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第125話 「濡れ女」

 オタ芸を止めた濡れ男の前にサンレイとガルルンが立つ、


「おらが援護するからガルルンが止めを刺すんだぞ」


 頼むというようにサンレイが肩に置いた手をガルルンが叩き払う、


「何言ってるがお、ガルが後ろから援護するがお、サンレイがバチッとやっつけるがお」

「おらはさっき戦ったぞ、キモいの我慢したぞ、次はガルルンの番だぞ」

「ガルは毛が生えてるから雑巾の汁が付くと取れにくいから厭がお」


 嫌がる2人を見て怒り猛った濡れ男が襲い掛かる。


「どっちでもいい、2人纏めてぶっ殺す」


 蛇のような尻尾が伸びて飛んでくるのをサンレイとガルルンが左右に跳んで避けた。


「くそっ、ならばこれでも喰らえ、濡れ時雨れ! 」


 濡れ男がクルクルと周りながら体液を飛ばす。


「ブンブンバリヤー 」


 サンレイが電気の壁を出して濡れ男の体液を防いだ。


「助かったがお、汚い汁が付くとこだったがお」


 ガルルンだけでなく英二やハチマルたちにも汁はかかっていない。


「だから言ってるぞ、おらが援護するからガルルンが戦うんだぞ」

「わかったがお………… 」


 ガルルンが鼻を押さえて蹲る。


「どしたガルルン? 」

「臭いがお、とんでもなく臭いがお」


 ガルルンの横でサンレイも目と口を手で押さえる。


「マジだぞ、何だこの匂い、目がしょぼしょぼするぞ、臭くて鼻で息できないぞ」


 目を擦るサンレイの後ろで英二がフラつく、


「なんだ……気持悪くなってきた」

「凄ぇ匂いだぜ、肉が腐ったような魚が腐ったような、ダメだ我慢できねぇ」


 秀輝が運動場側の窓を開けようと駆け寄るがどんなに力を入れても窓は開かない。


「くそっ、なんで開かねぇ」

「無駄じゃ、教室全体が結界に包まれとる。解かぬ限り窓は開かん」


 秀輝に言った後でハチマルがサンレイとガルルンに振り向く、


「気を付けろ、ヤツの術じゃ、目と鼻をやられるぞ」


 注意するハチマルも口を押さえて苦しげだ。

 サンレイたちを見回して濡れ男が愉しげに笑い出す。


「ふははははっ、どうだ俺様のフェロモンは、体液を飛ばしたんじゃない、濡れ時雨れはフェロモンを飛ばす技だ」

「何がフェロモンだ。悪臭の間違いだぞ」


 目をしょぼしょぼさせるサンレイを見て濡れ男がニタリと不気味に笑う、


「フェロモンだ! 現に英二たち男よりお前ら女の方が強烈に効いているだろう」


 濡れ男が蛇のような長い尻尾を振り回す。


「あうぅ…… 」


 サンレイを叩き倒すと逆に振ってガルルンに尻尾をぶち当てた。


「がふっ! 」


 蹲っていたガルルンは避けることも出来ずに壁まで吹っ飛んでいった。


「くっ、雑巾が調子に乗んなよ」


 ヨロヨロと立ち上がったサンレイの後ろから尻尾が飛んできてぶち当たる。


「あふっ! 」


 吹っ飛ばされたサンレイが黒板にぶつかってずり落ちていく、


「サンレイ! 」


 叫ぶ英二の体から白い靄のような霊気が沸き立つ、


「秀輝、やるぞ」


 秀輝が持っていた木刀を奪うように取る。


「魂宿り! 」


 体を覆っていた白い靄のような霊気が木刀へと吸い込まれていく、


「やりおった。魂宿り成功じゃ」


 後ろで見ていたハチマルが嬉しそうに頷いた。

 英二が木刀を秀輝に差し出す。


「5回だ。続けて5回は霊刀として使えるはずだ。俺が爆発で援護する。止めは秀輝が刺してくれ」

「任せろ! このために練習してんだ。サンレイちゃんとガルちゃんに酷い事しやがって手加減しねぇぜ」


 木刀を受け取ると秀輝がスッと構えた。


「ほう、秀輝のやつ様になっとる。あれなら充分戦力として使えるのぅ」


 感心するハチマルの前で秀輝が濡れ男に向かって行く、


「只の人間に何が出来る」


 余裕に構える濡れ男の左肩に秀輝が木刀を振り下ろした。

 当たった瞬間、白く光った木刀が濡れ男の皮膚に食い込んでいく、


「ぎゃあぁぁ~~ 」


 濡れ男が悲鳴を上げて黒板のある前の壁まで跳ぶように逃げていく、


「ひあぁぁ……なんで……只の木刀など俺の体液で滑らせて無効に出来るはずだ。チビの電気パンチでさえ無効に出来たんだぞ」


 信じられないというような顔で濡れ男が秀輝を見つめた。

 秀輝が木刀を軽く上下に振る。


「いけるぜ英二、呼子の時は爆発だったが今の木刀は本物の刀みたいに切れるんだな」

「ああ、切れるように霊気を込めたからな、ハチマルの訓練の御陰で幾つかの能力を持たせることが出来るんだ。今の木刀は霊刀だ。妖怪や悪霊を切る刀だ。濡れ男の体液に効くかどうかわからなかったが大丈夫みたいだな」


 説明する英二は荒い息で苦しそうだ。

 後ろで見ていたハチマルが険しい顔で口を開く、


「全ての力を入れたじゃろ英二、加減をせんか、お主が戦えんようになっておるではないか、まったく……濡れ男の妖力より遙かに上の霊力が籠もった剣じゃ、じゃから体液など効かんで当然じゃ」

「ごめんハチマル、サンレイとガルちゃんが吹っ飛ばされたの見たら腹が立って全部の力を入れちまった」


 謝る英二を見て溜息をつくとハチマルが秀輝に声を掛ける。


「英二は暫く使えん、秀輝、お主一人で倒してみせい」

「任せてくれ、俺一人で充分だ」


 秀輝が大声でこたえた。

 今までは援護するのが精一杯だった。足手纏いじゃないかと悩んだこともあった。それが今、英二と同じように扱って貰えて秀輝は嬉しかった。


 大きく息を吸うと秀輝が静かに木刀を構えた。


「只の人間が…… 」


 濡れ男が蛇のような尻尾を振り回す。


「お前から先に殺してやる」


 長い尻尾が秀輝の背後から迫る。


「そこだ! 」


 くるっと振り向くと同時に木刀を振り下ろす。


「ぎゃぎゃあぁ~~ 」


 濡れ男が悲鳴を上げて尻尾をたぐり寄せた。その尻尾が半分切れて無くなっている。

 切り落とした尻尾に目もくれず秀輝が前を向くと同時に突っ込んでいく、


「おりゃぁ~ 」


 叫ぶと共に木刀を振り下ろす。


「ひぎゃぁあぁ~~ 」


 濡れ男の右腕が落ちて床に転がる。


「避けやがったか、次は頭を落とすぜ」


 鬼気迫る顔で秀輝が木刀を構えた。

 濡れ男が残った左腕を前に突き出す。


「たっ、助けてくれ……俺の負けだ……殺さないでくれ………… 」

「サンレイちゃんとガルちゃんに酷い事したヤツを許すかよ、叩き切ってやるぜ」


 怯える濡れ男の正面で秀輝が木刀を上段に構えた。



 ハチマルが廊下側の壁を見つめる。


「この気配は? 」


 ハッと何かに気付くと大声を出す。


「秀輝止めるんじゃ! 」


 何事かと振り返った秀輝が吹っ飛んで転がる。


「お前たち何をやっている」


 女の怒鳴り声に英二が振り向くと廊下の壁を突き抜けて半身蛇の女が入ってきた。

 秀輝を吹っ飛ばしたのは女の蛇のような尻尾だ。


 濡れ男が女に駆け寄っていく、


「助けて……あいつらが俺を殺そうとするんだ…… 」


 二人とも上半身が人で下半身が蛇である。

 一目で仲間だとわかるが濡れ男がデブオタなのと比べて女の方は凄い美人だ。


「よくも濡れ男を…… 」


 怒り猛った女の目にハチマルが映った。


「なっ!? ハチマル様! 」


 驚きの声を上げる女を見てハチマルが軽く手を上げる。


「久し振りじゃな濡れ女」

「濡れ女? 」


 英二と秀輝が同時にハチマルを見つめる。

 倒れていたサンレイとガルルンがスッと起き上がった。


「なんだヘビ女か? お前が濡れ女だったんだな」

「サンレイ知ってるがお? ガルは初めて見るがお、濡れ女は格好良いがお」


 二人とも何のダメージも受けていない様子でケロッとしている。


「サンレイ、ガルちゃん、無事だったのか…… 」


 安堵する英二と秀輝を見てサンレイとガルルンがニヘッと笑う、


「にゅひひひっ、あれくらいでやられるわけないぞ」

「がふふふっ、ガルは演技も旨いがお、英二も秀輝も騙されて必死で戦ったがお」


 悪い顔で笑う2人を見て英二と秀輝が苦笑いだ。


「俺たちを本気にさせるためかよ、冗談きついぜ」


 愚痴りながらも秀輝は嬉しそうな笑顔だ。

 濡れ女がハチマルを見つめる。


「御久し振りですハチマル様、それで……どういう事です? 」

「それがのぅ…… 」


 怪訝な表情の濡れ女にハチマルが経緯を説明した。

 隠れるように後ろについていた濡れ男に振り返ると同時に濡れ女が殴りつける。


「選りに選ってハチマル様に無礼を働くなんてこのバカものが! 」

「だって姉ちゃん…… 」

「だってもクソもあるか! 」


 右腕を失い尻尾も半分切られた濡れ男を濡れ女がタコ殴りでボコボコにしていく、それを横目で見ながらサンレイとガルルンがハチマルの傍にやってくる。


「姉ちゃんって言ってたぞ」


 驚くサンレイの横でガルルンが顔を顰める。


「とても姉弟に見えないがお、神様は残酷がお」


 英二と秀輝もハチマルの傍に歩いてきた。


「美人だけど怖ぇ…… 」

「蛇は我慢できるけど性格キツ過ぎるのは怖いな」


 思わず呟く英二の傍で秀輝も同意するように頷いた。



 濡れ男を殴る手を止めると濡れ女がハチマルに向き直る。


「申し訳ありません、このバカは私の弟です。人間として暮らすというので心配して時々様子を見に来ているのですが……まさか、まさかハチマル様に手を出すなんて…… 」

「なにすんだよ、姉ちゃん」


 泣きながら文句を言う濡れ男を濡れ女がまた殴り始めた。


「なにもこうもない! ハチマル様は命の恩人だ。そのハチマル様に…… 」


 目を吊り上げて殴りつける濡れ女をハチマルが止める。


「その辺りで止めてやれ、悪い奴らに唆されただけじゃ、その弟はあの時の柳じゃな」

「はい、ハチマル様」


 頭を下げると濡れ女が話し始める。


 濡れ女が柳の精で弟はまだ只の柳だったころ、切ろうとした人間から2人を助ける為にハチマルが霊力を注いで柳の精を濡れ女に変化させて只の柳である弟を柳の精に化けさせ、人の手の届かぬ山奥の清流の岸へ植え直したのだ。

 柳の精となった弟はそれから100年程して濡れ男に変化して今に到る。つまりハチマルは命の恩人だ。


「そんなことが…… 」


 話しを聞いた濡れ男がハチマルに土下座をする。


「申し訳ありませんでした。恩人になんて事を……どんな罰でも受けます」


 隣で濡れ女も深く頭を下げる。


「私からも謝ります。どうかお許しください」


 ハチマルが濡れ男の傍にしゃがむ、


「よいよい、わかればよいのじゃ、誰にでも誤解はあるものじゃ」


 濡れ男の切られた右手にハチマルが手を当てる。


「直ぐに治してやるからの」


 ハチマルの体がぼうっと光って濡れ男の体を包み込む、切られた右腕と尻尾が元に戻っていく、


「おお、力が湧いてくる……この感覚……思い出した。昔、柳だった俺に霊気を注いで貰った時と同じだ」


 濡れ男の目に涙が浮ぶ、


「ああ……ハチマル様……本当に申し訳ありませんでした」


 床に額を擦り付けて濡れ男が頭を下げた。


「もうよいと言うたじゃろ、じゃが同じ過ちは繰り返すでないぞ」

「はい、二度と致しません」


 優しく頭を撫でるハチマルに濡れ男が嗚咽混じりにこたえた。



 すっかり治った濡れ男が立ち上がる。


「直ぐに結界を解きます」

「暫し待て、その前に訊きたいことがある」


 マジ顔になったハチマルを見て濡れ男が姿勢を正す。


「何でも聞いてください」

「お主を唆した奴らのことじゃ、HQとか言う坊主ともう1人おるはずじゃ、何でもよいから覚えておることを全て話せ」


 濡れ男が思い出すように話を始める。


「狐の面を被ったHQとか言う坊主と黒い姿をした水棲妖怪、確か……なまさんとかHQが呼んでましたよ」

「なまじゃと…… 」


 言葉を失うハチマルの傍でサンレイがバッと身を乗り出す。


「なまって、なまちゃんのことか? 」


 険しい顔をしたハチマルが頷く、


「十中八九間違いあるまい、妖力の詰まった水晶玉を簡単にくれてやる程の莫大な妖力を持っておる水棲妖怪で『なま』といえばなまざらしの他におらんじゃろう」

「なまちゃんか……なまちゃんがなんで英二を狙うんだ? 」


 首を傾げるサンレイの隣でガルルンが厭そうに口を開く、


「なまざらしがお、ガルも知ってるがお、エロ饅頭がう、エロいからガルは嫌いがお」

「なまざらしって妖怪が黒幕なのか? 」


 話に割り込む英二を見つめてハチマルが頷く、


「生皮晒しとも言う妖怪じゃ、大昔に人の皮を剥がして干して食べておった妖怪じゃ」

「そんでなまちゃんが何て言ったんだ? 英二を捕まえろって言ったんか? 」


 身を乗り出すサンレイに濡れ男が話を始める。


「なまさんとは直接話しはしていません、HQとかいう狐の面を被った坊主に英二の霊力を使って大妖怪になれば痩せてイケメンに生まれ変われると言われたんだ。でも俺の力じゃ神様になんてとてもじゃないが勝てない、断ろうとしたらなまさんが現われて妖力の詰まった水晶玉をくれたんだ。これを使えば勝てると……夢を自分で掴めと言われて……」

「そんなベタベタな口車に乗ってハチマル様を襲ったのか! この馬鹿たれが!! 」


 濡れ女が濡れ男をボカッと殴った。


「俺も半信半疑だったけどHQに貰った御札を使うとハチマル様も山犬も俺が学校に来ているのに気が付かないんだ。なまさんに貰った水晶玉の力でパワーアップしてオタ地獄流しも使えるようになって勝てると思ったんだよ」

「アホか!! お前のようなキモオタが少しくらい強くなったからってハチマル様に勝てるわけがないだろが! 昔からバカだったがここまでバカとは思わなかったよ」

「姉ちゃん御免よぉ~~ 」


 濡れ男をボコボコ殴る濡れ女をハチマルが止める。


「その辺で許してやらんか、悪いのはなまざらしとHQじゃ、英二の霊力を狙いたくなるのも分かる。パワーアップアイテムが転がっておるようなものじゃからな、じゃから今回は罰したりはせん、じゃが、もしまた英二を狙えば次は儂が相手じゃぞ、それを忘れるでないぞ」


 殴る手を止めると濡れ女が頭を下げる。


「ありがとうございます。ハチマル様の友人を狙うなどは致しません、このバカにも二度とバカはさせません」

「もう絶対にしません、なまさんの力を借りても英二にも敵わなかった俺が本気を出した神様や山犬に勝てるわけがない、学校も懲り懲りだ。山奥の川へ帰ってオタイベントがあった時だけ町へ出る生活に戻ります」


 隣で濡れ男も深々と頭を下げた。

 サンレイが意地悪顔でニヤッと笑う、


「オタ地獄凄かったぞ、みんなのオタ趣味が分かって楽しかったぞ、でも変なダンスは怖かったけどな」

「あの踊りはガルも負けると思ったがお、体中の力が抜けていったがう、死のダンスがお、見ると10年寿命が縮むがお」


 本当に厭そうな顔で言うガルルンに弱り顔の英二が口を開く、


「死のダンスじゃ無いから只のオタ芸だからね」

「怖がられるとは俺のオタ芸もまだまだだな、次に会うことがあれば感動するようなオタ芸を見せられるように特訓しますよ」


 濡れ男が頭を掻いて苦笑いだ。


「本当にどうしようもないクズなんだから…… 」


 呆れるように言うと濡れ女がハチマルに向き直る。


「これからは山奥で静かに暮らします」


 オタ地獄流しの結界を解くと濡れ男は濡れ女と共に帰って行った。

 丁度5時間目終了のチャイムが鳴る。


 小岩井先生や中川たちは何も覚えていなかった。隠れオタである早川や藤田も普段と変わらない。

 気分が悪くて机に突っ伏していた小乃子と委員長と晴美には宗哉が説明をしてくれた。

 こうして濡れ男騒動は終わった。


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