第116話
校舎裏を英二と美鈴が歩いている。
昼休みも半分残っているのでそれなりに生徒たちもたむろしていた。
壁際に座って話し込んでいる女子たちやスマホでゲームをしている男子たち、校舎の2階や3階で廊下側の窓から外を見ながら話している生徒もいる。
楽しげな生徒たちを横目に英二は美鈴について歩いて行く、
「何処まで行くんだ? 」
英二が訊くと美鈴が振り返って可愛い笑みを見せる。
「もう少しだから、静かなところで話したいの」
「わかった」
教室にはもう来るなと言おうと思っていたところだ。
美鈴が怒るかもしれない、泣くかも知れない、そんな話しをするなら人が少ない方がいいだろうと英二は黙ってついていく、
「この辺でいいかな」
L字型の角、本校舎と西校舎の近くまで来て美鈴が止まる。
この辺りは職員室が近いので生徒たちは誰も来ない場所だ。
「話しって? 」
英二が訊くと美鈴がくるっと振り返る。
「英二先輩、好きです。付き合ってください」
美鈴が抱き付いてきた。
「へっ!? 何? おわっ! 」
突然のことに焦る英二に美鈴が顔を近付ける。
「好きです。私と付き合ってください英二先輩」
直ぐ近くに上気した美鈴の顔がある。
「なっ……なんで…… 」
抱き付く美鈴の柔らかな胸、頬に当たる息、シャンプーの匂いかデオドラントの匂いか甘い香りが漂ってくる。
「ちょっ……なんで……付き合う? 俺と…… 」
焦りまくってしどろもどろになっている英二を美鈴が艶のある目で見つめる。
「英二先輩が好きなの、愛してるの……もう我慢できない、私を貰って」
美鈴が唇を近付ける。
「ねぇキスして、私を英二先輩の女にして…… 」
英二がゴクリと唾を飲み込む、ハッキリ言って美鈴は美人だ。
サンレイやハチマルやガルルンに小乃子が居なければ二つ返事で受け入れているだろう、
「ちょっ、ちょっと待って……急に言われても…… 」
焦りながら腰の辺りを持って離そうとしたが美鈴の力は強く引き離せない。
「ダメ、キスしてくれるまで離さないから…… 」
美鈴の唇が英二の頬に触れる。
「うふふっ、今日は頬じゃ無くて本当のキスだよ」
艶っぽく笑うと美鈴が英二の正面から唇を近付ける。
美鈴の唇が英二の口に触れた。
その瞬間、バチッと青い雷光が美鈴の後ろ、つまり英二の正面に落ちてきた。
「うわっ!! 」
英二が驚きの声を上げて美鈴を突き放す。
「あんっ! 英二くんったら…… 」
よろけて数歩下がると美鈴が足を踏ん張って体勢を立て直す。
「ちが…… 」
何か言おうとした英二が吹っ飛ばされて学校を囲む壁にぶつかって滑るように尻餅をつく、その直ぐ前にサンレイが立っていた。
「英二ぃ~~、次したら殺すって言ったぞ」
「がひひっ、キスしてたがお、ほっぺのチューじゃなくて接吻がお」
横に立つガルルンの体が毛に覆われていく、普段の人間80%狼20%といった可愛い姿では無く、人間50%狼50%ほどの獣人姿だ。
青い顔をした英二がふるふると首を振る。
「ちっ、違う、違うから……話しを聞いてくれ………… 」
怯えて言葉を震わせる英二の向こう、サンレイとガルルンの後ろで美鈴がボブカットの髪を掻き上げる。
「ちょっと邪魔をしないでくれる。せっかくいいところだったのに」
英二と違い美鈴は少しも怯んでいない。
そこへ風と共にハチマルがやってきた。
壁際でへたり込んでいる英二を見てハチマルが口を開く、
「なんじゃ? 手を出すなと言ったはずじゃぞ」
「だってだって、キスしてたぞ、あの女と抱き合ってキスしてたぞ」
「ほっぺじゃ無くて口がお、接吻してたがお、完全な裏切り行為がお」
サンレイとガルルンが並んで口を尖らせる。
「キス? 高野くんが……美鈴さんと…… 」
ハチマルに連れてきて貰った晴美が頬を赤く染める。
「キスじゃと? どういう事じゃ英二、美鈴には近付くなと言ったはずじゃぞ、断れと言ったはずじゃ、返答次第では儂も許さんぞ」
ジロッと睨むハチマルを見て英二が泣き出しそうな顔で口を開く、
「違うんだ聞いてくれ…… 」
英二が泣きながらこれまでの経緯を説明した。
「俺は断るつもりで……もう教室には来るなって言うつもりだったんだ。美鈴ちゃんが泣き出したら困るから誰も居ないところまで来たら……行き成り抱き付いてきて……キスはしてないから、唇が触れただけだ。サンレイがバチッと出てきたから慌てて引き離したから……だから勘弁してくれ」
必死で弁解する英二を見てハチマルの顔から険が消える。
「まったく、隙が多いから付け込まれるのじゃ」
正面に立つサンレイが英二を見下ろす。
「ほんとだな、キスしてないんだな」
「してない、唇が触れただけだ。あんなのキスじゃない」
見つめ返す英二の眼を見てガルルンの顔が緩む、
「よかったがお、ガルは英二を信じてたがお」
「そだぞ、おらも信じてたぞ、だってだって英二はおらのことが好きだからな、おらと英二は相思相愛だぞ」
助かったぁ~、英二が大きく息をついた。
普段なら怒鳴り返しているところだがマジで怒る2人の気迫に飲まれてそれどころではない、助かって本心から安堵していた。
ハチマルが美鈴の後ろに立つ、
「手を出すなと言うたはずじゃぞ」
「恋愛は自由ってこたえたはずよ」
マジ顔のハチマルに美鈴は一歩も引かない。
ガルルンがバッと飛んできた。
「お前何者がお? ガルの鼻は誤魔化せないがう、正体を現わすがお」
晴美が疑うような声を出す。
「正体って……もしかして妖怪なの? 」
「妖怪? 美鈴ちゃんが? 」
驚いた英二が美鈴を見つめる。
「そうじゃ、此奴は…… 」
ハチマルが正体を明かそうとすると美鈴が大きな声で笑い出す。
「あははははっ、まさか犬にまでバレるとはね」
壁に背を付けるようにして英二がヨロヨロと立ち上がる。
「美鈴ちゃんが妖怪…… 」
サンレイが英二を庇うように前に立つ、
「あの女、妖怪だったのか、それで英二にちょっかい出してたんだぞ」
美鈴を挟んで向こうに居るハチマルが感心したように頷いた。
「流石じゃの、ガルルンもヤツの正体に気付いておったか」
ガルルンがサンレイの腕を引っ張った。
「がる? 妖怪って何がお? 美鈴妖怪だったがお? 」
子犬のように首を傾げるガルルンの顔をサンレイが覗き込む、
「何言ってんだ? ガルルンが妖怪だって言ったぞ」
「がう? ガルは言ってないがお、ガルはあいつの正体がわかったって言ったがお」
不思議そうなガルルンを見てサンレイが疑うようなジト目になる。
「何言ってんだボケ犬、こんな時にボケてどうする? 」
「なんじゃ? 何に気付いたのじゃ、彼奴の正体とは何じゃ? 」
ハチマルが怪訝な顔で訊くとガルルンが鼻を鳴らす。
「がふふん、ガルはできる女がお、サンレイとは違うがお、こいつの正体はとっくにわかってたがお」
「じゃから正体とは何じゃ? 」
「妖怪じゃ無かったのか…… 」
ハチマルが苛つく声を出し英二がほっと胸を撫で下ろす。
ガルルンが美鈴をビシッと指差した。
「こいつは……美鈴は女じゃ無いがお、男がお、男の匂いしかしないがお」
「なんじゃと! 」
妖怪とは気付いたが男とは思っても見なかったハチマルが思わず大声を出す。
「マジか!! 男って……オカマって事だぞ」
驚きの声を上げるサンレイはどことなく嬉しそうだ。
ハチマルの後ろで晴美が納得するように呟く、
「ああ、そっちの人か…… 」
「美鈴ちゃんが男……嘘だろ………… 」
立っていた英二が壁を背にまた崩れていく、
「嘘だよね、ガルちゃん……俺をからかってるんだよね……美鈴ちゃんおっぱいあったし……女の子の匂いだったよ」
手作りのお菓子に喜んだり抱き付かれて気持ち良かった事や頬にキスされた事が頭の中を駆け巡る。
ハチマルと向き合っていた美鈴がくるっと振り返る。
「ふふふっ、バレたらしょうがないわね、そうよ、私は男……でも心は女よ、今流行の男の娘じゃないわよ、男の体で生まれてきただけなのよ、だから女なのよ、神様は意地悪なのよ」
愛らしく笑う美鈴を見て英二の顔が引き攣っていく、
「マジで……マジで男だったのか………… 」
「がふふん、ガルの鼻は誤魔化せないのだ。股間から男の匂いがしたのだ」
得意気に鼻を鳴らすガルルンの横からサンレイが背を叩く、
「なんで初めから言わなかったんだ? 男ってわかってたら焼き餅焼かなかったぞ、英二と愛を育むのを応援したぞ」
勘弁してくれ……、へたりながら英二がサンレイの背を見つめた。
ガルルンが首を傾げながら口を開く、
「初めはガルも分からなかったがお、汗を消すスプレーとか使ってたがう、ガルの鼻が利かなかったがお、でも今は英二とキスしようとして興奮してたがお、股間から男の匂いが漏れ出てたがお」
美鈴が膨らんだ股間を押さえる。
「うふふふっ、英二先輩をものに出来るって興奮したら我慢汁が少し出ちゃったみたい」
艶やかな目で見つめられて英二の顔が青くなっていく、
「我慢汁って……勘弁してくれ、マジで男かよ」
「大丈夫よ英二先輩、体は男でも心は女だから」
愛らしく笑う美鈴を見ても今の英二には恐怖しか湧かない。
「よっしゃ! 付き合うのを認めてやるぞ、可愛い彼女が出来て良かったな英二ぃ~ 」
「ガルも応援するがお、ほっぺにチューでも口にキスでも好きにするがお」
先程までとは打って変わってサンレイとガルルンが優しい顔で英二を見つめる。
「そだぞ、キスと言わずに押し倒して愛し合うといいぞ」
「布団の中で2人のカメを合わせてもしもしカメよカメさんよってするがお」
英二がふるふると首を振る。
「いや……そんな趣味は無いから……勘弁してくれぇ~~ 」
怯える英二を見て美鈴がニッコリと微笑む、
「あらっ、趣味はいくらあってもいいのよ、新しい趣味を作ればいいじゃない、私が協力するわよ英二先輩」
艶のある目で英二を見つめる美鈴は何処から見ても女にしか見えない。
「本当に男なんだ……あんなに綺麗なのに…… 」
驚き顔を意地悪顔に代えて晴美が英二を見つめる。
「サンレイちゃんとガルちゃんが許可してくれたんだから付き合っちゃいなよ、美鈴ちゃんなら久地木さんや委員長も許してくれるよ」
晴美が思い出すように付け加える。
「あっ、でも宗哉くんは焼き餅焼くかもね、高野くんのこと慕ってるから」
一刻も早くこの場から逃れようと壁を背に英二が立ち上がる。
「篠崎さんまでそんな事言わないでくれ、冗談でも怖いから……小乃子なんてサンレイと同じように大喜びするからな」
正面から美鈴が近付いてくる。
「大丈夫よ、心は女だから」
「股間を膨らませて言うな! 」
英二が指差す先、美鈴のスカートが不自然に盛り上がっていた。
美鈴が盛り上がったスカートをむんずと掴む、
「うふふっ、隠さなくてよくなったら興奮して大きくなっちゃたわ」
「何に興奮してんだ……頼むから勘弁してくれ」
英二が前に立つサンレイとガルルンの後ろに隠れる。
「よかったな英二、美鈴なら不純異性交遊にならないぞ」
「英二は出来る男がお、相手の悪いところも寛容に許すのが良い男がお」
サンレイとガルルンが振り返ってニヘラと悪い笑みを見せた。
「いやいやいや、俺は出来る男じゃ無いから、そっちの趣味は無いから」
ブルブル首を振る英二の両手を左右からサンレイとガルルンが引っ張る。
「何事も経験だぞ、オカマの階段……じゃなかった大人の階段を上る時が来たんだぞ」
「女の子には色々秘密があるがお、ガルは山犬に変身できるがう、美鈴は男に変身できるがお、チンチンが付いているくらい些細なことがお」
2人が美鈴に差し出すように英二を前に押し出した。
「止めて……まだ早いから……大人の階段から足を踏み外すような事しないから…… 」
青い顔を引き攣らせる英二の頬を美鈴が愛おしそうに撫でる。
「サンレイちゃんとガルルン先輩が認めてくれたら最強だわ、公認カップルとして付き合っていけるわ、ねぇ英二先輩」
「やめて……男には興味無いから……悪いけど…… 」
美鈴は頬を撫でていた手に力を入れると顎を掴んで何か言おうとした英二の口を止めた。
「変な事は言わないで、愛しているのよ英二先輩、先輩のためならどんな事でもするわ、いっぱい気持ち良くしてあげる。英二先輩の好きなおっぱいもあるわよ、作り物じゃ無いわよ、長い月日を掛けて女性ホルモンを吸収して作り上げた本物のおっぱいよ」
何も言えない英二に美鈴が顔を近付ける。
「だから断るとか嫌いとか言わないで……そんな事言われると私……私……英二先輩を食べちゃうから」
美鈴が口を大きく開く、
「んん!? 」
顎を押さえられた英二が喉の奥から悲鳴を上げた。
美鈴の口が縦に開くのでは無く横にバカッと開いている。観音開きのように左右に開いていた。
風を纏ったハチマルがスッと飛んできて美鈴を殴り倒す。
「きゃあぁ~~ 」
悲鳴を上げて転がる美鈴の前でハチマルが英二を抱き寄せた。
「大丈夫じゃな」
「はっ、ハチマル、あれは…… 」
ハチマルが驚く英二を抱えて晴美の前まで飛んでいく、
「此奴は妖怪じゃぞ、英二に手出しをせんと言うから見逃すつもりじゃったのじゃが」
倒れていた美鈴が上半身を起こす。
「もう少しだったのに……お前たちが来なければ英二先輩を私の虜に出来たのに」
悔しげに睨む美鈴の下顎が左右に分かれていた。
「なん? マジだぞ、妖怪だぞ」
驚くサンレイの横でガルルンが顔を顰める。
「虫がお、虫の妖怪がう、カミキリとかバッタと同じ口がお」
山暮らしが長くカブト虫など昆虫も食料にしていたガルルンには虫の妖怪だと直ぐにわかった様子だ。
美鈴を挟んで向こう側、英二と晴美を守るように前に立つハチマルが説明する。
「此奴は蜂の妖怪、妖蜂じゃ、どのような術を使っておるのかサンレイとガルルンにはわからんかったようじゃな、じゃが儂の目は誤魔化せんぞ」
美鈴が立ち上がる。
「うふふっ、バレたら仕方無いわね、そうよ妖怪よ、でも英二先輩にとって妖怪なんて些細なことでしょ? 山神や山犬と付き合ってるんだから……だから私とも付き合いましょうよ、妖怪も男も女も些細な事よ、愛してるわ英二先輩」
スカートに付いた土を払いながら妖艶に微笑んだ。
「些細じゃ無くて重要なことだからな、妖怪はともかく男と付き合う気は無いからな」
ハチマルの後ろに隠れながら英二が言った。
今までの戦いから妖怪は怖くないがそっちの趣味で狙ってくる美鈴はとんでもなく怖かった。
「妖怪に乗っかって男と女も一緒くたにしたがお、出来るオカマがお」
「オカマはともかく妖怪に英二はやらないぞ」
感心するガルルンの隣でサンレイがバチバチと雷光を纏う、
「ちょっ、一寸待ってくれ」
戦う気満々のサンレイを英二が止めた。
「話し合おう、美鈴ちゃんが俺を諦めてくれればそれでいいだろ、美鈴ちゃんが女だとしても俺は付き合う気は無いから、ここに来たのも……美鈴ちゃんに着いてきたのも教室に来たりして俺に付き纏わないでくれって話すつもりだったからな」
男とわかっても美鈴は可愛い、出来たら戦いなどしたくない、どうにか穏便に済ませようと英二は必死だ。
「言わないで! 嫌いなんて聞きたくない」
美鈴は顎を大きく開いた怖い顔で言うと直ぐに微笑んで英二を見つめる。
「私を知れば……私を抱けば英二先輩もきっと好きになるわ、英二先輩が望むならどんな事でもするわ、だから嫌いなんて言わないで……一度でいいから抱いてみて、それでも厭って言うなら諦めるわ、だから一度だけ愛し合いましょう」
艶のある目で見つめる美鈴から庇うようにハチマルが英二に手を伸ばす。
「ダメじゃ、虜にすると言っておったじゃろ、一度だけ抱いてくれと言うたが毒か何かで英二を虜にするつもりじゃろが」
「うふふっ、毒なんて使わないわよ、快楽で虜にしてみせるわ、そこらの女なんかに負けないくらい気持ち良いわよ、男の気持ち良いところは全部知っているんだからね」
妖艶に笑う美鈴のスカートの後ろが盛り上がる。
「それでダメなら少しだけ毒を使うわ、大丈夫、死んだりしないから、快感が何十倍にも増幅されるだけ、味わったことの無い快楽に私から離れられなくなるわよ」
捲れ上がったスカートから黄色と黒の縞々模様の付いた蜂のお尻が現われた。
サンレイの顔がパーッと明るく変わる。
「毒針だぞ、チンコだけじゃなくて毒針も持ってるぞ、蜂女じゃ無くて蜂男だぞ」
ガルルンも楽しげに続ける。
「蜂男がお、お尻の毒針だけじゃ無いがう、股間の太い針が英二のお尻を狙ってるがお」
「あんなデカい蜂に刺されたら死ぬから………… 」
震える英二を見てサンレイがゲス顔で口を開く、
「ケツくらい貸してやれ英二」
引き攣った顔で英二が怒鳴る。
「チンコとかケツとか言うな! 厭だからな、サンレイはどっちの味方なんだ」
サンレイがバチッと瞬間移動して英二の傍にやってきた。
「英二の味方に決まってんぞ、なんたっておらは英二の守り神だからな」
腕にしがみついて甘えるように言うサンレイを見て英二の顔に安心が広がっていく、
「ガルも英二の味方がお、只のオカマならともかく妖怪に英二を渡さないがお」
走ってきたガルルンが反対側から英二に抱き付いた。
英二の腕にしがみついたままサンレイがハチマルの背を叩く、
「なぁなぁハチマル、相手が男でも脱DTって言うのか? 」
振り返ったハチマルが首を傾げる。
「どうじゃろうなぁ、相手が全くの男ならともかく美鈴は心は女そのものじゃからな、英二の気持ちの持ちようで決まるのじゃと思うがの」
英二から離れるとガルルンがドヤ顔で口を開く、
「ダブルスコアがお、ガルが思うにDT卒業してお尻の処女も卒業できるがお」
嬉しそうにパッと顔を明るくしてサンレイが続ける。
「マジか! 最強だぞ、一粒で二度美味しいってヤツだぞ、昨日までのイケてないDTボーイがヤリチンのケツビッチにレベルアップだぞ」
ドヤ顔のガルルンが得意気に鼻を鳴らす。
「がふふん、テクニシャン英二に生まれ変わるがお、テクニシャン英二の手に掛かれば女も男も一コロがお」
「しませんから! なんでHする前提になってんだ。いくら可愛くても男は無理だからな」
必死に否定する英二を美鈴がじっと見つめる。
「そんなに私が嫌いなの? こんなに英二先輩を愛しているのに…… 」
泣き出しそうな美鈴を見て英二が慌てて口を開く、
「嫌いとかじゃないから、美鈴ちゃんは好きだよ、そこらの女よりも可愛いし……でも彼女とかは別だから、男とそんな関係になるつもりは無いから」
「男じゃないわ、私は女よ、今まで女として生きてきたのよ、戸籍上も女になってるわ、おっぱいも本物よ」
「でも付いてるんだろ、股間を膨らませてたよな」
英二に見つめられて美鈴が股間を押さえる。
「それは……股間だけ少し男に似てるだけよ、些細なことだわ、英二先輩を愛する気持ちは変わらないのよ、だから私は女なのよ」
弱り切った顔で英二が続ける。
「付いてたら男だから……膨らむって事は男としての機能があるって事だろ、精子が出せるんだろ、だったら男だ」
「ちっ、違うわよ、これは……精子じゃなくてローヤルゼリーよ、私は蜂の妖怪だからローヤルゼリーが出せるのよ」
焦る美鈴を見て直ぐに嘘だとわかる。
ほんの少しだが情にほだされそうになっていた英二がじとーっと疑うように見つめながら口を開く、
「嘘でしょ? 」
「嘘じゃないわよ、だから私のローヤルゼリーを英二先輩のお尻に注いであげるわ」
開き直ったのか堂々と嘘をつく美鈴の話しに乗るようにサンレイが英二の手を引っ張る。
「やったぞ英二、ローヤルゼリーは美容と健康に最高だぞ」
「ローヤルゼリーはそんなところから出ないでしょ? 働き蜂が体内で作って口から出すんだろ……って言うか本物のローヤルゼリーでもお尻からはいらないからな」
美鈴のことを少しかわいそうだと思っていた気持ちが消えていく、
「がふふん、DTより先にお尻が奪われるがお、流石は英二がお、マニアックがお」
ニヤリと口元を歪めるガルルンに英二がバッと身体ごと振り向いた。
「人をヘンタイみたいに言うな、って言うか奪われる前に助けてくれ」
「おらに言われてもなぁ~、戦いならともかく恋愛だからな…… 」
「ガルも無駄な争いはしたくないがお、人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んじまぇがお」
「知らん振りするな! 浮気だ何だって俺をボコボコにしただろが! 死んじまぇじゃなくて殺されそうになったからな」
怒鳴る英二の正面から美鈴が近付く、
「大丈夫よ、優しくしてあげるわ、痛いのは初めだけ、それも蜂蜜ローションを使うから英二先輩が考えているより痛くはないわよ」
「何勝手に話を進めてんだ。俺にその気はないからな! 」
睨む英二の直ぐ前で美鈴がニッコリと微笑む、
「蜂蜜は殺菌作用があるのよ、だから蜂蜜ローションを塗ればアナルもOKよ」
「さらっと怖いこと言うな! 殺菌とかOKとかそう言う問題じゃないからな」
怒る英二の右でサンレイも大声を出す。
「何言ってんだ! 英二はハチミツよりハミチチの方が好きなんだぞ」
左からガルルンが追従する。
「そうがお、英二はおっぱい星人がう、ガルやハチマルの風呂上がりをチラチラ見るくらいにハミ乳は好きがお」
「そうなんだ…… 」
後ろから晴美の呟きが聞こえてきた。
今までの話しを全て聞かれていたのを知って英二が真っ赤な顔でサンレイとガルルンを止める。
「止めて……篠崎さんに全部聞かれてるから………… 」
「そだぞ、止めるんだぞ、蛇とか蜂は危ないんだぞ、あれだぞ、何だっけかな…… 」
サンレイが味方に回ってくれたと思って英二の表情が緩んだ。
「何だっけかな…… 」
考えていたサンレイがにぱっと笑いながら口を開く、
「アナルスキーショックだぞ、お尻プレイが好きになり過ぎてショック死するんだぞ」
「がわわ~~ん、ガルは心の隙間は埋められても英二のお尻の隙間は埋められないがお」
大袈裟に驚くガルルンの声を聞きながら英二がサンレイの肩をガバッと掴む、
「アナフィラキシーショックだ!! 蛇や蜂などの毒を一度受けた人が二度目に受けると体が過剰反応してショックで死ぬことだ。お尻は関係ないからな」
肩を掴まれたサンレイが目を逸らす。
「そうとも言う……そのアナルショックで英二が大変な目に遭うぞ」
「そうとしか言わないからな、頼むから助けてくれ、美鈴ちゃんが可愛くてもそっちの気は無いからな」
泣き顔で言う英二の腰の辺りをサンレイがポンポン叩く、
「冗談だぞ冗談、英二はからかうと面白いぞ」
「ガルも冗談がお、これ以上やったら英二泣くがお」
左のガルルンに英二が振り向く、
「もう泣いてるからな、怖いから冗談でも止めてくれ」
「にへへへへっ、悪かったぞ、そん代わり蜂のオカマはおらがやっつけてやるぞ」
「オカマ蜂に英二の大事なDTを奪われるわけには行かないがお」
英二を後ろにやるとサンレイとガルルンが構える。
美鈴の顔から笑みが消えた。
「穏便に済まそうと思っていたのに……オカマと笑われたからには只で済まさないわよ」
美鈴の姿が変わっていく、綺麗な顔が裂けて大きな複眼を付けた蜂の頭が現われた。
手足も裂けて外骨格を纏った細い虫の足になる。さらに胸の辺りの服が破けて腕がもう一対出てきた。
大きなスズメバチといった姿だ。
「おおぅ、おっぱいじゃなくてもう1つの手だったんだぞ、おっぱい星人の英二もがっかりだぞ」
「がっかりとかしてないからな」
楽しそうなサンレイの後ろから言うと英二が改めて美鈴を見つめる。
「それにしても蜂そのものだな、雄蜂が何で女に化けてたんだ」
美鈴の大きな複眼が英二を捕らえた。
「女集団の蜂世界で雄が生きて行くにはこうするしか無かったのよ、女になってどうにか生き残って妖怪になれたのよ」
「苦労して妖怪になったのじゃろう、この辺りで止めんか? 今なら見逃してやるぞ」
やんわりと言うハチマルを美鈴が睨み付ける。
「英二先輩の霊力を使って雌蜂どもを支配して雄蜂が上に立つ世界を作るのよ」
「下克上がお、戦国時代がお」
時代劇の大好きなガルルンが楽しそうに言った。
「やはり英二の霊力が狙いか…… 」
呟くとハチマルが美鈴を見据えた。
「言うたはずじゃぞ、英二の霊力を狙うなら倒すとな」
「うふふっ、そう簡単にいくかしら」
蜂そのものといった顔なので表情はわからないが声で笑っているのがわかる。
愉しげに笑いながら美鈴が続ける。
「まったくあのクソ坊主、なにが妖気を消す御札よ、ハチマルには初めからバレバレじゃない、あのクソ坊主が…… 」
ハチマルの顔色が変わった。
「クソ坊主じゃと? HQとかいう坊主の事じゃな」
「へぇHQを知っているの? そうよ妖気と気配を消す札をHQに貰ったの、これを使って英二先輩を虜にして霊気を吸えば力が手に入るって教えて貰ったのよ」
小馬鹿にするように話す美鈴の前でハチマルが両腕を構えた。
「HQについて詳しく話して貰うぞ」
「あははははっ、話すと思う? 」
蜂の大きな顎をカチカチ鳴らして美鈴が笑った。
「力尽くで聞き出すだけじゃ」
ハチマルが一歩前に出ると美鈴が一歩下がる。
「うふふふふっ、やってみなさいよ、只の毒蜂だと思ったら大間違いよ」
サンレイがハチマルの横に並ぶ、
「おらも訊きたいぞ、力を手に入れて何するつもりだ? 」
「ふふふっ、私をバカにした全てのものたちに復讐するためよ」
2人を前に余裕の美鈴を見てハチマルがピクッと眉を動かす。
「何を企んでおる? 儂らに敵うと思うておるのか」
美鈴が大きな複眼でハチマルをじっと見つめる。
「わかってるわよ、山神2人相手に勝てるわけないじゃない、でもね、ここまで来て下がれないでしょ、ムカつくHQだけじゃなくてあの方にも合わす顔がなくなるわ」
「あの方じゃと? ハマグリ女房も言うておった黒幕じゃな、何者じゃ? 」
「あははははっ、それこそ言わないわよ」
肩を揺らして大笑いする美鈴の向かいでハチマルの目が鋭く光る。
「ならばお主を捕らえて聞き出すだけじゃ」
「やってごらんなさい、口が裂けても言わないわ、只の蜂だった私を妖怪にしてくれた程の力を持つ大妖怪よ、とっくの昔に死んでいたはずの雄蜂の私に力をくれたのよ、山神でもあの方には敵うものですか」
妖蜂姿の美鈴が蜂の羽を広げて宙に浮いた。
青い雷光を纏ったサンレイが振り返る。
「ガルルンは英二と晴美ちゃんを頼んだぞ」
英二と晴美を庇うように前に立つガルルンが頷く、
「わかったがお、オカマの蜂なんてガルが出るまでも無いがお」
後ろから晴美がガルルンの手を握る。
「ガルちゃん、余り刺激しちゃダメだよ」
「サンレイ頼んだぞ、怖いから俺は戦わないからな」
晴美の横で英二が言うとサンレイがとぼけ顔で口を開く、
「そだな、英二はそこで見てろ、何か知らんけどハチマルがやる気になってんぞ、おらもフォローに回るぞ」
「その方がいいがお、英二が近付くと毒針を刺されるがお」
心配そうに言うガルルンの向こうでサンレイがニヤッとゲス顔で続ける。
「そだぞ、毒のついでにケツもズボッて刺されるぞ」
「女の子がケツとか言うな! 」
「にひひひひっ、英二の命もケツもおらが守ってやるぞ」
叱る英二を構うことなく厭な声で笑いながらサンレイが前に向き直る。