第107話
ハマグリ女房が胸の谷間から水晶玉を4つ取り出す。
「このままでは終われない……英二くんを連れて行くと約束したのよ」
水晶玉を次々と飲み込んでいく、大妖怪が妖力を込めた水晶玉だ。
1つでも普通のサザエやイソギンチャクを数時間ほど妖怪の姿に留める妖力を持っている。
「バカをしおる。皆離れるのじゃ、ガルルン、英二を頼むぞ」
ハチマルが秀輝と宗哉を抱えて飛び上がる。
「フー子逃げるっすよ」
豆腐小僧が豆腐小娘の手を引いてハマグリ女房から離れていく、
「英二こっちがお」
体を纏う炎を消すとガルルンは英二を後ろから抱き締めて大きくジャンプした。
全員が離れた後、直ぐにハマグリ女房が絶叫する。
「ぎゃあぁあぁ~~ 」
叫びと共に黄色い光が全身から噴き出してくる。
「あれは? 英二くんが暴走した時と似ているみたいだ」
左手で抱えていた宗哉をハチマルが見つめる。
「ようわかったの、同じじゃ、霊気で無く妖気が暴走しておる。英二は内から湧く力じゃがハマグリ女房は外から力を得て許容範囲を超えておる」
「自滅するってわかってるのに…… 」
顔を顰める宗哉にハチマルが厳しい顔で続ける。
「じゃが自滅するまで15~20分程時間がある。その間に儂らを倒すつもりじゃろう、儂でもてこずる程の力じゃからな」
「20分逃げ回れば僕たちの勝ちだ」
思い付いたように言う宗哉にハチマルは厳しい表情を崩さない。
「そう旨く行かんじゃろうな、別荘にいる小乃子たちにも危険が及ぶかも知れん、ここで倒すしかあるまい」
「英二くんじゃ無理だ」
一番に英二を心配する宗哉を見てハチマルが優しく笑う、
「大丈夫じゃ、直ぐにサンレイが来る。彼奴に任せる。閉じ込められて怒って力が有り余っておるじゃろうからな」
「サンレイちゃんか…… 」
左で抱える宗哉ばかりに気を向けていたハチマルが右で抱える秀輝を見つめる。
「さっきから話さんが大丈夫か秀輝? 」
秀輝はハチマルのおっぱいに顔を付けて気持ち良さそうにじっと動かない。
「ふふっ、頑張ってくれたからの、ハマグリにやられんように暫く儂に掴まっておれ」
ハチマルは手に力を入れるとギュッと秀輝を抱き締めた。
苦しそうに叫びながらハマグリ女房の姿が変わっていく、
「ああぁ~~、熱い、焼けるようだ……ああぁあぁ~~ 」
細かった手足が丸太のように膨れ、括れた腰もふくよかだった胸も判別が付かないくらいに膨れてブヨッとしている。
ほっそりとした綺麗な顔も真ん丸になり目鼻は肉に埋もれ、大きな口だけがぽっかりと穴を開けていた。
一目見たら忘れないほどの美しい姿は何処にも無い、3メートルほどの貝の化け物だ。
全身から噴き出していた黄色い光が収まっていく、
「あひゃひゃひゃひゃ、力が漲る。あの方の力が私に入ってきた。これなら勝てる」
愉しそうに笑いながらハマグリ女房が窪んだ目で英二たちを睨んだ。
「ハチマルとか言う神が邪魔だ。先に始末するか…… 」
ハマグリ女房が獲物を狙うように見つめる先、ハチマルに抱えられて10メートルほど離れた道路脇で宗哉が怪訝な顔で口を開く、
「光が消えた。力を制御したのか? 」
ハチマルが左脇に抱えていた宗哉を下ろす。
「一時的じゃ、妖力も霊力も心が大きく関係する。やる気や怒りによって大きな力が出せるのじゃ、火事場の馬鹿力みたいな事もある。ハマグリ女房は気迫じゃな、命を懸けた勝負に出た。その気迫が一時的に力を制御させておる。じゃが長くは続かん、儂の見立てでは20分持てばいい方じゃ」
「20分か……サンレイちゃんはもう直ぐ出てくるんだよね、それまで持ち堪えれば僕らの勝ちだ。ハチマルさんが戦ってくれればどうにかなるね」
宗哉に期待顔で見つめられてハチマルは右で抱えていた秀輝を正面に回して胸に押し付けるようにして思案顔だ。
「おわっ! ハチマルちゃん…… 」
一瞬声を上げたが秀輝は直ぐに黙って動かなくなる。
大きくて柔らかいハチマルのおっぱいが顔全体を包み込んで天に昇るような気持ち良さだ。
「儂が戦ってもよいが……どうしたものかの」
抱えていた英二を離すとガルルンが手を上げた。
「ガルがやってやるがお、サンレイが来るまでにやっつけてやるがう、ハチマルは秀輝と宗哉を守ってるといいがお」
サンレイが出てくるというのが聞こえたのだろうガルルンが対抗意識を出してやる気満々になっている。
ガルルンに背中から抱えられて逃げてきた英二が振り返る。
「ガルちゃん援護するよ、爆発で煙幕を作ったり気を逸らせたりは出来るからな」
豆腐小娘を引っ張ってきた手を離すと豆腐小僧が駆けてくる。
「オレっちも手を貸すっす。戦いはもちろんっすけど薬効豆腐も持ってきてるっす。大怪我しても治せるっすよ」
秀輝を抱き締めたままハチマルが3人を見回した。
「そうじゃな、お主たちに任せる。サンレイも直ぐに来る。危なくなれば儂も手を貸そう」
ガルルンを先頭に英二と豆腐小僧が後ろ左右に並んだ。
大きな貝の化け物に変化したハマグリ女房がジロッと睨む、
「山犬に豆腐か……あひゃひゃひゃひゃ、死にたいのか」
バカにしたように笑うと英二に視線を向ける。
「英二くん……貴方が素直に付いてきてくれればこんな事にはならなかった。私と一緒に来れば……霊力を吸い取った後も仲間になって贅沢が出来たものを……金でも女でも食い物も何でも好きに出来たものを………… 」
「好きに出来るって? どうせ奪ったり無理矢理でするんだろ、そんなの御免だ。俺はサンレイやハチマルやガルちゃんに小乃子に秀輝や宗哉たちと、みんなと一緒に居る今がいいんだ。今の生活が好きなんだ。それを潰されて堪るかよ」
英二が両手に霊気を溜める。戦う準備はオッケーだ。
「ごちゃごちゃ煩いがお」
爪に炎を灯したガルルンが飛び掛かる。
大きくなって動きが鈍ったのかハマグリ女房は避けられない、左手を庇うように前に持ってくる。
「焔爪! 」
青く燃えるガルルンの右手がハマグリ女房の左手を切り落とす。
「今っす。2枚皿! 」
豆腐小僧が豆腐皿を左右の手で飛ばす。
クルクルと回りながらハマグリ女房を挟むように左右から突き刺さる。
英二が正面から腕を突き出す。
「爆突、一尺玉! 」
今までで一番大きな爆発だ。
爆発方向を操って一点集中で放てば当たり所によっては戦車も破壊できるだろう。
四散するようにしてハマグリ女房の上半身が吹き飛んだ。
周りを囲むガルルンや豆腐小僧に英二の足下だけで無く肉片は宗哉の前まで落ちてきた。
「やった。英二くん」
喜ぶ宗哉の隣でハチマルが渋い顔だ。
「まだじゃ、ハマグリ女房の妖力は落ちておらん」
ハチマルの爆乳に顔を埋めていた秀輝が振り返る。
「凄い音だぜ、あれでまだ生きてるっていうのか? 」
気持ち良さそうに緩みきっていた顔が一瞬でマジ顔に変わった。
秀輝だけで無い、英二やガルルンや豆腐小僧も驚きの目で見つめている。
下半身だけになったハマグリ女房、その千切れた部分から黄色い光と共にモリモリと肉が盛り上がってくる。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ」
あっと言う間に再生すると愉しげに大笑いだ。
「あの状態から生き返ったっす。オレっちの術じゃとても倒せそうにないっす」
弱音を吐く豆腐小僧に英二が大声を出す。
「もう一度だ。次は再生する前に連続で攻撃しよう」
「英二の言う通りがお、今度はガルも火を使うがお」
ガルルンが英二の前で構えた。
「咆哮火! 」
口から白い火を吹き出す。
狼姿で本気の炎だ。雑魚妖怪なら灰になっているほどの威力がある。
「あひゃひゃひゃひゃ」
炎に包まれてもハマグリ女房は平然と笑っている。
「4枚皿! 」
豆腐小僧が皿を投げる。
ハマグリ女房の四方から4枚の皿が突き刺さった。
「あひゃひゃひゃ……ひゃ……ぐくぅ…… 」
ハマグリ女房の笑いが止まる。そこを狙って英二が両手を突き出す。
「爆突、1尺玉! 」
爆発する大きな気が当たってハマグリ女房の上半身が吹っ飛んだ。
肉片が周りに散らばっていく、
「爆突、1尺玉! 」
今までで一番大きな爆発を続けて使うと英二がその場にしゃがみ込んだ。
寸玉ではなく尺玉の爆発は霊力の消耗が激しく今の英二は続けて2発撃つのが精一杯だ。
残った下半身が吹っ飛ぶかと思った瞬間、ハマグリ女房が黄色い光に包まれた。
「再生するっす」
構える豆腐小僧の向かい、ハマグリ女房を挟んでガルルンが大声を出す。
「ガルが焼いてやるがお」
ガルルンが息を吸い込む、
「咆哮火! 」
残った下半身目掛けて火を吐いた。
ガルルンの白い炎とハマグリ女房から噴き出す黄色い光が混じって眩しく輝く、
「あひゃひゃひゃひゃひゃ」
大笑いしながらハマグリ女房が再生した。
「ガルの本気の火が効かないがお」
驚くガルルンの向こうで豆腐小僧が皿を投げる。
「4枚皿! 」
「そんなものが効くか、死ね! 虫けらども! 」
豆腐小僧の皿を弾くとハマグリ女房が毒矢を四方に飛ばす。
「英二! 」
助けに行こうとしたガルルンと豆腐小僧の足に先程の攻撃で千切れたハマグリ女房の肉片が絡み付いた。
「なん……体が痺れるがお」
「毒っす。毒矢と同じ毒っすよ」
ガルルンと豆腐小僧がその場に崩れる。
その向こうで英二が爆発で毒矢を防いでいた。
「爆練、4寸玉! 」
周りを爆発させて飛んできた毒矢を防いだ英二の足にハマグリ女房の肉片が絡み付く、
「痛て! なっ、からだ……しびれ…… 」
英二がバタッと倒れた。呂律が回らないほどに痺れて動けない。
「あひゃひゃひゃひゃ、掛かった。掛かった。これで動けない、後は殺すだけだ」
ハマグリ女房が高笑いだ。
英二の爆発など初めから防ぐことはできたのだろうが肉片をまき散らせるために態と吹っ飛んだのだ。
「ヤバいぜ! 」
「ハチマルさん、英二くんを」
心配顔で振り返った秀輝と宗哉の目に愉しそうに口元を緩ませるハチマルが映った。
「やっと来おったか」
ハチマルの言葉に秀輝と宗哉が慌てて前に向き直る。
「雷鳴踵落とし! 」
晴天だというのに雷が1本落ちてきてハマグリ女房に直撃した。
「グヒャヒャァアァァ~~ 」
英二やガルルンとの戦いでは悲鳴を上げなかったハマグリ女房が苦しそうに大きな悲鳴を上げた。
「サンレイ…… 」
痺れて動けない英二の目にハマグリ女房の向こうでVサインを見せるサンレイが居た。
「V・V・V、ビクトリー、V30サンレイちゃん復活だぞ」
大声で言いながらサンレイが幼女のようにニッと笑った。
「おらが来たのに拍手の1つも無しだぞ」
笑顔から一転、プクッと頬を膨らませて辺りを見回すサンレイの目に倒れて動かない英二が映る。
「英二! 」
バチッと駆け付けると倒れている英二を抱き上げた。
「心配無い……痺れてるだけだ……よかった……サンレイが無事で………… 」
苦しそうに顔を引き攣らせる英二をサンレイが抱き締める。
「ごめんな、おら守り神失格だぞ」
英二を抱きながら倒れているガルルンと豆腐小僧を見つめる。
「ガルルンも豆腐小僧も英二を守って戦ってくれたんだな、次はおらの番だぞ」
英二を抱えてサンレイがバチッと消えた。
「ハチマル、英二を頼むぞ」
バチッと現われてハチマルに英二を預けるとまたバチッと消える。
「ガルルンと豆腐小僧も向こうへ行ってろ」
バチッと姿を現わしてガルルンと豆腐小僧も運んできた。
「お兄ちゃんとガルルンさんは私が薬効豆腐で治すわ」
豆腐小娘に2人を預けてサンレイがまたバチッと消える。
英二を抱きながら治療を始めたハチマルが口を開く、
「マジで怒っておるの、ハマグリも終わりじゃ、儂の出番は無しじゃな」
秀輝がちらっとハチマルに視線を送る。
「やっぱそうか、何時ものサンレイちゃんならギャグの1つも言ってるところだよな」
「うん、倒れている英二くんを見て目付きが変わったよね」
英二が無事なのを確認して宗哉も安心顔だ。