第113話
何事もなく10日ほどが過ぎた4月の中頃、絵里香が1人の女子を連れてきた。
その日、ハチマルとサンレイとガルルンが屋上で待っていると絵里香が何とも言えない申し訳なさそうな表情でやってくる。
「誰がお? 」
絵里香が来る前に匂いで分かったガルルンがハチマルの腕を引っ張る。
「絵里香ちゃんのクラスには居なかったぞ」
開けっ放しの屋上のドアから入ってきた絵里香の後ろに居る女子を見てサンレイが首を傾げる。
「ハチマル先輩、この娘は…… 」
絵里香が紹介する前に女子が頭を下げた。
「4組の千場美鈴です」
美鈴はボブカットのキツい目つきをした少女だ。
「4組がお、絵里香の隣のクラスがお」
「そんで美鈴とか言ったな、何の用だ? 」
怪訝な表情で訊くガルルンとサンレイを見て絵里香が慌てて口を開く、
「千場さんも霊能力があってそれで私に気付いて……ガルルン先輩の正体も知っていて……サンレイちゃんたちが3組に来るのを知って…… 」
歯切れの悪い絵里香に代わって美鈴が話を始める。
「私が頼んだの、コソコソ何をしているのか知りたくてね、言わないと島名さんが霊能力者だってみんなにバラすって言ったら話してくれたわ」
「絵里香を脅したがお、調子に乗ったらガルがしばいてやるがお」
怖い顔をするガルルンの横でサンレイが鼻を鳴らす。
「ふ~ん、お前も霊能力持ってるんだな」
「ごめんなさい」
小さな声で謝る絵里香を見てサンレイがニッと笑う、
「絵里香ちゃんは悪くないぞ、でもお前は悪いぞ」
ジロッと睨みながらサンレイが美鈴を指差す。
「あははははっ、サンレイちゃんに嫌われちゃった」
楽しそうに笑うと美鈴が踵を返す。
「私も仲間に入れて貰おうと思ったんだけど残念だわ」
屋上のドアから出て行こうとした美鈴の前にサンレイがバチッと現われた。
「うわっ、凄い、本当に瞬間移動できるんだ。マジで神様なんだね」
白々しい驚き声を上げると美鈴の前にサンレイがバチバチと雷光をあげる右手を見せる。
「おらたちの事を話さないように記憶を消してやんぞ」
「わぁ怖い、神様がそんな事してもいいの? 」
「お前、おらをバカにしてるのか? 」
凄むサンレイをハチマルが止める。
「止めんかサンレイ」
今まで黙って成り行きを見ていたハチマルが話し始める。
「美鈴とか言ったの、お主が霊力を持っているのはわかった。絵里香の隣のクラスじゃ、儂らが気になったというのは理にかなっておる。じゃがそれを確かめてなんとする? 」
帰ろうと背を向けていた美鈴がくるっと振り返る。
「何もしないわ、妖怪のガルルン先輩はともかく、サンレイちゃんとハチマル先輩が神様だって言うのを確かめたかっただけ、本当だってわかったらそれでいいわ」
「もう用は済んだと言うんじゃな」
険しい表情のハチマルに美鈴は笑みを崩さずにこたえる。
「まぁそんなところね、島名さんの邪魔をしたりしないわよ」
ドアの前に居たサンレイが道を譲る。
「おらたちのことを話したらマジで記憶を消すぞ」
「怒ったサンレイちゃんも可愛いわね……話さないわよ、私だって霊能力があるってバレたくないもの」
笑顔を直ぐにマジ顔に代えて言うと美鈴は屋上から出ていった。
絵里香が改まって頭を下げる。
「ごめんなさい、千場さんは私よりも霊とかよく知っていて……ガルルン先輩が妖怪だってバラすって言われて、それで何か怖くて断れなかったの」
「絵里香ちゃんは謝らなくていいぞ」
「やっぱあいつぶん殴ってやるがお、ガルのこと言わないようにボコボコにしてやるがお」
憤慨するガルルンをハチマルが宥める。
「落ち着かんか、これ以上事を荒立てるな、これで済むならそれでよい」
「済まなかったらどうすんだ? 」
サンレイも不服顔だ。
「そうじゃな、これ以上何かするなら儂が灸を据えてやろう、じゃからここは我慢せい」
暫く考えてハチマルがこたえるとガルルンが愉しげに笑い出す。
「がっひっひっひっ、ハチマルがそう言うなら勘弁してやるがお」
「ガルルン先輩、凄く悪い顔してるよ」
弱り顔の絵里香の前にサンレイがやって来る。
「ハチマルが本気で怒ると怖いからな、おらもそれでいいぞ」
ガルルンとサンレイが素直に従うのを見て絵里香が驚きの表情だ。
「ハチマル先輩ってそんなに怖いんだ……優しいお姉さんって感じしかしないけどな」
「何を言うておる。バカどもの話しを本気にするな、儂はいつでも優しいじゃろうが」
弱り顔のハチマルを見て絵里香はやっと安心した様子だ。
「では修業の成果を見てやろう、霊気を整える修業じゃったな、やって見せろ」
「ハイ、ハチマル先輩」
絵里香が胸の前で両手を合わせて目を閉じる。
ハチマルは修業の成果を見るために週に一度昼休みに絵里香に会っているのだ。
「うむ、安定しておるな、平時でも安定出来るようにこのまま3ヶ月程同じ訓練を続けるのじゃぞ」
「にゃははははっ、なんたっておらが教えてるからな」
サンレイの楽しそうな笑い声を聞きながら絵里香が目を開ける。
「うん、サンレイちゃんとガルルン先輩が時々来てくれるからお姉ちゃんも喜んでるよ」
「ガルも怜那ちゃんと会うの楽しみがお」
毎晩寝る前の30分、修業をしている絵里香に指導すると言って3日に一度くらいの頻度でサンレイは瞬間移動を使って会いに行っているのだ。ついでに連れて行って貰っているガルルンは専ら姉の怜那と遊んでいる。
「では今日はお仕舞いじゃ」
屋上から出るとサンレイたちは教室へと戻っていく、
「お手洗いに行って来る。お主らは先に戻っておれ」
2年1組の手前でハチマルがフッと姿を消した。
「学校でハチマルが瞬間移動使うの珍しいがお」
「漏れそうで急いでるんだぞ、さっさと戻ってお菓子食うぞ」
不思議そうなガルルンと違ってサンレイは気にした風もなく教室へと入っていった。
1年4組の教室の前にハチマルがフッと姿を現わす。
ドアから覗くハチマルに美鈴が直ぐに気が付いた。
「何か用ですか? 」
歩いてきた美鈴の手を引いてハチマルが廊下を歩いて行く、階段の陰まで来ると美鈴を連れてフッと姿を消した。
先程までいた屋上に美鈴を連れたハチマルが風と共に姿を現わす。
「お主何者じゃ」
美鈴と向き合うハチマルがマジ顔だ。
「ハチマル先輩、何を言っているの? 」
戸惑うように言った美鈴をハチマルがジロッと睨み付ける。
「とぼけても無駄じゃ、自分で明かさんのなら力尽くで調べるだけじゃぞ」
美鈴が愉しそうに口元を歪める。
「ふふっ、流石ね、バレたのは初めてよ」
ボブの髪を掻き上げると美鈴が続ける。
「妖怪よ、蜂の変化、妖蜂です」
「蜂の変化が何用で現われた」
怖い顔を崩さないハチマルの前で美鈴が慌てて口を開く、
「ちょっと待ってよ、さっきから犯人みたいにさ、私が何をしたっていうのよ」
「英二が目的ではないのか? しらばっくれても無駄じゃぞ」
美鈴の顔から笑みが消えた。
「高野英二先輩ね……うん、確かにあの霊力は美味しそうだわ、でも勘違いしないでよね、私は人として生きていきたいだけ、今まで人間として生活してきたわ、和泉高校へ入ったのも偶然よ、隣のクラスに入っていくハチマル先輩たちを見て何が起きてるのか気になって探りを入れるために絵里香さんに近付いただけよ」
「本当じゃな、ハマグリ女房やHQとはなんの繋がりもないのじゃな」
ハチマルがハマグリ女房やHQの名を出して鎌を掛ける。
「ハマグリ女房? 海の妖怪ですか? HQってなんですか? 知りませんよ」
動揺1つ見せずに美鈴が首を傾げる。
「そうか……まぁよかろう」
ハチマルが美鈴を見据える。
「英二の霊力を狙っておるものがおってな、ちょくちょく手を出して来おる。お主がその仲間でなければ別に構わん」
「ふ~ん、そうなんだ」
興味無さそうに美鈴が続ける。
「私は山神だって聞いたから正体を知られる前に話を付けようと思って来ただけよ、正体がバレなければ知らんぷりしてるつもりだったわよ、でも流石ね」
ハチマルの眉がピクッと動く、
「話を付ける? なんの話しじゃ? 」
「簡単よ、私は今の生活を守りたいだけ、私はハチマル先輩の邪魔はしない、ハチマル先輩は私の邪魔をしない、ということでどうかしら? 」
正体がバレても美鈴は平然としている。
「そういう事か……承知した。お主が悪さをせんのなら儂らも何もせん、じゃが人を喰らったり殺せば話は別じゃ、これだけは覚えておくのじゃぞ」
「あはははっ、殺したりはしないわよ、人間なんかよりそこらのお店の料理の方が美味しいしね」
愉しげに笑う美鈴の前でハチマルがスカートを叩いて埃を払う、
「では話しは仕舞いじゃ」
「お世話を掛けましたハチマル先輩」
ペコッと頭を下げると美鈴は屋上から飛び降りていった。
「妖蜂か……雑魚のくせに心が読めん、気配だけでなく全て隠すのが旨いヤツじゃ」
自分の教室へと戻るハチマルの表情が堅い。
その日の夜、コンビニでのバイトを終えた英二と秀輝が駄弁りながら帰っているとホームセンターの大きな駐車場から女の悲鳴が聞こえてきた。
「聞こえたよな」
「おぅ、女だぜ」
顔を見合わせると英二と秀輝が駐車場へと入っていく、ホームセンターは夜の9時に閉まっているが10時頃までは店内で作業をしているのか店の明かりは点いている。
大きな駐車場には社員の車らしいものが数台一番奥の建物の横に止まっているだけで後はがらんとしてだだっ広いアスファルトが広がっていた。
「気のせいか…… 」
「店員が騒いでただけだろ」
直ぐに引き換えそうとした2人の耳に悲鳴が聞こえてくる。
「きゃぁ~~ 」
2人がバッと振り向く、
「あっちだぜ」
「あの車か」
がらんとした駐車場の端、植樹してある木の向こうに黒塗りのバンが一台止まっていた。
木の陰で外灯も当たらず最初に見回した時には見逃していた車だ。
「一応確かめようぜ」
「了解だ。痴話喧嘩なら放って置こう」
英二と秀輝が隠れるように黒塗りのバンに近付いていく、
「いや! 止めて! 誰か助けてぇ~ 」
助けを求める女の声に秀輝と英二が走り出す。
バンの中で2人の男が女を押さえて乱暴しようとしていた。
「何やってんだてめぇら! 」
秀輝がドアを開けようとするがロックされていて開かない。
「どけ秀輝」
秀輝を押し退けると英二は右手をドアの鍵部分に向ける。
「爆刀、小刀! 」
英二が手を振るとボンッという音と共にドアを切り裂いた。
鍵が壊れたドアを秀輝が開ける。
「なんだお前ら! 」
「俺の車を……ぶっ殺すぞ! 」
怒鳴る男たちに英二が両手を向ける。
「爆突、2寸玉! 」
両手から出た爆発する気が2人の男の顔面に当たる。
「がっ! ぐへっ! 」
仰け反るようにして男たちはその場で動かなくなった。
以前の英二と違い今の力なら2寸玉でプロボクサーが殴った程度の威力がある。
気絶した男たちを見て秀輝が振り返る。
「やり過ぎだぜ、死んでないだろうな」
「加減はしたよ、でも顎の骨にヒビくらいは入ってるかもな」
英二が大丈夫というように手を振った。チンピラ風の男と喧嘩をするなど以前の英二では考えられないことだ。
爆発する能力だけでなく秀輝と鍛えた身体に妖怪たちとの戦いを経験してDQNの10人程度など敵ではないという自信があった。
女がバッと飛びだしてくると英二に抱き付いた。
「怖かった」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと…… 」
行き成り抱き付かれて英二が焦る。
「高野英二先輩ですよね、そっちが伊東秀輝先輩ですよね」
抱き付きながら女が言った。
「うん、そうだけど…… 」
英二は軽くパニクっている。
抱き付く女のおっぱいは気持ちがいい、良い匂いもする。
何故女が自分と秀輝の名前を知っているのか考えたいが思考が回らない。
「何で俺たちを知ってるんだ? こいつらなんだ? 知り合いだったのか? もしかして彼氏かよ」
横で見ていた秀輝の顔が青くなっていく、知り合い同士の痴話喧嘩か何かだとしたら英二と秀輝のやったことはやり過ぎだ。
女が英二から離れる。
「違います。道を歩いていたら車に押し込められて…… 」
「マジかよ」
顔を顰めながらも秀輝は自分たちがやったことは良い事だとわかって内心安堵していた。
「英二先輩と秀輝先輩が助けてくれなければ私……私……怖かったよぉ~~ 」
泣きながら女がまた英二に抱き付く、
「よかった。たまたま通りかかってよかったよ」
「そうだぜ、もう大丈夫だからな」
「あっ、ありがとう、本当にありがとうございます」
女は英二から離れるとしゃくり上げながら礼を言った。
秀輝がジャンパーを脱いで渡す。
「これ使ってくれ」
女はブラウスが破けて酷い有様だ。抵抗したのか殴られたらしく頬も腫れている。
「警察呼ぶか」
英二がスマホを取り出すと女が慌てて止める。
「止めて、お願い、親に心配掛けたくないの…… 」
「でもさ…… 」
「お願い、私事情があって一人暮らしさせて貰ってるの、親に知れたら止めさせられるわ、学校だって転校しなきゃならなくなる」
英二と秀輝が『どうする』というように顔を見合わせるのを見て女が続ける。
「千場美鈴です。和泉高校の1年4組です。英二先輩と秀輝先輩のことは3組の島名さんから聞いて知っています。英二先輩はサンレイちゃんとガルルン先輩と一緒に住んでるって有名ですよ」
「それで俺と秀輝を知ってたのか」
「サンレイちゃん有名だからな」
納得する二人に美鈴が続ける。
「だから警察には言わないでください、私学校辞めたくありません」
「わかったよ」
必死に訴えかける美鈴に英二が折れた。
「でもこいつらそのままにしておけないぜ」
「そうだな、他にも女の子に乱暴してるかも知れないしな」
英二が車の中で気絶している2人の男に両手を向ける。
「爆突、3寸玉! 」
爆発する気が男の股間を貫いた。
「これで二度と女に乱暴できないだろ、少なくともセックスは出来ないだろうからな」
「そりゃ無くなったら出来ないよな、セックスどころかションベンも苦労するぜ」
股間から血を流す男たちを見ても英二と秀輝は冷静だ。
妖怪たちとの戦いで出血など慣れっこになっていた。バカな男たちに掛ける情けなどは初めから無い。
「凄い、英二先輩凄い」
驚く美鈴に英二が頭を掻きながら口を開く、
「家まで送っていくよ」
「俺も付き合うぜ」
一人暮らしをしているマンションまで美鈴を送る。
中へ入ってくれと言うのを断って英二と秀輝は帰っていった。




