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第129話

 キャーキャー騒ぎながらゾンビのアトラクションからサンレイたちが出てくる。


「面白かったぞ、ゾンビも怖かったぞ、特に英二が怒ったとこは凄く怖かったぞ」

「だな、英二ゾンビが一番怖かったぜ」


 はしゃぐサンレイと秀輝を英二がジロッと睨む、


「ゾンビ関係ないからな」


 美鈴が宥めるように英二に腕を絡める。


「でも本当に楽しかったね英二先輩」


 ニッコリと可愛い笑みを見せる美鈴の前でキスされたのを思い出して英二の顔が赤く染まっていく、


「うっ、うん、結構楽しかった」

「うふふっ、次は何処に行くのサンレイちゃん? 」


 満足気に微笑むと美鈴がサンレイを見つめた。


「そだな、ジェット…… 」


 ジェットコースターと言いかけたサンレイを英二が止める。


「違うのにしろ! 」

「えぇ~~、おらジェットコースターと垂直落下のヤツとでっかいブランコみたいなヤツが楽しみで来てるんだぞ」


 プクッと頬を膨らませるサンレイを見て英二が弱り顔で口を開く、


「わかったから、続けて乗るのは勘弁してくれ、次はおとなしいので遊ぼう」


 サンレイが好きなものは全て英二が苦手な乗り物だ。

 からかわれるのでサンレイには内緒だが幼馴染みの秀輝は当然知っている。


「それじゃ、少し休むか? ソフトクリームでも食べようぜ」


 疲れ気味の英二を見て秀輝が気を利かせてくれた。


「アイス? おら二つだぞ、両手で持って食べるぞ」


 一瞬で機嫌を直すサンレイを見て秀輝が敬礼でこたえる。


「了解、取り敢えず二つだな、昼飯の後でまた御馳走するぜ」


 2人のやりとりを見て美鈴が楽しそうに笑い出す。


「サンレイちゃん、本当にアイス大好きだよね」

「おらパソコンの神だからな、アイスで冷やすんだぞ」


 ニッと笑ってこたえるとサンレイが秀輝の腕に縋り付く、


「んじゃ、行くぞ、あっちだぞ」


 サンレイが秀輝の手を引っ張って歩き出す。

 園内のマップは碌に覚えていない癖にソフトクリームが売っている売店はしっかり覚えている様子だ。

 美鈴がニコッと英二を見つめた。


「ソフトクリームか……いいわね、私たちは違う味買って食べ合いっこしましょうね」

「たっ・たっ・たっ・食べ合いっこって…… 」


 耳まで真っ赤になる英二の腕を引っ張って美鈴がサンレイたちを追って歩き出す。



 その様子をじっと見ている女が居た。


「サンレイと英二に男が一人、後は裏切り者の妖蜂か…… 」


 アトラクションの建物の陰にいる女は着物姿で周りの客層と違い一人だけ浮いている。


「英二を攫うのは簡単だがサンレイが一人でいるチャンスなど滅多にない、駒になる妖蜂も居るし恨みを晴らさせて貰うよ」


 ニタリと笑う女の口元にほうれい線が浮かび上がる。美人だがかなり若作りをしているのが見て取れた。



 売店が並ぶ一角にソフトクリームを専門で売っている店があった。

 他には目もくれず一直線に行くとサンレイが元気な声を出す。


「おらイチゴと定番のバニラだぞ」

「へぇ色んな種類があるんだな」


 メニューを見て秀輝がイチゴとバニラのソフトクリームを頼む、


「秀輝は何にするんだ? 」

「そうだな、紅芋ソフトクリームって食べた事ないな」


 サンレイが両手でイチゴとバニラのソフトクリームを受け取るのを見てから秀輝が自分の紅芋ソフトクリームを頼んだ。


「10種類くらいあるぞ、今日は全種類食べるぞ、いいよな秀輝」

「オッケーだぜ、ソフトクリーム10個くらい安いもんだ」


 安請け合いする秀輝を見て英二が顔を顰める。


「まったく、甘やかし過ぎだ」


 愚痴る英二の横で美鈴がソフトクリームのメニューを指差す。


「私はバナナ味がいいな、英二先輩は何味食べます? 」

「俺はチョコにしとくよ」


 財布を取り出す美鈴の手を止めると英二がバナナ味とチョコ味のソフトクリームを注文した。


「今日はデートだからさ、俺が全部出すからね」

「あぁん、英二先輩優しいぃ~ 」


 抱き付く美鈴のおっぱいが物凄く気持ちがいい、ソフトクリームくらい安いものだと英二は思った。

 売店前に置いてあるテーブルに着いてアイスを食べる。


「やっぱ旨いぞ、イチゴとバニラは定番だぞ」

「普通のソフトクリームだけど遊園地とかで食うと旨いよな」


 サンレイの隣で幸せそうに食べている秀輝を見て英二が吹き出しそうになる。

 筋肉質でデカい体の秀輝が嬉しそうにソフトクリームを食べる姿など小乃子が見たら大笑いしてゴリラがアイス食ってるとからかうに決まっている。


「ん!? どした英二」


 向かいで美鈴と並んで食べている英二をサンレイが見つめる。


「いや、別に……外で食うと旨いよなって思ってさ」


 英二が誤魔化すように慌てて言った。


「そだぞ、楽しい場所で食うと何でも普段の倍以上旨くなるぞ」


 両手に持ったアイスを交互に食べているサンレイは口の周りがアイスでべちゃべちゃになっている。


「だな、サンレイちゃん良い事言うぜ」


 秀輝に持ち上げられてサンレイがドヤ顔をするが口の周りがアイスでベタベタなので威厳の欠片も無い。

 英二が食べているチョコ味のソフトクリームを美鈴が見つめる。


「味見させてください英二先輩」


 アイスを持つ英二の手に美鈴が腕を伸ばす。


「えっ? ちょっと…… 」


 焦る英二に構わず美鈴がチョコ味ソフトクリームに齧り付く、


「甘~い、私チョコ味って殆ど食べた事無かったけどチョコって言うよりチョコレート風のクリームだね」


 英二の腕を引っ張って無理に食べたので美鈴の鼻の上にアイスが付いている。


「みっ、美鈴ちゃん、これで拭いて」


 英二が差し出すティッシュを見て美鈴が嬉しそうに微笑むと拭いてくれと言うように顔を近付けてくる。

 一瞬躊躇するが英二が美鈴の鼻を拭いてやる。


「英二先輩優しいぃ~~ 」


 嬉しそうに言うと美鈴が食べていたバナナ味のソフトクリームを英二の口元に近付ける。


「私のも味見して、バナナ味は初めて食べたけど結構美味しいよ」

「いや、俺は…… 」


 断ろうとした英二の口に美鈴がソフトクリームを押し当てる。

 仕方なく食べると英二が口を開く、


「うん、美味しいね、駄菓子屋で売ってるバナナ味って感じだ」


 美鈴がグイッと顔を近付ける。


「ほっぺにアイス付いているよ」


 美鈴がペロッと英二の頬を嘗めた。


「うぉっ! 」


 思わず身を引く英二を見て美鈴がクスッと笑う、


「えへへっ、美味しそうだったから嘗めちゃった」

「とっ、とっ、とつ、突然だったから吃驚したよ」


 焦りまくる英二に甘え声を出しながら美鈴が抱き付く、


「英二先輩可愛い~~、アイスもっと食べ合いっこしようよぉ~~ 」


 完全に美鈴のペースに嵌まっている。

 イチャイチャする二人をサンレイがじっと見ていた。


「何やってんだ英二! 」


 サンレイの怒鳴り声に英二がビクッと背筋を正す。


「違うから、これは美鈴ちゃんが無理矢理…… 」


 ソフトクリームを食べ合いっこしてるのを咎められたと思って英二が必死に言い訳する。


「二人で色んな味を食うなんてズルいぞ、おらも英二のチョコ味と美鈴のバナナ味を食べたいぞ」


 口の周りをクリームでベタベタにしながらサンレイが英二と美鈴を睨み付ける。

 イチャついていたのを怒られると焦りまくっていた英二が安堵して座り直す。


「わかったから、俺のは味見していいから美鈴ちゃんのまで狙うな」


 言いながらチョコ味のソフトクリームをテーブル越しにサンレイに差し出す。


「んじゃ、味見するぞ」


 味見と言いながら口を大きく開いてコーンの外にあるアイスをバクッと一口で全部食べていく、


「うわぁ! 全部食べやがった」


 驚く英二の横で美鈴が楽しそうに笑い出す。


「あはははっ、サンレイちゃんには負けるわね」


 サンレイも美鈴もアイス越しに間接キスをしている事など気にもしていない、一人で焦っている自分に気付いて英二も変な笑いが出てくるのを隠せない。



 サンレイが秀輝の紅芋ソフトクリームをじーっと見つめる。


「秀輝のも旨そうだぞ」


 視線に気付いて秀輝が振り向いた。


「芋の味ってどうかと思ったけど結構旨いぜ」

「んじゃ食べ合いっこするぞ」


 サンレイが殆ど残っていないバニラのソフトクリームを秀輝に差し出す。


「マジか! サンレイちゃんと食べ合いっこかよ」


 嬉しそうに声を一段高くする秀輝のアイスを持つ手をサンレイが引き寄せる。


「んじゃ、食べ合いっこするぞ」


 バクッと大きな口を開けてコーンの上にあるアイスを一口で全部食べた。


「おおぅ、マジで旨いぞ、次はおらも頼むぞ」


 口の周りをアイスでべちゃべちゃにしたサンレイがニッと笑いながらソフトクリームを差し出す。


「秀輝の番だぞ」


 代わりというように口元に押し付ける殆どコーンだけになったサンレイのソフトクリームを秀輝が嘗めるようにして食べた。


「サンレイちゃんのバニラも美味しかったぜ」


 自分のアイスを殆ど食べられたというのに秀輝は幸せそうである。

 緊張が解けたような顔で英二がサンレイを見つめる。


「秀輝、サンレイの口の周りを拭いてやってくれ」


 べちゃべちゃな口周りを見て英二が頼むと秀輝が吃驚した顔で自身を指差した。


「俺がか? 」

「デートだろ、秀輝が彼氏なんだからな、今日はサンレイのことは全部任せるからな」


 からかうように笑いながら英二が言った。


「わっ、わかった」


 上擦った声で返事をすると秀輝がティッシュを取り出す。

 それを見てサンレイが拭いてくれと言うように顎を突き出す。


「サンレイちゃん、可愛すぎるぜ」


 照れまくりながら秀輝がサンレイの口周りを優しく拭いてやる。


「秀輝は優しいぞ、英二はグリグリ拭くぞ」


 当て付けるサンレイの向かいで英二が叱る。


「しっかり拭かないと取れないだろ、ソフトクリームは直ぐに取れるけどチョコとかパフェとかグラタンの汚れは擦った方がいいんだ」

「でも優しいよね、英二先輩も秀輝先輩も……本当に付き合ってくれれば何でもしてあげるんだけどなぁ」


 艶のある目で見つめる美鈴から話を逸らそうと英二が慌てて口を開く、


「一休みしたし垂直落下のヤツでも行くか? 」

「おぅ、待ってたぞ、おら2回乗るぞ」


 向かいで身を乗り出すサンレイを見て英二が厭そうに続ける。


「2回乗るなら俺は下で待ってるからサンレイと秀輝だけで乗ってくれ」


 サンレイが両手に持ったソフトクリームを食べ終わって立ち上がる。


「んじゃ行くぞ」


 元気なサンレイと秀輝に続いて英二と美鈴も歩き出した。

 ソフトクリームの売店から女が出てくる。英二たちを観察するように見ていた女だ。


「フフフ、旨く行った。諍いの術の掛かったアイスと知らずに…… 」


 愉しげに笑いながら女の姿が揺らいで消えていった。

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