48 精霊と契約したので、迷宮に潜ります①
高位の魔道師。
魔術師、魔法使い、魔道師と続いていく魔法を扱う職業。その中でも上位職にあたる魔道師の中でも、ほんの極一部の者のみが名乗る事を許される名称。
世界各地から自身の腕に自信を持つ『魔法使い』系の冒険者が集うこのダラムの街で、それでも今も数名いるかどうかと言った貴重な存在だ。
確かに高位の魔道師にもなれば、薬物の知識や錬金術にも精通しているだろうし、多くのツテもあるはずだ。普通の人間が知る由もない延命の手段を知っていても不思議でないかもしれない。
「彼奴ががその後どう言った余生を送ったのかは知らぬし、余は知りとうもない。面白そうな奴だと思って契約してみたが……実際のところは舌先三寸。あれほど吝嗇で偏屈で度量が狭く傲慢な契約者を、余は見た事がない。あやつの事は、契約者としてどうしても好きになれんかった。……ああ、どうして余はあやつと契約をしてしまったのだろう。思い出すだけでも忌々しい」
そう言いながら、彼女は寂しそうな表情を一転させて眉根を寄せて唸る。
そうして地に着かない足をじたばたさせた。
相当に苛立っているようだった。
「……だがの、それでも余は奴の契約精霊であり、奴の剣であったのだ。剣として、契約精霊として、余は彼奴が死ぬまで、奴の力となり、護らなければならぬという役割を持っていた。それが精霊契約という物だ。……だのに彼奴は、余をあの泉に捨て置きそれから10年も生きた」
「……」
「……つまりだ。ご主人」
やがて大きく息をついた後、アルカさんは俺を見てそう言った。
「奴は余を他の誰にも渡したくないとは言っておったものの、あやつ自身も、もう余の事など必要無いと思っておったという事なのだよ。奴の身を護るのは余ではなく、奴自身の魔力で十分なのだと言いたかった訳だ。余の力など……いや、それどころか余自身の存在すら、彼奴の残りの人生にとって不必要な物だと思われたのだ。……屈辱だ」
そう言った彼女は、酷く落ち込んでいるように見えた。
「10年が過ぎたある日、唐突に痛みが引いた。そこで契約が終了したと知った。……無様な物だ。契約者の死を契約違反の効果切れによって知るとは。余はあの男のその後には興味は無い。どうその後の10年を生きたのかも知りとうない。……しかしの、せめて奴の死に目は見たかった。せめて看取る事くらいはしてやりたかったのだ。それが契約精霊という物ではないか……」
罵ってはいるが、おそらくアルカさんは彼の剣として、所有者に最後まで付き添い、役割を果たす事を望んだのであろう。
その役割が果たせなかったという事を、彼女は歯痒く思っているようだ。
「だからのご主人。余はご主人と契約出来て嬉しかった。初めはただの『薬草拾い』に一角獣を倒せるなどとは思わず驚いてしまったものの、ご主人は余を頼ってくれ、そして更に見事に余を使ってくれた。剣の精霊として、冥利に尽きるという物だ。ご主人が余を必要としてくれるのであれば、余はそれに今全力で応えたいと思っておった。それに余にここまでご馳走してくれる契約者というのもなかなかおらんかったしの」
「……え、ちょっと待って下さい」
アルカさんが真面目な話をしている中ではあったものの、俺はどうしてもその話を止めない訳にはいかなかった。
「……どうしたのだ?」
「今までの契約者も、俺みたいにアルカさんに食事を用意していた訳じゃないんですか?」
「ん? 食事は用意してくれたぞ。だがの、ここまで気前良く『気にせず好きなだけ食え』などと言ってくれる契約主はご主人くらいの物だ。大抵は皆1日5皿くらいまでという制限があったし、先代の契約者などは、あれだけの財宝を持っていたというのに、本当に吝嗇での。機嫌が良い時こそたらふく食わせてくれたが、時には日にパン3つを渡され、それで我慢しろとまで言ったものだ。あれは流石に酷かったな」
苦々しそうな表情をするアルカさんに、俺は呆然とせずにはいられなかった。
「……そんな事すれば、契約者を殺すんじゃなかったんですか?」
「殺す? 何故殺すのだ?」
そう言ってアルカさんは不思議そうに首を傾げる。
「余は確かにあやつの事は気に入っておらんかったが……流石に契約者をそう簡単に殺す訳にはいかぬ。殺せば余も死してしまう程の損害を受けてしまうと、最初に説明したではないか。余程の事が無い限りそのような事はせぬと」
「いや、だってアルカさん。食事を用意しなければ契約主を殺すって、余程の事だって」
「む? 余はそんな事言っただろうか? それに、食事なら用意してくれておるではないか。確かにパンを3つ渡された時は流石に少なすぎて激怒したし、あれ以上食事を減らされ、例えば何も食べるななどと言われれば、余も怒りに狂い最終手段にも出ておったかもしれぬがの。何故、ご主人はそんな事を……待てよ。まさか、ご主人」
そう言った後、アルカさんは何かに気付いたように言葉を止めて、俺を見た。
「――まさかご主人、ご主人が今まで余にあれだけ食べさせてくれたのは、余が『たらふく』食べねばご主人を殺すと思っていたからなのか? だから余が食べるのを、一度も止めなかったのか?」
「……違うん、ですか?」
「いや、余はご主人が『気にせず好きなだけ食べろ』などと言う物だからてっきり……。『一角獣の角』で稼いだ分もあり、気前良く振舞ってくれていた物だと思っておったのだぞ」
そうアルカさんは言った。
――……なんだ、食べるなと申すか?
――いえいえ、そんなつもりは無いです。むしろどんどん気にせず好きなだけ食べて下されば。
……もしかして。
いや、もしかしなくとも、俺は今まで重大な勘違いをしていたのではないだろうか。
◆◇◆◇◆
「――すまぬ、ご主人。余が言葉足らずでそなたを勘違いをさせていたのだな……」
「いや、こちらがもっとちゃんと聞いておけば良かったんです。ちゃんともっと早く、相談さえしておけば」
話が終わり、誤解は解ける事となった。
しかし俺はベンチに座り、思わず額をおさえていた。
アルカさんはそう謝ってくれたが、これは間違いなく俺の勘違いによって起きた物だ。
俺が素直に『食べる量を減らしてくれないか』と彼女に一度でも言っていれば、このような事は起きずに済んだのだ。
「……」
アルカさんが『望んだ』のは『食事を用意』して欲しいという事だった。
勿論、多くを食べる事は彼女にとっても嬉しい事ではあるが、精霊は元々食事を必要としない存在だ。そしてまた彼女は食事を用意して貰う事で喜んで『力を貸す』とは言ったが、用意しなかったからと言って俺を『殺す』などとは一言も言っていない。
――本当に、食べられない事は死よりも耐え難い事だった。
……確かにそうは言ったものの、だからと言って契約者を殺すなどと言った訳ではない。
それを俺が早合点してしまい、彼女が『満足するだけの食事を用意』しなければ殺されてしまうと勘違いしてしまったのだ。命を助けて貰ったお礼にと思い、最初の食事で『好きなだけ食べろ』などと言ってしまった事も双方の勘違いの原因となってしまった。あれでアルカさんも好きなだけ食べて良いのだと思ってしまったのだそうだ。
「……ええと、勘違いさせた俺が悪いってのはわかってるので、こんな事聞くのもどうかと思うんですけど『一角獣の角』の分の金が無くなったら、アルカさんはどうするつもりだったんですか?」
「う……いや、余は決して金が尽きるなどとは思っておらなんだのだよ。このままずっと好きなだけ食べ続けられると思っておったのだ」
「……どういう事ですか?」
「ご主人と余の力があれば、金が尽きるよりも先に、それ以上を稼ぎ続けられる物だと思っておったのだ。ご主人の剣の腕はなかなかの物であったし、レベルも十分すぎる程に上がっておったからの。それにご主人も、そのつもりなのだと思っておったのだ。……昨日迷宮に潜った時、余の食費の為に迷宮に潜ってくれると言ってくれたのを覚えておるか」
――……なるほどのう。それでご主人は、怖くなって地上で「薬草集め」に勤しんでおったと。
――と言っても、今はこうして、戻ってきてますけどね。アルカさんの食費も稼がないといけないですし
――なんと! 急に迷宮に潜るなどと、周囲の人間は驚いておったが、それは余の為か……ううむ。ご主人は誠に素敵な所有者だな。見上げた物だぞ。
「……ええと、はい。なるほど」
「余もあれで勘違いして、舞い上がってしまったのだ。確かにご主人は迷宮に潜る事は怖いとは言っておったが、それでも余を振るうておる時は楽しそうにしておったしの。今は久々の事と言う事もあり、浅い階層で慣らしておるようだが、いずれは迷宮の奥深くまで潜るつもりなのだと思っておったのだ。『冒険者組合』でも、稼げる依頼という物を探しておるようだったしの。……だがどうやら今の話だと、ご主人は余の食費を捻出する為にそうせざるを得なかったという感じなのだな。迷惑をかけておったのか」
「……」
「その上にご主人の役にすら立てぬとは。……はぁ、つくづく救いようの無い精霊よの、余は」
俺から視線を外しながら、彼女はそう呟いた。