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第127話

 宗哉がマジ顔で美鈴と向かい合う、


「それじゃあ本題に入ろうか」

「本題? ああ、なまさんの件ね」


 英二を抱き直すと美鈴が可愛い笑みを向けた。


「いいわよ、私が知っている事なら何でも話すわ、と言ってもサンレイちゃんが知っているような事ばかりだけどね」

「それなら話は早い、さっきサンレイちゃんとガルちゃんが説明してくれた事以外で知っている事があれば教えて欲しい」


 爽やかスマイルで返す宗哉の前で美鈴が記憶を辿るように話し始める。


「そうね……さっきの説明で出てない話って言えばHQの事くらいしかないわよ、なまさんは雄蜂だった私に妖力をくれて妖怪へと生まれ変わらせてくれたの、只の蜂を妖怪へと変化させるのよ物凄く大きな妖力を持っていなければ出来ないわ、まぁこれはサンレイちゃんの話しでも出てきたわね、私の恩人だけどこれ以上の事は知らないのよ、なまさんと一緒に居たのは2週間くらいだけだからね」


 宗哉がキラッと目を光らせる。


「なぜ美鈴ちゃんを妖怪にしてくれたんだ? 何か取引は無かったのかな」

「取引ねぇ……あったわよ」

「どんな取引をしたんだい」


 探るような宗哉の目に美鈴が微笑みながら続ける。


「人間の町を襲うから手を貸してくれって言われたわ」

「人間を襲ったのか? 」


 バッと顔を上げて胸の間から睨む英二を見て美鈴が慌てて話し出す。


「私は殺したりしてないわよ、それに大昔よ、江戸時代よりも昔の事だからとっくに時効よ、なんでもなまさんの友達の妖怪が人間に騙されて酷い目に遭ったらしいわ、その仕返しに町を襲ったの、私は男共を操って人間同士で戦わせただけ、終わった後に妖力をくれて蜂に戻らずに妖怪として生きていけるようにして貰って別れたのよ」

「直接殺してないだけで戦わせて死なせたんだろ」

「そういう事になるわね、でも人間も妖怪を殺したりしてたから一方的に悪いと言われるのは心外だわ」


 ムッとする英二を見つめる美鈴もマジ顔だ。

 サンレイが英二の頭をペシッと叩く、


「美鈴を悪者にするのは間違ってんぞ、ずっと大昔の話しだぞ、人間も妖怪も力の強いヤツが好き勝手してたぞ、それが悪いって言うならおらやガルルンも悪くなるぞ、大昔じゃ無くてもおらは祠を壊した奴らを呪って酷い目に遭わせたぞ」

「そう言われると…… 」


 口籠もる英二に代わって宗哉が口を開く、


「そうだね、一方的に妖怪を悪者には出来ないね、辺り構わず簡単に殺せないだけで今でも権力者が好き勝手出来るのは変ってないからね、それじゃあ、この話は終わりだ」


 サンレイと宗哉が味方に付いてくれたのが嬉しいのか美鈴が微笑みながら付け足す。


「サンレイちゃんの話しを聞いて思ったんだけど術が苦手だから私の力を借りたかったんじゃ無いかしら、なまさん」

「多分そうだぞ、術はからっきしダメだけど妖力だけは有り余ってるからな、どうにか勝てるけど面倒臭いから正直戦いたくないぞ」

「でも水を使った術は結構凄いがお、水を吹き出したり単純だけどパワーがあるからガルの炎術も正面からじゃ弾かれるがお」


 サンレイとガルルンの苦々しい表情からなまざらしが強敵だとわかる。


「なまざらしについては新しい情報は無しか……それじゃあHQについて話して貰おう、知っている事だけでいいから全部話してくれ」


 宗哉が改まって美鈴を見つめた。

 美鈴の顔色がサッと変る。


「HQは怖いわよ」

「怖い? 確かにハチマルさんも警戒していた様子だったな」


 顔を顰める宗哉の傍でサンレイとガルルンも険しい顔になる。


「あのクソ坊主の結界は確かに強力だったぞ、そこらの雑魚妖怪の結界なら簡単に破れるけどクソ坊主のは時間掛かったぞ」

「匂いも気配も人間だったがお、でも霊力の他に妖気も感じたがう、只者じゃ無いがお」


 強張った顔で美鈴が続ける。


「霊力も高ければ術も旨いわよ、私が妖怪だってバレないように妖気を消す御札をくれたのもHQよ、一時的に妖気を増す水胆を作ったのもHQよ、なまさんの妖気が籠もった水晶玉を使ってHQが術を掛けて水胆を作ったのよ、私も結界の御札と共に一つ貰ったわ、人間の癖にこんなものを作るなんてHQは化け物よ」


 抱き付く美鈴の手が緩んだ隙に英二が抜け出してサンレイの横に立つ、


「水胆って一つ目小僧やハマグリ女房が使ってたヤツだな、それを作ったのがHQかよ」


 忌々しげに言う英二の横でサンレイが美鈴を見つめる。


「水胆か……持ってるなら絶対に使うなよ、あれは妖力を増すんじゃなくて妖力を前借りするだけだぞ、使ったら最後だぞ、美鈴のような即席妖怪は妖力全部使い切って只の蜂に戻って死ぬぞ、普通の雑魚妖怪も力使い果たして100年は使い物にならなくなるぞ」


 美鈴が自嘲するように笑う、


「やっぱりね……そんな便利な物があるわけないわよね、胡散臭いと思って使わなくて正解よ、サンレイちゃんたちが強くて結界の御札は使う暇も無かったけどね」


 英二がマジ顔で口を開く、


「HQは人間なんだろ? 人間の坊主が何で妖怪と一緒に俺を狙うんだ? 」


 美鈴が首を傾げる。


「さぁ、それは知らないわ、私に頼みに来たときは英二先輩の霊力を使えば大妖怪になれるって言われたわ、雄蜂の寿命は短いの、雌蜂に選ばれて結ばれても用が済んだら直ぐに捨てられて死ぬのよ、雌蜂は女王蜂として王国を作るのにね、雄蜂は働き蜂よりも短い命なのよ、私が大妖怪になったら妖力を使って雄蜂も女王蜂のように長く生きられる社会を作ってやろうって思ったのよ」


 美鈴が顔色を窺うように英二やサンレイたちを見回す。

 ニヘッと悪い顔をしたサンレイが英二に振り向く、


「なんだ……てっきり英二のケツを狙ってたと思ったぞ」

「過去形じゃないがお、英二のお尻は今でも狙われているがお」


 ガルルンも意地悪顔になっているのを見て英二が焦りを浮かべて話し出す。


「怖い事言うな、命を狙われるのと同じくらい厭だからな」


 美鈴が英二に抱き付く、


「あぁ~ん、英二せんぱぁ~い、怖がらなくていいじゃない、違和感があるのは初めだけよ、直ぐに気持ち良くなるから、英二先輩ならどんな事でもしてあげるわよ」


 必死に引き離しながら英二が口を開く、


「そういや、美鈴ちゃんと戦ったときに雌蜂を支配して雄蜂が上に立つ世界を作るとか何とか言ってたな」


 話を逸らすように言った英二を見て美鈴がクスッと笑う、


「うふふっ、覚えてたんだぁ、まぁ、あれはぶっちゃけどうでもいいのよ、英二先輩を捕らえる言い訳みたいなものよ、先輩を捕まえてなまさんに恩返ししようと思っただけ」


 黙って話しを聞いていた宗哉が話に割り込む、


「その英二くんを捕まえる理由は僕たちだけじゃなくて妖怪なまざらしやHQにも言ったのかい? 」


 英二に抱き付こうとしていた美鈴が鋭い目で宗哉を見る。


「ええ、言ったわよ、雄蜂が雌蜂を支配する世界を作るために力が欲しいってね」


 宗哉の顔から笑みが消えた。マジ顔で美鈴を見つめて続ける。


「何故本心を隠したんだい? 雄蜂が支配する世界なんてどうでもいいんだろ? それなら妖怪なまざらしに恩返しするために英二くんを捕まえるってハッキリ言えばいい」


 英二に伸ばした手を引っ込めると美鈴が体ごと宗哉に向き直る。


「佐伯先輩って頭が良いのね」


 姿勢を正すと美鈴がマジ顔で続ける。


「なまさんだけじゃなくてHQが居たからよ、そもそもHQが話しを持ってきたのよ、何か望みはないかって、どんな望みも叶うって大きなこと言われたわよ、今の生活に満足しているなんて言える雰囲気じゃなかったのよ、朧車って言ったかな、人に恨みのありそうな妖怪も近くに居たしね、妖怪の私が人間社会に紛れて面白可笑しく暮らして行ければいいなんて言えると思う? 」


 鼻を鳴らしてサンレイが割り込む、


「ふ~ん、んじゃ断ればよかったぞ、興味無いって言えばいいぞ」

「私に力をくれたなまさんが態々訪ねてきたのよ、私の力で役立つならって思って当然でしょ、それで英二先輩を捕まえるのを引き受けたのよ」


 言いながら美鈴が英二に手を伸ばす。

 逃れるように美鈴の手を弾きながら英二が話す。


「それで雄蜂が支配する世界とか言って理由を作ったのか」

「そうよ、見返りもなく動けば怪しまれると思ったからね、なまさんじゃなくてHQが怖かったのよ、あの心を見透かすような目じゃ私の本心など見破られてたかもしれないけどね、朧車って言う嫌なヤツも傍に居たからね」


 サンレイが上を向いて呟くように口を開く、


「朧車? おぼろぐるま? どっかで聞いた名前だぞ」


 サンレイの横でガルルンが頭の犬耳をクシャクシャ手で掻いて考える。


「ガルも聞いた事あるがお……朧車……大ボロ……大ボロ車がお」


 サンレイも思い出したのかバッと振り返ってガルルンを見つめた。


「大ボロ車だぞ、昔ガルルンと一緒に乗った事あるぞ」

「そうがお、京都で遊んだがお」


 楽しそうな2人に英二が声を掛ける。


「その朧車って妖怪も知り合いなのか? 」


 サンレイとガルルンが同時に振り向いてニヘッと悪い顔で笑う、


「知り合いじゃないぞ、足代わりに使ってたぞ」

「朧車は牛車の妖怪がお、ずっと大昔にサンレイと一緒に京都で食い荒らしてたときに見つけた妖怪がお」

「そだぞ、京都の妖怪で町に詳しかったから乗り込んで足代わりに使ってたんだぞ」

「サンレイが霊力をあげるって言ったがお、霊力欲しさに朧車は京都中を走り回ったがお」

「そだぞ、色んなとこに行って遊んだぞ、ボロ車だったけど面白かったぞ、そんで霊力渡さずに帰ったんだぞ」

「大ボロ車ってからかうと無茶苦茶怒ってたがお、追い掛けてきたからサンレイとガルでボコボコにしてやったがお」


 サンレイとガルルンが笑いながら交互に話してくれた。

 英二が弱り切った顔で2人を見つめる。


「只乗りかよ…… 」

「只乗りした挙げ句、ボコボコにするっていくら何でも酷すぎるぜ」


 どんな時でもサンレイの味方の秀輝も流石に不機嫌顔だ。

 小乃子が楽しそうに口を挟む、


「でもさ、大昔の事だろ? もう時効だよな」

「そだぞ、とっくに時効だぞ」

「食い逃げも着物や櫛を盗ったのも全部時効がお」


 胸を張るサンレイとガルルンの頭を英二がポンポンッと叩いた。


「自慢じゃないからな、でもハチマルも言ってたな、昔は人間の町に出て悪さしてたってさ、ガルちゃんは俺の家に来るまでは旅してて畑とか荒らしてたって言ってたよね」


 小乃子が楽しそうにガルルンを見つめる。


「うん、言ってた。大根とか胡瓜とかトマト食い荒らしてたって、害獣みたいだって菜子も言ってた」

「がふふん、美味しそうなものなってたから食べたがお、ガルには害獣ネットも電気柵も効かないがう、畑で食べ放題してたがお」


 ドヤ顔で鼻を鳴らすガルルンを見て委員長が呆れ顔で口を開く、


「普通に犯罪よね、まあ人じゃないから裁く法律なんて関係ないけどさ」

「あははっ、ガルちゃんもサンレイちゃんも昔は無茶苦茶してたんだね」


 どうしていいのかわからない晴美が乾いた笑いを上げた。


「それで朧車ってどんな妖怪なんだ? 」


 秀輝が知っているかと言うように委員長を見つめる。


「うん、妖怪図鑑に載ってたわよ」


 委員長が説明してくれた。


 妖怪朧車は大昔貴族たちが花見や月見などの場所取りに使っていた牛車が化した妖怪だ。

 場所争いで時に人死にまで出す貴族たちの醜い情が生み出した妖怪である。


 落ち着いたところを見計らって宗哉が本筋に戻す。


「その朧車も敵になりそうだね、でも問題はHQだよ、美鈴さんはHQの正体を知らないのかい? 」


 朧車の話しを愉しそうに聞いていた美鈴がくるっと振り向いた。


「人間よ、でも只の人間じゃないわ、凄い力を持ってるわよ、英二先輩の霊力も凄いけどHQも同じくらいの力を持っているわ、しかもその力を使いこなしているのよ、初めて会った瞬間に敵わないって思ったわよ、だから従ったの、なまさんに恩を返すっていう事もあるけどね」

「英二くんと同じくらいの霊力を使いこなせるのか……暴走せずに使えるなら厄介だな」


 顔を顰める宗哉をサンレイが見上げる。


「厄介なんてもんじゃないぞ、英二の霊力をフルに使えるならそこらの大妖怪でも簡単に倒せるぞ」

「そうがお、ハッキリ言ってガルは戦いたくないがお、戦うなら相打ち覚悟がお」


 ガルルンの険しい顔を見て英二が思わず呟く、


「本気を出したガルちゃんが相打ちって…… 」

「マジかよ、人間の癖にそんなに強いのかよ」


 驚く秀輝にサンレイが視線を移す。


「まぁな、なまちゃんよりHQが厄介だぞ、でもおらとハチマルが居るから心配無いぞ」

「俺がもっと力を使えたら………… 」


 苦渋に顔を歪める英二を美鈴がじっと見つめる。


「そう言えばHQの霊気は英二先輩と…… 」


 何か言おうとした美鈴の言葉をサンレイが大声で遮る。


「心配無いぞ、凄くても所詮人間だぞ、おらとハチマルが居ればどうとでもなるぞ」

「そうがお、戦いになったらガルがなまざらしを押さえるがお、その間にサンレイとハチマルがHQの相手をすれば勝てるがお」


 ガルルンも余所余所しくなるのを見て美鈴は言葉を止めて観察するように英二をじっと見つめる。

 英二がぐっと拳を握り締めた。


「援護くらいなら俺もできるしな、爆発能力だけじゃなくて魂宿りのコツも掴めてきたし濡れ男と戦った日から3度に1度くらい成功できるようになったからな」


 秀輝がガシッと英二の肩を掴む、


「俺も戦うぜ、魂宿りがあれば俺も戦えるぜ」

「ああ、頼りにしてるよ」


 英二と秀輝が顔を見合わせてニッと笑った。


「僕を忘れないでくれよ、サーシャとララミも力を貸すよ」


 髪を掻き上げながら宗哉が言うと後ろに居たサーシャとララミがペコッと頭を下げる。


「御主人様とサンレイ様の為ならどんな事でもするデスよ」

「微力ながら私もお手伝いします。そこらの人間よりは役に立って見せますよ」


 英二と秀輝が振り向く、


「もちろんだよ宗哉、宗哉が居なかったら俺なんてとっくに捕まってるよ」

「宗哉と委員長は参謀だからな、バカな俺でも戦えるのはお前らの御陰だぜ」


 英二と秀輝と宗哉が互いの目を見つめ合う、信頼している眼差しだ。

 宗哉の後ろに居るサーシャとララミに英二が笑顔を向ける。


「サーシャとララミも頼りにしてるからね」

「ああ、サンレイちゃんが目覚める前、豆腐小僧の時にサーシャとララミが居なかったら俺たちあそこで終わってたぜ」


 2人に褒められてサーシャとララミが自然な笑みを見せる。


「菜子は参謀でいいとして……あたしらには褒め言葉は無しか? 」


 晴美の腕を引っ張って小乃子が前に出る。


「あんたは篠崎さん巻き込んで自己主張しないの」

「みんな盛り上がってるからさ、入んなきゃ損だよね」


 委員長がジロッと睨むが小乃子は平然としている。


「私は別に……みんなと一緒に居るだけでいいよ」


 控えめな晴美を見て英二が微笑む、


「小乃子も篠崎さんも役に立ってるよ、いろいろサポートしてくれてるだろ、篠崎さんが居てくれたらガルちゃんも張り切るし、小乃子はサンレイ相手をしてくれてさ、みんなが居てくれて本当に助かってるよ」

「まぁ英二とはガキの頃からの腐れ縁だからな」


 秀輝が英二の肩に腕を回して肩組みして楽しそうに笑い出す。

 その様子を見て美鈴がフッと微笑んだ。


「成る程ね、先輩たちの強さが少しわかったような気がするわ、英二先輩はともかくサンレイちゃんとハチマル先輩にガルルン先輩の3人ならHQもどうにかなりそうね」

「HQなんておらがバチッと倒してやるぞ」

「がふふっ、ガルも久し振りに本気を出して暴れてやるがお」


 サンレイとガルルンが自信ありげに言うと肩組みしながら秀輝と英二が大きく頷いた。


「俺たちも頑張ろうぜ」

「ああ、サンレイやガルちゃんに負けてられないからな」

「調子乗ってると足下掬われるわよ」


 叱るように言う委員長の傍で宗哉が渋い顔だ。


「委員長の言う通りだよ、油断は禁物だ。HQって坊主はかなりの切れ者だよ、こちらも対応策を考えた方がいい」


 宗哉と委員長が窘めてくれるので英二たちも安心してバカが出来るのだ。


「そうだな、作戦とかは宗哉と委員長とハチマルに任せるよ、俺は魂宿りを完璧に使えるように訓練に集中するよ」

「だな、頭使うのは宗哉に任せるぜ、俺も木刀を使いこなせるように練習だ」


 やる気を出した英二と秀輝を見て小乃子が呆れ顔で口を開く、


「まったく、ゴリラと爆弾魔は仕方無いな」

「誰が爆弾魔だ! 」

「誰がゴリラだ! 」


 英二と秀輝がハモって怒鳴る。


「おおぅ、瞬時に返事したぞ、心の奥底で爆弾魔とゴリラって認めてる証拠だぞ」


 楽しそうなサンレイの頬に英二が手を伸ばす。


「認めてないからな、返事じゃなくて反論だからな」


 怒りながら英二がサンレイの頬を引っ張る。


「にゅひゅひゅひゅひゅ、止めろよ、ほっぺ伸びるぞ、擽ったいぞ」


 体を捩って喜ぶサンレイを見て秀輝が項垂れる。


「サンレイちゃんもゴリラって認識かよ、ちょっとヘコんだぜ」

「あはははっ、諦めろ、筋肉ゴリラは褒め言葉だよ、頼りにしてるって事だ」


 小乃子が大笑いしながら秀輝の背をバンバン叩いた。


「先輩たち本当に楽しそうね、妖怪たちと戦ってきたのが信じられないわよ」


 自身も楽しげに口元を歪める美鈴に宗哉がマジ顔を向ける。


「それでHQの本当の名前は知らないのかい? 名前や顔がわかれば全国の寺や神社に問い合わせて正体を探る事が出来るからね、本物の僧侶なら確実に見つける事が出来るはずだよ、僧侶じゃなくても修業をしたのなら何か手掛かりが掴めるかも知れない」


 美鈴が笑いながら手を振った。


「無理無理、物凄く用心深いわよ、ハイクオリティー、略してHQさんと呼んでくださいってふざけた名前しか言わないし、ずっと狐のお面付けてて顔も見せないし、なまさんとは旧知の仲って感じで親しげだったけどね」

「手掛かり無しか…… 」


 考え込む宗哉の手をサンレイが引っ張る。


「そのうちわかるぞ、ハチマルがなまちゃん探しに行ってるからな」

「そうだといいんだけど……此方で出来る事があればしておきたいからね」


 サンレイが宗哉の腕に縋り付く、


「そんじゃ、勝った時のバーティーでも準備しててくれ、なまちゃんとHQをどうにかしたら英二の霊力を狙うヤツなんて居なくなるぞ」

「もちろん、旨く行ったら盛大に祝うよ、アイスも肉も食べ放題で用意するよ」


 宗哉が微笑みながらこたえた。

 雑魚妖怪と違って相手は大妖怪のなまざらしと怪僧のHQだ。なにも出来ないと言われるよりも少しでも役に立てる事を言ってくれたサンレイの優しさがわかったのだろう、


「聞いたかガルルン、食い放題だぞ」

「わふふ~~ん、ガルはやる気が出てきたがお」


 大喜びする2人を見て英二が溜息をつく、


「また甘やかす…… 」


 美鈴が宗哉を上目遣いで見る。


「私も行っていいかな? 」

「もちろんだよ、情報提供してくれたしね」


 宗哉に縋り付いていたサンレイがくるっと振り返る。


「美鈴はもう仲間だぞ」

「仲間……私が? 」


 美鈴がサンレイを抱き上げた。


「ありがとうサンレイちゃん、私に出来る事があれば何でもするわよ」


 嬉しそうな美鈴の頭をサンレイがポンポン叩く、


「美鈴は美味しいお菓子作ってくれるからな、それに英二の相手にピッタリだぞ」

「私が英二先輩にピッタリ……ああぁん、マジで嬉しい、サンレイちゃん、ダブルデート楽しみだね」


 大袈裟に喜ぶ振りをして美鈴がサンレイの耳元に口を寄せる。


「HQと英二先輩は何か関係があるんですね」


 笑みを崩さず囁く美鈴にサンレイが黙って頷いた。


「わかったわ、先輩たちには黙っておくわ」

「味方は一人でも多い方がいいぞ、頼りにするぞ」


 抱き上げていたサンレイを下ろすと美鈴が英二を見てニコッと微笑む、


「明日はカップケーキでも作ってくるわね、じゃあね、英二先輩」


 昼休みが終わって美鈴が慌てて自分の1年4組へと戻っていった。



 2日後の深夜にハチマルが帰ってきた。


「んぁ? 」


 二段ベッドの上で眠っていたサンレイが目を擦って起き上がる。


「起こしてもうたか、済まんのぅ」


 窓を開けずにスゥーッと壁を通り抜けてハチマルが部屋へ入ってきた。


「別にいいぞ、眠かったら学校で寝るからな」


 二段ベッドの上からサンレイが音も立てずに飛び降りてくる。


「そんでなまちゃん居たのか? 」


 目を擦りながら訊くサンレイの向かいでハチマルが首を振る。


「おらんかった。彼奴が行きそうな場所は全て回ったのじゃがの、山童や河童に人魚、その他の妖怪たちに訊いたんじゃが何人かは見掛けたと言っておったが今どこへ居るのかまではわからんかった。儂らが探すのを感付いて隠れておるのじゃろう」

「隠れるって事はやっぱなまちゃんが黒幕なんだぞ、見つけたらボコボコだぞ」


 サンレイが怒りで眠気も覚めたところへガルルンが部屋へと入ってくる。


「ハチマルお帰りがお」


 眠そうに欠伸をするガルルンを見てハチマルが微笑んだ。


「ただいまじゃ」

「なまざらし見つからなかったがお? ガルも一緒に行けばよかったがう、隠れてても匂いで見つけ出してやったがお」


 耳の良いガルルンは部屋に入る前の会話が聞こえていた様子だ。


「妖気や気配を消せるんじゃ、匂いも消すじゃろうから儂一人で充分じゃ、ガルルンまで連れて行って英二に何かあると困るからの、とは言ったものの儂も見つけられんで立つ瀬が無いのぅ」


 弱り顔で言うハチマルの向かいでサンレイが口を開く、


「HQだぞ、あいつが入れ知恵してるんだぞ」

「そうがお、昨日の昨日、学校で話ししたがお、美鈴もHQには気を付けろって言ってたがう、それと朧車も奴らの仲間に入ってるがお」


 ガルルンが思い出すように言うとハチマルが顔を顰める。


「朧車じゃと……確か大昔にお主らがからかったじゃろ」

「そだぞ、あの大ボロ車だぞ、ガルルンと一緒に只乗りして逃げたぞ」

「底意地の悪い京都の妖怪がお、腹黒い奴をガルとサンレイがお仕置きしてやったがお」


 楽しそうなサンレイとガルルンを見てハチマルが溜息をつく、


「英二を狙うだけでは無く、お主らに恨みがあるというわけじゃな、ヤツが敵に回ると厄介じゃぞ、朧車はたいした力は持っておらんが奴の使う術が厄介じゃ」

「そんなに厄介がお? ボロ車はどんな術を使うがお? 」


 不安気に訊くガルルンと違ってサンレイは机の上に置いていたペットボトルの水を呑気にゴクゴク飲んでいる。

 サンレイをチラッと見てからハチマルが話を始める。


「奴の術に掛かると些細な事でも競うようになる。奴は貴族の場所取りの醜い争いで生まれた牛車の妖怪じゃからの、仲違いさせて争わせるのが奴の術じゃ」

「競わせて喧嘩させるがお? ガルとサンレイが喧嘩したりするがお」

「そういう事じゃ、じゃが儂がおるから安心じゃ、奴程度の術など儂ならその場で解く事が出来るからの」

「じゃあ安心がお、ボロ車が襲ってきたらガルが火達磨にしてやるがお」


 ぱっと顔を明るくするガルルンの前でサンレイがペットボトルから口を離す。


「術なんて関係ないぞ、ガルルンと喧嘩なんてしょっちゅうしてるぞ」


 ガルルンがムッとしてサンレイを睨む、


「いっつもサンレイがからかってくるがお、ガルは喧嘩なんてしたくないがお」

「ガルルンはからかい甲斐があるぞ、何でも信じるからな」


 意地悪顔で笑うサンレイの頭をペシッと叩くとハチマルが続ける。


「朧車はそれ程心配せんでもよいじゃろう、奴の術ならサンレイでも解けるからの、それより心配なのはHQじゃ、彼奴が1番の問題じゃ」


 サンレイが頭を摩りながらハチマルを見上げる。


「強いのは確かだけど所詮人間だぞ、おら一人でもどうにか出来るぞ、それよりも英二の事が心配だぞ」


 ガルルンが悲しそうな顔でハチマルを見つめた。


「兄ちゃんで間違いないがお、兄ちゃんが敵だとわかったら英二どうなるがお? 」


 ハチマルがマジ顔に変る。


「英二にバレる前に捕らえて事情を聞くしかあるまい、じゃが誰かに操られておるのでは無く英二の兄である高野仁史本人が敵じゃった場合は英二を守るために仁史を殺すという選択もあるという事を肝に銘じておけ」


 いつになく厳しい眼を見てサンレイもマジ顔で頷いた。


「わかってんぞ、おらは英二の守り神だからな、たとえ兄貴でも英二を狙うなら倒すだけだぞ、それで嫌われても英二が無事ならおらはいいぞ」

「ガルもそれでいいがお、嫌われたらまた山で暮らすがお、旅をするがう、英二や晴美、秀輝と宗哉と小乃子といいんちゅ、みんなと一緒に遊んだ事は忘れないがお」


 ハチマルがサンレイとガルルンを抱き締めた。


「そうじゃな、英二に嫌われたら山に戻って眠るとしよう、いつかわかって貰える日が来るじゃろうからな」


 ハチマルの爆乳に半分頭を埋めながらガルルンが続ける。


「英二だけじゃないがお、なまざらしやHQとの戦いには晴美や小乃子を巻き込みたくないがう、晴美たちを庇って戦える相手じゃないがお」

「そだな、出来たら秀輝と宗哉も外しておらたちと英二だけで戦うぞ、また眠る事になっても英二はおらが絶対守ってやるぞ」


 反対側で爆乳に埋もれて頭も見えないサンレイの声が聞こえた。


「うむ、それは儂も考えておった。なまざらしの莫大な妖力を術に長けたHQが使うとなると厄介じゃからな、じゃから奴らが襲ってきたらサンレイが秀輝たちを瞬間移動させるのじゃ、その後で儂らと英二で戦うのじゃ」


 ハチマルから離れるとサンレイとガルルンが頷く、


「わかったぞ、おらがバチッと遠くに運んでやるぞ」

「サンレイが戻ってくるまでガルがなまざらしと他の妖怪を引き受けるがお、ハチマルはHQを頼むがう、これで旨く行くがお」


 覚悟を決めた2人の顔を見てハチマルが優しい顔で微笑んだ。


「人間の一生など儂らにとっては一時じゃ、じゃからこそ英二たちと過ごす日々を大事にせんといかん、じゃから儂らが守ってやるのじゃ、儂らのためでもあり英二のためでもある。天寿を全うしても英二の血はその先へと続くんじゃからの」

「わかってんぞ、ずっと見てきたからな、清ちゃんも平吉もその昔もずっと…… 」


 遠い目をするサンレイをガルルンが不思議そうに覗き込む、


「清は英二の父ちゃんがお、平吉は誰がお? 」

「平吉は清の父で英二の爺ちゃんじゃ、四国に住んでおる。GWに四国に行くからガルルンも直ぐに会えるじゃろう」

「英二の爺ちゃんがお、早く会いたいがお」


 楽しそうな笑みをしてガルルンが続ける。


「ハチマルとサンレイはずっと英二の家を守ってきたがお? 」

「そだぞ、英二の先祖は神主でおらたちの山を守ってきたんだぞ、そんでおらたちは英二たちを守ってきたんだぞ」


 優しい顔で聞いていたハチマルの顔が曇る。


「廃仏毀釈で神社が潰されてからも高野家は山を守ってくれておった。大きな道路が出来たとはいえ今でも山を大事にしてくれておる。じゃから儂らはずっと英二と一緒におるのじゃ、儂らを必要としてくれておる限りのぅ」

「いつか英二にも話すぞ、平吉や勇ちゃんに話したようにな、勇ちゃんってのは清ちゃんの兄ちゃんで四国の実家を継いでるぞ、一番上の姉さんと妹が守ってるぞ」

「そうだったがお、サンレイはちゃんと神様やってるがう、遊び回ってるだけだと思ってたがお」


 遠い目をしていたサンレイがガルルンに掴み掛かる。


「おらをそんな風に見てたんだな、今日という今日は許さないぞ」


 じゃれる2人をハチマルが抱き締める。


「夜中じゃから暴れるな、今日は3人一緒に寝るとしようかの」

「んじゃ、ベッドから布団下ろしてここに敷いて3人川の字になって寝るぞ」

「わふふ~ん、3人並んで寝るのは久し振りがお、大昔は悪さして回ってよく一緒に寝てたがお、枕持ってくるがお」


 ガルルンが大喜びで枕を取りに部屋を出て行く、ベッドから布団を下ろしてハチマルを真ん中にサンレイとガルルンが左右について話をしながら眠りについた。


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