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47 剣精霊アルカの気落ち







「ご主人、どうしたのだ? ……というのには流石に、無理があるか」


 すっかり日は暮れていたせいで、夜風が肌を刺した。少し着込んで来たはずなのだが、肌寒い。


 店から漏れる灯りだけでは彼女の表情ははっきりとは見えないものの、アルカさんは俺が近づいた事にすぐに気付いたようで、俺を見るなり軽く息をついて苦笑いをした。


「すまぬ。あれでは気にしてくれと言っているような物だな。だが剣の姿になっても『感情の色』があやつには読まれてしまうでの。落ち込みを見せれば、いらぬ心配をかけてしまうと思ったのだよ。久々の地上で、ああして食にも目覚めたのだ。あやつの大切な時間の邪魔はしとうなかった。しかし余もどうする事も出来んでの。……こうして、少しばかり心の整理をする時間が欲しかったのだ」


「……落ち込んでるって。やっぱりアルカさんは、俺とノーレさんが契約した事、」


「何度も言っておろう。それは仕方の無い事だし、気にもしておらんと」


 そう俺の言葉を遮り、彼女は小さく溜息をつく。


 それから表情を柔らかくした。


「……すまぬ、気にしておらんといえば流石に嘘になるな。だが安心したまえ、ご主人。余はご主人が思っておるような事を気に病んでいるのではない。余はそこまで度量の狭い()ではない。ただ、どうしても、昔の事を思い出してしまっての。少し気落ちしてしもうたのだ」


「昔の事、ですか?」と俺は聞いた。


「ああ。……既に迷惑をかけておるのはわかっておるが、ここまで心配させてしまっているのだ。ご主人、迷惑ついでに余のつまらぬ話も聞いて貰って良いだろうか」


 困ったように言う彼女に対して俺は頷く。


 彼女は少しばかり寂しそうな表情で「すまぬな」と笑い、それから近くに置いてあった木箱に色を塗って出来ただけの御粗末なベンチにひょいと腰掛けた。


 ぽんぽん、と隣に開いたスペースを叩く。


 ここに座れ、という事だろう。それに従うと、彼女は頷いた後、口を開いた。


「どうにも情けない話だが、余はまた契約主にとって不必要な契約精霊になってしまうのでないかと思ってしまったのだよ」


「……不必要?」と俺は尋ねた。


「うむ。そうだ。……ご主人、余とご主人が初めて()うた時、余はどうしてあの泉の中におったか説明したろう」


「ええ、はい。確か――」


 ――前の所有者が死を前にして、この泉の中に余を流したのだ。独占欲の強い小者だった。大方、他の者に使われたくなかったのだろうな。


 アルカさんと初めて会った時、彼女は確かそう言ったはずだった。


「――以前の所有者が、死を前にしてアルカさんをあの場所に隠したと」


「ああ、そうだ。その通りだ。その通りなのだが……ご主人、少しばかり考えて欲しいのだが、本当に死を前にした者が、人生最期の瞬間に自分の物を隠す為にあのような場所へ行くだろうか」


「……すみません。言っている意味が」


 俺はその質問の意図するところがわからず聞いた。


「ふむ。言葉が足りなかったか。……余の前の契約主はの、ある時不治の病に罹っている事に気付いた。治癒魔法ではどうする事も出来ぬ、悪性の腫瘍による細胞の変質だ。気付いた時にはもう手遅れだった」


「悪性の腫瘍」


 おそらくは、癌の事だろう。


 治癒術も決して万能では無い。打撲や骨折など、痛みを治したり、繋いだり、傷を消す事は可能だ。しかし死者を蘇らせる事、老化を完全に止める事、なくなった身体の一部を無から作り出す事などは、ほとんど不可能となってくる。


 例えば指を誤って切断したとする。斬られた指が残っているのであれば、早急に腕の立つ治癒術師にかかれば繋ぎ、神経を通す事も可能だろう。しかしそれがある程度の時間が経ってしまい、壊死してしまった場合ではもう繋がる望みは薄い。同様に細胞が完全に変質してしまったものを、元に戻す事は治癒術では難しいとされている。癌による細胞の変質も、ある程度まで行くともう治癒術ではどうにもならない。


「このままでは間違いなく、近いうちに命が果ててしまうという事はわかっておった。だがの、そのような病にかかったニンゲンが病床に臥してから、わざわざ重い身体に鞭を打ち、自らの持ち物をあの森の奥深くまで入りて隠すなどという事をするだろうか」


「……まだ身体に余裕がある内に、アルカさんをあの泉の中に隠したという事ですか?」


「ああ、正確には騙し入れられたが正しいのだがな。余もあの水の効力を知っておれば、わざわざあの中になど入っておらんかったからの。彼奴(きゃつ)は妙に物知りでの、精霊の余が知り得ぬ事すら知っておった。だから余も彼奴に惹かれ契約したのだがな。……幸いにも、あの水の効力のせいなのか、それとも余がずっと剣の姿でいる事を余儀なくさせられたが為に、痛覚がおさえられていたせいなのか、あるいは彼奴が何か細工を施したのかはわからん……しかし距離が離れても、先程のような強烈な痛みを感じる事は無かった」


 だから余はあのような痛みが来るは思わず、先程はつい油断してしまったのだが……まぁ、それは良い。一旦置いて置こう。


 そうアルカさんは苦笑いして、俺から視線を外し、自分の足を見つめた。


「とにかく余は、その契約違反による痛みを、それから10年もの間味わい続ける事となった。それがどういう事かわかるか、ご主人」


「前の契約主はアルカさんをあの泉に置いてから、10年は生きたという事ですか」


「ああ、そういうことだよご主人。……彼奴(きゃつ)高位魔道師(ハイウィザード)だったからの。もしや肉体へ何らかの細工を施し、痛みを和らげ、細胞の変化をわずかながら遅らせるなどは出来たのかもしれん。だがとにかく、彼奴は余をあの泉の中に入れてからも、10年は生きておったのだ。10年もな」





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