第101話
浜辺にある海の家で昼食をとる。
海の家も佐伯重工の持ち物だ。
基本的に夏以外は使っていないのでサーシャとララミが掃除をしてくれた。
「この匂いは……ケン○ッキーがお」
ガルルンが尻尾をブンブン振ってテーブルの上に置いてある5つの箱を指差した。
「約束通りフライドチキンを用意したよ、ガルちゃんだけでなくみんなの分もあるから」
爽やかに言う宗哉の前でガルルンがテーブルに着いた。
「ガルは鶏1匹分食べるがお、それとカツ丼も食うがお」
「ずるいぞ、んじゃ、おらも1匹食うぞ、鶏1匹と中華丼だぞ」
サンレイが競うようにガルルンの隣に座る。
「フライドチキンじゃな、儂は麻婆丼じゃから肉が少し欲しかったところじゃ」
ハチマルがサンレイの横に座って委員長や小乃子たちもテーブルを囲んだ。
「じゃあ4つをサンレイちゃんたちで食べてくれ、1つは僕たちが貰うよ」
宗哉はフライドチキンの箱を1つ取ると英二と秀輝が居る隣のテーブルに置いた。
そこへサーシャとララミが店屋物を持ってやってきた。
「お待たせしましたデス、中華はララミが持ってますデス」
サーシャが飲み物と和食をララミが中華を運んできてくれた。
「お昼御飯持ってきましたよ、フライドチキンと中華で油まみれになるといいですよ」
相変わらず口の悪いララミにサンレイが手を振った。
「おぅ、ララミ、おらの中華丼とハチマルの麻婆丼と小乃子の炒飯と青椒肉絲とシューマイはこっちだぞ」
ガルルンが笑顔でサーシャを呼ぶ、
「ガルのカツ丼と晴美の親子丼はこっちがお、いいんちゅの親子丼もがお」
「いいんちゅじゃなくて委員長だからね」
何度言っても間違えるガルルンに委員長が諦め気味に一応注意だ。
隣の席から英二が立ち上がってサーシャの持つペットボトルのお茶を1つ受け取る。
「残りはこっちだ。先に女子から配ってくれ」
「ありがとう英二くん、直ぐにお持ちしますデス」
嬉しそうに微笑むとサーシャがサンレイたちのテーブルに店屋物を置いていく、
「コップは向こうのヤツでいいんだよな」
ペットボトルのお茶をテーブルに置くと英二が食器棚を指差す。
「うん、いいけどサーシャに持ってこさせるよ」
「いいよ、コップくらい立ったついでだ」
宗哉にいいというように手を振ると英二が食器棚からコップを持ってきて自分たちだけでなくサンレイたちにも渡した。
「中々豪勢だぞ」
サンレイが目の前にある自分の中華丼と皆で食べるシューマイと青椒肉絲にフライドチキンを見回した。
「ケン○ッキーの鶏とカツ丼の豚がお、青椒肉絲の牛もあるがお、肉の三制覇がお」
フライドチキンの箱1つとカツ丼を並べてガルルンも満足気だ。
「じゃあ食べようか」
皆に行き渡ったのを見て宗哉が言うと全員が手を合わせる。
「いただきまぁ~す」
ワイワイと楽しい昼食が始まった。
食事を終えてまた砂浜で遊ぶ、
「ボールがあるからビーチバレーの試合でもしないか? 」
宗哉がポンポンとお手玉のようにボールを2つ持ってきた。
「腹ごなしに丁度いいぜ」
スポーツマンで運動には自信のある秀輝が一番に賛成する。
サンレイが宗哉を見つめる。
「優勝したら何くれるんだ? 」
後ろから英二がサンレイの頭をペシッと叩く、
「ゲスい事言うな、遊びだからな」
「いや、サンレイちゃんの言う通りだぜ、賞品があるとやる気が出るぜ」
秀輝が直ぐにサンレイの味方に付いた。
「そだぞ、やる気が違うぞ」
「そんな疚しいやる気はいりません」
叱りつける英二を見て宗哉が笑い出す。
「あはははっ、そうだね、ゲームソフトか何か賞品を付けるよ」
サンレイが旨く行ったとニヘッと笑う、
「ゲームか、新しい奴欲しかったとこだぞ」
「ガルも欲しいゲームあるがお、負けないがお」
ガルルンは純粋に喜んでいる。
秀輝がその場で腰を捻り足を伸ばす。準備運動だ。
「俺が勝ったらサンレイちゃんにプレゼントするぜ」
「私自信無いな…… 」
呟く晴美の横で小乃子が声を大きくする。
「ハチマルやサンレイが勝つに決まってるじゃん」
ハチマルが小乃子に向き直る。
「大丈夫じゃ、儂もサンレイもビーチバレーのルールを知らん、そこを突けばお主らにも勝つチャンスはあるぞ」
「ルールなんて大層なものじゃないからな」
顔を顰める小乃子を見て英二が口を開いた。
「そうだな、公平になるようにチームわけしようか」
「そうだね、サンレイちゃんとハチマルさんとガルちゃんにサーシャとララミは同じチームにならないようにしないとね」
班分けをしようと見回す宗哉に委員長が手を上げる。
「私はゲームに興味無いから審判でもするわね」
「うん、委員長なら公平な審判をしてくれるから安心だな」
英二だけでなくサンレイたちも異存は無い。
委員長を審判にして残りでチームを分けた。5分ほど話し合ってチームが決まる。
ハチマルと小乃子、ガルルンと晴美、宗哉とサンレイ、秀輝とララミ、英二とサーシャのチームに決まる。
ハッキリ言ってハチマルとサンレイとガルルンの居るチームのどれかが勝つのはわかっているがお遊びなので気にしない。
公平とは言えないがそこそこバランスの取れたチーム分けだ。
ゲームは総当たり戦だ。
つまり1チームが他の4チーム全てと対戦する。5チームが4試合ずつの合計20試合である。
勝ち星が多いチームが優勝だ。同率の場合そのチームを集めて決勝となる。公式戦とは違い遊びの我流ルールだ。
先に三点取った方が勝ちなので1ゲームの時間は短い、20試合でも苦にならないだろう。
わいわいとゲームが始まる。
三点先取制なので直ぐに各チーム一試合目を終えた。
チーム分けが旨く行ったのか偏ったゲームにならずに接戦していた。
次の試合が始まる。ハチマルと小乃子のチームとガルルンと晴美のチームの対戦だ。
飛んできたボールを晴美がトスする。
「ガルちゃん頼むわ」
「任せるがお」
高く上がったボールにガルルンが飛び付くようにジャンプした。
「がうがうパァ~ンチ! 」
ガルルンの叩いたボールが向こうの岩場まで飛んでいく、
「がふふん、場外ホームランがお」
「コートから出たらダメなんだよ、点取られてるからね」
得意気に鼻を鳴らすガルルンに晴美が弱り顔だ。
「ハチマルチームに1ポイント」
委員長が笛を鳴らした。
「凄ぇな、100メートルくらい飛んでいったぞ」
「ホームランって野球じゃないんだから…… 」
驚く秀輝の隣で英二が呆れて言葉が続かない。
「ガルちゃんにはもう一度ルールを説明したほうがいいね」
苦笑いする宗哉の腕をサンレイが引っ張る。
「しなくていいぞ、どうせおらとハチマルの勝負になるぞ」
「そういう訳には…… 」
予備のボールを出そうとした宗哉の前でハチマルがダダッと走っていく、
「手加減せんかボケ犬」
叱りつけるとハチマルがボールを取りに行った。
「がふふん、手加減してもガルのがうがうパンチの威力ならボールくらいぶっ飛んでいくがお」
「分かってるなら使っちゃダメだよ、コートからボールを出したら負けなんだよ」
ドヤ顔のガルルンを弱り顔で晴美が叱る。
走って行くハチマルを見ながら小乃子が口を開く、
「岩の所まで飛んでいったよ、ハチマルなら直ぐに持ってくるだろ」
「お前なぁ~、チームなんだから探しに行けよな」
ムッとする英二に振り返ると小乃子がとぼけ顔で続ける。
「あたしが行っても足手纏いだろ、ハチマルなら飛んでいけるけどさ」
宗哉が出した予備のボールをポンポン叩いていたサンレイが立ち上がる。
「そだな、おらが探した方が早いぞ」
サンレイがバチッと雷光を残して消えた。
飛んでいったサンレイを見て晴美がガルルンに向き直る。
「ガルちゃんなら直ぐに見つけられるよねボール」
「次はがるがるキックをお見舞いしてやるがお、こうがお、こんな感じがお」
バカ犬だ……、砂を蹴ってキックの練習をするガルルンを見て晴美だけでなく英二も変な笑いしか出てこない。
ビーチバレーをしている砂浜から130メートル程行った先に岩がゴロゴロしている磯場がある。
「確かこの辺じゃったよな」
大きな岩の間を探しているハチマルの元へサンレイがバチッと現われた。
「ボールまだ見つかんないのか? 」
「生き物と違って気配が無いからの、新品のボールでは器物の気も殆ど感じんからの」
大きな岩の上に立つサンレイに岩の間を覗いているハチマルがこたえた。
「バカ犬連れてきたらよかったぞ、ガルルンなら匂いで直ぐに見つけるぞ」
言いながらサンレイが雷光を纏って宙に浮く、
「おらが上から探すぞ」
空を飛んで辺りを探すサンレイの下でハチマルが動きを止めた。
「この気配は……彼奴らも来ておるのか」
飛んでいたサンレイが降りてくる。
「どした? ボールあったのか? 」
「いや……豆腐小僧たちに礼を言わんといかんと思ってな、秘伝の三百年高野豆腐を貰ったじゃろ、儂が間におうたのも豆腐小僧の御陰じゃ」
暫くサンレイを見つめてからハチマルが言った。
「そだな、和歌山の白浜だからな高野山まで直ぐだぞ、後でみんなで遊びに行くぞ、でも今はバレーの勝負だぞ」
気付いておらんのか、まぁこの距離では仕方ないのぅ……、ハチマルが溜息をついた。
「しょうがない奴じゃ」
「んだ? 何がしょうがないんだ」
不思議そうに見上げるサンレイを見てハチマルがフッと笑う、
「何でもない」
「何隠してんだ? 教えろよ」
トンッと岩に飛び移るハチマルをサンレイが追って行く、
「なぁなぁハチマル、教えろよぉ~~ 」
「何でもない、儂はお姉さんじゃからな」
大きく抉れた岩を覗き込むハチマルの後ろでサンレイがふて腐れたように呟く、
「なんだそれ」
「おお、ボールがあったぞ」
抉れた岩からハチマルがボールを拾い出した。
サンレイがボールを奪うように取る。
「早く勝負するぞ、おらが優勝するからな」
「ガルルンはともかく儂がおるんじゃぞ」
ハチマルがポンッと岩の上に上がる。
「おらが倒してやるぞ、姉より優れた妹がいるって教えてやるぞ」
ニヘッと楽しそうに笑うとサンレイが走り出す。
「ふふん、姉より優れた妹はおらんのじゃ、儂の名前を言ってみろぉ~~ 」
ボールを持ったサンレイをハチマルが追い掛けていった。
所変わって英二たちのいる南紀白浜より離れた大阪との境目に位置する和歌山の加太、辺り一面ゴツゴツした岩だらけの磯場にハマグリ女房がいた。
「サザエとヒトデにイソギンチャク、ガザミとシャコとエビか…… 」
ハマグリ女房が足下の潮溜まりを見つめる。
前に広がる海から捕まえて来たらしい大きなサザエやワタリガニの仲間のガザミに伊勢エビや大きなヒトデなどが潮溜まりの中で蠢いていた。
「私より力を持つと厄介でしょうからガザミとシャコとエビは止めた方がいいわね、サザエは同じ貝同士どうにかなるでしょう、あとは……英二くんを捕まえるのにイソギンチャクがいれば便利かな」
ハマグリ女房が大きな胸元から怪化札を取り出した。
「器物百年を経て、化して精霊を得て、人を誑かす。これを付喪神という……普通は妖怪になるまで百年以上は掛かるのよ」
潮溜まりの中から大きなサザエとイソギンチャクを捕まえると岩の上に置く、
「HQ様の作った呪術札、百年掛かって妖怪化するものを瞬時に変化させる。人間のくせに何て恐ろしい力を持っているのかしら……我が愛するなま様の親友なだけありますね」
ハマグリ女房が怪化札をサザエとイソギンチャクに貼り付ける。
札が炎のような赤い光を放ちサザエとイソギンチャクを包み込む、
「妖気が沸き立つ! 霊気だ。HQ様の霊気を糧として妖気が生まれていく」
赤い光がムクムクと大きくなっていく、
「サザザザザ、サザザザザ」
「イソソソソ、チャチャチャチャチャ」
奇妙な声と共に光が消える。
サザエとイソギンチャクの化け物が立っていた。
「サザエ鬼と化けイソギンチャクか……神がいなければどうにか戦えそうね」
品定めをするように見るハマグリ女房の前でサザエとイソギンチャクの化け物がニタリと笑った。
「サザザザザ、おおぉ……力が湧いてくる。俺はどうなったのだ」
「イソソソソ、凄いぞ、自由に歩ける。俺様は力を得たのだ」
驚く2匹を見てハマグリ女房が口を開く、
「妖怪だ。お前たちは妖怪になったのよ」
「妖怪? 俺たちが妖怪に……サザザザザ、そうか妖怪の力か、俺は妖怪になったのだ」
「俺様が妖怪に、凄いぞ、もう何も恐れるものはない、チャチャチャチャチャ」
喜ぶ2匹にハマグリ女房が続ける。
「そうだ妖怪だ。お前たちそのまま妖怪として生きたくはないか? 」
化けイソギンチャクがハマグリ女房を見てニタリと笑う、
「チャチャチャチャチャ、もう妖怪になっている」
「サザザザザ、妖怪として人間どもを喰らってやる」
サザエ鬼が大きな舌をべろりと出した。
ハマグリ女房が髪を掻き上げながら2匹を見据える。
「なったじゃなくて私が妖怪にしてあげたのよ、だから私の命令に従いなさい」
サザエ鬼がカタツムリのような突き出た目でジロリと睨む、
「サザザザザ、俺たちは自由だ。お前の命令など利かん」
化けイソギンチャクも追従して笑い出す。
「そうだ。誰にも従わん、俺様は妖怪だ。チャチャチャチャチャ」
「いい気になるな! 妖怪だと? 貴様らは只の変化でしかない、直ぐに元に戻って岩にへばり付くことになる」
一喝するとハマグリ女房が背を向ける。
「残念、他を当たるわ、妖力も霊力も無いお前らが簡単に妖怪になれるわけ無いでしょ? 100年生きて力を溜めて初めて妖怪になれるチャンスを得るの、チャンスを得るだけで妖怪になれるのはほんの一握りだけ、生まれて数年しか経っていないお前らが妖怪になれるわけ無いでしょ」
ハマグリ女房が左右の手をサッと振るとサザエ鬼と化けイソギンチャクの額から怪化札がスーッと抜け出てハマグリ女房の手に戻った。
化けイソギンチャクとサザエ鬼が苦しみ始める。
「ギャギャギャギャギャ、体が…… 」
「ジジジジジ、体が戻っていく…… 」
縮んでいく2匹をハマグリ女房が見下ろす。
「私が力をやったから妖怪になれたのだ。従わないというなら必要無い」
「ギャギャギャ……助けてくれ、元に戻るのは厭だ。従う、お前の部下になる」
「ジジジジ……俺も従う、部下でも何でもなる。だから妖怪にしてくれ」
小さくなった2匹が触手のような腕を伸ばして懇願する。
「わかればいい、私の命令は絶対です。それに従うというなら力を授けましょう」
横柄に言うハマグリ女房の向かいで小さくなったサザエとイソギンチャクが触手のような手を伸ばして分かったと言うように振った。
「わかりました。力を授けましょう」
ハマグリ女房が怪化札をサザエとイソギンチャクに貼り付けた。
炎のような赤い光が2匹を包み込み直ぐに大きくなっていく、
「サザザザザ」
「イソソソソ」
奇妙な声を出しながらサザエ鬼と化けイソギンチャクが頭を下げた。
「サザザザザ、妖怪だ。俺は妖怪になった。妖怪になれるのなら命令でも何でも利く」
「イソソソソ、俺様もお前に従う、もうイソギンチャクに戻るのは厭だ。何でも言ってくれ、その代わり妖怪のままでいさせてくれ」
2匹を見てハマグリ女房がニッコリと微笑んだ。
「お前たちは妖怪になったとはいえ、一時的な姿でしかありません、今のままでは15分もすれば元のサザエとイソギンチャクに戻るでしょう」
「サザザ、厭だ。戻りたくない、只の貝など厭だ。妖怪がいい」
「チャチャチャ、俺様も厭だ。岩にへばり付くなど御免だ。何でもするこのまま妖怪でいさせてくれ」
懇願する2匹にハマグリ女房が笑顔で続ける。
「それでいい、私に従いなさい、そうすれば二度とサザエやイソギンチャクに戻ることもありません」
ハマグリ女房が胸元から水晶玉を2つ取り出す。
「お前たちに力を与えましょう、この水晶玉には妖力が詰まっています。これ1つで数日間は今の姿を保つことが出来ます。水晶玉を3つほど使えば本物の妖怪となることが出来ます。私の部下となり手を貸せばお前たちを本物の妖怪にしてあげましょう」
化けイソギンチャクとサザエ鬼の顔に喜びが広がっていく、
「イソソソソ、本物の妖怪に……俺様が妖怪になれるのか? 」
「サザザザザ、ずっと妖怪のままでいられるのか? 本物の妖怪だ」
聞き返す2匹を見てハマグリ女房がニッと愛らしい笑みを向ける。
「約束は守ります。私に手を貸してくれれば貴方たちを本物の妖怪にしてあげるわ」
「チャチャチャ、わかった。何でも言ってくれ」
「サザザ、俺も従おう、本物の妖怪になれるのなら何でもするぞ」
ハマグリ女房が2匹に1つずつ水晶玉を喰わせる。
「おおぉ……力が湧いてくる。イソソソソ」
「サザザザザ、本物の妖怪に一歩近付いたのだ」
喜ぶ2匹を見てハマグリ女房がニヤリと企むように微笑んだ。