなんて英二は流石だぞ、一流のヘンタイはやっぱ違うぞ、今度はお返しに英二がケツを貸してやるんだぞ」
「違うから、何もしてないから、秀輝は信じてくれるよな」
普段なら下品な事を言ったサンレイを叱りつけるのだが今の英二にそんな余裕などあるはずもない。
必死の形相の英二を見て秀輝がニヤッと口元を歪める。
「ああ信じるぜ、俺は何時でもサンレイちゃんの味方だからな、だからサンレイちゃんを信じるぜ」
「そっちじゃない! サンレイじゃなくて俺を信じてくれ、何もしてないから無実だから」
身振り手振りで訴える英二の肩を秀輝がポンッと叩いた。
「脱DTおめでとう、今の英二は眩しすぎるぜ」
「違う…… 」
泣き出しそうな英二から秀輝が視線を美鈴に移す。
「美鈴ちゃん、英二をよろしく頼むぜ」
後ろから英二の肩に顎を乗せて美鈴がニッコリと微笑んだ。
「秀輝先輩ありがとうございます。英二先輩と幸せな家庭を築くわ」
「違うから……頼むから勘弁してくれ」
英二が泣き出した。