50 続・第2の剣精霊、食の味を覚える。
年末はばたばたしていた為に更新が出来ませんでした。
新年おめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
こちらから第二部になると思います。
しばらく俺は、腕にアルカさんの頭の重みと温かさを感じながらぼんやりとしていた。
……どれほどそうしていただろう。
30分? 1時間?
流石に数時間とまではいかなかっただろうが、それなりに長い時間を過ごしたように思う。
「……」
本当は食事中という事や、レドリーやノーレさんを店の中で待たせているという事もあって、何度か俺はアルカさんに声をかけようとした。
「……ん」
しかしアルカさんがあまりに気持ち良さそうに俺にくっついて来ている物だから、ついついその空気を壊すことも難しく、俺もタイミングも逃してしまっていた。子供の姿をしているとは言えども、そうして他人にくっつかれた経験も少ない。体温や重みのある彼女に、俺もつい嬉しくなってしまっていて、そのままその感覚を味わい続けたというのも確かだった。
長い時間の後、その終わりは唐突に訪れた。
「……っくしゅ!」
夜風に晒され続けた為か、俺の身体が震えてしまった。そのせいで、アルカさんが身体を離さざるを得なかったのだ。
「ご主人、大丈夫か?」
「……すみません。休んでいたのに邪魔をしました」
「いや、気にするでない。……それよりも、身体を冷やしてしまったようだな。……おお、どうやらつい長居をしてしもうたようだ。すまぬ、心地良くての」
「……」
そういわれてしまうと少しばかり恥ずかしくなってしまう。
「うむ。余はもう大丈夫だ。早く店へ戻ろう。あの獣娘達にしろ、精霊にしろ、待たせすぎてしもうたの」
「そうですね。俺もお腹が空いてきました。……別のお店にでも行って、もう一度食べなおしましょうか。アルカさんも中途半端にしか食べてませんし、食べたいですよね」
「良いのか? あんな話をした後ではあるが、余も食べても」
「勿論ですよ。今日は俺の為に頑張ってくれましたしね。今日は気にせず食べてくれれば。……明日以降の食費の話は、家に帰ってからさせて貰っても良いですか」
「うむ、わかった。……ご主人は優しいの」
そう言ってアルカさんはベンチからひょいと立ち上がると、俺の手を掴むように握る。夜風に当たりすぎていたせいで、肌寒くなっている中、彼女の手は温かかく感じた。
「戻りますか」
「うむ、そうだな」
そう頷いて彼女は俺を見て笑った。
その時だった。
「――あー、もう! にゃんでこの糞寒い中、フィオが買出しにゃ! 店長もアーシャも馬鹿にゃ! 阿呆にゃ! 寒さに弱い猫を酷く扱う阿呆ヒューマン共にゃ! アホヒューマン、アホーマンにゃ! 暇だからって、リーチェを帰したのが失敗にゃにょにゃ! それだとこうなった時、フィオが買出しに行くしかにゃいにゃ! 自分達の店にゃんだから、食材が足りなくなったら、自分達が買い出しに行けば良いにゃ! ……まぁでも確かに、アーシャが買出しに行けば接客担当がフィオだけににゃるからきついにゃ? でも、だからこそフィオはさっき言ったにゃ、今日は絶対に忙しくにゃるって!」
店の裏口から、獣人の女が悪態をつきながら出てきた。
それは店に入った時に、席へと案内してくれた2人の給仕のうちの1人だった。
その耳と尻尾、そうして独特の舌足らずな喋り方から、猫族だと思われる。彼女は猫族特有の口の悪さを存分に発揮しながら、給仕服のまま前掛けだけ外し、その代わりに簡単なコートを羽織っていた。
どうやら買出しに行かなければならない事に、腹を立てているようだった。
「フィオの第六感を舐めるんじゃないにゃ! う……でも流石に、あんにゃお客が来るにゃんてフィオも思わなかったにゃ! あにょ煩族の娘っ子すごいにゃ。あれはもう流し込んで食べてるレベルにゃ! あんにゃちっちゃい身体に入るにゃんて、ほんと珍しいにょ! ……にゃ! でもやっぱりフィオが買出しなんて嫌にゃ! めちゃ寒いにゃ! 今日はもう絶対まかないたくさん食べて帰るにゃ! 無料食事たらふく食わせて貰うからにゃ!」
そうして口を開いていると、先程の店内でのあの丁寧さは欠片も感じない。
「ふにゃっ!? き、君ら、あのちっちゃいのの連れにょ……!」
店から出てきた彼女は俺達の姿に気付くと、そう大きな声を上げて露骨に「しまった」という顔をした。
……あのちっちゃい子?
呆然とする俺とアルカさんに、彼女はこほんと咳払いをして、表情を作ってから口を開いた。
「あ、あにょー、お客、様。……今の、聞こえてました……よ、にゃ?」
「……どうしたんですか?」
俺はその質問に答えずにそう尋ねると、猫族の女性は非常に苦しい作り笑顔を浮かべながら俺達に言った。
「いにゃー……大した事ではないんですにゃ。大した事じゃ。うちはこんな感じのちっちゃい店ですからにゃ、例えばフィオ達獣人や、煩族みたいにゃ大喰いのお客様が来ると、食材がどうしても足りにゃくなって、こうして買い出しに行かにゃきゃにゃいといけないんですにゃ。……でもですにゃ、お客様には悪いにゃすけど、最初からあんにゃにたくさん食べるってわかってる場合は、次からご連絡とか予約とか入れて貰えてると助かるかにゃーって、フィオは思っちゃうんです……にゃ? そうすればわざわざフィオがこうやって買出しに行かず、あの阿呆店長が買ってくるから、フィオも堂々とサボ……楽が出来るかにゃー……なーんて、勝手にゃ事を思ってしまう訳ですのにゃ。……ああ、いや、決して来るにゃって訳じゃないんですにょ。決して」
そんな風にごまをするように手を擦り合わせながら、猫族の彼女は気まずそうに俺達から距離を取ると「失礼しったにゃ!」と言い残すなり、慌てたように走り去っていく。
よくわからない事を言われたが、猫族の言う事だ。あまり真に受けにゃい方が良いだろう。
「……」
だが――
――あんにゃちっちゃい身体に入るにゃんて、ほんと珍しいにょ!
――大喰いのお客様が来ると、食材がどうしても足りにゃくなって
――あんにゃにたくさん食べる
猫族の彼女が言った言葉に、嫌な予感がしてしまう。
大食い、と聞いて最初に思い浮かぶのはアルカさんの事だ。しかしアルカさんは俺の隣に居て、呆然と俺を見ている。
……しかし、アルカさんと同じく彼女もまた、精霊なのである。
まさか、と思いながら、俺は慌てて店の中へと戻る。
店内に戻ると、そこには案の定というかなんと言うか、あれだけ外に長い時間いたというのにも関わらず、幸せそうな表情で今もなおオムライスを食べ続けているノーレさんの姿があった。
「……」
「……あ、すみません。店員さん。もうすぐなくなりそうなので、先にもう1皿頼んでおいて良いですか? ……あ、主様、お帰りなさい。お話は終わったようですね」
「ああ、はい。ただいまですノーレさん」
俺はそう言いながら自分の席に戻っていく。
そうして、俺達がこの店に戻ってきた姿を確認して以来、気まずそうにずっと両手で顔を隠して目を合わせようとしてくれないレドリーに声をかけた。
「なあ、レドリー、あのさ……」
「止められなかったんでス」
レドリーは手で顔を隠したまま、俺の質問よりも先にそう答えた。
「足りなさそうなので、お腹が減ってるならおかわりしても良いんじゃないって言ったら、もうあれよあれよという間に……あまりにも幸せそうな表情で食べるので、声もかけられず。もう自分が払ってやれば良いやって思ってしまったので、つい」
「……いや、いいよ。俺が払うよ」
「一応何度か兄貴を呼びにいこうとはしたんでス。でも店の前には見当たらない上に、ノーレさんだけを残して遠くにはいけなくって。店の人に聞いても、今日は暇だから是非とももっと食べて欲しいなんて言ってくれたので、もうなんか、いいかなって思ってしまって」
「……悪い、店の裏に居たんだ。だから多分、探せなかったんだと思う」
そう言って俺はもう一度ノーレさんを見た。
とても幸せそうな表情でオムライスを食み続けている。それからもう一度顔を隠したままのレドリーに目を向けて聞いた。
「ちなみに、これで何皿目なんだ?」
「……16皿目でス」
そうレドリーは答えた。