第106話
ハチマルの胸の中で落ち着いた英二を見て宗哉も一安心だ。
「ハチマルさん、サンレイちゃんは? もしかしてまだ岩の中なのか」
英二を抱きながらハチマルが顔を顰める。
「彼奴はまだじゃ、儂と違って術はダメじゃからのぅ」
ハチマルの爆乳に頭を埋める英二を羨ましそうに見つめながら秀輝が訊く、
「サンレイちゃんを助けて一緒に出てくればよかったのに」
「そうするつもりじゃったんじゃが、英二の霊気を感じての、優先して駆け付けたのじゃ」
体を覆っていた靄のような白い光もすっかり消えた英二がハチマルの腕の中で口を開く、
「ハチマル……ありがとう」
礼を言う英二の頭をハチマルがポカッと叩いた。
「バカ者が! 何度心配掛けさせるつもりじゃ」
「ごめん……でもガルちゃんが……ガルちゃんを助けないと」
英二がガバッとハチマルの胸から顔を離して化けイソギンチャクに振り向いた。
「もっと心を強く持て、ガルルンはあの程度で死にはせん」
英二の背をポンポン叩いてハチマルも向き直る。
「まったく…… 」
溜息をつくとハチマルが化けイソギンチャクに右手を向ける。
「何をやっておるガルルン、お主の本気を見せてやれ」
赤い光が化けイソギンチャクの腹に突き刺さった。ハチマルの霊気だ。
「ギヒェェ~~ 」
叫ぶ化けイソギンチャクの腹が膨れていく、ボールのように丸く膨れた腹を突き破ってガルルンが出てきた。
「ベタベタして気持悪いがお、宗哉のお城で風呂に入るがお」
ガルルンは裸だ。
着ていた服は下着まで溶解液で溶けたらしい、だが少しもエッチな気持ちにはならない。
戦っていた時は狼40%人間60%でまだ人に近かったが今のガルルンは全身に毛を纏って2本足で立つ狼そのものだ。狼80%で人間20%といった姿だ。
「裸だけど犬だぜ」
「うん、服は溶けちゃったみたいだね」
がっかりした様子の秀輝の横で宗哉が苦笑いだ。
「ガルちゃん……よかった」
感涙する英二の元へ狼姿のガルルンが飛んでくる。
「英二無事がお、よかったがお」
抱き付こうとしたガルルンをハチマルが止める。
「止めんか、英二が溶けるじゃろが」
ガルルンは化けイソギンチャクの溶解液で全身の毛をべったりと濡らしていた。
「ガルちゃん無事でよかった。ごめんね俺を助けるために…… 」
「謝らなくていいがお、助けたかったから助けたがう、英二はガルの夫になるがお、愛する夫を助けるのは当り前がお」
「ガルちゃん…… 」
感極まって抱き付こうとした英二をハチマルが引っ張った。
「溶解液塗れじゃぞ、抱き付けば皮膚が溶けて大変なことになるぞ、ボケ犬じゃから平気じゃが雑魚妖怪なら解けておるほど強力じゃ」
英二の後ろから秀輝が顔を出す。
「服は溶けたみたいだけどガルちゃんはよく溶けなかったな」
「毛に妖気を流してバリアーにしたがお、ガルはできる女がお」
犬そのものといった顔でガルルンがニッと笑った。
ガルルンに腹を破られ倒れて苦しむ化けイソギンチャクの傍でサザエ鬼がハマグリ女房に振り返る。
「何だあいつは? 何をした? イソギンチャクが飲み込んだ山犬が生きているなんて……あいつは何者だ」
焦りを浮かべるサザエ鬼の前でハマグリ女房がフッと笑う、
「神様です。あの赤毛の女は山神ですよ」
苦しんでいた化けイソギンチャクがハマグリ女房を見上げた。
「山神だと……聞いていないぞ、山犬と霊力を持つ人間を倒すとしか聞いていないぞ」
「神がいるなら話は別だ。俺は降りる。サザエに戻っても構わん、死ぬよりマシだ」
「俺様もだ。俺様も止める。腹を破かれたがこれくらいならまだ助かる。元のイソギンチャクに戻れば死ななくて済む」
動揺するサザエ鬼と化けイソギンチャクをハマグリ女房が見据える。
「逃げ場などありません、戦わなくとも死ぬだけですよ、貴方たちが食べた水胆は妖力を無理矢理出す薬です。妖力の無い貴方たちには妖力の籠もった水晶玉を使いました。間もなく2つとも効果が切れる頃です。妖力の無くなった貴方たちは元のサザエにもイソギンチャクにも戻ることはありません、怪化札の力も切れて死ぬだけです」
「騙したのか…… 」
悔しげに睨むサザエ鬼と化けイソギンチャクの前でハマグリ女房が愉しげに微笑む、
「騙してはいませんよ、予定通り英二くんを捕らえることが出来れば水晶玉を2つほどあげます。その力を使えば本物の妖怪になれるわよ、そうすれば死ぬこともありません」
「本物の妖怪……だが神を倒すなんて無理だ」
諦めたように言う化けイソギンチャクにハマグリ女房が小さな声で話し掛ける。
「まともに戦えば負けるでしょう、だから人間を人質に取りなさい、英二くんを捕らえれば神は何も出来なくなります」
「人間を……わかったやってみよう」
化けイソギンチャクとサザエ鬼が英二たちの前に出てくる。
「サザザザザ、お前たちを殺して本当の妖怪になる……なってみせる」
「イソソソソッ、腹の傷も治った。俺様は無敵だ」
水胆の力で傷が塞がった化けイソギンチャクを見てガルルンが声を上げて笑い出す。
「がっひっひっひっひ、コソコソ話してたがお、全部聞こえてるがう、ガルはできる女がお、耳も鼻も目も全部良いがお、英二も秀輝も宗哉も人質になどさせないがお」
サザエ鬼と化けイソギンチャクが顔を見合わせる。
「作戦がバレてるぞ」
「だがやるしかないだろが」
怯んだ2匹を見てガルルンが笑いながら続ける。
「サザエもイソギンチャクもぶち殺すがお、英二に買って貰った服と母ちゃんが買ってくれたパンツ、全部溶けて無くなったがお」
ガルルンがギラッと目を光らせた。
普段の愛らしさは一切無い、狼そのものといった怖い顔だ。
「がおぉぉ~~ん、お前ら2匹もハマグリもガルが焼き殺してやるがお」
吠えるガルルンの全身を赤い炎が覆った。
妖怪火山犬ガルルンが本気を出している。
「凄ぇ、格好良いぜガルちゃん」
「ガルちゃんって言うよりもガルルンさんって感じだね」
本気のガルルンを見て驚く秀輝の横で宗哉が感心した様子で頷いた。
化けイソギンチャクとサザエ鬼が動いた。
「溶解液を喰らえ」
化けイソギンチャクが頭の上にある口から飛ばす溶解液をガルルンは避けもしない。
「がふふふっ、そんなもの火で焼けばいいがお」
サザエ鬼が背中に背負っている殻の中へと入った。
「殻車」
棘の生えた殻がグルグルと回りながら飛んでくる。
「ガルちゃん気を付けて、その殻は俺の爆突でも壊れなかったんだ」
大声で教える英二にガルルンは振り返りもしないでわかったと言うように手を振った。
「咆哮火! 」
炎を纏ったガルルンが口から白い火を吹いた。
突っ込んできたサザエ鬼が白い火に当たって宙で止まる。
隙と見たのか化けイソギンチャクがガルルンの背後から迫る。
「刺胞鞭」
毒針が無数に付いた触手を鞭のように振り回す。
吹いていた火を止めてガルルンがくるっと振り返る。
「焔爪! ダブルがお」
左手で触手を薙ぎ払い、右手で化けイソギンチャクを叩き切った。
「ギソソソ~~~ 」
上下に分かれた化けイソギンチャクが炎に包まれて絶命した。
「イソギンチャクが…… 」
殻から出てきたサザエ鬼が恐怖に顔を引き攣らせる。
ガルルンが前に向き直る。
「がひひひひっ、次はお前がお」
「まっ、待ってくれ、俺の負けだ」
止めろと手を伸ばすサザエ鬼にガルルンが炎を灯した手を向ける。
「ザヒヒィ~ 」
サザエ鬼が慌てて殻の中へと閉じ籠もる。
「がうがうパ~ンチ! 」
ガルルンのパンチがバキッと音を鳴らして殻を突き破った。
「ザギヒィィ~~ 」
苦しげなサザエ鬼の声が殻の中から聞こえてくる。
「がるがるキィ~ック! 連続がうがうパ~ンチ! 」
バキバキと音を鳴らして殻ごと砕いてぺしゃんこにしていく、苦しげな叫びは始めに数回聞こえただけで直ぐに呻きさえ聞こえなくなった。
「凄い、俺の爆突も爆刀も効かなかったのに」
驚く英二の背をハチマルがポンポン叩いた。
「割れて当然じゃ、ガルルンの咆哮火を受けて脆くなっておる。普段の赤い火と違い本気の白い火じゃ、殻が無ければ灰になっておるぞ」
ハチマルがハマグリ女房に振り向いた。
「残るはお主だけじゃ、逃げても無駄じゃぞ、儂と本気のガルルンからは逃げられんぞ、HQとやらが助けに来ても次は逃がさん、じきにサンレイも出てくるじゃろうからな」
ハマグリ女房が悔しげに唇を噛み締める。
「もう少しだったのに……豆腐どもが居なければ……サザエ鬼どもがバカじゃなければ……あの方に………… 」
炎を纏ったガルルンがボワッと飛んできた。
「あの方もこの方も肩凝りも無いがお、焼きハマグリにしてやるがお」
後ろから英二が出てきてガルルンと並んだ。
「ガルちゃん、俺も戦うよ、ハマグリ女房は狡賢いんだ」
英二を見つめてハチマルが頷く、
「そうじゃな、やって見せろ英二」
後ろから宗哉が口を挟む、
「無茶だ。暴走して力は残ってないはずだよ」
ハチマルが振り返ると優しい声を出す。
「案ずるな、霊力はある。儂やサンレイが術を使って抑えたのでは無い、英二自らコントロールしたのじゃ、じゃから霊力は消えておらん、寧ろ戦う前より漲っておるはずじゃ」
「宗哉、心配しなくていい、ハチマルの言う通りだ。今の俺なら最上級の爆発も連続で出せそうだよ」
「わかった。でも無茶はダメだよ」
英二の自信有りといった笑みを見て宗哉が渋々引き下がる。