第130話
並んで椅子に座って高い所から落ちるだけという単純だが怖い垂直落下のアトラクションへとやってきた。
途中でサンレイがトイレに行って英二と美鈴が先に列に並ぶ、それなりに列は出来ていたが2回ほど待てば乗れそうだ。
トイレに行っていたサンレイと秀輝がやってくる。
「何で先に並んでんだ? 一緒に横になって乗るぞ」
サンレイが英二の腕を引っ張る。
「別にいいだろ、何処に並んでも一緒だろ」
素っ気なく返す英二を見上げてサンレイが頬を膨らませる。
「何言ってんだ。四人並んで座れないぞ」
プクッと膨れっ面のサンレイを見て英二がハッとした顔で辺りを見回す。
「あれ? なんで俺勝手に並んだんだろう…… 」
普段の英二ならサンレイを置いて勝手に並ぶなど有り得ないのだ。
サンレイたちがトイレに行っている間に英二の後ろには6人ほどが並んでいてこのままでは横一列に並んで座れない。
「そうだな、四人で乗りたいからな、じゃあ後ろに並び直すか」
列を離れようとした英二を美鈴が止める。
「ダメよ、せっかく並んだんだからね、英二先輩は私と一緒に乗ればいいの、私とデートなんだからね、サンレイちゃんは秀輝先輩と乗ればいいじゃない」
棘のある言い方にサンレイがムッとして美鈴を見上げる。
「何言ってんだ! 勝手に並んでおらより先に乗るなんてズルいぞ」
「あらっ、サンレイちゃんより先に並んじゃダメってルールは無いわよ」
小馬鹿にする美鈴にサンレイが声を荒げる。
「んだと! 1年の癖に生意気だぞ」
「チビのサンレイちゃんに言われたくないわ」
「オカマ蜂に言われたくないぞ」
売り言葉に買い言葉で言い返すサンレイが英二の手を引っ張る。
「後ろに並び直すぞ英二」
行かせまいと反対側の手を美鈴が引っ張る。
「ダメよ、英二先輩と二人っきりで乗るんだから」
二人に引っ張られた腕を英二が振り解く、
「止めろ! 何で喧嘩になってんだ。並び直せばいいだろ」
「せっかく並んだのに…… 」
恨めしげに呟く美鈴の顔を英二が覗き込む、
「ここは折れてやってよ、その代わり観覧車は二人だけで乗るからさ」
逃げ場の無い観覧車で美鈴と二人きりになるのは避ける予定だったが喧嘩を止めるために仕方無く英二の方から切り出した。
美鈴がパッと顔を上げる。
「本当? 観覧車に乗ってくれるならここは譲るわ」
機嫌が直った美鈴から英二がサンレイに向き直る。
「並び直すからサンレイも喧嘩は止めろ」
「わかったぞ、初めからそうすればおらも怒ったりしないぞ」
まだ少し不満顔のサンレイを連れて列の後ろに並び直す。
英二が秀輝の背中を突っつく、
「なんで止めてくれなかった? もうちょっとでマジの喧嘩になってただろが」
「悪い悪い、サンレイちゃんの味方に付こうと思ったんだけど……なんでか知らんが体が動かなかった」
普段なら無条件でサンレイやガルルンの味方に入る秀輝が苦笑いしながら謝った。
「そういえば…… 」
何かおかしい? サンレイの事を忘れたかのように列に並んだ事を思い出して英二が首を捻った。
最後尾に並び直す。25分ほど待って順番が回ってきた。
サンレイと秀輝の後ろに並んでいた英二と美鈴が止められる。
「ハイ、ここまでで~す」
女性係員が大声と共に秀輝の後ろに手を伸ばす。
英二と美鈴は次の順番へと回された。
「んじゃ乗ってくるぞ」
「悪いな英二、先に乗るぜ」
サンレイと秀輝がゲートの中へと入っていった。
「なによ! 4人一緒に乗るとか言ってた癖に勝手に先に行くなんて…… 」
怒る美鈴に英二が拝むように謝る。
「サンレイのヤツ……あのまま並んでたらよかったな、ごめんね美鈴ちゃん」
英二の合わせた手を美鈴が握り締める。
「先輩が謝る事無いわよ、悪いのは自分勝手なサンレイちゃんよ」
「そうだけどさ、俺は保護者みたいなもんだからさ」
美鈴の顔色が変る。
「そうやってサンレイちゃんの肩を持つのね、英二先輩は私なんかどうでもいいって思ってるのね」
「違うから、サンレイはまだ子供だし……美鈴ちゃんの事をどうでもいいなんて思ってないから…… 」
怒る美鈴の前で英二は旨い言い訳が出てこない。
「本当? 」
正面から近付くと美鈴が英二の顔を覗き込む、
「うっ、うん、本当だよ」
直ぐ傍にある美鈴の目を見て英二が頷いた。
「じゃあ、さっきみたいに喧嘩になったら次は私の味方をしてくれるわよね? 」
「えっ? いや……それは…… 」
口を濁す英二の頬を両手で覆うようにして美鈴が続ける。
「やっぱり私なんてどうでもいいって思ってるんだ。私なんて…… 」
「そんな事思ってない、美鈴ちゃんの事をどうでもいいなんて思ってないから……わかったから、またさっきみたいになったら次は美鈴ちゃんの意見を聞くからさ」
目に涙を溜める美鈴を見て英二の口から自然と出た。
美鈴がパッと顔を明るくする。
「本当? 約束よ」
「うんわかった。その代わりサンレイと喧嘩しないでくれよ」
何故だかわからないが英二が約束してしまう、他はともかく悪戯好きで我儘で焼き餅焼きのサンレイの事については普段の英二なら一方的な約束などしないはずだ。
だが今日はその場の雰囲気に流されるように好い加減な約束をしてしまった。
「わかった。私の方からは何も言わないわ」
「ありがとう美鈴ちゃん」
機嫌を直した美鈴を見て英二がほっと胸を撫で下ろした。
サンレイと秀輝が降りてきた。
余程気に入ったのか楽しげに話しながら歩いてくる。
「面白かったぞ、自分で空飛ぶのと違ってスリルあるぞ」
「落ちる感覚がマジで怖かったぜ」
「んじゃ次に行くぞ」
秀輝の手を引いて歩き出すサンレイを英二が止める。
「ちょっ、俺たちはまだ乗ってないからな」
サンレイがくるっと振り返る。
「んだ? 乗るのか? 仕方無いなぁ~ 」
英二と美鈴の事などすっかり忘れていた様子だ。
「仕方無いって何だよ」
ムッとする英二の横で美鈴の顔が険しくなっていく、
「だってだって、英二はジェットコースターとか今乗ったヤツとか乗りたくないって言ってたぞ、だから待ってる間の時間が勿体無いぞ、今こうしている間にも他のアトラクションに並ぶ人が増えてるぞ」
プクッと頬を膨らませて言い返すサンレイを英二が叱りつける。
「乗りたいとかの問題じゃないだろ、仮に俺たちが乗らなくても待たせたのなら『待たせてごめん』とか『待っててくれてありがとう』とか言い方があるだろ」
「さっさと乗ってこい、面倒だけど待っててやるぞ」
プクッと頬を膨らませたままでサンレイがさっさと行けと手を振った。
「面倒って何よ! 」
キッと怖い顔でサンレイを睨み付けて美鈴が続ける。
「あのまま並んでいれば席は違っても私たちもサンレイちゃんと一緒のヤツに乗れたのよ、待つ時間を無駄にしたのはサンレイちゃんじゃない」
「何言ってんだ。勝手に並んで置いて偉そうに言うな」
口角泡を飛ばして怒鳴るサンレイに秀輝が味方する。
「そうだぜ、サンレイちゃんは4人一緒に並んで乗りたかったんだぜ」
美鈴が怖い目を秀輝に向ける。
「そっちこそ何言ってんの? 4人一緒に並んで乗れなかったじゃない、それどころか私たちは次の番に回ったわよ、ねぇ英二先輩」
「結果的にはそうなったけど……やっぱりみんなと一緒に乗りたいからさ」
どうにか収めようとした英二に美鈴が食ってかかる。
「英二先輩はどっちの味方なの? 今日は私とのデートでしょ? 私の味方をしてくれなきゃ厭よ、約束でしょ? 」
「それは…… 」
何であんな約束したんだ? 英二が困惑顔で考え込む、
「にひひっ、英二も秀輝もおらの味方だぞ」
ニタリと笑うサンレイの前で美鈴が英二に詰め寄る。
「違うわよ、今日は私の味方になってくれるって約束したのよ、ねぇ英二先輩」
「それは………… 」
英二が焦って言葉を詰まらせる。何も考えが浮ばない。
そこへ、女性係員が困ったように声を掛けてくる。
「あのぅ……後ろの方のご迷惑になるので…… 」
渡りに船とばかりに女性係員に頭を下げると英二が美鈴の手を引っ張る。
「済みません、直ぐに乗ります」
怒る美鈴を連れて英二がゲートに入っていった。
アトラクションを囲む鉄の柵をサンレイがガンガン蹴る。
「なんだ英二のヤツ! オカマ蜂の味方しやがって……マジであっちの世界に行くつもりだぞ、ヘンタイだぞ」
並んでいる人々の注目を集めているのに気付いて秀輝が宥めるようにサンレイに声を掛ける。
「まぁまぁ、サンレイちゃん、あそこにかき氷売ってるから食いながら待とうぜ」
かき氷という言葉にサンレイが反応する。
「おらの味方は秀輝だけだぞ」
腕にしがみついてサンレイが秀輝を見上げた。
「俺は何時でもサンレイちゃんの味方だぜ、でもさ、英二だって味方だよ、今日はデートでいつもと勝手が違うだけだぜ」
嬉しそうに相好を崩しながらも英二のフォローも忘れないのは流石幼馴染みだ。
サンレイがプクッと頬を膨らませる。
「違うぞ、今日の英二は敵だぞ、オカマ蜂も敵だぞ」
「ははは……仕方無いな、かき氷でも食って落ち着こうぜ」
サンレイの脇に両手を回して持ち上げるとかき氷の屋台まで歩き出す。
「おお、浮いてるぞ、アトラクションの続きみたいだぞ」
足をブラブラさせて機嫌を直したサンレイを見て秀輝がほっと息をついた。
その様子をトイレの建物の脇から女が見ていた。
「フフフッ、効いてきたようだね」
その場に似つかわしくない着物姿だ。
先程から英二たちを監視するように見ていた女である。
「派手な術と違って私の術はジワジワと効いてくる。気が付いたときは手遅れだ。このまま仲違いして共倒れするもよし、どちらかが倒れた所を私が止めを刺すのもいい、その後で英二を攫えばなま様とHQ様に認められる。二人の力を借りれば京都を支配できる。京都を私のものに出来るのだ」
ニヤニヤと厭な笑みを湛えたまま女が続ける。
「だが英二に効き目が少ないのはどういうわけだ? 」
トイレの横をサンレイをぶら下げるようにして抱えた秀輝が通り過ぎていく、
「まぁいい、サンレイと妖蜂には効いている。あの二人さえどうにかなれば私の勝ちだ」
サッと隠れると女は秀輝の背を見つめながらスッと姿を消した。
垂直に落ちるアトラクションを終えて英二と美鈴がやってくる。
「マジで怖いな、ジェットコースターは乗った事あるから覚悟できてたけど落ちるのは初めてだったから金玉ヒュンってなったよ」
「もうっ! 英二先輩ったらぁ~~ 」
女の姿をしているが美鈴も男だ。
金玉が浮かび上がるような感覚がわかるのか恥ずかしそうに英二の背を叩いた。
「なった。なった。落ちる寸前だろ、重力が無くなったようになってヒュンってなったぜ」
秀輝がニヤッと笑いながら美鈴を見つめる。
「美鈴ちゃんもなったようだな」
「なってません、秀輝先輩意地悪なんだからぁ~ 」
恥ずかしそうに言いながら美鈴が英二に腕を絡める。
かき氷のカップをぐしゃっと潰すとサンレイが口を開く、
「オカマ蜂が何言ってんだ。見てるこっちが恥ずいぞ」
美鈴がキッとサンレイを睨む、
「なに? 喧嘩売ってるの? 」
「にひひひひっ、お前みたいな雑魚妖怪は喧嘩の相手にもならないぞ」
バチッと雷光をあげるとサンレイが握り潰した紙カップがぼうっと燃える。
「ちょっ、サンレイ、喧嘩はダメだからな」
「おらじゃなくてオカマ蜂に言っとけ、おらが本気を出せば一瞬で灰に出来るぞ」
慌てて止める英二の前でサンレイが手をパンパン叩いた。
紙カップの黒い灰が地面に落ちていくのを見て秀輝がハンカチを差し出す。
「サンレイちゃん、これで手を拭いてくれ」
ハンカチを受け取るとサンレイがニッと愛らしく笑う、
「秀輝は優しいぞ、英二はダメだぞ、オカマ蜂と一緒にあっちの世界に行ったからな」
紙カップを燃やした煤をハンカチで拭きながらサンレイが英二をジロッと睨む、
「あっちの世界なんて行ってないからな、どっちの味方とかじゃないだろ? 遊びに来たんだから喧嘩は止めようよ」
弱り顔の英二に同意するように秀輝が頷く、
「だな、英二の言う通りだぜ、初デートだぜ、楽しまなきゃ損だ」
英二と秀輝に見つめられてサンレイがムスッと口を開く、
「わかってんぞ、おらは別に喧嘩なんてしたくないぞ」
「私もよ、サンレイちゃんと喧嘩するために来たんじゃないからね、英二先輩とラブラブするために来たんだから」
美鈴が取り繕うように言うと英二の腕に縋り付いた。
「次は落ち着いたアトラクションに行きましょうよ」
「そうだな、座って見るヤツかゆっくり歩くヤツにしようか」
園内のマップを広げる英二の向かいで秀輝も広げるとしゃがんでサンレイに見せる。
「サンレイちゃんは何処に行きたい? 」
「魔法のヤツに行くぞ、魔法使いになれるんだぞ」
マップを指差すサンレイを見て美鈴がクスッと微笑んだ。
「いいわねぇ、何だかんだ言ってもサンレイちゃんって女の子だね」
「美鈴も女の子だぞ、英二なんか美鈴のおっぱい夢中だぞ」
英二がマップをぐしゃっと閉じると慌てて口を開く、
「ちょっ、何言うんだサンレイ、違うからな」
「違ってないぞ、英二はおっぱい星人だからな」
「あはははっ、そうなんだ。英二先輩なら私のおっぱい好きにしていいわよ」
慌てる英二を見てサンレイと美鈴が大笑いだ。
「勘弁してくれぇ~~ 」
嘆く英二の肩を秀輝がポンッと叩く、
「諦めろ、サンレイちゃんとガルちゃんが言い触らしてクラスの全員がおっぱい星人だって知ってるぜ」
「マジかよ……最近女子に笑われてると思ったらそういう事だったのかよ」
ひょろっとしたオタだった英二は体を鍛え始めて筋肉が付いてがっしりした体つきになっていた。
妖怪との戦いで顔つきも精悍になりクラスの女子たちが見る目も代わってきたと思った矢先、何故かヒソヒソ笑われるようになった原因がサンレイとガルルンがおっぱい星人だと言い触らしていた事だとは秀輝に言われるまで知らなかった。
「俺が何したって言うんだよ」
恨めしげに睨む英二を無視してサンレイが歩き出す。
「んじゃ、魔法のヤツに行くぞ」
「あっちだよサンレイちゃん」
サンレイと美鈴が手を繋いで歩き出す。
先程までの喧嘩腰が嘘のように仲良く見えた。