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第119話

 和歌山県のとある山の中、狐面を被ったHQとアザラシとナマズが混じったような青灰色をした妖怪が酒盛りをしながら何やら話をしていた。


 大きな岩の上で青灰色の妖怪が徳利を持って勧める。


「まぁ一杯飲むのだ」


 HQが少し欠けてヒビの入った猪口を差し出す。


「なまさんから注いで貰うなんて光栄ですな」


 青灰色の妖怪は『なま』と言うらしい。


「何言ってるのだ。おいらとHQの仲に遠慮はいらないのだ」


 なまの注いだ酒をHQが狐面を少しずらして猪口に口を付ける。


「どぶろくですね、これは美味しい」


 感心するように言うとHQがグイッと猪口を空けた。


「骨女が持ってきたのだ。酒だけじゃなくて肴も貰ったのだ」


 干物や漬け物などが2人の前に並んでいる。


「ハマグリ女房の後釜にでも入りたいのでしょう、なまさんの下につけばそこらの妖怪など手が出せなくなりますからね」


 徳利を掴むとHQがなまに勧める。


「骨女はおいらの趣味じゃないのだ。肉付きのいい女がいいのだ」


 なまがグイッと酒を飲む、向かいでHQが缶ビールを開ける。


「肉付きというか、肉そのものが無いですからね骨女は」


 HQが面を少しずらして漬け物を1つ摘まむとビールで流し込む、


「それにしても、おいらの前で面を被ることないのだ。他には誰も居ないのだ」


 干物の鯵を齧りながらなまがチューハイの缶を開ける。


「はははっ、そうですね、ずっと被っていたものですから……格好良いでしょ? 結構気に入っているんですよ」


 面を正面に被り直すHQを見てなまが厭そうにチューハイをグイッと飲む、


「稲荷みたいでおいらはあまり好きじゃないのだ」

「ははははっ、ではこれでどうですか? 」


 HQが狐面を外した。

 少し頬が痩けているが鼻筋の通ったイケメンだ。

 坊主なので頭は剃っている。ぱっと見何処にでもいる優男といった感じだが時々見せる鋭い眼光が只者ではない雰囲気を醸し出している。


「素顔の方がいいのだ。人間でもHQはおいらの親友なのだ」

「ハイ、私もなまさんと出会えたことに神に感謝していますよ」


 飄々とこたえるHQの向かいでなまが愉しそうに声を上げて笑う、


「ぶへへへへっ、よく言うのだ。破戒僧の癖に」

「力のために禁を犯すのが破戒というなら私は喜んで受けますよ、力無くては何も出来ない、これ全ての真理である。それが私の求むものです」

「ぶへへへへっ、本当に面白いのだ。人間にしておくのは勿体無いのだ」


 笑い転げるなまを見てHQがとぼけ顔で続ける。


「既に人は越えていますよ、寧ろ妖怪に近い存在ですね」

「ぶひひっ、それで旨く行ってるのか? 」


 腹を抱えながらなまが訊いた。

 HQの顔がスッとマジに変わる。


「それが……美鈴さんは失敗したようですね、どうします? 」


 なまの目がギラッと光る。


「妖蜂は放って置いてもいいのだ。次は濡れオタクに頼むのだ」

「オタクじゃなくて男ですよ、濡れ男です」


 突っ込むHQになまが膨れっ面で口を開く、


「どっちでもいいのだ。どうせ大した事の出来ない雑魚妖怪なのだ」

「そうですね、旨くいけばよし、失敗しても準備の時間は稼げるでしょうから」


 宥めるように言うHQの前でなまがニヤッと笑った。


「そういう事なのだ。おいらが捕まえてやるのだ」

「正直、少し心が痛みますが……仕方ありませんね」


 一瞬顔を曇らせたHQがグイッと缶ビールを飲み干した。


「なのだ。奴らに知られる前においらたちが手に入れる方がいいのだ。あれを守るためには仕方無いのだ」


 向かいでなまも缶チューハイをゴクゴク喉を鳴らして飲み干した。




 英二たちは普段の生活に戻っている。


 蜂の妖怪、妖蜂の千場美鈴は英二の霊力や命などには興味が無いのでハチマルも放って置く事にした。

 サンレイやガルルンに小乃子は美鈴が英二を好きで迫るのをからかって楽しんでいるのが現状だ。

 男とはいえ心も見掛けも女そのものの美鈴には英二も強く言えずに弱り切っている。

 美鈴が男と知っているのは英二たちだけで仲の良い友人である中川や浅井にも話していない、そのためクラスの男子からは妬まれてばかりだ。


 数日経った昼休み、英二はいつものように秀輝と中川と浅井の3人と机をくっつけて昼食だ。

 向かいに座る浅井が英二の弁当を覗き込む、


「ハチマルさんが作ったのはどれだ? 」

「コロッケだよ、昨日の晩飯の余りだけどな」


 何気なくこたえた英二の肩を隣に座る秀輝が掴んだ。


「手作りコロッケだな、ってことはハチマルちゃんが手で捏ねて作ったんだな」


 向かいに座る浅井と中川の目が光る。


「なに! ハチマルさんが捏ねたコロッケだと」

「ズルいぞ英二、俺にも食わせろ!! 」


 英二の肩を掴んでいた秀輝が無言で頷いた。


「秀輝までマジになるなよ…… 」


 弱り顔の英二が弁当の蓋に手作りコロッケを置いた。


「一つしか無いからな3人で分けろ、それと捏ねたのはガルちゃんだ。ハチマルは衣を付けて揚げただけだからな」


 浅井がコロッケを食い入るように見つめる。


「衣を付けたって事はハチマルさんが素手で触ったって事だろ、それだけで充分だ」

「ガルちゃんとハチマルちゃんの手料理だな、幸せ2倍だぜ」


 秀輝が頬を緩ませてコロッケに箸を伸ばす。


「きっちり分けろよ、3つに分けてジャンケンで選ぼうぜ」


 中川がマジ顔で提案して秀輝がコロッケを箸で3等分していく、


「お前ら幸せそうだな……俺はおかずが一品減ったけどな」


 英二が何とも言えない顔で呟いた。


 ハチマルは朝の弁当作りを手伝っている。

 休みの日や夕食はガルルンも手伝うので英二の母は楽になったと大喜びだ。

 ハチマルとガルルンは掃除や洗濯、買い物の手伝いまで色々やってくれる。

 サンレイは殆ど何もしない、味見と言って摘まみ食いするだけだ。偶に気が向いた時に手伝ってくれるので英二も何も言わない、無理に手伝わせて拗ねると面倒だという認識である。



 英二たちの後ろではサンレイたち女子が集まっている。

 ガルルンの前席の晴美が机を回してくっつけて右隣の浅井と宗哉の机も借りて4つの机を合わせてテーブルにするのだ。浅井はサンレイの右隣の英二たちと机を囲んで食べている。

 宗哉はララミかサーシャの机を借りて食べるのが普段の風景だ。


 ガルルンと晴美と小乃子が並んで座り、その向かいにハチマルとサンレイと委員長が並んでテーブルを囲む、


「サンレイ様、本日はソーセージとエビチリに麻婆春雨デスよ、頂き物のプリンがありましたのでデザートに持ってきましたデス」


 宗哉が用意してくれた弁当をサーシャが持ってきてくれた。


「サンキューだぞ、おらソーセージ好きだぞ」


 笑顔で受け取るサンレイの向かいでガルルンが鼻をヒクヒクさせる。


「美味しいソーセージがお、そこらの安物じゃないがお」


 隣で晴美が楽しそうに頷いた。


「宗哉くんのは全部美味しいからね」

「マジで旨いからな、でも今日は麻婆春雨だけにしとくかな」


 向かいの小乃子を見て委員長がニヤッと笑う、


「ダイエットでしょ? 」

「そっ、そんなんじゃないからな」


 慌てる小乃子を見て委員長が声を出して笑う、


「あはははっ、夏に海に行くものね、今から管理しなきゃ間に合わないわね」

「だからそんなんじゃないって言ってるだろ」


 益々慌てる小乃子の横で晴美が頑張ろうとギュッと拳を握る。


「大丈夫だよ久地木さん、私も痩せようと頑張ってるから、宗哉くんの別荘の海へ行くまでに頑張って痩せようね」

「だから違うって言ってるだろ……しかし、ほんとサンレイとガルルンはよく食うよな」


 話題を変えようと小乃子が必死だ。

 大きなソーセージを手で摘まんで齧り付いていたガルルンがニッと笑う、


「ガルはいくら食べても大丈夫がお」

「おらもだぞ、育ち盛りだからな」


 サンレイはエビチリで口の周りが赤くなっている。


「おっぱいは育ってないけどな」


 小乃子の一言でサンレイが箸をポロッと落とす。


「ペッタンコ……おらいっぱい食べてるぞ、でもペッタンコ……ぺったん、ぺったん、ペッタンコ、おらのおっぱいペッタンコ………… 」

「またサンレイが壊れるがお」


 ガルルンはお構いなしにソーセージをモグモグ食べている。

 サンレイの向かいで晴美が慌てて口を開く、


「可愛いから……サンレイちゃんは可愛いから、今の姿が一番だよ」

「可愛い? ペッタンコでも可愛いのか」


 拗ねた幼女のようにサンレイが聞き返す。

 余計なこと言うなと小乃子を睨み付けながら委員長も続いて煽てる。


「サンレイちゃんは可愛いわよ、和泉高校のアイドルだからね、1年生たちも可愛いって言ってるでしょ、学校で一番可愛いわよ」


 サンレイの顔がぱぁ~っと明るくなる。


「でへへへへっ、そんなに褒めるなよぉ~、おら可愛いか、まったく仕方無いなぁ~ 」


 機嫌の直ったサンレイを見て晴美と委員長がほっと息をついた。


「女子トークはいいのぅ」


 ハチマルの呟きを聞いて小乃子が吹き出す。


「お婆ちゃんみたいだな、ハチマル」

「まぁな、何百年と生きておるからお主らから見れば年寄りじゃがな」

「何百年の7割近くは山で眠ってたけどな、ナイスバディの年寄りって軽くホラーだぞ」


 サンレイの一言で小乃子たちが大笑いだ。


 大きなソーセージを食べ終わったガルルンが割り箸を取り出す。


「ガルちゃん、昨日も割り箸だったよね」


 晴美が訊くとガルルンがしょんぼりと口を開く、


「この前、美鈴が来た時に箸折ったがお、お気に入りの猫の絵の箸だったがう、それで次の休みに母ちゃんの買い物ついでに箸買って貰うがお」

「そうなんだ……でも新しくなるから良かったね」


 慰めてくれる晴美の横でガルルンが嬉しそうに続ける。


「ガルも一緒に行って可愛いの選ぶがお、箸箱も一緒に買うがお、カブト虫の絵の付いたヤツ探すがう、英二の母ちゃん優しいがお」

「カブト虫の絵はあるかわからないけど良かったね」


 嬉しそうなガルルンを見て晴美も笑顔に変わる。

 ガルルンが割り箸を顔の正面に持ってくる。


「どうしたの? 昨日もお弁当食べる前は元気なかったけど」

「ガルは割り箸苦手がお、旨く割れないがう、だから少し話し掛けないで欲しいがお」


 心配そうに訊く晴美にガルルンが振り向きもしないでこたえた。


「それで昨日お弁当食べる前にしょんぼりしてたんだね」


 原因がわかって安心する晴美の横でガルルンはマジ顔だ。


「昨日は割るの失敗したがお、今日は成功させるがお」

「ガルルンは割り箸へただからな、いっつも失敗してお尻の方が割れて無い箸になってんぞ、ガルルンが旨く割れる割り箸は竹のヤツだけだぞ」


 向かいでバカにするサンレイをガルルンがジロッと睨む、


「静かにするがお、ガルの真剣勝負を邪魔するながう」

「真剣勝負って…… 」


 呆れ顔の小乃子に目もくれずガルルンが割り箸を凝視する。


「御飯は何時でも真剣勝負がお、今日こそ旨く割ってみせるがお」


 割り箸を持つガルルンの手がブルブル震えている。


「ガルちゃん、力入れ過ぎね、真ん中持つんじゃなくて下の方を持ってゆっくりと開けば綺麗に割れるわよ」


 向かいで委員長がアドバイスしてくれた。


「静かにするがお、緊張してドキドキしてきたがお」


 マジ顔で割り箸を見つめるガルルンの向かいでサンレイが企むように口元をニヤッと歪める。


「そのドキドキだぞガルルン、そのドキドキがガルルンを迷わせるんだぞ」


 割り箸から片手を離すとガルルンがサンレイを見つめる。


「迷わせる? 何をがお」


 乗ってきたガルルンを見てサンレイが意地悪顔で続ける。


「ガルルンは本当は英二を愛していないんだぞ」

「何言ってるがお! ガルは英二が大好きがお」


 八重歯のような牙を剥いて言い返すガルルンの向かいでサンレイがマジ顔で話し始める。


「勘違いしてるだけだぞ、英二のことが好きでドキドキしてるんじゃないぞ、ガルルンの英二を思うドキドキは勘違いだぞ、割り箸を割るドキドキだぞ」

「割り箸のドキドキ…… 」


 不安に顔を曇らせるガルルンにサンレイが畳み掛ける。


「そだぞ、今もドキドキしてるだろ? そのドキドキと恋愛のドキドキを勘違いしてるだけだぞ、割り箸効果って言うんだぞ、割り箸を割るドキドキを恋のドキドキと勘違いするんだぞ」


 焦りを浮かべてガルルンが口を開く、


「マジがお! ガルの恋は勘違いだったがお、割り箸のドキドキと英二へのドキドキを勘違いしてたがお」


 慌てふためくガルルンを見てサンレイが含み笑いだ。


「英二を好きなのは勘違いだったがお、ガルは……ガルはどうしたら…… 」


 狼狽えるガルルンの向かいで委員長が箸を置いた。


「サンレイちゃん! いい加減にしないと怒るわよ」


 サンレイを叱りつけると委員長がガルルンに向き直る。


「ガルちゃん、全部サンレイの嘘だからね、割り箸効果なんて無いからね」

「嘘がお? でもドキドキするがお」

「旨く割れるか緊張してドキドキしてるだけよ、だいたい割り箸と高野は何の関係もないでしょ、割り箸を割る前から高野のことは好きだったでしょ」


 説明を聞いてガルルンがサンレイを睨み付ける。


「がわわ~~ん、またサンレイに騙されたがお」

「にひひひひっ、ほんとにボケ犬だぞ、簡単に騙されるぞ」


 楽しそうに笑った後でサンレイが委員長に振り向く、


「でも割り箸効果はあるぞ、テレビで言ってたぞ」


 ドヤ顔で言うサンレイの頭を委員長がポンポン叩く、


「勘違いしてるわよ、割り箸効果じゃなくて吊り橋効果でしょ、吊り橋効果って言うのは高くて不安定な吊り橋を渡る時に怖くてドキドキするのを恋した時のドキドキと勘違いするって事よ」

「割り箸じゃなくて吊り橋か……そうとも言うぞ」


 誤魔化すサンレイの頭を委員長がペシッと叩いた。


「そうとしか言いません、ガルちゃんをからかう前にしっかり勉強しなさい」


 黙って聞いていたハチマルが溜息をつく、


「ボケ犬とバカにするお主もバカじゃという事じゃ」

「まぁ、割り箸割るのにドキドキするのはガルちゃんくらいなもんだからな、からかいたくもなるよな」


 呆れる小乃子の横でガルルンが割り箸をパキッと割った。


「がふふふっ、出来たがお、旨く割れたがお、いいんちゅが教えてくれた通り下から割ったら旨くいったがお」

「やったねガルちゃん、これで安心してお弁当食べられるね」


 余程嬉しいのか割り箸を見せびらかすガルルンを見て晴美が大袈裟に褒めてやった。



 ガルルンがマジ顔に変わる。


「まだがお、まだ敵は残ってるがお」


 ガルルンがソースの入った小袋を取り出す。

 サンレイがさっと顔色を変えた。


「危ないぞ、みんな逃げるんだぞ」


 立ち上がったサンレイの手を委員長が引っ張る。


「どうしたのよ? 」


 反対側でハチマルも椅子を引いて立ち上がった。


「サンレイの言う通りじゃ、みんなガルルンから離れるんじゃ」


 委員長がハチマルを見つめる。


「だから何なのよ? 」


 委員長が掴んでいる手をサンレイが掴み返す。


「袋破くの失敗してソース撒き散らすぞ」

「そんなにヤバいのかよ! 」


 小乃子が慌てて椅子ごと後ろに下がっていく、


「ガルちゃんソースの袋も旨く切れないの? 」


 弱り顔で訊く晴美にガルルンが振り向く、


「ソースとか醤油の袋はガルの敵がお」

「敵って……どんだけ不器用なんだ」


 呆れる小乃子の近くまで晴美も逃げていく、


「ガルちゃん絵も旨いし工作も得意なのに何で割り箸とソースの袋はできないんだろう」


 向かい側で逃げていた委員長が同意するように続ける。


「本当よね、料理だって肉とか野菜とか私より綺麗に切るわよ、器用だと思ってたのに……変なところで不器用なのね」


 ガルルンが委員長に振り向く、


「不器用じゃないがお、割り箸とソースとかの袋は真剣勝負がお」

「真剣勝負って…… 」


 小乃子も呆れて言葉が続かない。


「ガルちゃん、私が開けてあげるから…… 」


 晴美に向かってガルルンが手を突き出す。


「助太刀無用がお、ガルはできる女がお、ソースの袋くらいに負けないがお」


 格好をつけて言うガルルンの向かいでサンレイが厭そうな顔で口を開く、


「何言ってんだ。負けまくりだぞ、カップ麺のソースとかの袋で失敗して粉やソースを撒き散らしてるぞ」


 サンレイと一緒に後ろに逃げながら委員長が思い付いた様子で話す。


「ガルちゃん、今日は篠崎さんに開けて貰いなさい、失敗したら制服汚れるわよ、染みになったら大変よ」

「そうだよ、ガルちゃん、今日は私が開けてあげるから…… 」


 近付く晴美の前でガルルンが鞄からエプロンを取り出す。


「がふふん、これがあるから制服は汚れないがお」


 手慣れた手つきでエプロンを着けるガルルンを見て小乃子はもう諦め顔だ。


「用意いいな」

「ガルはできる女がお、ソースの袋があるのはわかってたがお」


 ドヤ顔のガルルンの向かいでハチマルが溜息交じりに話し出す。


「みんな済まん、儂のミスじゃ、英二の母上にガルルンのソースは醤油が入っておった魚の形をした入れ物に入れるように言われておったのを忘れておった。あれなら蓋付きじゃからガルルンでも簡単に開けられたものを…… 」

「気遣い無用がお、ガルとソースの戦いには何人も割り込めないがお」


 ハチマルの気持ち知らずでガルルンはやる気満々だ。


「さっきから言ってる戦いって何のことなの? 」


 不思議そうに訊く委員長にガルルンがソースの小袋を見せる。


「これがお、こちら側のどこからでも切れますって書いてるがお」

「マジックカットってヤツよね、小さな切れ目が互い違いに入ってて何処からでも切れるようになってるヤツよね、それと戦いが何の関係があるのよ」


 委員長の顔が益々怪訝に曇る。

 ガルルンがニカッと歯を見せて笑う、


「こちら側の何処からでも切れますって言ってるがお、何処からでも掛かってこいって事がお、正々堂々と勝負を挑まれてるがお、だからガルも逃げ隠れせずに正々堂々と中央突破してやるがお」


 ソースの小袋の真ん中を切ろうとするガルルンを晴美が慌てて止める。


「ガルちゃんダメ! 端っこを切らないと中のソースが出てきちゃうよ」

「端から攻めるなんてガルはしないがお、ガルは何時でも中央突破がお」


 晴美の話しも聞かずにガルルンが袋の真ん中から力一杯引き千切るようにして開けた。

 溢れないように余裕を持って入れてある袋も真ん中から開けたのでは溢れて当然だ。

 ましてや力一杯引き千切れば中身は殆ど飛んでいく、


「ガルちゃん…… 」


 言葉を失う晴美の前でガルルンは酷い有様だ。


「がわわ~~ん、また失敗したがお」


 エプロンの御陰で服は汚れていないが机や床にソースが飛び散っている。

 長方形の小さな袋なので被害はそれ程ないがカップ焼きそばのソースの袋だったら大惨事になっているところだ。


 小乃子が呆れ顔で口を開く、


「そりゃ、飛び散るわな」

「真ん中とか言う問題じゃないわね、なんで力一杯破くのかしら」


 委員長に質問するように見つめられてハチマルが申し訳なさそうに返す。


「普通の切れ目の入っておる袋はゆっくり開けるんじゃがの」


 ハチマルの横でサンレイも困り顔だ。


「切れ目の付いてるヤツは切れ目通りに開けようと慎重にしてるぞ、何処からでも切れるヤツは何やってもいいって思ってるんだぞ」


 分かったと言うように委員長が頷いた。


「何処からでもって言うのを何やってもいいって思っているのね」

「そだぞ、バカ犬だぞ」

「便利な世の中じゃがそれを上回るバカもいるという事じゃ」


 小乃子と委員長が『成る程な』という顔でガルルンを見つめた。



 バカにされているのがわかったのかガルルンがムッとして話し出す。


「こちら側の何処からでも切れますっていっつもこっち側がお、たまにはあちら側とかそちら側があってもいいがお」

「あちら側の何処からでも切れますじゃ変でしょ、分かり難いでしょ」


 弱り顔の委員長にマジ顔でガルルンが続ける。


「こちらに付けと言ってるがう、ガルはソースや醤油袋の思い通りには行かないがお」


 サンレイがニヤッと悪い顔で口を開く、


「そだぞ、人間はソースや醤油の袋に籠絡されてんだぞ、みんなこちら側だと思ってるんだぞ」

「がふふん、ガルがその手に乗ると思ったら大間違いがお、だからガルはこれからもソースの袋と戦うがお」


 得意気に鼻を鳴らすガルルンにサンレイが悪い顔で囃し立てる。


「流石ガルルンだぞ、初めは袋の切り方だけだけど従っているうちに洗脳されて最後はソース袋に人間支配されるぞ」

「マジがお? ソース袋にそんな野望があったがお」

「そだぞ、黒幕は日清だぞ、インスタントラーメンで世界支配を企んでるんだぞ」


 驚くガルルンの向かいでニヤけるサンレイを委員長が叱りつける。


「サンレイちゃんは出鱈目ばっかり言わないの、ガルちゃんは掃除するのよ」

「がわわ~ん、またサンレイに騙されたがお」


 両手に持っていた引き千切ったソースの小袋をガルルンがぽたっと落とす。


「今日も負けたがお……ガルはソースも旨くかけれないダメな女がお」


 晴美が慌ててティッシュを出すと机に飛び散ったソースを拭き始める。


「そんな事ないからね、ガルちゃんはダメじゃないからね」

「ダメダメのボケ犬だぞ、こぼしたソースちゃんと掃除すんだぞ」


 向かいでサンレイもティッシュで机を拭き始める。


「直ぐにモップ掛けるがお……ガルはダメな女がお………… 」


 しょぼくれて掃除道具の入ったロッカーへ向かうガルルンに晴美がついていく、


「ガルちゃんはダメじゃないよ、割り箸だって旨く割れたじゃない」


 ガルルンがさっと振り返る。


「そうがお、今日は割り箸に勝ったがお、ガルはダメな女じゃなかったがお」


 晴美がガルルンの手を握る。


「そうだよ、割り箸はもう失敗しないで割れるよね」


 ガルルンが笑顔に変わった。


「割り箸のコツは掴んだがお、もう失敗しないがう、ガルは妖怪で一番割り箸を割るのが旨いがお」


 元気になったガルルンを晴美が更に煽てる。


「そうだよ、ガルちゃんは凄いよ、私も手伝うからこぼれたソースさっさと拭いてお昼食べようよ」

「がふふん、ガルはできる女がお、ガルとソースとかの袋との戦いはまだまだ始まったばかりがお」


 ドヤ顔に戻ったガルルンと一緒に晴美がソースで汚れた床を拭いていく、

 少し離れた所でサンレイと小乃子が顔を見合わせる。


「打ち切り漫画みたいなこと言ってるぞ」

「敵がソースの袋ってとこがガルちゃんらしいけどな、それにしても篠崎さんは本当に優しいよな」


 掃除するガルルンと晴美を見ながら委員長がハチマルの腕をポンポン叩く、


「インスタントラーメンの袋もああじゃ、大変ね」

「うむ、粉はいいが焼きそばとかの液体スープ系は撒き散らして大変じゃ」


 向かいで聞いていたサンレイが話に割り込む、


「何度叱っても利かないぞ、そんでガルルンが袋開ける時は風呂場に連れて行くんだぞ、そんで失敗してシャワーでソース流してるぞ」


 ハチマルが大きく溜息をつく、


「一度でも成功すればいいんじゃが……成功するまで意地になっておるからのぅ」

「ガルちゃん勝負事は好きみたいだからね」


 処置無しというように首を振るハチマルを見て委員長は変な笑いしか出てこなかった。

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