第131話 「喧嘩」
魔法の世界を体験するアトラクションへ入る前に英二と美鈴がトイレへと行った。
「んじゃ並ぶぞ」
先に並ぼうとするサンレイを秀輝が止める。
「英二たちが戻ってくるのを待とうぜ、さっきも喧嘩になりかけただろ」
「さっきのは座る場所とか決まってたからな、これは場所とか関係ないぞ、先に入っても英二が来るの待ってれば一緒に行けるぞ」
「成る程ね、順番はそれほど関係ないって事か」
納得する秀輝の手を引っ張ってサンレイが列に並んだ。
暫くして英二と美鈴がやってくる。
「なんで? 何で先に並んでるの? 」
開口一番、美鈴がサンレイを睨み付ける。
「そこで待ってるのも並んで待つのも一緒だぞ」
近くで売っていたポップコーンを秀輝と一緒に食べていたサンレイが平然とこたえた。
「一緒じゃないでしょ? 四人で並ぶって決めたでしょ」
ムッとする美鈴の横で英二が叱るように口を開く、
「さっき俺たちに先に並ぶなって言ったばかりだろ」
美鈴の肩を持つ英二をサンレイが見上げる。
「さっきのと魔法のヤツは違うぞ、四人一緒に入ってもバラで入っても同じだからな」
「そんな事言ってるんじゃない! 」
声を荒げる英二を秀輝が慌てて止める。
「怒るなよ、話しを聞け! さっきのと違って魔法のはどこから入っても同じだ。中で合流して四人で進めるぜ、それに並んでるのも多くないだろ後ろに並んでも今なら一緒に入って回れるぜ」
「そだぞ、そんで先に並んだんだぞ」
少しも悪いと思っていないサンレイの両肩に英二が手を置く、
「そんな事じゃないだろ四人で一緒に遊んでるんだからな、バラバラに…… 」
叱る英二の腕を美鈴が掴む、
「そう言う考えなの……わかったわ」
サンレイの肩から手を離させると美鈴がそのまま腕組みをする。
「英二先輩行きましょう」
「ちょっ美鈴ちゃん」
手を引っ張って歩き出す美鈴を英二が戸惑い顔で止めた。
「何するつもりだ? 」
後ろでサンレイが険しい顔で睨んでいる。
美鈴がくるっと振り返る。
「勝手にしてもいいって事でしょ? それなら私は英二先輩と二人だけで遊ぶわよ」
「二人だけって美鈴ちゃん」
戸惑う英二の声を掻き消すようにサンレイが怒鳴り声を上げる。
「何言ってんだ! 英二と二人だけなんておらが許さないぞ」
英二と繋いでいた手を離すと美鈴がサンレイと向かいあう、
「許さない? 面白い、許さないなら何をするのかしら? 」
文字通り上から見下す美鈴を怒り顔のサンレイが見上げる。
「おらに喧嘩売ってるのか? 」
「売ってるのはサンレイちゃんじゃない、私は買っただけよ」
「買ったってか……にゅひひひひっ」
ニタリと笑いながらサンレイが続ける。
「おらに敵うと思ってるのか? 害虫はバチッと電撃殺虫してやるぞ」
「そうやって直ぐに脅すのね」
言いながら美鈴が隠れるように英二の後ろにつく、
「私は何も悪くないのに殺すって言ってるわ、英二先輩は私の味方だよね」
潤んだ瞳で見つめられて英二が弱り顔をして口を開く、
「喧嘩は止めてくれ、列に並ぶ事に関しては美鈴ちゃんは悪くない、勝手に並んだサンレイと秀輝が悪い…… 」
話の途中で美鈴が抱き付いて喜ぶ、
「あぁ~ん、嬉しい、やっぱり英二先輩は私の味方だわ」
「英二もお仕置きだぞ」
バチッと雷光をあげるサンレイを見て英二が慌てて口を開く、
「待ってくれ! 話は終わってない」
少し大きな声で言うと英二が続ける。
「並ぶのに関しては美鈴ちゃんは悪くない、けど勝手にしてもいいってのは間違ってる。四人で来たんだから四人で遊ぼうよ、喧嘩は止めてさ」
「だな、喧嘩なんてしてる暇無いぜ、他にも色々あるんだからな、魔法のヤツ入ってから昼飯にして後半もたっぷり遊ぼうぜ」
サンレイを抱き上げて秀輝が列から離れる。後ろに並び直すという意思表示だ。
「離せ秀輝! どっちも悪くないなんて綺麗事だぞ」
もがくサンレイがバチバチと雷光をあげるのを見て秀輝が慌てて離す。
「おら2年生で美鈴は1年だぞ、先輩を先輩とも思わないヤツには実力でどっちが上か教えてやるぞ」
マジ顔で怒るサンレイの向かいで美鈴が後ろから腕を回して英二を抱き締める。
「偉そうにするのは先輩らしい事をしてから言ってよね、チビでも神には力では敵わないわよ、でもね実力って戦いだけじゃないのよ」
美鈴の背中からバッと蜂の羽が生えてくる。
英二に触って貰うためと嘯いていたがシャツの背中に入った2つのスリットは羽を出すためのものだ。
「美鈴ちゃん何を…… 」
何事かと首を回して振り向いた英二の体が宙に浮く、
「おわっ!! 」
「英二先輩暴れないで! 」
きつい口調で言われて英二が身を固くする。
英二がおとなしくなったのを見て美鈴が優しい声を出す。
「御免なさい、暴れられると旨く飛べないから」
「飛ぶって…… 」
下を見て英二が言葉を止めた。既に10メートル以上も高く浮いている。
「下ろしてくれ、サンレイは俺が何とかするからさ、喧嘩は止めようよ」
どうにか降りようと美鈴を宥めているとバチッとサンレイが脇に現われた。
「英二を連れてどこ行くつもりだクソ蜂! 」
サンレイは青い雷光を纏って空を飛んでいる。
英二を取り戻そうと手を伸ばすサンレイに美鈴が鋭い眼を向けた。
「触るな! 英二先輩を殺すわよ、それ以上近付くな」
「なっ!? 」
英二が驚いて息が詰まったような短い悲鳴を上げた。
「お前! まだ英二の霊力を狙ってるんだな」
併走して飛ぶサンレイが悔しげに手を引っ込める。
「あはははっ、だったらどうなの? 英二先輩は私のものよ、誰にも渡さないわ」
サンレイが手出しできないと見て美鈴が高笑いだ。
「英二はおらのものだぞ」
何か吹っ切れたかのようにサンレイがニヘッと笑う、
「英二は渡さないぞ、オカマ蜂毎捕まえてやるぞ」
サンレイが構わずバチバチと青い雷光を飛ばす。
「雷網! 」
網のように広がって飛んでくる雷光を美鈴が寸前で交わす。
雷網は電気の網で相手を捕まえる技だ。
「あぶっ、危ないわね、英二先輩が人質になってるのわかってるの? 」
体勢を崩した美鈴がガクッと5メートルほど急降下して直ぐにまた上昇する。
「うわっ! 」
驚いた英二が美鈴にしがみつく、
「止めろサンレイ、俺も落ちるだろが! 」
英二が慌てて怒鳴る。既に20メートル以上高く飛んでいる。ここから落ちれば怪我だけじゃ済まない。
「そうよ、何考えてるの? 落ちたら死ぬわよ、英二先輩がどうなってもいいの? 」
体勢を立て直した美鈴のおっぱいに英二が顔を埋める。意図してやっているのではない、怖くてしがみつく英二と離すまいと抱き締める美鈴の位置関係から自然とおっぱいに頭が埋まったのだ。
「英二までそんな事言うのか? 美鈴とあっちの世界へ行くって言うんだな、英二も美鈴もヘンタイだぞ、覚えてろよ」
悔しげに言うとサンレイが追い掛けるのを止めた。
サンレイが追ってきていないのを確認すると美鈴がスピードを落とす。
「英二先輩、御免なさいね」
おっぱいに顔を埋めていた英二がバッと美鈴を見つめる。
「美鈴ちゃん、どういう事だ? 」
殺すと言った事など信じていないが美鈴の真意がわからず戸惑い顔だ。
「安心して、愛する英二先輩を殺したりするわけないわよ、サンレイちゃんには力で敵わないから嘘をついただけ、霊力なんて興味無いわ、私が興味あるのは英二先輩だけ、英二先輩とラブラブになる事だけよ」
美鈴のいつもの優しい笑みを見て安心して一息つくと英二が続ける。
「じゃあ何でこんな事を……喧嘩しないようにサンレイには俺が言うからさ、だから戻ろうよ」
美鈴の顔から表情が消えた。
「ダメよ、サンレイちゃんが居たら先輩とラブラブ出来ないじゃない、だからこのまま飛んで二人だけで遊びましょうよ」
「美鈴ちゃん…… 」
昆虫のような感情の無い顔を見て英二は言葉を飲み込んだ。
サンレイがバチッと地面に現われる。
「あのオカマ蜂め、マジでぶっ殺してやるぞ」
愚痴るサンレイの元へ秀輝が走ってきた。
「さっ、サンレイちゃん、こんなとこにいたのか」
飛んでいるのを追い掛けて走り回り体力自慢の秀輝も肩で息をついている。
「それで英二は? 」
息を整えて訊く秀輝の前でサンレイがプクッと頬を膨らませる。
「英二なんてどうでもいいぞ」
「そんな事言わないでさ……英二には俺から言っておくからさ」
拗ねるサンレイをどうにか宥めようとするが良い言葉が思い付かない、仕方無くスマホを出して電話を掛けるが英二は出ない。
「英二のやつ何処行ったんだ」
拗ねるサンレイを前に対応がわからなくて焦る秀輝の目に売店が映った。
「アイスでも食べて落ち着こう、あそこで売ってるぜ」
ソフトクリームの看板を指差す秀輝に釣られるようにサンレイが振り向いた。
「おおぅ、アイスだぞ」
パッと顔を明るくするサンレイに秀輝が畳み掛ける。
「2つでも3つでも奢るぜ、ソフトクリーム食べてる間に電話して英二呼ぶから話し合おうぜ、喧嘩じゃなくてさ」
「3つだぞ、3つ食いたいぞ」
歩き出そうとしたサンレイがぐぐっと我慢するように踏ん張って足を止める。
「でもアイスは後だぞ、英二はどうでもいいとしてあのオカマ蜂は許さないぞ、オカマ蜂をやっつけて英二もお仕置きしてからゆっくりと勝利のアイスクリームを食べるぞ」
「でも英二のやつ何処行ったか……電話も出ないし」
困り顔の秀輝をサンレイが見上げる。
「英二の居場所はわかってんぞ、おら英二の守り神だからな」
ニヘッと悪い顔で笑うサンレイの向かいで秀輝が感心するように口を開く、
「へぇ流石サンレイちゃんだぜ」
「英二はおらの依り代だぞ、霊的に繋がってんだ。結界とかで遮断されない限り何処にいようと直ぐにわかるぞ」
ドヤ顔で言うサンレイを秀輝が持ち上げる。
「繋がってるって事は英二はサンレイちゃんのものって事だな」
「そだぞ、何処に逃げようともおらの手の中だぞ」
ニタリと悪い顔のサンレイを見て秀輝は苦笑いするしかない。
「オカマ蜂をボコボコにしてやるぞ」
サンレイが秀輝の手を握る。
「んじゃ行くぞ」
バチッと光って二人が消えた。