09 リザルト②
「どうだ?」
アルカさんが興味津々と言った風に尋ねる。
「……ええと」
浮かび上がったその文面は、人間に貼った時に表示される物だけでなく、武器などを鑑定した時の表示も浮かんできたようで、同じ箇所に二種類の文字が入り混じっていた。正直、かなり読みづらい。勿論、そんな現象、今まで一度も見た事が無い。
「当然だ。余は剣の精霊だからな。生き物としても武器としても、その両方として認識されたのであろう」
その事を告げると、アルカさんはなぜか誇らしげにそう言い、服装を生成させた。
「それで一体、どうだったのだ?」
「ええとですね――」
それから俺は彼女に説明を始める。彼女のヒトとしてのステータスは、魔力こそ異様に高いが、筋力や敏捷性は見た目と同等の子供程度だった。彼女の言う通り、彼女がヒトの姿で一角獣を倒すという事は難しそうだった。もっとも、ニンゲンを殺すくらいは簡単に出来てしまうであろう魔力を持っていたのだが。
武器としての能力は、今まで見た事の無いような性能が出た。薄々気付いていたが、武器としてのレアリティも最高級のレジェンド級。今まで道具など、せいぜいレア物しか見た事が無い俺からすれば、とてつもない物を手に入れたという事になる。
「――という感じでしょうか。ちなみに武器としての補足欄に『属性:炎、闇』って出てるんですけど、これはどういう事なんですかね」
「ああ、そのままの意味だよ。余は剣として、炎と闇の属性の魔力を持っている。ご主人が遣おうと思えば、その属性の魔法を打つ事も可能だ」
「魔法剣、って事ですか……?」
「そういう事だな」
「……」
「……どうした、早速余を振いたくなったという顔をしているぞ?」
「そんな顔、してましたか?」
俺の顔を見て、アルカさんがにやりと笑う。
「まぁ、そう聞けば試してみたくなる物が冒険者のサガというものだろうが……今日はもうやめておいた方が良かろう。明日以降、振るうことなどたくさんあるのだろうし――ところでご主人、ご主人は『精霊の指輪』を返さなかったのだな」
アルカさんが俺の指に光るそれに気付いて言った。
「ああ、はい。これですよね。……どうしても、外れなかったんですよ」
ギルドで冒険者の死亡報告をしようと、森の中で死んでいた冒険者の持ち物を提出していた。しかし指輪だけはどうしてだか、俺の指からくっついたように離れなかった為に、そのままにしていた。
「呪いのアイテムという訳でも無いみたいで、『解呪』も試してみたのですが、効かなくて」
「うむ。見せてみよ。……ふうむ、だろうな。その指輪からは悪意のような物は感じない。……ご主人、おそらくだが、余だけでなく、その指輪にも気に入られたようだな」
アルカさんは俺の手をとって眺めた。彼女の小さく透き通るように白い手が、俺に触れる。少しだけ心臓が高鳴ってしまう。
「レジェンド級のアイテムにもなると、アイテムが使用する人間を選ぶようになる。この指輪もそうだ。余程ご主人から離れたくないように見える。大方、余と契約した事を面白がっているのだろうな。無理に外そうしても指輪の怒りを買うだけだから、指輪がご主人に飽きるまではこのまま借りておくが良い」
「気に入られるって……大丈夫なんですかね」
「なに、普通にしている分には害は無いさ……ふぁ」
そこまで言うと、アルカさんは大きく伸びをした。目尻に涙を貯める。
「久しぶりにこの姿で長く居たからな。剣の姿に戻りたい。余は眠るぞ」
「ああ、はい。わかりました。えっと……布団とか用意した方が良いですか?」
「いらぬ。余は剣。日用品などおおよそ不要だし、気にする必要も無い。そのあたりに適当に置いてくれたまえ」
そう言って、彼女は光の粒子を纏ったかと思うと、一瞬で剣の姿になった。
『おやすみ、ご主人』
剣になった彼女が、一方的に俺の脳内に語りかける。そうしてそのまま、彼女の声は聞こえなくなった。あっという間に眠りに落ちたようだ。
「……おやすみなさい、アルカさん」
聞こえているかどうかは怪しいが、俺はそう返した。今日は色々あったし疲れていた。俺も素直に、もう眠る事にする。
「……おやすみ、か」
ベッドに入ってから、少しだけぼんやりと考えた。誰かにおやすみと言われるのは久しぶりな気がした。数日がかりで迷宮に潜る事を久しく無くなっていた。このように安全な場所で誰かと眠るのはいつぶりだろう。もう思い出せない程昔の事になるかもしれない。
俺はそれから、先程アルカさんとした会話の事を思い出す。
――早速余を振いたくなったという顔をしているぞ?
――そんな顔、してましたか?
そんな顔をしていたというのは、自分でも気付いていた。
アルカさんの力を試してみたい、という思いが沸いたのだ。
彼女の話を聞いた時、単純に彼女という剣を使ってみたい、振るってみたいという気持ちが沸いたのだ。一角獣を倒してしまったこの剣を装備すれば、一体どこまで俺は冒険者として通用するのだろうか。そんな風に考えていた。
(レベル48、か。これなら多分、20階層くらいまでなら、パーティーを組めばいけるレベルだろうか。そこまでいけば多分、龍も出てくるだろう。一角獣が斬れたんだ。皮膚の厚い龍にも、斬撃は効くんじゃないか? なら前衛として充分に戦える。ブレスは後衛に護って貰うとして、後は単純に物理攻撃だよな。盾役が――)
久しく感じていなかった高揚感が沸く。冒険者としての血がたぎる。きっとこれが彼女の言う通り、冒険者のサガという奴なのだろう。
しかし――
(――いや、落ち着けよ、俺。こういう所で調子に乗るから、痛い目に遭うんだぞ。あの時みたいに)
軽く首を振って、その考えを必死に捨てようとする。
あの時、とは、3年前の事である。参加していたパーティーが壊滅した時の事だ。
別に、どこにでもあるような普通の話といえばそうだ。自分達の力量を読み間違えて、無謀にも階層主に挑み、そして、やられた。今まで何度も敗走した事はあるし、パーティーのメンバーが死ぬ事なども、少なからず経験していた事である。
だけどその時に死んだのは、この街に来た時からずっと一緒に居た俺の一番の友人だった。よく冒険者としての夢を語り合った友人で、いつも一緒に組んでいたような奴だった。
だから、そんな奴が死んで、なんだか少し空虚な感じになってしまったのだ。
それ以来、進んで迷宮に潜る事はめっきり少なくなった。
別に、迷宮に潜らないという誓いを立てた訳ではなく、怖くて潜れないという訳でも無い。今でも『薬草収集』だけで生活できない部分は、迷宮に潜って魔物を狩って金を稼いでいる。パーティーに呼ばれた時は、たまにではあるが参加もする。でも、それは金がどうしても必要になった時だったり、どうしても断れずに仕方なくと言った時といった感じだった。
別に、無理をする必要なんて無い。
無理をして、死んでしまえばそれで終わりなんだから。
(……うん。無理をする事は無い。俺は地道に『薬草収集』をすれば良いんだ。それで十分生きていけるじゃないか)
そんな風に思い、その日は眠った。
しかし翌日以降、俺は無理をしてでも迷宮に潜らなければいけなくなる。その必要性に気付いたのは、翌朝の事だ。