第117話
ブンブンと耳障りな音を立てて宙に浮く妖蜂の美鈴にハチマルが左手を向ける。
「風撃、スズメバチ! 」
空気の塊が白い矢となって飛んでいく、
「わぉ! 本当に風を使えるのね」
軽々と避けた美鈴を見てハチマルがニヤッと口元を歪める。
「お主が蜂じゃから蜂の技をつこうたが飛ぶだけあって風を読むのは旨いのぅ」
「うふふっ、風に逆らわずに飛ぶだけよ」
「風に逆らわんか……良い心掛けじゃの」
ハチマルが右手を振った。
「風撃、カマイタチ! 」
風の刃が3つほど飛んでいく、美鈴が羽を震動させる。
「羽音壁!! 」
ビビーッと耳障りな音が直ぐに消え、同時にハチマルが放った風の刃も消滅した。
「ハチマルのカマイタチを防いだ…… 」
「音波だぞ、呼子と同じ音で攻撃を防いだぞ」
驚いて呟く英二の声が聞こえたのかサンレイが教えてくれた。
「音か……呼子は俺の爆発も防いでたからな」
納得した英二が見つめる先で美鈴が動いた。
「羽音眩暈!! 」
美鈴が羽を激しく震わせる。
「いかん! 」
シュッとガルルンの前に現われるとハチマルが左手をくるっと回す。
「風防、風車! 」
クルクルと風が回ってガルルンと英二と晴美を包み込む、
「がう……フラつくがお…… 」
フラフラするガルルンを後ろから晴美が支える。
「大丈夫ガルちゃん」
「もしかしてこれも呼子と同じ音の攻撃か? 」
反対側でガルルンを支えながら英二がハチマルに訊いた。
「ようわかったの、その通りじゃ、三半規管を麻痺させる攻撃じゃ、止めたつもりじゃがガルルンは耳が良いからの」
振り向かずにハチマルが教えてくれた。
「大丈夫がお、少しフラッとしただけがお」
ガルルンが犬耳を掻きながら晴美や英二の手を払う、そこへバチバチと雷光を纏ったサンレイがやってくる。
「まったく、耳とか鼻が良すぎるのも弱点になるぞ」
「サンレイは平気だったのか? 」
不思議そうに訊く英二を見てサンレイがペッタンコの胸を張る。
「あんなの効かないぞ、おらは雷で体を覆ってるからな、あの程度の音なら弾くぞ」
サンレイがガルルンの頭に手を置いた。
「ちょっとビリッとするぞ、雷の結界だぞ、さっきの攻撃なら簡単に防ぐぞ」
青い光がガルルンを包み込む、
「ビリッとすたがお、ピリピリしるがお」
痺れているのかガルルンの口調がおかしい、
「これでよしっと、次は英二と晴美だぞ」
サンレイが英二と晴美の頭に手を置く、
「電気は苦手だけど……我慢するよ」
「篠崎さん、低周波治療器だと思えばいいよ」
ぐっと目を閉じる晴美の横で英二が平然とした顔だ。
「うん、我慢する」
怖そうにこたえる晴美の体を青い光が包み込む、
「晴美ちゃんは終わったぞ」
「初めビリッとしたけどこれくらいなら平気だよ」
目を開けて微笑む晴美の隣で英二が悲鳴を上げる。
「痛て! 痛ててて…… 」
ガルルンや晴美と違いバチバチと雷光をあげる激しい電気が英二を包み込んでいた。
「にゅひひひっ、終わったぞ英二、特別サービスで電気を強くしてやったぞ」
「サービスじゃなくて嫌がらせだろが」
楽しげに笑うサンレイを英二が怒鳴りつけた。
英二を無視してサンレイが前に向き直る。
「ハチマル終わったぞ、後はガルルンに任せてオカマ蜂を倒すぞ」
「倒すのではなく捕まえるのじゃぞ、彼奴には訊きたいことが山とある」
ハチマルと美鈴の戦いが再開される。
ハチマルの風攻撃を避けながら美鈴が音波攻撃を返す。
「ちょこまかと旨く飛びよるのぅ」
「風を利用して飛ぶのよ、無理に飛ぶのは人間だけ、愚かしい生き物と思わない? 」
得意気な美鈴を見てハチマルがニヤリと笑う、
「まったくじゃ、人が愚かという意見には賛成じゃ」
ニヤッと口元を歪めたままハチマルが左手を振る。
「風網、空熊手! 」
幾筋もの風が飛んでいる美鈴に絡み付く、
「じゃが愚かといって貴様らがどうこうしてもよいわけがない、尤も儂からすれば貴様ら妖怪も愚かじゃぞ」
「なに!? くそっ…… 」
いつの間にか体に白いロープのようなものが絡まっていて美鈴が地面に落ちるように降りてきた。
「霊気の縄じゃ、捕まえたぞ美鈴」
「捕まえた? こんなものでか」
美鈴が蜂の大きな顎で霊気の縄を噛み切った。
「儂の霊気を噛み切るか……まだ本調子ではないといえやりおるのぅ」
感心するハチマルの前で美鈴が飛び上がる。
その後ろにバチッとサンレイが現われた。
「雷パァ~ンチ! 」
「あうぅ…… 」
サンレイのパンチを受けて美鈴が地面に転がった。
「ハチマルの風よりおらの電気の方が戦いやすいぞ」
サンレイがハチマルの前に降りてくる。
「適材適所じゃな、わかった。お主に任せる。じゃが殺すでないぞ」
「わかってんぞ、英二を狙う訳を聞くんだろ、HQとかいうクソ坊主の事も知ってること全部話させるんだぞ」
倒れている美鈴を見下ろしてサンレイがニヘッと厭な顔で笑った。
「降参しろ、今なら痛い目見ないで済むぞ、おらはハチマルと違って手加減できないぞ、本気でやったらお前死ぬぞ、後で降参するなら今降参した方が賢いぞ」
美鈴がバッと起き上がる。
「うふふっ、降参なんてするくらいなら初めから戦わないわよ」
余裕で笑う美鈴にハチマルだけでなく英二も厭なものを感じた。
ガルルンがバッと振り返る。
「お前ら何がお? 昼休みとっくに終わってるがう」
英二と晴美が振り返るといつの間に来たのか男子が15人ほど並んで立っていた。
美鈴が蜂の大きな顎をガバッと開けて笑う、
「やっと来たわね」
「こやつら1年4組の男子じゃな」
絵里香の1年3組に行った際に隣の4組の男子が数名覗きに来ていた。並んでいる男子の中にその時に見た顔がいるのをハチマルが見つけた。
「1年4組の男子が何の用がお? 」
「4組って美鈴ちゃんのクラスだ。こいつら美鈴ちゃんと同じクラスの男子だよ」
不思議そうに首を傾げるガルルンの後ろから英二が教える。
美鈴が楽しそうに声を大きくする。
「うふふふっ、そうよ、みんな私のお友達よ、可愛いでしょ、3人以外はみんなDTだったわよ」
『美鈴ちゃん……美鈴様……美鈴……みすず………… 』
並んでいる男子たちが精気の無い濁った目で美鈴を見ながら口々に名を呼んでいる。
人間の可愛い姿では無く蜂の化け物の美鈴を見ても顔色一つ変えずに幸せそうに笑っていた。
「気を付けるんじゃ、全員操られておる」
ハチマルが英二と晴美の後ろ、男子たちの前に飛んできた。
「うふふっ、飛びながらフェロモンを撒いて呼び寄せたのよ、みんな私の毒で虜にしたのよ、ウブで可愛かったわよ、脱DTはもちろん、お尻も私が可愛がってあげたわ、私のためなら命懸けで戦うわよ」
愉しそうに言う美鈴は蜂そのものといった顔なので表情はわからないが上気したのか頬が赤く染まっている。
ヨロヨロと体を左右に振りながら歩いてくる男子たちと美鈴を見比べて英二が顔を引き攣らせる。
「脱DTってこいつらまさか美鈴ちゃんと………… 」
「あの男子みんなと…… 」
並んでいる男子たちを見て晴美が真っ赤な顔だ。
美鈴の前にいたサンレイが楽しそうに口を開く、
「ケツも可愛がったって言ってたぞ、オカマ蜂こいつら全員と寝たんだぞ」
やっとわかったのかガルルンが大声を出す。
「マジがお! 可愛い顔してとんだビッチがう、カマビッチがお」
「只のビッチじゃ無いぞ、ヤリチンも付いてるぞ、ヤリチンカマビッチだぞ」
サンレイがゲス顔で英二を見つめる。
「にっへっへっへ、穴兄弟のケツ姉妹だぞ、もうちょっとで英二も抜きつ抜かれつの人間百足の仲間になるところだったぞ」
英二がさっと振り返る。
「なりませんから! 俺は初めから断るつもりだったからな、それと穴兄弟とか言うな! サンレイは時々マジでゲスいよね」
困った顔のガルルンが英二の手を引っ張る。
「がわわ~~ん、英二の霊力とお尻は常に狙われているがお、ガルは霊力とお尻どっちを優先して守ればいいがお」
「霊力優先だぞ、霊力取られたら困るけどお尻は痛いの我慢すればいいぞ」
ゲス顔で言ったサンレイを見てガルルンが頷いた。
「わかったがお、いざとなったら英二のお尻を差し出すがお」
英二がガルルンにしがみつく、
「違うでしょ! どっちかじゃなくて両方守ってくれ、俺そのものを守ってくれ、霊力はともかくお尻はだけは勘弁してくれ」
弱り顔で頼む英二を余所にサンレイと美鈴の戦いが再開される。
宙に浮いた美鈴がサッと手を振る。
「お前たち行け! サンレイとハチマルを殺せ」
『はい美鈴様……美鈴ちゃんわかったよ……美鈴のためなら………… 』
男子たちが二手に分かれてサンレイとハチマルを囲んだ。
「にゅひひひひっ、ビリッと始末してやるぞ」
バチバチと青い雷光を走らせた腕を構えるサンレイを見て英二が大声を出す。
「ダメだよサンレイ、雷パンチじゃ怪我どころか死んじゃうだろ」
「死んだっていいぞ、どうせこいつらもオカマの蜂にやられたってわかったら死にたくなるぞ、今死ぬか後で死ぬかの違いだぞ」
悪い顔で笑うサンレイに操られている男子たちが殴り掛かる。
「おっとっと……面倒だぞ」
7人が一斉に殴り掛かるがサンレイは余裕で避けていく、英二を挟んで向こうではハチマルが同じように戦っていた。
「ふむ、成る程の……幻覚系の毒と快楽と妖気で操っているらしいの」
考え事をしているようなハチマルの背に男子の蹴りが当たる。
「あうぅっ! 」
よろけたハチマルを男子たちが殴りつけた。
「ぐぅ……くくぅ……止めんか! 」
ハチマルが手をくるっと回すと風が回って囲んでいた男子たちが転がっていく、
『美鈴様……美鈴ちゃん……美鈴さん……美鈴…… 』
倒れた男子が直ぐに起き上がりハチマルを囲む、
「あははははっ、いいぞ、やれお前たち! そのままサンレイとハチマルを殴り殺せ」
大笑いする美鈴をハチマルが見据えた。
「何を勝った気でいるのじゃ? 」
「うふふっ、だって私の勝ちだもの、この子たちは只の人間よ、殺したり出来ないでしょ、でもこの子たちは私の命令で貴方たちを殺すわよ」
勝ち誇る美鈴の後ろでサンレイが近くに居た3人の男子を殴り倒した。
「何言ってんだ? 英二を守るためなら人間でも何でも殺すぞ、英二が無事なら他の奴らがどうなっても関係ないぞ」
バチバチと雷光をあげる拳で殴られて転がった3人の男子はぴくりとも動かない。
「うわぁぁ~~、何やってんだよサンレイ」
倒れた男子に駆け寄ろうとした英二の腕を掴んでガルルンが止める。
「大丈夫がお、心臓動いてるがう、気絶しただけがお」
「よかった…… 」
犬耳をピンと立てて鼻をヒクヒクさせるガルルンを見て英二は一安心だ。
向こうで戦っているハチマルが振り返る。
「止さんかサンレイ、お主は極端でいかん」
ハチマルはサンレイを窘めると美鈴に向き直る。
「儂らが何もできんと思うてか? お主の術など赤子の手を捻るようなものじゃぞ」
「何が出来るの? 私の術は完璧よ、可愛い後輩たちを傷付けるって言うの」
複眼をギラッと光らせてドヤ顔の美鈴の前でハチマルは両手を上げると左右逆方向にクルクル回す。
「響風、螺旋解! 」
クルクルと風が渦巻き周りに居る男子たちを宙へ巻き上げる。
渦が大きくなりサンレイを囲んでいる男子たちも巻き上げると直ぐに逆回転して宙に浮いていた男子たちを地面に転がせた。
「にひひっ、流石ハチマルだぞ」
ハチマルと前後で美鈴を挟むようにサンレイが飛んできた。
「なっ、何が……お前たちさっさと起きてこいつらを倒せ」
美鈴の命令に男子たちの反応は無い、気絶したのか倒れたまま動かなかった。
「無駄じゃぞ、お主の術は解いた。目覚めてもお主に操ることは出来ん」
「私の術を…… 」
ハチマルを睨み付けながら美鈴が羽を広げる。
「くそっ! 覚えてなさい」
飛んで逃げようとした美鈴の後ろでサンレイが跳び上がる。
「雷鳴踵落とし! 」
「がっ!! 」
サンレイの蹴りと同時に天から雷が落ちてきて美鈴を地面に叩き付けた。