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49 精霊と契約したので、迷宮に潜ります②








「ご主人があの場所へと落ち、離れてしまった時、余はどこかでもうご主人は助からないかもしれないと思ってしまってしまった。かと言って、あの場所へ降りていく事もどうしても出来なかった」


「……」


 あの時、アルカさんにかけられた声が妙に明るかった事を思い出す。


 あれは俺を励ます為だけではなく、己を励ます為にも言っていたのかもしれない。


「結果的には、こうしてご主人は生きて帰って来てくれた。それはとても嬉しい事だ。……だがの、それは余の力による物ではない。他の精霊の、それも余と同じ『剣の精霊』の力によってだ。余が出来ないと思ったあの巨大魚の討伐すらも、ご主人は余ではない『剣精霊』と共に成し遂げてしもうた」


 そう言って、彼女は俺を見て気まずそうに苦り顔を浮かべた。


「勿論、『属性』や置かれた状況が影響したというのもわかっておる。余の属性ではご主人を宙に浮かせる事など到底出来ぬ。たとえあの状況で万が一ご主人の元へ行っても、余は役立たずのままだったろうからの。……だが実際に、余はご主人の役に立てず、ご主人を護れなかったのだ。そんな剣精霊と、あの剣精霊、ご主人はこれからどちらを選ぶだろうか。余は契約主にとってまた不要な剣となり、不要な契約精霊となってしまうのではないか。あやつを見ておると、先程からそんな風な事ばかりを考えてしまっての」


 だから、確かに余は、あの精霊に嫉妬をしているのかもしれんの。


 そう言って、彼女は笑おうとした。


 しかしその表情にはどうしても無理があったのか、彼女の表情はすぐに崩れてしまった。それを見せないようにする為、すぐに俺から顔を逸らした。


「すまぬ、ご主人。本来今は、ご主人が助かった事を喜ぶべき時のはずなのに、余はそう自分の事ばかりを考えておるのだ。嘲笑うてくれて構わぬ」


「……アルカさん」


 アルカさんが他の剣に触れる事を嫌っていた理由が、なんとなくなかった気がした。


 俺が他の剣を振るう事によって、アルカさんは彼女が俺を護るという役割を果たせなくなる。それで俺が彼女の事を不要だと思ってしまうかもしれない。そういう怖さがあったからこそ、拒絶の反応をしたのだろう。


「……役に立たないだとか、不要だとか。そんな事、思う訳ないじゃないですか」


 そう俺は少し考えてから、口にする。


 それはアルカさんを励ます為でもあるが、同時に俺の本心でもあった。


「確かに今日、俺があの場所から脱出出来たのは、ノーレさんの力による物が大きかったかもしれません。でもそれだって、アルカさんが言ったように、『属性』や置かれた状況が影響した事です。運が良かったという事もあります。状況が違えば、どうなっていたかわかりません」


「……」


「それに俺が今ここにいるのは、そもそもアルカさんがいたからです。アルカさんがいなければ、俺は一昨日既に一角獣(ユニコーン)に殺されていたでしょうし、ノーレさんと契約する為に必要だった技能(スキル)も、あの巨大魚を倒すだけの魔力も手に入れられてませんでした。アルカさんと契約していなければ、今日はレドリーと6層にも行ってません。確かにそれは、アルカさんへの勘違いによる物かもしれませんが……それも含めて、こうして今の俺達があるのは、全部アルカさんがいたからです。アルカさんのお陰なんです」


 ――しかし、一角獣(ユニコーン)のような聖獣を倒していたのであれば、『ヌシ』を倒した時にあれだけの魔力が出たというのも納得いきます。


 客観的に見ても、それは事実なはずだ。昨日レドリーを助けた事にしても、今日のノーレさんにしてもそうだ。アルカさんがいなければ、皆こうして助かっていなかったし、誰1人こうしてこの店に来て、食事を食べる事も出来なかった。


「それにレドリーから聞きました。アルカさんは俺の為に、契約違反で体が痛むはずなのに休む事なく地上を目指してくれていたって」


「それは……あの時はせめて、そうでもしなければと余は自分が許せないと思ったからだ。その程度の事しか余は出来なかったのだ」


 そう言って気まずそうに目を逸らす彼女の手を取って、俺は無理矢理彼女と目をあわせる。そうして俺はそれを伝える。


「それでも、俺を助けようとしてくれました。レドリーもちゃんと護ってくれました。言うのが遅くなってしまいましたが……ありがとうございます。アルカさん」


「う……」


 俺がそう伝えると、アルカさん恥ずかしそうに目を逸らした。触れていた手が熱くなったように思えた。


 彼女は何の役にも立っていない訳なんかでは決してない。今までだってそうだし、今日も彼女は彼女なりに、俺の為を思って行動をしてくれたのだ。そんな存在を不要だと思える訳がない。


「だから、そんな心配しなくても大丈夫です。俺はアルカさんを不要だなんて思いませんし、決してアルカさんを捨てたりなんかもしません。むしろ俺の方からお願いしたいくらいです。アルカさんさえ良ければ、これからも俺に力を貸して欲しいです」


「……良いのか?」そうアルカさんは小さな声で尋ねた。


「はい。誤解も解けたので、流石に俺の用意出来る食事の量も減ってしまうかもしれませんが。それでも良ければ、アルカさんの力を貸して欲しいんです。正直なところ、俺も『薬草拾い』でその日暮らしをする生活にも、先が見えなくて困っていましたし、出来るのであれば迷宮で金を稼ぎたいんです」


 勿論やはり、死ぬのは怖い。


 迷宮に潜れば死ぬ可能性は高くなるし、実際今日だって死にかけた。


 だけどなんとかこうやって生きているのは、彼女や、彼女達の力があったからだ。彼女達の力があれば、死の危険性はずっと低くなる。


 ……いや、そんな事は言い訳かもしれない。


 今の俺は、純粋にアルカさん達と一緒にこうして過ごせている事を楽しいとすら思い初めていた。剣精霊の力を見せ付けられ、それを振るった時、俺は興奮しなかっただろうか。この力があればどこまでいけるのかと、身体中の血が沸いたのではないだろうか。


 それに迷宮に潜り始めた事で、レドリーにも再会出来た。ノーレさんと契約する事も出来た。食事もあんなに美味い物を食べられるようになった。きっとこれからも、もっと様々な事が起きるのではないだろうか。


 そんな事を期待している自分がいる。その為にも、彼女の力は必要だった。


「だからその為にも、強い武器や頼もしい仲間が必要になります。……それにそもそも、アルカさんとは死ぬまで一緒にいるという契約ですからね、これからもご飯を食べて頂かないといけません。たくさんは用意出来ないかもしれませんが、その分の食事も用意しなければいけませんしね。俺自身の生活の為にも、アルカさんを養う為にも、俺は迷宮に潜りたいです。その為にアルカさん、これからも俺に力を貸してください」


 そう言って、俺はベンチに座ったまま頭を下げる。


「……」


 少しだけ間があってから、アルカさんが俺の腕にもたれかかるようにして頭をつけてきた。それが返答だとわかり、俺は嬉しくなって笑うと、彼女も嬉しそうにふふと息を漏らした。


「……そう、言ってくれてとても嬉しいぞ。感謝する。こちらからも、よろしく頼む。……ああ、だがなんだかほっとしたら、一気にどっと疲れが出て来てしもうた。悪いがもう少しの間だけ、このままもたれて居ても良いだろうか、ご主人」


「ええ、良いですよ。……今日はお疲れ様でした、アルカさん」


「ご主人も、お疲れ様だぞ」


 小さな声で、アルカさんはそう言った。





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