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46 第2の剣精霊、食の味を覚える。②






 次の一口。そして更に次の一口。そして更に更に……と続けようとしたところで、俺達が彼女を凝視している事に気付き、彼女は手を止めた。


「どうですか?」そう俺は聞いた。


「……なんなのでしょう」


 彼女は目を丸くしながら答えた。


「舌が温かく、どうにも色がついたような……不思議な感覚です。でも、これが全然嫌じゃなくって、むしろ気持ち良くて……この感覚をもっと、いえ、延々と味わっていたい。そんな気がします。……これが『美味しい』という感覚なのでしょうか」


「そうですね。多分それが『美味しさ』なんだと思います」


 物心ついた頃にはもう味覚という物が備わっていたせいか、彼女の『目覚め』の感覚に共感する事は出来ないものの、なんとなくではあるが、理解は出来た。


「なるほど。これが……」


 そう言って、彼女は俺とオムライスを交互に見る。


 俺に何かを伝えたい。しかし目の前に唐突に現れた『味覚』の誘惑にも惹かれてもいる。口が寂しくなり、とにかく今は新しい感覚を舌で味わいたいのだろう。非常にうずうずとした表情で卵料理に目をやるノーレさんに、俺は口を開く。


「気にしないで食べて下さい」


「はい。では」


 そう言って、彼女はがつがつとオムライスを口へ進めていく。その姿を見て、良かったと思った。良かった、彼女が食事を気に入ってくれて。


 そしてある程度食べ進めた後、手を止めたノーレさんは、俺に向けて再び口を開いた。


「……しかし、これは本当に素晴らしい感覚ですね。契約する前に主様が言っていた通り『こんな素晴らしい物が世界にはあった』のですね」


 その言葉を聞いて、アルカさんがぴくりと動きを止めたのがわかった。それは俺が言った物ではなく、俺がアルカさんから聞いた言葉をそのままノーレさんに伝えただけの言葉だ。


 アルカさんに目をやる。


「……!」


 彼女と少しだけ視線があったものの、慌てたように目を逸らされる。そうしてすぐさま自分の食事に戻る。意識的にこちらから目を離したのは明らかだった。


 契約の事を、アルカさんにきちんと納得して貰えていないというのは気がかりだった。


 勿論、簡単に納得して貰える問題でもないというのはわかっている。あれから隙を見つけては何度か彼女にその話をしようとしたものの、ノーレさんが話を持ち出した時と同様『仕方がない、気にするな』と言う返答が返ってくるばかりで打ち切られてしまい、まともな話が出来ないままにこの店に来る事になっていた。


 気にしてはいない。


 そうは言うものの、アルカさんがそれを意識しているのは、どう見ても明らかだ。どこかできちんと話をしなければならないとは思っている。


「……主様?」


「ああ、はい……良かったです。喜んで貰えて」


 俺はアルカさんを気にしながらも、ノーレさんにそう返す。ノーレさんが喜んでくれるのは本当に嬉しい事だ。


「……はい。本当に良かったです」


 そう言い、ノーレさんは表情を崩した。綺麗な笑みだった。ただ頬についたソースの汚れのせいで、どうにも子供っぽく見える。


 その表情に俺は二律背反な気持ちを覚えながらも、かと言って食事中にその話を持ち出す事も出来なかった。俺は紙ナフキンでノーレさんの頬について汚れを取ると、彼女に簡単にスプーンの正しい掴み方について説明して、自分の食事へと戻った。


 確かにオムライスは美味かった。


 油断するとこれはヒト種(ヒューマン)の俺ですら無限に食べられてしまいそうに思える。なら、獣人(セリアンスロープ)のレドリーや、精霊のアルカさんはどれだけ食べてしまうのだろうか。


 ……きっと本来なら、そう言った事を考えて懐の心配していたかもしれない。


 だけど今はそうではなかった。


 当のアルカさんの食事が、先程からあまり進んでいなかったからだ。


 一応手は進めているものの、難しそうな表情で俯き気味にしており、いつもより食べる速度も遅い。かと言って、その表情からはどうにも味わって食べているようにも見えない。レドリーが1皿食べ終えた時には、彼女はまだ半分も食べ切れていなかった。


「アルカさん、どうしました? ……もしかして、お口に合わなかった感じでス?」


「いや、そんな事は無い。美味だ。非常に美味なのだが……すまぬ。どうにもまだ、疲れているのかもしれないな」


 そう言って、彼女は額を掌でおさえた。そうして、席から立ち上がる。


「……ご主人、余は少しばかり外で風に当たってくる。もう食べられそうにもない。食べかけではあるが、誰か食べておいてはくれないか。勿体無いのでの」


「あ、じゃあ自分が……でもアルカさん、本当に大丈夫でスか?」


「ああ、大丈夫だ。問題ない」


 レドリーにそう答えると、アルカさんは足早に店の外へと出て行く。


「……」


 大丈夫だと言った彼女の声には力が無かった。疲れているようにも見えるが、どうにも俺には、それよりも彼女が思いつめているようにしか見えなかった。


「……やはり、私と契約した事を気にしているのでしょうか?」


 アルカさんが出て行った扉を見ながら、ノーレさんがそう呟いた。


「少し、彼女と話をしてきますね」


 俺はその質問には答えずに、同じように席を立つ。


「私もついて行った方が良いですか?」


「いえ、申し訳ないですが、一旦、2人で話をさせて貰っても良いですか?」


 ノーレさんがいる事で、アルカさんが話しづらいという事もあるのかもしれない。アルカさんには、帰路で俺に何が起きたのか、そしてノーレさんの事情などを話していたから。俺がそう答えると、ノーレさんはそれを察してくれたらしく、小さく頷いた。


「わかりました。それでは回線(パス)も一応切っておきますが……何かがあれば声を上げて呼んで下さい」


「ありがとうございます。……これ、俺の分、もし良かったら食べて下さい」


「本当ですか? 嬉しいです。では私は、一先ずその事を考えない事にして、この幸せな感覚に浸らせて貰う事にします」


 そう言って、またオムライスを黙々と食べ始めたノーレさんを横目に店を出た。


(流石に契約の範囲外に出てないとは思うけど……)


 そう思いながら、店の外を歩く。


 アルカさんはすぐに見つかった。


 店の裏、人気の無いその場所で彼女はぼんやりと立っていた。






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