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第12話 「豆腐小僧」

 高野英二は鬱蒼と茂る木々の中を歩いていた。

 辺りは樹木や藪が生い茂り薄暗い、獣道が急な坂になっていることから山奥だということがわかる。


「臭い……何処かで嗅いだことがあるけど………… 」


 つんとする酸味のある臭い匂いが漂っている。


「助けて…… 」


 か細い声が聞こえてくる。

 先程から英二を呼ぶように聞こえていた。


「誰? 誰なんだ? 」


 足を止めて辺りを見回す。

 少し行った先に銀杏の巨木が一本立っていた。


「イチョウの木だ……臭いのはギンナンの実の匂いか……それにしてもデカいな、何百年も経ってるって感じだ」


 銀杏の巨木に見惚れていると左右の藪がガサガサ揺れて黒い影がぬっと出てきた。


「ひぃっ! 」


 英二が息を吸い込むような悲鳴を上げる。

 鎧武者が立っていた。

 1人ではない、10人近くが居る。

 戦国時代の合戦でもしていたような鎧を着た武士だ。

 その全てに頭が無かった。首を切られた武士たちだ。


「ひぃーっ、うわあぁ~~ 」


 獣道を下るように走っていく英二を武士たちが追いかけてくる。


「うわっ!! 」


 つんのめって転がった英二の肩を武士が掴んだ。

 ギラッと光る刀が見えた。

 次の瞬間、首筋に冷たいものが当たる。


「うわぁあぁ~~ 」


 ベッドの上で英二がガバッと飛び起きた。


「 ……夢か……マジ怖かったな」


 無意識に首筋に手を当てていた。

 切られていないのを確認してほっと息をつく、


「変な夢を見たな……どうせならサンレイと遊んでる夢でも見れたらいいのに…… 」


 まだ少し早い時間だが全身にぐっしょりと汗をかいたので起きる事にした。


「サンレイ、ハチマル、おはよう」


 机に向かうと立ててある写真に挨拶する。

 夏に宗哉の別荘である和歌山の白浜に行ったときに撮った写真だ。

 水着姿のサンレイとハチマルが満面の笑みをして映っている英二の宝物である。



 季節は12月、サンレイとハチマル、2人の神様が居なくなって1ヶ月が経つ、2人が掛けていた術が解けたのかサンレイとハチマルのことを覚えているのは英二と秀輝に宗哉に小乃子と委員長だけだ。

 先生も他の級友も2人が初めからいなかったかのように何も覚えていない、サンレイとハチマルの正体を知っている5人だけが記憶を失わずに保っていた。


 サンレイとハチマルが消えた経緯を聞いた小乃子と委員長は自分のことのように泣いて悲しんでくれた。

 あの日の事件の真相は闇に葬られた。

 関係者から漏れたのかメイロイドが暴走したとすっぱ抜き記事が週刊誌に載ったが政治家や大手出版社とも繋がりのある佐伯重工があらゆる手を使って封じ込め真相が表に出ることはなかった。

 佐伯重工の和歌山工場での騒ぎは溜まったガスに引火した火災ということで片付けられた。

 幸いなことに死者は出ず軽い怪我人が数人出ただけですんだこともあり1ヶ月も経つと事件は忘れられていく。


 宗哉は1週間ほど休んでいたが今週初めからサーシャとララミを連れて登校してきた。

 サーシャとララミは事件前のバックアップがサービスセンターに残っていたので予備のボディを使って復元することができた。

 人工知能の学習の為に高校へ通っていたのだ。

 そのため定期的にデーターのバックアップを取っていたことが幸いした。

 但し事件より2週間前のデーターなのでサンレイとハチマルと一緒に戦った時の記憶は残っていない。



「高野、次の文を訳せ」


 英語教師が指差すが英二はサンレイの居なくなった右隣の机を見つめて物思いに耽って返事もしない。


「高野! 」


 教師の怒鳴り声に英二がバッと顔を向けた。


 またぼーっとしてやがる……、右斜め後ろ、サンレイの居た席の後ろに座っている小乃子がノートの切れ端を丸めたものを投げつける。


「78ページの3行目だ」


 後ろから小乃子が小声で教えた。


「あっハイ、すみません、ノート取るのに夢中になって…… 」


 言い訳をしてから英文を訳す英二を小乃子はもちろん2つ後ろに座る秀輝やその左隣の委員長、廊下側の列に座る宗哉が悲しそうな顔で見つめる。


「何とかしないとな」


 秀輝がぽつりと呟いた。

 心配して声を掛ける度に英二は『2人は死んだわけじゃないから大丈夫』と言うが気の抜けたような姿を見るのは辛い。


 チャイムが鳴って英語の授業が終わる。

 トイレに行こうと教室の後ろドアに歩いて行く英二にララミが声を掛けた。


「サンレイ様は今日も休みなんですね」

「ララミ! 余計なことを話すな」


 宗哉が慌てて止める。


「うん、サンレイは暫く来ないよ、帰ったんだ」

「ごめん英二くん…… 」


 力無くこたえる英二に宗哉が頭を下げた。

 メイロイドのサーシャとララミは事件前の記憶しかなくサンレイのことを宗哉に次ぐ主と認識したままなので心配して訊いたのだ。


「いいよ、ララミもサーシャも心配してくれたんだし……サンレイもハチマルも元気にやってると思うからさ、だから……だから心配しなくてもいいよ」


 無理に笑顔を作ると英二は宗哉の前を通って教室を出て行った。


 違うよ英二くん、僕は英二くんが心配なんだ……、自分の所為で2人がいなくなったのだ。

 どの面下げて心配などと言えるのか、宗哉は思った言葉を飲み込んだ。


 あの事件以来、宗哉は英二に話し掛けることが少なくなった。

 英二は宗哉だけでなく秀輝や小乃子にさえ自分から話し掛けることはなくなっていた。


 秀輝が宗哉の肩をポンッと叩く、


「心配すんな、今はまだな……暫くしたら元に戻るさ」


 宗哉のことを良く思っていない秀輝が心配するくらいに2人の間に距離ができていた。


「ありがとう秀輝、僕の所為で久地木さんや委員長にまで悲しい思いをさせて……僕が2人を殺したんだ。謝って済む問題じゃない……僕はどうしたらいいんだ」


 宗哉も秀輝のことは良く思っていない、その秀輝に頼るほど切羽詰まっていた。

 秀輝がガバッと宗哉の肩を掴む、


「死んでない!! サンレイもハチマルも眠ってるだけだ。力を無くして元のように眠ってるだけだ。英二の前では絶対に言うな、いいな! 」

「ごめん……気を付けるよ、これ以上英二くんに嫌われたくないから………… 」


 正面から睨む秀輝から宗哉が視線を反らせる。


「でも本当に眠ってるだけなのかな、安心させる為に言っただけで本当は………… 」

「言うな! それ以上言ったらぶん殴るぞ」


 秀輝の上げた拳をサーシャが掴んだ。隣でララミも構えている。


「止めるデス、秀輝くんでもそれ以上は許さないデスから」

「止めろサーシャ、喧嘩じゃない」


 一喝するとサーシャとララミが萎縮して頭を下げる。

 宗哉が秀輝に向き直る。


「ごめん言わないよ、英二くんの前で言うわけないだろ、でもどうしたらいいのか……英二くんが元気になるなら僕はどんなことでもするから何でも言ってくれ」

「ぼーっとしてるのは学校だけだ。俺と一緒にやってるコンビニのバイト中は普通に話すぜ、多分学校では2人のことを思い出すんだろうな、少し元気がないのは確かだけどな、だから心配無いって暫くしたら元気になるさ」

「暫くっていつだよ? 秀輝は幼馴染みだからだろ、僕は………… 」


 拗ねるようにする宗哉を見て秀輝が溜息をつく、


「今度の連休に何処か遊びに誘おうと思ってる。小乃子や委員長も連れてさ、小乃子に2人の代わりを頼もうと思ってな、あいつ英二に気があるみたいだからさ、そんで大騒ぎすれば少しは気が晴れるだろ」

「僕も行っていいかな、車は僕が手配するよ、食事も他も全部するからさ」

「そのつもりだ。初めからお前を当てにしてたんだ。俺のバイト代だけじゃ大騒ぎなんて無理だからな」

「うん当てにしてくれていい、少しでも英二くんが元気になるなら何でもするよ」

「場所は小乃子と委員長に任せてるんだ。決まったら連絡するよ」


 チャイムが鳴って英二が教室に戻ってくる。


「決まるまで内緒だぞ、英二は押しに弱いから決まったら断れないからな、無理にでも連れて行くから内緒にしとけよ、サーシャとララミにもよく言っとけ」


 離れていく秀輝に宗哉が分かったというように頷いた。



 その日の帰り、英二は秀輝と一緒に歩いていた。

 今日はバイトがあるので家に帰らず秀輝と一緒にバイト先であるコンビニへと向かう、英二は週に3日バイトを始めた。

 サンレイとハチマルが帰ってきたら服やアイスクリームを買ってやる為に金を貯めると言っているが秀輝には辛いことを忘れようとしているように見えた。


「今日は寒いからおでんや肉まんが出るな、補充や掃除をこまめにしろって店長煩いぜ」


 秀輝が楽しそうに笑うのを見て英二も苦笑いだ。


「今日も忙しそうだな」

「厭になったか? その代わり余所よりバイト代高いだろ」

「忙しいほうがいいよ、動いてる方が気が紛れるからさ、秀輝がフォローしてくれるし始めてのバイトに丁度いいよ、沢山稼いでサンレイとハチマルにいっぱい買ってやるんだ」

「そっか……そうだな」


 バイトしているコンビニは秀輝の親戚がやっている店だ。

 家からは学校を挟んで向こうにある。

 駅や高校から近いこともあり繁盛している忙しい店だ。

 道路の先にコンビニが見えてくる頃、後ろから呼び止められた。


「一寸いいっすか? 」


 英二と秀輝が振り返ると小学生くらいの男の子が立っていた。


 12月だというのに半ズボンにTシャツ1枚、日焼けした赤黒い肌に頭は丸坊主で鼻から青っぱなが少し出ている。

 テレビで見た昭和初期の腕白小僧といった風体だ。


「あんた高野英二さんっすか? 」

「俺? 高野だけど…… 」


 自身を指差しながら英二が何処の子だろうと思案顔だ。


「やっと見つけたっす。サンレイ様は何処っすか? 」

「サンレイ!? お前サンレイを知ってるのか? 」


 英二が思わず大声で聞き返す。


「知ってるも何もサンレイ様とは親しくさせて貰ってるっす。それで…… 」


 何か言おうとした男の子の両肩を英二がガシッと鷲掴みにする。


「サンレイは無事なのか? 今どこにいるんだ? 」

「痛いっすよ、離すっす」

「ああごめん、それでサンレイは何処にいるんだ? 」

「何言ってんすか? 何処かなんてオレっちが聞いてんすよ」


 慌てて手を離す英二を男の子が怪訝な表情で見上げる。


「なん……知らないのか………… 」


 ガクッと頭を下げる英二の隣で秀輝が口を挟む、


「サンレイちゃんのことを知ってるなんてお前何者だ? 」

「只の人間には用が無いっす。それよりサンレイ様はどうしたっす? 眠りから目覚めて高野って人間の所に住んでるって聞いて来たんすよ」


 英二がバッと顔を上げる。


「只の人間って……お前人間じゃないのか? 」

「そうっすよ」

「何者なんだ? サンレイは無事なのか? 」

「サンレイ様が居ないのならこれ以上話す義理はないっす」


 そっぽを向く男の子を見て秀輝がまた話に割り込む、


「サンレイちゃんのことを話してやるからお前の正体を教えろ」

「 ………… 」


 少し考えた後で男の子が口を開く、


「サンレイ様が何処にいるのか知ってるっすか? 」

「ああ知ってる。教えてやるからお前も話せ」

「分かったっす。サンレイ様のことを知っている人間なら話してもいいっすかね、ここじゃ何だから場所を代えるっす」


 了解というように頷いてから秀輝が英二に振り返る。


「バイトの休憩室で話そう、交代まで少し時間あるから俺が引き継ぎ聞いとくから英二はこいつから話を聞いてくれ」

「分かった。助かるよ秀輝」

「いいってことよ」


 少し安心したような英二を見て秀輝がニッと笑った。


 バイト先のコンビニの休憩室へと男の子を連れて行く、本来なら関係者以外立ち入り禁止だがオーナーである店長が秀輝の親戚なのでバイト仲間に適当な事情を話して入れることができた。


「じゃあ俺は引き継ぎしてくるから」


 秀輝が出て行くと英二が男の子にサンレイが消えたあの日のことを話した。


「そうっすかサンレイ様は力を使ってまた眠りに入ったんすね、道理で気配を感じなかったわけっす」


 目に涙を溜めて話す英二を見て男の子が残念そうに息をついた。


 引き継ぎを終えたバイト仲間が休憩室へと入ってくる。

 ペコッと頭を下げる英二の目に涙が浮かんでいるのを見て込み入った話をしているのだと気を利かせてさっと着替えると何も聞かずに直ぐに出て行ってくれた。

 暫くして秀輝がやって来る。


「サンレイちゃんのことは聞いたみたいだな、それでお前は何者なんだ? 」

「妖怪っすよ」


 男の子がニヤッと笑う。


「妖怪? マジかよ」

「マジっすよ、オレっちは妖怪豆腐小僧っす」


 何処から出したのか男の子が編み笠を取り出すとバッと被った。


 次の瞬間、白い煙に包まれて男の子の姿が変わる。

 着物姿になり顔付きは同じだが肌は真っ白だ。

 昭和の腕白小僧から江戸時代のひろっとした病弱な子供に変わったように見える。


 溜まった涙を英二がぐっと拭う、


「豆腐小僧か、聞いたことがある。豆腐を食わせて全身カビだらけにする妖怪だ」

「酷いっすね、無理矢理食わせたみたいっす。あくまで豆腐を食べませんかって勧めるだけっす。食べるかどうかは相手に任せてるっすよ、それにカビが生えるのはやましい行いをした人間だけっすよ、正しく生きている人間には生えないっす。それどころか健康になるっすよ、悪い人間に罰を与える役割を与えられてるだけっすよ、悪戯好きなのは認めるっすけど」


 豆腐小僧が迷惑そうに口を尖らせる。


「豆腐を食わす妖怪か……豆腐の形してるんじゃないんだな」

「豆腐の妖怪じゃなくて豆腐を術に使う妖怪っす」


 からかう秀輝に豆腐小僧が益々膨れっ面だ。

 間に入るようにして英二がマジ顔で口を開く、


「サンレイは無事なんだな? さっき眠りに入ったって言ってたよな」

「そうだ肝心なこと聞いてなかったぜ、サンレイちゃんは本当に眠ってるだけなんだな? 死んだりしてないんだな? 」


 秀輝もマジ顔になる。


「サンレイ様は神様っすよ、消えたりしたら大変っす。それこそ大騒ぎになってるっす。それがないって事は眠りについただけってことっすよ」


 豆腐小僧は口を尖らせながら迷惑そうにこたえてくれた。


「 ……よかった。本当に良かった………… 」


 目に涙を溜めて喜ぶ英二を見て秀輝の顔も優しくなる。


「お前腹減ってないか? おでんでよければ奢るぜ」


 満面の笑みを湛えて言う秀輝の前で豆腐小僧の顔がパッと明るく変わる。


「本当っすか? 持ってきた豆腐を少し食べただけで他は山から何も食ってないっす」

「サンレイちゃんのこと教えてくれた礼だ。遠慮無しに食っていいぞ」

「ありがたいっす。腹ぺこだったっす」


 秀輝が入れたコンビニおでんを豆腐小僧が美味しそうに食べ始める。

 豆腐小僧がおでんを食べている間に棚の整理や商品補充を手早く済ませた。


 食べ終わった豆腐小僧から話を聞こうとすると客が沢山入ってくる。


「しゃあねぇな」


 気を利かせてレジに出ようとする秀輝を英二が止めた。


「お前ばかり悪いから俺がやるよ、サンレイが無事だと分かっただけで俺は充分だ」


 嬉しそうにレジに出る英二を見て秀輝が腰を下ろす。


「それでサンレイちゃんに何の用があるんだ? 」


 秀輝が豆腐小僧に向き直る。


「お前ら人間には関係ないっす」

「そう言うなよ、俺たちでよかったら力になるぜ」


 秀輝は期限切れ間近の廃棄するプリンを2つ持ってくると1つを豆腐小僧に差し出して自分も食べ始める。


「なんすかコレ? 」

「プリン知らないのか、旨いぞ食ってみろ」

「豆腐みたいにプルプルしてるっすね」


 プリンを一口含んだ豆腐小僧がバッと顔を上げた。


「甘いっす。お菓子っすね、旨いっす」


 美味しそうに食べる豆腐小僧の前に秀輝がもう1つプリンを置いた。


「それで何しに来たんだ? 」

「仕方ないっすね、一族の恥だから話したくないっすけどサンレイ様の認めた人間だし特別っすよ」


 豆腐小僧がプリンを奪うように手元に寄せた。


「妹が豆腐嫌いで喧嘩したっす」

「豆腐の妖怪なのに豆腐が嫌いなのか? 」

「豆腐の妖怪じゃないっす。豆腐を使う妖怪っすよ、変な事言うと話止めるっすよ」

「ああ悪かった。話を続けてくれ」


 ニヤつく秀輝を一睨みしてから豆腐小僧が話を続ける。


「オレっちたち豆腐一族は山でひっそりと暮らしてるんす。そこで妖力の籠もった豆腐を作って村や町へ降りて人間どもに食べさせて悪人をカビだらけにしたりしてたっす。病気の親を看病して働く健気な子供には親の病気が治るように薬効豆腐をあげたりもしてたっす。それも昭和に起きた大きな戦争が始まる前までっす」

「大きな戦争……第二次世界大戦か」


 秀輝を見て豆腐小僧が大きく頷いた。


「沢山の飛行機が飛んできて町を焼いていったっす。人間は自分たちで地獄を作ったっす。オレっちたち妖怪がする悪さなんて比べものにならないくらいに悲惨なことをする人間に妖怪たちは呆れたっす。それから村や町へは滅多に行かなくなったっす。オレっちたち豆腐一族だけじゃなく他の妖怪も滅多に人間に姿を見せることはなくなったっす」

「人間に呆れたか……そう思われても仕方ないな、今も世界の何処かじゃ戦争やってるからな、それで妹の喧嘩とどういう関係があるんだ」

「3日前のことっす。突然豆腐に飽き飽きしたって言うから大喧嘩したっす。妹は町へちょくちょく遊びに行ってたんす」

「そりゃ毎日豆腐ばかりじゃ飽きるわな」

「何言ってんすか!! 豆腐は神聖な食べ物っすよ、純白で神々しくてまさに神の食べ物っす。それに種類も調理方法も沢山あって飽きるなんてあり得ないっす。赤子から年寄りまで食べれるんすよ、奇跡の食い物っす」


 豆腐小僧が顔を真っ赤にして怒鳴る。

 そこへ英二が入ってきた。


「何してるんだ? 」

「豆腐嫌いの妹をどうにかしてくれって相談だ」


 からかう秀輝に豆腐小僧がまた食ってかかる。


「違うっす。そんなことで一々サンレイ様に手間をかけさせないっすよ」


 話しが見えずに英二が首を傾げる。


「妹? 豆腐小僧の? 豆腐小僧娘とでも言うのかな」

「違うっす。豆腐小娘とか豆腐小町って呼ばれてるっす。自慢じゃないっすけど結構美人っすよ」


 美人と聞いて秀輝が身を乗り出す。


「可愛いのか? 紹介しろ、今度連れて来い」

「お前、オレっちたちの豆腐食べたら全身にカビが生えるタイプっすね」


 豆腐小僧が厭そうに秀輝を見る。

 防犯カメラの映像が映るモニターを見て客が居ないのを確認してから豆腐小僧の向かいに英二が座った。


「だいたい話しが見えてきた。それで妹さんがどうしたの? その事でサンレイを訪ねてきたんでしょ」

「高野は話が分かりそうっすね、流石サンレイ様が選んだ人間っす」


 機嫌を直したのか豆腐小僧が話を始めた。


「人間に愛想の尽きたオレっちたち豆腐一族は山から下りることを禁じてたっす。でも妹は禁を破ってちょくちょく町へ出てたっす。町で人間かぶれになって豆腐が嫌いとか言い出したっすよ、町にはもっと美味しいものが沢山あるっていって豆腐をバカにしてそれで大喧嘩したっす。そのまま帰って来ないっす。多分人間の町に行ってるんすよ、オレっちが探しても見つからないんす。オレっち最近の町なんて知らないし………… 」

「それで妹を探しにサンレイを頼ってきたのか」


 力無く頷いてから豆腐小僧が続ける。


「妹を探すのも大事っすけど秘伝書の確保が最優先っすよ」

「秘伝書? 」

「豆腐造りの秘伝書っす。只の豆腐じゃないっす。妖力の入った豆腐の作り方っす。基本は妖怪じゃなければ造れないっすけど中には人間でも造ることのできる豆腐も載ってるっす。それが広まったら大変なことになるっすよ」

「妖怪豆腐の作り方か、面白そうだな」


 ニヤける秀輝を豆腐小僧が睨み付ける。


「人を操ったり殺したりできるっす。毒じゃなく妖力だから人間じゃ誰にも分からないっすよ、そんな物が出回ったら大変っすよ」

「完全犯罪だな、豆腐殺人事件だ」

「茶化すなよ秀輝」


 楽しそうな秀輝を手で制してから英二が豆腐小僧に向き直る。


「それで大事になる前にサンレイにどうにかして貰おうと来たんだね」

「そうっす。禁を破って町に行ってただけでなく豆腐造りの秘伝書を持ち出したとなれば一大事っす。悪用されたら大変なことになるっす。バレたら妹は一族から放逐されるっす。それでサンレイ様のお力を借りようと思ったっす。それなのに………… 」


 当てが外れて俯いて黙り込む豆腐小僧の肩を英二がポンッと叩いた。


「そう落ち込むなよ、妹を探すだけだろ俺でよかったら力になるからさ」

「手伝ってくれるっすか? 」

「サンレイの友達なら俺の友達だよ、サンレイが居たら絶対に力を貸すだろ、だから俺も力になるよ」

「友達なんてとんでもない、サンレイ様にはお世話になってるだけっす」


 ふるふると首を振る豆腐小僧の背中を秀輝がドンッと叩く、


「サンレイちゃんとハチマルちゃんは俺たちの為に力を使って消えた。本当に眠っているだけなのか分からなかった。もしかしたらこのまま永久に消えたんじゃないかと思うこともあった。物凄く不安だった。それを眠っているだけだとお前が教えてくれた。サンレイちゃんに繋がることならどんなことでもするぜ、だから俺も力を貸す」

「秀輝…… 」


 嬉しそうに言葉を詰まらせる英二を見て秀輝がニヤッと笑う、


「俺だけじゃないぜ、小乃子や委員長も手を貸してくれるぜ、みんなで行くぞ高野山へ」

「みんなってそんな勝手に…… 」

「落ち込むお前の気晴らしに旅行しようと思ってたんだ。場所はまだ決めてなかったが高野山で決定だ。旅行のことは小乃子や委員長には言ってある。宗哉も来るって言ってたぜ、丁度いいからみんなで行こうぜ、少しでもサンレイちゃんに関係あるなら行かない手はないぜ」

「みんなが……そうだね、うん行こう、ありがとう秀輝」


 秀輝が顔を赤くしてスポーツ刈りの頭を掻き毟る。


「礼なら宗哉に言え、車とか手配するって言ってたぞ、あいつ責任感じて必死なんだ」

「そうか宗哉が……礼を言わないとな」


 照れながら秀輝が豆腐小僧に向き直る。


「そういう訳だ。俺たちが手を貸すぜ、高野山の麓の町だろ? 人混みだらけの都会と違ってみんなで探せば手掛かりくらいは掴めると思うぜ、美人の妹も見てみたいしな」

「只の人間が役に立つか分からないっすけどオレっち1人よりマシっすね、それと秀輝に言っとくっす。妹に手出したら豆腐食わせるっすからね」

「可愛い豆腐小娘と親しくなれるなら妖怪豆腐でも何でも食ってやるぜ、俺は心が正しいから豆腐食ってもカビなんて生えてこないからな」

「食う前から頭の中カビてるっす」


 豆腐小僧と秀輝がお互いを見てニヤッと笑う、2人を見る英二も笑顔だ。


「それじゃあ来週の木曜の夕方から行こう、連休使って豆腐小娘さんを探そうよ」


 金曜が祭日で金土日と三連休だ。


「じゃあ来週の木曜に迎えに来るっす」


 安心した様子で豆腐小僧は帰っていった。

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