第105話 「助太刀」
別荘へと続く道路まで逃げてきた秀輝と宗哉の前にハマグリ女房がスーッと現われた。
「俺が時間を稼ぐ、英二を頼むぜ」
気を失った英二を宗哉に任せて秀輝が警棒型スタンガンを構えた。
「うふふっ、お止めなさい、只の人間が私たちに勝てるわけないでしょ」
ハマグリ女房がサッと手を振ると英二を背負った宗哉の前にサザエ鬼が降ってきた。
「サザザザザ、英二を置いていけばお前らは見逃してやる。サザザザザ」
「イソソソソ、山犬を喰らったので走れん、これ以上喰っても重くなるだけだ。俺様も見逃してやるから英二を置いてさっさと消えろ」
後ろから腹を膨らませた化けイソギンチャクがやってきた。
「ガルちゃんを食っただと…… 」
囲まれた秀輝が破れかぶれでハマグリ女房に突っ込んでいく、
「てめぇら! 」
「いい加減に諦めなさい、只の人間が勝てるわけないでしょ」
ハマグリ女房が腕を伸ばして秀輝を殴り飛ばす。
「ぐわぁ~ 」
呻いて吹っ飛んだ秀輝の頭を柔らかなものが包み込んだ。
「大丈夫? 1人で妖怪に突っ込んでいくなんて度胸あるわね」
聞き覚えのある声に痛いのも忘れて秀輝が顔を上げる。
「おっ、お前は…… 」
驚く秀輝の横に誰かが立った。
「秀輝は只の人間じゃないっすよ、勇気のある人間っす」
「豆腐小僧……来てくれたのか」
豆腐小僧を見上げて秀輝が泣き出しそうな顔になる。
「おれっち、助太刀するっすよ」
秀輝を抱きながら豆腐小娘が生意気な声を出す。
「私の事も忘れないでよね、地面に叩き付けられるのを助けてやったのよ」
柔らかいわけである。秀輝の頭を豆腐小娘のおっぱいが包み込んでいた。
「さっサンキュー、豆腐小娘ちゃんが助けてくれるなら何度ぶっ飛ばされてもいいぜ」
照れ笑いをしながら秀輝が立ち上がる。
「何言ってんの? イケメンの宗哉ならともかく秀輝なんて何度も助けるわけないじゃない、今のは貸しにしとくわよ」
偉そうな生意気顔の豆腐小娘の横で豆腐小僧がにっと屈託の無い笑みを見せる。
英二を抱えた宗哉がやって来る。
「助かったよ、豆腐小僧が来てくれるなんて思わなかったよ」
気を失っている英二をちらっと見ると豆腐小僧が口を開いた。
「ハチマル様から連絡があったっす。助けに来てくれって言われたっすよ」
怪我をしている英二のことも忘れて宗哉が聞き返す。
「ハチマルさんが? 」
「風を使って伝えてきたっすよ、ハチマル様は風使いっすからね」
豆腐小僧の横で豆腐小娘が続ける。
「私たちは加太でにがりを作ってたのよ、豆腐作りには必要だから年に数回作りに海に出るのよ、それでハチマル様から連絡を受けて駆け付けたのよ」
「ハチマル様はオレっちたちが隠れ里から出てきてるのを察知してたっすよ、それで風の伝令を送ってきたっす」
「何事かと思ったわよ、ハマグリ女房の悪さは聞いていたけど……サザエ鬼に化けイソギンチャクまで居るなんてね」
交互に説明し終わると豆腐小僧が気を失っている英二の額に手を当てた。
「英二怪我してるっすね、でもこの程度なら大丈夫っすよ、フー子、英二を頼むっす。オレっちは一暴れするっすよ」
「フー子って言うな! 呼んでいいのはサンレイ様とハチマル様だけだ」
兄である豆腐小僧に怒鳴ると豆腐小娘が宗哉に向き直る。
「英二はそこに寝かせて、治療するわ」
「わかった。来てくれてありがとう」
爽やかに微笑む宗哉の前で豆腐小娘の頬が赤く染まっていく、
「べっ、別にあんたのために来たんじゃないからね、ハチマル様の頼みじゃ断れないでしょ、お兄ちゃんだけじゃ頼りないし……だから来ただけよ」
真っ赤な顔で言う豆腐小娘の前に宗哉が英二を横たわらせた。
ハマグリ女房が豆腐小僧と小娘を睨み付ける。
「豆腐小僧が人間の味方をするのか? 人間に愛想を尽かして山奥に消えたと聞いたが……お前たちは人間が憎くないのか? 」
豆腐小僧が背中に掛けていた編み笠を被る。
「身勝手な人間たちに恨みが無いって言ったら嘘になるっす。愛想を尽かして山に籠もったのも本当っす。でもオレっちたちは豆腐妖怪っす。豆腐を生み出した人間が居たからこそ存在意義が生まれたっす」
豆腐小僧が傍にいた秀輝をちらっと見る。
「それに英二たちは友達っす。人間とか妖怪とか関係ないっすよ、友のためなら力を貸すっすよ」
「ありがとう豆腐小僧」
目に涙を溜めて秀輝が言うと豆腐小僧が照れるように編み笠を深く被った。
ハマグリ女房が声を出して笑う、
「あははははっ、笑わせないで、友ですって人間が? 他の生き物を死に追いやり自分たちだけが無限に増えていく、人間なんて汚らしいゴミでしかないわよ」
英二の横にしゃがんでいた豆腐小娘が大声を出す。
「勝手なこと言わないで頂戴、私たちはハチマル様に頼まれたから助けに来たの、山神であるハチマル様とサンレイ様は豆腐一族にとって恩人なのよ、だから頼まれれば何でもするわよ、ハチマル様とサンレイ様の敵は私たちの敵って事よ」
「話し合っても無駄のようね、人間共々死になさい」
豆腐小娘を睨み付けるとハマグリ女房がサッと手を振った。
「イソソソソッ」
化けイソギンチャクが豆腐小僧の前に出てくる。
「サザザザザッ」
豆腐小娘の前にはサザエ鬼だ。
秀輝が豆腐小僧の横に立つ、
「俺も戦うぜ、足手纏いでもな」
覚悟を決めた秀輝の眼を見て豆腐小僧がニッと笑う、
「死んでもオレっち知らないっすよ」
「上等だぜ、サンレイちゃんとハチマルちゃんが出てくるまでは死んでも死なんぜ」
警棒型スタンガンを構える秀輝の横で豆腐小僧が懐から皿を取り出した。
サザエ鬼の前で宗哉が警棒型スタンガンを握り締めた。
「僕が時間を稼ぐから…… 」
「凍り豆腐! 」
豆腐小娘が妖怪豆腐をサザエ鬼に投げ付ける。
「サザザザザ、そんなものが…… 」
避けた目の前の地面が凍り付いていくのを見てサザエ鬼が言葉を止めた。
「妖怪豆腐よ、雑魚妖怪なら凍って30分は動けなくなるわよ、あんたは水の妖怪だからよく凍りそうだよ」
豆腐小娘が懐から妖怪豆腐を出すのを見てサザエ鬼がバッと後ろに跳んで距離を置いた。
「あははっ、バ~カ」
豆腐小娘が笑いながら妖怪豆腐を英二の口元へ持っていく、
「薬効豆腐よ、直ぐに良くなるわ」
気を失っている英二の口へ薬効豆腐がスーッと吸い込まれて消えていった。
「英二くんの怪我が……傷が塞がっていく……ありがとう豆腐小娘さん」
英二の腹の傷がみるみる塞がっていくのを見て宗哉が礼を言った。
「礼はいいわよ、毎月お金送ってくれてるでしょ、それで里の女の子たちと町へプリンやパフェを食べに行ってるのよ、宗哉の御陰だよ」
はにかむように笑う豆腐小娘を見て宗哉も嬉しそうに笑い返した。
豆腐小娘はサザエ鬼を牽制して英二に薬効豆腐を食べさせたのだ。
「うっ、うぅ…… 」
直ぐに英二が目を覚ます。薬効豆腐の効き目は抜群だ。
「ここは? サンレイたちは? 」
ガバッと宗哉に掴み掛かる英二が脇にいる豆腐小娘に気付く、
「豆腐小娘さん? 」
「感謝しなさい、私が助けてあげたのよ」
生意気顔で言う豆腐小娘の前で英二がサザエ鬼の棘が腹に刺さったのを思い出す。
「怪我が治ってる……豆腐小娘さんが治してくれたんだね、ありがとう」
「べっ、別にあんたなんかどうなってもいいんだけど、ハチマル様から頼まれたからね、礼ならハチマル様に言いなさいよね」
確認するように腹を摩る英二の前で豆腐小娘が頬を赤くしてぶっきらぼうに言った。
「ハチマルが? ハチマルとサンレイは結界から出てきたのか? 」
「2人はまだだよ」
宗哉がこれまでの経緯を簡潔に説明した。
「ガルちゃんが…… 」
ガルルンが化けイソギンチャクに食べられたと聞いて英二が絶句する。
「大丈夫よ、妖怪山犬が簡単には死なないわよ、ガルルンさんはサンレイ様やハチマル様が認める大妖怪なのよ」
青を通り越して顔面蒼白になっている英二に豆腐小娘が慰めるように声を掛けた。
相手を凍らせる妖怪豆腐、凍り豆腐の攻撃に躊躇していたサザエ鬼が英二たちに近付いてくる。
「サザザザザ、英二は無事だな、これで怒られずに済む、大人しく付いてこい、他の人間たちは助けてやるぞ、サザザザザ」
大怪我をさせた英二が治っているのを見てサザエ鬼が嬉しそうに笑った。
「せっかく治したのよ、あんたなんかに手出しさせないわよ」
豆腐小娘が懐から凍り豆腐を取り出す。
その後ろで英二がフラフラと立ち上がる。
「俺を……俺を助けるためにガルちゃんが……俺のために………… 」
呟く英二の目が虚ろだ。サザエ鬼はもちろん傍にいる宗哉や豆腐小僧も見えていない。
「俺のためにガルちゃんが……サンレイだってハチマルだって………… 」
英二の全身から白い光が靄のように沸き立ってくる。
「なん!? なんて大きな霊力なの」
驚きの目を向けて豆腐小娘が二歩後退る。
「ダメだよ英二くん! 落ち着いて力をコントロールするんだ。サンレイちゃんもハチマルさんもいないんだ。暴走したら大変だよ」
肩を掴んで必死で止めようとする宗哉の手を英二が払い除けた。
「大丈夫だよ、宗哉……暴走はしない」
落ち着き払った英二の声に宗哉が戸惑うように声を掛ける。
「英二くん? 」
「大丈夫だ」
平然とこたえる英二の全身を白い靄のような光が包み込んでいく、
「彼奴らを倒すまでは絶対に暴走しない……して堪るか! 爆跳! 」
一転して激高すると英二が足下を爆発させた。
「俺がぶっ倒してやる! 」
英二が怒鳴りながら空中でサザエ鬼に左手を向ける。
「爆練、3寸玉! 」
サザエ鬼の周りが爆発して土煙が立ち上る。
「ちょっ、何してんのよ、私たちまで吹き飛ばすつもり」
大声を出す豆腐小娘の手を宗哉が引っ張る。
「少し離れよう、英二くんがキレてる」
宗哉が豆腐小娘を連れて走って行く、
「爆刀、太刀! 」
土煙の中、空から降ってきた英二がサザエ鬼に斬り掛かる。
「ザヒェェ~~ 」
叫びを上げてサザエ鬼が土煙から出てきた。
10メートルほど離れて宗哉が振り返る。
「凄い、英二くん…… 」
「半分切り落とすなんてやるじゃない」
驚く宗哉と褒める豆腐小娘、2人の目に右半身を切られて苦しむサザエ鬼が映った。
その向こうで着地の苦手な英二がよろけもせずに立っていた。
「殻に当たって逸れたか……まぁいい、お前なんて後だ」
「ザヒヒィ~~、なんて力だ。殻が無かったら死んでいた。ザヒヒィ~ 」
水胆で力を増したはずのサザエ鬼が怯えている。
「後でぶっ殺す。爆跳! 」
睨み付けると英二は足下を爆発させて飛んでいった。
道路の向こうではハマグリ女房と化けイソギンチャクを相手に秀輝と豆腐小僧が戦っていた。
「編み笠一刀切り! 」
豆腐小僧が被っていた笠で化けイソギンチャクを切り付けた。
伸ばしていた触手を半分切られても化けイソギンチャクは平然としている。
「チャチャチャチャチャ、俺様は無敵だ。そんなものが効くか」
大笑いする化けイソギンチャクの切られた触手が伸びて再生していく、
「触手じゃ切っても切りが無いっすね、近付こうにも毒針を噴き出してくるっす」
接近戦用の編み笠攻撃はもちろん、離れた相手を攻撃する豆腐皿も触手でガードされて化けイソギンチャク本体には届かない。
近くで戦っていた秀輝がハマグリ女房に殴られて転がった。
「うふふふふっ、さっきまでの勢いはどうしたの? それとも玩具が無いと遊べないのかしら」
妖艶に笑うハマグリ女房の足下に警棒型スタンガンが2つに折られて転がっていた。
「痛てて……くそったれが…… 」
擦り剥いた左腕を庇いながら秀輝が起き上がる。
「英二くんさえ手に入ったら後はどうでもいいって思っていたけど改めるわ、邪魔よ貴方たち、殺せる時に殺しておきましょう」
ハマグリ女房が手を伸ばす。手を差し出すのでは無い、軟体動物が触手を伸ばすように人間の手から形を変えてにゅーっと伸びてくる。
「5分ほど苦しむけど後は意識が朦朧となって眠るように死ねるわよ」
戦い向きでは無いハマグリ女房の少ない技の1つである毒針だ。
「やられて堪るかよ! 」
秀輝は強気に怒鳴るが武器も無く手ぶらだ。
「逃げていった女の子たちも全部殺してあげるわ、だから安心して死になさい」
秀輝に毒針を刺そうとしたその時、ハマグリ女房がさっと後ろに大きく跳んだ。
先程までハマグリ女房がいたアスファルトに大きな穴が空く、
「秀輝大丈夫か? 」
空から英二が降りてきた。
「英二、治ったのか? 」
「ああ、豆腐小娘さんが治してくれた」
喜ぶ秀輝を見て英二がマジ顔でこたえた。
「お前……大丈夫なのかよ、暴走してんじゃないのか? 」
「今は大丈夫だ。ガルちゃんに酷い事した化けイソギンチャクをぶっ殺すまでは暴走なんてして堪るか」
心配する秀輝に英二がマジ顔を崩さずに言った。
「英二くん……その力は……素晴らしいわ」
霊力の高さに驚くハマグリ女房を英二が睨み付ける。
「お前は後だ。ガルちゃんを助ける」
くるっと背を向けると英二が化けイソギンチャクに向かって走り出す。
「イソソソソッ、喰らえ刺胞鞭」
化けイソギンチャクが毒針を生やした触手を鞭のようにして豆腐小僧に襲い掛かる。
笠を使って触手を避けながら豆腐小僧が豆腐皿を飛ばす。
「2枚皿! 」
化けイソギンチャクを挟むように左右から2枚の皿が飛んでいく、
「イソソソッ、溶解液」
何でも溶かす体液を霧吹きのように飛ばして飛んできた皿を打ち落とした。
「やっぱ近付いて本体を切らないとダメっす」
苦渋に顔を顰める豆腐小僧の目に化けイソギンチャクの後へ突っ込んでいく英二が映った。
「ダメっすよ! 」
豆腐小僧が大声を出す。
駆け付けたいが目の前には化けイソギンチャクの毒針を生やした触手が鞭のように動いていた。
「イソソソソッ、毒針で動けなくして捕まえてやる」
化けイソギンチャクが向かってくる英二に触手を向ける。
「爆刀、鉈! 」
英二の右手が白く輝く、爆発能力を使った手刀だ。
鉈のように変化した手刀を使って触手を薙ぎ払っていく、
「バカめ、俺様の毒針は水中や空中に舞うのだ。触手を切ったことによって毒針を撒き散らしたのと同じだ」
余裕に笑う化けイソギンチャクの直ぐ前に英二が迫る。
「ガルちゃんを返せ!! 」
化けイソギンチャクの体に英二が手刀を切り付ける。
「ギヒェェ~~ 」
化けイソギンチャクが悲鳴を上げながら後退る。
「俺様の毒が何故効かん? 」
「毒? ああ毒針か、そんなもの1本も刺さってないぞ」
英二の体を包む白い靄のような光の彼方此方でバチバチと音を立てて毒針が燃えていた。
「ヒィィ……霊気か……霊気で俺様の毒針を焼き落としてるのか……人間がそんな力を……本当に人間かお前………… 」
怯える化けイソギンチャクを英二が見据える。
マジ顔の英二が右手の手刀を構える。
「ガルちゃんを返せ」
「ガルちゃん? ああ、あの山犬か……俺様の腹の中だ。5時間もすれば解けて無くなるぞ、イソソソソ」
「そうか、じゃあ今すぐ腹を切り裂いて取り戻すだけだ」
愉しげに笑う化けイソギンチャクに英二が突っ込んでいく、
「溶解液を喰らえ」
「6寸玉! 」
正面から飛んできた溶解液を左手から出した爆発で逸らすと英二が化けイソギンチャクに斬り掛かる。
「ギヘェエェェ~~、頭が、俺様の触手が…… 」
化けイソギンチャクが叫びを上げて逃げていく、頭から袈裟切りにしたが粘液で滑って触手の生えている頭の天辺付近を切り落としただけだ。
「腕が滑った。服が溶けてる……溶解液か? 腕が痺れる」
少し溶けている右袖を破くと腕に付いた粘液を拭いて捨てた。
「英二のヤツ、怒りが一回りしてやがる」
秀輝の言う通り、怒りを通り越して英二は冷静になっていた。
だがその目に普段の優しさはない、サザエ鬼にも化けイソギンチャクにも殺すつもりで切り付けている。
「凄いっすけど怖いっす。今の英二は殺気を纏ってるっす。あんなのサンレイ様が見たら悲しむっすよ」
ハマグリ女房と対峙していた豆腐小僧も心配顔だ。
「サザエ鬼! その小娘をどうにかして此方へ来なさい、化けイソギンチャクと力を合わせて豆腐どもを倒しなさい」
ハマグリ女房が大声で命じる。豆腐小僧に阻まれて自身は動けない。
豆腐小娘と戦っていたサザエ鬼が慌ててやって来る。
「サザザザザ、化けイソギンチャク、英二の手足を切って捕まえるぞ」
サザエ鬼が横柄に言った。水胆の力で英二に切られた傷は塞がっている。
「イソソソッ、俺様に命令するな、お前がヤツを押さえろ俺様が手足を切ってやる」
サザエ鬼が大きな一つ目で化けイソギンチャクを睨み付ける。
「何だと! 貴様こそ俺に命令するな」
いがみ合う2匹をハマグリ女房が怒鳴りつける。
「何をしている。早く英二を捕まえろ、イソギンチャクが触手で捕らえてサザエ鬼が手足を切れ、私の命令だ。いいな! 」
力をくれたハマグリ女房には逆らえないのか化けイソギンチャクとサザエ鬼は諍いを止めて英二の前に立つ、
「くそっ、まだ腕が痺れる」
痺れる右腕を庇うように英二が左手を構えた。
宗哉と豆腐小娘が秀輝と合流する。
「英二くんを止めないと…… 」
焦る宗哉を見て秀輝も顔を顰める。
「わかってる。でも俺たちじゃ無理だぜ」
「あれ程の霊気じゃ私やお兄ちゃんでも無理だわ、サンレイ様かハチマル様じゃないと止められないわよ」
宗哉に話しを聞いたのだろう、豆腐小娘もマジ顔になっている。
サザエ鬼が動いた。
「サザザザザ、さっきはよくもやってくれたな」
サザエ鬼が大きな口を開く、
「螺旋突き」
口から水を螺旋のように飛ばしてくる。
「爆跳! 」
英二が足下を爆発させてジャンプして避けた。
「おわっ、とっととと…… 」
着地してよろける英二の左手に化けイソギンチャクの触手が絡みつく、
「イソソソソ、捕まえたぞ」
愉しげに笑う化けイソギンチャクを見て英二がニヤッと笑い返す。
「爆刀、大鎌! 」
バシュッと手刀を爆発させて触手を叩き切るとそのまま英二が突っ込んでいく、
「ガルちゃんを返せ! 」
叫びながら化けイソギンチャクに左手を振り下ろす。
「ヒヒィ~~ 」
恐怖に叫ぶ化けイソギンチャクの直ぐ前で英二の動きが止まった。
「がっ、うがっ、うあぁあぁ~~ 」
全身から白い光を迸らせて英二が苦しみ始めた。
「暴走しやがった……英二………… 」
「英二くんが…… 」
「あれが暴走……なんて霊力なの、あんなの大妖怪でも倒せるわよ」
悲痛な表情の秀輝と宗哉の横で豆腐小娘が驚きに声を震わせた。
「英二ダメっすよ……おれっちじゃ止められないっす」
「あの力よ、あれを欲しがっているのよ、あの方は」
豆腐小僧とハマグリ女房も戦いの手を止めて英二を見ていた。
「サザザザザ、今だ! 」
サザエ鬼が捕らえようと触手のような手を伸ばす。
手が白い光に触れた瞬間、サザエ鬼が吹っ飛んで転がった。
「ザヒィ~、ザザヒィィ~~ 」
地面に転がるサザエ鬼の半身がドロドロに溶けて無くなっていた。
「なんだ……あの光……触れるだけで妖気を分解していくのか」
直ぐ傍にいた化けイソギンチャクが後退る。
「がっ、ぐわあぁぁ~~、があぁあぁ~~ 」
苦しげな叫びを上げて英二が胸を掻き毟りながらしゃがみ込む、
「英二! 」
走り出す秀輝と宗哉の手を豆腐小娘が掴んで止める。
「ダメよ、今近付いたら死ぬわよ、あの白い光に触れたら人間もバラバラよ」
「フー子の言う通りじゃ」
風と共に声が聞こえた。
『ハチマルちゃん、ハチマルさん』
秀輝と宗哉が同時に声を上げる。
「また暴走しておるのか? まだまだ未熟じゃの」
クルクルと風を纏ってハチマルが降り立った。
「待たせたの、済まんかった。儂はまだ完全ではないからの、HQとか言う坊主の結界を破るのに25分も掛かってしもうたわ」
秀輝と宗哉に言うとハチマルがフッと姿を消した。
「ぐわぁあぁ~~ 」
呻きをあげる英二の前にスッと現われるとハチマルは大きな胸に頭を埋めさすように抱き締めた。
「儂がわかるな? サンレイも無事じゃぞ、もちろんガルルンも直ぐに助ける。じゃから安心せい、気を落ち着けて精神を安定させるのじゃ、儂の胸の中でゆっくりと息を吸え、みんな無事じゃから安心して力を押さえ込め、全てお主の力じゃ、落ち着いてコントロールすれば大丈夫じゃ」
英二の顔全体を暖かで柔らかなハチマルのおっぱいが包み込んだ。
「ハチマル……よかった…… 」
安堵する英二の頭をハチマルが撫でる。
「そうじゃ、落ち着いて霊気をコントロールしろ、お主自身の力じゃ、お主が制御出来ん分けがない、手足や額に霊気を集めてそれをヘソの下へ運ぶんじゃ、丹田で霊気を吸収しろ、腹式呼吸じゃ、腹で空気を吸うように霊気を吸うんじゃ、ゆっくりとな、儂がよいと言うまで何度も繰り返すのじゃ、その間は抱いていてやるからの」
ハチマルの胸の中で英二が言われた通りに深呼吸する。
暖かで柔らかなおっぱいとハチマルの匂いに英二の心が落ち着いていく、ハチマルは術など使わずに英二自身で暴走をコントロールさせて収めさせるつもりだ。
眩しく噴き出していた白い光が徐々に小さくなっていく、英二の頭を撫でながらハチマルがフッと姿を消した。
英二を抱えたハチマルが秀輝たちの前にスッと姿を現わす。
「よう来てくれたの、礼を言うぞ」
ハチマルが豆腐小娘に頷くように頭を下げた。
「なっ、何を勿体無い、ハチマル様の頼みなら私もお兄ちゃんも何でもします」
豆腐小娘が姿勢を正して頭を下げ返す。
ハマグリ女房と対峙していた豆腐小僧が大声を出す。
「豆腐一族はハチマル様とサンレイ様の為ならどんな事でもするっすよ、それに英二たちはオレっちの友達っす。ハチマル様に頼まれなくとも手助けしてるっすよ」
「ありがとう、お主らと知り合えてよかった。儂もサンレイもお主らとは友達じゃぞ」
ハチマルに友達と言われて豆腐小僧と小娘の顔が嬉しさに崩れていく、
「ハチマル様の友達……私たちが…… 」
豆腐小娘が豆腐小僧に振り返る。
「お兄ちゃん聞いたわね、ハマグリなんてさっさとやっつけてこっちの汚い雑魚2匹も倒して頂戴」
「わかったっす。でも殺さずに捕まえるのは結構骨が折れるっすよ」
豆腐小僧はハマグリ女房を捕まえるつもりだ。
ハマグリ女房がスッと姿を消した。消えたのではない、蜃気楼を使って見えなくなっただけだ。
「サザエ鬼、化けイソギンチャク、お前たちは英二だけを狙え」
2匹の後ろにハマグリ女房が現われた。